2006年06月

2006年06月29日

                   │リアルタイム日記 
                    

これまでを振り返って5

このブログの本編である『非オニ嫁日記』は、
前章『きっかけにいたる事件』で、
ようやく、いつもトップページ冒頭に表示させていた、
きっかけ』のエピソードまで書くことができました。

私は、この当時、

「だれか!私の気持ちをわかって!」

そればかり考えていました。

ともすれば、どこにでもある嫁姑問題、亭主関白な夫…。
たいした問題ではない。

「そんなこと、ウチでもあるわよ」

とか、

「私の姑はもっとひどかった」

とか、

「昔は、そんなことは当たり前だったんだ!」

とか言われるたび、
たいしたことじゃないのに自分の我慢が足りない、
と言われているような気がして、
私がやっぱり甘いのか、
まだ耐えなくてはいけないのか思い悩んで、
精神的に追いつめられていました。

私は自分のこれまでの常識を覆す、驚愕だらけの環境のなか、
どんなに自分自身が傷ついても、円満な家庭のために、
この家庭を守るための潤滑油にならなくてはいけないという
責任感をもって、頑張ってきたつもりでした。

でもこんなに頑張ってきたのに、あまりに報われない悲しさ。
被害者でありたがる姑や夫にオニ嫁扱いされる…いえ、
オニ嫁であることを求められたのです。
被害者でありたがり、責任をもちたくない彼らにとって、
加害者は必要で、加害者となるべくオニ嫁としての私が
あの家庭では、求められていたのではないかと思います。

でも、私にはそれがつらかった。苦しかった。できなかった。

そして、私の心は壊れたのです。

私はこの後、姑と二度と向き合うことができず、 
家出をしますが、ここから1年はまた紆余曲折があり、
さまざまな局面を迎えます。

このブログに、livedoorの共通テーマや
Blogpeopleのトラックバックテーマから
来ていただいた方はおわかりかもしれませんが、
私は、 『夫を愛してますか?』というテーマを立ち上げています。
このブログは、単なる嫁姑問題、モラルハラスメント問題ということより、
愛せなくなった夫を再び愛することができるのか、もう無理なのか、
また愛情なのか同情なのかはたまた執着なのか…
なぜ夫婦であるのか、ありつづけるのか、またその必要がどこまであるのか、といった夫婦間の愛情について、結論を出せずにいた頃に書き始めたものだからです。

姑と離れたこの後は、少し距離をおいて見えてきた夫の姿、そしてそれを作り上げた背景、私自身の悩み、問題、混乱、子供への影響、そして現在…そういったところに焦点をあてていきます。

いよいよ第2幕…というところでしょうか?



昨日の更新記事に、
以前の保育園のママ達からコメントが寄せられました。

私は、そのコメントを読んで、久々に声をあげて泣いてしまいました。
(HAOMEIさん、sachikoさん有難うございます…)
私が辛くて、必死で頑張っていた頃のGUYと私のことを知る
彼女達のメッセージは、
今もなお悩み揺れ動く私の心に強く響きました。

頑張っても頑張っても報われないことと同時に、
あの家庭でGUYを彼らに染めずにまっすぐに育てることができるのか、
彼らのように歪まないか、私はとても不安でした。
しかし、そのメッセージから、

『今までよくがんばったね。
                     GUYはだいじょうぶだよ』


と言ってもらえた気がして、涙が止まりませんでした。

私は、この言葉がずっと欲しかったのだと思いました。

この言葉が欲しくて、ブログをはじめたんだ…!
とさえ、思いました。

その他、ブログを通じてたくさんの方々に知り合えました。
そして皆様方にたくさん励まされてきました。

私は、今ブログを始めて本当に良かったと思っています。
コメントを下さる方々はもちろん、
私のつたないブログを読んで下さっている方々すべてに感謝いたします。



先にも書きましたが、次回からは、新しい局面を迎えます。
どうぞお楽しみに!



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2006年06月28日

                   │非オニ嫁日記 
                    

55.『きっかけ』にいたる事件

私は、気づいてしまった。

姑の『悪意』に。

たとえ、それが無意識なものであったとしても。
それにより、これまで「悪気はないんだ」とか「根はいい人なんだから」とかいった言葉で紛らわせてきた、姑への嫌悪感が抑えられなくなってきた。

意識してみると、食事を作るあいだも平日のようにGUYの面倒を見てくれることはなく、呼ばれるまで1階に降りてこず、あくびをしながら降りてくる姿は、食事の場に来るのが嫌そうに映った。

そして、前章でも書いたように、平日はさっさと片付けだす食器類も、週末は一切洗わない。自分で検証したとはいえ、とてもショックだった。
私は姑が土曜日出かけもせず家にいれば、
何を食べるのかしら? と心配し、夫から、

「大人なんだから自分でなんとかするよ!」

といわれても、じゃあ具体的に何か、と考えたら、
梅干や納豆で済ましていると思うと、
やはり何か姑にも用意しなくては、と思う。

そんな風に常に配慮しているというのに、
姑は土日、ということで休んでしまうんだろうか。
私は“母”も “妻”も“嫁”も土日だからといって休むことはできない。
土日もみんな食事をするわけだし、
姑だって土日も私の作った食事をたべているのに…。

そのように極端に家事に線をひく姑に対し悪意を感じたのだ。

なぜ土日はやらないんだろう、と考え出すと、
本当はやりたくもないのに、平日は頼まれたからイヤイヤやっていて、
土日は

「ピーさん会社ないんだからあなたかがやりなさいよ!」 

という思いがどこかにあるのではないかと思った。
きっと姑にきいたら

「そんなつもりじゃなかった」

というに違いない。
もし、そういう悪意がないとしたら…
土日は本当は自分だけで気兼ねせず過ごしたいのに、
食事に呼ばれることも迷惑なんだろう。
それなら土日食器を洗わないことも、食事を作るときに手伝ってくれないことも、呼んでもイヤイヤ降りてくることも多少納得はできる。

それを夫に愚痴ると、

「洗い物やんなくていいよ。めしも作んなきゃいいじゃん」

そういった。今までなら

「そうはいかないよ、だって悪気はないんだし」

と言えたところが、このときは今回の件の奥底に感じる悪意を拭い去ることができず、そうはいえなかった。
夫のその言葉に乗ってしまった。

でも、さすがに家にいるのに姑の食事だけ作らないことはできなかったので、私はとりあえず土曜日は昼も夜も外食をすることにした。
そうすれば洗い物に関するストレスも感じずにすむし、姑も土曜日くらいは自分ひとりのほうがいいのかもとも思ったからだ。

そんな状況のとき、事件が起こった。

あの日もいつも通り今日はどこで外食するか、夫に相談していた。

私は3日後に友人の送別会をする予定の店に子どもも連れて行けるような店か確かめたくて、そこに行ってみたいと申し出た。
身近な同僚のみで近場に住んでいる人が多かったので、家から最寄の駅で、そこならバスでいけるので夫も飲める、と思ったのだ。夫はもちろん賛成で、GUYが昼寝から目覚めたら、もう夕方だったので、そのままバスで出かけて買い物がてらお目当ての店で飲んでいた。
しかし、いつものことながら、GUYはすぐに飽きてしまうので長居もできず、20:30頃には、買い物も済ませて家に帰ってきた。

ここ2、3回の土曜は、前述したように、夫の言葉に乗り、連絡もせず、普通に外食していたし、特に買っていったり、外食に誘ったりなどは当然していなかった。
姑はとっくに何か自分で食べていると思っていた。

しかし、そうじゃなかった。

姑は待っていた。

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2006年06月26日

                   │非オニ嫁日記 
                    

54.検証

夫のストレスでツブれそうなころ、姑のあることに気づいた。
姑は、地元から同居するために越してきてから唯一できた友人宅で、たいがい土曜は夕食ごちそうになって帰ってくるので土曜はいつも夕食どきは不在がちだった。
しかし、ここのところ、姑は土曜の夜も家にいる。
私としては、平日や日曜の夜は、家族の夕食の支度(しかも当時結構ストイックにダイエットしていたので私は夕飯は同じモノをたべない)に追われるので、土日の昼や土曜の夜は唯一手抜きや外食が気がねなくできる日だった。同居当初は、土曜であろうと帰りが遅くなったり、外食するときなどは、姑に電話をしていたのだが、夫はいつも

「電話なんかしなくてもいいよ!大人なんだから何とかするよ」

と言われていたこともあり、他の曜日はともかく、土曜の夜は暗黙の了解…といったかんじで、だんだんと特に連絡をすることなく、外食したり、たまに家で食事をしていても、姑はいない、というような状況であった。

しかし、最近家にいる。
私は、唯一の夕食手抜きデーで外食のチャンスなのだが、姑がいるために、かけなくていいよ、という夫を尻目に、出先からでも、念のため電話して、

「お姑さん、今日夕食召し上がりますか?」

などと聞いては、何か買って帰ったり、外食に誘ったりするようにしていた。
私が食事を用意しない、姑が1人のときの食事は、ご飯と梅干、納豆だけ…というのも、わかってきた頃だっただけに、家に1人いる姑を残し、外食をするのが気がひけたのだ。

週末も一緒に食事をする機会が増えてくることになって、
私はさらにあることに気づいた。

この頃には平日は、最近ではようやく食事後の食器洗いもしてくれるようになっていて(頼んだからだが)、気の短い姑は、食事もみんな終わらないうちから(相変わらず、みんな一緒に「いただきます」「ごちそうさま」の習慣はないのね…)、空いた食器を次々下げていってしまうほどなのだが、土日は食後茶碗にお茶を入れ、のんびりとしている。これまでは、日曜夜だけだったので、私が「平日お願いしているので日曜くらいは…!」という思いで、私が私が片付けをしていたので気づかなかったのだが、土曜も日曜も一緒に食事をしていると、少々疑問が出てきた。

(もしかして、週末は洗いものしないつもりなのかな? 
 だとしたら…それはナゼ? )

そして、あるとき遅めのブランチに、チャーハンだかピラフだかを作ったことがあった。ちょうど1食ぶんほど残ったので、皿に移し、ラップをかけておいて置いた。たいがいこうしておくと姑は必ず食べきるのだ。

そのとき、私に魔がさした。

(私たちの食器を洗わずにシンクに残したまま出かけたら、
 お姑さんはどうするだろう?? 
 まさか自分のだけ洗うのかな?)

その日、例のごとく夫に急かされたこともあったが、
あえて、シンクに食器を残したまま、出かけた。


どきどきしながら帰ってみると…


案の定、皿に盛ったチャーハンはない。

しかし…その皿はしまわれたのか、どこにもない。

そして、シンクには…


私たちの食器だけ残されていた。

姑は、自分が使った食器だけを洗ったのだ。

私は、ことあるごとに姑には悪意がないのだから、
と言い聞かせてきたのだが、
このとき、はっきりと悪意を感じた。

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2006年06月23日

                   │非オニ嫁日記 
                    

53.兆し

私は、もともと人につい良い顔をしがちな人間である。
もちろん、それ不本意なことではない。
時折、姑や夫のような人間に付け入られることはあるけれど。
ただ、器用なほうではないので、
余裕がないときに一度に他方に気を遣う状況というのは、非常に疲れる。
夫曰く、私が友人を招いたときなど、
自分(夫)に対する態度がぞんざいになるのが
とても不愉快だという。
私としては、夫は、私の友人にとても笑えない不愉快なネタをジョークにする(例:私の同世代の友人は夫の4-5歳上である。そこでババァネタである)ので、こっちがヒヤヒヤすることが多いので、おのずと友人のほうに気を遣う。つーか、夫よりも来客のほうに気を遣うのは当たり前な気がするのだが。
今から考えると。

さて、そんな私の性格が招いた事件がある。
会社の同僚があるとき、要らない家具があるから引っ越したばかりでいろいろな家財が必要な同僚に要るかどうか訊ねていた。その同僚はとりあえず、あまりに何もないので、もらえるものなら欲しい、といっていた。
しかし、もらうほうの同僚は、車がないので取りにいけない、また、あげようというほうも、家具が大きいので車に入らないという。
そんな話題のときに私の悪いクセがでた。ウチにもスチールの組み立て家具があったので、それも欲しいか聞いてみると要るというので、ならば、ということで、ウチの車を出して、2軒ぶんの家具を運んだら…、という提案をしてしまった。
しかし、私は免許をもっていない。夫が運転することになるので、夫がいいといったらね、とつけ加えておいた(勝手に決めると怒られるので)。

家で夫に恐る恐る聞いてみると、

「べつにいいよ。ウチのもあんだろ?」

と承諾したので、その旨を同僚に伝えたが、なかなか日程や時間が決まらない。夫は、気が短いので、いつ行くのか、毎日のように聞いてくる。おのずと私が日程調整役をするようになった。そして、さらに都合の悪いことに、我が家のスチール家具はあると思っていた場所になく(姑がしまっていた)、みつからず、あげることができなくなっていた。この時点で、我が家は当時者から第三者になったわけだが、夫の理論では、

「どうしてウチのものもないのにウチが車を出すのか?」

となるが、私は、一度引き受けてしまった以上、ここで断るのは同僚にも申し訳なく、夫に頼みこんで出してもらうことになった。うしろめたさ倍増である。そこに毎日日程を聞かれることにも嫌気がさしていた。そして、ようやく日にちが決まって、時間も夕方ぐらい…なんて2軒の予定の合う時間帯が決まったので、それを夫に伝えると、

「俺、朝イチがいいんだけど。」

ええ〜っ!! だって早くても午後みたいな話になってるよ〜。
でも夫からすれば、

「だってウチは関係ないのに
 車だすんだから時間くらい決めてもいいだろ?」


ということらしい。
私は、胃が痛くなった。

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2006年06月21日

                   │リアルタイム日記 
                    

【号外!】オススメ!ブログの達人に紹介されちゃいました!5

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2006年06月20日

                   │非オニ嫁日記 
                    

52.3歳児以下の男

公言していた通り、夫は3歳前後からGUYに対して口うるさくなった。

ある日、土曜日の午後のことだったろうか。
珍しく外出もせず、家にいたので、ずっと気になっていた
夫がぐちゃぐちゃにしたテレビやネットの配線をまとめているところだった。
以前夫は、大好きな地下室を自分だけの部屋にするために、
私のパソコンを2階の寝室に移動させた。
(それによって唯一の姑からの逃げ場だった地下室にも
 私の居場所はなくなった…)
ネットもケーブルTVにしていたのだが、最初の工事のとき、
地下でのみ使用ということでセッティングしてあったため、壁の中を通して地下から2階に配線を持っていくのは至難の技だったらしい…しかも地下から1階のケーブルは断線させやがった…!そのため、1階のリビングのテレビの裏は、ながーいケーブルの束がぐちゃぐちゃと山になっており、壁の穴も開きっぱなしの状態だった。私は、何度も夫にどうにかして、と頼んだが、「いつかやるよ」とか「もうどうにもなんねーよ!」といったりで、のらりくらりとしばらくの間そのままになっていた。それを私が掃除を兼ねて、せめてもと、ケーブル類をまとめていたのだが、3歳になるかならないかのGUYにとって、そんな面白そうなものはなかった。

「ボクもてつだう!」

とか言い出したりして、私の周りから離れようとしない。
それを見た夫が、

「おい、GUY! ママは仕事中だから父ちゃんと遊ぼう!」

といったが、GUYは、

「やだ、ママとあそぶー!」

そんなやりとりを何回かしただろうか?
ついに夫は、

「わかった!もう父ちゃん、怒ったからなっ!」

と、寝室に行ってしまった。私は、慌てて、

「GUYちゃん。お父さんおこっちゃったからごめんねしてきたら?」

というと、うん、といって素直に2階の寝室に上がったが、
5分もしないうちにリビングにおりてきて、嬉しそうに

「ママのとこ、行っていいってー!」

え? もう?? とも思ったが、とりあえずそのあと数時間GUYと私は遊んで、そのあと、寝室に様子を見に行った。
すると…

「何で来たんだ?もう来なくていいってさっきいっただろ!」

と夫がGUYに怒鳴った。
私が事情をすぐに察した。

「そんなにママがいいならママのとこ、行っちまえ!」

とでもいわれたのだろう。
GUYからすれば、そんな怒っている父親と過ごすより、私と過ごしたほうがいいわけで、その許可がおりたと、喜び勇んで私の元に来たというわけだ。
私も、よくなかったのだが、

「GUYちゃん、お父さんまだ怒ってるんだって。もう1回あやまろっか?」

といって促すと、GUYも

「ごめんなさい…」

と謝ったのだが、夫は、

「心がこもってない。言わされてるだけだ。父ちゃんは許さないよ。
 GUYもよく考えてみろ!」

という。
私は、犬のしつけと同じで、悪いことをしたらその場で叱らなくては意味が無いと思っている。もう数時間前のことなんて、GUYは何について謝っているのかわから無いのだと思う。謝らせられて謝っているので、心がこもっていないように聞こえてもしかたない。じゃあ、これ以上どうすればいいというのか? 
そうは思ったが、こういうとき、夫は『お前は口だすな』というオーラを出しまくっているので私には何もいえなかった。
前章でも書いたが、この時点で、私は虐待の共犯者だ…
夫が怖くて口をはさめなかったのだから。

このあと、週末の1日半にわたり、なんと夫はGUYを無視し続けた。

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2006年06月19日

                   │非オニ嫁日記 
                    

51.GUYと夫と自転車と

夫は、おもに姑から幼少時にことあるごとに

「子どものくせに生意気ねっ!」

といって、不条理に殴られたといっていた。
そのためか、

「オレはGUYが3歳になったら、
 子どもじゃなく1人の人間として扱う」

と宣言していた。

それは、ある程度いい意味に捉えてはいたのだが、実際は違った。
夫は、私や姑にしつけた(注意という名目の非難)ように、
きびしくGUYをしつけだしたのだった。
もともと、語気は強く本人は怒っているつもりはなくても、そのように聞こえるので小さなGUYは、もともと夫がいると緊張したり脅えたりする傾向にあり、あまり夫と2人きりになりたがらなかった。

GUYが2歳の頃のクリスマスプレゼントに補助つきの自転車を買った。
もうすぐ3歳になるのだし、家にあった三輪車にはあまり興味を示さなかったが(というより、夫が屋外専門、といって車庫に置きっぱなしだったことと、土日夫は必ずと言っていいほど、車でどこかに出かけるので、三輪車には乗る機会もなかった)、自転車は、売り場でも大はしゃぎで、GUY本人も

「乗る乗る!」

といっていたので、一番小さい12インチの自転車を購入した。

私の保育園&通勤用のママチャリの子ども用シートは前に装着していたが、そろそろきつくなってきたので、後部に装着するタイプのに交換しようと、徒歩なら15分ほどのところにある、自転車屋さんに行くことになった。
そのとき、GUYのために購入した自転車の練習をさせつつその近所の公園で遊ぼう、という話になった。私は、あまり自転車に乗るのが得意ではなかったのと、私はまず自転車屋さんに用があったこともあり、ある程度、自転車の乗り方指導は夫にまかせていた。
途中までは緩やかな上り坂なので、後ろから押してやっていたので、さほどひどくも無いように見えたが、GUYがなかなか自分でペダルをこごうとしないで、夫におされて喜んでいるだけなのをみて、だんだんと夫の声が荒くなってきた。

「GUY! お前ちゃんとこげよっ!何度言ったらわかるんだよ!」

三輪車をほとんど経験していないGUYにとって、ペダルをこぐことは非常に難しかったようで、つい足で地面をけって進むか、夫に押されて進むかになってしまうのである。それは仕方のないように思えたが、夫の「お前は口出すな」オーラに負けて、

「GUYちゃん、がんばって!」

くらいしか言えなかった。

いよいよ平坦な道になると、夫がここからはGUYと2人で行くから君は先に自転車屋にいって用事を済ませて来いと言われた。

私は、気になったが、その後自転車屋で待たせるのも可哀想なので、先に自転車に乗り、自転車屋さんに向かった。

しばらくすると、夫に抱きかかえられてGUYが泣きながら自転車屋さんに入ってきた。夫は、

「ダメだ、こいつ、やる気ない。
 ママ、ママって泣いてこぎゃしねーよ!」

といった。実際、夫に何を言われたかしらないが、

「ママっ!」

と泣きついてきたGUYは、唇をかみしめすぎて下唇は出血し、
顎はガクガクと震えていた。

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2006年06月16日

                   │非オニ嫁日記 
                    

50.大事な友達は会わせないほうがいい?

さて、前章でちょっと古い話を持ち出してしまいましたが、
今回はまた少し話を2004年末まで進めましょう。

前章のメールバトルの頃は、私も少し元気だったが、
流産以降の孤立感夫への嫌悪感やあきらめ 等々から、
私はだんだん精神的に弱っていた。
前々章でも書いたが、

「姑も夫も最大限気を遣っている…
 思いやることができない人々に
   思いやりを求めるのが残酷なのかもしれない。
  私が、神様のように、彼らの何もかも許せるように
 なれればいいのかもしれない…」

と、思い出した頃であった。

歯科衛生士学校時代の友人から久々に連絡があった。
この友人は、夫との出会いから付き合いだした頃をリアルでみている友人で、久々ではあったのだが、私が、会社で書いている育児日記をよく読んでくれていて、近況を確認していてくれたらしい。
流産の記事を遅ればせながらアップした頃だったので、それで心配してくれたのだろう。
彼女は、大きなパン屋さんに嫁ぎ、お店の焼きたてのパンを山ほど抱えてやって来てくれた。
夫は、昔を知っているだけに、あまり彼女と会いたがらない。でも実際、つきあいだした前後、私とのことを共通の友人として、相談なんかもしていた。
多分そのときに、けっこうズバッと何かいわれたことでもあったのだろう。
たしか、結婚前にうちに入り浸ってた頃、

「あいつんちにいけば金かかんないしー」

なんてのたまっていたと聞いたこともある(結婚前に本性でてるし…苦笑)。

さて、その彼女が家に来たとき、夫は 「体調が悪い」と寝室にこもって出てこなかった。当然、姑も出てこない。私とGUYで彼女を迎えた。挨拶ぐらいしに来てもいいと普通なら思うかもしれないが、この家の非常識に慣れきっていた私は、実際、一緒にいられるより、よっぽど気が楽とリビングで近況(主にグチ)を話したりしていた。彼女自身も

「私、○×(夫)くんに嫌われてるしー」

なんて笑い飛ばしてくれたのは多少救いにはなったが。

しかし、気を遣うタイプの彼女は、昼食どきになると、

「あ、パンいっぱいもってきたから、お姑さんもどうぞ!」

なんて姑を誘ってくれた。
姑は、昼飯にありつけると、嬉しげに降りてきて一緒にパンを食べた。
(多少姑のことはわかっていたはずの友人であるが)一生懸命彼女が気を遣って、持ってきたパンの説明などしながら、おいしいパンをいただいた。
私が、スープか何かがなくなったので、キッチンに立ったとき、
遠くで信じられない言葉を耳にする。彼女があるパンを薦めたときだった。

「あたし、一度やきそばパン食べておなか壊したことあって、
 それ以来、こういうパンたべないのよー!」

!!
一瞬、場が凍った。

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2006年06月15日

                   │非オニ嫁日記 
                    

49.発掘!メールバトル詳細

話は、この離婚宣告から数ヶ月遡る…
41.仕事、子ども、夫…どれをとる?で、
一番激しかったメールバトルの履歴が残っていなかった、と書きましたが、
タイトルが別件だったので見逃していただけで残ってました…。
もう記事にしちゃったからいいや…と思っていたけれど、
読んでいたら腹たってきたので、抜粋でそのやりとりを公開いたします(笑)。

私も一番強く反撃してた頃で、けっこうどうしてこうなるのか、
悩んでいたので、いざ今読んでみると、

「ここまで気づいてるんだったら、別れとけよ!」

というような自己ツッコミいれたくなりますが、でも当時からそこまで伝えてるのに夫には何一つ伝わっていなかったということに、無力感もあります…。

前にも書きましたが、きっかけは家具の配置です。
ちょっとしたことですが、覚え違いもありました…。

恐らく、発端となる家具の配置で週末にもめたあと、
平日の夜、夫がまたそのことでねちねち言い出したことがきっかけのようです…。
長いので覚悟して読んでください…。

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2006年06月14日

                   │非オニ嫁日記 
                    

48.愛をとったら情だけ残る

離婚宣告以降、夫なりに努力しているのは見えた。

私の要望は、ただ1つ、 『責めないで』 なのであるが、
普通の人ならば簡単に思えるそのことが、夫には非常に大きなストレスだったようだ。

何か夫が気になることがあったとする。

「またこんな…!」

と言いかけて、何か思い出したように言葉を止める。
一生懸命 「文句をつけたい」 という心を抑えているのが見て取れる。

夫なりに努力をしているのだ。

しかし、そうなるとどうもストレスがたまるらしく、
なにかにつけ、私に聞こえよがしにGUYに向かって

「もう、とうちゃん、何にもいえないよ…
 家の中でちいさくなってるしかないよ」


なんてのたまうのである。

オマエは 『責める』 以外の言葉を知らないのかっ!!
(実際そうかもしれない…笑)

続きを読む
■非オニ嫁日記□目次■
01.きっかけ
02.出会い
03.堅実な男
04.公衆便所
05.オニカレ・オニカノ
06.したかったのは結婚?
  それとも結婚式?
07.仲がいいのか
  悪いのか?
08.運命を動かした入籍と
  結婚式と××
09.運命の妊娠
10.めまぐるしい展開
11.なんでこうなるの?
12.家事の分担?
13.緊急入院!
14.エンドレス入院生活
15.緊急帝王切開!
16.それはマタニティ
  ブルーから始まった
17.夫と姑の関係
18.念願の退院、
  そして同居開始…
19.母になつく姑
20.育児ノイローゼ、
  姑ノイローゼ
21.プライバシーのない家
22.プチ家出と赤いバラ
23.驚きと諦めと
  ストレスの日々
24.何にも言えない
25.いもうと
26.GUYを預けるか…?
27.舅の実家と姑
28.姑に関する一考察
29.復職のとき
30.悪気はないはず…?!
31.誰がわるいのっ?!
  誰のせいなのっ?!
32.違和感
33.モラルハラスメント?
34.休日ストレス
35.笑いのツボと
  怒りのツボ
36.ズーラシアと
  花火大会
37.何かが終わったとき
38.戦闘開始
39.泣き叫ぶ姑
40.冷めていく愛情
41.仕事、子ども、夫
  …どれをとる?
42.義務のなかでの
  妊娠…そして流産
43.やりきれない孤独感
44.自己防衛
45.出社拒否
46.限界
47.初めての離婚宣告
48.愛をとったら
    情だけ残る
49.発掘!
  メールバトル詳細
50.大事な友達は会わせ
  ないほうがいい?
51.GUYと夫と自転車と
52.3歳児以下の男
53.兆し
54.検証
55.『きっかけ』
    にいたる事件
56.事件その後…
    そして夫は。
57.地の底まで落ちた日
58.すさんでいく夫
59.2人に宛てた手紙
60.抑鬱
61.家出から別居へ
62.ストーカー?
63.モラルハラスメントと
 いう言葉との出会い
64.あふれたコップの水
65.傷ついた
  インナーチャイルド?
66.共依存のなかの娘
67.親としての資質
68.ストーカー再び…
69.夫婦カウンセリング
  を前に
70.どうして離婚
  させてくれないの…
71.交錯する問題、
  複雑な思い
72.とけない氷はない?
73.目の前のニンジン
74.夢のマンションと
  悪魔の棲む家
75.どこまでも甘い私
76.東京を去るとき
77.姑の扶養の義務
78.落ちてゆく心
79.壊れていく
  自分への不安
80.入院を願う日々
81.そして、休職へ…
82.ストレスの元凶
83.何故続けるのか?
84.親友
85.それでも
    やり直すために
86.自分らしさを失う
  評価を求める自分
87.新生活への不安
88.見切りスタートの代償
89.みんな病んでいく
90.モラルハラスメント
  という言葉との再会
91.決意表明
92.自分を取り戻したい!
93.豹変した夫
94.罪悪感と迷いと
  新たな出会い
95.暴発
96.大爆発…そして。
97.迷わず、進め
98.私の復活と夫の迷走
99.5年目の決別
100.アメイジング・
      グレイス

注:クリックすると別ウインドウで開きます。読んだ後、右下の『次の記事』をクリックしてしまうと、他の日記等へいってしまう事があるので、続きは目次から入ってください。

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