アトピー性皮膚炎

2012年01月04日

アトピーの個人的なお話(その2)石けんについて

自分のアトピーの症状が改善した理由と思われるのが、ヴァセリンを使い始めたのに加えてもう1つあります。

入浴のときに使う石けんを、よく目にする一般的(?)な化粧石けんから無添加の純石けんに変えたということです。

自分が子供の頃、お風呂で体を洗うときに父親から「これで肌が丈夫になる」とか言われて健康タオルと化粧石けんやボディーソープのセットで一生懸命ゴシゴシ洗っていました。
のちのち、皮膚科の先生に言われたのですが、肌が弱い人は手のひらで洗うので充分だと思う、ほんとに。弱っている肌を更に傷めつける意味が解らない。手のひらで洗えば、あんな不自然なもので洗うよりは抵抗はまず少なくてすむでしょう。あまりに頑固な油汚れとかが皮膚についてない限りは問題なく落ちてくれている気がしています。しかも体を洗ったあとに、健康タオルだのスポンジとかをすすいで乾かすとかもやらなくていいのでめんどくさがりな自分には好都合(笑)
あと、あっつい風呂に入らされたりしてたけど僕が思うに皮膚の炎症をひどくさせるだけであんまりよくないと思います。かゆみは増すし、ひりひりするし。ま、熱い風呂が嫌いだっていうのもあるんだけど(^_^;)

とりあえず健康タオルの使用はやめるようになってからもアトピーはなかなかよくなりませんでした。個人的には化粧石けんのせいだと思ってます。純石けんに変えたらよくなったので。

純石けんに変えるまでは、風呂から上がるとタオルで体を拭いて、急いで塗り薬と保湿クリームを塗っていました。そうしないと、みるみるうちに肌がガサガサになったりつっぱったりですぐかゆくなるから。バリア機能も何もないです。アトピーって時点でセラミドが少ないから肌の保湿が満足に出来ない状態のところを、健康タオルや化粧石けんで更に悪化させていたようなものなので。

純石けん以外のものがよくないのは合成界面活性剤などの有害な化学物質が入っているという点です。今日現在(12/01/04)Wikipediaで『界面活性剤』について検索すると、合成界面活性剤が肌に害があるということについて否定するような文章が書き込まれていますが、自分はそうは思いません。会社に不利益なことが書かれたら書き換える人がいるとかいないとか言うし(あくまで個人の意見です)、情報の取捨選択や真偽の判断は人それぞれに。

純石けんに変えてからは入浴後の肌の不快感とかはなくなりました。ただ、純石けんや無添加と言えどもメーカーによって成分が違ったりするようなので使用前にはよく確認した方がいいみたいです。
僕は今は、パッケージがかわいいのとCMをよく目にするシャボン玉石けんを使っています。

出来たらシャンプーとリンスもシャボン玉石けんのに変えたいんだけど、値段がなあ…合成洗剤を毎日頭に振りかけてるなんてどう考えてもよくなさそう。抜け毛が増えても仕方ない気が。
合成界面活性剤って生活のあらゆる場面に浸透している感じで、なかなかそれから脱却するのは容易ではないようです。。特に自分のようなめんどくさがりな人は。

※今回の合成界面活性剤についての記事もあくまで僕個人の経験を踏まえての考えによるものです。違う意見の方も当然いらっしゃるかと思います。読んでくださった方はその点をご理解いただけるとありがたいと思います。

興味のある方はこちらの動画をご覧になってみてください。↓



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2011年12月29日

ヴァセリンの威力と過去の記憶

自分は4歳の頃から記憶が鮮明にあるのですが、その頃からアトピー性皮膚炎を患っています。そのまま完治はせず成人アトピーということで今日ここまで来ているので、今28歳で約24年この病気とつきあっていることになります。

先日使い始めたヴァセリンに感銘を受けたことがこの記事を書くに至った経緯です。自分のために書いている意味合いが強いので、この記事に関しては読まれる方はその点をご了承いただきたいと思います。アトピーというのは原因や症状のレベルはほんとに人それぞれですから、これはあくまで僕個人の体験談です。
長々と書きますが、簡単に言えば「20年以上苦労してきて、遠回りしまくりだったけどやっと自分にぴったりなスキンケアの方法を見つけてうれしかった」という内容です。

幼稚園の頃、お昼ご飯の時間に周りのみんなは一律に用意されたご飯を食べる中、自分だけは母親が用意したお弁当を食べていました。当時は自分だけ仲間はずれな気がしてとてもさみしかったけど、それほど気を遣ってくれていた母親に今では感謝の気持ちです。当時はチェルノブイリの原発事故からそんなに経っていなかったからその点からも食物には神経を尖らせていたみたい。放射線に関する本が家にはいっぱいあった。

小学生時代までは関節の裏側がとってもかゆくて、夏場にはとびひの症状が出たりあせもが胸の部分に出来る程度ですんでいました。けど、中学校で野球部に入ってから症状は一気に悪くなりました。冬でも早朝から朝練てことで体から湯気が出るまで走らされるんですから、年中汗をかき放題なわけで、これでひどくなってったわけです。症状は体中に広がっていきました。首とかひどかったなぁ。皮膚がぼろぼろはがれるので学ランのカラーの部分にまるでフケみたいにたまって、自意識過剰だった当事の僕はそのこととアトピーのかゆさ(と痛さ)に思春期の精神面の不安定さでめちゃめちゃイライラしていた。
今では何故なのかよく憶えてないんだけど、それまでは皮膚科のお世話にはなっていなかった。自分が拒んでいたんだろうか…

野球部で仲よくしてた友だちが紹介してくれた皮膚科に行ったのが最初。体中真っ赤になってたので「うわぁ、何でこんなになるまで放っといたの」と言われて、初めてもらったステロイドの塗り薬がけっこう強めのフルコートだった。今思えば、弱めのヤツからくれればよかったのになあ。
そりゃぁ、すぐよくなりました。そして、知識のない僕はすぐに薬を使うのをやめてしまいリバウンド。もっと症状はひどくなることに。「どうせ治んない」と思い込み、ずっと我慢して高校に入るまでそれ以後は皮膚科には行かなかった。その友だちのことは全然悪く思ってない。自分の知識不足のせいなので。しかも彼は「同じ高校に行って一緒に野球部入ろう」とまで言ってくれたとってもいいヤツだったので。自分のこれまた勉強不足のせいでその高校には受からなかったけど(^_^;)

高校の頃には太ももとかにも広がって学校の椅子に座るのもひと苦労。蒸れるとすぐかゆくなるので。それでようやく別の皮膚科に行ったんだっけ。体用にはどんな塗り薬もらったかは憶えてないけど、その頃には顔にまで症状が広がってたので、99年当時に認可されたばかりのタクロリムスの軟膏とかもらったけど、それもよく効かなかったなぁ。「発がんの可能性があるから気をつけて使ってね」と言われてびびりまくりで使ったおぼえがある。日光にあたっちゃだめって言われたんで、専ら夜に風呂上りとかに塗っていた。

大学に入ってから自分のアトピー治療は更に混迷することに。特殊な所に引っかかってしまった。
バイト先の人から「ここでお兄ちゃんのアトピーがよくなった」と言われて紹介された、高知にある病院の、診療所が新横浜にあるのでそこへ。後日、講演会みたいのにも行った憶えがある。講演してた人の著書まで買っちゃったりなんかして。SOD様食品だとかルイボスティー、ステロイドが入ってるとか入ってないとか言われている軟膏(真偽のほどはわかりません)とかいろいろ試したけどこれも効果は出ず。っていうか保険がきかないから高くついた…しかも「あれ食べちゃだめ、これも食べちゃだめ」といろいろ指示されて、守ってたら自分の偏食もあり逆に栄養失調になり病院に行くはめに。。そこで「アトピーの治療もわかるけど、その前にこんなことになってたら意味ないんじゃない?」とお医者さんから言われハッとなった。ということでこの治療は終わり。
話によると、この病院はアトピーの重症患者さんが入院する所らしいので、確かにああいう環境のよさそうな所できちんとしたケアがありながらの治療なら治るのかも知れない。自分には合わなかったというだけのことです。

その後はアンテドラッグステロイドだのダイアフラジン軟膏だの、薬用の保湿クリームと併用しながらだましだましやっていたけど、そんなに効果はなかったので辛かった…

決定的だったのは、その後でした。当時は江東区にあるセキュリティーカードの工場に派遣されて働いてたんだけど、週休2日は確保されてたものの、繁忙期は毎日のように12時間ぐらい働いてみたいなのが何ヶ月か続いてとうとう手がつけられないほどにまでひどくなってしまった。家には寝に帰るだけみたいな日々が続いていたのがまずとんでもないほど自分にはストレス。そして、
  • 寝ようと布団に入って体が温まってくるとかゆくなる
  • かゆみで眠気が覚めて眠れなくなる
  • 夜中ずっと目をつぶって横になってるだけ
  • 早朝に疲れてやっと眠りにつく
案の定、遅刻や休ませてもらうことが増えていき迷惑ばかりかけることに。当然職場にはいづらくなります。社員さんや周りの派遣スタッフさんはいい人ばかりで、僕を元気付けようと休みの日にどこかつれてってくれたり、ためになりそうな本を貸してくれたりとかしてくれる方もいたんですが結局は当時の自分はそのありがたい心遣いに応えることは出来ずに恩を仇で返してしまうことに。本当に申し訳ないです。自分が100%悪かったのは明白です。
それで、社員の人から「私は、ここでアトピー治りましたから行ってみてください」と言われて大泉学園の皮膚科へ。『脱ステロイド』を謳っている所でした。今まで散々治療を失敗してるのがあり全然気が進まなかったんだけど、「社員の人から紹介された手前行かないわけにはいかないかな…」っていう思いと、もう藁にもすがる思いの両方があったかも。もう、つかめるものならどんなに信用ならないものでもつかむしかないっていう所まで来ていた。

ここの治療はもっと特殊だった。まず「皮膚を濡らしちゃいけない」とか言われて風呂に入らないように言われ、星状神経節とかいうのにレーザーをあてる治療や、パンツ1枚の姿になって大掛かりな装置の中に入って全身に紫外線を浴びるという治療。そこの先生はステロイドをまるで害悪とでも言わんばかりの口調で「このとおりに治療しないと一生ステロイドなしでは生きていけなくなりますよ」と言われ、強迫観念を植え付けられるようでした。いつしか自分は「こうするしかない」と思い込むようになっていました。

治るまでにステップがあるみたいでいろいろ説明されたけど、今までにないほどにひどくなっていくばかり。しまいにはぐちゃぐちゃになった患部(特に首)が風に吹かれるだけでも激痛を感じるようになり、職場には首には包帯を巻き、ゾンビのようにぼろぼろになった顔を覆い隠すかのようにマスクをして通っていました。けど、その痛みにも耐えかねて仕事は辞めることに。

もうその後は、食事をするときと食糧を買いに出かけるとき以外はずっと横になっている日々。
外出するのも夜間か早朝に限ります。夏だったのですが、ちょっとでも汗をかこうものなら背中に刺すような痛みが走るようになっていました。歩くペースは超スローペース。
このとき初めて思いました。お年寄りとかはいろいろ動作が遅かったりしますが、たぶん遅くしたくてそうしてるんじゃないんじゃないかって。駅の改札とか、横断歩道でお年寄りのそういった光景を目にすると「とろいなぁ」とイラついている自分がいたけど、たぶん体を動かされるのもひと苦労なんじゃないか。思考のスピードも似たようなものなんじゃないか。って。みんながみんなそうじゃないとは思うけど。
都会の生活にちょっとなれてせっかちになった自分をこのとき初めて省みた。自分はなんてバカなんだろう。実際に似たような境遇にならないとそんなことにさえ気づけないなんて。急ぎたくても急げないんですよ。それから自分がお年寄りを見る目はちょっと変わったと思う。ACのCMにもそんな感じのありましたね。
アトピーで人生を諦めようかと思うほどにまで辛い思いをしたけど、こういう間違った考えに気づけたという点では自分には必要な経験だったのかもしれないと今では思えます。憑き物が落ちたような感じ。虚栄心も弱まった気がするし。

続きますが、ロフトで寝ていたから暑い。しかも体中ほてっているのでよけいに暑く感じる。エアコンはずっとつけっぱなし。全身の皮膚はガビガビに乾燥しまくり、かきむしるたびに剥がれ落ちた皮膚の粉がこぼれ落ちその粉が部屋中に山のように積もり、浸出液が出まくり、耳の皮膚から浸出液と血が混じったものがあごの方に流れ落ちてきたときにはさすがに自分も「もう全て何もかも終わりだ」と思うようになっていました。普通に日常を過ごしているときには布団で横になって寝るのが何時間でもありがたいと思えるほどなのに、横になってるのがまずしんどい。かゆいし、そのせいで寝れないし。寝れても何時間も続けて眠れない。

そんな僕に処方されたのは亜鉛華単軟膏「ヨシダ」とかいうのと、ランドセン錠、マイスリー錠といったもの。ほお~、やりますね!マイスリーとは眠剤のことですね?何か順序が違う気がしますが。
しかももらった軟膏は塗った部分の皮膚の水分を全部持ってかれてさらに乾燥する感じ。汁でぐちゃぐちゃになった部分にはちょっとはよかったけど気休め程度のものでしたね。アトピーの治療には一般的な塗り薬なんでしょうか?

そんなひきこもり生活を約3ヶ月続けました。繁忙期に働いて貯めた貯金を使い切るまで。ちょうどマイケル・ジャクソンが亡くなった時期で、ちょっと症状が落ち着いてからはデーブ・スペクターさんが毎日のようにテレビに出まくっているのを応援する気持ちで見ていた。あと、マッキーの2005年のcELEBRATIONのDVDを見るたびに号泣していました(笑)マッキーのあの歌声はマジカルですね。そしてあの笑顔と、ライフソングってとこがこれまたやばい。
あのままいっていたら本当に危なかったけど、ありがたいことに自分には帰れる所があったのが唯一の救いでした。結果的に親にも金銭的に散々迷惑をかけることになってしまっていました。

実家に戻ってからも何日かはぐったりしていたけど、ちょっと回復してから親から教えてもらった皮膚科へ。脱ステロイドの皮膚科で処方された薬を見せると先生はちょっと驚いていました。「これまたエキセントリックな薬を…」って。「大丈夫、治りますよ。そんなに強いステロイドも要らないし」自分は ほんとに…!?? って思ったけど、ほんとに数週間で嘘みたいに治ってしまった。
以前の皮膚科でステロイドは悪者みたいに信じ込まされてた自分だけど、先生に言われたのは「普通の人だって、風邪ひいたら風邪薬をもらって使うし、ちょっと肌が荒れたら肌荒れ用の薬もらって使いますよね。だからステロイドもアトピーがひどくなったときにだけ使うようにすればそこまで体に悪影響はないはずです。メリハリが大事。だらだら使い続けるのがよくない」と言われてやっと間違いに気づいたと思えた。

もらった薬は体用には弱めのステロイド、顔用にはロコイド、あと頭皮もかきまくってぐちゃぐちゃになってかさぶた&真菌だらけになっていたので抗生物質、かゆくてどうしても寝れないときのために抗ヒスタミン剤の飲み薬をもらいました。

あれから2年経つけど、ちょっと症状が出たときにステロイドの塗り薬を使う程度であとは薬用の保湿クリームのみでずっとやっていました。脱ステロイドの皮膚科にかかるまえに通販で何個も買ってストックしていたのがけっこうあったので。で、先日とうとう使い切ってしまって・・・ということでここからやっとヴァセリンの話です(~_~;)

TwitterのTL上でワセリンに関する記事をみつけてずっと気になってはいたんだけど、学生時分に何の知識もなくステロイドの塗り薬と同じ感覚でつかってべたべたになって「なにこれ、最悪。」と思って以来使ってなかったんだけど、わりと薄く塗るやり方がちゃんとあるんですね。

まず、水とかですぐに落ちてしまわないからお風呂に入ったり手を洗っても水を弾いてるっていうことにまず感動!!10代の頃から肌のコンディションが最悪だったので、まずこの光景(水を玉のように弾いてるようす)に感動ヽ(^。^)ノ
普通の保湿クリーム使ってるときは塗ってもそれでも肌のかさつきが気になったりしてたんだけど、ヴァセリンならそんなことは一切なし。薬用の保湿クリーム(同じぐらいの量)の半分ぐらいの値段で買えちゃうし、唇にも使えちゃうからめんどくさがりの自分にはリップクリーム要らずなのがありがたいです。

いろいろ調べているとワセリンにもいろいろ種類があるみたいなのと、デメリットがないわけではないみたいだけど、自分にはとってもぴったりでステロイドの塗り薬を使う回数も今まで以上に減るのは間違いないので、この喜びをどうしても表現しておきたくて書いたのでした。ただ、やはり副作用についてもいろいろ言われているようなので用心するに越したことはないようです。

ところどころ治療法によっては否定的な文章になってしまっていますが、僕が合わなかっただけで他の方はその治療法で治ったというケースもあるかも知れません。この記事を読んでくださった方は参考程度に読んでいただけるとありがたいと思います。でも、できるだけ特殊な治療法には手を出されないほうがいいのではないかと自分の経験上からは思います…保険きかないと金銭的にも厳しいものがありますし。。


ちょっと書き忘れたこととして、石鹸を変えたというのがあるのですが長くなってしまったので次の記事に書こうかと思います。

僕がヴァセリンを使い始める前に参考にしたサイトです。いろいろな注意点も書かれています。↓
ワセリンで乾燥肌をやっつけよう

僕は今のところ見た目が気に入っているユニリーバのヴァセリンを使っています。
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paul_eek at 02:44|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック