歴史戦争で惨敗を続ける日本に未来はない

 日本と韓国の間に勃発した歴史戦争では、日本は50年以上も惨敗を続けている。かつて、日本は聖徳太子や陸奥宗光のような外交センスの持ち主を輩出したが、戦後の日本にはそういう人物が皆無であるということだろう。なによりも、日本の政治家や外務官僚には愛国心がない。国益に関心がない。祖国の名誉など糞くらえという本音を隠そうともしていないように見える。関心があるのは、ただただ自分の懐を肥やすことと、組織内で出世することだけのようである。そういう国賊たちが戦後の日本を支配してきたのだから、現在のような惨状になったのは当然のことだろう。腐敗政治家や腐敗官僚を養ってきた国民はいい面の皮である。

 

 さて、日本の政治家や外務官僚には愛国心がなく、国益に関心がなく、祖国の名誉など糞くらえというのが本音であることを白日の下に晒したのが、今に続く従軍慰安婦問題であることは論を俟たない。草莽の日本国民の間には、従軍慰安婦問題の真実を明らかにして祖国の名誉を回復しようという動きがあるが、永田町や霞が関にはそうした動きはまるで見えない。さっさと韓国に謝罪し、莫大な賠償金を支払って黙らせれば良いというのが歴代政権の選択肢であり、それが現在の国辱に繋がっていることは明らかである。しかし、韓国人は、二回も三回も賠償金を支払ったからといって、それで問題が解決したと考える手合いではない。そもそも強請り屋は、一度成功すれば相手が死ぬまで強請りを続けるものである。たとえ相手が破産しても強請りを止めることはないのである。まして、たとえフィクションであっても、日本に汚名を着せれば湯水のように金を出すと教えてしまったのだから、韓国が、頭蓋骨の内側にへばりついた寄生虫のような存在になったのは当然の結果と言える。

 

 こうした日韓外交史の汚点は、上に述べたように、政治家や官僚の関心が、自分の懐を肥やすことと組織内で出世することだけだったからである。とにかく、祖国や国民のために面倒な仕事をするのは糞くらえなのであり、どうせ賠償金のうちの相当の額を懐に入れたのだろう。強請る側も強請られる側も同じ穴のムジナだったというわけだ。もちろん具体的な証拠はなく、推測の域を出るものではないが、韓国に頭が上がらない理由も説明可能であり、日本の凋落が、政治家や官僚の愛国心の欠如に起因していることだけは否定できないと思われる。

 

 で、近頃、インターネット上の従軍慰安婦に関する報道や読者のコメントを見ると、どうにも釈然としないのである。それは、以前とは主張の内容が異なってきているように感じられるからである。以前は、従軍慰安婦は吉田清治が書いたフィクションによる架空の存在であることが広く主張されていた。このフィクションに現実味を与えたのは朝日新聞であり、朝日新聞や捏造記者に対する非難が多く見られたものである。しかし、現在では、日本軍従軍慰安婦が捏造であるという主張は激減し、歴史上の真実であると見なすことが当然のようになっているように見える。日本軍は確かに慰安婦狩りをしたと考えることが一般化しているようなのである。これは、安倍首相が従軍慰安婦の存在を認めるような行動に出たことが最大の原因だろう。日本軍は慰安婦狩りをしたのであり、20万人の朝鮮人女性を慰安婦にしたということが、あたかも真実であるかのように認知されているのである。しかも、現在では、朝鮮人慰安婦の人数は50万人に増え、支那人慰安婦は19万人が生存していることになり、遂には台湾でも元従軍慰安婦に対する賠償要求が始まった。やがてアジア諸国のそこかしこから、数十万人から数百万人の元慰安婦が出現する可能性もある。これは、かつてフィリピンで元従軍慰安婦を探したところ、1人か2人を探す予定だったのに、名乗り出れば大金が貰えと聞いた女性たちが何万人も集まったことからも容易に想像できることである。

 

 安倍首相に愛国心があるかどうかは定かではないが(慰安婦問題を見る限り、安倍首相が愛国者だとは到底思えない)、「最終的かつ不可逆的解決」という文言だけで、慰安婦問題が永久に解決したと考えたのは余りにも浅慮というものだろう。国家間の合意・条約の類は、双方に遵守する意思がなければ絵に描いた餅に過ぎないのである。それは、独ソ不可侵条約や日ソ中立条約が何の役にも立たなかったことからも明らかである。

 

 自民党には、元総裁の河野洋平を批判することはタブーであるという不文律があるそうだが、国賊の河野洋平一人と日本及び日本国民を秤にかけたら、河野洋平の方が重いというのは愛国者の思考ではない。こうした身贔屓な思考もまた、「愛国心がない。国益に関心がない。祖国の名誉など糞くらえ」ということを証明していると言えるだろう。

 

 有り体に言って、「韓国に10億円支払ったから問題は解決した」だの、「最終的かつ不可逆的に解決という文言を入れたから解決済み」と考えるのは愚の骨頂である。韓国に日本の主張を認める意思がない以上、この問題は今のままでは永久に解決しない。日本にしても、安倍政権の次の政権か、そのまた次の政権あたりで、慰安婦合意を見直す動きが出て来る可能性は否定できない。民進党が政権を取った日には(まずあり得ないが)、10億円の賠償金が「毎年10兆円支払う」に増額されるかもしれない。もちろん、そのうちの何割かは日本の政治家の懐に入ることになるだろう。

 

 私は繰り返し主張してきたが、従軍慰安婦問題は何度謝罪しても解決しないし、どれだけ大金を支払っても解決しないのである。解決方法は唯一つ、従軍慰安婦がフィクションであり架空の存在なのだから、日本は謝罪も賠償もする必要がないということを証明する以外にないのである。しかし、諸外国のジャーナリストや学者がれをしているのに日本はしない。だから韓国のみならず台湾や国連にまで強請られる羽目に陥っているのであり、日本国民は、臭いものには蓋をして誤魔化そうとする政府に対し、断固として異議を唱えるべきである。そうしなければ、蓋は近いうちに必ず両国政府によって開けられてしまい、日本の未来は暗雲に包まれるだろう。最大の被害者は、我々の子供や孫たちなのである。


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韓国人売春婦5万人が日本に賠償金を請求する日

 今さら言うまでもないが、韓国は世界に冠たる強姦大国であり売春大国である。強姦大国としては、オーストラリアが「女性旅行者にとって、世界で最も危険な国」と認定したそうだが、売春大国としては、アメリカなどで大量検挙されている売春婦の存在から明らかだろう。韓国人売春婦は、今や韓国の代名詞的存在と言えるだろう。アメリカの著名なジャーナリストであるマイケル・ヨン氏は、「韓国の薄型テレビが売春婦付きで売られていないことが不思議だ」とまで言っているのである。その韓国人売春婦は、アジア各国にも大量に輸出され、日本の大阪だけでも5万人の韓国人売春婦が商売をしているそうだ。災厄はいつも半島からやって来るのが常である。日本でエイズや梅毒が蔓延しているのも、韓国人売春婦の存在が影響しているだろう。なにしろ、日韓併合前は、世界で最も不潔な地域だった朝鮮半島だから、韓国人のDNAに衛生観念はインプットされていないに違いない。新たな日本侵略の手段として、エイズ病みの売春婦を輸出しているのかもしれない。

 

 しかし、いくら整形美女の売春婦を揃えたところで、寄る年波には勝てず、容色は衰えていくだろう。そうなる前に莫大な財産を蓄えたとしても、所詮は悪銭身に付かずで、後半生を遊んで暮らすことはできないだろう。元日本軍従軍慰安婦などと大風呂敷を広げて日本を強請る元売春婦の醜悪な姿が、彼女たちの未来の姿に違いない。

 

 すると、お約束のコースを辿ることになるのは、目に見えているのではないだろうか。つまり「日本人に騙されて日本に連れて行かれた。強制的に売春させられた。人間の尊厳を傷付けられた。日本政府は謝罪と賠償をせよ」と要求してくることになる。そして、韓国では悲劇のヒロインとして祭り上げられるだろう。歴史は繰り返すの言葉どおりである。

 

 で、日本はどうするか。言うまでもなく、NHK、朝日新聞、日弁連などが我が意を得たりとばかりに狂気乱舞し、日本政府に謝罪と賠償を迫るに違いない。裁判所も同様で、次から次へと賠償判決を言い渡すことだろう。こうした図は、日本と韓国という国が存在する限り、永久に続くに違いない。なにしろ、強請りのネタには事欠かない。世界中の誰も信じないような荒唐無稽な話でも、韓国人は平然と強請りのネタに使うし、日本政府・外務省・裁判所なども、韓国の強請りに同調するだろう。平成(さらにその後の御世)の慰安婦というわけだが、韓国が存続していくには、この手の被害者ビジネスで日本を強請るしか方法がないに違いない。哀れなのは、売国政治家や裁判官のために途端の苦しみを味わう日本国民である。


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韓国旅行に行く日本人の気が知れない

 韓国の観光産業が壊滅状態らしい。何を今更という感があるが、かつてヨン様に憧れて韓国旅行に勤しんでいた日本人マダムの姿は何処へやら。日韓共催ワールドカップを契機として、初めて韓国の真の姿を見た日本人が多かったそうだが、その点は共催をゴリ押しした河野洋平の功績ということになるのだろう。何とも皮肉なことである。更に、李明博による功績も多大だったことは疑いがない。日本人の嫌韓を決定づけたのは、紛れもなく李明博の功績だろう。

 

 ところで、韓国大統領は、政権末期の人気浮揚策として反日を利用するのが常套手段だったが、朴槿恵などは最初から反日一辺倒だった。各国を告げ口行脚した以外は、何をしたのか思いつかない。これが文在寅になると、もはや支離滅裂の極致である。当選前から反日を標榜して強気の発言を続けていたが、大統領就任後も反日宣伝以外は何もしていないという印象である。この点では朴槿恵に近いと言えるが、そもそも政治・外交の見識が皆無に等しいらしいことも明らかになってきた。

 

 文在寅は、一方では従軍慰安婦で日本批判を続け、更に徴用工という新しいカードを切った。かと思うと、また一方では日本に対して通貨スワップを要求するというお粗末さである。しかも、「通貨スワップは不要」「日本が頼むならしてやる」「日本は通貨スワップを断れない」と言い分が変化しているらしいから、恥を知らないにもほどがある。もっとも韓国人には恥という概念はないらしいから、このような主張も可能なのだろう。本人は、ヌケヌケと「用日」などと嘯いている。日本は金蔓として利用するだけの国というわけだ。加えて、「日本人を平昌オリンピックに来させないなら、東京オリンピックに韓国国民を一人も行かせない」などと、脅しにならない脅しを始めた。韓国人には東京オリンピックに来てもらいたくないことさえ理解していないのである。

 

 で、こうした文在寅の愚劣極まりない行動の原因は、韓国は日本に寄生しなければ存続できない寄生虫国家だということだろう。韓国は、大東亜戦争で日本がアメリカに敗戦したことにより、突然生まれた国家である。日本に併合されるまでは、およそ近代文明を知らず、車輪も水車も作れず、文化と言えば売春くらいしかなく、世界で最も不衛生で、世界最悪の奴隷国家と言われた未開の国だった。独立後は、天文学的な金額に上る日本の資金援助と技術援助で成り上がったが、所詮は寄生虫である。日本の資金援助が途絶えれば、国家として存続できないのである。

 

 その韓国が、何をトチ狂ったか、観光立国などと奇妙なことを言い出し、明洞などでぼったくり商法を展開して我が世の春を謳歌していたが、そもそもそれが異常なことだったのである。観光客をカモにすることしか考えない韓国商法がいつまでも続くはずがなく、反日が仇になって観光産業が大きく傾いた。その後を、マナーが最悪な支那人たちがカバーしたのは周知のとおりである。しかし、高高度ミサイル防衛システム設置をめぐって支那と仲違いし、観光客を止められてからは、坂道を転がり落ちるような有様になったようだ。今さら冬ソナの撮影地めぐりでは観光客が集まるはずもないだろうし、韓国は「女性の旅行者にとって、世界で最も危険な国」というレッテルを貼られている強姦大国なのである。これで観光立国とは呆れる限りだが、未だに現実から目を背けているらしい。そして、「日本は、北朝鮮のミサイル問題で韓国の人気がなくなったことで、漁夫の利を得ているだけだ」などと言っているそうだ。それでは反日韓国人が大挙して日本に押し寄せていることの理由が説明できないだろうが、例によって、自分たちの都合の悪いことからは目を背けてしまうのが韓国人である。

 

 有り体に言って、敵の災厄は自国の利益のはずだが、日韓問題に関しては事情が違う。韓国は、国が倒れかかると恥も外聞もなく日本を頼ってくる。日本が普通の国ならけんもほろろに袖にするはずだが、日本の政治家や官僚には、韓国に頭が上がらない国賊が多い。今までさんざん賄賂を懐にしたからなのか、慰安婦をあてがわれているからなのかは知らないが、韓国に要求されると言いなりになるのが今までの例だった。

 

 韓国経済を支配してきた財閥が傾き、観光立国のメッキが剥げ、危険な強姦大国のレッテルを貼られた韓国は、日本に寄生するよりほかに存続する手段を持たないだろう。日本の反日マスコミや民進党が、必死になって安倍政権を打倒しようとしているのも、安倍政権のままでは韓国に十分な支援ができないからではないだろうか。現在の異様なマスコミの行動の背後には、寄生虫韓国の経済事情があるのだと思われる。

 

 とはいえ、それでも韓国に外貨を落としに行く日本人はいる。父兄を敵に回しても韓国への修学旅行を強行しようとする高校もあるし、マスコミは訪韓日本人が増加しているという怪しげな報道をしている。しかし、まともな日本人なら、今さら韓国に旅行することは考えられないのではないだろうか。在日の里帰りか情報弱者反日思想の権化の旅行か、そんなところだと思われるが、欧米人でさえ忌み嫌う韓国は世界最悪の反日国家であり、韓国旅行に行く日本人の気が知れない。


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北朝鮮のミサイルに対する備えは必要か?

 北朝鮮がグアム沖にミサイルを発射するとかしないとか、巷間、ずいぶんと騒がしくなってきているようである。アメリカにしてみれば、国家の威信がかかった重大問題だろうし、グアムの人々にとっては、文字どおり生存にかかわる事態ということなのだろう。しかし、市民に対する街頭インタビューでは、「アメリカが絶対守ってくれる」との声があるようで、今でもアメリカに対する信頼・希望的観測が強いように見受けられる。

 

 で、奇妙なのが一部の日本人の狼狽ぶりである。ミサイルが上空を通過すると見られている広島県や高知県などの自治体が、日本政府に対応を求めたらしいのだが、何とも釈然としないのである。なぜ、そのようなことをするのだろうか。北朝鮮のミサイルはポンコツだから、日本の上空で失速し、国民が被害を受ける可能性が高いということなら、一応は筋が通っているように思えなくもない。しかし、日本が北朝鮮のミサイルで被害を受けるという主張は、果たして許される(?)のだろうか。また、もしミサイルを迎撃しようものなら、「戦争準備だ」「憲法違反だ」と騒ぎ立てる団体が巷に溢れるだろう。日本国民は座して死を待つしかないのであり、現に、「座して死を待つべきだ」「戦わずに滅亡した民族がいたと、世界中の国々の教科書に記載してもらおう」と主張する評論家もいる。

 

 いまさら述べるまでもないが、日本では「憲法9条が、戦後72年間、日本の平和を守ってきた」という主張が根強い。民進党や共産党、朝日新聞や毎日新聞、NHKTBS、日教組や日弁連などは、揃いも揃って同意見だろう。そして、その憲法9条は、現在もなお改正されていない。ならば、日本の平和は今後も憲法9条が守るだろう。北朝鮮のミサイル如きは恐れるに足りないはずである。憲法9条の神通力で、日本の上空に到達する前に、海に落ちてしまうのではないだろうか。その海に、漁船やタンカーがいたとしても、決して直撃を受けるようなことはないはずである。なのに、なぜ大嫌いなはずの安倍首相に対応を求めるようなことをするのか。実に奇怪なことである。いざという時には、上記の憲法9条教団体の人たちが、ミサイルに向けて六法全書を開き「者ども控えい。この条文が目に入らぬか!」と、憲法9条の条文をミサイルに見せてやればよいではないだろうか(そうしたら、本当に世界中の国々の教科書に記載されるかもしれない。愚かな民族の代表として)。

 

 しかし、テレビやネットのニュースを覗いてみても、そのような主張は見当たらないようである。憲法9条教の信者はどこに消えたのだろう。してみると、憲法9条教の信者たちは、支那、北朝鮮、韓国などが日本を侵略しやすいように、憲法9条の改正に反対しているのであり、本心では憲法9条で平和が守れるはずがないと思っていることになりそうである。その待ちに待った侵略が始まるかもしれないのだから、有頂天になっているかと思いきや、昨今の周章狼狽ぶりは合点がいかない。侵略は、自分たちが日本を離れた後に始まるはずだったのに、約束が違うとでも言うのだろうか。何とも奇怪なことだが、この機会に、是非とも「憲法9条が日本の平和を守る。北朝鮮のミサイルに対する対応は不要だ」という主張を聴きたいものである。

 

なお、ミサイル攻撃に対する避難訓練を実施する自治体や、核シェルターを用意する人も現れているようだが、核ミサイルが撃ち込まれたら、核シェルターに避難したところで寿命が数日延びるだけにすぎないだろう。また、通常弾であっても、近距離に撃ち込まれれば避難のしようがない。それがこの世界の現実である。


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スマホは犯罪用ツールか?

 私は長年ガラケー派だったが、やむを得ない仕儀によりスマホを購入した。「何をいまさら」と思う方が多いだろうが、電話とメールはガラケーで事足りていたし、インターネットは専らパソコンを利用していたので、スマホ必要としていなかった。しかし、妻の希望もあり、出先でインターネットが使えれば便利には違いないと考え直し、遂にガラケーからスマホに乗り換えたのである。

 

 すると、確かに便利なことは間違いない。パソコンを持って歩くことはしないから、出先でパソコン代わりに使用できる点は評価できる。といって、スマホでゲームをするようなことはしないし、街や駅のホームを歩きながらスマホを操作することもしない。そもそも、大の男が人前でスマホゲームに興ずる姿は醜悪だと思っていたから、そんな真似は絶対にしないので、多くの場合、スマホはバッグの中に納まっており、人前で操作することは滅多にない。

 

 しかし、便利なこととは裏腹に、困ったことも多々起きるようになった。その筆頭は、何と言っても迷惑メールが届くことである。迷惑メールフォルダーに入ってしまうので、ほとんど読むことはないのだが、念のために何通か読んでみたところ、これが実に呆れた内容なのである。ガラケーのときにも届いたが、「私のこと覚えていますか?」という定番メールが届くのである。もちろん見も知らぬ赤の他人で、記載されているURLをクリックしたら、たちまちトンデモナイことになりそうなメールである。当然無視を続けるが、実にしつこいのである。そのうち逆切れして、「返事をよこさないのは失礼だ」とか「一体どういうつもりなんだ」と、恫喝が始まることはガラケーのときに経験した。おそらく、そういうマニュアルがあるのだろう(笑)。

 

 ちなみに、以前、「人違いですよ」とメールを返信したことがある。すると、「冗談ばっかり」「ホントに?」「すみませんでした」というメールが矢継ぎ早に届き、その後は「せっかく知り合ったのだから、この機会に友達になってください」ときた。全然「せっかく」ではないし、「知り合い」になってもいないのだが、何度断っても同じようなメールが届く。仕方がないのでメールアドレスを変更したが、スマホに換えた途端、またぞろ同じようなメールが届くようになったのである。もっとも、その後アドレスは変えていないから、ガラケーのままでも同様だったのだろう。

 

 で、もっと酷いメールになると、いきなり「口座の確認です」と書いてくる。「見も知らぬ他人に自分の銀行口座を教える馬鹿がいるか」と言ってやりたいが、現にお馬鹿がいるから、凝りもせずにメールを送信してくるのだろう。新手の詐欺なのだろうが、引っ掛かっていないので、そのやり口の全貌は不明である。で、その後どうなったかというと、「口座を教えてくれたら、すぐに500万円振り込みます」というメールが繰り返し届き、無視していると「すぐに,000万円差し上げます」に増額した(笑)。それでも無視していると、なぜか金額は850万円になった。半端な金額の方が騙しやすいとでも思ったのだろうか。何とも奇妙なことである。

 

 念のために、一緒にスマホに乗り換えた妻に訊いてみると、妻のところにはその類のメールは届いていなかった。なぜ私だけが狙われたのだろうか。偶然メールアドレスがヒットしたのか、個人情報が売買されているのか、そんなところだと思うが、スマホの世界は犯罪の温床のようであり、スマホは絶好の犯罪用ツールのようである。「口座を教えてくれたら、すぐに500万円振り込みます」というメールに乗せられて、すぐに銀行口座を教える方も悪いが、犯罪発生率が低かった時代を生きてきた年寄りは、すぐに騙されてしまうのかもしれない。これを「詐欺も一つの文化であり、詐欺の横行も多文化の共生だ」と主張する人たちもいるのだろうが、3分の理どころか1分の理もあるとは思えない。

 

 なお、妻によると「貴方のような年寄りが突然スマホを持つと、右も左も分からない初心者で、すぐに引っ掛かってURLをクリックすると思っているのだろう」とのことである。「なるほど」と思わせる洞察だが、あいにく私は年寄りではあっても、簡単に詐欺に引っ掛かるほど間抜けではない。法務畑専門で生きてきたので、下世話な言い方をすれば海千山千だと言えなくもないだろう。とはいえ、今後も迷惑メールの削除を続けなければならないようである。「騙される方が悪い」という詐欺師の主張も、今後は異文化の一つとして受け入れられて行くのだろうか。世も末である。


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痴漢冤罪とセクハラ冤罪は日本の文化?

 「痴漢冤罪大国・日本」で述べたとおり、最近の日本では、女性たちは気に入らないことがあると、「この人痴漢です」と叫んで他人を陥れることが流行のようである。中には、恐喝目的で意図的に冤罪事件を仕立てるグループもいるそうだから、民度が低いのを通り越して、生来犯罪人説が適合しそうな様相を呈してきた。他人を陥れるどころか、破滅させても良心の呵責を感じることなどない輩が跳梁跋扈しているのである。しかも、こういう風潮はオフィスの中にも浸透してきているようで、セクハラ騒ぎを起こして、気に入らない同僚や上司を陥れようとする輩が出て来ている。

 
 で、実は今般、私自身がそのセクハラ冤罪事件の当事者になりかかった。なりかかっただけで、公式にはなっていない。人事部長が、事実無根として即座に訴えを却下したからだが、その経緯は次のようなものである。

 

 ある日、私が所長を務める営業所で、女性スタッフの一人から、「女性用更衣室の蛍光灯が切れたので交換してください」との依頼があった。言われるままに女性用更衣室に入ってみると3カ所も切れていて、部屋の中はかなり暗くなっていた。予備のランプは用意してあったからすぐに交換したが、この時、更衣室の中を見て驚いた。床の汚さが尋常ではなかったのである。本来は黄色い床で、表面に無数の細かい溝のある塩ビの床である。その黄色い床が、黒いカーペットを敷き詰めたようになっていた。営業所の2階はどこも同じ床材だが、女性用更衣室の床は、「どうしたらここまで汚くなるのか」と疑問に思うほどの汚れようだった。営業所内は土足禁止なので、普通ならそこまで汚れるはずはないのだが、結論から言えば、女性スタッフは誰も清掃をしない上、私も女性用更衣室には入らなかったから、結果としてそうなったということなのだろう。

 

 そこで、今から2週間ほど前に意を決し、異常に汚れた女性用更衣室の床清掃に取り組むことにした。私自身が満足できるレベルにするには、3週間から1カ月はかかると思われたが、ほかには誰もやらないのだから、私がやるしかないと覚悟を決めて開始したのである。清掃道具は、柄のないデッキブラシ・歯ブラシ・雑巾・マイペットの4点セットだけである。初日に比較的汚れの少ない部屋の奥の部分を磨いたが、それでも数時間で50cm(幅は3mほどある)ほどしか進まなかった。入り口に近い部分は黒いカーペットのように見えるほど汚れているから、初日から絶望的になったが、とにかく始めてしまった以上は続けるしかない。こうして床と悪戦苦闘を続ける毎日が始まったのである。

 

 なお、午前9時前と午後5時以降は女性たちが着替えをするので、清掃時間は午前10時以降に始めて、午後4時には切り上げることにしていた。そして、念のために更衣室の入り口を隠しているパーティションの端に、「女性用更衣室は清掃中です。着替えをする方は声を掛けてください」という貼り紙をしておいた。昼の1時間は休憩時間にしていたから、女性たちが更衣室にやって来る可能性は少なかったのだが、それでも2週間の間に4人がやって来た。1人目は着替えに来たのだが、私が清掃している姿を見て、「私もやろうと思っていたのですが、なかなかできなくて・・・・・。こんなに綺麗にしてもらってありがとうございます」と言うと、「別の部屋で着替えますから続けてください」と言って出て行った。二人目は、クリーニングした制服を運んできたスタッフで、清掃済みの部分と汚れた部分を比べて、「こんなに汚かったんですね」と驚いて出て行った。3人目は着替えをするスタッフだったので(午後出勤だった?)、着替えが終わるまで私が部屋を出ていた。4人目は「バッグを取りに来ただけですから、出て行かなくていいです」と言って、ロッカーからバッグを出すとすぐに部屋を出て行った。ほかに入室希望者はなく、そうしているうちに2週間が過ぎ、床の7割近くが綺麗になったのである。

 

 ところが、やがて異変が起こった。2週間が過ぎた頃、私が営業所でセクハラをしていると騒いでいる人間がいるという噂が聞こえてきた。そういう噂はすぐに伝わって来るものである。詳細を聴いてみると、私がやっている女性用更衣室の清掃がセクハラで、女性たちは着替えができなくて非常に迷惑しているというのである。そして、騒ぎの張本人は、本社の情報システム課の新任次長とかで、私は会ったこともなく、氏名も顔も知らない御仁だったのだから驚いた。どこの世界にも他人を陥れることが好きな人間はいるものだが、会ったこともない人間に汚名を着せられるとは思っていなかった。つくづく住みにくい国になったものだが、社会の最底辺にあるような介護サービス会社だから、有り体に言って、民度は低いと言わざるを得ない。

 

 しかし、すでに述べたように、私が清掃していたのは、ほとんどの女性スタッフが外出している時間帯であり、「女性用更衣室は清掃中です。着替えをする方は声を掛けてください」という貼り紙もしていた。2週間の間にやって来たのは4人だけであり、彼女たちは、開けたままのドアをノックして入ってきて、何の支障もなく用を済ませていた。にもかかわらず、私の営業所で「大変なことが起こっている」と騒ぎ立てた人間がいるというのだから、明らかに悪意に満ちた行為である。こういう輩を次長として採用してしまう人事課にも問題があるが、現代日本人の民度の低下を如実に現わす一例ではないだろうか。

 

 さて、ここで述べたセクハラ冤罪事件だが、初めに述べたように、人事部長が訴えを却下したため、セクハラ事件は成立していない。もし、世間で発生している痴漢冤罪事件のように、指差し裁判のようなリンチが罷り通っていれば、私も懲戒解雇になっていたかもしれない(もっとも、私は泣き寝入りはしないが)。騒ぎを起こした一味(本社と私の営業所の両方に一味がいる)の狙いは、まさにそこにあったはずである。そして、その一味は、何の咎めを受けることもなく、虎視眈々と次の手を考えていることだろう。今までにも似たような事件があり、解雇になった同僚もいた。この手の輩を会社が放置する以上、こちらがしかるべき対抗策を講じなければならないだろう。詐欺師や恐喝屋がそうであるように、この手の輩は、処罰されるまで何度でも繰り返し悪事を働くものである。世の男性諸氏にはくれぐれも注意を促したい。

 

女性用更衣室01最後になったが、さんざん苦労して清掃した挙句、セクハラ事件をでっち上げられたのは業腹だから、女性用更衣室の清掃は途中で放棄した。その結果どうなったかという画像を左に添付する。黒い部分は元の状態の床であり、黄色い部分は私が清掃した床である。女性は汚い床がお好みらしい。何とも奇々怪々なことである。















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ゴミの分別は困難な作業か?

 日本では、ゴミを捨てる時には、その種類によって分別して捨てなければならないことは誰でも知っている。おそらく小学校でも幼稚園でも励行されていることだろう。中学校や高校ならばなおのことである。家庭では当然のことだろうし、企業においてはさらに徹底されていることだろう。しかし、従業員の民度が低い企業となると、話はそう簡単ではない。

 

 私は、かれこれ6年半も前から、とある介護サービス会社に勤務しているのだが、介護サービス会社というのは、いわば企業社会の最底辺に位置する会社であり、いわゆる3Kの仕事になると言ってよいだろう。民主党政権時代に、イラ菅首相が、「日本は就職難ではない。介護サービス会社はいくらでも人を募集している」といった類の発言を繰り返していたが、誰もが嫌う3K業界だから、常に従業員を募集しているのは当然であり、イラ菅の発言は余りにも姑息で稚拙だったと言わざるを得ない。私は「6年半も前から」と書いたが、私と同時期に入社した部課長クラスは、ほぼ全員が半年から3年の間に退職してしまい、私のように6年半も勤務していると、まるで前世紀の遺物のようになってしまう。なにしろ、毎年従業員の3分の1近くが入れ替わる超ブラック企業である。入社してくる人間のレベルも、推して知るべしということになるのはやむを得ないだろう。それが介護サービス業界である。

 

 で、前世紀の遺物と化している私は、本社で4年3カ月の間、初代の法務課長として勤務したが、法律の法の字も知らないような無学な役員が入ってきて、さんざん馬鹿なことを言ったものだから、「法務のことに口を出したかったら、少しは法律を勉強しなさい」と言ってやった。すると途端に意趣返しが始まり、法務課そのものが廃止になり(よくやるよ!)、私は事業所に異動することになった。私は法務以外の職務経験はないに等しい専門馬鹿だから、当然退職するものと見込まれていたそうだが、このようなやり口に泣き寝入りするのは業腹である。過去にも経理部員をそっくり入れ替えるということをやっていたが、全員が泣き寝入りすると見込んだ汚いやり口だった。

 

そこで、事業所の所長に転出しろという人事命令に従って、スタッフ80人近くを要する事業所の所長になった。しかし、なにしろ営業経験や介護経験は皆無に等しかった上、私は不潔恐怖症だから、介護サービスなどできるはずがない。もちろん事業所長が務まるはずもないし、そもそも、そんなことは期待されていなかった。期待されていたのは、多くの同僚たちがそうだったように、鬱病になって退職することである。要するに、解雇したくても解雇するだけの理由がないから、自ら退職するにように嫌がらせをしただけなのである。そして、4つの事業部にそれぞれ課長がいるから、営業に関することは私の担当外になり、私は施設の管理が主要業務になったのである。

 

 結果、主要な業務は事業所の清掃や草刈りになり、1日に5時間も6時間も床や駐車場を這いずり回るようになった。まるでタコ人夫のような毎日が続くようになり、いにしえの網走刑務所でもここまで酷くはなかったろうと思われた。おまけに、業務の内容を10分刻みで日報に書いて提出するという有様になったのである。ちなみに、私は本社総務部の課長扱いだったが、本社ではそんな馬鹿げた日報は書かせていなかった。要するに、これも明らかな嫌がらせだったのである。

 

 そんな毎日が1年も続き、いよいよ馬鹿らしくなったから、あらゆる法的手段を駆使するとともに、内部告発ブログを50本ほど投稿して糾弾しようかと思うようになった。試みに労働基準監督署に相談に行くと、対応してくれた相談員が「貴方の会社の社長や専務は人間ではない。それはパワハラではなく虐待だ!」と激高し、労働局にあっせんの申し立てをするように勧められた。私は労働委員会か裁判所を考えていたのだが、その前に労働局にも駆け込んでみるかと考えるようになったのである。

 

 ところが、いろいろと準備をしているうちに、障碍者が私の事業所に配属されることになり、私がその面倒を見ることになった。私にとっては専門外であり迷惑な話だが、何の因果か、障碍者と二人きりの個室を与えられることになったのである。それはそれで何かと厄介なのだが、それでも大部屋で村八分になっているよりは数段マシだった。日報も労基署の相談員から「書く必要はない。虐待の証拠は過去1年分の日報で十分だ」と言われていたので、私も開き直って書くのを止めたが、その後も何も言われることはなかった。そして、障碍者の指導・教育(お守り?)を主業務とするようになり、今日に至っているのである。

 

 さて、長々と枕を振ったが、そうやって事業所の所長になって一番困ったことは、スタッフがルールやマナーを守らないことである。たとえば挨拶である。同じ所内であっても、部署が異なると挨拶をしない人が多い。まるで「部署が別なら見知らぬ他人と同じ」という態度である。また、旧態依然とした朝礼を毎朝実施しているのだが、その進行係は全員が1日交代で務めることになっている。しかし、現実には絶対に進行係はやらないというスタッフも少なくない。中には、「そんなことを強制するなら退職します」と言い出すスタッフもいるのである。そのほか、屑カゴがいっぱいになって、投げ入れたゴミが外へ落ちても知らぬ顔の半兵衛を決め込み、廊下にゴミが落ちていても見向きもしないのは当然で、開けたドアを閉めることもできないスタッフが多い。冬場になるとドア近くの席のスタッフから苦情が殺到するが、いくら注意しても閉めることができない。まるで犬か猫のようなレベルなのである。

 

 そして、特に腹立たしいのが冒頭に書いたゴミの分別である。給湯室に大きなポリバケツが2つ並び、「燃えるゴミ」「燃えないゴミ」と書いてある。壁には分別の仕方も分かり易く書いてあるのだが、何度注意してもゴミを分別することができないのである。紙とビニール・プラスチックの区別ができない社会人がいるとは思えないが(介護サービス業界なら、いてもおかしくない?)、区別して捨てることはできないという人間は少なくないらしいのである(実際は80人のうち数人かもしれないが)。紙屑だろうがプラスチックだろうがペットボトルだろうが、すべて「燃えるゴミ」のポリバケツに捨ててしまうのである。よほどの馬鹿か、病気か、私に対する嫌がらせか、いずれにせよ尋常ではないのである。結果、私は毎日ポリバケツの中身を漁り、燃えないゴミを「燃えないゴミ」のポリバケツに移す作業を強いられることになっているのである。

 

 こんなことを書くと、「従業員に支那人がいるのだろう」「韓国人がいるのだろう」と考える人が少なくないかもしれないが、一応全員が日本人のはずなのである。YouTubeの動画には、日本人のゴミの分別や持ち帰りを外国人が称賛する動画が多く見られるが、少なくとも私が勤務する会社の従業員の実態はそんなものである。「よくこんな連中に介護サービスが務まるものだ」と思うが、果たして本当に務まっているのかどうかは頗る疑わしい。サービス事故は多いし、苦情も少なくはないようだが、「さもありなん」という印象は拭えないのである。

 

 それにしても不思議なのは、職場においてゴミの分別ができない従業員がいるという事実である(そういう手合いを採用する人事課も悪いが)。今の若い人たちなら、子供の頃からゴミの分別は教え込まれているはずであり、家庭でも実践しているはずである(していないのかもしれない)。まして職場なのだから、自宅ではできていなくても、上司・同僚の目があれば少しは実践できそうなものだが、それができないのだからやはり尋常ではない。出自の問題なのか、育ちが卑しいのか、はたまた病気なのかは不明だが、戦後の徹底した利己主義教育のなれの果てなのかもしれない。「一人くらい分別しなくても問題ない」という利己的な思い込みである。あるいは、あたり構わずゴミを捨てるという支那あたりの文化に憧れているのだろうか。いずれにせよ、日本文化の破壊と異文化の取り込みに熱心な日本という国の未来が、相当に暗澹たるものであることは間違いなさそうである。


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コンビニは店員で選ぶ

 YouTubeの動画によると、来日する支那人や韓国人は、日本のコンビニのサービスが良いと言って驚くそうである。真偽のほどは定かではないが、かつて、ロシアにマクドナルドが進出したとき、店員が笑顔で挨拶することが評判になったそうだから、ぼったくり商法の韓国から来たら、日本のコンビニのサービスが快適に思えるだろう。支那にしても同様なのかもしれない。

 

 しかし、日本人の目で見るとどうだろうか。有り体に言えば、コンビニの店員の態度の悪さには辟易するというのが正直な感想ではないだろうか。私の勤務先から最寄り駅までの間には、セブンイレブン1軒、ローソン2軒、ファミリーマート2軒があるが、店員の多くはアルバイトの学生のようで、コロコロとよく顔ぶれが代わる上に、やはりマナーが良いとは言い難い。客が入店してきてもレジのところで雑談に熱中しているし、割り箸を入れるのを忘れたり、領収書を渡そうとしなかったり、イロハも知らない店員も珍しくない。腰掛のアルバイト学生に、プロ意識を期待するのは無理があるという意見もあるだろうが、客の側から見れば、専門職だろうがアルバイトだろうが関係ないことである。いきおい店員の態度が悪い店は不愉快になるから、まともな店員がいる店、勤務している日を選んで買い物に行くことになる。

 

 結果、どうなったかというと、愛想がよくて普通に挨拶ができる店員は、目下のところ50代・60代と思しき女性ばかりである。初めて行ったときに、「おはようございます」と声を掛けられると、こちらもすかさず「おはようございます」と返す。私にとっては普通のことだが、実は、コンビニで店員が挨拶したときに、挨拶を返す客は珍しいようである。その客側の対応が店員の態度を悪くさせているのかもしれないが、年配女性の店員は、客が挨拶を返さなくても「いらっしゃいませ」「おはようございます」「ありがとうございました」を繰り返している。店員としては当然のことのようだが、他の店員無愛想な客と比較すると、実に見上げたものである。

 

 そういうわけで、私は愛想の良い女性が勤務している日を選び、火曜日と金曜日はローソンに行き、月・水・木曜日はファミリーマートで買い物をしている。「つまらないことにこだわる奴だ」と思う方もいるだろうが、レジが完全に自動化されたら面白くも何ともないだろう。自宅では一人暮らし、会社ではコンピューターが相手、コンビニではレジロボットが相手という時代になったら社会において人間性が感じられなくなりそうである。その方が気楽だという人もいるだろうが、私は、やはり店員でコンビニを選ぶし、人間関係の良し悪しで会社を選ぶという人は多いだろう。現に、中途退職理由で一番多いのが人間関係によるトラブルだそうだ。

 

 有り体に言って、どこのコンビニに行っても商品構成はほとんど同じである。弁当などに多少の優劣はありそうだが、私はあくまでも店員で店を選ぶ。コンビニのオーナーには、しっかりと従業員教育をしていただきたいものだが、年配女性の店員を採用することを強くお勧めしたい。言うまでもないが、あくまでも私見である。


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痴漢冤罪大国・日本(3)

 さて「痴漢冤罪大国・日本」だが、仄聞するところでは、冤罪は昨日今日の話ではなく、昔から日本には冤罪が多いという説があったらしい。その理由の一つに、痴漢冤罪大国・日本(1)にも書いた「留置場に拘禁され続ける」という制度がある。いわゆる代用監獄の制度である。本来、容疑者を拘禁する場合は、拘置所に拘禁しなければならないのだが、それを警察署の留置場で代用するという制度である。「それの何が問題なんだ?」と思われる人がいるかもしれないが、拘置所は法務省の管轄だから、警察官が好き勝手なことをするわけにはいかない。しかし、代用監獄なら、拷問だろうが何だろうが容易にできるというわけである。その結果、自白偏重の悪弊が生まれた。警察署内の密室で、いにしえの特高警察のような尋問を繰り返し、わずかでも発言に齟齬があったら、「前回と発言内容が違うから信憑性がない。お前は嘘をついている」ということになるわけである。当然のことだが、これで冤罪事件が発生しないはずがない。

 

 しかも、検察官や裁判官は、警察官よりも遥かに性質が悪い。検察官も裁判官も真実に興味はないという説まである。とにかく片っ端から容疑者を有罪にしていく。公判は1回限りで、2回目の期日には判決言い渡しである。こうして大量の事件を有罪にして終わらせないと、出世コースからはずれてしまうのだという。したがって、痴漢事件などで何度も公判を開くわけにはいかないということになる。「起訴されたからには、何が何でも有罪にする。冤罪だろうがなんだろうが知ったことではない」というのが刑事裁判官の本音らしい。民事だろうが刑事だろうが、日本の裁判所の判決に異様な判決が多いことは徐々に知られるようになったが、特に、在日関係の裁判、支那関係の裁判、NHK関係の裁判には、呆れるばかりの奇怪な判決が多い。司法が腐敗しているのは支那や韓国だけではないのであり、日本国民は、裁判所の実情を理解しておく必要がある。

 

 ちなみに、「痴漢と疑われたら逃げろ」という弁護士の意見は、逮捕後に待ち構えている運命を思えば、正しい意見のように思えなくもないが、利用客でごった返す駅で、無事に逃げ切れるかどうかは心許ない。正義の味方を気取った馬鹿に邪魔をされる可能性がある上、逃げ切れなかった場合、裁判官に有罪の根拠を提供することになるだろう(結果は同じなのだが)。また、線路上を走って逃げて、電車に轢かれた実例があることは周知のとおりである。その結果、正々堂々と冤罪を主張する人が出て来るが、(1)で述べたとおり、指差し裁判が罷り通る現在の日本では、ほぼ100%の確率で有罪になるのである。

 

 で、「女性専用車・男性専用車を設定しろ」という意見が出て来るが、なかなかどうして難しそうである。女性専用車がガラガラなら、男性客が苦情を言う可能性があり(男性客が女性専用車に乗ったとき、女性客の一人が半狂乱になって騒ぎ立てた事件があった)、女性専用車が満員なら、女性客から不満が出るだろう。現在でも、一部に女性専用車があるが、女性専用車に乗らない女性客も多い。私の友人によると、理由は「痴漢冤罪大国・日本(2)」に書いたとおりで、女性客の傍若無人ぶりが目に余るからだそうである。日々感じることだが、隣席の乗客が80kg以上の男性のときより、50kg以下の女性のときの方が遥かに窮屈になるのは日常茶飯事である。

 

日本の司法が変わる可能性は限りなくゼロに近いだろうし、公共交通機関を利用しない政治家は、このような問題には興味がない。したがって、今後も男性客の過酷な境遇は続くと思われる。平井駅事件のように、目下のところ、乗客同士の協力が最良の対抗策ではないだろうか。日本は冤罪大国であり、明日は我が身なのである。


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痴漢冤罪大国・日本(2)

 さて、長年にわたり私のブログを読んでくださっていた読者の方々には申し訳なかったが、年末年始に入院して以来、ずっと体調が思わしくなく、ブログを書く気力を失ってしまっていた。また、蓮舫の二重国籍問題や、辻元清美が東日本大震災の復興支援金3600億円を北朝鮮へ送金した疑惑など、国家の存亡にかかわるような大事には目をつぶり、権力闘争にばかり熱中している腐敗政治家たちにもウンザリしていた。もはや、このブログを書き続けることに意味はないようにも感じられたので、筆を折ろうかとも考えていた。しかし、人間は生きているとさまざまな出来事に遭遇するもので、著名なジャーナリスト諸氏は書かないような、身近な出来事について書いてみるのも一興かと考えていたところに、そういうリクエストがあった。その結果が「痴漢冤罪大国・日本」では更に気力が失われそうだが、このような不正が罷り通っているのは見逃せない性分である。しかも、痴漢冤罪事件に通じかねないような出来事が身辺で起きたので、何はともあれ書き留めておくことにする。

 

 その出来事は電車の中で起こった。私は病的な潔癖症と言われており、他人の身体に触れるのも触れられるのも大嫌いである。だから満員電車や人ごみや病院などは虫唾が走る。電車の吊り革などはおよそ触った記憶がない。とはいえ、電車やバスを一切利用しないで生活するのは困難である。やむを得ないから半世紀近くにわたって利用してきたが、少しでも空いている電車に乗るため、朝は極力早く電車に乗るか、始発電車を利用するのが常である。始発電車で一番隅の席に座れば、他人との接触は必要最低限で済むからである。しかし、当然ながらうまくいかないこともある。

 

先日、とある電車に乗ったとき、席が一つ空いていた。立っていてもよかったのだが、酷く体調が悪かった上、相当に疲労困憊していたので座ってしまったのだが、それが間違いだった。右隣りは普通体型の男性だったが、左隣りは100kg以上ありそうな巨漢である。電車の座席は非常に狭くできているから、1.5人分くらい専有しそうな人がいると、隣の席は頗る狭くなる。とはいえ、私は細身のジジイだから座れないこともない。身をすぼめてチョコンと座っていたのだが、やがて途中の駅で右隣りの男性が降車した。すると、乗り込んできた女性客が何とも性質が悪かったのである。私の右隣りに勢いよく座ったと思うと、電車の揺れに合わせて私に強く寄り掛かり、電車の揺れのためと見せかけて、これでもかとばかりに肘を張ってくる。普通体型の男性が座っていても支障がなかったくらいだから、細身の女性に窮屈なはずはないのだが、「隣の人が1.5人分使っているから、お前は立っていろ」とでも言わんばかりの強引さである。その強引なやり口から、さぞかし自分の美貌に自信があり、「トラブルになったときは、周囲の男どもが味方してくれる」とでも考えているのだろうと思った。実際のところ、こういう乗客は多くの場合女性である。男性にそういう乗客が少ないのは、喧嘩をするつもりがなければ余り強引なことはできないからだろう。

 

そこで、チラリの顔を覗き込むと、年齢不詳で見るからに性悪そうな女である。その性悪女が、性懲りもなく肘を張ってくるものだから、いよいよ私も不愉快になった。潔癖症も私のレベルになると不潔恐怖症とかいう病気であり、他人との過度の接触は生理的に受け付けないのである。おまけに、その性悪女は「揉めたときは『この人、痴漢です』と叫べばよい。それで周囲の男どもが、こいつを引き摺り下ろしてくれる。それでこいつの人生は終わりだ」とでも考えていたかもしれないのである。今の世相に甘えている傲岸不遜な態度であり、その心事の醜悪さは、およそ顔の醜悪さのレベルではない。そこで、私は「こんな性悪女を放置しておくのは、世のため人のためにならない」と憤慨し、遂に「何をやっているんだ。いい加減にしろ!」と怒鳴りつけたのである。

 

お断りしておくが、私には他人を怒鳴りつける趣味はない。20代後半から会社で部下を使う立場だったが、部下を怒鳴りつけたことは一度もない。同僚や上司を怒鳴りつけたことはあるが、10年に2度か3度のことである。まして、見知らぬ他人を衆人環視の中で怒鳴りつけたのは、60年の間に2度ほどしか記憶にない。ジジイになって気が短くなったということかもしれないが、このときは、黙っていれば相手が先に「この人、痴漢です」と言い出すかもしれないという危惧もあったのである。

 

で、件の性悪女は、機先を制されて多少は動揺したかに見えたが、場数を踏んでいるのか手慣れたもので、「首が痛いからやめてください」と言い出した。さんざん馬鹿力で私に肘鉄を食わせながら白々しいものである。もしかしたら「自分が悪くても謝ったら負け」と教え込まれていたのかもしれない。私は「やめるのはお前の方だ!」と更に怒鳴りつけたが、周囲の人たちは素知らぬ顔で、誰も性悪女の味方をしなかった。傍から見ても、縮こまっているのは私の方で、性悪女の方がのさばっているように見えたのかもしれない。その後、仲間に連絡したのかどうか、盛んにメールを送信していたようだが、計画された行動ではなかったらしく、仲間は現れなかった。つまり日常の行動からして極めて悪質なのである。やがて、私が先に降車することになり、この件はそこで終わってしまったのである。

 

 この出来事はほんの一例で、有り体に言って、電車の女性客の傍若無人ぶりは非常に目に余る。向こうは「いざという時は、伝家の宝刀を抜けばよい」と考えていると思われるが、それもこれも、昨今の狂った世相を反映していると言えるだろう。平井駅における支那人女のグループも、痴漢詐欺で稼げると考えての行動だったと思われるが(仄聞するところでは、支那では被害者詐欺は日常茶飯事だそうで、道に倒れて苦しんでいる女性を見つけても、絶対に助けてはならないそうだ)、世の男性諸氏は、挙動不審の女性たちには細心の注意を払い、いざという時には、お互いに無実の証人になれるように協力すべきなのだろう。あるいは、私のように機先を制するのも一つの方法には違いないと言えそうである。

 

(続く)


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