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2017年03月11日

Teenage Fanclub - Everything Flows EPティーンエイジ・ファンクラブ公演から早1週間、iPodで彼らの音楽を聴きながら、改めて幸せな二日間だったなと振り返る。いま思い返しても、胸がキュンとするくらい、素晴らしいライブだった。
初日は横浜ベイホール。ここを訪れるのは2年前のポール・ウェラー以来、本当は去年モリシーで来るはずだったのだけど、無念のドタキャン。そして今年はTFC。あのキャパゆえ、即完だと踏んでいたのに、思いのほか出足が遅かった。平日の横浜、駅から徒歩20分は相当なハンデだったよう。開場前に会場付近にいた人の数はわずかで、ちょっとさびしい感じ。最終的に満員にはなっていたが、ポール・ウェラーの時に比べるとさすがに少なかった。ここでモリシーがやったらホントに騒動になっていただろうなと想像してしまった。
定刻19時半きっかりに公演がスタート。ステージに登場したフロントの3人はすでに50代、さすがに年をとった。95年の2回目の来日からすべてのツアーを見ているが、いつからああいう風貌になったのだろうか。95年の時はきっとグランジ・ロック・バンドのような見た目だったのだろうが、それも思い出すことができない。いや、その時から今のような雰囲気だったような気もする。不思議なバンドだ。ただ、モッシュ&ダイブが繰り広げられていたライブだったことだけは覚えている。22年前はそういうバンドだったのだ。
運よくほぼ最前で見ることができたが、逆に近すぎて全体像がつかめず、音のバランスもよろしくない。演奏のクオリティがリハ・レベルと言うのではないが、まるでグラスゴーにある彼らのリハスタにお邪魔しているかのような距離感。おもてなしの紅茶が出てきそうな親近感だ。ノーマンの服装もまるで普段着。それはそれで楽しい。今までの来日では見られなかった貴重な体験だ。曲は新譜の「Here」を中心に進めるのかと思ったが、それほど多くはなく、全キャリアから万遍なく選曲されていて、思わず歌詞が口を突く。自然と口ずさんでしまう、ロックなのにシャウトすることなく朴訥と謳う3人のボーカルに味わいがあり、けして派手なプレイではないのに、心を鷲掴みしてしまうレイモンドのギターソロもまた彼らのサウンドの肝。これみよがしではなく、的確にハモッているコーラスにも心が揺さぶられてしまう。だいぶスローになった「Everything Flows」に彼らの今が感じられ、思わず涙。大満足のライブだった。
翌日の会場は、前日とは打って変わって最新型のクラブ、六本木のEXシアター。この日はチケット完売ということで、雰囲気も良好。開場待つ間、皆TFCのことが好きなんだと思うと嬉しくなった。前日同様最前のほうからステージを見たが、サウンドもクリアで迫力あり、ボーカル、ギターフレーズ、ハーモニーもよく聴こえた。特にドラムの音が全体に迫力を与えていたように思う。セットリストは2曲目が「RADIO」になり、アンコールで1曲増えたほか、前日とほぼ変わらず。前日と「ほぼ同じライブなのに、全く違った印象。「Don't Look Back」「Sparky's Dream」「The Concept」はダイブ&モッシュこそないものの、皆、大きな声を出して一緒に歌い、20年前のような盛り上がり。この幸せな雰囲気こそが彼らのライブの真骨頂だ。
この日も「Everything Flows」のスロー・バージョンでお開き。なんなのだろう。この曲の魅力は。心を中をかきむしられるような感動が襲う。最後のレイモンドとノーマンのギターソロで涙が頬をつたう。改めてこの日に思った。「Everything Flows」は私の人生最後に聴きたい曲であると。TFCのように年を取っていきたいと。そして、TFCは不動の心のベストテン第1位バンドであると。



(00:52)

2016年10月16日

9091fdc3渋谷のマウントレーニアホールで見た平山みきwith ザ・サーフコースターズのライブに痺れた。70年代の平山みきを復活させるとのことで、大いに興味はあったものの過多な期待はせずにライブに臨んだが、結果的には畏れ入りました、と感服せざるを得ない素晴らしい内容だった。まさに、これこそ自分が望んでいた理想の歌謡曲がそこに提示されていた。
まずは何と言っても唯一無二の声質、ボーカル・ボーカルスタイル。今さら特筆すべきものではないが、改めて、リズム感も含めて、日本では他にいない女性歌手であることを再認識させられた。というよりも、生歌をじっくり聴いたのはこれが初めてで(以前はイベントで数曲を何度か)、なぜ筒美京平をはじめとする多くの作曲家が彼女を称えるのかが初めてわかった。国宝級といっていい存在だと感激した。次に曲の良さ。これも改めて言うまでもないが、この日披露された曲のほぼすべてが筒美京平=橋本淳コンビによるもので、いかに多彩なバリエーションの曲調、アレンジを彼女の為に作っていたのかがよくわかった。ロック、グラム、サイケ、ソフトロック、ソウル、R&B、テクノ、サーフミュージック等々の要素があり、一見歌謡曲の枠を超えているように思うが、実はすべての要素を含んだものが歌謡曲だということを暗にほのめかしているようで、そこら辺が実に深かった。それらの筒美グルーヴを涼しい顔をして難なく歌いこなしている平山みきという歌手の底力を見せつけられた。そして最後はザ・サーフコースターズの演奏との相性の良さ。バンドで歌謡曲を演奏することで、スネアの音とギターリフが際立ち、とかく歌謡曲に陥りがちなビート不足を解消して余りあるものにしていた。自分が歌謡曲を聴いていて物足りなく感じるのはその二つだったので、まさに自分が望んていたビート歌謡曲がそこに提示されていた。
この3つによって、40年前の音楽がまさに時代を超えて成立しており、MCでも言っていたように、これはフェスなんかに積極的に打って出て、若い人にきかせてやったらいいのではないか。本物は何かを見せてあげてほしいと思わず興奮してしまった。




(20:12)

2016年09月11日

2016_RadioheadRoundhouse_GettyImages534551474_2605168月21日、サマーソニックで見たレディオヘッドのステージについてのことを記しておく。夏真っ盛りのこの日、私はひとりで、幕張まで出かけた。初のひとり夏フェス。これまで、国内外のいろいろなフェスに参加してきたが、だいたいが二人であったり、4人であったり、さらには団体だったりと、とりあえず複数でフェスを楽しんできた。しかし、今回はいろいろなことが面倒くさくなり、ひとりで参加することにした。どうせ、レディオヘッドしか見ないのだし、普通にライブを見に行く感覚でいいだろうと。しかし、いざ、当日を迎えるといささか淋しい気持ちになり、遠方への電車移動が急におっくうになってしまった。朝から異常に暑いし。でも、レディヘのライブを楽しみにして、早くから高額の前売りを購入したことを思い出し、気持ちを奮い立たせて、電車に乗り込んだ。
家から幕張まで電車で1時間半くらい。さらにそこから徒歩30分くらいでマリンスタジアムに着いた。ここに来るのはいつ以来だろうか。2007年以来だと思ったら、3年前にストーンローゼズを見に来ていた。でもあれは夜中のイベントだったし、車だったし、フェスに行ったと言う印象は薄い。そもそもあれはソニックマニアだったので、サマソニとなるやはり2007年以来だった。9年も前のことだ。
今回の目当てはレディヘのみ。スタジアムから一歩も出ることはない、出たくはないと思い、14時前にスタジアムの2階席を確保して、東京駅で買った駅弁を開けた。気温は高いけど潮風が気持ちいい。見渡せばひとりフェスの人もチラチラと見受けられる。ちょっと気が楽になったが、これからレディヘの登場まで5時間もある。持参した本を読み、iPodを聞きながら時間を潰したが、それでも5時間は長い。途中、バンドの演奏を聴いてみたが、どれも退屈で、聞いているのが苦痛。これから出てくるレディオヘッドを想像すると、これがロックなのか、と思うこともしばしばだった。
そんなこんなで、本を1冊を読み終わり、ひとつ前のバンドからスタジアムが満員になってきた頃、偶然、前の職場で同じだった人間に会った。彼も目当てはレディヘのみだそう。久々の再会で、話をしたかったのだけど、周りの席が全て埋まっていて、座ることができず、しかもライブ中だったので立ち話もできず、仕方なく別れると、そのあとすぐに別の知り合いから「座れていますか?隣の席が空いていますけど」という連絡をもらう。ありがたい申し出だったけど、移動するのも一苦労という状況ゆえ、断念し、そこに留まることを決めた。
そして、いよいよレディヘの登場。予定時間は19時だったが、セットの用意に時間がかかったようで、彼らがステージに姿を見せたのは20分ごろ。場内の高揚感と興奮が最高潮に達する中、ニューアルバムの1曲目「Burn the Witch」からスタートした。音楽と言う意味では、この日の前座のバンドと同じなのだが、その重みや存在感がまるで違う。規格外と言うか異次元というか。2003年のときも思ったけど、レディオヘッドの前に演奏するバンドは質が違いすぎて酷というか、ちょっとかわいそう。かつて、渋谷陽一はレッド・ツェッペリンのサウンドを音が物質化してそこにあるかのような存在感と書いていたけど、まさにそんな感じで、一音一音がズシリと、かつクリアに耳に入ってくる。巨大なスタジアムなのに、いとも簡単(そう)に、あの音を出せるとは。2003年のときも同じことを思ったけど。けして盛り上がる曲調のロックではなく、ある意味地味で難解、音数も多い曲ではないいのに、聴く者をぐいぐいと引き寄せていく。5万人の観客が瞬きさえ忘れて、音の渦の中に飲み込まれていく様子は、まさに圧巻のひとこと。なんか異様な空間だ。実験的で攻撃的、でも繊細という音はやはり彼らにしか鳴らせない。新曲を中心に、初期から前作まで結構万遍なく並べられた選曲はさながら「ベストヒット」の様相だが、そこに過去作品への愛情と今、そしてこれから始まるレディオヘッドが現われていたように思う。「Everything in Its Right Place」につなげた「Idioteque」とか、とか驚きも多かった。
自分がレディオヘッドに本格的にはまったのは2001年、これで通算5回目のライブ。自分とバンドの15年を重ね合わせつつ振り返ると、ライブバンドとしてのピークはあきらかに2003年あたりだったが、その時々のバンドの状況や気持ちが反映されているアルバムを聞き、ライブを見ると、バンドはまさに生き物であることを知らされる。いまだに進化を続けるバンドを神格化し、ノスタルジーで語るにはまだ早い。といいつつ、いちばん盛り上がったのはクリープだったけど。個人的にこの曲にそれほど思い入れはないが、会場は大盛り上がりで、大合唱となった。それを見て感動し、今もまだ現役として活動していることに感謝したくなった。2000年代だけではなく、2010年代もレディオヘッドは世界最高峰であり、最も重要なロックバンドであることを改めて感じた。
ひとり夏フェスを経験し、それなりに楽しんだことで、今後どんなひとり○○も大丈夫のような気がしてきた。



(14:45)

2016年07月28日

maxresdefault何か記さねばと思いつつ、ひと月以上経過してしまった。小沢健二のツアー「魔法的 Gターr ベasス Dラms キーeyズ」。2010年の「ひふみよ」、2012年の「東京の街が奏でる」と見てきたけど、今回は前2回に比べると感動が少なかった。3度目という慣れはあるのかもしれない。「ひふみよ」のNHKホールでこれ以上はないという凄いショーを見てしまったからかもしれない。でも、そうではない。今年1月のツアー発表に肩透かしを食らったことが大きい。平日の昼間、午前中から渋谷クアトロ前で待機していたにもかかわらず、イベントの詳細が曖昧で分からず、結局見れずじまい。ファンを軽視したようなイベントに魔法が醒めてしまった。オザケンらしいといえばらしいけど、悲しかった。
それでも、3年ぶりのツアーは是が非でも見ねばと、なんとか自力でチケットを当て、ダイバシティに足を運んだ。そして、会場について気づいた。今回はオールスタンディングだと。前々回、前回はホールでイスがあったから長尺でもなんとか大丈夫だったけど、今回は自分の足腰が持つのだろうかと少々不安。でも会場BGMの大滝詠一なんかを聞きながら物販で買ったミニライトを身に着けて、ピカピカ光らせているといるとなんだか気分が盛り上がってきた。
そして始まった1曲目は「昨日と今日」。意表を突く選曲、ロックな演奏がカッコいい。自然と体が動く。2年前の「いいとも!」出演時に比べると若返っているようで、ボーカルにも力がある。スタンディング正解!と思ったら2曲目以降は、聴いたことのない新曲が続く。でも複数回参加しているファンが多いのか、すでに代表曲みたいな感じで親しまれている。皆一様に振付なんかもやっててちょっと乗り遅れ。ちょっと白けたなと思うや否やすかさず、往年のヒット曲を叩きこむ。「それはちょっと」をまさかの大合唱、「ドアをノックするのは誰だ?」はお決まりのダンシング、「さよならなんて云えないよ」「強い気持ち・強い愛」は会場全体がカラオケボックスのよう。「パブロフの犬」か「猫にまたたび」状態で盛り上がった。素晴らしい。
でも、今回のツアーで小沢健二が聴かせたかったのは、このために設えた8曲の新曲だ。丁寧にスクリーンに歌詞を映して、深い意味がありそうな言葉を頭に入れイメージさせる。難しくて全く理解できなかったけど、小沢健二がやっているというだけで、意味のなさそうなものも特別な意味をもち始めるから不思議だ。「飛行する君と僕のために」「その時、愛」の2曲は90年代中盤にリリースされていたとしても違和感のないポップな曲、また聞きたいと思わせた。新曲を聞いていて思ったのは、この人のベースにあるのは80年代の洋楽だと言うこと。ジャズ、歌謡曲、黒人音楽とか、いろいろな要素を感じるけど、実はいちばん好きなのは80年代の洋楽なんじゃないかと。さりげなく出てきて隠せないものを感じた。これらの新曲はいつか形になることはあるのだろうか。もうパッケージやデータでの新曲発表には関心がないのだろうか。
トータル2時間であっさり終わってしまったのもあるけど、「ブギーバック」がなかったのはやっぱりさびしかったし、ホーンセクションのない「ラブリー」は物足りなかった。と、思うところや注文は多いが、やはりこの人のアーティストパワーと頭脳は唯一無二であり、今なお多くの人を魅了し、影響を与え続けている理由はひしひしと感じたし、またいつかライブをやるとなれば、それはちょっと、と思いつつまた足を運ぶに違いない。



(00:44)

2016年06月15日

maxresdefault感動と興奮を忘れないうちに書き残さなければと思いつつも、野暮用に追われてしまい、かなりの日数が過ぎてしまった。それでもあの日スタジオコーストで体験したニューオーダーのライブはこの目にしっかりと焼き付いている。それだけ、ニューオーダーのライブを見るということは自分の音楽人生にとって一大イベントだった。
最初にニューオーダーを意識したのは「権力の美学」だったと思う。ザ・スミスの流れで存在を知り、確か、御茶ノ水のシスコでジャケ買いをしたんだった。でもこの時点では当時聴きはじめたUKインディー・バンドのひとつというくらいで、それほどはまってはいない。ジョイディビジョンもまだ知らず、ただただジャケが美しいというだけだった。次のアルバム「ロウライフ」は、打ち込みを多用したダンスミュージックに戸惑った。今でこそダンスミュージックとロックの融合は特別なことではないが、硬派なギター・ロック・リスナーだった自分にとっては、ロックで踊るんて!ことは全く理解できなかったのだ。そういう時代だった。でも、聞いていくうちに徐々に「パーフェクト・キス」が気になって仕方なくなり、嫌いだと言いたいのに大好きになっていく。という意味で、この曲の存在はとても重要だ。次のアルバム「ブラザーフッド」はレコード屋で見つけたときのことはよく覚えているけど、ジャケも地味だし、全体的に暗いし、内容についてはほとんど記憶にない。初めてニューオーダーのPVを見たのが「ビザール・ラヴ・トライアングル」だったというくらい。今では好きなアルバムだけど。そして「サブスタンス」となる。ここまで完全にダンス・ミュージックの装いとなったニューオーダーに、こちらも潔く吹っ切れた感じで、違和感なく接することができた。毎日のようにウォークマンで聴いていた記憶があり、思入れも強く、いちばんよく聴いたニューオーダーのアルバムは「サブスタンス」に間違いない。
その「サブスタンス」が出る少し前、87年1月にニューオーダーと自分についての忘れられない体験があった。深夜何気なく見ていた「11PM」の今野雄二のコーナーにニューオーダーが登場し、生で1曲演奏したのだ。出ることを知らなかったから、これにはたいそう驚いた。こういう場合、普通は口パクなのだが、この時はちゃんと生演奏していたのだと思う。曲は「ビザール・ラヴ・トライアングル」、その下手ぶりに衝撃を覚えた。というか、バンドメンバーの不機嫌で白けた風情にパンクを感じた。
いつかニューオーダーのライブを見たいと思うも、その後、バンドは解散してしまい、その機会を失ってしまうが、2001年の「フジロック」で来日、この時に出したアルバム「ゲット・レディー」がとてもいい内容だったから絶対に観ると心に決めたものの、現地でニール・ヤングに乗り換えてしまう。ニール・ヤングも大好きなアーティストで、久々の来日で、もう二度と来ないかもしれないと思ったのだ。グリーン・ステージのニール・ヤング、ホワイトのニューオーダーで、時間は丸かぶり、苦渋の選択だった。この時のニール・ヤングは言うまでもなく素晴らしい演奏、セットリストで生涯記憶に残るライブだったので大きな後悔はないが、やはりニューオーダーは気になり、2時間以上の演奏時間の途中、長尺の「トゥナイト・ザ・ナイト」の時に、抜け出しホワイトまで歩いて行ったのだ。しかし、なんと、ニューオーダーは入場規制がかかっていて、会場のそばまで行ったのに見ることができなかった。渋々グリーンに引き返すと、なんとまだ「トゥナイト・ザ・ナイト」を演奏していた……。ニール・ヤングはその数か月後再来日して単独公演を行い、フジの自分の決断を後悔したこともあった。
それからニューオーダーは2度、フェスで来日しているが、これもタイミングが合わず、もう見ることはないのではないかと思っていた矢先の29年ぶりの単独来日。久々に興奮する来日発表だった。そして迎えた5月25日のスタジオコーストは開演前から観客のニューオーダー愛と熱気が凄まじく、1曲目から大合唱が始まる。皆が歌詞を知り尽くしているようすは、ここがクラブではなくキャンプファイアであるかのようで、彼らを心から歓迎するノリが温かい。時折見え隠れする演奏とボーカルの脆さや危うさはすべてがスタンダードという存在感が凌駕し、ファンの歓声が後押しする。ダンス・ミュージックをここまで合唱させてしまうバンドは彼等しかいない。「パーフェクト・キス」「ビザール・ラヴ・トライアングル」「トゥルー・フェイス」等々、ここは80年代、マンチェスターの伝説のクラブ、ハシエンダなのではないかという、タイムトリップしたような感覚の中、聴きたかった曲はすべて聴いたと、大満足したあとに出たジョイ・ディヴィジョン2曲。初めて彼らの音楽を聴いてから30年以上という長年のファンはここで涙腺が緩んだ。この感動は紆余曲折を得ながら様々な重荷を背負いながらも、今なお現役で渾身の最新作を携えてのツアーだからこそ、なのだろうと思った。単なる単に懐メロではないのだ。「ラヴ・ウィル・テア・アス・アパート」の最後、皆が大合唱する中、サビの一節をライアン・ギグスのチャントに替えて歌って、感動の幕を閉じた。





(23:08)

2016年04月17日

BW_01自分にとっての生涯ベストアルバムは何か?というのは音楽ファンならだれでも一度は考える難題だ。一度考えだしたら止まらない大きなテーマであるが、先日のブライアン・ウィルソンの来日公演をもって、私のベストアルバムはビーチ・ボーイズ「ペット・サウンズ」に決まった。今後揺らぐことはあるまい。それほど4月13日のブライアン・ウィルソン国際フォーラム公演は素晴らしかった。ポップ史に残る天才音楽家の自分の才能への自負、歴史的重み、過去の作品への深い愛情、強い意志力といったものが一体となってひとつの音楽として表現されていたことに心底感動してしまった。
コンサートは大まかに3つのパートに分かれていた。最初は60年代のナンバーを主体とするもので、誰もが知っているヒット曲に時折マニアックな曲を挟んだ構成。1曲目の「アワ・プレイヤー」に驚き、アルバム「フレンズ」の「ウェイク・アップ・ザ・ワールド」に心躍り、アルバム「オランダ」からの「セイル・オン・セイラー」が嬉しかった。でもいちばん感動したのは「アイ・ゲット・アラウンド」。80年代前半、確か81年だったと思うが、洋楽番組「ベスト・ヒットUSA」のスポンサーだったブリヂストンタイヤのCM曲として「アイ・ゲット・アラウンド」が使われており、そこで初めてこの曲を聴いたのだ。その衝撃は大きく、すぐにレコードを探しに行ったことを思い出した。
20分の休憩を挟んだあとはいよいよこのコンサートの本題である「ペット・サウンズ」の再現が始まった。「素敵じゃないか」のイントロが流れた瞬間、思わず鳥肌が立ち、自分がポップ音楽の魔法にかけられていくのがわかった。この曲のイントロはなんて素敵なのだろう! そこから「キャロライン・ノー」までの計13曲がノンストップでほぼレコードのまま再現。「ペット・サウンズ」でしか聞けない、ほとんど奇蹟的と言える変則なコード進行、力強い打楽器、瑞々しいコーラス、美しいメロディ、そして想像を刺激するフレーズを生で体感することによって、「ペット・サウンズ」の凄さをより心に近いところでダイレクトに感じることができた。いままで何度もレコードやCDで聞いてきたアルバムなのに、いろいろなことに気づかせてくれた。まさにグレイト・レコード。もはや、このレコードはロックとかポップとかの範疇にあらず。そして、60年代と言う時代の中だけに拘束されているわけでもない、まさにすべてを超えた作品として存在する唯一のアルバムなのだ。
そんなことを思いながら感動に浸っていると、そのままアンコールとなり、今度はロックンロール・パーティーが始まる。いつの間にかあたりは全員総立ち。複雑な構成かつナイーブな作風の「ペット・サウンズ」から真逆といってもいいスリーコード・ロックンロールのギャップが楽しい。思わず一緒に「ファン・ファン・ファン」とコーラスを口ずさみ、自然と体が動く。これもBB5の重要な側面、パーティバンドの面目躍如だ。そして最後はブライアンのソロから「ラブ・アンド・マーシー」。ピアノとコーラス、ブライアンのボーカルが聞こえてきた瞬間、今まで我慢してきた涙が頬をつたった。去年見た映画「ラブ・アンド・マーシー」のラスト・シーンと同じように我慢ができなくなった。今回、どうしてもブライアンのコンサートを見たいと思ったのは、映画「ラブ・アンド・マーシー」があったから。希代の天才の生歌をどうしても聞いておかなければと、映画を観た後に決意したのであった。
初めてブライアンのコンサートを見た99年から比べると、声も出ていないし演奏もしていないし、観客を不安にさせる危なっかしい場面は多く見られたのは確か。でもそんなことはどうでもいい。それほど、曲そのものの力強さ、堅実なバックメンバーの演奏、そして有無を言わせぬブライアンの存在感に感動させられた。以前、村上春樹は「世の中には二種類の人間がいる。それは『ペットサウンズ』が好きな人間と好きじゃない人間」と書いたことがあったが、この日ほど自分が前者でよかったと思ったことはない。
そういえば、昔、アメリカに行ったとき、車でサンディエゴに向かい、「ペット・サウンズ」のジャケットに映る動物園に行ったことがあった。いまから25年くらい前のこと。しかし残念ながら、その時はそこが「ペット・サウンズ」のジャケット撮影地だと知る前のことで、なんとも惜しいことをした。




(22:10)

2015年10月26日

Paul-Weller-110月14日にお台場、17日に横浜でポール・ウェラーの来日公演を観た。一度の来日で複数の公演を観るのは2006年以来だが、こういう気持ちになったのは2012年の来日ライブがあまりに素晴らしかったから。実はそのとき、そろそろウェラー卒業かという気持ちがあった。でも当日になり、「やはり行かなければ!」と思い立ち当日券で会場に入ったのだった。それが実に感動的で、ザ・ジャム時代、スタイル・カウンシル、ソロ、新曲をバランスよく選んだ「ベスト・オブ・ポール・ウェラー」をいまのポール・ウェラーが歌う説得力に圧倒されっぱなしであった。
あれから3年、ステージのポール・ウェラーは以前よりもスリムになり、さらに精悍さを増している。一度、太りかけた身体を50歳半ばでシェイプさせるのは生半可な気持ちではできないはず。そういう姿勢に尊敬し、いっそうの信頼を寄せたくなった。「カモン/レッツゴー」で幕を開けたライブ、前半は最新アルバム「Saturns Pattern」からの曲をかなりハードかつヘビーに演奏、前回とメンバーは変わっていないのに、重厚なサウンドが耳を突ついた。中盤からスタイル・カウンシルやジャムの曲を織り交ぜてくる点は前回と同様だが、その割合は毎回増えている気がする。例えば、自分が最初に感動した97年のブリッツでは、過去の曲はほぼやらなかったのではないか。今回ツボだったのは「ハブ・ユー・エバー・ハド・イット・ブルー」。この曲は元々「ウィズ・エブリシング・トゥ・ルーズ」というタイトルでスタイル・カウンシルのアルバム「アワ・フェイバリット・ショップ」に収録されたのだが、その後映画「ビギナーズ」のために別アレンジと別歌詞で「ハブ・ユー・エバー・ハド・イット・ブルー」として発表された。当時、「ビギナーズ」は劇場で見た。もののあまりのつまらなさに途中で居眠りしてしまった。その曲を「マイ・エヴァー・チェンジング・ムーズ」に続いて演奏したときはさすがに驚いた。この人が作ったんだよな、と当たり前のことに感動してしまった。初日のみジャムの「マン・イン・ザ・コーナーショップ」を演奏。これまたレア曲。あまりに意外な曲だったので、これはどのアルバムに入っているなんて曲だっけ?と思いだしながら、ラララとコーラスしてしまった。こうなったら、いつか「ウォール・カムズ・タンブリン・ダイス」もやってほしい。
それにしてもポール・ウェラーは純粋にカッコいい。顔にしわは目立つけれど、ギターを弾く何気ない仕草にふと昔の若かりし頃の姿がダブり、余裕を感じさせる間の取り方に彼の歩いてきた歴史を感じさせる。ミュージシャンは見栄えが大切と、ポール・ウェラーを見るといつも思う。
22日の横浜は1000人くらいのキャパの小さなライブハウス。この規模でポール・ウェラーを観るのは初めて。しかも至近距離をキープ。前から2,3列目で見るのは97年のブリッツ以来ということで、久々に飛んだり跳ねたり歌ったりと、年甲斐もなくハメをはずしてしまった。最初はベーシスト近くにいたのに、徐々に中央へ。最後の「マリス」ではギターのクラドック前まで流されてしまっていた。重度のウェラー・マニアが集まった場内の盛り上がりもハンパなく、掛け値なく楽しかった。
数えてみたら、この日が91年初来日の川崎チッタで見てから通算10回目のライブ。まだまだ何度も来日してほしい。そう願わずにはいられない、最高のライブだった。




(00:07)

2015年08月31日

_SL1000_8月20日と21日に東京国際フォーラムで行われた「松本隆作詞家活動45周年風街レジェンド」を観た。まず2日とも良席で観られたことに感謝。そしてこのライブはわたしの音楽人生の中でも特別な思い出となり、一生忘れることはないだろう貴重な体験となった。
そもそもこの公演は原田真二原理主義者として、わたしの人生に大きな影響を与えた「てぃーんずぶるーす」を作った松本隆と原田真二の久しぶりの邂逅をこの目に焼き付けるべく参加を決意、ライブが始まるまではそのほかの演者への感心はあまりなかった。とにかく、真二と松本隆が同じ場所にいる現場を生で見たかっただけであった。そして、5000人もの大観衆を前に、真二がどのようなステージを見せてくれるのかだけに注目していた。
しかしライブが開演し、松本隆のカウントとともにはっぴいえんどの「夏なんです」のイントロが流れだしたとき、ふいをつかれたまま茫然自失となり、曲が終る頃涙がこぼれた。まさか1曲目がはっぴいえんどとは……。それでいて、自然で嫌味がない。はっぴいえんどの粋を見た。
はっぴいえんどが3曲演奏した後は、70年代から80年代にかけて松本隆が作詞をしたヒット曲が続けざまに披露される。太田裕美、真二、大橋純子、山下久美子等々。35年から40年近く前の曲をオリジナル歌手がほぼそのままのアレンジで歌っている姿を見ていると、いまがいつなのか分からなくなってくる。そして今自分は何歳なのか……。時代を超えた普遍性なんていう有体な言葉では言い表せない、自分の脳内で異様な盛り上がりを見せる中、コンサート中盤は今回の裏テーマともいうべき、大滝詠一トリビュート・コーナーへ突入。『ロンバケ』のA面のオープニングをしっかり再現(ピアノのチューニングからドラムのカウント)してからの「君は天然色」にも胸が詰まってしまった。まさか、『ロンバケ』を生で聴けるとは……。このコーナーではもう1曲「A面で恋をして」を披露。後半はまたまだ稲垣潤一、小坂忠、斉藤由貴、寺尾聰等々がヒット曲が続けざまに歌唱し、感動を上書きしていく。休みなしで4時間、自分の中で目の前で行われているステージを目で追い、頭で認識するだけしかできない。まさに「時間旅行のツアー」状態のまま、アンコールを迎えた。
冒頭に記したように、運よく8月20日と21日の両日の公演を拝見したわけだけど、ほぼ同じ選曲構成でありながら、2日それぞれ全く別物といった印象。初日に時折見られた演出上のミスも2日目はしっかり修正され、ほぼ完ぺきの進行、最後の最後にユーミン登場と言うサプライズまであった。当然のこと、2日目のほうが安定して観ることができた。「ナウシカ」「やさしさ紙芝居」「流星都市」も嬉しかった。アレンジの面(弦楽の音がほとんど聞こえなかった)や、声の出ていない演者に対して思うところはあったけど、それを言い出したらきりがなく、個人的には大満足の二日間だった。いかに、松本隆の歌詞が自分に大きな影響を与えていたのかを思い知った。
あれから1週間経ったけど、感動は消えず、あれは夢だったのではないかと思うほど。パンフと木綿のハンカチを見ては再度感動に浸っている。そんななか、太田裕美の2曲はホント素晴らしかったことを思い出す。あの歌唱力は神がかっていた。あれからずっと家でギターで「木綿」を弾き語っては涙している。





(01:19)

2015年08月03日

TWWL7月の終わり、恵比寿リキッドでジョニー・マーのライブを見た。本来は今年頭に行われるはずだった公演の振り替えで、この夏のフジロック参加に合わせてリスケされた。一瞬払い戻しも考えたが、「スミスの曲が聴けるんだよね?」と自分に言い聞かせ、スライドする形でジョニーの初のワンマンに臨んだ。
実はジョニーのライブは今回が初めてではなく、2000年のフジロックで見ている。そのときはヒーラーズというバンド名義でのライブで、多少の期待もあってほぼ最前列で見ていたのだけど、全然面白くないので10分くらいで別のステージに移動してしまった。リハみたいなステージだったと記憶。確かこの年のフジはモリッシーも出ることになっていた。フジでスミスのフロントが再会するのでは、と色めき立ったが、開催直前にドタキャンしたのではなかったか。詳しいことはわすれてしまったけど。わたしは最初からモリッシーは来ない気がしていたから、ショックも大きくなかった。そういえばこのとき、宿泊先の苗場プリンスでジョニーにサインをもらった。もしものときに備え、ザ・スミスのファーストを持参したのだ。その事実を随分長いこと忘れていた。
そんな思い出話はさておき、今回のジョニーのライブは、ザ・スミス以来の信奉者として、心の底から楽しめる、とても素晴らしい内容であった。2000年のときから比べると、ギタリストとしてよりもパフォーマーとしてのサービス精神が前面に出ていて、しかも50代とは思えぬ若々しさをもって積極的な姿勢で観客にアピールしていた。数年前のクリブスへの参加がジョニーを刺激したのだろうか。レジェンド入りを拒否するかのような姿勢に心打たれた。そんなジョニーの熱演に応えるように、会場も予想以上の盛り上がり。やはり、UKロックはいい!と自分も久々に熱くなった。
セットリストはほぼ昨年リリースのアルバムからのナンバーで占められていたけど、自分を含めた観客のお目当ては当然のことザ・スミス・ナンバー。どのタイミングでどの曲をやるのかと待ち構えていたが、ジョニーはとくにもったいぶるわけでもなく、新曲に挟む感じでさりげなく披露。観客はもちろん歓喜。スミス曲を意識し過ぎな感じに見て取れた3年前のモリッシーとは正反対の印象だった、あのときのモリッシーの鬱憤がジョニーで晴れた。
結局、スミス曲は本編で「ストップ・ミー」「ヘッドマスター」「ビッグマウス」「ライト」、アンコールで「パニック」「ハウ・スーン」の計6曲。モリッシーのソロライブでやっていない曲も多く、思わず悶絶してしまった。でもやはり、ジョニーのギターをバックにモリッシーの歌唱で聞いてみたいと思ってしまうのは、贅沢な希望とはいえ仕方のないところ。
自分がザ・スミスを最も真剣に聞いていたのは84年から86年にかけてだろうか。当時10代。あれから30年の年月が経過するも、今も変わらぬ美しいメロディと印象的なギターフレーズ、そして透明感あるギターの響きに感動することに驚くとともに、改めて自分の音楽趣味形成にジョニーが計り知れない影響を与えていたことを思い知らされた。



(23:55)

2015年06月17日

lif0001-p15月26日、東京ドームでサザンオールスターズのライブを見た。自分にとってこれが人生初サザン。78年夏、「ザ・ベストテン」で見た「勝手にシンドバッド」に衝撃を受けて以来、大ファンと言うのは憚れるものの、一時期疎遠なったことはあったけど、約38年間それなりの思い入れを持ってサザンを見続けてきた。
しかしながら、これまでサザンのライブを見る機会は一度もなかった。どうしても見たいと思ったこともなかった。自分には無縁のものだと思いこんでいたのだ。でも3年前の「ジョン・レノン・スーパー・ライブ」で楽しそうにビートルズ・ソングを歌う桑田佳祐のソロを見て、2年前に横浜アリーナで桑田佳祐のカウントダウンを見てから、いつかサザンのライブを見てみたいという気持ちが高まり、この度、知人の誘いに乗り、初体験と相成った。
席は3塁側スタンドの後方でステージに立つメンバーは豆つぶ程度。一カ月前に観たポールのアリーナBがいかに良席だったかを思い知る。もちろん、ドームはポールの時と同じく超満員、ウェーブが巻き起こるほど、場内が大盛り上がる、そんななか18時半ジャストにライブがスタート。1曲目はまさかの「TARAKO」。そんな曲があったことさえ忘れていた80年代中期の英語詞ナンバー。いまとなっては黒歴史なんじゃないかと思える曲でスタートとは畏れ入った。この曲に象徴されるように、80年代中盤のアルバム曲が目立ったこの日のセットリスト。とくにアルバム「KAMAKURA」からのナンバーが印象的。こんな曲やるんだ、と思わず、「桑田佳祐のオールナイトニッポン」を聴いていた当時に思いをはせる。当時ラジオで、「デジタル・レコーディングと葛藤中だ」とか「2枚組になりそう」だとか「タイトルはKAMAKURAに決まった」とか言っていたことを思い出した。あれからちょうど30年。
難易度の高い曲を涼しい顔して演奏し、地味目な曲でもしっかり盛り上げてしまうライブバンドとしてのサザンのスキルの高さに脱帽、感動。素晴らしかった。
しかし、この日私が最も感銘をを受けたのはそんなノスタルジーではなく、現在の音楽シーンのトップを走り続ける表現者としての桑田佳祐の凄さ。「俺は今歌いたいことがある!」という、ある種の決意を感じさせるニューアルバム『葡萄』収録曲の言葉がグサグサと心に刺さった。多少の批判も覚悟うえ、それでも歌わなければならないという使命感が漲っていた。といっても、観客への一方的なメッセージを伝えるというよりも自分に言い聞かせているような感じ。しかも、メロディやサウンド自体はいつもサザン調ゆえ、親しみやすいポップスに仕上げてあるので、重たくはならない。しかし、桑田佳祐のボーカルはとてもソウルフルで、言葉が切実に響いた。
18時半開演で終わったのは22時で実に3時間半の長尺ライブ。大満足だった。けど、「勝手にシンドバッド」と「いとしのエリー」を聴きたかった。と思ったのは贅沢か。でも、もうサザンのライブに行く機会はないと思うので一度生で聴いてみたかった。



(22:17)