2006年09月11日

                   │リアルタイム日記 
                    | 自分探しの旅

「モラといた日々」と「モラのいない日々」

私は、1年半前、着の身着のまま、半ばパニック状態で家出をした。

限界だった。
これまで自分が頑張ってきたことすべてがあまりに報われなくて、
それらが悲しくて、辛くて、とにかく絶望していた。

そんなとき、「モラルハラスメント」という言葉に出会った。
私は、夢中で関連書籍を読んだ。
その時は、まだ「モラルハラスメント」ということを受け入れられなくて、私は書籍2冊ほど読んだところで、いったんその言葉から離れた。カウンセリングを受けだし、精神科へ通院しだした時期と重なったこともある。

なぜ離れたのか…。

私は夫の支配下にいたわけではないし、はむかって反撃したりしたので、完全な「被害者」ではないと思っていたのだった。私は夫が恐らく「支配したい」傾向があることに気づいてはいたが、それを跳ね返し、矯正する強さが自分にはあると過信していた。
そして、家庭生活においては全ての決定権と責任は私にゆだねられていた。
私が決めなければ、なにも始まらないし、
私がやらなければ誰もなにもやらなかった。
書籍で紹介されるケースの一部や「加害者」に多い人格傾向に夫が当てはまることは多く、ぞっとしたのだが(「被害者」に多い傾向に私が当てはまったりもした)、夫や姑に「奴隷のように支配されている」という感じではなかった。
しかし、そのかわり常に私には、「責任」がついてまわった。そんな気がしていた。もともと責任感が強いタイプであったこともあるかもしれないが、全てにおいて、責任を持ちたがらない姑と夫と暮らすことで、この家庭を守るために、息子であるGUYを守るために、「私がしっかりしなくては」という責任感に私は縛られていた。
夫の私を責めたり、脅迫的な言葉を使ったり、説教したり、無視したり、私が嫌がることをして喜んだり…といった行為は、それ以外の時には完全に私に依存し甘えていたので、余裕のあるときには、「年下夫の威嚇、小学生が好きな子をいじめて喜ぶのと同じ、攻撃は私に対する甘えなのだ」などと思えたものだが、精神的に余裕がなくなってくると、辛いものがあった。もう逃げ出したいと言う思いと、私がいなくなったら、家庭は崩壊し、夫は廃人になるかもしれない…とすら思っていた。
姑と暮らし始めてからは、姑の私の想像を逸脱した非常識とデリカシーのなさで私はどんどん弱っていき、仲の悪い夫と姑の間をとりなすことにも疲れ果て、体調が悪かったり流産したりと精神的に弱っているときにまで、夫に責められたりとしているうちに、私が自信を持っていた「強さ」はどんどんどんどん失われていった。私のエネルギーはどんどん搾取されていった。それは、私の見えないところで少しずつ体調などに現れていた。最終的に、見えないように隠していた私の心の傷は、いつのまにか化膿し、膿だらけになっていた。

結局、前の記事にも書いたように、『モラルハラルメント』を『精神的虐待』であるとか、『言葉による暴力』と捉えると、夫のほうが私にとっては当てはめやすく、わかりやすかったのであるが(もちろん前述したように、「でもそこまでじゃない」とおもっていたのであるが)、『モラル:倫理(善悪の判断において普遍的な規準となるもの、道徳)』『ハラスメント:苦しめること、悩ませること(相手の意志に反して不快や不安な状態に追いこむこと)』とそれぞれに考えてみると、姑は究極のデリカシーのなさと無言の圧力で、私の心の境界線に入り込み、ずたずたにしていった。 姑の極端な発言や行為により私は傷つけられ、それに疑問を感じず当たり前とするその家族(夫、義妹も含む)の中において、立派にモラルをハラスメントされていたのである。思えば、あの夫をつくり上げた母である。夫は幼少時、その母である姑にモラルハラスメントを受けていた。結果として、今ではそれを憎み(もちろん完全に憎みきれないジレンマもある)、同居していても私が仲裁しなければならないほど、不仲であったのだ。

私はきっともう何年も前から姑も夫も嫌いだったに違いない。
そう思わないように思わないように目をつぶっていたのだが。
息子が大きくなるにつれ、「この子を夫や姑のようにしてはならない」 と、守ることに必死だった。後半は何を頑張ればいいのかさえわからなくなっていた。でもとにかく必死に闘っていたと思う。

ひと言で、「モラといた日々」を表現するならば、
「孤独な闘いの日々」になるだろうか。
もちろん、それに気づいたのは最近なのだが。
そして、ミョーな責任感に縛られ、がんじがらめになっていた。


1年半前、家出をして
まずモラ1人目、姑と離れたことで、得たことは「気づき」だ。
逸脱した姑を隠れ蓑にした、
夫と言う人間の「小ささ、弱さ」に気づけたことだ。

家を出なければ、姑と離れて夫だけと対峙しなければ、
夫の本性…根の深さには気づけなかった。
姑のことに関しては、私の前では、常に私以上の言葉で姑を非難し、私を守る、と言っていた。
しかし、ひとたびことが大きくなると、姑側についたり、その後泣いて詫びにきたりと夫の行動は支離滅裂になっていった。夫の弱さが露呈されていった。そして、私をつなぎとめるために私に今までのような悪態がつけなくなったせいか、その矛先が子供に向くようになった。まだ3歳の子供についに『躾』をしだしたのだ。その躾は、大人の私でも辛かった脅迫的で威圧的な物言いが多く、時には無視したり、夫にとっては納得いかない別居の状態のフラストレーションをぶつけているように見えた。 この男に親の資質はない、と気づいた。
私は、夫が変わらない限り、夫と離れることこそが、
『子供を守ること』であることを知った。気づいたのだった。

しかし、その気づきがあったというのに、私は愚かにも、その後1年あまりの間に、カウンセリングにより夫が変わる前提で、姑とは絶縁したうえで夫と子供の3人で再スタートを送ることにしてしまう。残念ながら、私のカウンセラーは、モラルハラルメントをほとんど知らなかった。変わることがないことを知らなかった。私も、この時点では、いったん「傾向はあるにせよモラルハラスメントではない」と思っていたこともあり、私もまだ、「夫が変わってくれて子供の良い親になってくれれば…」と希望を抱いてしまった。
結局、「モラといた日々」は、まだ続いてしまうのだった。
表向き少々弱くなった「弱モラ夫」ではあったが。

結局、夫は変わらなかった。
その絶望感と元の夫に戻っていくことへの不安感は、たとえ「弱モラ夫」であろうと、鬱の私にとっては、大きな脅威であった。
親子3人の暮らしが始まると、私の鬱は酷くなり、子供も情緒不安定になった。なぜなら、夫が育児に協力するようになったからだ。はたから見れば、良い傾向なのだろうが、夫は『躾』に威圧や脅迫を無意識に使う人間である。4歳になったばかりで、引越とそれに伴う保育園の転園というストレスに加えて、夫の『躾』。子供がこれに耐えられるはずがない。そして、最終的に夫まで体調不良を訴えだし、不機嫌な日が続いた。

そんなころ、再び「モラルハラスメント」と言う言葉がよぎる。
以前は、書籍を読むばかりで、どれも日本の著書ではなかったので、日本のケースも知りたいと、自分がブログを始めたこともあり、体験者のブログを読んでみようと思った。そうして『モラルハラスメント・ブログ』に行きついたのだった。そこには、掲示板があり、さまざまな人々が、悩みを打ち明けていた。そして、そのなかでの「モラルハラスメントという言葉にであったばかりのあなたへ…」という記事が目にとまった。私は、そこでの温かいメッセージを読み、管理人であるまっち〜さんに相談してみたくなった。そして、掲示板で相談したのである。すると、まっち〜さんだけでなく、その頃から、私のブログにコメントを残してくださるようになったM&Mさんはじめさまざまな人たちから温かいアドバイスをいただき、そのつながりで、同企画にも参加している宇砂子さんとも知り合い、いつも身近で励ましてくれる親友もふくめ、さまざまな方々からのアドバイスと励ましを受け、私は離婚を決意した。
私は、人と人とのつながりの大切さ、
支えあうことの素晴らしさにも「気づく」ことができた。
息子が、「ママと2人だけで暮らしたい」と言い出したことも大きな原動力になった。これらの「気づき」により、息子のために我慢して離婚しないのではなく、息子を守るため、ひいては自分のため、自分をとりもどすために離婚することを決意できたのだ。

しかし、心の中では決意できても、まだ行動には移せずにいた。
その直後、夫のカウンセリングがあり、夫が突然豹変した。
悪いほうではなく、良いほうへ…。

「今までの自分のしてきた酷いことを初めて思い知った」

などといい、「弱モラ夫」から突然「普通の夫(ヨイ夫?)」になったのである。
私は混乱した。せっかくの決意を揺らがされそうで、どうしてよいかわからなくなった。今度こそ変わるという夫を私はもう信じることができない。1年前にも同じことをいっていたではないか。それでも結局変わることのなかった夫だ。今だけいい人になられたところで、私の決意は変わらない。しかし、激しく動揺した。決め手を欠いてしまって、生殺しのような状態になっていた。いっそ、夫をどうにか挑発して、物理的な暴力でもふるってくれないだろうか、とまで思っていた。もうどうしていいかわからなかった。体調も最悪の状態だった。
そんな私を、友人はもちろんのこと、まだ顔も知らないネットで知り合った方々は皆心配してくれたというのに、それを仕掛けた張本人である、モラハラを理解していない(恐らく復縁支持派の)カウンセラーにより、さんざん離婚のデメリットを語られ、より追いつめられ、私はカウンセラー相手にキレてしまった。

結果として、その日、カウンセラーは慌てて夫に連絡をとり、私が情緒不安定でとても現在一緒に暮らせる状況ではないことを伝え、しばらく距離を置く提案をしてくれた。その結果、夫は了承し、私が家を出るしたくをするためその日の晩は会社に泊まってもらい、私は母と一緒に翌日慌てて家を出る支度を整え、夫が帰ってくる前に、大急ぎで実家へ逃げ込んだのである。

これが、「モラといた日々」の本当の最後となった。

そうして突然に始まった「モラのいない日々」

まず、最初の変化は、線をひいたように心が晴れ晴れとしていることだ。
過去にも何度かそのような心境になることはあったが、今回明らかに違うことは、心だけではなく、身体まで軽くなったことだ。
鬱病が治ったのではないかと思うほど、体調が良いのだ。
たったの一晩でこんなに変わるのかと、自分でも信じられないくらいだ。
傍目からみても、私が明るくなった(というかハイ?)になったことがわかるほど元気になった。失われたエネルギーが満ち満ちてくるのが体感できた。
そして、息子も安定して明るさを取り戻した。それについては、これまでどれだけ小さな心を追いつめてきたんだろうと胸を痛めることもあるが、私も息子も日に日に安定し、明るく、元気になっていた。
まだ、現在突然の脱出劇から2ヶ月半あまりしか経過しておらず、
まだ離婚には至っていないのだが、
私も息子もすごく元気だ。

「モラといた日々」「孤独な闘いの日々」と書いたが、
完全に離れてみて思うことは、
その闘いのあまりに、また逆に平穏のために迎合するあまりに、
「自分を見失っていた日々」であったと思う。

また、現在の「モラのいない日々」は、
「本来の自分を取り戻す日々」でもあると思う。
そして、今後それが、「本来の自分」を完全に取り戻し、
さらに次のステップに上がっていけるはずだと、私は信じてやまない。



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1. 「モラといた日々」と「モラのいない日々」  [ 宇砂子の七転び八起き ]   2006年09月11日 19:36
まっち〜さん発案の共同企画です!「私はやるで!私はやるで!」という、まっち〜さんの心意気に、「そうか!やるのか!」「やるならやらねば!」(←by動物のお医者さん)っとノリノリに乗っかってみました♪合わせて、過去記事の「目でなく耳でなく」をお読み頂けると分...
2. 「モラといた日々」と「モラのいない日々」  [ 脱!モラル・ハラスメント 別館 ]   2006年09月12日 02:40
先日のこと、私と夫は、家族旅行のプランを立てていた。 インターネットのホテル予約サイトを利用し、私が検索をして、これと思うところがあれば夫に見せて、意見を聞く。今回の行き先はあまり人気のある場所ではなくて、旅の情報が少なく、いまひとつ現地の様子がわからない...

この記事へのコメント

1. Posted by ちゅらさん   2006年09月11日 10:56
色々な方の今回の企画を読ませていただきましたが、私の心境に一番近いものが非オニ嫁さんでした。弱ったモラ夫 うちの状況がそれです。中途半端な振り子状態で、悪くなったり良くなったり。でも私がモラハラに気づき、強気な態度に出てからは明らかに弱り始めたモラ夫です。心も体もかよってはいないですが、なんとか暮らしてはいけます。もっと私を打ちのめしてくれれば早々に逃げ出せるのですが。自分の心の声を大事にしばらく様子を見てみます。非オニ嫁さんもがんばってくださいね。又、お邪魔します。
2. Posted by しらゆき   2006年09月11日 11:51
こんにちわ
数日に分けて記事読ませていただきました。

モラハラという言葉に出会ってから、いろんな方のブログを読んできました。ショッキングな内容に、時には泣き、怒り、安堵しましたが、
うちは激しい暴力や暴言はありません。なにかしっくりきませんでした。
が・・・ようやく見つけた・・感でいっぱいです。
(各記事にコメントを残したいくらいです 笑)

私は壊れる寸前までいき、別居2年経ちます。その間に過去の出来事、今後のことなど、さらにぐちゃぐちゃになり、たぶんストレスでメニエールを患ってしまいました。
今は薬なしで過ごせます。が、今後についていくつか案があり、どれも頭打ち状態で悩み中です。

これからもちょくちょくお邪魔させていただきますね。
3. Posted by りか   2006年09月11日 11:53
今までリアルを知らなかったので「そんな旦那は離婚したらいい」というような内容のコメントをしてきてしまったのですが、今の状態を知り、とても安定してられるようなので、本当良かった。と思っています。まだまだ考える事は続いてられると思いますが、がんばってお子さんと幸せに。
4. Posted by ピー   2006年09月11日 12:49
>ちゅらさんさま
コメントありがとうございます。
そうなんです。中途半端であればあるほど、決め手に欠いて、良いときには「やり直せる」と思い、悪くなれば「やはりダメだ」と絶望する…
そして、少し良くなった気がすれば、「変わってくれる」と期待してしまう…ホント夫は弱い人間でした。しかし、弱い犬ほど良く吠える…またハリネズミのように弱い自分を守るために鋭い針で身を守っている…そんな人でした。それを不憫に思ったりもして、かなり迷いました。しかし、離婚を決意したのです。自分自身と子どもを守るために。また、本編の『非オニ嫁日記』のほうで、その迷いの結果払った代償や今回の決断に至るまでの経過も書いていきたいと思いますので、よろしかったらまた来てくださいね。
ホント、ちゅらさんさんの心の声を大切にしてくださいね。
5. Posted by ピー   2006年09月11日 13:00
>しらゆきさま
コメントありがとうございます。
やはり、TVで紹介されるようなケースや壮絶な体験をお聞きすると、「私はちがうかも?」と思ってしまいますよね…。ホント、私も最近です。自覚できたのは。でも、度合いや形は違っても、パートナーや家族にその傾向があって、それがどこかおかしい、辛い、不快だ、と感じるような状況が続けば、低温ヤケドのようにじわじわと心は追いつめられていくんですよね。たとえ、モラハラの典型的なタイプにおさまらなくても、心が悲鳴をあげるような関係はおかしい。ストレスで病気になるような関係はおかしい。そう切に思います。
しらゆきさんも、現在別居なさっているんですね。私はまだ本格的な別居から間もないので、私も今後のことはどう転んでいくのかわからないのですが、ゆっくりとでも確実に前進したいと考えています。
ぜひぜひ、またいらしてくださいね!
6. Posted by ピー   2006年09月11日 13:10
>りかさま
毎度毎度ご心配をおかけしていたのに、はっきりと状況を明言することができずホントごめんなさい!
夫との再同居後、1ヶ月くらいの頃から限界を感じつつあり、またこのブログは夫も見る可能性があったため、その当時の本音を記事にはなかなかできなくて、リアルタイム日記のほうは、差し控えていたのです。
りかさんをはじめ、いろんな方からのコメントも、私に離婚を決めさせてくれた大きな原動力になってます。特に、早くから継続してコメントをくださるりかさんには、ホント支えになってもらえました。記事を書くたび楽しみにしてたくらいです。
今回は、企画にのせて一部先走ってネタバレさせてしまいましたが、また次からは時系列に「非オニ嫁日記」をはじめたいと思います。
またもう夫に離婚を明言した今、気兼ねもないので、近況もちょこちょこと交じえていきますね!
今後ともよろしくお願いします!

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■非オニ嫁日記□目次■
01.きっかけ
02.出会い
03.堅実な男
04.公衆便所
05.オニカレ・オニカノ
06.したかったのは結婚?
  それとも結婚式?
07.仲がいいのか
  悪いのか?
08.運命を動かした入籍と
  結婚式と××
09.運命の妊娠
10.めまぐるしい展開
11.なんでこうなるの?
12.家事の分担?
13.緊急入院!
14.エンドレス入院生活
15.緊急帝王切開!
16.それはマタニティ
  ブルーから始まった
17.夫と姑の関係
18.念願の退院、
  そして同居開始…
19.母になつく姑
20.育児ノイローゼ、
  姑ノイローゼ
21.プライバシーのない家
22.プチ家出と赤いバラ
23.驚きと諦めと
  ストレスの日々
24.何にも言えない
25.いもうと
26.GUYを預けるか…?
27.舅の実家と姑
28.姑に関する一考察
29.復職のとき
30.悪気はないはず…?!
31.誰がわるいのっ?!
  誰のせいなのっ?!
32.違和感
33.モラルハラスメント?
34.休日ストレス
35.笑いのツボと
  怒りのツボ
36.ズーラシアと
  花火大会
37.何かが終わったとき
38.戦闘開始
39.泣き叫ぶ姑
40.冷めていく愛情
41.仕事、子ども、夫
  …どれをとる?
42.義務のなかでの
  妊娠…そして流産
43.やりきれない孤独感
44.自己防衛
45.出社拒否
46.限界
47.初めての離婚宣告
48.愛をとったら
    情だけ残る
49.発掘!
  メールバトル詳細
50.大事な友達は会わせ
  ないほうがいい?
51.GUYと夫と自転車と
52.3歳児以下の男
53.兆し
54.検証
55.『きっかけ』
    にいたる事件
56.事件その後…
    そして夫は。
57.地の底まで落ちた日
58.すさんでいく夫
59.2人に宛てた手紙
60.抑鬱
61.家出から別居へ
62.ストーカー?
63.モラルハラスメントと
 いう言葉との出会い
64.あふれたコップの水
65.傷ついた
  インナーチャイルド?
66.共依存のなかの娘
67.親としての資質
68.ストーカー再び…
69.夫婦カウンセリング
  を前に
70.どうして離婚
  させてくれないの…
71.交錯する問題、
  複雑な思い
72.とけない氷はない?
73.目の前のニンジン
74.夢のマンションと
  悪魔の棲む家
75.どこまでも甘い私
76.東京を去るとき
77.姑の扶養の義務
78.落ちてゆく心
79.壊れていく
  自分への不安
80.入院を願う日々
81.そして、休職へ…
82.ストレスの元凶
83.何故続けるのか?
84.親友
85.それでも
    やり直すために
86.自分らしさを失う
  評価を求める自分
87.新生活への不安
88.見切りスタートの代償
89.みんな病んでいく
90.モラルハラスメント
  という言葉との再会
91.決意表明
92.自分を取り戻したい!
93.豹変した夫
94.罪悪感と迷いと
  新たな出会い
95.暴発
96.大爆発…そして。
97.迷わず、進め
98.私の復活と夫の迷走
99.5年目の決別
100.アメイジング・
      グレイス

注:クリックすると別ウインドウで開きます。読んだ後、右下の『次の記事』をクリックしてしまうと、他の日記等へいってしまう事があるので、続きは目次から入ってください。

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