2007年レンタルビデオ、DVD

2007年10月19日

こわれゆく世界の中で(DVD)3

3b13dc59.jpg現代のロンドンを舞台に描かれるのは、二人の対照的な女性の間で真実の愛を求めて、もがく一人の男の“心の旅”

ロンドンのキングス・クロス再開発地区。そのプロジェクトを担う建築家ウィルは、ドキュメンタリー映像作家で美しい恋人リヴと、彼女の娘ビーと一緒に10年間家族同様の暮らしをしているだが、リヴは心の病を抱える娘を持つ罪悪感から、心のどこかでウィルを拒み、距離を保っていた。お互い強く愛し、惹かれあっているのに心が触れ合えない・・・・そんな閉鎖的な状況の中、それぞれがそのことには触れないように生活を続けていた。

そんな時、ウィルのオフィスに窃盗事件が起こる。新設したばかりのオフィス内にあったパソコン類一式が全て盗まれていたのだ。危険な地区にオフィスを構えたほうが悪い、とでも言いたげな警察の態度に業をにやしたウィルは、ビジネスパートのサンディと、夜のオフィスを自ら張り込みすることに。娘のことでリヴとの中がギクシャクしがちなウィルにとって、家を離れることは救いだった。

窃盗団とミロ数日後の夜、見張りをしていたウィルは、オフィスに侵入しようとする少年の姿に気づき、後を追い、彼が住む共同住宅をつきとめる。そして、少年の身辺を探るうちに、少年の母親でボスニアから戦火を逃れてきた未亡人のアミラと言葉を交わすようになる。アミラの語る自らの過去や夢などを聞いている内に、ウィルは彼女に心魅かれてゆく・・・・。(作品資料より)

<感想>アンソニー・ミンゲラ監督の「イングリッシュ・ペイシェント」、「リプリー」、「コールドマウンテン」等、私の好きな作品ばかり、3本ともDVD持ってるんです。後で記事をアップします。今回は、時代ものではなく、久々の現代劇。風光明媚なロケーションとスタジオ撮影によって“格調高い”映像美を紡いできた彼にとっては、珍しく“ストリート感覚”の宿った作品なのです

キングクロス地区舞台はロンドンのキングス・クロス周辺。古いものを取り壊し、再開発が盛んに行われている街の変化と(ウィルがプレゼン用に作ったという設定の、キングス・クロス改造計画の3次元映像は素晴らしいですよ)、行き詰まった人生の中で再生を願う登場人物の心情を、重ね合わせるようにして描き出すヒューマン・ドラマと言いたい所だが、主人公のジュード・ロウ演じるウィルの不倫物語のようなんですね。

ジュード車の中主人公ウィル役に「コールド マウンテン」でアカデミー賞ノミネートのジュード・ロウ、繊細な恋人リヴ役には、「美しい人」のロビン・ライト・ペン。そして、情熱的な未亡人アミラ役に「イングリッシュ・ペイシェント」のアカデミー女優ジュリエット・ビノシュ。問題ありの娘ビーを演じるポピー・ロジャース、彼女が見せる体操は、本作のために習得したものだという。

キングロス周辺に住んでいるのですが、毎夜キツネが出てきて遠吠えのように鳴くキツネの声がちょっと恐怖かな。ウィルとリヴは、10年間も家族同様に暮らしていたのに、籍を入れてません。(まぁ〜10年間一緒に暮らしていたのだから、れっきとした夫婦ですよ)

娘のビー13歳の娘ビーは、体操に才能を発揮するが、心のバランスを崩して学校へは通わず、夜も眠らずに執拗なまでに体操の練習を繰り返す。リヴはこうした娘の病は、彼女の父親と別れスウェーデンを離れて、ウィルと一緒に暮らす自分のせいだと決め付けている。

見張りに出かけたウィルは、オフィスに侵入しようとする少年の姿に気づき、ウィルは少年を追う共同住宅の一室を突き止めたその時、少年を迎え入れた女性に目が止まります。

数日前、娘のビーの付き添いで訪れたスポーツセンターの公園で、息子とふざけて水溜りに尻もちをついて笑っていた屈託のない彼女に、ウィルはタオルを差し出します。その時の女性が泥棒の母親で、彼女が家で仕立屋をしていたのです。翌日、ウィルは偶然を装って、ジャケットの修繕を頼みに共同住宅を訪ねる。

仕立て屋、ビノッシュ彼女はアミラといい、女手ひとつで 15歳になる息子のミロを育てていた。夫はボスニアの民族紛争で命を落とし、アミラはミロを連れて戦火を逃れ、ロンドンに亡命。彼女はいつかミロと故国に戻り、ピアノの教師をして暮らしたいと夢みていた。(紙に書いた鍵盤を弾きながら、ハミングするビノシュが素敵です)
数日後、ウィルは、再びアミラの部屋を訪れ、二人の間には親密な空気が生まれ始めます。

ビノッシュとジュードそして、テムズ川の橋の上で、ウィルはアミラの唇に唇を重ねる。涙をぬぐうアミラ。この時すでにウィルは、息子ミロの部屋で盗まれた自分のビデオ等を発見している。なのに、何故警察に届けないのか?・・・アミラの方は、ウィルが置いていった名刺を見たミロから、彼が盗みを働いたオフィスのオーナーであることを知り、ウィルがアミラの人生に侵入してきた本当の理由は何なのか?・・・・。息子のミロも盗んだPCの中の、家族の写真を眺め複雑な模様。

ふたりはアミラの友人の部屋を借りて、初めて肉体関係を持ってしまうんです。アミラはウィルが眠っている間に友人にベッドにいる裸の二人の写真を撮影させ、息子を救うための“脅しの武器”を手に入れ、アミラの目的は達せられたはずだったのに、・・・・彼女の心は揺れ動き、その後もウィルとの逢瀬を重ねる。例え“偽りの愛”であったとしても、久しぶりに手に入れた“男との愛”…しかし、ついにアミラは、息子のために彼に身を捧げたこと、その密会写真を撮っていたことをウィルに告白します。

息子ロミところがアミラの願いも虚しく、ミロが警察に捕まってしまう。この土地の裁判のシステムでは、未成年の犯罪者と被害者が対面し、その成り行きを判事が傍聴することで刑が軽くなる可能性もあるのですね。ミロを以前から知るブルーノ刑事(レイ・ウィンストン)は、チャンスを与えれば聡明な彼は更正できると信じていて、ブルーノ刑事は建設現場にウィルを訪ね、ミロと裁判所で対面することを求めるのですが、彼は一旦断るのです。

その時、資材置き場で遊んでいたビーが崩れたパイプの下敷きになる事故が起き、ビーは骨折してしまい、病院に駆けつけたリヴはウィルを責めず、冷ややかに母と子の世界から彼を閉め出す始末。アミラとの情事を知らずとも、繊細なリヴはウィルの裏切りに気づいていたのですね。壊れたものは、ビーの足だけではなかったのです。

調停でミロの潔白を証明するウィル、何とかつじつまを合わせるウィル。求めれば求めるほど、愛は彼らの手からすり抜け、ウィル、リヴ、アミラのかけがえのないものは粉々に砕け散ります。その瞬間を境に、すべてが音をたててこわれてゆくのです。

ジュードと奥さんそれに、この映画は2つの家族の物語でありウィルは、その二つの家族の間を浮遊するのです。彼は、どちらの家族にも入り込むことができない。

それをはばむのは、母親と子供との絆の強さだから。

しかし、映画の終わりのほうで、ウィルはずっと娘ビーとリヴの輪の中には入る事ができなかったと言っている。だけどね、男ってズルイよね!、言い訳すればするほど怒りが込み上げてくる。

いってみれば男の浮気話なのだが、「愛とは…なにか?」どんなに愚かしくても、どんなに哀しい結末を招こうとも愛を模索し続ける人間の性(さが)に、“真実の愛”を求めて葛藤する男と女の、切ないまでに美しいラブ・ストーリー、キングス・クロスの独特の風景を叙情豊かに写し、洗練されたセリフと演技で、3人の心の葛藤を描いた人間ドラマになっている。

 



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2007年10月13日

アルゼンチンババア(DVD)2

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母の死を乗り越えてよみがえる父と娘の美しい絆に、幸せの涙が頬をつたう、大きな愛と命の物語。しあわせがじんわりと体中にしみわたる。

両親と仲良く暮らしていた女子高生・みつこ。だが母が病死してしまい、父親は母が死んだ日にそのまま失踪。それから半年後、父は町外れの草原にぽつんと立つ屋敷で発見された。そこは、小さな田舎町の中の異国。昔はタンゴやスペイン語を教えていたが、今はちょっと頭がおかしい、と噂される“アルゼンチンババア”の屋敷だった。母の供養もせず、どうして父はそんなところに?! みつこは父親奪還のため、屋敷に向かうが……。気のいい町の人々を巻き込んで、父親をまともな(?)世界に取り返そうと奮闘するみつこが目にした屋敷の内部の光景は、温かな陽だまりのように気持ちよく、不思議にしあわせな空気が満ちていた。(作品資料より)

京香、まき<感想>いまや世界中で作品が翻訳される人気作家のよしもとばななが、2002年に発表した「アルゼンチンババア」。見どころは何と言っても演技派俳優の豪華共演と純粋で、仕事にも亡き妻にも一途だった職人気質の父親役に役所広司。そんな父親に翻弄される一人娘に堀北真希。

そして大きな愛の力で、町の人々を包み込む不思議な存在、“アルゼンチンババア”を鈴木京香が老けメイク?で見事に演じきっている。監督は、「鉄塔武蔵野線」「さゞなみ」の長尾直樹。
3人でお茶役所広司が演じる石職人・涌井悟は、入院している妻の臨終に立ち会うこともせず、お通夜、葬式にも顔を出さず、無責任極まりない男だ。どういうわけか知らないが、噂のアルゼンチンババアのところへ行く途中に、草むらの穴に落ち、動きがとれなくなっているところを彼女に助けられたのだという。「穴に落ちる」というのは、女の虜になるという意味にも取れる(笑)。

たて、タンゴを踊るふたりその相手のユリという女性(アルゼンチンババアの本名)も、その変人的な生き方には、それなりの理由があったのだろうが、毎日屋上でアルゼンチンタンゴを踊ったり、蜂蜜を作ったり、猫屋敷で掃除なんかしてないので臭いらしい。部屋も掃除なんかしてないし、ユリ自身もボサボサな白髪頭で魔法使いみたいな雰囲気。

“アルゼンチンババア”と呼ばれる鈴木京香さんのケバイ化粧!と変身ぶりに驚きです。料理というほどでもないが、インスタント・ラーメンの中にゆで卵をポンと入れて、心配してきた妹たち(森下愛子)に振舞ったりして、・・・それと蜂蜜たっぷり入れたマテ茶が、飲んだみんなの心が癒され幸せにしてくれる魔法の飲み物なんですね。

屋上の曼荼羅ユリの家の屋上で石に曼陀羅を掘っている(タイルを敷き詰めたみたい)。そして、ユリはキリスト教を信心しており、仏教とキリスト教との関係って不思議な感じがするが、どちらの神様でも信じる事っていいんですよ。

娘のみつこは、パンをこねるのがうまく嫌な事があると無心になれるのか、パン作りに勢をだす。それに、指圧やマッサージにも興味を持ち、田中直樹が演じるマッサージ師と親しくなり、受付のバイトを始める。密かに恋ごころなんか持って、でも田中には彼女がいたのだ。それに、東京に資格を取りに行くと言う。

猫屋敷初めてみつこが、父親のいる“アルゼンチンババア”の屋敷へ自転車を一生懸命こいで行くみつこが切ない。しかし、“アルゼンチンババア”の屋敷は、草ぼうぼうの庭、猫のおしっこと便の匂いがきつそう(笑)でも、ユリがみつこに「辛かったわね、お母さんが死んで、本当に偉い子」と優しく抱きしめられると、一気にみつこの心が和むのが手に取るように分かる。

うなぎや、おばさん他悟の妹役で、スナックのママをしている森下愛子。この人もユリにあって、話をするが何だか強気に言う事ができない。息子に言われる、「お母さんだって好きな事して家を出たじゃないか」なんだかみんな、ユリの魔法にかかったようだ。町のうなぎ屋に岸部一徳が、店の女の子と良い仲になっている。その他にも、警官(きたろう)とか酒屋とか涌井悟の幼馴染が必死になって、連れ戻そうとするが、当人同士は恋愛の真っ最中!誰がなんと言うと離れられない。

蜂の巣今度こそ連れ戻そうとみつこは、おばさんの馬鹿息子のバイクを運転して、交通事故を起こして鞭打ちになり、お母さん(手塚里美)のお墓を彫ってもらおうと、町の皆が持って行った墓石を、凄く重いのにみつこが家まで持って帰り冷蔵庫のビールを一気飲み。

小さな町なので、子供たちがユリの塀に落書きをし、「ババア馬鹿、石屋」と囃し立てる悪がき、怒った悟は、屋上からトマトを投げつける。今度は打ち上げ花火だ。屋上の鳥小屋に火がつき火事騒ぎ、ユリが機転をきかして貯水槽のバルブをひねる。そんな事していると、ユリさんが急に苦しみ出し、妊娠だと?・・・えっ、この年で?原作では50歳だと言う、信じられないけれど産むというから驚きだ。

イルカのお墓怒ったみつこがお骨と位牌を持って家出する。黙々とひたすらに彫ったお母さんのお墓(イルカ像)を、ライトバンに乗せて大雨の中ひたすら走る悟(右側の窓ガラスがなくビニールをガムテープで塞いでいる)。

フェリーに乗ってイルカの島まで(3人で過ごした楽しい思海に沈んだイルカい出の島)行くと、みつこがパンを作っていた。

ボートでイルカを彫ったお墓を海に沈める。お骨も海に散骨したのかな?・・・お墓参りってしないのかな?・・・いろんな疑問が浮かびますが、家に帰ってみるとユリさんが男の子を出産だ。でも高齢だし、心臓が弱く亡くなってしまうのです。

ラスト、みつことゆりラストのビルの屋上で、みつことユリがタンゴを踊るシーン、幻想的で本当は生きている時に踊りたかったに違いない。澄み切った青空、広々とした草原、映画の所々でバンドネオン奏者・小松亮太の、アルゼンチンタンゴが流れるのが違和感なく凄く心地よい。内容は、ほのぼのした家族の、親子の愛と絆の再生物語です。



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2007年09月14日

ポイント45(DVD)1

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女の武器は45口径より危険!、ミラ・ジョヴォヴィッチが挑む新境地、衝撃のサスペンス!

NYの吹き溜まり、ヘルズキッチン。この街の片隅でキャット(ミラ・ジョヴォヴィッチ)と情夫のビッグ・アル(アンガス・マクファーデン)は暮らしている。アルは短気で手に負えない危険な男。周りに多くの敵を作っているが、だてにビッグ・アルと呼ばれているわけでもなかった。

その危険な魅力が女たちを夢中にさせるのであり、キャットもそんな彼を愛していたのだった。2人は拳銃を密売し、故買屋としてさまざまな盗品をさばきながら食い扶ちを稼いでいた。

その日暮らしの生活にはそれほど不自由はないものの、キャットは将来、海辺に家を建てたいという夢を持っていた。しかし2人に思うような仕事のチャンスは簡単に巡ってくるわけもない。誰がアルを葬るのか、・・・・キャットは商売の間口を広げようと、アルに内緒で新たな顧客に銃をさばくハナシをつけた。

アルとキャットしかしそれに気づいたアルは嫉妬し、手下に命令してその客を痛めつけた。それでも腹の虫が収まらないアルの怒りの矛先はキャットに向かう。アルに殴られたキャットは、アルのような男と生きて行くための代償なのだと自分に言い聞かせてきたのだが、・・・・しかし今回は違っていた。アルを愛してはいるが、彼と別れた方が良いかもしれない・・・という疑念が湧き起こっていた。(作品資料より)

キャット<感想>キャットを演じるのはミラ・ジョヴォヴィッチ。『バイオハザード』2部作、『ウルトラヴァイオレット』とアクション作品が続いていたが、本作では性格俳優として体当たりの悪女を披露。なんて思って借りてきて見たら、何のことはないB級路線のダメダメ作品。

ウルトラヴァイオレット

「ウルトラヴァイオレット」の二兆拳銃撃ちまくり〜

ヘソダシルックにロン毛が似合うバリバリのアクション!

こんなシーンを期待してはダメですよ(笑)

 

ミラとアル2タイトルの45口径の大型拳銃でガンガンぶっ放すのかな〜ぁ、なんてホント期待したら、全然彼女の拳銃さばきシーンなんてありゃしない(笑)確かに美貌と肢体で男ばかりか女までも、虜にするキャット。

男から暴力を受け虐待されながら、したたかに生きる女性・キャットを体当たりで演じてはいますけどね。

ミラとアルそんなミラの濃厚なラブシーン相手の、サデステッィクなアルに扮しているのは、「SAW3」で犯人に監禁され、人生を翻弄される男を好演したアンガス・マクファーデンが、暴力でしか愛を表現できない男の恐ろしさと哀しさを激しく演じている。

特にキャットがアルに激しく殴られたりするDV(ドメスティック・バイオレンス)シーンは鳥肌ものです。(特に包丁でキャットの髪を切り脅す所)彼女が恐怖のあまり思わずガタガタと震えまくる場面など、ミラの迫真の演技はたいしたもんです。

アルの手下でキャットに思いを寄せるライリーに、「ブレイド」のスティーブン・ドーフが好演。そして、キャットの親友でレズビアンのヴィックに、サラ・ストレンジ。キャットと同じ過去を持つソーシャルワーカーのリズに、「24−TWENTY FOUR−」のアイーシャ・タイラーと、一癖のあるキャスティング。

スティーヴン、ミラ監督/脚本は新鋭・ゲイリー・レノン。時折登場人物と家族の独白が、物語の中に時々挿入される。ほとんどがハンディカメラで撮影しているようで、微妙にレンズが揺れる。NY出身の強みを活かし、その土地ならではダイアログを用いて、アンダーグラウンドの人間たちの生態を生々しく描破している。危険な空気が張り詰めたNYの裏街をリアルに捉えた撮影は、「インサイド・ディープスロート」のテオドロ・マンチーニ。

やっぱりR-15作品、本当にアダルト映画と間違うようなシーンが多い。キワドイ性描写やスラング、暴力シーンがあふれ、アルから暴力を受けるキャットの姿は、かなり痛々しいが、ただ男に殴られているキャットじゃない!後半アルを葬る復讐の罠を仕掛けてゆくのです。

ヴィックこの計画というのが、彼女がアルをアパートの外に連れ出している間に、覆面をした人影がアパートの部屋に入り込み、アルの名前で登録されていた銃と彼のトレードマークのジャケットを盗む。そしてその夜、その拳銃で界隈のチンピラの一人が射殺される。

前から彼女に同情していたソーシャルワーカーのリズを利用して、アルを犯人に仕立てあげ刑務所に叩き込むって感じの復讐劇です。

ラストはキャットが“ヘルズキッチン”で拳銃を売りさばき協力してくれたリズとも一緒に暮らさないで、一人念願だったロン毛のミラ海の側で生活する。

てっきりミラが、45口径拳銃でアルを撃ってしまうのかと思いきや〜、女の武器は「お尻、唇、乳房」なのよ、とばかりにその美貌と肢体を武器に男ばかりか女たちまで“キャットの肉体の虜”にして、したたかに生きる女というのがキーポイント。最後まで女、女のミラでした(笑)



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2007年09月03日

アダムー神の使い悪魔の子ー(DVD)1

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今や完全な人の複製を創造することさえ可能とされる「クローン技術」。それは、人を病や死の恐怖から完全に解放してくれる神の業なのか、それとも禁断の悪魔のささやきなのか…。

教師ポール(グレッグ・ギニア)と美しい妻ジェシー(レベッカ・ローミン)は最愛の息子アダム(キャメロン・ブライト)と共に何不自由の無い幸せな生活を送っていた。しかし、アダムは8歳の誕生日を迎えた翌日に交通事故に会いこの世を去ってしまう。悲しみに包まれたアダムの葬式の場に、一人の遺伝子博士リチャード(ロバート・デ・ニーロ)が夫婦の前に現れ、ある話を持ち掛けて来た。その内容は死んだアダムをクローン技術で甦らせると言うもの。一度は戸惑いながらも夫婦はその計画を承諾し、再びアダムをこの世に[誕生]させる。取り戻した最愛の息子との幸せな日々。しかし、アダムが8歳の誕生日を迎えた頃、ある[異変]が起き始める・・・

(作品資料より)

母親と<感想>物語は、ポールとジェシーとの一人息子アダムが、交通事故で亡くなってしまうところから始まります。悲しみに打ちひしがれる夫婦のもとに、産科・婦人科学会では伝説の男として有名な、遺伝子博士リチャードが現れるのです。彼は“アダムと生き写しの子供”を再び彼らに授けられるというのですね。“生命の倫理に反する”と夫のポールは反対します。手段は選ばない・・・「あの子、アダムがこの世に甦るなら」と信じて手段を選ばない妻のジェシー。
そして夫婦は、話し合いの結果リチャード博士に全て任せることに・・・。(生きているうちに採血した遺伝子を体内受精させるのかな?・・・この説明がありません)
白衣のデニーローリチャードは、条件として知らない他の土地に彼らを住まわせ、夫婦に家と仕事を提供します。そして10ヶ月後に、ジェシーはクローン“アダム”を出産するのですね。もうそれは“アダム”と生き写しの息子を授かった夫婦は、大喜びで我が子を育てるのです。すくすくと夫婦の愛情を受け育った“アダム”なのですが、本当の“アダム”が事故に合った8歳の誕生日をすぎたその日の夜から、悪夢にうなされ、アダムに少しづつ“変化”が訪れます。

アダム夢の中で出会った少年“ザカリー”に苦しめられる“アダム”。夫婦は息子が言っている“ザカリー”少年の事を調べるのです。それは、リチャード夫婦の息子“ザカリー少年”が、異常な性格で、学校に放火して母親が死んで、・・・・と言うような事実が判明。

自分の愛する可愛い我が子の遺伝子と、博士の息子(問題児)のもう一つの遺伝子を合わせることによって、別人格が生まれる展開などはあり得る事かも。しかし、遺伝子的には厳密に言えば我が子ではないが、愛する息子が邪悪なものに変貌していく姿など、作品的には面白い展開になっています。

デニーロー博士やはり人間の倫理に反する「クローン技術」を使って、遺伝子科学者リチャードが、自分の息子を甦らせるために、アダムの遺伝子と合体させて、ジェシーの身体に受精させたわけなのですね。どう考えても「クローン」技術を人間に応用するということは、絶対に「神様の領域」に反する事だと思います。ラストシーンでは、ホラー映画みたいにクローゼットから手が出てきてなんだったんでしょう?・・・意味不明。

キャメロン・ブライトクローン技術は、実際に各研究機関で数多く進められていて、羊や牛などの動物のクローンはもとより、もっと身近なところでは食糧開発にも用いられている。その一方、倫理観や世論の反発を無視した医師によるクローン人間創造の熱意や、カルト教団による複数のクローン・ベイビー誕生などの報道が、世界中で物議を呼んでいます。もはやクローン技術は、我々の生活に密着した社会的な問題となっているのです。

ロバート・デ・ニーロ演じる、いかにも怪しい遺伝子博士のリチャードが目立ちすぎです。でも主人公のアダムを演じている、最近大活躍の子役さん、キャメロン・ブライト君の活躍の方が素晴らしいです。

私の記憶によると『記憶の棘』『ウルトラヴァイオレット』『X-MEN ファイナルデシジョン』に出ていたあの金髪の子役さんですよね。生前のアダム、クローンのアダム、まるで二重人格なキャラクターを見事に演じ分けています。さすがに演技は上手いですね!

両親そして、彼に翻弄されるダンカン夫妻には、「リトル・ミス・サンシャイン」でダメなお父さん役のグレッグ・キニア、そして大ヒットした『X−MEN』シリーズ(000306)での妖艶なミスティーク役が印象に残るレベッカ・ローミン。 

監督のニック・ハムは、ゾーラ・バーチ、キーラ・ナイトレイ出演の異色サスペンス・スリラー映画『穴』(01)で映画監督デビュー。

本作は、傑作とまでは行きませんが、サスペンス要素とオカルト要素を兼ね備えているので、最後まで面白く見ることが出来ます。あ〜っ、そうそう、DVDのパッケージのロバート・デ・ニーロの悪魔のような顔写真。ジャケットの顔は怖過ぎだけど、デニーローの白衣姿での手術風景など楽しめますので、それなりの満足感は得られると思います。

 



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2007年08月29日

THE JUON ー呪怨ー(DVD)2

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『呪怨』の清水崇監督が自らメガフォンをとり、ハリウッド・リメイクした作品。和の空間での恐怖をコンセプトにした清水監督の希望により、撮影は日本で行われ、伽椰子・俊雄役もオリジナル版と同じ藤貴子と尾関優哉が演じている。恐怖を目の当たりにするヒロイン・カレン役を「バフィ〜恋する十字架〜」のサラ・ミシェル・ゲラーの片言の日本語を話しながら挑む熱演は要チェックです。
(ストーリー)ビジネスマンのマシューは妻のジェニファーと軽度の痴呆がある母親エマを連れて日本の企業に赴任してくる。彼らは郊外の日本建築の一軒家を借りて新生活をスタートさせるが、ジェニファーは日本での暮らしと慣れない介護に悩むようになる。そんなある日、東京の国際大学で福祉を学ぶカレン(サラ・ミシェル・ゲラー)は、授業の一環の訪問介護でエマ(グレイス・ザブリスキー)という女性を訪ねる。そこでカレンは、放心状態のエマに出会う。その時、2階から不気味な物音が……。製作年度 2004年 監督 清水崇
出演 サラ・ミシェル・ゲラー 、ジェイソン・ベア 、ウィリアム・メイポーザー

(作品資料より)   ご注意:ネタバレですから!

呪怨<感想>呪怨はみなさんご存知と思いますが、“1、2”があり、それぞれオリジナルビデオ版、劇場版があるのですね。

ハリウッドリメイク版としては、今作品と続編の「呪怨パンデミック」がこの夏公開されました。

私はパート1の劇場版を観たのですが、忘れてしまっているようなので、DVDを借りてもう一度鑑賞というわけです。

最初から大学教授のピーター(ビル・ブルマン)がマンションから身を乗り出して自殺です。

あっけにとられていると、エマ婆ちゃんのところへ介護にきたヨーコ(日本の女)が、いきなり押入れの中から呻き声が聴こえて、天井裏をマッチ(今時古いよ)すって覗くと、・・・・恐ろしや黒い得体のしれない怪物みたい人間?に引きずり込まれて姿を消すのです。

とにかく画面が薄暗く、昼間だというのにこの家は暗すぎるよ、今にも何かが出てきてもおかしくない(笑)

次に派遣されるのは、アメリカの女子大生カレン(サラ・ミシェル・ゲラー)なんです。

彼女が最初に見たものは、2階の問題の押し入れ(ガムテープで目張りしているし)黒い猫と男の子=トシオです。

黒猫とトシオはすでに前の住人、日本版の「呪怨」の原点である事件!、父親が母親が生んだ男の子=トシオを自分の子ではないとプッツンキレてしまって、母親をトシオの見ている前で首を捻じって殺し、黒猫は叩き潰して、トシオはお風呂で殺されているわけで、母親の死体は2階の押入れの天井裏に隠して自分も首を吊って死んでしまう。

この辺までの音響は日本古来の怪談、ヒュ〜ドロドロみたいな感じの如何にも出て来るよ!って(笑)

デレクターズ版その事件を日本の警察が適当に処理して、その家の惨殺な事件をうやむやにしてしまった事がいけなかったのでは?、・・・・事件を担当した刑事さんが見えないものが見える、精神的に追い込まれて、中川刑事さんも死んでしまいます。

その家にこもっている怨念、可哀そうにエマ婆ちゃんにも見えたのね、頭がおかしくなり死んでしまいます。

それにこの家を買った夫婦、その妹スーザン、介護士のアレックス、カレンのボーイフレンドみんな怨霊にとり憑かれて精神的におかしくなり死んでいくのです。

もっとも、ストーリー的には膨らんでいるし隠された背景があると思うし、幽霊の男の子、トシオの母親、伽椰子の神経症的に病んだと思えるような日記の文字!。

教授ピーターへの熱い思いが異常なまでの雰囲気が漂い、写真が壁に、全部伽椰子の顔だけが切り抜いて虫ピンで貼ってあるのです。

あの世に逝けない恨み辛みが、日本版での「呪怨」の原点、突き詰めると面白そうですね。

でもトシオはあまり怖くないのですが、伽椰子が出てくる場面は“長い黒髪と血走ったギョロ目”がたまらなく怖い!、つい後ろを振り向いて恐ろしくなり頭から離れませんね(笑)

タイトル“呪怨“とは、「人が強い怨念を抱いて死んだ時、呪いが生まれる。 その呪いは死に場所に蓄積し__そこに触れた者は呪いに取り憑かれる」つよい恨みを抱いて死んだモノの呪い。

それは、死んだモノが生前に接していた場所に蓄積され、「業」となる。 その呪いに触れたモノは命を失い、新たな呪いが生まれる。」という意味だそうです。

亡くなった今までの人達は、誰かがキチンと弔ってあげないとその霊魂は、この世を彷徨い、ましてや死にたくないのに、惨忍な殺し方で殺されれば未練たっぷりでこの屋敷にきた者たち片っ端から呪い殺してやるという、悲しい女伽椰子とその子供トシオなんですね。

最後は、カレンが恋人を助けようと、中川刑事が屋敷を焼き払おうと持ってきた、灯油にライターで火を点けようとすると伽椰子が覆いかぶさるように怖い目で睨む。

このシーンは怖い。結局屋敷は焼けてしまって、恋人も焼け死んで霊安室で恋人とカレンがご対面、するとまたもや現れるのですね。

今度は口から血を流して・・・・・仰天!怖い!。

女の恨みは恐ろしや!・・・・クワバラ、クワバラ

 

と言うわけで、「呪怨 パンデミック」を鑑賞しましたので、後ほど更新いたします。

2008年にパート3が公開されるそうですよ。

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2007年08月23日

ブラザーズ・オブ・ザ・ヘッド(DVD)3

51cd0fa6.jpg 1つの身体に、2つの頭。離れられない兄弟が駆け抜けた先に見たものは……

人里離れた岬でひっそりと暮らしていた、結合体双生児のトムとバリー。2人は18歳の時、興行主のザックに売られてしまう。

しかし、音楽の訓練を受けてその音楽才能を開花させたトムとバリーは、ついにロックバンド「ザ・バンバン」でデビューを果たす。彼らのギターと歌に若者たちは酔いしれ、ザ・バンバンはスターダムへとのし上がっていく。

そんなある日、トムとバリーの前に美人の記者ローラが取材に現れ……。

 '75年にデビューしたロックバンド「ザ・バンバン」そのボーカルとギターを務めた結合体双生児、トム・ハウとバリー・ハウの物語。70年代後半に絶頂を極めたイギリスのパンク・ムーブメントの空気の中、愛、怒り、恐怖、悲しみを抱えながら疾走した2人を、強烈なインパクトと共に描き出している。(作品資料より)

歌っている二人<感想>「毛皮のエロス」で主人公の、ダイアン・アーバスがフリークスたちを被写体に撮りつづけたその中にも、結合体双生児の姿があった。ドキュメンタリー映画なので、主人公の双子の生い立ちとか、お姉さん、医者などが出演していて、日常の生活を映しているみたい。

主役の双子は実の父親に売られ、バンドデビューすることを強制され、始めは楽器(ギター)を弾く事も出来ないのに練習をして、片方が歌の練習をする。

子供時代一軒家にこもって何度も挫折を繰り返しながら、これしか生きる道はないのだと言われる。苦悩しながらも花開く二人の才能。悲しみや怒りを音楽にぶつけ、やっと観客の心をつかむ詞と曲を生み出す。ザ・バンバンというバンド名で売り出す一方で、心と身体は酒とドラッグにむしばまれてゆく。

まるで彼らの伝記を見ているように、観客を1974年に巻き込んでいる。彼らの心を代弁する印象的な歌の数々は全てこの作品のために作られたという。中々イケメンな顔立ちの双子。体がくっついているので、食事をするのも、寝るのもお風呂も一緒だ。

二人の顔温厚な兄トムに彼女が出来て双子の関係が崩れ始めますが、双子の片方トムが彼女と触れ合っているのを背中で感じながら、一人孤独に耐えるバリーの姿。

 「ひとりぼっちの時よりも、誰かと一緒にいるときの方が孤独を強く感じる」・・・・・トムに背中を向けるバリーの寂しそうな表情が、ベッドの上でも離れることが出来ないわけで、これはどうしょうもなく残酷です。

結合体双生児

歌う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裸の二人

離れたいけど離れられない残酷さを表していて、なんとも言えず切ない。

それで、荒れてすさんだ性格の弟バリーの葛藤。二人がベッドで抱き合いながら寝ている姿。

バリーがトムの首に顔を埋めるシーンとか、・・・・トムがバリーの肩に腕をまわし窓の外を見ている姿は、もう死ぬまで離れられないと覚悟しているようで、残酷ですよね。

特に印象に残ったのは、トムとバリーの顔が重なり合わさって、ひとつの顔に見えるシーンですね。本当だったら、手術で離す事だって出来たのに、・・・・しかしね、これがフィクションだと観終ってから知って驚かされた。

それくらい、この2人の演技が、「双子の寂しさや一生離れられない」という感情が表れていて、最後は悩んだ末に、お互いを切り離そうとして死んでしまうというストーリーに、リアリティーを感じました。しかし、なにも「ザ・バンバン」の存在や、結合双生児の存在が、事実かどうかという話ではなく「こんな双子がいるのかも?」というくらい広い意味での監督の言葉なのだから。

バリーを演じたルーク観ている側としては、推測で膨らみ、おおいに悩んで事実は知らなくてもいいと思う。

この映画は、テリー・ギリアム監督の未完成に終わった、映画作りを追ったドキュメンタリー『ロスト・イン・ラマンチャ』で、注目を浴びたキース・フルトン&ルイス・ペペが、ドキュメンタリーの手法を用いて撮った物語。独特の演出で、虚構と現実の間を行き来する、危うい映像を作り上げている。

またトムとバリーを演じた双子の俳優ルーク&ハリーは、破滅的な魅力を放つロックスターを、エモーショナルに演じ切っているのが素晴らしい。世界各国の映画祭で喝采を受けた、全く新しい革新的映画として絶賛されたそうです。 



papikosachimama at 17:32|Permalink

2007年08月22日

毛皮のエロス(DVD)2

毛皮のエロス「あなたを、撮りたい」好奇心と欲望の末、辿り着いた魅惑の世界。伝説の写真家ダイアン・アーバス、彼女が写真に人生を捧げるに至った“ある男”との出会い。
1958
年、ニューヨーク。裕福な家庭に育ったダイアン・アーバス(ニコール・キッドマン)は、ファッションカメラマンである夫アラン(タイ・バーレル)のアシスタントとして働きながら、心の中には常に自分のいる世界に居心地の悪さと不安を感じていた。そんなある日の夜、コートやマントで全身を覆い、目の部分だけがくりぬかれたマスクを被った男、ライオネル(ロバート・ダウニーJr.)がダイアンの隣に越してくる。この男の異形に激しく心を奪われたダイアンは意を決し、カメラを手に彼の部屋のベルを鳴らす。扉を開いた運命の男に隠された秘密は、彼女の好奇心を欲望へと駆り立てていく。(作品資料より)

毛皮のニコールたて<感想>物語のベースとなっているのは、1984年に発刊され、ベストセラーになったパトリシア・ボズワースの伝記「炎のごとく 写真家ダイアン・アーバス」貞淑な写真家の妻が、多毛症の隣人との出会いをきっかけに、自分の中に封印してきた芸術への想いと、自己の解放とをエスカレートさせていく様子を、スリリングかつエロティックに映し出しています。主人公ダイアンをニコール・キッドマンが、全てをさらけ出し、途方もなく美しく、かつ奇妙でロマンティックな、そして強烈で想像の跳躍を超えたダイアン・アーバスになりきってる。

ロバート、ダウニーダイアンの変貌のきっかけとなる謎の隣人ライオネルには、一時期のスランプから抜け出して、最近「ゾディアック、グッドナイト&グッドラック」など躍進著しい演技派ロバート・ダウニーJrが扮しており、劇中、最も目を凝らすのが、ライオネルがダイアンに毛むくじゃらな裸体(ライオンをイメージしたらしいです)を晒す場面は驚きである。私にはライオンと言うよりも狼男に見えたが(笑)、監督は『セクレタリー』のスティーブン・シャインバーグ。
夫アランダイアンの夫アランに、舞台出身の個性派タイ・バーレル。“アーバス・ファミリー写真スタジオ”を経営しており、ダイアンの両親が毛皮商人として成功して、娘夫婦に仕事を与えてやっているという横柄な態度に、アランは気を使っていつも低姿勢である。そんな生活が、ダイアンは生まれた時からブルジョワ一家の中で、心の中では常に自分のいる世界に居心地の悪さと不安を感じていたのです。

毛皮のフッションショーダイアンの厳格な両親、毛皮商人ラセックスの経営者に、ベテランのハリス・ユーリンとジェーン・アレクサンダーが脇を固めており、冒頭から写真スタジオで開かれる、5番街の高級毛皮ショー、モデルさんたちがチンチラ、黒豹、テン、ミンク、フックスなどを着飾ってそれは見ものです。

物語は内気で献身的な妻であり母であった女性が、夫と子供たちへの愛と、芸術を求めてやまない内なる想いとの板ばさみに苦しむダイアン。

写真をとる「エレファント・マン」や「美女と野獣」のような興奮と恐怖の内容、ダイアンが毛むくじゃらの男にのめり込んでゆくのに、夫のアランは顔中髭をはやし何度かダイアンの気を惹こうと努力するが、・・・・

その一方で、寝室の窓辺で胸をはだけて見せたり、ライオネルの部屋に何度も訪ねてゆき、ライオネルの尋ねてくる友達、“フリークス”、変わった人々・小人症や四肢不自由な人・結合双生児、性的倒錯者、ホームレスなどを題材に写真を多く撮り、フリークスの人達を「貴族」と言っていた。

配水管に毛彼ら“フリークス”の人達を自宅に招いてパーティーをするなど、彼らを写真の題材に、ポートレート写真に、強烈で独創的な芸術写真家?へと変貌を遂げていくのですね。ダイアンは、フリークスの姿を撮ることができたのは、肉体的欠損者としてのフリークス彼らの、精神的な苦悩そのものにはまったく共感していなかったのではないかと思う。本当に彼らの苦悩に共感しているのであれば、写真なんか撮ることさえ出来なかったと想うから。

地下室へニコールどうしても世間知らずのお嬢様が、駄々をこねているようにしか見えない。貞淑な女性がみだらな欲望に目覚めていくさまは、理解し難い。・・・・ダイアンって、好奇心と欲望の固まり。それに変態っぽいっていうか、ライオネルとの関係は、人毛フェチのような気もするし

あの配水管が毛で詰まった時から、異常なほど毛に興味がありそうで、彼の部屋から出てくるお客さんもカツラを付けていたり、最初は彼の部屋に恐る恐る行くのですが、ドアを開けて招き入れてくれるとずお風呂で目隠しうずうしく毎日のように、それも胸の開いた水色のワンピースを着たりして、プールのような大きなお風呂?、にも一緒に入って彼の全身の毛に興味シンシン!

ライオネルも小さい時、父親に見世物小屋に売られ、見物人たちに「吠えてみろ」なんて獣とか、怪物とか言われて、お金を稼いでたんだし、今でも同じような事をして生活費を稼いでいるみたい。

普段は袋に目と口のところに穴を開けて、手製で作ったライオネル被り物をかぶって外出する。ダイアンが夢中になったライオネル、「あなたを撮りたい!」好奇心と欲望の末辿り着いた魅惑の世界は、・・・・多毛症のライオネル、皮膚呼吸が出来ないのか酸素吸入を隠れてしている。

最後はライオネルと相思相愛のような感じがして、・・・・ライオネルの全身の毛を剃り落とすシーンは、ダイアンが覗いてしまった事で純愛に変わって、彼の望みの海に入りたいという最後を見届ける事になるのです。

ライオネルの毛をそるしかし、夫と子供の関係もあるしね、何だか夫のアランに同情してしまいます。妻を失う事を本気で恐れているのが分かるし、二人の娘たちも最初はダイアンと一緒にライオネルの部屋を訪ねて、彼の内職みたいな付け髭とかカツラを作るのを手伝ったりして、でも姉の方が女の直感みたいな彼を嫌うようになり近づかなくなるのです。

ただ、ダイアンを演じたニコール・キッドマンの透ける様な肌と全裸の場面は、・・・・・ス毛を剃ったライオネルとダイアンレンダーなボディと美しさが目に焼きついて印象的です。

また、ダイアンに変化をもたらす張本人であるライオネルは、“フリークス(変わった人々)”と題された写真集から、シャインバーグが見つけ出した実在の人物をモデルにしているそうです。

 

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papikosachimama at 21:49|Permalink

2007年08月10日

僕のニューヨークライフ (DVD)3

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60回ヴェネチア映画祭のオープニングを飾った都会派ラブコメディの旗手、ウディ・アレン監督による青春映画。情緒不安定な恋人に振り回される主人公をジェイソン・ビッグス、その気まぐれな恋人をクリスティーナ・リッチが演じ、若手喜劇作家の恋の悩みをコミカルに体現する。アレン自身も主人公の先輩作家役で得意のエキセントリックな人物を好演。ニューヨーク、恋、憂鬱などアレン映画ならではのモチーフが光る快作コメディ。

主人公ジェリー(ジェイソン・ビッグス)は、ニューヨークに住む新米のギャグ・ライター。可愛い恋人のアマンダ(クリスティーナ・リッチ)と同棲して1年だが、近頃彼女の態度が妙によそよそしい。仕事の方も無能なマネージャーのハーヴィ(ダニー・デヴィート)のおかげでさっぱりだ。自分としてはシリアスな作品を書きたいのだが、しがらみのために夢に向かって踏み出せない。そんなある日、ジェリーは同じくギャグ・ライターのドベル(アレン)と知り合い、行動を共にするうちに意気投合する。ドベルから様々なアドバイスを受け、人生の教訓を学んでいくジェリーは、やがて大いなる決断を迫られるのだが……。(作品資料より)

<感想>ニューヨークを愛したアレン、本作を最後に活動の場をイギリス、ロンドンに移したという。彼の最後のニューヨーク作品になるかもしれないのだ。彼自身で脚本も書いたロマンティックコメディ映画。今回アレンは出演はしていますが、脇役で主演は、ジェイソン・ビッグス&クリスティーナ・リッチの若いカップルなんです。この後イギリス、ロンドンへ引越ししてあの有名な「マッチポイント」を製作したのですね。

彼氏とクリスチーナジュリーには、アマンダという恋人がいて、彼女は、女優の卵。ジュリーとアマンダは、一緒に暮らしているのですが、もう半年もエッチをしていません。アマンダが嫌がるんです。ドベルに相談すると、アマンダが浮気しているのでは?・・・何となく疑っていジュリーは、アマンダを尾行するんですね。すると、確かにアマンダは浮気していたのです。ジュリーとエッチをしようとするとパニック障害を起こしてしまうアマンダ。ジュリー以外の人と寝て快感を得られるかどうか試す為だったと言う。しかし愛しているのは、ジュリーだけよ!なんて平気で嘘をつく、わがままで神経症気味の彼女。他に好きな男が出来たんですよ(笑)。呆れてしまうよ、その男は、アマンダがパニックを起こしたときに診てもらった医者だったと言うのだから。

おまけに彼女の母親が、二人のアパートに突然やってきて、居候をはじめる始末。また、長年の付き合いがあるエージェント(ダニー・デビート)は、ろくな仕事をもってこないくせに、契約更新を迫ってくるし・・・・・。

ウッディが車でそんな時、ジュリーは、ドベルにロスで一緒に仕事しようと誘われます。迷ったあげく、アマンダのことも考えてロスに行くことに決めるのです。アマンダに話すと自分も出て行くと言うのだから都合がいい。ところが、一緒にロスに行く筈だったドベルは、警察官を撃ってしまい、ほとぼりが冷めるまでどこかに隠れているので、ロスへは、一人で行って欲しいと言う。仕方なく一人でニューヨークからロスへと旅立つジュリーなのですが・・・。

他人に相談してばかりでなんにも解決できない優柔不断な若者ジュリーが、わがままで神経症気味の彼女や、人騒がせなドベルとアマンダの母親と困ったエージェントなど、周りの人々に振り回されながら、人生について徐々に悟っていくという物語。

クリスチーナ愛する人や街とのしがらみを断ち切れない優柔不断な男を演じているのは、「アメリカン・パイ」シリーズのジェイソン・ビックス。そして、ワガママで自由奔放な彼女アマンダには、「モンスター」などカルト作品で独特な個性を光らせている、クリスティナ・リッチが扮している。ジュリーのマネジャー、ハーヴィを演じているのは、演技派のダニー・デビート。娘以上に奔放な母親ポーラには、「私に近い6人の他人」のストッカード・チャニング。それにアマンダの元彼、ボブには人気コメディアンのジミー・ファロン「TAXI NY]に出ている

ジュリーたちがジャズクラブを訪れシーンでは、「五線譜のラブレター」にも出演していたジャズシンガー、ダイアナ・クラールが、「It Could Happen to You(あなたに降る夢)」を本人が歌っています。

ウッディがこよなく愛したニューヨーク!、ヴィレッジ・ヴァンガード(ジャズクラブ)を筆頭に、ジュリーがニューヨークライフを彩るロケーションも、クイーンズからブルックリンまで広範囲な地域でロケを決行。古きよき時代のニューヨークの面影を残す、その情景を秋の陽射しを思わせるような暖かな映像が印象的です。

いつものことだけれど、たくさんの台詞と軽快なユーモアで展開する、アレンワールドはいつものとおり。ウディ・アレン好きならたまらない作品、愉快で過激で爽快なラブ・コメディです!



papikosachimama at 15:35|Permalink

2007年08月01日

灯台守の恋 (DVD)4

cf3fa431.jpgカミーユは生まれ故郷のブルターニュ地方ウエッサン島に戻ってくる。

もう今は亡くなってしまっている両親の家を売却するためだ。カミーユと伯母のジャンヌの二人はその家で最後の夜を過ごすことになる。

カミーユは、一冊の本を受け取る。その本はアントワーヌ・カッサンディ著私の世界の果て

表紙のイラストが、父親が灯台守をしていたジュマン灯台に似ているのと、伯母の態度が気になった彼女は、その本を読みはじめる。そして、父と母の秘密を知ることになる−。

1963年、世界の果てと呼ばれるブルターニュ海岸の辺境。ある日、アルジェリア戦争の帰還兵・アントワーヌが島にやってきて、イヴォン率いる灯台守の一団に加わる。イヴォンはアントワーヌと共に働き始め、彼の人柄を知ると彼を友人として村に迎えようとする。しかし、アントワーヌは一人の女性と恋に落ちてしまう。その相手とはイヴォンの妻・マベだった(作品資料より)

<感想>非常に練られた脚本で、許されぬ恋の炎を描き出している大人のラブストーリーとして、とても印象深い作品です。

フランソワーズ主人公のカミュー演じている女優は、アンヌ・コンシニュイ。アンヌが『愛されるために、ここにいる』で、タンゴを踊るフランソワーズを演じて、本当に微笑の素敵な可愛い女優さん、前年に撮ったというこの『灯台守の恋』。一冊の本が思わぬ自分の出生の秘密を知ることになろうとは、・・・。

イヴォンの妻・マベを演じた、フランスを代表する演技派女優サンドリーヌ・ボネール。

彼女は「親密すぎるうちあけ話」で、妖艶な人妻アンナを演じて好印象の女優さん。

それに、アントワーヌ役のグレゴリ・デランジェールの、抑制のマベ効いた縁起も素晴らしく、イヴォン演じるフィリップ・トレトンもまたいい味を出しています。

愛し合う二人のおさえきれない感情を押し殺して見詰め合うシーン、登場人物の心情が伝わってきて、演出の見せ方も上手いし、俳優たちの力量が光る作品です。

監督はフィリップ・リオレ、1993年のデビュー作『パリ空港の人々』は、トム・ハンクス主演『ターミナル』(S・スピルバーグ監督)の原案となっています。

監督フィリップフランスのブルターニュ地方にあるウエッサン島は、「世界の果て」と言われるとおり、まさに激しい自然に囲まれた孤島。この島はケルト人が独特の社会を築き、当時の灯台は灯台守が住み込みで働くという、大変な仕事。

よそ者に対しては閉鎖的であり、アントワープもまた、歓迎どころか警戒心をもって迎えられます。荒海の中のジュマン灯台の堅固で古めかしい旧式の灯台の内部。

灯台1びっくりしたのは、いつも海が荒れているので灯台守のイヴォンやアントワーヌは、船を灯台に横付けできないため、灯台の上部と船の間にロープを渡して、彼ら人間を滑車で引き揚げるというサーカスのような荒業。もし海に落ちたら命はないというほど過酷なもの。しかし、息子を灯台守の助手にしたいイヴォンの同僚は、アントワーヌ排斥の嘆願書を送ろうと画策したり、なにかにつけて辛く当り彼を追い出そうとするのです。
アントワーヌアルジェリア戦争帰還兵で、左手を負傷していたアントワーヌ(グレゴリ・デランジェール)。静かな微笑をたたえて、それがまたハンサムでいい男なんですよね(笑)、それでも、イヴォンはアントワーヌと一緒に働き始めます。大きな波が灯台に当たっては砕け、悪天候の中二人は一時も心休まるときがない過酷な状況なのに、塔の中でずっと明かりを灯し続ける二人の灯台守。イヴォンはアントワーヌの人柄を知り、友人として彼を村二人のラブシーンに迎え入れ知らず知らずのうちに、友情が芽生えてくるのです。

だが、そこにイヴォンの妻マベ(サンドリーヌ・ボネール)が登場して、アントワーヌと恋におちてしまいます。

彼女は、代々ジュマン灯台を守る厳格な父のために、灯台守のイヴォンと結婚する約束をしていた。イヴォンは誰よりも深くマベを愛しており、彼女のために過酷な灯台守の任務についた男だった。

イヴォンヌでもふたりには、灯台守を継ぐべき子供ができないという悩みがあった。

そこへマベの心を惑わす男アントワーヌが現れた。元時計職人の彼は、マベのアコーディオンや自転車を器用な手つきで修理して、やさしく微笑みかける。二人の胸の抑えられた情熱が、無言の中で心通い合うのだが、・・・夫のイヴォンの存在が、ふたりを思いとどまらせていた。

村の祭りの日、若いブリジット(エミリー・デュケンヌ)は、前からアントワーヌに目を付けていて、婚約者がいるにもかかわらず、誘いをかけるのですが、婚約者は激怒し、アントワーヌに殴りかかり、激しく殴打するのです。

ブリジットアントワーヌは、燈台守をしていない時は、お金を稼ぐために缶詰工場に働きに行って、そこにはマベも働いているのですね。婚約者って言うのは、その工場のオーナーでマベにも恋していた男。よくよく運が悪いというのか美男すぎるのか、モテル男は仕方がない(笑)その現場を一部始終を見ていたマベは、心配して駆け寄り、ふたりは堰を切ったように木陰で激しく抱き合うのです。

夜空には花火が打ち上げられ、そして・・・灯台の海上で花火を打ち上げているのは、夫のイヴォン。たった一度だけの過ち?・・・(本当に愛してたの)

燈台守イヴォンの誕生パーティに招かれ、アントワーヌはアルジェリアで従軍していたとき以来、胸のなかに仕舞い込んでいた重大な秘密を明らかにするのです。手の怪我はオリーブの圧搾機によるもの。

敵の捕虜を拷問(圧搾機)で痛めつけ、あまりのひどさに止めたら、上官がアントワーヌの手を圧搾機に入れて怪我をしたのです。

アントワーヌは村人から尊敬と好意を獲得していたが、イヴォンとマベ夫婦のために、自分のことを疎んじてもらうことを選んだのだった。

二人で歩く戦場で戦って負傷するだけではなく、心の傷痕も深く残って、その後も悲惨な出来事で負傷する。

ラスト、カミーユは、本を読み終え、もしかしたら、私は・・・・。ジャンヌの「お父さんはあなたを愛した。溺愛したわ・・・」。

それを聞き、カミーユは涙がとまらなかった。家の売却を辞め、船に乗ってジュマン灯台へ行き、もうすでに観光地となっていて当時の面影はなかったが、一枚の写真が飾られていた。

灯台たてそこにはイヴォンとアントワーヌ二人の勇姿がモノクロームの写真に映し出され、「ジュマン1963」と記されていた。

 

二人の父親の写真を見つめるカミーユが愛おしく、また時を越えた親子の愛を感じまさにこの瞬間、ラストのために作られた作品のように感動的で、灯台を望む島の美しさと、切なく激しい大人の恋物語としてお薦めの作品です。

 



papikosachimama at 16:23|Permalink

2007年07月20日

unknown/アンノウン (DVD)3

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「彼らの記憶が完全に戻ったとき、君は衝撃の事実を知る!」
主人公の男(ジェームズ・カヴィーゼル)が目を覚ますと、そこは廃工場だった。まわりには彼を含め、同じように眠っていた5人の男たちがいた。二階の手すりに手錠でつながれた瀕死の男、椅子に拘束された中年男、そして激しく争った形跡や、大量の血痕……。工場はすべての窓、出入口にカギがかけられており、彼らは完全に閉じ込められていた。どう見ても、尋常な状況ではなかったが、最大の問題は、全員が記憶喪失であるという点であった。(作品資料より)

 

 <感想>SAW」、「CUBE」など、密室状況でのサスペンスドラマには傑作が多い。閉ざされた廃棄工場の中で、意識を取り戻した5人の男たち。毒性のガスを吸い込んだ彼らは、一時的な記憶喪失におちいり、自分が誰なのかも思い出せなくなっていた。ひとつだけ分かっているのは、5人のうち2人が人質で、3人が誘拐犯だということ。いったい自分はどちらなのか? 誰が敵で、誰が味方なのか? 混乱と疑念が渦巻くなか、一挺の銃をめぐって争いを繰り広げる男たち。

密室でそこに鳴り響く電話のベル。それは、誘拐犯のボスからのものだった。5人の間に広がる死の恐怖。ボスが戻って来たとき、自分が人質なら殺され、犯人なら罰せられるのは確実だ。タイムリミットの日没が迫るなか、「生き残り」という共通の目的に向けて結束する5人。そんな彼らの脳裏に、次第に断片的な記憶が蘇ってくる……舞台が狭いほど話を作るのは難しいが、その制限された状況はよりサスペンスフルなドラマを生み出すから面白い。

荒野の真ん中に建つ廃棄工場を舞台に進行するドラマは、5人の登場人物の心に渦巻くギリギリの感情を、見る側に体感させていく。ある者は、小さな明かり窓から「鏡で外にいる子供に知らせる」それに一丁の「銃の所有権の争い」などボスが来るまでの場面が長い。
『レザボア・ドッグス』や『ユージュアル・サスペクツ』などの残念ながらそうした傑作群と比べると完成度はやや低い。完璧なシチュエーションではあったが、うまく物語に生かすことができなかった。 5人の記憶が徐々に中途半端に戻ってくるという展開にしたことがいけない。記憶があいまいな状況下では、敵味方が次々入れ替わる展開もあたりまえすぎて、意外性が感じられない。記憶が鮮明になるほど真実に近づいていくのはあたりまえの話なので、緊張感に欠けてしまう。

ジム・ガーゼビル人間というのは記憶を失ったとしても、その人が本来持っている資質や性格は変わらないと思う。工場に閉じ込められた5人の男たちは、自分が善なのか悪なのかさんざん迷うけど、実はその人の本質はちゃんと残ったままだと思う。例えば、最初に意識を取り戻す、登場人物の中で最も複雑な内面を抱えた男であるはずのカヴィーゼル扮するキャラクターが、最もイノセントな男に見えるから実に興味深い。デニムジャケットの男「パッション」のジェームズ・カヴィーゼメメント、ジョーバー・トリアンのセリフには嘘っぽさがまったくないし、つねに真実を語っているように感じられるし、彼が善人だろうと悪人だろうと、その存在のあり方はいつもリアルでポジティヴなのだ。彼は繊細に役柄を演じきることができる素晴らしい俳優だと思う。

実際、この映画ではジェームズだけでなく、椅子に縛られている男、「マトリックス」と「メメント」で強烈な個性を光らせたジョー・パントリアーノが演じたキャラクターは、最初は協調する姿勢を見せてほかの4人に接するけど、記憶が戻ったとたんに裏切って、ドラム缶を投げつけたりする。恐らくそれが彼の本質なのだろう(笑)

バリー・ペッパーそれに、手錠でパイプにつながれた男ジェレミー・シスト、HBOの人気シリーズ「シックス・フィート・アンダー」で人気を博した。鼻が折れた男に「リトル・ミス・サンシャイン」のグレッグ・キニア、作業着の男「グリーンマイル」「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」のバリー・ペッパー、誘拐犯のボス役で「ファーゴ」「マイノリティ・リポート」のピーター・ストーメアが出演している。また、誘拐の被害者の妻に、『リクルート』『アイ,ロボット』のブリジット・モイナハンが扮し、映画に紅一点の彩りを添えている。この奥さん身代金悪役、ピーター・ストーメアーを指定のロッカーに入れるのですが、何か様子が変で犯人と示し合わせていたのか、お金を入れたロッカーの底に穴が開いていて、下に落下するようになっていたんです。

出演者全員が真面目にあまりにも真剣に最良の演技を追求したため、俳優同士がぶつかり合って緊迫する局面も見られて中々面白区仕上がっています。

監督は、ジェシカ・シンプソン、エンリケ・イグレシアスといった一流アーティストのクリップや、トヨタ、メルセデス・ベンツなどのCMで数々の国際的な賞を受賞しているサイモン・ブランド。本作で長編監督デビューを飾る彼は、ベテランの役者たちをみごとにまとめあげ、オープニングこそスタイリッシュに仕上げてはいるが、本作の魅力は、シチュエーションの素晴らしさに尽きる。

奥さん、リジット・モイハンクライマックスで明らかになる事実は予想の範囲内だが、ある意味強引なドンでん返しと言うかそれほど驚くことでもない。そして何故記憶を無くしたかという原因が面白く、人質に捕られたのはコールズ社のコールズ社長と財務担当で鼻を折られていたマッケインと分かる。主人公ジェームズサイモン・ブランド監督が潜入捜査官だったことと、ジェームズと社長の奥さんのブリジットとはグルだったわけで、犯人を椅子に縛られていた、ジョー・パントリアーノに仕立て上げ、全員皆殺しを計画。遺産で2人仲良く暮らしていこうという結末だったようで、あのラストシーンでの2人の見つめ合いはなんだったのでしょうね?・・・それにしても、サイモン・ブランド監督若いし良い男!、俳優としてもいけるかもね(笑)。

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