2009年09月12日
ウォーターベッド
今日我が家にウォーターベッドが来ました!
キングサイズ、縦220cm横180cmの自分にとっては夢のような広さのベッド。
これまでが120cmのセミダブルだったのでプールに浮かんでいるかのような快適さ。
今日はもうこれから風呂に入って寝てしまおう。
キングサイズ、縦220cm横180cmの自分にとっては夢のような広さのベッド。
これまでが120cmのセミダブルだったのでプールに浮かんでいるかのような快適さ。
今日はもうこれから風呂に入って寝てしまおう。
2008年08月15日
ひとりごと
そうはいっても転社(職を変えずに会社だけ変える)しても人間関係とかで大変そうだし、逃げというかなんか違う気がするし、そこはやっぱり自分の頑張りで変えられる可能性のあるうちは今の会社で苦労してみるというのも・・・。これも一つの経験で人生の価値というのは新しい経験をいくつするかで決まるというのも一つの考えのはずだ。
2008年08月14日
企業20年説
まあ僕みたいに普通にサラリーマンやってるとさ、企業が利益を上げるのって相当大変だということが分かるわけよ。新規事業とかじゃなくてもさ一旦伸び悩みになった事業とかでもそこからまた立て直すのなんてもうどうしていいかさっぱり・・・。だからさ、このままサラリーマンでほんとに最後まで食っていけるのかな、なんてよく考えるんだよねー。
2008年08月11日
心境の変化
これまでブログの更新がかなり止まっていたのだけれど、それは何が原因かというとちょっとした心境の変化があり、それまでと同じ自分、言い換えるならスタンス、では書き続けられないと思ったからである。そしてそこで無理して書き続ければ嘘を書いてしまうことになり、僕がもっとも忌み嫌うニセモノを生み出してしまうことになってしまう。
人知れずそんな思いを持ち、自然に身を任せて書かずにいたわけだけれど最近前とはまた違ったスタンスで書けそうな気分になってきた。少数ながらブログの更新がないことを心配してくださる奇特な方々もおられその期待に応えたいという気持ちも追い風としてある。
また少しずつ書いていけたらいいな。
人知れずそんな思いを持ち、自然に身を任せて書かずにいたわけだけれど最近前とはまた違ったスタンスで書けそうな気分になってきた。少数ながらブログの更新がないことを心配してくださる奇特な方々もおられその期待に応えたいという気持ちも追い風としてある。
また少しずつ書いていけたらいいな。
2008年02月16日
発見
「ストレスは向き合うことでしか解消できない」。
イチローと五百旗頭真が同じようなことを考えていることを発見した。この二人がそう思っているのならおそらくはそうなんだろう。
イチローと五百旗頭真が同じようなことを考えていることを発見した。この二人がそう思っているのならおそらくはそうなんだろう。
飲み会からの帰り道
飲み会を終えての帰途は寂しい。こんな寂しさを味わうくらいならいっそ行かなければよかったと思ってしまう。家に帰り着いてからも寂しくて誰かに電話してこの寂しさを全て受け入れてほしいと思ったりする。
そしてblogに書いたりしてしまうのだがそうすることで結構気が紛れたので寝よう。
そしてblogに書いたりしてしまうのだがそうすることで結構気が紛れたので寝よう。
2008年02月14日
20年の長さ
それにしても1年というのは長い。ずいぶん前にやったと思われるあのこともこのことも今から1年以内に行われたことだったということもよくある。
これまで生きてきた32年間だってやはりすごく長かったのだ。確実に物心ついた10才過ぎからの20年間を思い返してもものすごい長さだ。
だから特に老後のことなど考えもせず決めていることがあるが本当はよくないかもしれない。今が大事だと簡単にレーシック手術を決断したがそれ故に確実に老眼になることになった。老眼になってからの20年間が思ったよりもつらく長かったとするならば若いときにした決断を後悔するかもしれない。
老後は思ったよりも長い。まだ寿命は尽きてないにもかかわらずもういいかななどと思わない生き方をしたい。肯定形でいうならば寿命が尽きるまで生きていたいと思える生き方をしたい。
などと星の輝く夜空の下寒風吹きすさぶ帰り道にて考えた。
これまで生きてきた32年間だってやはりすごく長かったのだ。確実に物心ついた10才過ぎからの20年間を思い返してもものすごい長さだ。
だから特に老後のことなど考えもせず決めていることがあるが本当はよくないかもしれない。今が大事だと簡単にレーシック手術を決断したがそれ故に確実に老眼になることになった。老眼になってからの20年間が思ったよりもつらく長かったとするならば若いときにした決断を後悔するかもしれない。
老後は思ったよりも長い。まだ寿命は尽きてないにもかかわらずもういいかななどと思わない生き方をしたい。肯定形でいうならば寿命が尽きるまで生きていたいと思える生き方をしたい。
などと星の輝く夜空の下寒風吹きすさぶ帰り道にて考えた。
2008年02月13日
虎ノ門と霞ヶ関
虎ノ門と霞ヶ関は近い。今日虎ノ門に用事があり、ふと思った。行きは職場から銀座線で虎ノ門で降り、帰りは千代田線で霞ヶ関から一本で帰ったから思った。乗換も十分に出来る距離だ(地下で繋がってはいないが)。
僕が何でこんなことを書いているかというとこんなことは体験で実感してみないと気がつかないことで気がつかないと一生気がつかないのでないかと危惧されるからであり、せっかくの気付きをせめて未来の僕およびここに読みに来た稀少な人たちには利用してほしかったからである。とそこまで書いてはたと思い当たる。僕は僕にとっては自分の中にすうと落ち込んでくる実体験であり、利用できる価値の高い情報であろうが、ここで読んだだけの人たちには字面で読んだだけでいつ使うとも知れない情報であろう。こいつぁいいことを発見したという僕の喜びほどには誰も感銘を受けないと予想される。さらに悪いことにはここまではひとりよがりという側面からの価値への反駁であったがもう一つの側面からの反駁におもい当たったのである。それはそもそもほかの東京人は虎ノ門と霞ヶ関が近いことぐらい先天的に近いぐらいの感覚で知っているかもしれないという可能性とよしんば知っていないとしても調べればすぐに出てくるかもしれないという可能性からの価値への反駁である。
というわけで僕のせっかくの気付きを教えてあげようという思いつきは過程の上では頓挫したわけだが、僕にとってはやはりブレークスルーであり気持ちの良い体験だったので消さない。まいったか。
僕が何でこんなことを書いているかというとこんなことは体験で実感してみないと気がつかないことで気がつかないと一生気がつかないのでないかと危惧されるからであり、せっかくの気付きをせめて未来の僕およびここに読みに来た稀少な人たちには利用してほしかったからである。とそこまで書いてはたと思い当たる。僕は僕にとっては自分の中にすうと落ち込んでくる実体験であり、利用できる価値の高い情報であろうが、ここで読んだだけの人たちには字面で読んだだけでいつ使うとも知れない情報であろう。こいつぁいいことを発見したという僕の喜びほどには誰も感銘を受けないと予想される。さらに悪いことにはここまではひとりよがりという側面からの価値への反駁であったがもう一つの側面からの反駁におもい当たったのである。それはそもそもほかの東京人は虎ノ門と霞ヶ関が近いことぐらい先天的に近いぐらいの感覚で知っているかもしれないという可能性とよしんば知っていないとしても調べればすぐに出てくるかもしれないという可能性からの価値への反駁である。
というわけで僕のせっかくの気付きを教えてあげようという思いつきは過程の上では頓挫したわけだが、僕にとってはやはりブレークスルーであり気持ちの良い体験だったので消さない。まいったか。
2008年01月04日
2007年11月11日
全国関東茶品評会金賞農林水産大臣賞受賞茶園銘茶
最近家から歩いての谷根千めぐりがお気に入りである。谷根千ちゅうのは谷中・根津・千駄木の風情ある町の頭文字を取った略称である。1ヶ月ぐらい前に実は家から30分ぐらい歩けば谷根千まで行ける事に気付き最近は週末になるとことあるごとに出かけている。
で、表題のお茶である。根津でぶらりと立ち寄ったお茶屋さんがなんとも具合のいいお茶屋さんで、話して良し、淹れてもらった茶を飲んで良し、お茶の種類も豊富というお茶屋さんなのであるが、そこに20g1050円のお茶があったのだ。普通お茶は100gでパックになっているのにそれは20g。しかも僕が普段飲んでいるのは100gで840円の深蒸し緑茶なのだがそれでもとっても美味しい。それなのにそこで見つけたそれは5倍以上の値段の20g1050円、100gなら5250円である。以前来た時のおじさんとは違う店番のおばあちゃん(ちなみに上がりかまちに座布団の上に正座して老眼鏡で池波正太郎の「堀部安兵衛」を読んでらっしゃいました、渋い!)がこのお茶は今の時期しかなく味見をしたいというお客さんのために特別に20gずつの小分けにして出しているのだそう。確かに5千円では手が出ないが千円であればちょっと飲んでみようかなと思う。で、買った。
家に帰って飲んでみるとこれがもう美味しい。茶の葉は色が緑で綺麗で丁寧によってある。それを説明のとおりに沸騰したお湯を一度湯飲みに入れて蒸気を逃がしなおかつ熱を取ることで80度ぐらいまで温度を下げ、一度に葉が広がらないようにして湯を急須に注ぐ。そこでゆっくり2分ぐらい待って湯飲みに茶を注いだのだ。お茶もそれまでは見たこともないような透き通った黄緑色で甘みがふわっとしてさわやかで美味しい。お金はこういうことに使いたいと思った。
で、表題のお茶である。根津でぶらりと立ち寄ったお茶屋さんがなんとも具合のいいお茶屋さんで、話して良し、淹れてもらった茶を飲んで良し、お茶の種類も豊富というお茶屋さんなのであるが、そこに20g1050円のお茶があったのだ。普通お茶は100gでパックになっているのにそれは20g。しかも僕が普段飲んでいるのは100gで840円の深蒸し緑茶なのだがそれでもとっても美味しい。それなのにそこで見つけたそれは5倍以上の値段の20g1050円、100gなら5250円である。以前来た時のおじさんとは違う店番のおばあちゃん(ちなみに上がりかまちに座布団の上に正座して老眼鏡で池波正太郎の「堀部安兵衛」を読んでらっしゃいました、渋い!)がこのお茶は今の時期しかなく味見をしたいというお客さんのために特別に20gずつの小分けにして出しているのだそう。確かに5千円では手が出ないが千円であればちょっと飲んでみようかなと思う。で、買った。
家に帰って飲んでみるとこれがもう美味しい。茶の葉は色が緑で綺麗で丁寧によってある。それを説明のとおりに沸騰したお湯を一度湯飲みに入れて蒸気を逃がしなおかつ熱を取ることで80度ぐらいまで温度を下げ、一度に葉が広がらないようにして湯を急須に注ぐ。そこでゆっくり2分ぐらい待って湯飲みに茶を注いだのだ。お茶もそれまでは見たこともないような透き通った黄緑色で甘みがふわっとしてさわやかで美味しい。お金はこういうことに使いたいと思った。


