「アメリカでは治安と教育は買うものである。」「住居を選ぶ時は学区が最優先。」と合い言葉の様に言われています。でも、学区が良いってどういうことなのでしょう?この疑問について最近、複数の方から御質問がありましたので、私なりの見方をまとめてみました。
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  <教育内容面>
アメリカには日本の学習指導要領にあたるものがありません。国の検定を受けた教科書もありません。ということは義務教育期間内に学ぶべき項目に関して国として決められた基準が無いということです。
学校ごとにphilosophy(哲学)と呼ばれる学校経営方針が打ち出されていて、例えば「我が校はバランスのとれたカリキュラムを重視します。」「我が校はコアカリキュラムを重視します。」「我が校は情操教育を重視します。」「我が校は自主性を培う教育を重視します。」「我が校はリーダーシップの育成を重視します。」などの目標に従って、学校全体がそれの実現に向けて動いています。
日本の小学校は地域の教育熱心さや中学受験の割合などで若干違いがあるとはいえ、全国どこに行ってもそう大きな違いはありません。6年間で学ぶべきことがしっかり決まっているからです。ところがアメリカだとそれが千差万別。方針、雰囲気、レベル、学習内容、学習方法まで日本では想像がつかない程にバラバラで、学校間の違いが大きいのです。例えば同じ学校区内の公立小学校であっても極端な例を見ると「実体験重視。始業ベル、通知せん無し。」「教科学習中心。月2回通知せん。」という違いがあったりする訳です。こうした極端な例に限らず一般の小学校であっても、様々な面で異なった教育を提供しています。

教科の学習については各州のガイドラインに従って各学校区で授業日数、授業時間、指導内容が決められ、それを元に各学校の経営方針に従って指導内容の精選と指導方法の吟味がされ、各教師によって具体的な単元の設定や学習活動が決められ、クラスの子どもの実態に応じて指導されています。
クラスの実態は学区のある地域の産業、親の職業と教育レベル、収入レベルの影響を受けます。そのクラスの子ども達の学力レベルに合わせて到達目標が設定されますから、例えばキンダーで30までの数を教える学校もあれば、100まで教える学校もあります。1年生では、ある地区では足し算の繰り上がりからスタート、別の地区では2桁の繰り上がりのある足し算が最初から楽々という違いが生まれます。

つまり、学区が良いと学校経営がしっかりしていて、指導内容だけでなく特色ある指導方法が確立されていて、より深いことを教えてもらえる...かもしれない、ということです。いずれにしても、活気のある学校はとても魅力ある学校経営が成されていると思います。生き生きとした学校に巡り会うこと、それが実は一番大切なことかもしれません。


  <財政面>
2nd_room2.jpg州はカウンティに分かれているのはご存知と思います。学校はそのカウンティが更に細かく分けられたSchool District(学校区)によって、独自に管理運営されています。
教育予算は、その学校区内の住民から納められる固定資産税で賄われています。もちろん税率の違いもありますが、単純に見て不動産の価値の高い地区は高い収入があり、学校の予算も多いということになります。こうした税金で得られた予算は先生のお給料に始まって、学校の運営費用全般、教材、各種プログラムに使われています。各種プログラムというのはReading強化や算数強化のための専科の先生を雇ったり、これらが苦手な子のための取り出し授業を行ったり、アートや理科などのエンリッチメントクラス、特殊教育、英語以外の言語を母語とする子のためのELDプログラムなども含まれています。

学校の予算が足りないとどうなるかと言うと、音楽や図画工作の授業が減ったり無くなったり、備品が削られたり、理科室が無くなったり、ひどいと図書室が無くなってしまう学校もあるのだそうです。ELDもお金がかかるプログラムの一つで、しかも全員は関わりのないプログラムと言えるため、SFベイエリアでも無い学区があちこちあります。(ELDの有無は全員に関わっていると考える学区もあります。)
我が学校区では図書室の維持のための予算は配分されていますが、学校区からの図書の新規購入のための予算はありません。新しい本はほとんど全て寄附で賄われています。それからうちの学校には理科室がありません。以前、定員を増やした時に教室が不足し、理科室をつぶして普通教室に充てた後、学校区が理科室を新しく作る予算を認めてくれなかったためだそうです。今では実験は教室と教室の外のテーブルで行い、顕微鏡や電気回路など自作出来ない実験器具は近くの学校から借りて来ています。これがカリフォルニアでは比較的裕福な方と言われている学区の現状です。
とすると、財政的に苦しい学区はどうなるか...。

学区が良いと施設設備が整っていて、主要教科以外も整っており、各種プログラムが整備されていて手厚く面倒を見てもらえるかもしれない、ということです。

ただし資金集めの問題は予算や地域の裕福さに関係無く、熱心な学校は熱心、そうでもない学校はそうでない、とそんな感じの様です。とても裕福で有名な某学区では、「コンピューターを一人に一台割り当て出来る様に。」と資金集めのクリスマスギフト販売をしていたことがあるそうです。お金はあって困ることはないと言いますが、学区によってお財布事情は様々の様ですね。


  <教師の質面>
教師は各学校でその学年担当の教師として採用されるため、転勤は基本的にありません。そのために各学校の雰囲気やレベルがそうそう変わらないということにもつながっています。良好学区と言われる学区では教師に対する親の要求が高く、学校区も経験のある優秀な教師を欲しがります。経験が浅い教師の場合、最初は採用してくれる学区で経験を積んで、それから後に自分の臨む環境の学校を目指して就職活動を行うこととなります。
教育予算が多い学区は教師の給料も良い傾向にあるそうです。それから良い学区での勤務経験は職歴として有利になりますから、良い学校区の良い学校に空きが出れば、意欲のある先生は応募してその学校に採用されるように目指します。
...ということは学区が良いと良い先生も集まって来る傾向にある、人気学区では経験豊かな力量のある教師と、そうでない学区では発展途上の教師と出会う”確率が上がる”ということですね。

もちろん、どこの学校や学校区でも子どもへの愛情豊かな素晴らしい教師はたくさんいらっしゃいますし、巷のニュースを見ると犯罪を犯す人気校の教師がいたりもする訳です。いくら良い先生と言われていても、相性が合わなければ意味がありません。ですからあくまでも確率の問題。
毎年クラス替えで新しい先生になる時に、「どうかあの先生にだけは当たりません様に!」という心配が減るのは嬉しいかもしれませんね。

  <人間関係面>
良好学区と言われる地区は、住居費とそれに連動して生活のための諸費用も他の地区より数段高めとなります。すると経済的に余裕があるか、その「街」の価値、「学区」の価値を認めてそれだけの対価を払っても良いと考える人々が自然と集まることになります。価値観や子どもに与えたい環境に対する考え方が似た人と出会う確率が高くなるという訳です。
2nd_room4.jpg学校で出会うクラスメート、各家庭の様々な教育方針で育って来た子が集まります。細かいところで日頃の言葉遣い、生活習慣の躾、勉強に対する意識、食事に関する知識など。学校生活はもちろん、放課後にクラスメートやご近所さんの家と行き来して遊ぶ時にも、遊びの傾向やルールの躾け、子どもにジャンクフードをどこまで与えるか、着色料や刺激物は、甘いものは、そういった方針が似ているというのはとても安心出来ます。
子どものことを抜きにしても、SFベイエリア、あちこちでご近所さんとのゴミ捨てマナーでの争い、タバコのポイ捨て、犬の糞の始末、騒音問題など、びっくりするようなご近所さんに出会った話を聞くことがあります。学区が良いと高等教育を受けた親の割合、教育や文化に重きを置く人の割合が増え、カルチャーショックを受ける様な価値観の家庭と出会う確率が減るという意味で、トラブルが起きにくく暮らしやすい面があるかもしれない、ということです。もちろんこれも確率の問題です。

一つ、学校区や学校のデータをチェックした方が良いのは、人種バランス。SFベイエリアで良いと言われている学区では、アジア系の割合がかなり高い傾向があります。こうした学校では家庭でも熱心に勉強させ、積極的に学習に取り組む雰囲気があります。全米では白人の裕福層が多い学区もレベルの高いところが多くなっていますが、こうした地区は異文化に対する理解があまりない場合もあるので要注意です。

  <治安と不動産の価値>
ということで、良好学区と言われる地域の傾向は「経済的にゆとりがあること」と「住民が教育や文化に興味関心があること」があげられます。すると、そういう地区はモラルも高く犯罪が比較的少ないことにもつながります。もちろん立地条件にもよりますが、良好学区は概して治安が良いのです。
それから不動産に関して、投資として見た時に良好学区の不動産は資産価値が高く有利だということです。学区が今ひとつの地区は不動産の値上がりがしにくく、相場が下がったら最初に落ち始めます。学区の良い地区は最後まで落ちないと言われています。実は子どものいない家庭でも自分の家の学区の学校のAPIスコアを気にしているのだそう。この点数で家の値段が上下してしまうため、学校へは地域住民全体からのプレッシャーがかかっているのだそうですよ。先生達も楽ではありませんね。


アメリカでは学区が大事、治安と教育は買うものと言われている背景には、こうした事情があると私は考えています。良好学区は人気があるのでみんなが住みたがり、地価が上昇し、税収が上がり、学校の予算が増え(生徒も増えますが)、手厚いプログラムが維持され、熱心な先生が集まり、そのためにみんなが住みたがり...という循環に入ります。教育の格差が埋まらない訳ですよね。


  <良い学区であればいいのか?>
2nd_room3.jpg学区も良いことだし、お金持ちのエリアに必死に背伸びして住んでいれば良いか?というと、今度は寄付金の額が半端でなかったり、お友達の家が豪邸ばかり、長期の休みとなると避暑地の別荘でバケーション!というクラスメートとのお付き合いが窮屈だったり。教育熱心な学区だから良いか?というと猛烈に勉強する子が集まっていて、学年以上のことが出来て当然のレベルについていくのが大変、みんな習い事で忙しくて放課後一緒に遊べないという悩みがあったり。良い学区は良い学区なりに問題を持っていることもあります。良い学区とは、「何が」「どんな子に対して」「どんな風に」良い学区であるかを知るのも大切なことです。

勉強熱心な学区で育って来た子の中で、長い間勉強のストレスにさらされることで中学、高校になって情緒不安定になってしまう事例の発生が、他学区に比べて多いと耳にしたことがあります。また、友人の上の子の経験では、学力重視の家庭の子からライバル視されて相手のきつい言動に傷ついてしまったことがあったそう。校風になじめるかどうか、学校(学校区)とその子の性格との相性は注意深く見る必要がある部分と思います。

生活スタイルとの兼ね合いも大切です。親の通勤の利便性や子どもの日本語教育や習い事との兼ね合いなどから、生活しやすいエリアがおのずと限られて来ることと思います。そのエリアの範囲で学校の選択、私立か公立か、公立でもチャータースクールやマグネットスクールなどの抽選校も視野に入れることなど様々な方法が考えられるでしょう。これは学区を越えた選択もあり得るということです。


学区に関連する私の考察を徒然と綴ってみました。
良い学区に住めるのであれば、それに越したことはありません。でも、それで全てが上手く行く訳ではありませんし、学区がイマイチだから不幸だということにもなりません。どんなところでも子どもは様々なことを学べます。どこに住んだとしても、自分達の環境を冷静に見て、欠けている部分があればそれを親が気をつけて補ってあげれば良いのではと思います。その家庭その家庭の価値観と生活スタイル、懐事情...etcで、全てが満足のいく環境というのはまずないと考えて、「優先順位をつけた上で一番満足度が高い、自分が一番住みやすいと思うところに住むのが一番!」ということでまとめたいと思います。

以上、あくまでも私個人の考えですので、ご了承下さいませ。ご意見、感想、反論、何でも大歓迎です!