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 政治家の迷走が続いている。



「鹿児島県阿久根市の竹原信一市長は8日の市議会産業厚生委員会で『わいどんとはもう語らん(お前たちとはもう議論しない)』『不信任を出せ』などと激しく議員を挑発し、説明を拒んで退席した。担当課長にも答弁しないよう命じたといい、委員会は1時間足らずで閉会した。市長の本会議への出席拒否など、阿久根市議会は異常事態が続いている。

委員会は学童保育などを審議する予定で午前10時に開会した。

市長は『議会は前から自分に不信任状態だから説明の必要はない』などと一方的に話し、激高した様子で席を立ったという。」

 住民の生活のかかっている予算よりも自分の腹の虫の方が大事らしい竹原信一阿久根市長は、畏れ多くも「住民至上主義」と題したブログで



「あらゆるところで足を引っ張ろうとする議会とは決着をつけます。」

などと述べている。議会の不信任ではなく、阿久根市民の解職請求によってこの市長を解職に追い込まないとおそらく自らのやっていることがわからないのかもしれない。



「(どんなにアクセス数があがろうともランキングがあがらない『政治ブログランキング』へのクリックだめもとでお願いします。あれ、ブログランキングに創価学会さんの墓地に関する広告が出てますけど。)」

 バンクーバー五輪の女子フィギュアスケート日本代表に対する敬意のかけらもないエントリーをアップし、コメント欄での批判に対しパブリックな自らの立場より感情を優先させてブログを大炎上させ、謝罪せざるをないまでに追い込まれた城内実衆議院議員であるが、その経験から何も学んでいないようである。

 自らの意識と他人の評価は完全に別物である。政治ブログランキングも他人の評価である以上、自らの意識と異なることもまた当然のことである。そもそも、国家権力の一翼を担う衆議院議員たる者が他社からの評価の原因を自身に求めずに評価がおかしいと述べ、サイトの広告に創価学会のものがあることを陰謀めかして書き散らすのことが城内衆議院議員自身のレベルの低さを露呈させるものであることを未だに理解することができないようである。また、メールマガジンの発行者とブログ主という経験を持つ私から一言忠告すれば、読者数やアクセスの多くなる原因は内容が面白いということだけではないということも理解しておく必要があろう。



「県が『ふじさん(223)』の語呂に合わせて2月23日を『富士山の日』に制定したことを疑問視する意見が4日の県議会2月定例会であり、制定に音頭を取った川勝平太知事が『語呂合わせは日本文化の一端だ』との考えを披露し、反論する一幕があった。」

「川勝知事は答弁に立つと『語呂合わせは、掛け言葉の文化だ』と主張。『1月3日は、瞳の日。1月8日は一か八かで、勝負の日。2月9日は、服の日、ふぐの日、肉の日だ』などと例を次々に挙げてみせ、『大事にしているものを思い出そうという日になっている』と畳みかけた。

さらに、大学で教べんを取っていた『学者知事』らしく講義さながらに、『漢字を訓読みするのは、文字と音声の文化史上、画期的なこと。語呂合わせができるのは日本の文化の一端だ』と語った。」

 この記事を読んで川勝平太静岡県知事は学者としての経験も学者らしさも捨てて政治屋へと変貌したことを確信した。語呂合わせで記念日を設定している事例は多いが、語呂合わせを祝日としている例はただの一日もない。つまり、語呂合わせで記念日を設定することと、仕事や学業を休んでまで考える記念日が語呂合わせであるということはまったく別物なのである。このような曲学阿世の徒と化した人物を「学者知事」などと述べるのは失当というものであろう。




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