2017年04月20日

恋は雨上がりのように

koiha


心が疲れている時は「なんでもいいから没頭出来るものに没頭するのがいい」と経験則から感じたので何でもよかったんですが、電車の中吊り広告で「恋は雨上がりのように」がたまたま目に入ったので全く事前情報無しで昼休みに本屋さんで全巻買ってみた。(病んでる時の衝動って凄い物があるからこりゃメンヘラって怖いわと思う。)

主人公の名前でいきなりギョッとして、境遇がペルソナ2の吉栄杏奈を思い出して多感な中学校の時期を思い出した。(ペルソナシリーズはやっぱり2が一番思い入れのある作品。)

繊細な作品の世界に触れることが出来て一気買い&一気読みしてとてもよかった反面、続きが気になるので完結してから一気読みした方がよかったかもという気持ちも。

ポケモンに対して悩んでいる中で自分と重ねてしまう点もあり思うところもたくさんあった。
(思うところは多く吐露しませんけど…。本当に大事なことは口にしない。)


正直に言うと、私は現在ポケモンを全盛期の自分と比べたら全然楽しめていない。

7世代に順応出来ていないのだと思う。
高速&Z高火力環境なのはわかるし、文句はない。

ただ、培ってきた財産である戦術を今風にアレンジして噛み合わせてやろうじゃないか!
→という情熱までにはどうにも至らない。

先日のHarvest 7thでベスト8までは漕ぎつけて嬉しくはあるものの結局ベスト8止まり。
7世代ポケモンを使わなかったのも過去の財産の証明である反面、新しい環境に対応出来ないで過去の遺産で食いつないでいるだけじゃないかとネガティブにも考えてしまう。

深く考えないで楽しめばいいんでしょうけど、こういう性格故に考えないで楽しむことは出来ないし、
そもそもポケモンってのは考える過程が楽しい(対戦において。構築の時点から。)ゲームなんだから考えないでどーすんのよって思うし。。。

なまじ過去に実況動画とか配信してたり、変なことしてるくせにそこそこ実績作ってしまったとか、対戦会の主催とかオフのスタッフもやるようになって、自分と周りのイメージの乖離もあるから変な誤解とか生みたくないし、楽しいポケモンにまでしがらみが付いてきてしまってはてさてどーしたものかという感じ。


ポケモンという終わりの無いマラソンに対してどう向き合うか。






pasaphoria at 11:39│Comments(0)ハックルベリー 

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