東京電力の福島第一原子力発電所の所長が、本社の指示に従わずに海水を注入し続けたことが問題となっている。

 この話を聞いて、日本史における中世の合戦のことを想い出した。
定かではないが、合戦の際に、現場ごとの指揮官は戦闘開始と退却だったか、そのぎりぎりのタイミングについては本部から任されているということだった。なぜならば現場ならではのその場を読む実践的な判断に勝るものではないということだったと覚えている。

 今回の件でもこれがあたっているのではないだろうか。
 現場と遠く離れた安全な本社から発せられる、机上での理論が空回りしているのが、雰囲気からも伝わってくるような気がする。

 このことを先人の方がよく知っていたのだ。いみじくも「このまま(注水を)止めていたら死ぬかもしれない…」との所長の言葉が重い。