2013年05月

2013年05月31日

ジョージ“カワマタ”ジョースター 第一部完!

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「ジョージ」「川俣さん」「ジョーちゃん」「ジョジョ」「バックエスケープ十段」「イサミ店長」「皮股さん」・・・色んな呼び名でパラエストラ大阪のみならず、関西中の格闘技関係者の人気者、ジョージ“カワマタ”ジョースターこと川俣丈次君が、この度家庭の事情により退会しました。
プロとしてはMMA以外では、プロ柔術イベントでも活躍し、アマチュアのトーナメントにも精力的に参戦していました。
仕事では難波にある大阪イサミの店長として日々働き、関西一円の格闘家たちをサポートし、その笑顔とサービスでみんなから愛されてきましたね。
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田村ヒビキとはパラエストラ大阪以前からの付き合いも長く、セコンドとして献身的にサポートしていました。
私も試合前にはよくミットを持ってもらい本当に助かりました。
彼とはまだ知り合って間も無い頃、ある大会の休憩時間中、一緒にコンビニに買い物に行く途中に「タクミさん、ジョジョがめっちゃ好きって聞いたんですけど・・・僕も大ファンなんです」と話し掛けてくれました。
これ以来私はジョージにグッと親近感が湧き、仲良くなって今でもしょっちゅうジョジョネタを話します。
そんな彼が都合により道場を去るのは寂しい限りですが、また余裕が出来た時にはいつでも遊びに来て欲しいと思います。

出会いがあれば別れもあり・・・
人生では人との何気無い出会いがその人の運勢を左右する事も多いです。
いつも笑顔を絶やさずに人と接するジョージは、これからも人に良い運気をもたらし、彼自身と周りの人間も幸せにするでしょう。
たとえ道場を去っても我々は仲間です。
今までありがとう!また会おう!ジョージ!

※トップ写真はもちろんジョージ!
第二部「店長潮流」にもご期待下さいッッ!!

タクミ







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2013年05月30日

特別な一日。中井祐樹、11年前の「あの日」を語る

特別な一日。中井祐樹、11年前の「あの日」を語る




まだ24歳の若者がVTJ95で手にしたものは、束の間の栄光と、あまりにも大きすぎる代償だった。

なぜ、彼は無差別級のリングで勝利し、強さを証明しなくてはならなかったのか?

中井祐樹が今、11年間の胸中を明かす。


「真剣勝負を装う“擬似格闘技”と

それを容認する世間への怒りーー。

VTJ95で革命を起こしたかった」



「あの日は…、本当に楽しかったんですよ」

 微笑みながら中井祐樹はこう続けた。

「“世間”と戦っているような感じだったかな。凄く高揚してたし、あの日は試合の合間もずっと“楽しい、楽しい”って言ってたんじゃないかな」

 彼にとっては念願の無差別級トーナメント出場だった。

「世に出たかったというのもなくはないです。ただ“技術が体格差を越えることを証明した”と言われるのは、僕にとってはそんなことはどうでもよかった」

 彼を無差別のリングに駆り立てたもの、それは「怒り」だった。

「怒ってました。無茶苦茶怒ってたんです。真剣勝負で戦ってる自分たちが“弱ええよ、ちっちゃいじゃん”で片付けられて、今だからはっきり言えますけど、真剣勝負じゃない“格闘技系プロレス”がマスコミに大きく取り上げられることに凄く憤ってました。だったらそいつらとやって、皆に自分たちの強さを見せて引っ繰り返そうって。子供っぽい感覚だし、僕の若気の至りとしか言いようがないんですけど、あの時はああいう場で証明するしかなかった。でも…」

 中井はこう付け加えた。

「怒りは物凄いパワーを生みますよね。だけど、ある種、空しいですよね」

         ◇

 今でこそ格闘技とプロレスには明確な「一線」が引かれているが、95年当時、そこに引かれるべき線は、恣意的に曖昧なものにされていた。

 加えて、「真剣勝負」を前面に押し出したシューティング(現在の修斗)は「地味、退屈」なものとして大きく取り上げられることはなく、プロレスラーや格闘技系プロレスラーと比較される時は「体の小ささ」を理由に「弱い」と切り捨てられた。

 当時、強さを測定する際の物差しは、ボクシングやレスリングのような「階級制の格闘スポーツ」の視点は全く存在せず、プロレスを基準にした「大きい者=強い、小さい者=弱い」というビジュアル面のみだったのだ。

 その極めて日本的価値観を大きく揺さぶったのが、93年に誕生したUFCであり、ホイス、ヒクソンのグレイシー一族だった。だから、彼らの存在は日本のプロレス・格闘技界にとって「黒船」だったのだ。

 逆に、試行錯誤を繰り返し、技術を身に付け、真剣勝負の中で「強さ」を追い求めてきた中井たちシューティングの選手にとってはチャンスの到来だった。

「僕には“シューティングはグレイシーに負けてない。総合格闘技のパイオニアはこっちだ”という気持ちがありましたよ」

 VTJ95のトーナメント表を見て、中井は自身の決勝進出を確信し、課題はヒクソンをどう攻略するかだと考えていた。

「グレイシーの寝技は確かに凄い。でも、僕らは“打・投・極”、全部出来る。だから勝つはずなんだ、という根拠のない自信がありましたよ」

 95年4月20日――。

 快晴の空の下、日本武道館を望みながら、中井にはこんな思いがよぎった。

「ここに来る人の中で、僕がゴルドーに勝てると信じて疑わないのは、佐山(聡)先生と僕だけかもしれない」

 観客の期待は圧倒的に「決勝戦でのヒクソンvsゴルドー」。VTJ95は中井にとって完全なアウェーでの戦いだったが、彼には絶対の自信があった。

「負ける要素は全くなかったですから。特に、VTJ94で川口さんと草柳さんの戦いを見て、1年間、エンセン井上とVTやグレイシーの研究が出来たことが大きかった。だから、僕は先駆者と言われるけど、僕の前には川口さんと草柳さんの存在があって、それがなくては勝てなかったです」

         ◇

 中井や佐山聡にとっての誤算はゴルドーのサミングだった。

 ぶしつけなことは承知の上で、中井に聞いた。なぜ、ゴルドーはサミングをしたのだろうか、と。

「そうですね…」

 しばしの沈黙の後、中井は答えた。

「多分、二つあったと思います。一つは、彼はプロレスラーでもあるし、八百長もするし“ファンにウケること”をするんだと思います。あの日は“そのちっちゃいヤツをぶっ殺せよ!”みたいな雰囲気で、彼は観客のノリに乗ったんでしょう。本人は悪い人じゃないと聞きますし、お調子者で、おふざけに近いものだと思いますよ」

 まあ、それが全てなのかな、という中井に「もう一つ」を聞く。

「これは僕の希望的なことかもしれないけど“やられる、こうしないと勝てない”と思ったんじゃないかって。でも最初の、1分も経たないうちのサミングでしたからね。試合の途中では“寝技になったら危ない”と思ったかもしれないですけど」

 筆者は、後者ではないかと考えている。「異種格闘技」的な試合では悪質な反則を犯す選手が実に多い。彼らの共通点は「技術のなさ」。寝技を知らないゴルドーしかり、ローの対処が全く出来ずにK−1に上がったボクサーしかりだ。

 その場合、反則行為の責任は本人は当然のこと、そのルールで戦う技量のない者をリングに上げた主催者にもあると思う。

「なるほど。時々アマチュアで驚くほど悪質な反則をする人がいるんです。喧嘩をしてきた人で、技術がない。それと同じメンタリティーなのかなぁ」

 そして、中井はサラリと付け加えた。

「あの日のゴルドーは僕の両目を潰せば勝てたんだと思いますよ」

 今、ゴルドーに対して特別な感情はない、と中井は言う。ただ、数年前に某雑誌から「ゴルドーと対談してほしい」との申し込みがあった時は断った。

「喋ることはないですから」

 中井とゴルドーを会わせて何がしたかったのだろう。企画者の神経を疑う。

         ◇

 今でも、VTJ95について聞かれることは多いという。

「そういう時は、そんな昔の大会をよく見てるねー、マニアだねーって言いますよ」

 中井の他人事のような口調は「タイガーマスク」の話をされた時の佐山聡氏そっくりだ、と言うと彼は笑った。

「でも、もう自分のことじゃないみたい。あまりにも昔すぎて」

 それが本音なのだろうと思う。VTJ95の話をする時の彼は、心の奥底にしまってある記憶を一つ一つ指でなぞるように、ポツリ、ポツリと言葉を選んだ。

「今はプロレスに対しても、格闘技系プロレスに対しても恨みはないし、文句を言うつもりもないです。ただ静かに、全体の流れに感謝してるだけ。当時は総合格闘技が市民権を得るなんて考えられなかったですけど、今は、真実の戦いが大晦日にまで流れるようになった。そういう流れの発端の一人になれたのなら、それは良かったなと思います。当時は、真剣勝負はエンターテイメントにならないと言われたり、今思えばよくあれが真剣勝負だと思って見てたな、というものがありましたけど、今は色んなフェイクが剥ぎ取られて、ある種、まともになったように思いますし」

 ただし、全てを手放しで喜んでいるわけではない。総合隆盛の中、中井には気に掛かることがある。

「総合格闘技は体の鍛えた人にしか出来ないもので、子供は真似しないように、って今の総合は言ってますか? 僕は元々プロレスファンだったから、プロレスの入門書にあった“この技は体を鍛えたレスラーだから出来ることで子供は真似しないように”という文句がすり込まれてましたよ。

総合がプロレスにとって代わったのなら、言うべきですよね」

 ここ数年で格闘技を取り巻く状況は劇的に変わった。地上波での人気を背景に、ジムが急増し、スポーツジムなどで気軽に格闘技を楽しむ環境も整った。

 だが、その一方で「異種格闘技」的な試合が相変わらず幅を利かせている。

「大晦日に視聴率を取るためにやってますけど、経験のない人に試合させて、事故は起きてないですけど怖いと思いますよ」

 最後に、中井に訊ねた。

 あなたの人生の中で「VTJ95」とは、一体何だったのか、と。

 視線を宙に泳がせ、しばしの沈黙の後で、彼がゆっくりと口を開いた。

「初めて、いろんなことを考えた機会だったですね。成功でもあり、挫折でもある。夢が潰れた瞬間でもあるんで、簡単に言うとターニングポイントですね。あそこから色々なものが変わって、本当にターンした感じですから」

 まだ24歳の若者が、長く憧れていたプロの道をたった2年で断念しなくてはならない無念さは、筆舌に尽くしがたいものがあったことだろう。

 今、中井は「使命」という言葉を使う。

「人はそれぞれ役割があると思います。タレントみたいなことで格闘技を広める人もいるでしょうし、僕は道場で、格闘技をどんなレベルでも楽しめるものとして広めていくのが使命ですね。僕はもう総合をやる立場にはないから、自分の役割を担うだけですから」

 中井が表情を引き締めた。

「こっからですよね。むしろこっからが大事なんじゃないですか。総合をどう熟成させて、発展させていくか」

 最後に、私が彼にVTJ95の話を聞くのは今回限りになると思う。辛い記憶を掘り起こしてしまって申し訳ない。御協力に感謝しています。ありがとうございました。


[出典]「ゴング格闘技」2006年7月号

    茂田浩司 記名原稿



■解説 / 中井祐樹(2013.5.25.談)


 これ(=SOUL)は修斗読本が初出なんですが、それを読んだ時にああすごくいろんな人に噺を聞いたんだなと思った記憶があります。リニューアルされたゴングに再録することで出た時の原稿ですね。その時に追加インタビュー(=特別な一日。)を、パラ東の向かいにある和み亭(現在に和民)でやったんですよね。

 茂田さんとの出会いは、僕が修斗のフロントだった時代(1996年)です。茂田さんは当時「東京ウォーカー」の編集部にいらして、修斗のイベント関係のプレスリリースを流す担当者が、茂田さんだったんですよ。まさかその頃は、格闘技の世界にライターとしてこられるとは思っていませんでした。今ときどきお会いすると話すんですけど、「アレがきっかけになったんですよ」と言って下さったりして。そういう意味では共にやってきたような感じが、勝手ながらしていています。いまやいろんな分野で活躍されてますけど、多ジャンルに興味が向くという意味でも視野の広い方だと思います。

 とても秀逸なもの書いていただいたと思います。自分は闘っただけなんで。ただあの時の事は今となっては苦い想い出でもなんでもなくて、本当にその後の流れに繋がる出来事だったと思うので。語ってもらえる方がいると言うことが、とてもありがたいことだと思います。



■解説 / 若林太郎(2013.5.29.筆)


 茂田さんのご厚意で、玉稿をParaestra Weeklyに再録させていただくことができました。ありがとうございます。

 ここで解説というより、思い出話をひとつ。95年当時、すでに修斗のプランナーを始めていた私でしたが、バリジャパ95はブッキング交渉の諸々から担当を外れ、一関係者として客席から観戦していました。会場内の雰囲気を知るために、試合毎に武道館を移動したりして試合を見ていました。だから中井-ゴルドー戦の時の汚いヤジも、観客席で間近で聞いています。

 93年にK-1で働いたこともあって、ゴルドーとも面識がありその性格も知っていたので、その組み合わせを最初の聞いた時には、佐山さんに翻意を促すためすぐさま高田馬場の事務所から東大宮のスーパータイガーセンタージムへ向かいました。するとジムには中井さんがいて、「いやだな。若林さん、僕が負けると思っているんですか?」とニコっと笑われて、それで何も言えなくなってしまいました。大一番を控えた選手を前に、「危険だ、危険だ」と主張することもできず。

 正直、反則は絶対ありうると思ってした。ゴルドーにとって何でもありとは、「負けないためなら反則あり」だと考えて間違いないからです。中井さんが大きな怪我をしていまうことで、マッチメイクやプランニングを担当していた普段のプロ公式戦に影響が出ることを恐れていました。しかしその「大きな怪我」が、目の負傷であるとは想像だにしませんでしたが。

 大会時にはスタッフから外れた私ですが、大会後に出番が待っていました。詳しい日付は記録してないのですが、おそらく武道館大会から1ヶ月後ぐらいのことだったと思います。(この時私はまだ中井さんの目の事は知らされていませんでした。)私が呼び出されたのはとあるビデオスタジオ。そこではバリジャパ95の本編集が行われていました。多忙だった佐山さん代わって、私は編集の立ち会いを命じられたのでした。

 驚いたのが編集室に入ってまず聞かされたディレクターの演出プラン。「中井-ゴルドー戦は膠着が長いから前半をばっさり切って、ヒクソン-山本を中心に構成しようと思ってます。」絶句すると同時に、立ち会いに来て良かったと思いました。そこからいかに中井-ゴルドー戦がいかに凄い試合で、格闘技史上に残るものであったかを主張し、さらには急遽佐山さんにも連絡してガッチリ言ってもらって、試合はすべてノーカット収録とすることに成功しました。

 そのディレクターさんに対してどうこうではありません。むしろ同じビデオ監督としては、本編集当日に知らない人からやいのやいの言われて作ってきた演出プランを全面的に変えられて気の毒だったとも思います。1995年っていうのはまだそんな時代だったのです。まだまだガチンコ派は、世間と闘わなければならない時代でした。


 下写真は全試合終了後、控え室で私が撮影した試合当日の中井さん。保存状態の悪さでボロボロになっていますが、右下の撮影時刻が「23:04」となっているのがわかるかと思います。
中井VTJ95


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SOUL -Vale-Tudo Japan Open 95 中井祐樹・戦いの記録(2)

SOUL -Vale-Tudo Japan Open 95 中井祐樹・戦いの記録(2)




ヒクソンに辿り着く


 救急車の中で、中井は酸素吸入を受けながら医師の診断を受けた。

「やれますか?」

 朝日の問いに、医師は答えた。

「目にひどい衝撃を受けなければ大丈夫」

 後々、この言葉に従ったことを、朝日は悔やむことになる。だが、この時は「やれる」という診断を信じ、目の衝撃を正確に判断するためにタオルを打撃に長けた坂本一弘にゆだねた。

 場内からヒクソンvs山本戦の大歓声が聞こえてきたが、救急車の中では何が起こっているのか分からない。ビタミンCとブドウ糖を補給しながら、中井は次のピットマン戦を考えていた。115キロの巨漢でレスリング経験があるピットマンは、ゴルドーより厄介な相手だった。グラウンドに持ち込んで消耗させても2時間はかかるかもしれない。だが、中井が勝機を見出だせるのは長期戦しかなかった。

 野次や怒号は覚悟の上だった。

        *

「中井選手、右目の負傷手当てのために登場が遅れています」

 場内アナウンスが流されてまもなく、右目に白いガーゼを当てた中井が花道から出てきた。中井は、リング下でガーゼを取るとシコを踏み、準決勝のリングに上がった。

 予想通り、苦しい戦いになった。ガードポジション越しに放たれるピットマンのパンチはハードヒットこそしなかったが、腫れた目は触られただけで激痛が走った。腕を取るも、持ち上げられてパワーボムでマットに叩き付けられた時には一瞬、呼吸困難になるような衝撃を味わった。この試合のリングは、クッションがほとんどない固いマットだったのだ。

 セコンドの坂本は、サブレフェリーの石川がしきりに自分を見ていることに気づいていた。だが、中井の意識がしっかりしている以上、タオルを投げるつもりはなかった。ヒクソンまで持っていってやりたい。坂本は祈るような気持ちで中井の腫れ上がった顔を見つめていた。

 第2ラウンド、中井がフェイントからの左ハイをヒット。ピットマンがニヤリと笑う。効くはずはないのだ。この後、グラウンドになるとピットマンは上からヒジで中井の首を圧迫した。

 ビットマンは中井の足関節を警戒し、1ラウンドのようにガードを越えて殴ろうとはしなかった。

 そこで、中井は腕に目標を絞った。

「早くやれよ!」

 グラウンド戦に焦れた観客の野次に呼応するかのように、中井がピットマンの左腕を掴み、腕十字に移行した。

「アッ」

 中井を体ごと持ち上げながらも思わずピットマンが声を出した。次の瞬間、小方がストップ。『捨て十字のつもり』だった中井は拍子抜けした。ピットマンとセコンドが小方の裁定に不服を唱えると会場からは激しいブーイングが起こる。勝ち名乗りを受けながら、中井が呟いた。

「レフェリーが止めたんだよ…」

 ひとしきり判定に抗議したピットマンだが、リングを降りる際に小方と目が合うと小さく会釈した。その仕草で小方は全てを理解した。腕十字は極まっていたのだ。

        *

 決勝のリングには大方の予想を覆した中井と大本命のヒクソンが上がった。

「マイナー時代、最後の勝負だあ!」

 中井はそう叫んで、決勝のリングに出ていった。すでに体はボロボロだったが、大きなことを成し遂げようとしている気持ちの高ぶりを中井は感じていた。「寝技の時代」の到来を告げるかのように、中井はヒクソンに寝技勝負を仕掛け、ヒクソンのマウントやチョークを外してみせた。朝日はすごい、と呟きながら試合に見入った。その一方で、中井にはベストの状態でヒクソンとやらせたかったな、とも思った。

 フィニッシュは、ヒクソンの背後からの踵蹴りが中井の金的近くに当たり、それを右手で嫌った瞬間、ヒクソンの左腕が中井の首に滑り込んだ。中井はしばらく耐えたが、完全に極まっていることが分かると、小さく右手でヒクソンの腕を叩いた。

 午後10時20分、すべての試合が終わった。表彰式の後、リングには坂本や九平、ルミナら修斗の選手や関係者の手で胴上げされる中井の姿があった。

「これで変わる。これから何かが出来る」

 涙を流しながら、朝日はそう考えていた。VTJ94の惨敗で自信を失っていた修斗に中井が一筋の希望の光をもたらしたのだ。



光と傷跡、そして再生


 99年4月8日、後楽園ホールで開催された大道塾「WARS5」のリングに、中井が上がった。国内での試合は実に2年ぶり。パレストラ函館の藤本勤との柔術マッチだった。同門対決だったが、中井はきっぱりと言い切った。

「同門だろうと何だろうと、僕は試合は試合として当然ガチンコ(真剣勝負)でやりますよ。ジムでもそう指導しているので」

 言葉通り、中井は容赦しなかった。リバーサル、マウントで次々とポイントを奪うと21−0で圧勝。それでも中井は言った。

「皆さんに一本を見せたかったんですけど、取れなくてすいません」

        *

 ゴルドーのサミングで失った中井の右目の視力が、元に戻ることはなかった。

 無差別で勝って強さを証明し、修斗のリングに戻るはずが、修斗で試合をする機会さえ奪われてしまったのだ。

 その上「バーリ・トゥード反対論」が巻き起こることを恐れ、真実を語ることは許されなかった。中井自身、完治する希望を捨てていなかったこともあるが、事実が公にされた96年11月まで、中井は自身の目については一切沈黙を守った。

 転機は、奇しくも翌96年7月のVTJ96で訪れた。メインで朝日を破ったホイラー・グレイシーを見て、ブラジリアン柔術の圧倒的な技術量を痛感したのだ。

「いよいよ僕の出番だ、と思った」

 中井は「柔術に柔術で勝つ」というテーマを掲げ、柔術選手として新たなスタートを切った。97年12月には、自分の道場「パレストラ東京」(現パラエストラ東京)を開設し、後進の指導にもあたっている。

        *

 中井の怪我は、本人はもとより周囲にも衝撃を与えた。特にあの日、近くで中井を見ていた者には大きな傷となって、今も残っている。

 小方は「優秀なシューターを潰した」という思いを抱き続けている。今もレフェリーとしてリングに立っているが、

「レフェリーとして僕は95年で終わっているんです。後進が育ったら辞めます」

 現在(99年)、小方は96年に設立した修斗コミッションで活動している。「真剣勝負」の原則を貫くには試合の安全と選手の健康管理が必要になる。そのためには公正、中立なコミッションが不可欠だと考えたからだ。同じ信念を持つ鈴木利治(現ISC事務局長)とともに、今もルールやマッチメイクの検討や健康管理についての啓蒙を行なっている。

 修斗グローブにも様々な改良を加えた。VTJ95当時はサミングを防ぐため隠していた親指を、今はサミングが見えるようにと親指を出した。だが、今のグローブも完成品ではない、と小方は言う。安全性の追及に終わりはないと考えているからだ。

 観客の失笑を買った「ドントムーブ」はすっかり形を変えた。エンセンや中井の助言から鈴木が考案した「レフェリー1人で頭をリング中央へ向ける」形になった。

 VTJ95を始めとする様々な教訓を生かし、修斗は今も変わり続けている。

        *

 坂本はプロデューサーとして活動しながら、ふと「中井がいてくれたら」という考えがよぎることがある。

「中井vsルミナ、中井vs宇野薫なんて考えただけでワクワクしませんか? 今、中井がいたら修斗はもっと魅力あるものになっていますよ」

 VTJ95の後、ウェルター級で頭角を現したのがルミナだった。ある時、中井が「ルミナとは一度やりたい」と言っていることを知った坂本は、コミッションに中井の復帰を要請した。当然申し出は却下されたが、中井の思いをかなえたいという気持ちが坂本を無茶な行動に走らせた。

「中井vsルミナなら、ルミナは絶対に苦戦する。中井が壁になってくれたら…」

        *

 朝日は、今も薄暗い病院の廊下の光景をはっきりと覚えている。

 試合の翌日、センタージムに来た中井の「目が見えない」という言葉に驚いた朝日は、近所の眼科で「大きな病院での診断が必要」と言われ、大宮の日赤病院に中井を連れて行ったのだ。そこで中井が視力を失ったことを知り、慌てて関係者に連絡しながら「なぜ?」という思いが頭を駆け巡り、呆然と薄暗い廊下に立ちつくした。

 中井はそのまま2週間入院した。

 VTJ95を特集した25日のテレビ東京「バトルウィークリー」には外出許可を取ってスタジオに行った。ディレクターから「顔の腫れは格闘家の勲章だから」とサングラスを外すように勧められたが、中井はやんわりと断ってサングラス姿で出演した。当然、目については一言も口にしなかった。

「強いですよ、中井は。弱音は一言も吐かなかった。僕はバーリ・トゥードでホイラーに勝つから、中井には柔術でホイラーに勝ってほしい」

        *

 96年から本格的に柔術に取り組んだ中井は、現在(99年)、茶帯まで歩を進め、「柔術の黒帯」が手の届く位置にいる。

「自称・黒帯じゃ駄目なんです(笑)。柔術も、ここの流派に属していないと黒帯が取れないとかあるらしいですけど、世界選手権かブラジレイロ(ブラジル国内選手権)を取れば文句はないでしょう。

 茶帯も、その前の年に紫帯で勝った大会に『今年は茶でいいか』と聞いてOKを取りました。向こうも茶帯で勝てば次は黒帯で出すしかないじゃないですか。

 僕は、目の前の敵を倒して、実力を認めさせてここまで来たから、柔術でもそうやって上がっていきますよ」

 VTJ95で修斗に光を与えた男は、今、日本柔術界のパイオニアとしてその扉を自らの力で開こうとしている。

 あの日、中井が目の前の大きな敵に怯むことなく立ち向かい、勝利する姿を見て、修斗を始めた選手たちが今、第一線で活躍している。中井の姿を修斗のリングで見ることはできないが、中井が見せた勇気は、今も、全てのシューターの胸に宿っているのだ。           (敬称略)



[出典]初出:修斗読本(1999年/日本スポーツ出版社)

    再録:「ゴング格闘技」2006年7月号

    茂田浩司 記名原稿






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SOUL -Vale-Tudo Japan Open 95 中井祐樹・戦いの記録(1)

タクミです。
先日、中井先生に柔術セミナーを行って頂きましたが、パラエストラ大阪会員の方々の中には
まだ「中井祐樹」という人間がどういう方か知らない方もいるかもしれないと思い、
Paraestra Weekly に再録された記事をこのブログにも転載させて頂きました。
是非ご覧になって下さい。




SOUL ―1995・4・20 Vale-Tudo Japan Open 95 中井祐樹・戦いの記録


「分水嶺」


修斗なくして、現在の総合全盛時代はなかった。


89年5月18日のプロ公式戦第1戦から17年、修斗はルール、グローブ等、スポーツとしての「総合格闘技」を創造し、ルミナ、マッハ、宇野、KID、五味ら多くの人材を輩出した。


だが、もし、一人の男の魂の戦いがなかったら―――。

すべての格闘技ファンに知ってほしい。

修斗存亡の危機を救った「VTJ95」、

中井祐樹の戦い。


創刊20周年特別企画・完全再録

「SOUL

―1995・4・20 バーリ・トゥード・ジャパンオープン95

中井祐樹・戦いの記録」


 もし、あの夜、中井がゴルドーに屈していたら、今日の修斗は存在しただろうか?

 日本に「総合格闘技」というムーブメントは起こっただろうか?

「目の前の敵は誰であろうと倒す」

 その一念だけで無差別級トーナメントのリングに上がった1人のシューターの放った鮮烈な光がなかったら…。

        *

 1999年2月。熱砂の国・UAEの首都、アブダビ。サブミッションレスリングトーナメント、アブダビコンバット・無差別級、準決勝の舞台に桜井“マッハ”速人が立った。対戦相手のリコ・ロドリゲスは体重130kgの巨漢。それでも桜井は圧力をしのぎながら互角に戦った。両者に決定的なポイントがないまま、時間が過ぎていく。

 だが、劇的なフィニッシュが残り10秒で訪れた。一瞬の隙を突いて、桜井が下から足を絡ませ、ヒールホールドでねじり上げたのだ。体重差は実に60kg。場内は一瞬にして「ハヤトコール」に包まれた。

 しかし、当の桜井は事もなげに言った。

「中井さんも無差別で戦ったでしょ」

 130 kgの敵を前にした時、桜井の頭によぎったのは「中井祐樹」の姿だった。

「中井さんもこんなデカいヤツとやったんだ、っていう気持ちがあったから、相手がどんなにデカくても負けたくなかったし、追い込まれても絶対諦めないと思ってた。だから、いたよ、中井さん。いつも気持ちの中にいた」

 そう言って桜井は自分の胸を叩いた。

        *

 それは95年4月20日、日本武道館で行なわれた「バーリ・トゥード・ジャパンオープン95」(以下、VTJ95)でのことだ。修斗の命運を背負い、身長171cm、体重71 kgと出場選手中、最も小さい当時の修斗ウェルター級王者、中井祐樹が、無差別級トーナメントのリングに上がったのだ。

 そこで、中井はヘビー級選手を相手に計49分間戦い抜き、修斗の強さを身を以て示した。すべてのシューターの胸に今も宿る、中井祐樹、魂の戦い。

 それは、文字通りの「死闘」だった。



勝利の確信と誤算


 試合前、レフェリーの小方康至は出場選手の一人一人に大会ルールを印刷した紙を配って回った。前日のルールミーティングである団体から「決定事項を書類にしてくれ」と申し入れを受けてのことだった。

 ジェラルド・ゴルドーの控え室に入った小方は、それまでと同じように書類を渡し、説明を加えようとした。だがゴルドーはそれを制し、小方にこう告げた。

「私はお前を信じている」

 前日のルールミーティングでは選手同士が激しく牽制し合った。ヒジ打ちを認めろと要求するゴルドーに、それならグラウンドでのヒジ打ちも認めるのか、とヒクソンがやり返す場面もあった。

 だが、試合当日のゴルドーは穏やかで、紳士的な態度だった。

「だけど、僕が甘かった」

 後に、小方はそう振り返ることになる。ゴングと同時に、ゴルドーは豹変した。「喧嘩屋」の本性をムキ出しにしたのだ。

         *

 トーナメント1回戦、中井vsゴルドーが発表されると、関係者は一様にその危険性を指摘した。ゴルドーはアルティメット大会準優勝の実績がある上に、中井との体格差は身長で27cm、体重で29kg。中井の寝技を評価する者もこの「体格差」の前には沈黙せざるを得なかった。

 中井は70年8月18日、北海道で生まれた。北大で引き込みありの七帝柔道に出会い、寝技にのめり込んだ。大学を3年で中退すると92年8月にスーパータイガージム横浜(現・シューティングジム横浜)に入門。94年9月にVTJルールで柔術黒帯のアートゥー・カチャーと対戦し、引き分けには終わったが、カチャーにヒザ十字を極める快挙を演じた。同年11月には草柳和宏を下しウエルター級王座を獲得した。

 しかし、グラウンドに持ち込めば、休むな、と野次が飛ぶ時代だった。中井の技術は理解されず、自分の技術、寝技の重要性を示すには自分がメジャーになるしかなかった。プロレスラーを倒すか、アルティメット(UFC)を制覇する。95年初頭に、中井は自身の「メジャー化計画」を立てた。

 94年の夏からはスーパータイガーセンタージム(現・PUREBRED大宮ジム)でエンセン井上から柔術の技術を学んでいた。準備は整っていた。

「疾走、疾走だった」

 中井は当時をそう振り返る。

 当時、修斗は危機を迎えていた。唯一のプロモーション、日本プロシューティング株式会社の経営的な危機こそ、94年始めのスポンサーの獲得で乗り切ったものの、今度は修斗の本質にかかわる危機に見舞われていたのだ。

 アルティメット大会が起こした「何でもあり、グレイシー」ブームに乗る形で、日本プロシューティング株式会社が母体となったVTJ実行委員会は94年7月にVTJ94を開催した。

 日本初の何でもあり大会ということで東京ベイNKホールはほぼ満員になった。だがそのリングで修斗代表の当時のライト・ヘビー級王者川口健次と、草柳和宏が惨敗。まだ「何でもあり」の技術を修斗自身が掴んでいなかったのだ。大会はヒクソン・グレイシーというヒーローを生み出したが、修斗内部には激しい動揺が走った。自分たちのやってきたことは何だったのか…。

 だからこそ、修斗はVTJ95で結果を出さなくてはならなかった。創始者・佐山聡は、その期待を中井に託した。

「中井の精神的な強さは言わば藤原敏男(元ムエタイ王者)です。ゴルドーには絶対に勝てると信じていました。ただ、ゴルドーの反則があそこまで厳しいとは…。それだけが誤算でした」

        *

 開始のゴング。中井がゴルドーに胴タックルをすると、ゴルドーは中井の頭を抱き抱えるようにしてロープ際まで後退し、引き倒そうとする中井の動きを左脇にロープをはさんでこらえた。そして、中井の右目へサミング(目潰し)を始めた。

 観客からは容赦ない野次が浴びせられた。

「殺せ!」

「ゴルドー、何やってもいいんだぞ!」

 ゴルドーが中井の顔面を殴り出すと、客席がドッと沸いた。

 観客は目の前で展開するムキ出しの暴力に「劣情」を催していた。当時は、人間を金網の中に入れ、馬乗りになっても殴り続けるアルティメット大会の衝撃映像が強く影響している時代だったのだ。VTJが「修斗vs世界」というテーマを打ちだし、その性格を変えたのは翌年以降のことになる。

 最初に、ゴルドーの妙な手つきに気がついたのはリング下のサブレフェリー・石川義将(第2代修斗ミドル級王者)だった。石川は2人が組み合うそばに駆け寄り、ゴルドーの指が動くのを見た。

「サミングだ!」

 石川が叫び、小方がゴルドーに「注意1」を与えた。だが、ゴルドーはそれでも表情一つ変えず、また胸と両手で中井の頭を抱え込む。何かをしているのは分かっても、小方にも、セコンドの朝日昇にもゴルドーが中井に何をしているのかは見えなかった。

 石川がリング下から叫んだ。

「ゴルドー、サミング取るぞ!」

 しかし、客席からは膠着状態にしか見えない。リング上の緊張をよそに、観客の野次と怒号はますます激しく、汚くなっていった。

 開始30秒で中井は右目の視界を失っていた。目の中を爪でえぐるようなサミングに、激しい痛みを感じてうめいたが、それでもゴルドーの体は離さなかった。

 サミングの注意後も、ゴルドーは反則を止めない。すでに右目は腫れ上がっていたが、中井はゴルドーの焦りを感じ取っていた。あと1回の注意で反則負けだ。

 コイツは反則で自滅するな、と確信した。



ゴルドーを制す


 中井にとってこの大会で最大の危機が第2ラウンドに訪れた。右足へのヒールホールドが失敗して下になった中井へ、ゴルドーが上からパンチを打ち付けたのだ。

「ズドン、ズドン!」

 空手家・ゴルドーの正拳が中井の顔面に打ち下ろされる音が会場に反響する。たちまち中井の右目から鮮血が飛び散った。

 この時、小方は中井の目を見ていた。ストップのタイミングを計っていたのだ。

 石川は、ゴルドーのパンチを受けて中井の頭がバウンドするのを見て、もう少し殴られたら自分が止めよう、と思っていた。

「サブレフェリーだから中立なんですけど、殴られるのを見ているのは辛かった」

 横浜ジムで中井に修斗の手ほどきをしたのが石川だった。バーリ・トゥードならば修斗のエースは中井だと考え、VTJ94の際には佐山に中井の出場を進言したほど、石川は中井の精神的な強さを買っていた。それでも、中井の打たれ方は酷すぎた。

 中井が両足でゴルドーの体を抑えようとしても、リーチの長いゴルドー相手では防御の意味を持たなかった。逃げ場のない、絶望的な状況。

 その時、セコンドの朝日が叫んだ。

「中井、こっちに来い!」

 ロープの外ならパンチも打ちにくくなる、と朝日は考えたのだ。同時に、タオルの投入も頭にあった。試合前、中井からどんなことがあってもタオルは投げないでほしい、と言われていたが、本当に駄目だと思ったら投げる、と朝日は答えていた。

 朝日の叫び声に導かれるように、中井はリングの外に上半身を出した。ドントムーブ。なおも身を乗りだし殴り続けるゴルドーの体を小方と石川、もう一人のサブレフェリー・渡部優一(初代修斗ウェルター級王者)が抑え、3人がかりでリング中央に移動させた。だが、ゴルドーは組み合うことを嫌がり、猪木−アリのままラウンドは終了。

 紙一重で、中井は危機を脱した。

 第3ラウンドは第1ラウンドと同じ体勢になったが、中井が頭の位置を動かし続けてゴルドーのパンチとサミングを避けた。中井がバックを取る場面もあったが、ゴルドーがロープとコーナーを巧みに使ってテイクダウンを避けた。

 この時、膠着の多さに客席には白けたムードすら漂っていた。

 ロープを掴むことを許したことが、この大会の大きな失敗だった。ロープを掴んでの打撃を想定したヒクソンのアイデアだったが、ゴルドーと山本宜久(当時リングス)がこのルールを利用し、ロープをテイクダウンを逃れる手段にした。8分1ラウンド、インターバル2分で、決着がつくまでラウンドを繰り返す「時間無制限試合」だったため、観客はいつ終わるともしれない試合に苛立ちを募らせ、野次を浴びせた。この大会の荒れたムードは進行の手際の悪さとともに、ルールも一因になっていた。

 第4ラウンド開始直前、小方はゴルドーのグローブの右手・親指部分をテーピングで固定した。親指とグロープを固定しているヒモが切れていたためだった。このヒモを指を動かすために故意に切ったのか、自然に切れたのかは小方にも分からなかった。

        *

 第4ラウンド、中井は意を決して両足タックルを仕掛けた。当時、修斗の主流は胴タックルだった。VTJ94で川口と草柳が足にタックルを仕掛け、上からパンチで殴り倒された反動だった。だが、中井は局面を打開するため、あえて両足タックルを選択した。中井のタックルを受けてゴルドーはコーナーに詰まるが、またしてもロープを掴んでこらえると、そのままフロント・スリーパーを仕掛けた。

 だが、中井は腰を落とし、少しずつ足元に体をズラすと、ゴルドーの左足を脇にはさみ込み、素早くヒール・ホールドに移行した。

 ゴルドーはロープを掴んで抵抗したが、中井がねじり上げると、ゆっくりとその巨体がマットに倒れた。と、すぐさまゴルドーが左手でマットを叩く。ついに、中井が技と粘りでゴルドーを制したのだ。

 中井は、ヒール・ホールドが右足よりも左足の方が得意だった。第2ラウンドの失敗は右足。フィニッシュは左足だった。

 朝日と、「担架係」としてリング下にいた佐藤ルミナに支えられて中井はリングを降りた。バックステージで中井が叫ぶ。

「やった、専門誌の予想を覆したぞ!」

「当たり前だろ。あいつら、シロウトなんだからよ」

 朝日の答えに中井が微笑んだ。

「そんなこと言ってー。また嫌われますよ」

 2人は控え室には戻らず、武道館の裏手に横付けされた救急車に向かった。

 中井は額全体を腫らし、特に右目は赤黒く腫れ上がっていた。だが、まだ1回戦を突破したにすぎないのだ。あと2つ…。

 試合後、ゴルドーはサミングは故意ではないと主張し、こう言った。

「ナカイはスタミナと強いハートを持ったいいファイター。ヒジ打ちが嫌だなんていうチキン(臆病者)のヒクソンより、ナカイやヤマモトの方がガッツがある」

 ゴルドーは注意1により罰金10万円をファイトマネーから差し引かれた。ヘイズの負傷棄権によって巡ってきた敗者復活戦の権利は左ヒザの負傷により放棄。それでも観客は「ヒクソンvsゴルドー」を期待して騒ぎ出す。すると観客の前に姿を現わして自身の欠場を詫びた後、

「神戸の皆さん(大震災の被災者)にポケットマネーから500ドルを寄付する」

 そう表明し、観客の大きな拍手を浴びた。








paraosaka at 02:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!タクミ 

奇蹟の連続女性入会なるか?!タカシは6月9日アマ修出場!


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水曜日グラップリングクラスは、最初篠原さんしかいなかったので一緒にロープトレーニングをしました。
2人ともまだ慣れていないのですぐバテバテになりましたね・・・(^_^;)
そんなこんなしているうちに、ジェイコブや王さん、ユウマも来てくれて、パスガードの練習に。
捌きのパスガードからマウント、変則のアームロック、リストロックまでをやりました。
極める為には、相手を半身の状態にし、上から踵と反対の脚の内腿で相手が仰向けにもうつぶせにもさせない技術が重要です。
先日の中井さんのセミナーでも同じような技術をやっていましたね。
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廣瀬柔術基本クラスではジェイコブのガールフレンドが見学に来てくれました。
6月から入会希望だそうです。
先日入会したばかりの西平さんとも女性同士という事で、早速国境を超えたガールズトークで盛り上がっていました。
今回もそうでしたが、最近の基本クラスは大盛況でいつも10人ぐらいはいますね。
少し遅れて内山さんも来たので今回は11人かな。
遅い時間でもこれだけ集まって基本習得に励む事は素晴らしいですね。
ちなみに横では私の指導の下、ノーギでパクさんとタカシがマウントキープと十字固めの練習をしていました。

※トップ写真のタカシこと増田卓は6月9日のアマ修斗に出場します。
場所は大阪市中央体育館です。
皆さん、応援よろしくお願いします!


タクミ


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2013年05月29日

鳥居さん来館! 新トレーニングも導入!

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本日も鳥居さんが来られました。
サンボの大会前の最後の練習でした。
立ち技・投げが強いのはもちろんですが、タックルなどに対する反応や対処も完璧で、
こちらが上を取るのはほぼ無理ですね・・・。
私は残念ながらサンボの戦い方に関しては勉強不足でしたので、
あまりお役には立てませんでしたが、鳥居さんが元々持っているポテンシャルが
凄まじいので、必ずや良い結果を出してくれると期待しております。
鳥居さん、頑張って下さい!

そして、前々から個人的に欲しかったトレーニング器具がやっと届きました。
アメリカで流行っている「トレーニングロープ」です。
私が昨年マンハッタンのヘンゾ・グレイシー・アカデミーに行った際に、
初めてこのトレーニングをさせてもらったのですが、めちゃくちゃ効くしお勧めです!
肩周りを中心に、前方に引っ張られないように脊柱起立筋や踏ん張る為の足腰、
ロープの直径が5cmと太めの為、握り続ける前腕筋群、インターバル時間を工夫する事で
心肺トレーニングにもなるでしょう。
何気に他にもラダーもあるし、ケトルベル、サンドバッグなどと組み合わせれば、
MMA選手志向の方はもちろん、試合で上を目指す競技柔術家の方もかなりレベルの高い
トレーニングが出来るのではないでしょうか?
やはり競技として上を目指したいのであれば身体能力の向上は必須です。
それでなくても、コンタクトスポーツですから身体は鍛えられている方が間違いなく良いでしょう。
トレーニングロープに関してはyoutubeなど動画サイトでもやり方が紹介されています。
一つ日本のものを貼っておきますので興味ある方はご覧下さい。




タクミ

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2013年05月27日

中井祐樹柔術セミナー大成功!!

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5月26日(日)、パラエストラ大阪十周年記念 中井祐樹柔術セミナーが開催されました。
写真のようにたくさんの方にお集まり頂き、セミナー内容も中井イズム爆発的な技術&話術で、すごく満足度の高いものとなりました。
“バックマウントは潰すべき”
“抑え込みが大事”
など、中井先生の技術と考え方に「柔道」が強く影響しているのを感じられ、さらには、「日本の柔術は柔術のMMAを目指さなければならない!」という、日本人柔術家がこれから世界で戦う上での大いなるヒントとなるようなお言葉も頂き、改めて参加者たちが「柔術とは何か?」を考えるきっかけを与えて下さったように感じました。
セミナー・スパーリング終了後は大阪の支部長や参加者数人と懇親会へ。
中井先生を囲んで楽しい食事と座談会を堪能しました。
個人的に日曜日は「中井祐樹」を一番堪能し、楽しませてもらったのは自分じゃないかと思っています。
いつお会いしても、明るく楽しく朗らかで、誰からも愛され慕われる、強くて発する言葉には魅力に満ち溢れ・・・自分は本当に中井先生と出会えて良かったですし、弟子である事を誇りに思います。
文章力や学の無い自分ではこれ以上上手く表現出来ないのが悔しいですが、これからもパラエストラとして、中井祐樹の弟子である事を誇りにして強く生きていきたいです。

今まで出会った皆さんに感謝!
そしてこれからもよろしくお願いします!


タクミ



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2013年05月25日

ソッカ氏がゆく!

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金曜日、おなじみ柔術基本クラスのもしよかったらおじさんこと谷脇ソッカ氏の
テンションはいつもと違っていました。
そう、パラエストラ大阪に数年ぶりに女性会員さんが入会したのです。
テンションアゲアゲ状態のソッカ氏は、補強を連発!
運動が苦手な新規会員の西平さんも、とまどいながらも必死について行っていました。
かなりしんどそうでしたが・・・
ソッカ氏もかなりエキサイト!
しかしCOOLなエージェントNo.754の活躍により、セ○シャル○ラス○ント的な事件は
かろうじて回避に成功。
ありがとう、エージェントNo.754。
君のおかげで道場の営業は停止にならずに済んだよ・・・

※写真は金曜夜のソッカ氏の精神状態を表現したもの
(本当は真面目なおじさんです。西平さんも楽しんでくれていた様です)


タクミ



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2013年05月24日

木曜柔術、初心者の方もたくさん来てくれました!

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はい、木曜日タクミ柔術クラスも沢山の方にお集まり頂きました!
テクニッククラスではずっとお休みになっていて、最近復帰された渡辺さんや、高校生の玉里君など、19時からのテクニッククラスではあまり見ない顔ぶれも来られました。

今日は初心者の方向けのレッスンとなりましたね。
基本ムーブでも説明をいつもより多めに入れて、何故この動きになるのか?、無駄無くより効率良く動くコツや意味を考えてもらいながらやって頂きました。
両足タックルの足運び、崩し方、入り方、片足への変化、肩車・・・出来るだけ理解してもらいやすいように説明したつもりです。
今日は入会予定の女性の方が見学に来られていたので、うちの男子たちが色めき立つかなと思っていたら、一番テンション上がっていたのはSOCCAさんでした(^^;;

明日の基本クラスからの参加と言われてましたから仕方ないですね。
良いレッスンに期待しましょう(いつも良いレッスンですよ)d(^_^o)

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さぁ、いよいよ日曜日の中井先生の柔術セミナーも近づいてきましたね!
現在MMAを中心に試合をしている私も、戦いのベースは柔術です。
今まで窮地に追い込まれた時は数知れず、しかしその度に中井先生から授かった柔術の技術が私を救ってくれました。
技術はもちろん、精神的にも中井先生が示してくれた「折れない心」=「パラエストラ魂」は常に私の胸にあります。
そして何より中井先生のセミナー・レッスンは楽しいのです!
これは受けた事のある方はわかるはずなんですが、説明が上手くて面白い!
ちょっとした小話まで私は大好きです。
セミナー後は中井先生や私タクミ、セミナー参加者によるフリースパーリングを開催致します。
レジェンドと触れる機会は今ですよ!(^^)
今回のセミナーはパラエストラ大阪会員、ネットワーク会員はもちろん、外部道場の方も参加出来ますので、関西方面の柔術家の方々は今からでも是非ご参加して頂きたく思います。
希望者はパラエストラ大阪までメールにてご連絡下さい。
よろしくお願いします!

タクミ




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2013年05月22日

吉永さん茶帯昇格!!

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先日行われたDUMAU愛知県大会において見事決勝で一本勝ち、優勝した吉永博之さんのこれまでの実績を評価し、茶帯に認定致しました。
昨晩は練習後、沢山集まった仲間たちによって盛大な帯叩きが行われました。


そして私が吉永さんの腰に新しい帯を巻かせて頂きました。
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パラエストラ大阪設立後から10年を共に過ごしてきた吉永さんの茶帯昇格は、私としてもとても感慨深いものがありました。
もう後残す所は黒帯だけですね!
茶帯でこの感じだったら、吉永さんの黒帯昇格時のセレモニーでは私は号泣必至ですね(^_^;)
吉永さんの厳しくも優しい人柄は、道場のみんなに愛されており、パラエストラ大阪には欠かせない主要メンバーの一人です。
これからも更なる活躍を期待せずにはいられません。
また今後ともよろしくお願いします!


タクミ




paraosaka at 11:41|PermalinkComments(3)TrackBack(0)clip!日常 

2013年05月21日

MMA IN ASIA

MMA IN ASIA」というサイトのインタビューを受けました。
どうぞご覧下さい。

http://mma-in-asia.com/region/japan/takumi-nakayama-the-king-of-pancrase-talks-pxc-debut-shooto-roots/

タクミ

paraosaka at 01:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!タクミ 

2013年05月20日

帰りました

タクミです、昨日帰って来ました。
皆様、応援ありがとうございました。
お陰様で怪我もなく勝利する事が出来ました。
試合内容に関してのリポートがMMA PLANETというサイトで詳細に書かれています。
是非ご一読を。
http://mmaplanet.jp/archives/1777327.html

paraosaka at 15:45|PermalinkComments(4)TrackBack(0)clip!タクミ 

ヒロセウィーク

 みなさんこんにちわ!一昨日の話ですが、諸事情により更新できなかったので、今日ブログを更新させてもらいます!

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 レッスンは告知通り、「片足担ぎのカウンター」をしました。柔術魂でガウヴァオンが紹介していたテクニックです。僕もよく使うので、クラスでやりました。気になる方はいつでも聞きに来てください!

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 そして「西成の沈まぬ太陽」こと矢田直斗が『年内に青帯昇格する』という目標を掲げました。彼は心が弱いので、休憩していたらスパーをどんどん申し込んであげてください!パラエストラ大阪は頑張る人を応援します(笑)

 ヒロセウィーーーークもタクミ先生の一本勝ちという最高の形でしめることができました!ありがとうございます!



◆お知らせ

 廣瀬が担当するレッスンの内容です!

 水曜 柔術基本 「下からの十字のディフェンス」
 土曜  柔術   「ハーフガードの後転スイープ」



◆告知

 明日は吉永さんの帯叩きです!これはお祝いです。みなさん覚悟を決めて思いっきり叩きましょう!




廣瀬

paraosaka at 14:23|PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip!日常 

2013年05月18日

PXC速報

 タクミ先生が1Rキムラで一本勝ちされたそうです。内容については、後日タクミ先生が書いてくれると思います。楽しみにしておいてください!



廣瀬

ヒロセウィーーク

 こんばんわ!ヒロセウィークも残りわずか!明日のレッスンはぜひ参加してくださいね。

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 本日もPXC参戦のため、マニラにいるタクミ先生の代わりに増田先生が総合のクラスを担当してくれました。今日もフリーの時間はずっとミットを持っていました。増田さんはすごく熱心に教えてくれます。その端で僕とパクさんはグラップリングをしてました。グラップリングを練習する方、募集中です。

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 基本クラスは「両足担ぎ」をしました。いわゆる「笹月ムーヴ」です。これはムンジアルでも多く使われているテクニックなので、おすすめのパスガードです。


◆お知らせ

 明日からのレッスンの内容です!

 土曜  柔術   「ハーフガードからの担ぎの対処」
 水曜 柔術基本 「下からの十字のディフェンス」



廣瀬


paraosaka at 00:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!日常 

PXC速報!

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 計量クリアされたそうです!あとは試合のみですね。頑張ってください!



廣瀬

2013年05月17日

PXC

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 5月18日(土)フィリピンのYnares Sports Arenaで開催されるMMA(総合格闘技)大会『Pacific X-treme Combat 37』(通称PXC)にタクミ先生が出場されます!

 応援コメントを受付してます!道場生・タクミさんの知り合いやファンの方、どなたでも結構です。ぜひコメントをください!



廣瀬

paraosaka at 11:24|PermalinkComments(10)TrackBack(0)clip!日常 

ヒロセウィーーーク

 こんばんわ!週末天気が荒れるようですね。連休後のせいなのか、最近少し人数が少ないですね。仕事、プライベート、忙しい方は無理せずに、時間があるときに顔を出してください!

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 今日のニュースは、寺西さんの再登場です!道場に来たとき、すごい笑顔でした(笑)これからは週一回道場に来ることを目標にされるそうです!

 目標がある方は、ぜひ廣瀬まで!ブログに掲載させてもらいます(笑)

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 水筒の忘れ物です。みなさん忘れ物には気を付けましょう!忘れ物は更衣場所の籠の中に入れてます!なるべく早く取りに来てください。籠がいっぱいになると破棄される可能性があります。



◆お知らせ

 明日からのレッスンの内容です!

 金曜 柔術基本 「両足担ぎ」
 土曜  柔術   「ハーフガードからの担ぎの対処」

 

 終礼でアマ修は6月2日と言いましたが、6月9日でした。すみません。



廣瀬

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2013年05月16日

ヒロセウィーーーーク

 こんにちは!ついに廣瀬が4日連続クラスを担当するという、少し心配な日々が始まりました(笑)

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 グラップリングビギナークラスは増田さんが担当しました。増田さんはフリークラスでもミットを持ったり、コーチングをしたりと、親切丁寧なレッスンをされてます!その指導力は、道場内でとても好評です。柔術だけのみなさんも、グラップリングをしてみてはいかがでしょうか?

 柔術基本クラスは予告通りチキンウィングアームロックのエスケープをしました。このクラスの初心者の方はとてもムーブがうまくなってます。続けることはとても大切ですね。



◆お知らせ

 明日からのレッスンの内容です!

 木曜  柔術   「ベリンボロ」
 金曜 柔術基本 「両足担ぎ」
 土曜  柔術   「ハーフガードからの担ぎの対処」



廣瀬

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2013年05月15日

COME BACK !!

こんばんわ!今日は真夏日でとても暑いですね。道場もなかなかの熱気でした!

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 写真はフリークラスではなく、練習後です。みなさん熱心に打ち込みや筋トレをしてます。フリークラスでスパーの反省をすぐできるのが、うちの道場の長所だと思います。わからないことは持ち帰らずのその日のうちに解決しましょう!

 今日の一番のニュースは、寺西さんの復活です!少し道場から離れている方、パラエストラ大阪はいつでも門戸を開いてます!

 鳥居選手も出稽古に来ていただきました!他競技のトップ選手の発想はすごいですね。観ていてとてもいい勉強になりました!


◆お知らせ

 明日からのレッスンの内容です!

 水曜 柔術基本 「チキンウィングアームロックのエスケープ」
 木曜  柔術   「ベリンボロ」
 金曜 柔術基本 「両足担ぎ」
 土曜  柔術   「ハーフガードからの担ぎの対処」



廣瀬  

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2013年05月14日

ヒロセウィーーーーク!

 タクミ先生がPXC参戦のため、マニラに行けれるので、今週はクラスの担当インストラクターが変わります。気を付けください!


水曜日 グラップリングビギナー タクミさん → 増田さん
木曜日 ブラジリアン柔術     タクミさん → 廣瀬
金曜日 総合格闘技        タクミさん → 増田さん
      ブラジリアン柔術基本  谷脇さん → 廣瀬


 ということで、水曜から土曜まで廣瀬づくしです(笑)

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月曜日 久々の獅庵打撃クラス、MMAの進化した打撃とは!?

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月曜日は前のDEEP大阪大会でインパクト大な勝利を収めて以来の獅庵打撃クラスでした。
珍しくジェイコブさんやすーやんもレッスンに参加していました。
今日はローキックの練習などをしていましたね。
ローキック一つ取っても、蹴り方が色々あって、キックボクシングや空手系など様々です。
前回、伸悟が試合でやられた脹脛を蹴るローも今日は指導していました。
アレはやられると堪らないでしょうね・・・
キック系の選手でもあの打ち方はなかなかいないので、まさか修斗の2回戦で見る事になるとは。
MMAの進化を感じます。
新しいもの、または古くても使えそうな技術はドンドンMMA用にアレンジして使っていく事は、非常に有効な事だと思います。
アイデア次第ではこれからも見た事のない技術が出てくる可能性は大ですね。
色々イメージしながら練習に取り組むと楽しいでしょう。
ちなみに今日の練習で私は、すーやんの進化しすぎたMMA打撃(飛び膝金的蹴り)で悶絶しました。
ファウルカップが無かったら試合どころか、人生が変わっていたかもしれない衝撃でしたね・・・

代表タクミは火曜日から試合の為おりません。各曜日のインストラクターのみなさん、申し訳ありませんが、道場の方宜しくお願いします。


タクミ

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2013年05月12日

日曜日吉永練習会好評開催中!!

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こんにちは、タクミです。
パラエストラ大阪では日曜日に吉永さん(茶帯)による練習会が開催されています。
主催者である吉永さん自身がすごく研究熱心な方で、レッスン時の説明も初心者にも非常にわかりやすく、私も見ていてすごく価値のある時間だなと思いました。
そんな有意義な日曜の吉永練習会ですが、パラエストラ会員はもちろん、JBJJF・JJFJ加盟の友好団体の方であれば、出稽古も無料となっております。
みなさん、是非お気軽にパラエストラ大阪まで練習に来て下さいね。

その吉永さんですが、21日火曜日に茶帯昇格の帯叩きをします。
たくさん集まって思いっきり叩きましょう!
その後の事は私は責任取れませんけどね(笑)


タクミ

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2013年05月11日

MMA PLANETにインタビューが掲載!

http://mmaplanet.jp/archives/1775510.html

http://mmaplanet.jp/archives/1775658.html

格闘技記者・高島学さんにPXC参戦についての取材を受けました。
是非御一読を。


タクミ

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ゴーレムナイト

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金曜日はあいにくの雨模様の中でのMMAクラスでした。
集まったのは10人程度と少なかったですが、示し合わせたかのように80キロ前後の人間達が集まって、再び「チーム デッカイのん」練習会となりました。
また私はエセデッカいのんとして練習に参加。
減量でやつれた身体を酷使してのデッカい奴らとのぶつかり稽古は非常に良い練習でした。
それでも10kg程度の差しかないんですよね。
相撲取りの人を尊敬します。
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さて私の減量ですが、2.5kgほど落ちて現在70kg。国内では70.5kgから水抜きを敢行しますが、海外での不測の事態(体重が落ちない事)を想定して、もうあと1KGほど落として日本を出発したいなと思っています。
3kgなら何とかなるだろうと。
うーん、でも機内食も食べたいな・・・
今回は我慢か・・・
まぁ、減量コンテストではないので、良い形での勝利を掴みたいと思います!


タクミ

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2013年05月10日

水曜柔術基本クラス

 こんにちわ!廣瀬です。今日は水曜日の9時45分から僕が担当している柔術基本クラスについて、説明したいと思います!

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 一昨日のクラスはV1アームロックのエスケープをしました。エスケープをする前に、技のかけ方、ポイントをしてエスケープをするというのが最近のクラスの流れです。クラスの参加者はほとんどが初めて半年未満の方ですが、ミズキさんやウッチーさんや名越等の色帯の方もよく参加されてます。内容としては初心者の方に合わせますが、上級者の方にはより高いクオリティ、完成度を求めます(笑)

 クラスの中では毎回言っているのですが、このクラスのテーマは「エスケープとディフェンス」です。理由は、スパーで即使える技術を身に着け、柔術が上達した強くなったということ実感し、この競技の素晴らしさ、楽しさを感じてほしいからです。初心者の方が、スパーに初めて入っても、攻める機会はほとんどないでしょう。まずは『強い人から一本を取られないということを目指す!』ということを目標にし、このクラスにたくさんの方に参加してほしいです。

 クラスの流れは、ムーブ、テクニック、打ち込み、ドリルと一見詰め込んだ内容となっていますが、ムーブはテクニックに、テクニックは打ち込みに、打ち込みはドリルに生きる内容となってます。テクニックでは技を多くしてもなかなか覚えられないので、技は2つか多くても3つしかしません。また打ち込みとドリルでは、何週間前にクラスでしたテクニックも使うようにし、技術が定着するような内容を心がけています。

 以上が水曜日の基本クラスの概要です。これを見て興味を持たれた方は、ぜひ参加してください!そして今参加されている皆さんは、なるべく続けて参加してくださいね!


◆お知らせ

 来週は、チキンウイングアームロックのエスケープをします!



廣瀬

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2013年05月09日

Paraestra Weekly

http://blog.livedoor.jp/paraestra_weekly/archives/26657543.html
Paraestra Weeklyに先日のパラエストラ大阪ブログ記事が掲載されています。
他にも中井さんの新作DVDの事や、若林太郎さんの文章もそれぞれ載っていて
読み応えがありますよ。
左下のリンクからも見れます。
御一読を。

タクミ

paraosaka at 14:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!日常 

タクミ、PXCに参戦!

http://mmaplanet.jp/archives/1774893.html

http://efight.jp/news-20130508_16376?utm_source=rss&utm_medium=rss&utm_campaign=%25e3%2580%2590pxc%25e3%2580%25915%25e3%2583%25bb18%25e3%2583%2595%25e3%2582%25a7%25e3%2582%25b6%25e3%2583%25bc%25e7%25b4%259a%25e7%258e%258b%25e8%2580%2585%25e3%2582%25bf%25e3%2582%25af%25e3%2583%259f%25e3%2581%258c%25e3%2583%2595%25e3%2582%25a3%25e3%2583%25aa%25e3%2583%2594%25e3%2583%25b3%25e9%2581%25a0%25e5%25be%2581
急遽、5月18日にフィリピン・マニラで開催されるPXCに参戦する事になりました。
準備期間はほぼありませんが、必ずやチャンスを掴んで来たいと思います。
応援宜しくお願いします!

タクミ

paraosaka at 01:43|PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip!タクミ 

2013年05月08日

CBB(クレージーバーサーカー文平)FOREVER


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火曜日柔術クラスは久々に田村ヒビキインストラクターでした。
前回の試合で指を負傷してしまいましたが、指導は元気にやっております。
そこへCB(クレイジーバーサーカー)こと梅園がやってきました。
どうやら残念な事に彼は仕事や家庭の都合によりしばらく格闘技は出来ないそうです。
今は色々な都合で出来なくても、また余裕が出来ればいつかパラエストラ大阪に帰って来て欲しいですね。
パラエストラ大阪じゃなくても、他のジム・道場でも私は全然構いません。
格闘技をやっていればまた会場なりどこかで会えますからね。
彼のようにちゃんと挨拶に来てくれるなんて本当に嬉しいです。
“クレージーバーサーカー”なんてニックネームでしたが、彼の人柄の良さはみんな知っての通りで、パラエストラ大阪では本当に愛されてましたね。
さらば、梅園文平!
また会おう!


タクミ


2013年05月07日

昼柔術に行こう!

 こんばんわ!いかがお過ごしですか?

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 最近金曜日の昼柔術に来る会員さんが少なく、写真の広山さんの練習相手が不足しています。厳つい風貌ですが、とても優しい方です(笑)出稽古も無料なので、時間がある方はぜひパラエストラ大阪に!



◆お知らせ

 明日の基本クラスは、アームロックのエスケープをします!ぜひ参加してください!




廣瀬

paraosaka at 23:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!日常