走ることは考えること

フルマラソン・ウルトラマラソンと夢はますます広がっています。
もっともっと楽しく走るために、あれこれ考えながら走り続ける日々を綴っていきます。

不完全燃焼というより不燃焼

ウルトラ復帰を目指してコツコツと・・・というほどの努力はできていなかったものの

10月7日のえちごくびき野ルトラマラソンを目標レースとして、100km復帰をもくろんでいました。

4年ぶりの本大会参加(もともと隔年なので1回休んだだけですが)、100km出場は2015年いわて銀河ウルトラ以来3年3か月ぶりになる..はずでした。

土曜日昼まで仕事で、終わった時間で路線検索したら北陸新幹線経由より上越新幹線経由の方が早く着くと出たので、越後湯沢経由で直江津入りしました。
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台風が日本側を通過する情報はあったものの、その時点では大会決行予定とのことで前夜祭に普通に参加。
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ホテルが取れなかったので直江津港近くの宿舎のようなところに宿泊。夜中の8時過ぎに、準備を終えて寝るばかりの時に廊下が騒がしく、イヤな予感がしてネットで調べたりして「上越市に暴風警報が出たため大会は中止」ということを知りました。追って大会本部から直接の電話もありました。

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警報じゃ仕方ないけどどうしよう。多少のカーボローディングと疲労抜きは、ほとんど必要ないのにやってしまっているし。結局その夜中に会場まで走って行ってチップを返したのと、翌朝上越妙高駅まで荷物を持って歩いただけですごすご帰ってきてしまいました。

というわけで、8日の祭日と13日の土曜に40km程度の距離を走ったりして、分割払いに勤しんでいるところです。(「コツコツと」はどうした..)

実は、今年6月のいわて銀河を最初の目標レースとして申し込んでいたのに、土砂崩れの影響で道が塞がれて早々に中止が発表され、ウルトラ復帰がお預けになっていました。

100kmの記録が切れているので、小江戸大江戸にもエントリーできないし、結構な意気消沈具合です。

ロング練習と坂練習

ちょっとまとめ書きです。

9月15〜16日は、24時間夢リレーin平塚の12時間走個人の部に参加してきました。50キロを超える練習がほとんどできていないので、大会の雰囲気に助けてもらってのロング練習のつもりです。

夜8時から朝8時まで、平塚総合公園の中の1.73kmのコースを周回。少なくとも50キロは走ろうと思っていました。
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体幹の筋肉が衰えているためか、フルを越えて夜食のどん兵衛を頂いたらわき腹から背中、腰まで痛くなってきて、50キロに達した時点でウォーキングに。しばらく歩いているうちに何とか回復して、終盤には8割がた走れるように。

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結局56周96.8劼隼廚辰燭茲蠅狼離が伸ばせました。優勝のO島さんはさすがの130勹曚┐任靴燭。

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終了後は平塚駅西口近くの太古の湯で汗を流し、久しぶりの「葦」の締めで満足して帰りました。

・・・・・・

平らなところしか走っていないので、昨日24日は坂道練習のため以前何回か新年に登っていた大山に登ってきました。伊勢原駅〜下社〜大山山頂の往復。下社までは上りは男坂、下りは女坂でした。
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久しぶりの男坂の階段は驚くほどきつく息が上がる。それに比べると下社から上の登山道は、混んでいたせいもあり、萎えた脚でもなんとかこなせる感じでした。
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それでも下りでは、難コースでもないのに滑って手をすりむいたり、山登りはやっぱり苦手と再認識しました。まあ翌日(以降)の臀部の筋肉痛のひどさを見ると、幾らかの弱点の補強にはなったと思います。

10月初旬の目先の大会のためには、ロングも坂もにわか仕込みでとても間に合っているとは言えないけど、今の状態でどこまで行けるかやってみるしかないでしょう。



平日の試走錯誤

時間は有るか無いかではなく作るもの。

というわけで、平日何とか走れないか、いくつかの方法を試みている。

1)朝ラン

以前はだいたい
・5時前に起床→5時〜6時ごろ近くの公園を周回→シャワー、朝食など→7時過ぎに出勤

の流れだったので、職場が変わり5時台に家を出るようになってちょっと無理かなと思っていました。

9月になって試みでやってみたのが

・4時起床→4時20分〜5時、近くの公園を周回→シャワー、朝食など→6時前に出勤

これで走ることは走れましたが、公園への往復の時間も入れると速めの6キロぐらいの距離が限界で、走った後のモロモロもかなり慌ただしい。

スピードランナーを目指しているわけでないので、もう少し長く10キロぐらい走るとすると3時半には起きなくてはならない。不可能ではないが、生活リズムから考え直す必要があるかも。

2)夜ラン

帰宅ランやジムトレ以外で平日の夜走ることはめったになかったので慣れていないが、夜なら終わりの時間を気にせず走れそう。ただし帰宅時間はそれほど定まっていない。

というわけで、夜帰宅してから公園周回も先週1回だけトライ。

帰ってから夕食食べて9時半ごろから周回で12キロ。一度家で落ち着いてから着替えて外に出るのはかなり心理的な葛藤があるけど、普通に夜トレをこなしているランナーもかなりいるので、現実的にはこれに慣れるのが一番いいのかも。

3)部分帰宅ラン
前の職場は自宅まで20キロちょっとだったので、何とか時々帰宅ランを入れていたが、今は自宅まで最短コースで45km。おいそれと帰宅ランができる距離でない。

先週の金曜にやってみたのが、途中駅(新百合ヶ丘)まで走って電車で帰宅、といういわば部分帰宅ラン。距離的には16キロほどで適度だけど、湿度が高くゆっくりでも結構汗をかく。

この時期は着替え→ラン→着替え→電車の2回の着替えが必要で、面倒といえば面倒。


まあ上のどの方法も、のほほんとした生活が身についてしまった自分には結構高いハードルだけど、その日の具合によって組み合わせて週3回ぐらいでもきちんと平日走れるようになれば、大きく違うんだろうなぁ。

というのが、トライアル期間の感想。

金・土・日と3日連続で走っただけで、結構週明けに疲れを持ち込んでしまっている現状で実行できるのか?

「時間がない」世界はない

10日前に行っていた北海道が大変なことになっているのを知って胸が痛みます。

生活が変わって、平日は走る時間がないとあきらめ気味でした。で、今度の北海道マラソンの結果を見ても、週5日も全く走らない週末ラン生活では、ある程度以上走力は伸びない気がします。ま、あたりまえか。

だいたい本当に平日走る時間がないのか?

昔、有名なママさんエリートランナーが、朝3時に起きて30キロ走ってからお子さんの弁当を作る、という話を聞いたことがあります。自分の周りのランナー仲間も、それぞれに仕事などやるべきことを抱えながら、何とか走る時間を捻出しているのが伺えます。

そもそも「走る時間がない」というのは、正確には「走る時間を作る心の余裕がない」とか「走ること以外に時間を使いたい」とかがほとんどなのかもしれません。

忙しくてしばらく走らないと、ちょっとした時間に気楽に走れなくなり、走ることの優先順位もだんだん落ちてしまう。そしていろいろ別のことに使う時間が増えて、ますます走ることに時間を割けなくなる。

このような負のスパイラルの起こりやすさを考えると、「ランナーである」という状態は実は極めて不安定な長続きしにくい状態なのかもしれない、と思えたりします。

こんな言い訳を考えていないで、たとえエントロピーを下げてでもランナー復帰しないといけません。

というわけで、9月に入って何種類か平日に走る方法を試してみています。

詳細は次回。

目指すは過去でなく未来

前の投稿でミチヒロさんと話したことを思い出すうちに、私的事情とはいえ2015年のスパルタスロンへの出場を取りやめてしまったこと、その後長きにわたって走る世界から離れてしまったことを後悔しています。

勝手な解釈ですが、私がスパルタスロンに再挑戦することが彼の望んでいたこと、大げさに言えば遺志だったような気がするからです。

そう考えて、取り返しがつかないかもしれないけど少しあがいてはみるつもりです。

・・・

とはいっても現状は情けなくて、長いブランクと加齢の相乗作用で、走るたびに「前はもっと長く走れたのに」とか、「前はもっと楽に登れたのに」、とか思ってしまいます。

しっかり練習していた2015年前半までと比べると、

1)以前より心肺機能・筋力が明らかに落ちている。

2)以前ほど長い距離が楽にこなせない。

3)以前ほど疲れが抜けない。

に加え
4)以前より抱えるものが多く、走る時間が作れない。

など落ち込む材料だらけです。

ただ考えるに、この「以前より」「以前ほど」っていうやつが一番の曲者です。これはモチベーションを下げるだけで何の得にもなっていません。

長いブランクの後は加齢も伴って、目標を「過去のパフォーマンスに戻すこと」に設定すると、「〜できない」のネガティブオンパレードになってしまいます。

これではとても前に進めません。

ここは一度自分の過去の走力や記録を忘れて、現在の良くない状態をきちんと把握して、「現状で実行可能な目標を立てて一つずつこなしていくこと」しかないでしょう。

カッコつけて言えば【過去に引きずられずに、新たな未来に一歩一歩進む】

これでは最終目標に永久に届かないかもしれないけど、これしか策はありません!

「現状で実行可能な目標」については少しづつ考えていきます。

亡き走友の影

大切な走友が亡くなって3年が経とうとしています。

北海道に遠征して、一緒にラーメンへ、ジンギスカンへと繰り出した彼のことが自然と思い出されました。

代々木RCという走友会にそれぞれ入会していたので早くから面識はあったのですが、会の活動というより、日本各地に頻繁に遠征する「おひとり様」同士で、最初は「え、ここも来てたんだ」と驚きあったものです。レース選択の嗜好が似ていたのもあります。

各地のレースで、前日一緒に夕ご飯を食べてラン談義をしたり一緒に帰ったり。あまり人のことを書かないこのブログでも30回以上名前が出てきます。(2006年3月の荒川マラソンが初登場で、同じ年の北海道マラソンで初コメントをもらっています。)

正午スタートの別大マラソンの前日、することもないので二人でネットカフェで卓球に興じていたのが懐かしく思い出されます。

サブスリーを何回も記録していたので、どうすればそんな記録が出るのか尋ねると、「序盤頑張って、中盤は押して、終盤は粘る、それだけ」という言葉に、静かな面持ちの中の隠れた闘志を感じたのを覚えています。

私が初めてさくら道ネイチャーランを走った2010年に同じく初参加で、4年連続一緒に走りましたが、2015年は病気を押して応援に来てくれました。

最初2回完走できなかったギリシャのスパルタスロンに2010年完走を果たし、その喜びを直接伝えてくれました。その後は日本人60人のうちたった12人しか完走できなかった灼熱の30回大会(2012年)でも完走し、私もゴールでその不屈の勇姿を(リタイアしたのちに)目にすることができました。2013年には病気が見つかって不安を抱えたままの参加で、立派に3回目の完走を果たしました。

私もスパルタスロンは2012年、2013年の2回参加し2連敗を喫しましたが、その後お見舞いに行ったときに会うと、彼は自分の経験を元に再挑戦を熱く熱く勧めてくれました。

北海道を訪れたとき、かの地を再び目指してみるように背中を押してくれたのは彼かもしれません。
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ミチヒロさん、本当にありがとう。

2018北海道マラソン

8月26日、北海道マラソンに6年ぶりに参加してきました。

初フルを走った2005年から2012年まで8年連続して参加していたので、9回目の参加になります。特に2008年までは制限時間4時間と厳しめな大会だったので、夏場のモチベーションの維持に役立っていました。
夏のマラソンで暑くなる年が多いので、タイムは春や秋より15〜20分落ちると言われていますが、今年は台風通過の影響で、スタート時で気温24℃湿度70%。日差しも弱いので走りやすいんじゃないかと思っていました。
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が、走り出してみると足が重く、スピードは出ないは保てないわで、練習不足を実感。折り返してすれ違うランナーを確認する余裕もない。歩かないのがやっとのヘロヘロでのゴールでした。

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2005年 3:22:06
2006年 3:15:00
2007年 3:39:43
2008年 3:21:45
2009年 3:11:16
2010年 3:47:04
2011年 3:21:08
2012年 3:28:07
・・・・
2018年 3:48:36
しばらく出てないのでコースワーストのタイムは仕方ないとして、この距離でこの辛さは今後のウルトラに向けて不安を残しました。

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まあ、美味しい物を食べまくって、いつもながらに楽しい北海道遠征でした。その中で、しばらくご無沙汰していた北海道のブログ仲間ボスさん、トン子さんと話ができて、このブログ再開に向けて意欲や刺激をいただいたのが大きな収穫でした。

最近のこと

今年2018年に入って幾つかレースに出るようになりました。

・3月18日 板橋シティーマラソン
タイム(グロス)     03:41:09
タイム(ネット)     03:38:49

・4月14日 戸田彩湖フルマラソン
タイム(グロス)     03:42:06
タイム(ネット)     03:41:49

春先のフルは予想以上に走れたけど、レース後のダメージは初フルのころを思い出すよう。

今年に入っても週末限定ランナー生活は変わらず。もともと朝ラン派だったので、朝5時台に家を出る生活ではとても平日ランを組み込めませんでした。

5月の連休は、みちのくの海岸を一人走り旅に行ってきました。
八戸から太平洋沿いに南下する「みちのく潮風トレイル」というコースが徐々に整備されていることを知ったので、環境庁が無料で配っているマップを手に入れ、八戸から久慈まで2日かけて走り歩いてきました。
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5月3日始発の新幹線で八戸に行き、雨の中走り始め、陸奥湊駅のみなと食堂でヒラメ漬丼の昼食、種市のマリンサイドスパまで走って宿泊、4日は久慈まで走って駅近くに宿泊、5日朝食前に小袖海岸近くまで往復して八戸線と新幹線で帰ってきました。

天気は悪いですが写真だけのせておきます。
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1日目は雨の多い天気でしたが、地図を見ながら砕け散る波の音とウミネコのなく声を聴きながら走るのは爽快でした。

2日目は天気は回復したものの、増水で川の渡渉が阻まれ迂回コースも落石で通行止めなどでかなり戻ったり大回りしたりミスコースしたりでした。ところどころに東日本大震災の爪痕を記した碑などがのこり、考えさせられる旅でもありました。

久慈の町は数年前の「あまちゃん」の舞台としてすっかり観光地化し、今もその名残にほっこりさせられますが、少しさびれてしまっていました。

距離的には最初2日で100キロちょっと、最終日20キロ程度ですが、今の走力では十分な満足感でした。

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夏になると持久力強化をもくろんで、時間走にも出ました。

・7月1日 8時間耐久レースin戸田彩湖(もともと所沢航空公園で行われていたものです)
53.9km(7:18:12)

・8月4日~5日 24時間リレーマラソン神戸大会
122.4km
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どちらも走り続けたのは最初の20キロちょっとで、あとは歩きがメイン。

まあ暑さにはなれました。

何から書こう

まずは更新の止まった2016年のことから。

2016年4月 生活が変わり、すでに以前のように練習を積むことができないまま、ごまかしごまかし週末のロング練習だけをして、「さくら道国際ネイチャーラン」250kmに6回目の参加。ずっと自分にとって一番大事だった大会です。

でもやはりごまかしは通用せず、107キロの白鳥CPで股関節痛で断念。リタイア宣言をしました。

その後、レースは大嵐に飲み込まれ、最終的には大会自体が中止となりましたが、中止決定以前にやめたランナーは通常のリタイア扱いになりました。この大会では一度リタイアすると、数年後に資格をどこかで取って戻ってくるしかありません。

これで、ある意味さっぱりきっぱりあきらめがついて、走る世界から離れて新たな道を進むことになりました。
当然、走る関係の発信も止まることになります。

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そして2017年。

2017年4月にさくら道のランナーをちょこっと応援しに、金沢まで行ったりしました。

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すっかり遠い世界になってしまったようです。選手の方々は輝いていました。

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秋ごろから、新しい仕事に少し慣れたこともあって、用事のない週末、土曜か日曜にふらっと走りに出るようになりました。

たらたら走って、ラーメン食べたり、甘いものを食べたりして電車で戻ってくる、その程度です。

ペースを上げるのは全く無理なので、目的地までの距離だけ20キロとか30キロとか。でもちょっと欲張ると途中から足が出なくなってウォーキングに変更、などということもしばしば。

走らない生活よりはずっと良いけど、週末だけでは実力は上がってるんだか下がってるんだか、一進一退です。

突然ですが、再開します!

32か月ぶりの更新になってしまいました。

職が変わり、通勤時間がどっと長くなったのに加えて、自分で新たにやらなくてはならないこと&やってみたいことがいろいろ出てきて、2年近く走る世界から遠ざかっていました。

それはそれで充実していたのですが、仕事に慣れてくるとランで味わってきた達成感を再び味わいたくなってきて、昨年の末から週末にのんびり走っていろいろな街に繰り出すことを始めました。

走る習慣も目標もなくなると、再開してもなかなかモチベーションが上がらないので、走った先の食べ物で自分を釣らないと続かないのが悲しいところです。

ゆっくりならそこそこ長い距離走れるようになってきて、タイムはともかくフルの大会とかにも復帰できました。

するとあろうことか(笑)、かの遠い遠い目標に向けての再挑戦をしたい気持ちが芽生えてきました。

週末グルメランを続けているだけでは、とてもとても届かない目標なので、以前のようにここで自分を縛って挑戦しようと思います。

空白期間の長さと、老化の加速度を考えるとかなり不可能に近い挑戦だとわかっていますが、あきらめるまえにまずは第一歩となるブログの再開です。

これまでのことや、今後の計画はボチボチ書いていきます。

恒例の新春大山街道ラン

毎年年明けに代々木RCでは2008年から大山詣イベントを行っていますが、これと連動してマカニ・トモさんが始めた大山街道ラン、赤坂見附から大山山頂まで約70キロの大山街道全長をたどるもので、徐々に参加者が増えて今回で9回目になります。

このマラニックのようなイベントに2013年2015年に続いて3回目の参加をさせていただきました。

★赤坂見附〜大山街道(一部246号)〜海老名(朝食休憩)〜日向〜大山山頂〜大山バス乗り場

以前の集合場所の赤坂見附のマックがなくなったので、駅改札口集合で午前0時に8人でスタート。それほど冷え込みの厳しくない夜でした。夜中なので幹線の246号メインで、旧道と別れる場所でも一部しか旧道には立ち入りません。
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いつものように16匚造慮のセブンと31卍皇電弔虜笋両紊離札屮鵑乃抃討靴董40kmのミニストップで時間調整。寒いんだけど無性にアイスが食べたくなって給アイス。計算通りモーニングの始まる朝6時に45km海老名到着でした。
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ここで朝食休憩ののち、7時半に朝日を浴びて再スタート。大山がはるか彼方にくっきり見えます。
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練習不足にわりに意外と足が前に出るなぁ〜、と思っていたのは日向薬師までで、そこからの急坂でどっと足の重さがやってきて歩きがちに。
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日向側から見晴台を回って山頂に至る登山道では両ふくらはぎが攣りかけ、何度も立ち止まってはほぐしほぐしで何とか12時20分ごろ山頂にたどり着きました。山頂からは雪の少ない富士山がはっきり見えました。
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山頂到着が遅れて伊勢原から来た代々木RCの面々とは山頂では会えず。カレーやトン汁で塩分補給して、赤坂組8名で表の登山道から下山。ランシューなのでガレ場が怖いです。
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打ち上げの時間に間に合わせるため、今回は参道を抜けたバス乗り場で終了。ここまで72kmぐらいかな。そこから伊勢原駅にバス移動して、鶴巻温泉の大和旅館の日帰り温泉で汗を流しました。ここは空いていて快適。酔笑苑で心行くまでホルモン、焼き肉を補給して、充実した一日でした。マカニ・トモさん、素晴らしい企画ありがとうございました。参加者の皆様お疲れさまでした。
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なかなか平日走る時間を作れないのでランが軌道に乗ったとは言えないけど、恒例となったこのイベントを無事(?)こなせたことで、少しは先の展望が開けてきたような気がします。

駅伝応援がてら横浜まで

2日は駅伝TV観戦、年始あいさつなどで結局走らず。

まあ最初は休みを挟みつつ、疲れをためこまないことも大事かな。

3日は箱根駅伝をエサにロングを走ろうということで、家から駅伝コースで横浜に向かい選手を途中で迎えることにしました。

★自宅〜川越街道〜春日通り〜本郷〜17号〜大手町〜日比谷通り〜第一京浜〜品川〜蒲田〜川崎〜鶴見〜横浜〜中華街

6:15スタート。本郷三丁目の朝のスカイツリーをチェックしつつ大手町へ。読売新聞社前もまだ静か。
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品川の先、新八ツ山橋のところにはテレビカメラが設置されている。蒲田駅付近から大学の応援の方たちがちらほら。
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多摩川六郷橋を越えて、鶴見中継所へ。まだ選手が来るまで一時間以上あるのに、ここだけは大勢が集まっている。
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結局、横浜駅の手前で一位の青山学院大学の選手を待って応援。そこからは移動応援でした。
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ちょうど横浜駅のあたりで全員通過。ここからお昼を食べに横浜中華街へ向かいました。ネギそばとチャーハンのセットを食べた後は、お気に入りの中華菓子店でいつものココナッツ団子。
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応援の休憩入りで52キロほど。久しぶりの50キロ超えですがなんとか走れました。

元旦の東京十社巡拝ラン

あけましておめでとうございます。

2016年初日は、3年ぶりの初詣ランに出かけました。

昨年いろいろ悪いことが重なったので(良いこともあったけど)、運を呼ぶため今年は東京十社を一気に走って参拝したいと思っていました。本当は、いつものように自宅スタートであちこち回り自宅に戻りたかったのですが、十社となるとどうコースを考えても70キロぐらいになって、時間的にも今の体力的にもこなせそうもない。

というわけで、永田町駅(赤坂見附)スタートで、王子駅で終了というコースを考えました。

全コース東京十社
‘枝神社(赤坂見附)   氷川神社(赤坂)
I弊鄂声辧碧棉弊遏法   ´ぜ蚤膺正棔並臾隋
ド找八幡宮(門前仲町) Φ妓妖型澄糞妓諭
Э静通誠澄文翆礇凌紂法  ´┷津神社(根津)
白山神社(白山)     王子神社(王子)
おまけ
A 湯島天神   B 五條天神社
これらは毎年参拝していて途中で寄れることもあり、学業と健康の祈願を補強するという意味でも。

午前2時に永田町駅をスタート。大山街道のスタートの赤坂御所跡があります。

まず赤坂見附からすぐ、階段の上の日枝神社を参拝。
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一転閑静な住宅地っぽいところにある氷川神社はで出店もなく静かな中、人が集まっていました。六本木一丁目に抜けて赤羽橋から第一京浜に向かいます。
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東海道品川宿の近くの品川神社も階段を上がった高いところにありました。ここから旧海岸通りを戻ります。
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また東京タワー近くまで戻り、大門の近くの芝大神宮で参拝。お守りの種類が多い。
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工事中で抜けにくい汐留地区を通って築地〜勝鬨橋へ。清澄通りで富岡八幡宮の門前仲町へ。
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永代通り、明治通り経由で亀戸まで。亀戸天神ではカルビ焼きをいただきました。
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蔵前橋通りで都心に戻るころには空が白んできました。参拝場所が多いと、思ったより時間がかかります。神田明神から湯島天神はいつものパターン。混んできたので列には並ばず、後ろから手を合わせます。
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上野公園脇の五條天神社は小さいけど数少ない医薬祖神で、昔から参拝しています。いつもくぐっていた輪っかが今年はありません。
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根津神社、白山神社をまわるころには初日の出が顔を出してしまいました。できれば日の出前に十社回ろう、とか思っていたのに全然無理でした。12か所もまわると一か所5分の滞在で1時間、10分で2時間のロスですから、仕方ないのかもしれません。境内は歩きだし。
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本郷通りを王子まで走って、王子神社に軽く参拝したのち、王子駅に到着して終了。予定より時間がかかった割に、あまりものを食べる時間もなく先を急ぎ、忙しい巡拝ランでした。
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まあでも元旦朝に十社めぐりという目標は達成できたので満足です。よい運を引き寄せられるかも。

もっと時間があるときに10枚のミニ絵馬を集めたりしながら東京十社めぐりをしたいです。

年末ラン

年末年始の6日間の休みで、少し走りこんで再起の足掛かりにしようと思っていました。

ただ走る以外のこともこの休みになだれ込んでいて、29日は年賀状、年賀の買い物などなどで潰れる。

30日朝から、大江戸コースに沿って練習。

★自宅〜川越街道〜山手通り〜都庁〜富ヶ谷〜原宿〜表参道〜西麻布〜六本木ヒルズ〜赤羽橋〜皇居〜こあしす〜皇居〜日比谷〜東京

朝7時半ごろスタート。雲がきれいな朝です。
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都庁前もちゃんと回りました、と写真を撮ってみたり。
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東京タワーの下には「迎春」のメッセージが。
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こあしす治療院をチェックして皇居も1周まわりました。
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東京駅まで36劼埜坿慇瓩固まってきた感じがあったので終了にしました。

本日31日の大みそかは、

★自宅〜荒川河川敷〜堀切駅

の18劼能了にしました。
昨日の疲れも若干あるけど、元旦の早朝0時台から初日の出までの間に今年も初詣ランに行く予定なので、余力を残しておくという言い訳。
途中で、大江戸コースの試走に向かう女将さんに遭遇しました。

12月は、走り出したといっても4回だけ。
24日  24km
27日  42km
30日  36km
31日  18km

今のところ、休みに入っても思ったほど走れていないけど、急に張り切って故障しては台無しなのでまあぼちぼちと。

復帰をかけた年の瀬フル

所沢航空公園で開かれた年の瀬フルマラソンに今年も参加してきました。

12月末のこの時期までにはさすがにラン復帰しているだろうと申し込んだ大会でしたが、ほとんどいきなりのフル挑戦になってしまいました。準備と言えば3日前の付け焼刃の20キロジョグ1本だけで、練習になったというよりむしろ筋肉痛を残す情けない状態。

練習不足で臨むフルはやっぱり長く感じたけど、壮観な仮装集団に囲まれながらゆっくり走っているうちに脚の張りもとれ楽しく走れました。

20:22-18:19-18:13-18:15-18:17-22:03-18:39-18:37-23:27-19:01-19:27-19:19-17:39 (4:11:44)
(3246m×13周=42.198km)

頑張ると故障しそうで安全第一で走ったので、4時間11分台というタイムでもOK。キロ6平均で最後の一周がベストラップなので、今の状態では上出来でしょう。

あとは疲れを引きずることなく、年末年始に集中的に練習をできればいいのだけど。

シレっと再開

スパルタ不参加が決まった9月中旬から3か月、全く走っていませんでした。

走ることについて書くこのブログも自然と更新が止まり、(ごく一部の奇特な方に)ご心配をおかけしました。

10月から新しい職に就き、セットアップすべきこと、慣れて覚えるべきことなどに追われ、以前の倍の通勤時間がかかり、なかなか走ることに割く時間と心の余裕がありませんでした。そのうえ家族の健康問題でバタバタ。

厳密にいえば、この3ヶ月で1km以上(!)走ったのが3回だけあって

・10/30 走友が亡くなり追悼大会のような形で四国で開かれた瀬戸内行脚に参加(もちろん早々にリタイア)

・11/15 台湾出張で少しだけ観光ラン

・11/28 誘われて山手線一周ラン

足しても100km。

今年だけは、ネイチャーラン選考結果のピンクの封筒を見ても、走り出すことができませんでした。

こんな状態でしたが、12月19日〜20日は神宮外苑の24時間走の走路員として、選手の素晴らしい走りを目に焼き付けてきました。

空いてる時間に逆走してウルトラ仲間を応援したりしたので、走るモチベーションは急上昇中。

いろいろ叱咤激励もいただきました。

というわけで、リハビリがてらブログもランも徐々に再開しようと思い立ちました。

とはいっても昨日20キロも走ってみたら、翌日まで節々の痛みや張りがはっきりくっきり残る状態。

果たして本当にランナーに復帰できるのでしょうか?

運命・・・なのか

来週末に向け、間に合わない気味ながら徐々に強度を上げて練習に励んでおりましたが、

土曜日に家族に突然降りかかった禍により、スパルタスロン参加が叶わなくなりました。

日本から走友の応援をします。

スパルタスロンに出られないことに関しては、残念な悔しい気持ちだけでなく

わずかにほっとした気持ちも混ざっていますが

降って湧いた禍に関しては、よりによって何故?・・・と全く受け入れられません。

誰が悪いわけでなく、運命を恨むしかありません。

このブログでネガティブなことを書き散らしたくないので、これぐらいにしておきます。

ほんのり再始動

2週間走らず筋トレのみで大人しくしていたので、歩く分にはズキッという痛みは出なくなりました。

でもまだ急に止まったり曲がったりするのは不安だし、長く歩き続けると右足外側が痛重くなってくる。

土曜日、I整骨院の診察では、まだ足根洞のあたり(外顆 の前下方)に押すと痛い部分があるので、バイクなどから始めることを勧められたけど、そろそろ走らないと時間的にまずいよなぁ。

で、エアロバイク1時間、下肢・体幹の筋トレに続いて、路面不整などのないトレッドミルで少し走ってみました。

最低5キロで様子を見ようと思ったけど、3キロで早くも不安定感というか違和感を感じたので終了。


日曜日、トレッドミルでの具合から走っていいものか悩んでいましたが、庇っていた足首周りの筋肉が落ちているのも走りが安定しない原因かもしれないと思い、昼からわずかに不整な朝練コースの周回をしてみました。

ゆっくり6キロも走るとやはり右足の外側の鈍痛が気になってきたので、ここで引きあげアイシング。

鋭い痛みは出なかったけど、走りながら治せる種類のものなのか判断に迷うところです。

18日後に迫っているこの40倍の距離が果てしないものに思えます。

賭けていた最後の追い込みの時期に追い込むどころか完全休足で、まだ思い切って走ることすらできない。客観的には諦めるべき状態なのかもしれないけど、出たくても出られない人、走りたくても走れない人がいるのだから、無謀だといわれても諦めずに最善を尽くそうと思います。

「足んめとりぃ」−足の非対称性−

日曜日には松葉杖がほしいと思った足も、日々痛みが出にくくなり、3日ほどで平らな道なら普通の速度で歩けるようになりました。

まだ揺れる電車やバスで立ったり、不整地や下り階段があったりすると多少不安があり、右のつま先立ちが痛くてできないので走るのはお預け。痛みは右足外側の足根洞のところだけです。

久しぶりの故障です。

面白いことに、振り返るとほぼ決まって「故障は右脚、外傷は左脚」でした。

そこで自分の足の左右非対称性(アシンメトリー)について考えてみます。



良くコケます。あまりコケるのでトレイルにはめったに行かなくなりました。トレイルといわず、何故ここで、というほぼ平らな所でもコケます。

コケるときは、いつも右足を躓いて、左ひざ下をぶつけるのがお決まりのパターン。夜叉ヶ池で派手にこけて、左脚に広範な擦り傷を作ったのはスタートから5キロの地点ですから、必ずしも疲れて足が上がらなくなったためでもありません。

左右のバランスが悪いのは履きつぶしたシューズの靴底を見ても明らかです。
kutsunoura
(洗っていない汚い靴底の写真すみません)

左右差だけでなく、長い距離になると踵を引きずって走るくせも問題ですが、かなり接地の角度に左右差があることが分かります。

I整骨院の先生によると

右足の捻挫の反復→右足外側の靭帯の損傷→右の背屈・外旋が不十分でつま先外側が少し下がる→不整地で右足をひっかけ転ぶ

という連鎖は十分にあり得るとのことでした。テーピングである程度改善できるとのこと。

もうすっかり慣れてしまった脚のアシンメトリーだけど、この機会になんとか補正する方法を考えてみることにします。

今週は北海道遠征をきっぱり諦め、ジムで脚と体幹の筋トレに励んでいます。痛みや不安定感がなくなったら来週末からでも恐る恐る走ってみたいところですが、完治を最優先にして焦らないで行きます。

足根洞症候群!!

金曜日夜から仲間と奥多摩ナイトランの予定でした。

青梅駅スタートで、青梅マラソンのコースを走り始めてすぐに右足底外側の痛みに気づく。実はこの部位、8月12日ごろから時々痛みが気になっていたけど、特に走るときに強くなるわけでないので放置していました。

痛みは、路面が凸凹しているところで激痛になっていき、消える気配がない。それどころか、歩いても右足接地ごとの強い痛みでまともに歩くこともできないように。

大事を取って、電車があるうちに撤退とい
うだらしない結果でした。

家に帰りつくまでが大変で、足を引きずってしか歩けないし、終電の満員電車で押されて右足をつくと飛び上るほどの痛み。

この奥多摩ナイトランはスパルタに向けた重要な練習と位置付けていたので、精神的ショックも大きい。


翌朝も痛みは変わらず、近くのランナー御用達のI整骨
院までなんとか歩き診ていただくと、初めて聞く診断名を頂きました。

「足根洞症候群」

典型的な所見で、ランナーには珍しくない故障だとのこと。


右足首を最近内側に捻ったことはありませんか?と聞かれ思い出してみると、8月頭の神戸の24時間走のとき、一度段差でグキっとやったのでした。右足首は過去何度も捻っているので靭帯が伸びていて、このときは痛みもなく忘れかけていました。

足根洞症候群とは、足の外くるぶしの下前方深くにある空洞に、捻挫などによる出血や炎症が波及し、しばらくしてから周りの神経を圧迫して強い痛みが出る状態のこととか。捻挫後の時限爆弾のようなもの。

足首の内屈や第3のアーチ(脚小指と踵の間の小さなアーチ)の圧迫進展によって痛みが誘発されるのが特徴ということで、
グルグル巻きにされ、痛みが引くまで2週間ほど安静を言い渡されました。
sokkonndou

スパルタまで1か月のこのタイミングでの降って湧いた故障


来週の道マラはDNS決定だし、練習も大きく計画変更です。この痛みが出たら走れないので、まずは完全に治すのを最優先にして、当面はできる筋トレや減量に励みます。
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ハーフマラソン 
1時間25分42秒
2009年11月25日
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(東京)

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(秋田内陸)

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30時間59分
2011年4月16〜17日
(さくら道)

24時間走
210.0km
2009年3月8〜9日
(お台場)
プロフィール
payuta
長く速く楽に走る方法をひたすら追い求める陸上素人ランナー。
50代になっても努力が記録につながるマラソンの世界にどっぷりと浸かってしまっています。


※好きなもの
新本格ミステリ、ハードSF
古典的RPG、甘味全般
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