代表コンサルタント・二宮 孝ブログ

人事"ひと"のトータルコンサルタント「パーソネル・ブレイン」の
代表コンサルタント、二宮 孝のブログです。
人を活かし、企業を活かすための人事・労務管理を考えます。

幸福度とは

今日の日本経済新聞に、経済協力開発機構(OECD)が、国民の暮らしの「幸福度」を評価した結果について掲載されていた。

これによると、日本は家計や雇用、高等教育、健康など多くの指標で平均を上回っていたものの、「生活の満足度」では40%とかなり低かったとのことだ。

ちなみに対象国の平均値は59%であり、北欧のデンマーク(90%)やフィンランド(86%)とはかなりかけ離れていたとのことだった。

内容について詳しいことはわからないが、幸福とは、将来に希望が持てるかどうかの期待感など心理的な側面、人と人との結びつきや暮らしやすい社会ということが問われるのではないかと思う。

物理的、経済的なゆたかさだけでは説明のつかない、人が生きていくということはいったいどういうことなのかをあらためて考えてしまう。



八日目の蝉

 映画「八日目の蝉」を鑑た。

角田光代の同名小説を前に読んだ。ルポルタージュのように次から次へ展開していき、読む人を吸い込んでいくような迫力と、これは女性でしか書きえないと思った。

世の中には、不器用でたくましくは生きれない人がいる。そいいう人たちの心を限りなく純化させていくと、このような物語になるのではないかと思う。

誰が善人で悪人かという単純な割り振りではなく、何かのきっかけで人生が大きく標準からかけ離れてしまうことがありえる。決して他人事とは思えないような、日常と非日常との間を次々とワープしていくような気持ちに陥ってしまった。

出演者の技量もさることながら、とくに薫を演じた女の子の寂しそうな世間を遠くでみるような目つきが印象的、小豆島の美しい風景が日本人の原意識を呼び起こして感動を呼ぶ。

今あるリスク

 ユッケを通じてのO111の集団食中毒が大きな社会問題になっている。
今、リスクマネジメントについて調べているので、今身近にあるリスクということではこれも当てはまるものだろう。

 消毒した包丁やまな板を使ってトリミングしなくてはいけないというのは当然のことだろうが、ユッケを食べなくても、もし仮にO111などの菌が身近にあって、箸や皿、手を通じて感染するという可能性はないのだろうか。

どうも話を聞いていてこころもとないような気がする。むしろ、大元からどのように菌が発生してどのような状況下で感染が進むのかというメカニズムからきちんと伝えて欲しいと思う。単に焼肉屋に行ってユッケを食べなければよいという問題ではない。

スーちゃん(2)

 昨日、田中好子さんの葬儀があった。
本人の生前のメッセージに胸が詰まった。
病魔に蝕まれ、自分に残された日がいくばくもないとわかったなかでの、震災の被災者への気遣い、自分の命の炎が消えた後にも天国で役に立ちたいという気持ち、実にしっかりとした感動的なメッセージだった。

気丈さ、やさしさ、おおらかさ、すべてを含んでまだ足りない。人に愛されたからこそ愛したいという純粋な気持ち。

果たして自分が最後のときにこのようなメッセージを発することができるのだろうかと思うと、静かなため息がでた。

スーちゃん(1)

 元キャンディーズのスーちゃんこと田中好子さんが亡くなった。
55歳の若さだという。

今の時代とはまたちょっと違う、何といえばよいのか、純粋な本来のアイドルの走りといってもよいのではないだろうか。あの絶頂期の3人の歌声が脳裏に焼き付いている。最近ではシリアスな演技派としても注目されていた。

それにしても若い。最近、自分たちの世代で逝く人がポツポツでてきている。
私と同い年ということもあっていささかショックを受けた。

新年度

 平成23年度に入って7日目となった。行方不明者の数もまだはっきりしないなか、原発の問題も解決には程遠く、東日本大震災の影響が強く尾を引いている。

 気がつくと、桜の花もほぼ満開となっている。さて、このようななかでさまざまな式典や行事の自粛が続いている。しかしながら、これについてどうもおかしいと感じることがある。
震災地のなかには、大変な状況ながらも卒業式や入学式、入社式が行われているというニュースが流れているのに、遠く離れたこの東京でなぜ自粛しなくてはならないのか。

もちろん、計画停電のことやマンモス大学ならではの場所の問題、有名大企業として批評の対象となれるなど、いろいろそれなりの理由はあったのだろう。
 でも、節目としての重要な行事なんだから、もし開催が可能ならば何としてでも開催するのが本来ではないだろうか。

確率

 先日とあるテレビ番組で、「確率」でとらえるとどうなるのかをあげていた。

バラエティ番組と比べてはいけないと思うが、あえてこの確率という冷酷な数字に向き合ってみた。

今回の東日本大震災で、亡くなった人といまだ行方不明の人は3万人を超しているという。日本の人口が1億2千万台ということを分母とすると、この人数は0.025%になる。すなわち、4000人に一人という数字になってしまう。

無機質な数字のなかに、この震災の途方もない大きさが感じ取られる。

いみじくも、東京から津波が襲って遺体もまだ片付けられていない現場を歩いた新聞記者の記事が胸を打つ。「死というのがこんなにも身近に感じられたことはなかった。決して他人事とは思えなかった…」と。

画一化

 今回の大地震の影響でテレビ広告も大きく様変わりをしている。
例のAC(公共広告)である。

スポンサーがつかないということで、想定外の非常事態なのだろうが、それにしてもどの民放をみても、これでもかこれでもかと同じCMが繰り返し続くのは、意味がないし、無駄だと思う。

公共の電波ということだからこそ、その時に役に立つ情報をテロップにして伝えるなど、もう少し有効な使い方もあるのではないかと思う。

工夫のない画一化は避けるべきでだと思う。

1週間

 東日本巨大地震が発生して既に1週間が経過した。
 
 いまだ犠牲者の数は増え続けている。昨日の夕刊では、亡くなった人のリストが地域別に名前と年齢が掲載されていた。
 全体としては70歳台、80歳台のお年寄りが多いなかで、30歳、15歳、9歳、6歳、3歳、そして0歳というのもあって心が痛んだ。生きるか死ぬかの本当に瀬戸際でのことだったのかも知れない。

 テレビのニュースでは、自分の家族の写真と名前を胸にゼッケンのように当てて、ひたすら探している人もいた。
大自然の脅威の前に、人は無力だ。大昔から変わっていない、と感じた瞬間だった。

 せっかく助かったというのに、体調を悪化させて亡くなる人もいるという。文明をの力を最大限に発揮させて、これについては何とかならないものだろうか。
 

東日本巨大地震

11日(金)に東日本巨大地震が発生し、大災害となっている。

取り残されている方々の一刻も早い救出を願いたい。また、被害にあわれた方対しては心よりお見舞申し上げたい。

つなみの映像には、愕然とした。スマトラ沖地震の時だったか、ニュースで何度も見たが、これ以上のことが日本で起きるとは正直言って考え方こともなかった。

まだまだ多くの地域が孤立し、安否さえもつかめていない。
福島の原子力発電所の破壊も本当に気がかりだ。
新しい情報がでるたびに驚く。災害がまだ終わったわけではなく、現在進行形でさまざまな事態が新たに発生しているということが、途方もないこの地震の深刻さを物語っている。

私ごとながら、11日夜は帰宅難民となったために一晩オフィスで過ごし、昨日朝に帰宅した。事務所の前が明治通りとなっているが、全く動かない車列を横目に、普段ですと考えられない多くの通行人が行きかっていた。中にはヘルメットと非常袋を背負った人も少なからずいた。

震源地とは遠く離れているこの東京での状況に、これもこの地震の広さと大きさを感じている。

古典的手口

 例のおさわがせの「カンニング事件」から。

 「最新の情報機器にさらに特別な器具とソフトを付加し、社会に挑戦しようとした新たなIT軍団」ばりのイメージがどうも先行していたようだ。

 しかしながら、ふたを開けてみると、地方の何とか受かりたいだけの一人の浪人生が、普通の携帯電話を股の間に隠して手で打っていたという。なんともしまりのない話になってしまった。

 考えてみると、このように種を明かしてみると、「いったいあの騒ぎは何だったんだ」のようなことは多い。世間の騒ぎに踊らされて真実を見失ってしまうことがけっこうあるのではないだろうか。

市民ランナー3位

 昨日行われた東京マラソンで、実業団に属していない市民ランナーの川内さんが第3位に入るという快挙を遂げた。

埼玉県の職員であり、現在、県立春日部高校の事務に就いているという。

それにしても2時間8分というのはすごい。
インタビューのときの答え方もふるっていた。「明日は入学の願書〜手続きなどで忙しいんです。」

普通にサラリーマンとして仕事をこなしていながら、ハングリー精神を維持していくというのもすごいけど、世界選手権の出場権までも得てしまった。それについてのコメント、「有給休暇はかなり残っているので…」

ニュージーランド地震

 ニュージーランドのクライストチャーチ市付近で22日大きな地震があった。未だに行方不明者も多く被害が甚大にのぼっている。

風光明媚な観光地が一瞬にして様変わりしてしまった。倒壊した建物にいると思われる人たちの家族の心配は相当なものだろう。

日本とニュージーランドは地球の北と南に分かれているが、同じ島国であって共通点も多い。火山国で地震が多いというのもその1つだ。

この光景は決して他人事ではない。「天災は忘れた頃にやってくる。」忘れてはいないと思いつつも平穏ななかにどこかしら緩みを感じてはっと目が覚めた。

一刻も早い救出を願うばかりだ。

踏んで壊した?

大相撲の八百長問題がかまびすしい。

日本の奈良時代から続く伝統芸からとらえると、八百長という言葉自体が適切な表現かどうかもよくわからないが、今流の携帯メールを使ってということとあわせてその会話の中身そのものがいかにも軽々しい。

さて、まさに個人情報そのものにあたる携帯電話の提出を全ての力士に対して求められることになったようだ。
そのなかで、既に疑われているある力士が、奥さんが携帯を踏んで壊したと新聞ネタにとりあげられているのがまたおかしい。あえて追及するつもりもないけれど、もっとうまい言い方はないのだろうか。

なにか、こういったことで問題の本質が変えられているのが残念な気がする。

芥川賞

 先日、今期の芥川賞が発表された。「きことわ」の朝吹真理子氏と「苦役列車」の西村賢太氏の両氏が受賞した。
 
 新聞広告にも掲載されていたが、同時期の受賞者ということもあって両氏の風貌から経歴から小説内容から、全てにわたるその大きな違いに素直に驚いてしまった。

 どちらも今の時代を新しい眼で見据えた本物の才能ということだが、何か妙に関心をもってしまった。やはりこの隔たりがあるから世の中面白いんだよね。早速、読んでみようっと。

チームワークを通じての成長

サッカーのアジアカップでとうとう優勝にこぎつけた。
苦しい試合が続くなかでよくぞ制したという感じだ。

全員野球とはいうけれど、まさに控えの選手も含めた全員サッカーで、さらに「One for all,All for one」というラグビーの言い回しがぴったりくるような試合だった。

それにしても今回は見どころの多い試合が続いた。韓国戦では同じようなタイプ同士で、オーストラリア戦では全く異なるタイプがぶつかり合って、それぞれに特色が大いに表れて面白かった。

それにしても、ザック監督の采配は冴えてたよね。これでもって一皮向けたのでは?
キャプテンの長谷部が言っていた1つ1つの試合を経ての「成長」という、言い古されて言葉が新鮮に聞こえた。

チームワークを通じて成長を得た日本に乾杯。

PK戦

25日のサッカーのアジアカップの準決勝、日韓戦はまさに死闘だった。

日韓戦は、他の国際試合とはどうも違うようだ。意地というものが全てに表れる。しかも試合内容からしても完全に互角だった。

勝ち残り方式のトーナメント戦だから、どうしても最後には決着をつけなくてはいけない。だからサッカーではPK戦となる。誰かが、PKで決めるというのは、「もうしょうがないのでじゃけんで決めるようなもの」といっていたが、ちょっと違うのではないかとは思う。

そこで、川島がすさまじい気迫を見せた。まさに気迫と気迫の戦いだった。もうここまで来ると精神論しかなくなってしまう。でもいい試合だった。

68.8%

先月末の大卒新卒者の就職内定率が発表された。68.8%だという。これは過去最低値ということのようだ。

社会人としての入り口としてのこの数字の持つ意味は大きい。まだ就職活動真っ最中の大学生のコメント、「自分は社会に必要がない人間ではないかと思って…」第二次オイルショックの就職難に遭遇した私としては痛いほどわかる。

厳ししいとはいっても、何社からもすんなり内定をもらう大学生も間違いなくいる。受験とは違って、どうすれば内定をもらえるか皆目検討がつかないというのが、今まで経験しなかった苦しいところだろう。

一方で中小企業では、大学生から関心を持たれないとの話も聞く。根本的なギャップがあるのは間違いない。

一般入試

 箱根駅伝の続きで一言。

早稲田の5区の選手だったかと思うが、「彼は一般入試で頑張って入ってきました。ときには10時間も勉強をして~。」とそのときの実況中継や新聞で何度も紹介され、また8日の日本テレビでのモーニングショーでもそのことが話題になっていた。何かしら意外で面白かった。

スポーツでの成果に的があてられているときに、その選手が推薦だろうが入試であろうが、入った後はそんなことはもう関係ないと思っていたのだが、本質以外のところに付加価値が発生するというのが、今の時代を反映しているんだとあらためて気づいた次第である。

そういえば、お笑いもクイズ番組やなんかも本質だけみてもあまり面白くないのかもしれないが、いつの間にかそうなってしまってきている。人の関心というのは、けっこう広いところにあるのかもしれない。

新春

 明けましておめでとうございます。
 
 昨年の大みそかの夜、12時までそろそろ秒読みの頃、ひっそり静まりかえっていたところで窓を明けると、確かに除夜の鐘が聞こえました。あわせてひょっとして気のせいだったのかもしれませんが、横浜港の汽笛もかすかに聞こえたような感じがありました。

 時間というのは絶えず流れていていつもの延長には違いないけれど、年が変わると何か新鮮な気持ちになります。

 さて、平成23年、2011年の幕明けです。
 正月といえば箱根駅伝、母校が18年ぶりに総合優勝を果たしたのは快挙でした。集団競技であって個人競技、計算されつくしたようでアクシデントもあり、やっぱり1年のスタートは駅伝からということを実感しました。

 今年は明るい年になりますように、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

パーソネル・ブレイン
株式会社パーソネル・ブレインは、"ひと"人事に関わるトータルコンサルタントとして、外部の専門家の立場から、人を活かし組織を繁栄させていくための戦略的な役割を果たすことを社会的使命としています。

月別アーカイブ
著作
雇用ボーダーレス時代の最適人事管理マニュアル




役割能力等級制度の考え方・進め方




新しい給与体系と実務―これで安心!仕事の基本がよくわかる




これで安心!仕事の基本がよくわかる人事考課の実務


QRコード
QRコード
livedoor 天気
  • ライブドアブログ