麒麟の翼、タイトル東野圭吾の推理小説『麒麟の翼』を、東野作品をテレビドラマ化した『新参者』での“加賀恭一郎”役が好評を得た阿部寛主演で映画化。刑事・加賀恭一郎が、日本橋で起きた殺人事件の謎に挑む。共演は「BALLAD 名もなき恋のうた」の新垣結衣、「君が踊る、夏」の溝端淳平。監督は「いま、会いにゆきます」の土井裕泰。

あらすじ:東京・日本橋で男性が殺害される事件が発生。被害者はカネセキ金属の製造本部長、青柳武明(中井貴一)。彼は、腹部を刺されたまま8分間も歩き続けた後に、日本橋の翼のある麒麟像の下で力尽きていた。なぜ、誰の助けも求めず、彼は一体どこへ向かおうとしていたのか。

一方、事件の容疑者、八島冬樹(三浦貴大)は現場から逃亡しようとしたところを車に轢かれて意識不明の重体だった。報せを聞いた八島の恋人、中原香織(新垣結衣)は、彼の無実を訴えるが……。この難事件の捜査に当たるのは、日本橋署の切れ者刑事、加賀恭一郎(阿部寛)。

やがて捜査が進むにつれて、それぞれの家族や恋人の知られざる一面が明らかになってゆく。命が終わるその時に、青柳は誰に何を伝えようとしていたのか?愛する人に何を残そうとしたのか?加賀は事件の裏に隠された謎を解き明かし、真実を見つけ出すことができるのか……?(作品資料より)

麒麟の翼、6<感想>東野圭吾の推理小説は大好きでかなり読んでいますが、この作品の原作を読んだのは、昨年3月の大震災の後でした。
この作品は阿部寛が刑事、加賀恭一郎を演じて、人気を博したTVドラマ「新参者」の劇場版。TVの「新参者」は見てません。レンタルで見て見たいと思っています。

この作品は、日本橋にある麒麟像の下で死んだ男の死の真相を追って行く内に、明かされる被害者と容疑者の周辺の人々の人間ドラマが胸をジーンとさせます。というのは、容疑者が腹を刺されて死んだ青柳のカバンを持っていて、警察の職務質問を受け、あわてて通りに出て車に撥ねられ死んだという。死人に口なしで、いわゆる警察はカバンを持っていたと言うだけで犯人扱いをして捜査を終わらせようとしたわけなんですね。

ところが、加賀刑事がその容疑者が犯人ではなく他にいるのではと感じて捜査を足で歩いて調べ始めるのです。

麒麟の翼、2どうして加賀が別に犯人がいると感じたのでしょうか?、・・・それは被害者が腹を刺されたところから、日本橋にある麒麟像まで苦しみながら歩きつづけたことに疑問をもったからなんです。これがこの事件の一番大事な被害者に隠された真実だったのですね。

冒頭から殺人事件、そしてすぐに犯人が確定するのではミステリーとしてはつまらないですよ、しかしこの後に明かされる驚くべき真実が。調べて行く内に確かに容疑者と被害者との関係は微かにあることはあるのですが、それが容疑者、八島冬樹が青柳を殺す理由にはならないです。

麒麟の翼、4これも被害者の青柳が働いていた会社の、工場に働いていた八島冬樹が、工場で事故でケガをして労災保険が使えずに休み、その後クビになったこと。
その労災隠蔽の罪を青柳に背負わす工場長の鶴見辰吾。
これも死人に口なしで、全部その罪を関係のない青柳に押し付けてしまうという非道さ加減。

日本橋にある麒麟像は、ここから日本全国へと羽ばたく出発点でもあり、八島冬樹と恋人、中原香織が福島から出てきて東京で二人で暮らすことを誓った場所でもあり、または、「キリンノツバサ」という名のブログに、青柳の息子が東京の花子さんでブログにメールを送っていたことも。

麒麟の翼、3そして折鶴を色違いで毎週100羽、願いを込めて水天宮へ奉納していたことも。だが、父親がそのブログのことを知り、息子がメールも折鶴を折って神社に奉納することも止めてしまったので、よく事実も知らずに何か息子に隠し事があると知りつつ、自分が息子の後始末というか、そのまま父親が続けていたことも。

加賀は、日本橋付近の七福神巡りに始まり水天宮まで、あの界隈は東京に住んでいる時行ったことがあります。懐かしいですね、でも20年前なのでだいぶ様変わりして、小物屋さんとかカフェとか小奇麗なお店があってその辺りも気になりました。そこの甘味屋さんで加賀の大学の後輩という、アルバイトをしている黒木メイサのお店に、被害者の青柳も来ていたことが分かります。

原作を読んでいるので、本当に最後になるまで犯人は分からないので、ネタバレになるのは避けておきます。この作品は、ミステリーサスペンスというよりも、どちらかというと人間ドラマのようでもあり、原作に忠実で見事な構成です。

麒麟の翼、5加賀刑事が父親の見舞いにも行かず、葬式の後一周忌もせずに父親のことをぞんざいにしていることを責める看護師の田中麗奈。
加賀と父親の関係も明かされ、この事件の殺された父親と息子の関係も複雑で、父と子が素直に分かりあえる家族の在り方とか。先生が生徒を人間として正しく導く指導をしていたのか?、・・・まさかそれがこの事件と関係があるとは最後まで誰も分からなかっただろう。その先生役を劇団ひとりが演じていました。


人間は教育されている年齢に、間違ったことを見て教えられ、それで事が解決してしまう。あるいは、自分が間違ったことをしでかしても、そのことで別な人間が罰せられ自分は知らんふりしてもかまわないという概念が植えつけられる間違った教育。この作品はそういった家族の在り方や、いじめ、格差社会など、現代を象徴する問題点も描かれています。

家族は身近であっても素直に向き合えなかったり、相手を思うからこそ言わずにいたり、隠したり、見ないふりしてしまうとか。この映画を見て家族の存在の大切さを、身近な人の大切さを、改めて思い知らされました。

 

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