パラドゲー好きのAAR

「ハーツオブアイアン」「ヴィクトリア」「ヨーロッパユニバーサリス」「クルセイダーキングス」といった「パラドゲー」や、「グロス・ドイッチュラント2」「日露戦争」といったジェネラルサポートの戦略SLGのAARです。「セーブ・ロードによるやり直し」は禁止でプレイしています。

2013年09月

ヴィクトリア2ハート・オブ・ダークネス ~スペイン(8)~

1.1863

()12日。当事者であるベルギーが脱落し、ヘルダーラントは返還されたにも関わらず、新たな戦争目的「英国がオランダよりスマトラを獲得する」により、戦争継続。60

()74日。英国がフランスに降伏。フランスはプロイセンよりアルザス・ロレーヌ(エルザス・ロートリンゲン)地方を奪還した。61

()1123日。南北戦争終結。アメリカ合衆国が統一された。63

 

2.1866

()73日。ブルガリア危機発生。フランスに加担。67

()1021日。ブルガリア危機が戦争に発展。フランス、ロシア、オーストリア、スペイン、両シチリア王国VSプロイセン、英国、オスマン帝国に。68

 

3.1869

()210日。186610月のブルガリア危機から始まった列強の戦争は、双方痛み分けで和平。

 

4.1874

()327日。両シチリア王国がスウェーデンに列強の座を奪われた。75

 

ヴィクトリア2ハート・オブ・ダークネス ~スペイン(7)~

1.1860

()129日。ギリシャとオスマン帝国によるテッサリア危機。英国とロシアはフィンランドを巡って戦争中のため、残りの列強の態度を決しなければならない。ギリシャには、フランス、オーストリア、両シチリア王国がつき、オスマン帝国にはプロイセンがついている。フランスを敵に回したくないのと、プロイセンの勢力拡大が気に入らないのとで、ギリシャ側につくことにした。51

 

()71日。テッサリア危機回避。プロイセンが折れ、オスマン帝国がギリシャにテッサリアを返還した。

 

()119日。ロシアが英国・フィンランド連合に勝利。フィンランドを併合。52

 

2.1862

()99日。オランダとベルギー間のヘルダーラント危機は戦争に発展しそうだ。54

()1010日。ヘルダーラント危機は英仏を主とした列強の戦争に発展。英国、プロイセン、スペイン、ベルギーVSフランス、ロシア、オーストリア、両シチリア王国、オランダ。55

()1018日。ベルギー領ヘルダーラントにおいて、列強の軍隊が激突。スペイン軍も仏領アキテーヌに進攻。56

()1119日。スペイン領ヘローナでフランス軍と会戦。戦力はほぼ互角。58

()1222日。軍事技術の研究をほとんど行っていなかったことが仇となり、惨敗。59

()1226日。ベルギーが降伏し、オランダにヘルダーラントを返還。

ヴィクトリア2ハート・オブ・ダークネス ~スペイン(6)~

1.1853

()95日。オランダと戦争中のベルギーが両シチリア王国に列強の座を奪われた。

 

2.1854

()42日。またオスマン帝国とギリシャの間でテッサリア危機発生。

()725日。テッサリア危機について、それぞれのバックについていた英露間が痛み分け解決。戦争には至らず。

 

3.1856

()21日。オランダとベルギーの間でヘルダーラント危機発生。

()75日。ヘルダーラント危機回避。

 

4.1857

()17日。なんと革命により、オーストラリアが英国から独立した。46

 

5.1858

()76日。ロシアが、英国によって解放されたフィンランドを併合しようと宣戦布告。英国参戦。48

 フランスとプロイセンの間で起こっていた危機が回避された。戦争を恐れたフランスがプロイセンに係争地アルザス・ロレーヌ地方を割譲。プロイセン外交による勝利だ。

前回拡張版「AHD」までは、普仏戦争を経てドイツが勝利したうえでアルザス・ロレーヌ地方を獲得し、ドイツ帝国が建設されていたが、今回の拡張版「HOD」では、不利な戦争を回避するために、事前に折れることができるようになっているようだ。

 この「危機」システムを、個人的にとても気に入っている。このシステムのせいで、オスマン帝国はかなりプレイし辛くなっているようだ。しょっちゅうギリシャと領土を巡る危機が勃発している。反対にギリシャは立ちまわり次第では、決断「ビザンツ帝国の再興」が実行し易くなっているのかも知れない。

ヴィクトリア2ハート・オブ・ダークネス ~スペイン(5)~

1.1851

()121日。ジブラルタル攻略。

()327日。今回、英国側にプロイセンがついているせいか、結構やばい。チャネルでは英国艦隊にフランス艦隊がボコボコにされている。38

()610日。バルセロナに上陸してきたオスマン軍と戦闘。39

()615日。オランダが、マケドニア戦争中の列強ベルギーに宣戦布告。

()73日。オスマン軍撃滅。

()823日。セルビアがオスマン帝国に宣戦布告。完全に欧州大戦だ。

 

2.1852

()113日。スペイン軍も地味にフランス領解放に向けて頑張っているが、戦況は英普連合に分がある。列強の下位争いを行っているベルギーに戦争目標「屈辱を与える(相手国の国威を下げ、自国の国威を上げる)」を追加

()313日。ロシアとプロイセンが痛み分け和平。40

()512日。オスマン帝国がロシアに降伏。西マケドニアがギリシャ領に。41

()73日。占領地はともかく、英国海軍がフランス海軍を大海戦で破ったことによる戦勝点が響き、ロシアが英国に降伏。英国の勢力圏としてフィンランドが独立し、フランス領シャンパーニュ地方をベルギーが獲得した。最悪だ。42

ヴィクトリア2ハート・オブ・ダークネス ~スペイン(4)~

1.1846

()124日。マケドニア危機は戦争に発展せず終結。

()47日。オスマン帝国を勢力圏に取り込んだ。30

 

2.1848

()410日。ギリシャとオスマン帝国の間に、エーゲ諸島を巡る危機が発生している。オスマン帝国はスペインの勢力圏だが、フランスと戦争する訳にはいかないため、ロシア側につくことにした。33

()421日。英国以外の列強が全てロシア側(ギリシャ)についたため、英国が折れた。オスマン帝国がギリシャにエーゲ諸島を割譲。

 

3.1849

()1125日。オスマンとギリシャの間で西マケドニアを巡る危機発生。

 

4.1850

()36日。西マケドニア危機は、ギリシャ側にロシア、フランス、オーストリア、スペイン。オスマン帝国側に英国、プロイセン、ベルギーがついた。

()613日。戦争は避けられないようだ。35

()623日。マケドニア戦争勃発。スペインも巻き込まれてしまった。ロシアの戦争目的は、「ギリシャがオスマン帝国より西マケドニアを獲得」「英国に屈辱を与える」の2つ。英国の戦争目的は「ロシア帝国内のフィンランドを解放、独立させる」。36

()920日。ロシアに呼応して、スペイン軍も英領ジブラルタルに進攻。37

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