■□■非オニ嫁日記■□■
「ええっ!あたしのごはんないのっ!」

この一言で私は凍りついた。
悲壮感を漂わせながら
走って自室に駆け込む姑の姿に私はうろたえて
「お姑さん!すぐ何か作りますから!」
と叫んだ。すると姑は、
「いらないっ!自分で買ってくるからっ!!」
と叫んで、まだ肌寒い3月、
夜の21時に家を飛び出していった。

私は、これまで必死で保っていた最後の糸が
ふつっと切れた感じがした。
■非オニ嫁日記というタイトルの理由■
■これまでを振り返って■
■□■モラルハラスメントブログ共同企画■□■
■モラハラブログ共同企画参加にあたり■
■「モラのいた日々」と「モラのいない日々」■

2007年09月12日

                   │リアルタイム日記 
                    

再会のような出会い

大変ご無沙汰をしております。

いろいろあったので落ち着いたらゆっくり書きたいと思いながら、すっかり間があいてしまいました。

昨年、2006年は、このブログのスタートに始まり、たくさんの方々とWEB上での出会い、励まし、アドバイスなどを受け、最後の最後で元夫と離婚成立、この場でも皆様の祝福と今後の生活へのエールを受けて、爽快な気分で終えることができました。

そして、今年2007年は、その反動か私自身が情緒不安定なうえ、仕事上でのストレスやそのほか対人関係の悩みなども重なり、かなり浮き沈みの激しい幕開けでした。
しかし、そんななか昨年築き上げたWEB上での出会い…特に、モラルハラスメントの被害経験者の方々にたびたび相談したりしながら、今年もまた彼女達に支えられ、現在に至ります。

被害経験者ならではのメンタリティがあるのでしょうか?

その人の良し悪しではなく、この少々変わった経験(どころではないですが…笑)をしたかしないかで、こと家族観、結婚観には大きな隔たりを感じることがあります。しかし、顔も知らない経験者の方々は、まるで旧知の仲のように、先が読めるかのように、私の現在の辛さや悩みを多くを語らずとも理解してくれるのです。私は、未だに自分自身、モラルハラスメント被害者なのか?という問いの答えは見つけられずにいましたが、もし被害経験者ならではのメンタリティがあるとしたら、私は多かれ少なかれ、モラハラ被害を受けていたのかもしれません。

さらに、この夏は、また新しい出会いと再会がありました。

私は、実は6月に初めてモラルハラスメントをテーマにしたメディア取材を受けました。私自身、何度も書いているように、変わった結婚生活を経験したとは思っていますが、典型的なモラハラケースではないですし、お話をいただいたとき、

「こんな私でよいのでしょうか?」

と確認したほどでした。しかし、そのライターさん、橘由歩さんという方なのですが、熱心に話を聞いていただき、なんと7時間にも及ぶ取材となりました。

途中彼女は、

「ピーさん、一度壊れて(精神的に)良かったね」

と言ってくれました。芯をついていました。
壊れたことで、キレたことで、家を出たことで、全てが動きました。
ここで壊れていなければ、まだおかしな結婚生活は続いていたと思うとGUYへの影響ははかり知れないものありますし、また私自身招いた部分、私の家族との関係性、そういった見えなかった部分が見えてきたことでのブレイクスルーがあったと思います。
もちろん、まだ終りではないですが。。

新潮45その頃、特に落ち込んでいた私がその言葉に救われたことはいうまでもありません。結果として、私のケースは説明が必要で、初めてモラハラを取り上げる雑誌の限られたページの中で紹介するには難しいという判断から、今回は掲載されませんでしたが、モラハラ特集初出しということで、体験談のみにとどまらず、専門家の意見や解説なども含まれ、モラハラを知らない方にも、説明しにくいところを伝えてくれる内容になっています。

掲載誌は、現在発売中の新潮社の『新潮45』9月号です。
8ページにわたる特集になっています。 

ライターの橘由歩さん自身が過去にモラハラ経験をお持ちだったことや、また数々の女性や家族問題の事件ルポなどを手がけてらしたことなどから、これまで私が見た記事とは違った切り口で書かれており、とても興味深い内容です。

よろしかったら、ご一読を!

また、 『この問題を一度限りで終わらせはしない』という熱意を橘さんご自身強くお持ちなので、今後の展開にも期待したいですし、及ばずながら協力をさせていただきたいと思っています。

そして、もう1つの出会い。
この橘さんを介して、同じく取材を受けたにゃりんたさんともお会いしました。
彼女もブロガーなため、間接的に存じ上げてはいたものの、直接のつながりはなかったのですが、同じ横浜、同じ男の子(年も近い)をもつシングルママ、同じ嫁姑問題に悩んだ…といった共通点があり、これこそ本当に初対面のようなものだったのですが、やはり初めて会った気がせず、私が大遅刻をし、短時間の宴ではあったのですが大変に盛り上がった一夜でした。

この日は、今から忘年会の約束をして、お別れしました。
今からそれがとっても楽しみです!!

本当に、2007年は、出会いと再会に感謝する1年になりそうです。



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2007年05月31日

                   │リアルタイム日記 
                    | 自分探しの旅

自分の人生を、自分で選んで、自分で決める

『私は、自分の人生を、自分で選んで、
  自分で決めたい』



前回、あまりのオチっぷりに続きを書くこともままならず、
中途半端な記事に終わってしまい、
もしご心配くださっていた方いらしたら、
ホント申し訳ありませんでした。
ようやく、復活してなんとか前にすすめそうです。

少し前に、私はかねてから興味のあったカラーセラピーを受けてきました。
イギリス発祥のオーラソーマという上下2層の色彩に分かれた106本のカラーボトルを用いるカラーセラピーで、直感的に選んだ4本のボトルから、本来持った自分、これまでの問題点(乗り越えるべき課題)、今現在の状況、そして未来を読み取るというもの。これは占いでなく、あくまで心理診断で、上層の色が表層意識、下層の色が潜在意識を表しているといいます。なので、自分自身を知るためのセラピーといったところでしょうか。


じつは、前記事にも書いていますが、今年入ってからいろんな疲れが出て(心も身体も)、体調が悪くて、特に4月入ってからはあまりの体調の悪さに落ち込んできて、また休むと生活に直接響く時給生活で経済不安もあり、すっかり鬱入ってました。
この日も精神科の通院日で、主治医に

「これ以上続くようなら診断書(休職のための)書きますから」

とまでいわれていて、
この日好天だった横浜の海も空も緑もまぶしくてさわやかなはずなのに、
なぜか涙がでそうな気分でうつむいてあるいていました。
しかし、店を出るころにはホント私顔が変わってたんじゃないかと思うんです。
それほど、私にとっての大きなブレイクスルーになりました。

占いと同じでセラピーの真偽はともかくとして、
今現在見失っている『自分の心』を客観的に知りたかった。
そのために、以前のカウンセリングのようなセオリーどおりのものではなく
(当初はそれも必要だったのかもしれないですが)
『自分で選んだ』ボトルでの診断ということで、
ミョーに納得してしまったのでした。

ホントにようやく気づいた、という感じです。

『私は、自分の人生を、自分で選んで、
  自分で決めたい』


だから、どんなにハタからみても、人生大失敗のようにみえても、
私自身は、後悔はしたくない、いやしない!

人生前を向いていれば、必ず前に進む。
座右の銘は、前向きな『ケ・セラ・セラ』、
なるようになる。思うようになる。なりたいようになる。
だったことを改めて思い出したんです。

大変な状況に変わりはないし、
いますぐやめたりとか何かやったりとかはしないと思いますが(わかりませんが:笑)、ちょっと憑き物が落ちた感じで、すごくラクになりました。

 

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2007年04月04日

                   │ことば 
                    | リアルタイム日記

太陽に向かって伸び上がる花

「心無い人間たちに
 踏まれて折れかけた花が、
 ヨロヨロながらも頭をもたげて
 その花を再び咲かせようと
 太陽に向かって
 伸び上がっていこうとしている

 その花の傍らには、
 その花が土に落とした種が小さな芽を出し
 小さいながらも母花を真似て
 太陽に向かって伸び上がろうとしてる」


長らくご無沙汰いたしました。

そして、冒頭の言葉も長いですね…。
でも、省略したくなかったので、そのまま掲載しました。

これは、前回の記事でもM&Mさん同様、私に経験に基づく、
優しい配慮をしてくれた宇砂子さん が、
私、そしてGUYを形容してくれた言葉だ。

同じ頃、まっち〜さんもこんなメッセージをくれた。


「もがき苦しんでいても、這いつくばっても、
 絶対に前を向いている姿が好きです。
 泣いてボロボロになっても、情けなくっても、
 眉間に皺が出来てたって、
 今のピーさんが一番かっこいいと思う。」

わたしは、これらメッセージを読んで、
どちらもそのとき会社にいたのだが、涙がでそうになった。
M&Mさんもそうだが、皆顔もあわせたこともない私に、
こんなにも、心をかけてくれて、
こんなにも、温かい言葉をくれる。

経験者である彼女達からの言葉であるからこそ、
その言葉のひとつひとつが有難く、心に響いた。

私は、前の記事にも書いたように
実際2月に入ったころから、だいぶオチていた。
そんなころに、もらった言葉である。

お2人のメッセージに共通しているのは、
私が、ある意味かなり無理して、必死に
『前を向いていること』をすごく評価してくれているというところだ。

ぱっと見たときこそ、涙がでるほど嬉しくて、
その言葉がだんだんと復活していくきっかけにもなったのであるが、
何度も読み返すうち、だんだんこそばゆいようなキモチになった。

(でも、私って、こんなにホメてもらえるような人間か?)


2月頃からの気分の落ち込みや、それ以降の今も続く体調不良の要因が、
前回の記事の頃とは、少し違ったものであることが、
さらに1ヶ月以上が経過して、少しわかってきた。

私自身、上述の彼女達をはじめとする、
同様の、いや私以上に辛い思いをした経験者の方々に
支えられ助けられたことから、私自身も今現在苦しんでいる方々の
助けになりたい、と思っていた。

しかし、まだまだ私は打たれ弱かった。
そんなに急に人助けができるほど、強くはなれなかった。

そして、宇砂子さんやまっち〜さんが、
私が『上を向き、前に進もうとしている』ことを、
どうして評価してくれていたのかも、ここにきて、理解できた気もした。

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2007年02月25日

                   │ことば 
                    | リアルタイム日記

いちばん大切なものひとつ

「いざとなったら、
 その『いちばん大切なものひとつだけ』 
 本当に守ることを考えればいい」


この前の記事は、あまりトップに長くおいておきたくないので、ちゃっちゃと次の記事をアゲてしまいます。

早いもので、離婚から2ヶ月。
私は、すべての問題が解決しきらないまま年内離婚を目指し、突っ走り、そのまま離婚した。大まかな方向しか定まっていないのに、まだ、自分自身GUYを1人で育て上げられる目途もたたないのに、家もローンも名義も変えるべきかどうするべきかも決まっていないのに。

特に、離婚届提出の前日、私は信頼していた上司に抱き始めた不信感を絶望感を、若干先行きに不安を感じていたのもあってか、直情的に感情をぶつけてしまった。前の記事にも書いたが、私は以前の会社も上司に反抗してやめている…私に問題があるのだろうか…正義感が強すぎる、と言われたこともある。それが組織なんだ、と思っても、許せないことがある。私は長いものにただ巻かれるのがキライであった。しかし、今回は前回のように、直情的にやめることなどできない。何せ私には守るべきものがある。愛すべきGUYとの生活がある。世間のサラリーマン達はこのストレスに耐えながら働いているのに…私はいくつになってもダメだな…と落ち込んでいたなかでの離婚だった。
しかし、念願の離婚がかなって、まずは生活のために現状維持!と、珍しく堅実な結論をだし、できるだけ前向きに、ハイテンションを保ったまま、年末を迎え、超ポジティブな昔の会社の同僚と10年ぶりに会って、エネルギーをもらい、

「今はとにかく、いい仕事を残して惜しまれながらやめて、
 早く独立してやる!」


と、ぬぐいきれない不安をモチベーションに変えて、気を張って仕事をしていた。
と同時に、やはり離婚の解放感もあり、2月に迎えるGUYの誕生日に向けて企画を立てたり、いろんな友人と会いたくなって実際会ったり、今後のビジネスプランを考えたり、このブログの他にもサイト立ち上げようと目論んだりと、かなり精力的だったと思う。

しかし…気合だけでは、身体がついていかなかった。
まだ、私は完全に復活したわけではなかった。
だんだんと体調が悪くなり、体調が悪いことでナーバスになり…。

オチてました。正直。
このブログも放置状態になってしまい、申し訳ありませんでした。
もう、この先どうして良いかもわからなかったなか、それでも少しずつ方向性が固まってきていたというのに、身体がついていかない。

母に弱音を吐けば

「弱いわねー!私いないとやっぱりダメね」

と勝ち誇られたり(感じ方がもはや歪んでいる)、
子供のいる立場の近い同僚に弱音を吐けば

「どんなに辛くても、一度休んだらもうとりとめなくなるから
 休んじゃダメだよ」


と、とても、アタリマエのことを言われ、自分の甘さ、弱さに落ち込んでいました。
なんか、必死に依存先を探しているようで、そして思うとおりの答えが返ってこなくてオチている自分がイヤになって…。

通勤往復4時間、物理的にも身体はキツイ。
仕事も私がいなくては進まない仕事が動き出してる。
上司に不信感をもってしまい、「いい仕事してやる」とか「気を抜いてるだなんていわせない!」という負のモチベーションで気を張って仕事していて、これまでに比べて精神的にも疲れる。しかし、仕事は行かないと時給なので直接収入に響くのでやすめない。ローンも背負っていかなくちゃいけない。でも、ここでツブレたら、ほれ見なさい!という母やカウンセラー、元夫の勝ち誇る顔が目に浮かんで、どうしたらうまくまわるのか、どうしてコントロールしたらよいのか、ちょっと見えなくなって、どうにもならなかったとき…。

上記の言葉を、もうここではおなじみ、M&Mさんがいってくれたのでした。

「いろいろうまくいかない、何をしても掛け違う。
そんな時は『何が大切か』を見直してみるのも一つの手かも。
最悪ひとつだけ死守するとしたら、なんでしょう?
いざとなったら、その「ひとつだけ」本当に守ることを考えればいい。

最も優先すべきものはきっと、見栄やプライドではないと仮定して。
親や元夫や職場の人が何を言おうと関係ない。
言いたい人には言わせておけばいい。
たとえばローンが背負えなくなってもその時はその時、
家が一番大事なのでなければ手放すなど打つ手がきっとあります。

弱った身体でいっぱいは持ち運べなくても、
たったひとつなら、なんとかなるんじゃないかな?」


背負うものが多すぎて、そしてそれから逃れられない状況に、
私がツブれかけたとき、まずは身体を休めて初心に還ることを、
教えてくれたのでした。

また、この私のハイテンションな突っ走りに、そしてつまづきに、最初に気づいて、警鐘を鳴らしてくれたのも、モラブロつながりの宇砂子さんやまっち〜さんでした。。
皆様方には、もう頭があがりません。。

またまた危うく再び抑鬱の海に、溺れてしまうところでした。

それからまだ、何がどう変わったというわけでもなく、私自身欲張りなのか、たった1つを決めかね、ただ漠然と、

『GUYと私との生活を守る』

ことと考え、
このために、まずは時には息を抜き、楽しみながら、仕事も含めた日常をこなす、ということからゆっくり始めたいと思います。

そのため、このブログも少し間隔があいてしまうかもしれないのですが、
ちょっとガス抜きしてるんだなーと思って、どうか見逃してやってください。
基本的に書くことは好きなので、すぐ戻ってくるとは思いますが(笑)、
自分探しのためのブログが、
『書かねばならない』というプレッシャーになって、
自分を見失うようでは本末転倒ですもんね。

こんなワタクシのブログですが、今後とも見捨てず時折覗きにきてやってください。。なにか更新してるかもしれません。



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2007年01月26日

                   │ことば 
                    

具体的に動く

「ともかく 具体的に動いてみるんだね
 具体的に動けば 具体的な答がでるから」

これもわりと有名かな?
相田みつをの言葉です。

我が家には、相田みつをの日めくりがあるのですが、
私が夫との再同居を始めた新生活の中で、思い悩み、色々な方々に支えられ、最後の脱出(離婚から約2年前にも家出してるので…)を果たしたのは、
6月22日でした。

この言葉は、日めくりの22日の「言葉」でした。
私は、ギリギリまでもがいて、結局ダメだと、ほぼ衝動的に脱出を決意し、決行したため、何の準備もしておらず、夫からは逃げ出したかったけれど、新しいマンションには夢や未練があり、もうここに帰ってくることはないのかな…とまたしても夢の住まいを失う喪失感と、実家の父が歓迎していないという情報を母から聞いたりして、夫が帰ってくる前に荷物をまとめ、家を出なくてはならない22日当日、半日は呆然として、時には涙をながし、マトモに作業ができませんでした。
そんなとき、友人から電話があり、友人の言葉でようやく動き出す気になり、作業を始めたとき、日めくりの言葉に気づきました。

現在あるもの(私の場合は住まい)に執着して、その場にしがみついていても何も変わらない。
この先に不安を感じて、その場で足踏みしていても何も変わらない。
ともかく、具体的に動いてみる、そうすれば答が出る、という言葉は、どんなにタイムリーに私に響いたことでしょう。

そうだった。
私はもともと『猪突猛進』とは私の為にある言葉、と複数の人にいわれるほど、私は考えるより先に、まず実行してしまうタチだった。
(そのおかげで、トラブルを招いているともいえるのですが:笑)
そんな私が、何をいまさら、この期に及んで地団駄ふんでいるのだ、と我に返ったのです。
そして、先ほど電話をくれた友人がいってくれた、

「あんたは大丈夫。元の自分に戻ればいいだけなんだから」

という言葉も同時に思い出したのです。

いま、いろいろな迷いから足踏みをしてしまっている人がいるかもしれない。
そんな方に、相田みつをのこの「言葉」を伝えたいです。

具体的に動いてみることで、何か違った答が見えてくるかもしれないのです。

少なくとも、私は具体的に動いてみて、私自身が想像以上に吹っ切れて、スッキリとしていること、何だかんだいって文句ばかり言っていた父親も、この時点ではまだ複雑ではあったようだけども、GUYと私がきてから、急に若返り元気になって嬉しそうであること、そして何より冷静に着実にもとの自分を取り戻して行くことが実感できました。

ちなみに、私自身がカウンセラーに思いをぶつけ、急遽家をでることが決まった前日、21日のみつをの言葉は、

「にんげん 我慾のかたまり 
 にんげんのわたし」

でした。マンションや環境に執着してしまって迷っている私のことを言っているようです。

脱出翌日の23日の言葉は、

「途中でいるから中ぶらりん 
 底まで落ちて 地に足が着けば 
 ほんとうに落ち着く」

でした。
その通りだと思いました。

脱出の日、自分自身が迷わないために、あえて日めくりをずっと22日のままにしていたので、この前後の言葉に気づくのは、ずいぶんあと…再びこのマンションに戻ってきてからなのですが。

どちらも、どしんと胸に来る言葉です。


少しそれますが、この日めくりつながりで、もう1つ書かせてください。
私は、結婚したばかりのとき、この日めくりの一番最初、1日の言葉が大好きで、ずっとそのページを開きっぱなしにしていました。
その言葉は、

「いまから ここから」

です。

新しい結婚生活の当時の決意表明みたいなものでしたが、
これからのGUYと2人の新しい生活も、「いまから ここから」
前向きに歩んで行きたいと思います。



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2007年01月21日

                   │結婚生活回顧録 
                    

元夫はモラ夫だったのか?

いつか、書こう書こうと思いつつ、なかなか手を出せずにいたテーマです。

『結局、元夫はモラ夫だったのか?』


これは、いまだにわからないですね、実際(だったらまだ書くな?)。
確実に傾向はあったと思うんです。
そして、彼自身は、親(姑他)から受けていた。
被害者であったことは確かで、その影響を大きく受けて歪んではいたのも確かだと思うのです。

しかし、離婚成立して1ヶ月経過しましたが、未だにまだマンションの件や養育費の件がキチンと決まっておらず、連絡をとる機会も何回かあり、1度GUYと面会もさせたので会ったりもしたのですが、会ったり話したりする限り、彼はまだ『ヨイ人』のままです。
途中、お金の件で ビックリすることがありましたが、これはモラ特有の嫌がらせ的なものというより、元夫の姑に通じる『自分の小金を守る』という性質と思慮のなさからくる、浅はかなものだと考えています。

…となると…やはり、夫はモラ夫ではなかったのかもしれません。
傾向はあったと確信していますが、モラルハラスメントの加害者の典型的な型にハマる人ではなかったのだと思います。
いまだにその定義は、私にははっきりとわかりかねるので、どこまでがモラか、モラではないのか?という線引きはできないのですが。

しかし以前、モラルハラスメント・ブログの共同企画記事で、私はモラルハラスメントの被害に遭っていた前提で(程度、型にハマるかはどうであれ)、当時の率直な思いを記述しています。
元夫がモラルハラスメントの加害者じゃないのに、被害に遭っていた、なんて矛盾している、とお思いになる方もいるでしょうが、その記事から4ヶ月経過し、その間に離婚した今、また少し目線は変わってきました。
しかしながら、私自身が自分の心を整理するために始めた、しかも最初は、言葉は知っていても『私は、モラルハラスメントの被害者ではない』という認識のなか始めたこのブログをすすめていくうち、多くのモラルハラスメント被害経験者の方々から共感して頂き、コメントを通して、時に励まされ、時にアドバイスを頂き、救われました。そして、多くの方々の経験談をお聞きするにあたり、『私はそこまでの被害は受けてないかも?』とは思っても、やはり私自身も共感できるところが、多々あるのです。たとえ、ケースがまったく違っていても。この時点で、やはり多かれ少なかれ、モラルハラスメント自体は受けていたのだと思います。

最近つくづく思うのは、モラルハラスメント被害に幸いにも遭わなかった方々や間近で見たりしたこともない方々には、にわかにはモラルハラスメントの辛さ、空気感、緊張感…等は理解できないものなのだ、ということです。
前述したモラルハラスメント・ブログの冒頭記事でも管理人もまっち〜さんが書かれていますが、まったくモラハラと関係ない方々は、モラハラ被害者の方々の体験談に共感したり、引きこまれたりは、なかなかしないと思うのです。

実は、私も最初、この言葉と出会い、著書を読んだとき、引き込まれて著書を数冊読みましたが、そのとき同僚とこのことについて論じたくてこの言葉について話をふったとき、

「…でも、“被害者”とか“加害者”って…」

と、明らかに“引かれて”しまいました。
そして、だんだん私自身もそんな気がしてきて、“私はちょっと違うかも”と思い出し、その言葉から離れていったのですが。


しかし、私は結局引き込まれ、共感し、私の経験を記せば、身近な人にどんなに辛さを語ってもなかなか伝わらなかったあの独特の感覚を、多くを語らなくても共感してくれる方々が複数いたのです。
実際当時は、嬉しさと共に驚きもありましたが、だからこそ、程度の違いはあるにせよ、モラルハラスメントは受けていたんだろうなぁ、と思うに至るのです。

しかし、夫がモラ夫であるかどうか…となると、また違ってくるのです。

 

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2007年01月17日

                   │ことば 
                    | リアルタイム日記

でかしたぞ!

「お嬢さん、お手柄じゃないっ!」


ちょっとカタイ言葉が続いたので、本日の日記をかねまして、
今回の『ことば』は、母のオトモダチが口にした、
別に金言でも格言でもない日常的な会話での言葉をセレクトしてみました。

この言葉は、私が直接聞いたわけではないのですが、
この言葉を聞いた母や、それを母から聞いた父までもが、
この言葉によって離婚を前向きに考えるようになったのです。


どういうことだと思いますか?

娘を持つ親として、娘の子は当然可愛い。
でも、所詮は外孫…。
自分の家の跡継ぎ(継ぐようなモンはないですが:笑)ではない。
娘しかいなければ、姓を、家を継いでくれる人間は絶える…。
娘の幸せを祈りつつ、嫁に出しても、
実際出て行ってみると寂しいのが現実のようで…。


だからこそ、私は『お手柄』なのです。
なんたって、一度は結婚して嫁に出したけれど、
子供を産んで間もなく、子供を連れて戻ってくるのだから。
あきらめていた、跡継ぎができたというわけです。
もう、外孫ではないのです。

離婚について、父は、最後まで夫擁護派で、私に我慢が足りないとか、GUYちゃんを片親にするのかとか、文句たらたらだったし、母も夫とはもう破綻していることはわかってはいても、

「この子に何も罪はないのに…」

と、やたらと不憫がっていたりていました。

ところが、この母のオトモダチの言葉で、
2人ともすぱっと気持ちが切り替わったようで、

「一番の財産は、GUYちゃんがうちの子になったことだな!
 ピー、でかしたぞ!
 もうGUYちゃんに家も金もみーんなやるからな!」


などと、今後のことも病的なまでに心配していた父の口から飛び出す始末。単に、夫婦そろって単純なだけなのかもしれないが、この母の友人の言葉はとてもありがたい。
これまで、親に迷惑かけどおしで申し訳ない…と思っていた私も、
なんだか親孝行したような気にすらなってきました(笑)。


GUY自身も、私が事前に

「おばあちゃんともおじいちゃんとも
 田舎のお姉ちゃんとも(はとこたち)
 みーんなとおんなじ名前になるんだよ!」

と盛り上げておいたので、私の元の姓に変わることには何の抵抗もなく、

「うわーいっ!」

と無邪気に喜んでいます。

正月に、父の実家に帰ったときなどは、大好きなはとこのおねえちゃん達に囲まれて、よりいっそう名前に愛着がわいてきたのか、率先して名乗っていました。
そんななか、父がGUYの気に沿わないことをしたとき(いつもだが)、

「もうっ!おじいちゃんなんか、
 これから○×(夫の姓…すなわちGUYや私の元の姓)って
 呼んじゃうからね!」


と言って、周囲を凍らせてました…。
父はショックだったにちがいない(爆)。


話はそれましたが、
本日、ようやく延ばし延ばしにしていたGUYの戸籍を私の籍に入れる手続きを済ませてきました。
記念に戸籍謄本とってきたかったのですが、謄本自体が出来上がるのには、1週間ほどかかるようでした…残念。
でも、これで正真正銘、私の同じ姓、すなわち両親の姓を継ぐ孫になったわけです。父に報告しなくっちゃ!


全国のシングルマザーのみなさんっ!
親や親戚に出戻りといわれようと、なんといわれようと、
きっと彼らは心の底では喜んでいるに違いありません!
私たちは、親孝行をしたのだと、自信をもとうではありませんかっ!

ん…? 
でもこの理屈じゃ…再婚できない??


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↑き、きっと、再婚して娘と孫が幸せになっても
 それはそれで、親孝行よ!

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2007年01月13日

                   │ことば 
                    

乗り越えるための試練

「神様はそれを
 乗り越えられる人にしか試練を与えない」



結構有名な言葉ですね。

言葉というのは、使いかたとタイミングによって、つき動かされるほどの影響を及ぼしたり、さらっとスルーしてしまったりすることもあると思うのですが、こういったドラマなんかにも使われたような、有名な言葉は、初めて知ったそのとき、

「いいこというなー」

とは思っても、人生を変えるほど、心を揺さぶり、つき動かすようなことはあまりないと思うんです。
まったく同じ言葉でも、その言葉との「出会い」のタイミングによって、その受け止め方も異なるんじゃないかと思います。私は、この言葉はメディアで(田村亮子が銀メダルのとき言ってた?)以前に聞いたことがあったように思いますが、その時はなんとなくスルーしてましたが、再び、この言葉に出会ったのは、離婚届を出しに行く3日前のことでした。
恐らく、「神様」というくらいですから、聖書の中の言葉なのだと思いますが、これは、GUYのキリスト教系の保育園のクリスマス会で、プレゼントされたカレンダーの一番最初の月、そう、今月「1月」の「今月の心に響く言葉」として、掲載されていました。開いてすぐに目に飛び込んだこの言葉に、私は深くうなずきました。
そして、拭いきれない将来への不安感、焦燥感を払拭してくれました。

「試練」という言葉は、私を励まし続けてきてくれた友人の影響もあって(彼女も同様の考えを持って色々乗り越えてきた結果、私を励まし続けてくれました)、このブログの中でもしょっちゅう使っていますが、その経緯もあり、目前に迫った、「区切り」であり「再スタート」を前にこの言葉に触れ、ぐっと胸にきたのです。


やっぱり、無駄なことなんて何もない。
この先、1人で借金を背負い、GUYを育てて行くことで、
また試練にぶつかったとしても、

「これは、私が成長するために、
 “乗り越えるためにある試練” なんだ」


と考えられたら、きっとどんな辛いことも、
前向きに考えることができると思うのです。


TVなどのメディアと違って、ブログは活字として残ります。
その言葉によってつき動かされるような、その人にとって大切な「言葉」も、今回の私のように、タイミングが合わなければスルーしてしまうかもしれませんが、このようにいつでも過去に遡り、手軽に読めるブログに「言葉」を残すことによって、もしかしたら必要なタイミングに大切な「言葉」に出会う可能性が広がるかもしれない、そうであって欲しいという望みを抱いて、僭越ながら、まずは私が影響を受けた言葉から少しずつ紹介していきたいと考えています。

今後紹介する言葉の中には、このような有名な言葉や金言格言ばかりでなく、私の友人や親戚にかけてもらった言葉も紹介していきます。

毎度、長々と書いてしまう私ですが、この『ことば』カテゴリでは、私の長い説明などないほうが良いとも思い、私見は多少控えめ(これでも:笑)したいと思います。

「言葉」で傷ついた方々が、
「言葉」によって、どうか救われますように…!



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2007年01月11日

                   │結婚生活回顧録 
                    

最後の家族旅行

さて、今回も新カテゴリ参ります。

題して『結婚生活回顧録』です。
ま、時系列に書いていた、『非嫁オニ嫁日記』で、展開を急ぐあまりに描ききれなかったエピソード、忘れていたエピソートなどを、思い出した順に(笑)書いていきます。
こちらもどうぞよろしくおつきあいくださいませ。

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先日、久々にスキーウエアを出した。なぜなら、父の実家の新潟に年末から正月にかけて遊びに行ったからである。昨年は雪が多くて、ここ20年くらい正月に雪の降らなかった父の実家のある地域ですら雪が降ったため、それを覚えていたGUYがやる気満々で今年はゆきあそびをする!と息込んでいた。
しかし、今年は暖冬で、当然元々雪の少ない父の実家付近に雪はなく、長く滞在したので、浦佐に嫁いだ従姉一家が他の子供達(GUYにとってははとこ)も連れて、スキー場に連れて行ってくれた。
私は、予定していたわけではなかったし、GUYのと違ってかさばるのでウエアも持たずにいったので、麓のロッジで皆がソリやスキーで遊ぶ様子をぼんやりと見ていた。

(GUYも大きくなったなぁ…)

GUYが着ているスキーウエアは、120センチまで着れる、ズボンのすそとそでを調節できるタイプのもので、当時はギリギリまで小さくして着ていたのに、それを今回は随分と伸ばした。

あのウエアを買ったとき…。
ちょうど、2年前の1月の3連休に北海道のトマムに行ったときものだ。
私が、最初に家出をする、2ヶ月前の出来事だ。

元夫は、普段、予定を事前に立てるのが大嫌いだった。
いつも、思いつきで言い出し、私が慌てて当日泊まれる宿などを探しておさえたりするパターンだったが、工場勤務のエンジニアである元夫は、毎年正月返上で出勤する(工場の通常稼動が停まっている時期にメンテナンスをする)ので、その直後の3連休は、前後に代休などを入れやすく普段取れない大型連休にすることが可能なのだ。
それがわかっていたので、3年前は伊豆、2年前は北海道旅行を私は企画した。こればかりは、事前に予定を立てても却下されることはなかった。

2年前の北海道は、事実上最後の家族旅行となった。

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2007年01月07日

                   │ことば 
                    | リアルタイム日記

言葉の通じない世界

あけましておめでとうございます。
いつもこのつたないブログにご訪問頂き、ありがとうございます。

昨年は、私にとりまして二転三転さまざまなことがありましたが、
こうして爽やかな気分で新年を迎えられることになりましたのも、
皆様方の温かい励ましとアドバイスといった支えがあったからだと思います。
今後とも、当ブログをよろしくお願いいたします。

私が離婚したことによって、『非オニ嫁日記』は終了しましたが、今年から、少し違った視点でカテゴリを増やし、いろいろ考察していきたいと思っています。

今日は、新しいカテゴリ『ことば』について書きたいと思います。

まず、なぜこのカテゴリを作ったかというと、
『言葉』による見えない暴力、 『モラルハラスメント』 という言葉により
つながっていった方々に支えられ、現在があること、
そして、多かれ少なかれ、私自身その影響を受けたであろうこと、
また逆に、数々の『言葉』によって、私が救われた…という事実があります。

それほど、『言葉』というものが、人に…特に『こころ』に
大きく影響を及ぼすことがわかってきました。

『言霊(ことだま)』という言葉があるように、言葉には、
ある種魔力のようなものがあるように思います。
私のブログに訪問してくださる方々のなかには、
少なからず『言葉』の影響を受け、
傷ついたり悩んだり迷ったりしている方がいると思います。
そんな方々に、今後は、私も救われた、また私をつき動かした『言葉』、
逆に気づきにつながるような私をおとしめた『言葉』…、
またこれから知る意味深い『言葉』などを、
思いっきり個人的な私見を交えて(笑)ご紹介していきたいと思っています。

よろしくおつきあいくださいませ。



さて、初回ということもあり、前置きが長くなりましたが、
初回の今回は、つい最近ふれた言葉で、
私が『言葉』の大切さを再認識した言葉がありますので、
それをご紹介したいと思います。

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■非オニ嫁日記□目次■
01.きっかけ
02.出会い
03.堅実な男
04.公衆便所
05.オニカレ・オニカノ
06.したかったのは結婚?
  それとも結婚式?
07.仲がいいのか
  悪いのか?
08.運命を動かした入籍と
  結婚式と××
09.運命の妊娠
10.めまぐるしい展開
11.なんでこうなるの?
12.家事の分担?
13.緊急入院!
14.エンドレス入院生活
15.緊急帝王切開!
16.それはマタニティ
  ブルーから始まった
17.夫と姑の関係
18.念願の退院、
  そして同居開始…
19.母になつく姑
20.育児ノイローゼ、
  姑ノイローゼ
21.プライバシーのない家
22.プチ家出と赤いバラ
23.驚きと諦めと
  ストレスの日々
24.何にも言えない
25.いもうと
26.GUYを預けるか…?
27.舅の実家と姑
28.姑に関する一考察
29.復職のとき
30.悪気はないはず…?!
31.誰がわるいのっ?!
  誰のせいなのっ?!
32.違和感
33.モラルハラスメント?
34.休日ストレス
35.笑いのツボと
  怒りのツボ
36.ズーラシアと
  花火大会
37.何かが終わったとき
38.戦闘開始
39.泣き叫ぶ姑
40.冷めていく愛情
41.仕事、子ども、夫
  …どれをとる?
42.義務のなかでの
  妊娠…そして流産
43.やりきれない孤独感
44.自己防衛
45.出社拒否
46.限界
47.初めての離婚宣告
48.愛をとったら
    情だけ残る
49.発掘!
  メールバトル詳細
50.大事な友達は会わせ
  ないほうがいい?
51.GUYと夫と自転車と
52.3歳児以下の男
53.兆し
54.検証
55.『きっかけ』
    にいたる事件
56.事件その後…
    そして夫は。
57.地の底まで落ちた日
58.すさんでいく夫
59.2人に宛てた手紙
60.抑鬱
61.家出から別居へ
62.ストーカー?
63.モラルハラスメントと
 いう言葉との出会い
64.あふれたコップの水
65.傷ついた
  インナーチャイルド?
66.共依存のなかの娘
67.親としての資質
68.ストーカー再び…
69.夫婦カウンセリング
  を前に
70.どうして離婚
  させてくれないの…
71.交錯する問題、
  複雑な思い
72.とけない氷はない?
73.目の前のニンジン
74.夢のマンションと
  悪魔の棲む家
75.どこまでも甘い私
76.東京を去るとき
77.姑の扶養の義務
78.落ちてゆく心
79.壊れていく
  自分への不安
80.入院を願う日々
81.そして、休職へ…
82.ストレスの元凶
83.何故続けるのか?
84.親友
85.それでも
    やり直すために
86.自分らしさを失う
  評価を求める自分
87.新生活への不安
88.見切りスタートの代償
89.みんな病んでいく
90.モラルハラスメント
  という言葉との再会
91.決意表明
92.自分を取り戻したい!
93.豹変した夫
94.罪悪感と迷いと
  新たな出会い
95.暴発
96.大爆発…そして。
97.迷わず、進め
98.私の復活と夫の迷走
99.5年目の決別
100.アメイジング・
      グレイス

注:クリックすると別ウインドウで開きます。読んだ後、右下の『次の記事』をクリックしてしまうと、他の日記等へいってしまう事があるので、続きは目次から入ってください。

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