皆様こんにちは。ピースです。
こちらは年度末の技術開発の報告に向けて、やることが一気に増えてきました。
忙しいというのは、それだけ充実しているということでもあるので、感謝の気持ちは忘れないようにしたいですね。

さて、本題。
去る1/22は、台北駐日経済文化代表処台湾文化センターとクーリエ・ジャポン共催による講演会に参加してきました。

台湾と日本の友好関係はいつから、どのようにして始まったのでしょうか。
その礎を築いた日本人や歴史的経緯を省み、これからの台日関係を参加者の皆さんと一緒に考えます。

【内容】
・「八田與一と烏山頭ダムの世界的価値」(徳光重人氏)
・「『親日国』台湾?──その正と負の遺産」(藤重太氏)
・両氏の対談、質疑応答
(今回はレジュメや配布資料無しの講座でしたので、以下、お話されたことからの引用、要約には不正確な箇所もあるかもしれません。)

八田與一技師のことに関しては、本ブログではメインエントリですでに少し触れているとおり、私は学部3年の時に「土木史」の授業のレポートで取り上げ、そこで初めて知りました。
まあ、一般的な歴史の本や多くの教科書には名前が載っていない人物ですので、このブログを最近初めて知られた方であれば、「名前すら知らなかった」というのが、正直申し上げまして、ごく普通の反応だと思います。

・ 「八田與一と烏山頭ダムの世界的価値」(徳光重人氏)

今回その功績を紹介された徳光重人氏も、割とそんな感じだった、というかそれまでは台湾、そして日台関係の歴史のことも、よくご存じなかったようです。
徳光氏は八田技師と同じ金沢市の出身ですが、台湾に22年住まれている中で、「日本人」としての目覚めがあったということを仰っていました。
具体的な話として、「『教育勅語』を全部覚えている」と言われた台湾の方もいらっしゃったらしいです。

それで、徳光氏が八田與一のことを初めて知ったのは、「長女が李登輝先生の台北日本人学校の講演で聞いていたという話を教えてくれた」ということだったそうです。
彼自身は以前、人生を真剣に考える機会があり、その中で「自分が今死んだら、葬式に来るのは30人くらいなもので、何十年もたったらもう忘れられた人になるだろう」ということを思っていたそうなのですが、

なんと、八田與一に関しては、死後74年経ってなお、500人以上の人が慰霊祭にやってくるんですよ。

徳光氏も、「日本がやっていたことは、いわゆる『植民地』的な負の政策」という教育を受けていた方でしたので、

「そんな現地の台湾人が、なぜ今もなお、この日本人技術者の慰霊祭をやっているのか?」

という疑問があったようです。
で、講演はそういった徳光氏自身の体験談から、本題に移るわけですが、それに関して思ったことは次回の更新に回します。

・ 「『親日国』台湾?──その正と負の遺産」(藤重太氏)

次に、藤重太氏のお話についてですが、この方は今回の共催団体の一つであるクーリエ・ジャポンに何度か記事を寄稿されている方です。
この、『クーリエ・ジャポン』は、もともとは紙の雑誌を出版していたのですが、最近それを取りやめて有料のWeb配信にシフトした講談社の雑誌です。

藤氏も台湾には縁の深い方で、過去にはカンボジアのことを1回書いただけで、あとは大体台湾のことを記事にされているようです。
そして、こちらは歴史の話は少なめで、半ばご自身の記事の紹介/宣伝という感じでしたが、その講演でも色々と興味深いお話を聞かせていただきました。

まず印象に残ったのは、「台湾は『親日国』であるがゆえに、日本人が台湾で就職するのは難しい」ということですね。
その理由は、「親日」ということは、台湾の現地人で日本語ができる人は多いということで、それゆえ日本人の場合は中国語がかなりできないと厳しいということだそうです。
言われてみればよくわかる話ですが、こういうのは結構盲点になりますよね。

次に、「台湾人は事業とかは結構何でも『あれをやろう、これをやろう』という呼びかけをすることが多いらしい」ということです。
日本は、会議でも「できないこと、やらないこと」を決めるために行われることが多いですよね。
私は台湾はまだ行ったことがないので、これは言葉で説明されるよりも実際に現地を体験することで初めて感じることができる、文化や考え方の違いだと思います。

もう一つ、これが一番私が「ほほぉ」と思ったことです。
これは東日本大震災の時の日本への義援金もそうだったらしいのですが、
台湾でそうした募金や寄付を行うと、「総所得からの控除」が自動でなされる仕組みになっているということです。
これが、最大20%ということですが、国の公的機関(日本でいえば「省庁」ですね)に対してであれば100%でも可能ということなのだそうです。
つまり、「 国民各々がある程度税金の使い道を選べる」ということなんですよ。
こういうシステムも、学ぶ方が学べば、色々参考になるところがありそうですね。


こんな感じで、大まかに台湾と日本の文化的、そして歴史的背景に関するお話を聞きました。
先ほど述べたとおり、八田與一技師と烏山頭ダムに関する講演内容についての所感は、次回に続きます。
(言うまでもなく、本ブログ的にはそちらがメインですね。業務もかなり大変な中ですが、うまくまとめ切れるように頑張ります。)

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