2015年09月29日

GO SLOW TO LAGOS

ブルースもジャズもロックも、黒人たちが労働搾取される生活の中でそこにある楽器を手にし、自分たちのグルーヴを音にする中で生まれた。
どの土地の、どの国の楽器でも、男でも女でも、触れれば愛さずにはいられない。
そうして、生活に根ざす己のリズムが立ち昇る。続きを読む

parcan at 18:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)音楽 

2015年04月12日

ち○ことま○こ

2014年12月12日発売の『週刊金曜日』に掲載されていた、園子温監督とろくでなし子さんの対談。
今年発売された単行本『ワイセツって何ですか?』にも所収されているようです。
この対談を読んでポツリFBでつぶやいたことを記録。続きを読む

parcan at 20:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)エッセイ 

2014年01月20日

無人地帯 NO MAN'S ZONE

冒頭から、私たちは試される。
私の目は何を見ているのか、何を見ていないのか。
映ってはいけないものまで映り込んでいそうな、クリアな「破壊」の映像を目の前に、波の音と鳥の囀りがのどかに広がる響きの中で、私たちは何を見ようとしているのか。
気付けば、生命の音は息を潜める。ナレーションに促され、映像が映し出したのに私たちが見ないものに気付いたとき、深く、豊かなベースの音が軋む。
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parcan at 11:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)試写ノート 

2013年03月29日

思いに「いる」。存在する

今朝、いつものように早朝の多摩川を走っていたら、去年の年末以降見かけなくなっていたご夫婦とすれ違った。

再度彼らとすれ違うまで、私は走りながら、彼らがのこの数ヶ月をどう越えてきたのか、あれこれと思いめぐらした。続きを読む

parcan at 10:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)朝のひとりごと 

2012年12月18日

道徳 世界に対する態度の共有

私が美味しいものを食べて嬉しいとき、あなたも美味しいものを食べて嬉しい、そうあってほしい。
私の隣に愛する人がいるとき、あなたの隣に愛する人がいる、そうあってほしい。
私が私の自由を生きているとき、あなたはあなたの自由を生きている、そのために、私は私の自由を生きるための判断をしたい。


単純に両極端に対立する傾向が、最近、何事にも感じられる。
ごくごく単純な事実をめぐる事柄から、事実とは異なる、捉え方・態度に関する複雑なものまで。
それが頭から、そこにあるプロセスや複雑さをすっ飛ばして「そうであるか否か」「正しいか否か」のみを前提にして判断を迫り、態度を迫っているような、あるいはそう迫られていると人々が感じがちなような、そんな実感。

そこにあるモラルとは何かと問うと、モラルがないと決めつけられたように受け止める感性が増えている。世界をすべて、事実認識に集約させる感性。
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parcan at 18:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)エッセイ 

2012年10月11日

同じ痛み、違う痛み

世間を震撼させる事件があると、容疑者の背景を伝える報道が溢れる。
特に無差別殺傷事件では、容疑者の社会に対する不満、やり場のない苛立ちがクローズアップされる。
例えば秋葉原殺傷事件では、容疑者が非正規雇用労働者だったこと、ネットで自分の「なりすまし」が出たことに腹を立てていたことなど、あらゆる演出で提示された。

こうした社会の犯罪者に対して、世間の眼は非常に厳しい。一個人が、自分に責任があるわけでもないのに理由なく暴力の対象になるのだから、個々人の関係性から生じた怨恨による犯罪に比べて同情されにくいのも当然だ。そして多くの場合、みな「辛いのはみな同じなのに」「みな我慢して理性的に過ごしているのに」と、犯罪に至った弱さを非難する。

経済的に苦しいのはみな同じだ。
仕事が安定せず先が見えにくいのはみな同じだ。
努力しても結果になりにくく、要領のよいものばかりに追い抜かれる理不尽さを抱えているのはみな同じだ。

そうだ。みな同じような社会環境に置かれ、同じように苦しんでいる。
しかし、その苦しみは本当に同じなのだろうか。
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parcan at 11:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)エッセイ 

2012年09月24日

ペーパーテストとAO入試

9月22日の朝、ツイッターのタイムラインに、大学入試をめぐるツイートが多くリツイートされてきた。
まずは茂木健一郎氏の、日本のペーパーテスト偏重の大学入試では思考が育たないという旨の連続ツイートと、その反響。
そして、ペーパーテストによる試験よりもAOや推薦で水増しされているのが現実で、ペーパーテストがなくなればむしろ日本社会はダメになると茂木氏を批判する、池田信夫氏のブログを貼ったツイートとその反響。
常々こうした対立に疑問を持っていたので、その日、受験論文やレポートなどの指導に携わってきた経験から考えたことを連続ツイートした。

そのツイート内容をそのまま、ここに記録しておく。続きを読む

parcan at 08:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)エッセイ | 教育

2012年08月13日

命と関わる日々

パルヲを失ってしばらくペースが掴めなかったものの、最近は介護期に出来なくなって中断していた多摩川ウォーキングを再開している。
朝5時前から約1時間、6.2キロを歩く。続きを読む

parcan at 09:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)朝のひとりごと 

2012年08月06日

認知症の猫と暮らす 〜エゴイスティックな服喪〜

パルヲ












パルヲが亡くなったのは、2011年10月16日。もう10ヶ月近く前になる。
ひと月経てば冷静になれるだろう、半年経てば冷静になれるだろう…そう思っている間に10ヶ月。
感傷的に振り返るだけの文章は残したくないと思い、ここまで時をやり過ごしてきてしまった。
今囚われている自分のエゴについて、少しだけ記しておこうと思う。
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parcan at 11:28|PermalinkComments(1)TrackBack(0)認知症の猫と暮らす 

2011年10月16日

チビ

いつも
パパはペットをかわいがってた
おなかの上に乗せてはお酒を飲んでた

だけどずっと名前を呼ばないでいた
どんな犬だって
たったひとり「チビ」と呼んだ

Woo それはそれだからいいんだけど
Woo だけどいつまでも私をこう呼ばないでよ

「チビ、泣き虫のお前はチビ」
私は私だよ、パパ
ちょっと泣いて抗議しても笑って呼ぶの
「チビ」

あれはハタチの夏の雨の日だった
消え入るようにミャウミャウ私を呼ぶ声
今じゃヨボヨボの年寄りネコだけど
あの頃のようにミャウミャウ私を呼ぶ声

Woo 愛しさが溢れ抱きしめる
Woo だからいつまでもあなたをこう呼びたいの

「チビ、私の大切なチビ」
ボケてもかわいい子猫
そっと抱いて目ヤニを拭いてやって呼ぶの
「チビ」

Woo パパが亡くなって10年経った今だけど
Woo 今も聞こえるよ
変わらないあの声が

「チビ」私を呼んでるの
「チビ」柔らかいあの声で
「チビ」ずっと呼んでいてよ
「チビ」
だから私も呼ぶの「チビ」
ずっとそばにいてよチビ
変わらず愛してる、チビ

それはきっと、愛しさの代名詞
チビ

parcan at 12:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 
livedoor プロフィール
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二本木かおり/日雇いミュージシャン。 映画や音楽に関する評論を執筆。 また、アコースティックユニット「Caorio」にてライブ活動中。

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