パラドゲー好きのAAR

「ハーツオブアイアン」「ヴィクトリア」「ヨーロッパユニバーサリス」「クルセイダーキングス」といった「パラドゲー」や、「グロス・ドイッチュラント2」「日露戦争」といったジェネラルサポートの戦略SLGのAARです。「セーブ・ロードによるやり直し」は禁止でプレイしています。

EU3DW ポルトガル(終了)

EU3DW ポルトガル-まったり植民地経営(1)-

 現在、HOI3TFHで枢軸イタリアでプレイしているが、かなり長い間、イギリスの艦隊に苛められ続けている状態なので、少しだけ、気晴らしに、EU3DWでまったりすることにした。元気が出たらHOI3に戻ったり、疲れたらEU3をプレイしたり、集中力が持続できるようにしよう。


 1399年開始のGCでポルトガルを選択。難易度は通常。開始時点で、イングランドと同盟を結んでいる。1

1399

 安定度を上げつつ、スライダーを自由貿易に進めた。2

戦争に巻き込まれたくないため、開始時のイングランド以外とは同盟結ばず。

1407

統治レベルが4になり、国策が選択可能に。「統一的交易方針」を選択。3

1412

唯一同盟を結んでいるイングランドの要請により、対フランス戦争に巻き込まれてしまった。5

1413

ルシタニア海においてサボイ艦隊と交戦。6

1414

サボイ艦隊の援軍も到着。7

 2か月以上にわたったルシタニア海戦に勝利。しかし、その隙にポルトガル本土に上陸されてしまった。8

1417

 5年間続いた英仏戦争が終結(白紙和平)。陸海戦共に、結構金がかかってしまった。


結局全然まったりできていない。

 


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EU3DW ポルトガル-まったり植民地経営(2)-

1454

統治レベルが9になったことにより、新たな国策が選択可能となった。

「新世界の探索」を選択。探検家と征服者が雇用可能に。9

アゾレス諸島がポルトガル初の植民地に。10

1457

アゾレス諸島への植民を続けながら、アフリカ大陸沿岸を探索中。11

1459

アゾレス諸島がポルトガル領に。12

バミューダに植民開始。13

1466

遂に探検家がアメリカ大陸を発見。14

原住民を攻撃。15

バミューダがポルトガル領に。16

EU3DW ポルトガル-まったり植民地経営(3)-

1469

 現在のポルトガルでは植民範囲が狭すぎて、ベオサックしか不可能なようだ。よってベオサックに植民開始。17

1472

 ひたすら植民を進めたいだけなのに、盟友イングランドが定期的に対仏戦に誘ってくる。断りたいが勇気がない。消極的参戦。

1473

ベオサックがポルトガル領に。18

1478

地味な植民がなかなか進まないため、ショーニーの領土を分捕ることにした。これから軍備を整えよう。19

1479

ショーニーに宣戦布告。20

1480

新たな国策が追加できるようになり、「希望の地」を選択。21

1482

 国王ジョアン1世率いる22,000名がアパラッチに上陸。22

 あっという間に4プロヴィンスを占領。23

この時点で戦勝点20ポイントあるため、今後の足がかりとして、領土はアパラッチのみ要求し、その他賠償金325で和平した。24


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EU3DW ポルトガル-まったり植民地経営(4)-

1489

休戦期間が過ぎ、再びショーニーに宣戦、領土を獲得。25

1494

 旧ショーニー領の経営が大変なので、属国クリーク及びチェロキーを建国した。これで寄港地として利用できる。26

1496

 アステカを発見。27

1497

 バハマに植民。28

1499

 植民地経営に金がかかり過ぎ、借金が返せない。賠償金目当てにアステカに宣戦布告。

1503

 アステカに勝利。賠償金675も獲得できた。一気に財政が潤う。29

1507

 バハマに諸島と、アステカの隣のモスキートに植民成功。30

EU3DW ポルトガル-まったり植民地経営(5)-

1509

 再びアステカに宣戦布告。

 アステカ降伏。賠償金725獲得。新大陸への植民はとても費用がかかるが、敵が金持ちなので戦勝による旨みが半端ない。32

完全に

1511

 新たに国策を選べるようになったため、「総督制度」を選択。33

1515

 多額の賠償金による植民地拡大により、金欠になってきたため、アステカに宣戦布告。

1517

 アステカ全土を制圧。賠償金1,000とホンジュラスを獲得。35

1519

 ショーニーに聖戦を布告。36

 ショーニーが降伏。賠償金はたったの25

1523

 アステカに宣戦布告。

1524

 グァテマラをはじめとする領土と賠償金375獲得。

1531

 旧アステカ領に属国マヤを建国。

 アステカに宣戦し、領土と賠償金を獲得。インカ帝国を発見。40

1534

 北米を中心に順調に植民地を拡大中。41

1541

 宗教改革でプロテスタントに変えた(1625に目がくらんで)途端、カソリック教徒による反乱が頻発。鎮圧が間に合わず、財政も破綻した。まったりと植民を続けていたかったのに残念。前回のヴィジャヤナガルではインフレの恐ろしさを知り、今回のポルトガルでは宗教の怖さを思い知らされた。

 インフレが出ないよう健全経営に努めていたにも関わらず、アメリカ大陸の部族相手に獲られる賠償金のうまみを知り、賠償金を前提とした無理な拡大を行ったのが何よりも大きな反省点だった。

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