時計・宝飾マイスター

ウオルサムWALTHAMの歴史を中心に、Myコレクションの時計について、歴史、特筆すべきこと、また宝飾品の素晴しさを記述します。 私のもう一つのブログ「ポルタジョイエ」 http://peaceman.jugem.jp/もご覧ください。

そごう・西武 地方2店舗閉鎖へ

デパートの売り上げの落ち込みが続くなか、
流通大手の「セブン&アイ・ホールディングス」は、来年初めに傘下のデパート
「そごう・西武」の広島県と静岡県の2店舗を閉鎖する方針を固めました。
「セブン&アイ」は、傘下のデパート「そごう・西武」が展開する
広島県呉市にある「そごう呉店」と、
静岡県沼津市にある「西武沼津店」の2店を、
来年2013年初めに閉鎖する方針を固めました。

2つの店舗は郊外のショッピングセンターなどとの競争の激化で赤字が続いており、
今後も業績の回復が見込めないと判断しました。
従業員については近くのグループの店舗などへの配置転換によって雇用を
継続するとしています。
セブン&アイでは、このほか東京の「そごう八王子店」など、採算が見込めない
店舗を今年1月閉鎖しており、「西武池袋本店」などの主力店に経営資源を
集中することで、収益の改善を進めることにしています。

デパート業界では売り上げの低迷が続くなか、大丸と松坂屋を傘下に持つ
「J.フロントリテイリング」も、おととい神戸市長田区の店舗を来年1月に閉鎖すると
発表しており、今後も地方を中心に採算の見込めない店舗の閉鎖が
続くものと予想されます。
seibu[1]

真珠業界の老舗「タカハシパール」自己破産

神戸のタカハシパール(株)(資本金5000万円、神戸市中央区山本通1-6-20、
代表高橋英二氏ほか1名、従業員10名)は、12月15日までに事業を停止し、
事後処理を佐柳秀樹弁護士(神戸市中央区明石町30、電話078-325-2183)
ほか1名に一任、自己破産申請の準備に入った。

タカハシパールは、1921年(大正10年)創業、1984年(昭和59年)1月に
法人改組した真珠加工販売業者。
神戸の地場産業である真珠業界を長年に渡って牽引し、あこや真珠の加工段階
における漂白で独自方法を開発したことで経営基盤を構築。
以降、あこや真珠の輸出が拡大して業界全体が隆盛するのに呼応して
業績を伸長させ、96年2月期には年売上高約36億5000万円を計上していた。

しかし、バブル経済崩壊以降の急激な消費の冷え込みにより真珠需要も下降の
一途をたどり、2009年2月期の年売上高は約11億4200万円に落ち込み、
大幅な赤字を余儀なくされていた。
またこの間、不良債権が続発したこともあり資金繰りが徐々に悪化、財務面も
著しく劣化したため、同年2月に中小企業再生支援協議会へ支援を要請し、
メーンバンク主導の事業再建に取り組むこととなった。ところが、頼みの綱だった
輸出についても欧米の景気後退と円高により回復せず、本店不動産を含む
資産売却などのリストラ策を実施するも抜本的な経営改善にはつながらなかった。

そのようななか、2011年2月期の年売上高は約10億5000万円にとどまり、
3期連続で大幅な赤字を計上するなど業況に改善の兆しがなかったことから、
同年10月頃に新たに私的整理のガイドラインに基づいて金融機関に
債務放棄を要請、事業を新会社へ譲渡する再建スキームを提示したが、
全行の合意が得られず頓挫したため、今回の事態となった。

負債は現在調査中だが約25億円の見込み。

昨日5月11日から13日まで神戸国際宝飾展が開催されている

第15回になる神戸国際宝飾展であるが、やはり大手の宝飾会社は出展が少ない。
地元の田崎真珠さへ出展していない。当然ミキモト、ナガホリ、柏圭なども出ていない。
東京にいるので行ってみたことがないが、難しいのだろう。
そんな会場で、また盗難事故が昨日起きた。

神戸国際展示場で開催中の 宝石展示販売会「神戸国際宝飾展」で、
同区にある宝石販売会社の従業員から
「1000万円分の真珠が盗まれた」と110番があった。

同社がビニール袋に入れて保管していた真珠129個(1000万円相当)が
なくなっており、神戸水上署は窃盗事件として捜査している。

発表によると、同日午前11時半頃、50歳代くらいの女性客が会場にある
同社のブースを訪れ、カウンター内で女性従業員2人と中国語で商談。約10分後、
2人が目を離した直後に女性客の姿が消え、机の上に置いていたビニール袋も
なくなっていた、という。

ここ3年続けて当会場内で盗難事故が起きている。
 同署などによると、同展は年1回開かれる西日本最大規模の宝石展示販売会で、
今年は11日から13日まで。約20か国の約460社が出展し、会期中は
関係者ら1万人以上が訪れるという。

銀座審美堂が自己破産 宝飾業界が厳しい、料理学校の老舗も倒産

「ジュエリー・フォンド」が倒産の記事を書きましたが、さらに今日、老舗宝石店の倒産情報が
はいってきた。

銀座審美堂である。

負債額は約6億円。

同社は、平成17年7月に、(株)審美堂〈現・(株)ヤマシン〉の会社分割により
設立された会社。同社の小売店8店舗を継承し、婦人用向けを中心にリング、
ネックレス、ブレスレット、イヤリング、ピアスのほか宝飾時計やトロフィーなどの
販売を手がけ、19年6月期は年商約21億円を計上していた。

しかし、リーマンショックによる影響は大きく、荻窪店、立川店のほか
看板の銀座本店を閉鎖するなどのリストラを敢行していたが、販売不振による
経営不振は深刻さを増し、今回の事態に至った。
1916年創業の老舗が・・・・倒産とは

また、料理界の老舗 学校法人辻学園(資産総額19億2377万円3184円、
大阪市北区西天満1−3−17、理事長辻義光氏、従業員100名)は、
4月26日に大阪地裁へ民事再生法を申請し、管理命令を受けた。

当法人は、1917年(大正6年)に辻徳光氏が東京都港区に
「日本割烹講習会本部」として創業し、84年(昭和59年)3月に法人改組された
「辻学園栄養専門学校」の経営業者。全国の調理師育成専門の法人として
トップクラスとして評価され、岡山県蒜山高原にトレーニングホテルを開設、
パリの一流レストランへ派遣するなど数多くの卒業生が国内外のホテルや
レストラン、料亭などで活躍している実績を持っている。
2006年4月には「辻学園調理・製菓専門学校」を創立し、調理師学科、
高度調理技術学科、製菓衛生師の3学科に分け、調理師免許や
製菓衛生師取得し、学生数が増加したことから、2007年3月期には
年収入高約23億9200万円を計上していた。
 しかし、少子化に加え、高卒者の大学進学志向の強まりや大学の栄養学科など
との競合から入学者数が落ち込んだことで授業料収入の減少を余儀なくされ、
2010年3月期には年収入高が約12億4400万円にまでダウン。
以降、入学者数を前年並みで維持したものの、新校舎新築に伴う多額の
借入金負担などから資金繰りが悪化し、今回の措置に至った。

 負債は、申請時点で約28億円。

爆発事故の青森の百貨店「中三」、再生法適用を申請

 盛岡市や青森市に計3店舗を持つ老舗百貨店「中三」(本社青森市、
向中野光秀社長)が近く、裁判所に民事再生法の適用を申請することが
3月29日、関係者への取材で分かった。

負債総額は数十億円程度とみられる。中三側は近く会見を行うもよう。

 中三の2010年8月期の事業報告によると、賞与の不支給やパート社員の
退職に伴う人員の補充抑制、正社員の希望退職を募るなど経費節減に
取り組んできたが、個人消費の低迷などにより、売上高の減少に歯止めが
かからず、2億6700万円の営業損失を計上していた。

 07年には事業改善計画を立て、再建を模索してきたが、資金繰りに
困窮し、経営難に陥っていた。
 同社は1896(明治29)年、旧五所川原町(五所川原市)で創業。
1935(昭和10)年に合資会社「中三中村呉服店」を創立。
50年に株式会社となった。62年に弘前店、74年に青森店を開店。
81年には県外進出を果たし、盛岡店をオープン。97年には秋田店も開店した。

 だが、消費低迷などにより、2006年に五所川原店、08年に秋田店を閉店した。

 一方、中三は1994年にイオン系の大手スーパー・ジャスコと提携を結んだが、
2009年に解消した。

東日本大震災後の今月14日には、盛岡店の地下で爆発事故が発生。
12人が病院に搬送され、このうち男性1人が死亡。同店は現在も臨時休業している。

宝飾販売「ナカニシ」が民事再生法申請

「鳥取」 (株)ナカニシ(資本金5000万円、鳥取市富安2-70、代表中西弘氏、
従業員219名)は、3月23日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請し、
同日受理された。

 申請代理人は佐長功弁護士(東京都中央区八重洲2-8-7 福岡ビル9階、
電話03-3273-2600)ほか6名。

同社は、1948年(昭和23年)4月創業、58年(昭和33年)10月に
法人改組した貴金属小売業者。
当初は「カメラのナカニシ」の屋号でカメラ小売を主体にスタートしたが、
84年頃から宝石、貴金属の扱いを本格化した。

本店のほか東京都中央区、福岡県北九州市小倉北区に営業所を配し、
「ベルジュ」「リエジェ」「ジュエラ」「東京銀座ナカニシ」などの店名で、
全国の百貨店や大型スーパーに積極的なテナント出店を行い、
ピーク時となる96年8月期には178店舗を展開し、
年売上高は約113億6200万円を計上していた。

 しかし、当社が出店していた(株)マイカルが2001年9月に倒産、
次いで同年12月は(株)壽屋、2002年2月には中鉄商事(株)が
相次いで倒産したことにより、多額の売掛金、保証金が焦げ付く事態となり、
その処理によって債務超過の状態に陥っていた。
さらに、その後の個人消費低迷の長期化が影響し、宝石、貴金属市場の
縮小が顕著となったことで、販売実績は落ち込みを強いられた。
この間、不採算店の撤退を進め利益率の向上に努めたものの、
2011年8月期の年売上高は約29億円にまで減少、経費の圧縮が
追いつかず、大幅な赤字決算を余儀なくされていた。

その後も店舗の閉鎖などリストラを進めたものの、外部環境の
厳しさに改善の兆しは見られず販売が低迷し、資金繰りがひっ迫した
ことから、今回の措置となった。

 負債は、金融債務27億円を含めて約32億円の見込み。

大阪の宝飾品輸入卸「エクセル」事業停止、自己破産

大阪市西区に本拠を置く宝飾品輸入卸の「エクセル」は、1月31日
付で事業を停止し事後処理を弁護士に一任、自己破産申請の準備に
入り倒産する見通しが明らかになりました。

1965年に設立の同社は、欧米などからアクセサリーおよび
ジュエリーの輸入を手掛け、全国の百貨店にて販売を展開する
ほか、東京・福岡・名古屋・札幌に拠点を開設するなど事業を
拡大していました。

しかし、個人消費の落ち込みから販売が低迷すると、借入金が
資金繰りを逼迫。
今後も業績の回復は見込めないと判断し今回の措置となった
ようです。
信用調査会社の「東京経済」によると、負債総額は約15億円の
見通しである。

7つ目のアンティーク時計「クロノグラフ・スイス」

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Chronograph Suisse 
手巻き、クロノグラフ
ベースムーブメントは、ヴィーナス175 か?
非常に珍しいモデルで、日本には、輸入されていないブランドである。
1940年代後半に製造された時計である。
メーカーについての資料は、残念ながら入手できない。
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6つ目のアンティーク時計「UNIVERSAL GENEVE ユニ・コンパックス」

「ユニバーサル・ジュネーブ」UNIVERSAL GENEVE
手巻き、クロノグラフ
創業時から高精度のクロノグラフが注目され、1906年のミラノ万国
博覧会でのクロノグラフコンテストにおいて金賞を獲得する。
この実績により、1917年に自社初となるクロノグラフ機能を搭載した
腕時計を発表し、
クロノグラフの生産に拍車がかかった。
まず、1934年に2つのプッシュボタンでクロノグラフを操作する機構
の特許を取得し、ムーブメンントに2つのコラムホイールを搭載した
腕時計を完成させた。

翌年には、12時間積算計と30分積算計を装備した「コンパックス」を
送り出し、続く1936年には、30分積算計を45分に変更した
「ユニ・コンパックス」を製造。
さらに、1940年、計測開始時刻を記録する4つ目のインダイヤルが
装備された「アエロ・コンパックス」でも特許を取得。

創業50周年にあたる 1944年には、クロノグラフ機能に
トリプルカレンダーとムーンフェイズを載せた20世紀を代表する
「トリ・コンパックス」が登場した。
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私の使用しているモデルは、1940年代の「ユニ・コンパックス」である
友人の時計技術者に昨年、オーバーホールしていただいたので
現役の機能を誇っている。
70年前の腕時計が現役で使えるというのは実に素晴らしいことである。

私の所有しているアンティーク時計

私の所有しているアンティーク時計につきまして、このブログですでに
①ヴァルカン・クリケット、②ゼニス・クロノメーター
③モバード・エリムト   ④ウオルサム・フリーメイソン
以上4点をご紹介しておりますが、また少しご紹介してみたいと思います

5つ目のアンティーク時計「エルジン・ジャンピングアワーズ」
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<デジタルの名品>ELGIN JUMP HOURS 
エルジン・デジタル表示ゴルフボール型腕時計

1940年ごろまで世界の時計生産が一番多いのはアメリカであった。
メーカーとしては、ウオルサム、エルジン、ブローバ、ハミルトンの
4大会社をはじめ、ハンプトン、イリノイズ、グリュエン、など
多くの会社が大量に時計を生産していた。

この時計は、エルジンのデジタルウオッチである。
デジタル表示の時計は今でこそ多く見かけるが、この当時では珍しい
ものであった。
時計下部に三角に窓が開けられそこに時と分の数字が2段で出るように
なっている。
時計ケースは、ゴルフボールをデザインされていた。
いかにもアメリカらしいデザインで大ヒットしそうな品であるが、
やはり使え慣れないためかほとんど売れなかったそうである。

1950年代にはいるとアメリカはスイスのテクノロジーの開発に
遅れをとり、やがて世界一の座を奪われ、つぎつぎと倒産、買収
されていった。
エルジンも例外でなく、1961年にその幕を閉じた。

ゆえに、このモデルは、1961年以前に製造されたモデルであることは
間違いない。
しかしながら、この頃ゴルフがアメリカでは盛んであったのだろうが、
日本は戦後の復興でまだ生活するのがやっとの時代である。

実は、80年前のエルジン・デジタル表示時計であった。

「ジャンピング・アワーズ」に関しまして
製造年代が判明しました。
1960年以前の時計であろうと私は考えていたのだが・・・・

なんと 1930年代に造られたモデルであった。

古い時計の資料を調べていて、洋書の「American WRIST WATCHES」の
記事のなかに、この時計が記載されていました。
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