ブログネタ
地震であなたが変わったこと に参加中!
被災地の方々の心労に比べれば些細なことばかり。
だけどなんとなく心にひっかかっていること印象に残ったこと、身の回りのことをあらためてつらつらと。ただただ読み流していただければ幸いなり・・・。

地震当日

吹き抜けの天井からつるしてるライトがブランコのように揺れていた。
チェリーを迎えに行こうと思ったらまた大きく揺れた。
学校に着いたら空がにわかに暗くなりにザッとにわか雨が降ってきた。あまりのタイミングにこの世の終わりか?!と焦った。

チェリーは学校から一緒に帰宅したのだけど、家に着くなり「こわかったーーーー!と号泣。

一方妹宅にいたリトルはケロっとした様子だったらしい。
近所のお友達親子も来ていたのだけど、いきなりテレビが消えた?と思ったら揺れが来たとのこと。
先に停電した模様・・・焦る母親達に、お友達(年中)が「携帯のテレビで見たら?」と冷静な一言を放ったらしい。

その後テレビでは信じがたい映像が続く。あまりの状況に言葉が出ない・・・。

ダンナは帰宅困難者の一人となり、どうにかこうにか帰宅。
家族が揃ってとりあえずほっとした。
はっきり言って、ダンナの帰宅がこれほど待ち遠しかった日は、ない



地震翌日

朝からテレビの映像に釘付け。信じがたい映像の連続に言葉もない。

現実を受け入れ難い思いと、テレビばかり見ている私にだんだんチェリーがいらいらし出す。
「テレビ消して!とテレビつけるだけで怒って泣いて暴れ出すチェリー。
情報がとれなくなる焦りと不安で、チェリーを思いっきり叱ってしまったー・・・。
「大変なことが起きてるんだから、怖いのはわかるけど、本当に起きてることなんだから情報をきちんと知らないと困るでしょ!」と。

私のただならぬ気配に、チェリーも収まった。けど・・・

テレビを見ながら私はどんな表情をしていたのだろう。

なぜテレビを消して「大丈夫だよ」とやさしく言ってあげなかったのか。


二年生が受け止めるには辛すぎる現実を突きつけてしまった。

この日ダンナにとりあえず買い物に行ってもらったら、生ものばかり買ってきたおつとめ品の肉とか

・・・こんなでも、やはり頼りになる



その一週間

一方リトルはまだ何が起きているのか理解できず、恐怖心にも結びついていない様子。
食事の時に、お椀に渡したフォークをばしゃんとお椀の中につけて

「橋が壊れた〜!わ〜車が流されるぅ〜!でも大丈夫だよ、すぐまた橋につかまって登れるから

と無邪気に遊び食べ・・・

「そんなこと言わないの!」とついムキになって注意してしまった。

後で新聞で「子供が震災の様子を遊びで再現したりすることはよくある。遊ぶ元気が出てきたのね、くらいに受け止めるのがよい」と書いてあったorz

リトルなりの漠然とした不安の表れに、ふたをしてしまったのではないか

小さいことがいつまでも気になってしまう。らしくないなあ。

たびたびの余震に地震酔い
ふと揺れてる気がして、ランプや観葉植物の葉をじっと見てしまう
と、リトルがすかさず「揺れてないよっ」と突っ込む日々。

宮崎あおいちゃんのCMの「♪なんとな〜く〜 なんとな〜く〜 なんとな〜く〜 しあわせ〜」の歌を

「♪なんとな〜く〜 ゆれてる〜」と歌うリトル

ちょっとっ、その替え歌笑えないからやめて〜!

チェリー、津波が全てをさらって泥まじりの廃墟と化した中を捜索隊が行く映像を見て、

「あらぁ・・・こんなに壊れた家とかあるのに、人が誰もいないねえ。みんなどこに行ったんだろう・・・たくさん人いただろうにねえ・・・」

と声を潜めて言う。「みんな津波が来る前に高いところに逃げたんだね」と言うのが精一杯だった。
チェリーも現実と必死で向き合おうとしている

余震というのは思った以上に精神的に堪える!
そんな中原発の状態が深刻化し、さらに追い討ちをかける。
計画停電情報に振り回され、一日がすごく長いような短いような。

チェリーはあまり外に出たがらなくなり、リトルは家にいるときは以前に増して私にくっついて離れなくなった。家事もままならず〜。

などなど、次々悪い状況が出てきて、この一週間が一番辛かった

状況に合わせて諸説紛々。いろんな人が自分の考えを押し付けあい、げんなり
いろんな人のいろんな面が見えて、またげんなんり

「棚にあるカップラーメン、ザッと全部取っちゃった。私が買います!みたいなと無邪気に話すママさん。
「あそこのガススタ渋滞は、こっちの道から左折して入ると早く入れるよと悪びれずに横入り指南をするママさん。

あきれるを通り越して脱力感・・・。

ダルビッシュが個人で5千万円募金したという話で「すごいね〜えらいね〜」というつもりで話題をふったら、

「まだまだこれからすごくなっていくのにね〜、なんでサエコは別れたんだろうね〜
「ほんとだよね〜!私だったら絶対別れない!多少のことは我慢するよ〜!


・・・・って、そこ?!(再び脱力感・・・・。)

そんな中でも、お友達と外で思いっきり遊んだ日は子供もすっきりするようで、マンションの中庭に子供達の笑い声が響くと本当に心が安らぐ!家族で公園で体を動かすと親もすっきり。
家にこもりっきりはよくない。

商店街は皆浮き足立って、地元の小さなスーパーはいつになく盛況
小さい頃は毎日のようにおやつにつくねを買ってた焼き鳥屋の大将と久しぶりに世間話。
それまで挨拶程度だったご近所さんとも、足を止めて立ち話。

みんな誰かと話したいのだ

ぬいぐるみのようにかわいいプードルを連れてる同じマンションのおばあちゃん、足が不自由で両手に重そうな買い物袋。
「持ちますよ〜」と声をかけ、一緒にマンションまで帰宅がてら世間話。

おばあちゃん曰く、「まるで戦争みたいね」。

確かに、空襲警報ってこんな感じだったのかな、と緊急地震速報余震にあうたび思ったりする。

かわいいワンちゃんの名前は「マロンちゃん」。こんなことでもなければゆっくり話すこともなく知ることもなかったかも。
子供達はいつの間にかおばあちゃんの部屋番号を聞きだし、今度マロンちゃんを抱っこしに遊びに行かせてもらうお願いをしていた。

次々悪くなる状況の中で自分の無力さを痛感したわけだが、せめて自分にできること、と、いくつか募金をした。
幼稚園のもの、携帯電話会社のもの、jinsのメガネ購入、街頭募金。

松山千春

知恵のある奴は知恵を出そう、力のある奴は力を出そう、金のある奴は金を出そう、自分は何もないよという奴は元気を出せ

とラジオで言っていたそうだ。いいこと言う!!!

そしても一つ言うなら、「共感」ということがあるんじゃないかな。
みんな誰かと不安を分かち合いたいのだ。あーだこーだアドバイスや指南されるよりも、まず共感して欲しいという気持ちがあると思う。
私レベルでもそうなのだから、被災地の方々はさぞや。メンタルケアということになるのかもしれないが、被災地の方々が安心して不安や泣き言を言えるような吐き出し先があるとよいのだが、と思う。

海外からたくさんの支援が集まっていることは本当にありがたいと純粋に感謝の気持ちが沸く。
「これまでの日本の支援の恩返し」とか「〇〇の時に日本人が助けてくれた恩返し」とか。
今まで日本がしてきたことは無駄ではなかった、こういう形で自分の国がしてきたことに気づかせてもらえた、こういった形で今までの貢献が認められた、ということは、とかく自虐的になりがちな日本にとって誇りを取り戻す力になるし、打ちのめされた中で少しでも前に進む力になる。
こういったことは子供達にもしっかり伝えていきたいと思う。
批判し始めればきりがないけども、自分の国に少しでも誇りを持てるなら、まだ望みはある
ダンナとは、子供の前であからさまな政府批判をするのはやめよう、と話し合った。

12日の土曜日。計画停電がないと知り、急遽、チェリーの誕生日パーティーをすることにした。
元々この日に予定されていたのだけど、物資不足に交通網麻痺の状況で、一旦は延期したのだけど、

なんとなく集まれる時に集まって会える時に会っといた方がいいような気がして

じじばば妹一家と、おにぎりを持ち寄りありあわせのものでパーティー。

ささやかだけど、皆で会えるのがなにより。これ以上のことはない



そして今週

週初めからチェリーが発熱。インフルエンザB型
一時39.6度と過去最高まで熱が上がり、関節が痛いと何時間も足をさすったりして大変だったー。
その後一旦は熱下がって今日、終業式は登校したものの、すぐ保健室からお迎え要請がきてしまった。熱がまた38度代になってしまったー。
祝日があったため一日ロスした形だが、初動が遅れた分長引いている感じだ。
休日診療行けばよかった!少しでも早く投薬、がインフルエンザの鉄則と実感。

もしこれが被災地だったら、そしてもしこれがもっと重い病気だったら、と思うと、なんともいたたまれぬ思い。

リトルはチェリーがぐずってる間ほとんど相手してもらえずだったけど、随分我慢強く待っていてくれた。うんと誉めてあげねば。

幼稚園は先週から春休みだし、学校も今日でおしまい。
休みに入るのはいいような悪いようなで、変則的な生活に対応しやすいのはいいのだけど、学校があればお友達や先生と会えるので、日常を送れる。
今何より必要なのは安心して日常を送ること
休みに入るとそれが途絶えてしまうので頭が痛い。

妹のダンナさんは沼津出身なのだが、土地柄か?遺伝か?沼津の実家はみな大変おおらかで、静岡でも大きな地震があったが、その際もいたって動じずだったらしい。
めちゃめちゃ海に近いところなんだけども、「津波は6mまでだから、3階以上のところに避難すれば大丈夫」と言われてきたそうだ。
しかし今回は6mどころじゃなかったよ?!リアス式海岸という地形が影響したとは言え。
心配する妹に「大丈夫だら〜といたって明るいそうだ。

どんだけおおらかなんだー!」(妹談)

こんな時、おおらかな人と話すのは精神的に大変よい。
あーだこーだ細かいこと言われるよりも、「大丈夫だら〜」という明るい態度(笑)こんな時こそ、明るい陽の空気が伝染するのはいいこと!

その意味ではお年寄りも意外と安定感抜群。
実家の両親、特に父は全く動じず。買占めで米が買えない!トイレットペーパーがない!と言う世間の狂騒はどこ吹く風。母も、
「え?牛乳?売ってなかったよ。米?あー、午後行ったらもうなかったねえ」とフツーに言う。

多分、戦後の混乱期・食料難を乗り切ったという経験があるから落ち着いていられるのだろう。

チェリーのバレエの先生も、御年70を超えてらっしゃるが、地震翌日の土曜日も「通常通りレッスンします」との連絡がきた。先生、眠れたんですかっ?!
「こういう時はみんなでいる方がいいのよ〜、どこにいたって地震あるときはあるんだから〜といたって平常心。
さすが。亀の甲より年の功。

遠出を控えていたが、我が家もそろそろ気分転換が必要
チェリーがインフルエンザになったのは痛い!早くすっきり全快して、気分転換できるとよいのだけど。
ところで、を歌うというのは、大変気分転換になる!熱でぐずるチェリーに、元気になる歌シリーズでいろいろと歌ってあげていたら、自分もすっきり。
岡本真夜さんの「TOMORROW」はほんといい曲だな。私が歌ってあげた歌の中で、チェリーが一番気に入っていた。
私はスマスマの二時間生放送で久しぶりにSMAPが「がんばりましょう」を歌い踊る姿を見たらなんか感動して元気が出た。

被災地の方々にも、どうにか元気の出る歌声が届くとよいのにな、と思う。



とりとめないことばかりだが、こんなことがあったんだ、と記しておきたくて、なんとなく。

先々のことを思うと暗澹たる気持ちになるが、大事なことは、それでも生きている!
チェリーの担任のS先生が出してくれた宿題、「あすをゆめみる」ってほんと大事なことだなと思う。
足元を見つめて、明日を楽しみに、一歩一歩日々歩むのみ。