2006年12月20日

                   │非オニ嫁日記 
                    

100.アメイジング・グレイス

2001年7月14日、奇しくも結婚式当日、GUYを授かったことを知った。

しかも、生々しいハナシで恐縮だが、その数週間前の入籍した日、

「もう入籍したんだから、子ども出来ても大丈夫だよね」

と確認し、避妊をしなかった時の子どもであることも明らかであった。
何しろそのころは仕事も佳境で、また結婚式の準備に追われ、忙しく、その後は全くそういった接触はしていなかったからだ。
私は、その入籍の日から、そんな気がしていたし、だからこそ、まだ4週目という普通なら気づきもしないであろう式の前日、検査薬を買い、陽性反応を確かめたのだ。私は、GUYの妊娠に運命的なものを感じずにはいられなかった。

その結婚式で、 私たちはこのように出席者の前で誓い合った。

「本日私たちは ご列席の皆様方の前で
 これから夫婦になることを宣言致します
 私たちふたりは 互いを尊重し 互いを高めあい
 生涯をともに生きていこうと約束しました
 これからは 夫婦としてさまざまな人生を受けとめ
 共に誠実であること 共に尊敬すること
 共に信頼すること 共に感謝すること
 そして 共に努力することを忘れず 立ちどまることなく 
 永遠に同じ道を歩んでゆくことを皆様に誓います」


人前式だったので、この言葉は用意された言葉でなく、私自身が考えた(夫は何もしなかったので)誓いの言葉であり、私が理想とする夫婦のありかたであった。

結局、それから5年が経過した現在、お互いを尊重することも高めあうことも出来ず、尊敬も信頼も感謝もままならず、そして永遠に同じ道を歩くことなど不可能な状態に陥った。誓いを裏切ることばかりしてしまったのだが、私たちは…少なくとも私は…出来得る限りの努力だけはしたと思う。
それでもダメだった。

だからこそ、5年目の結婚記念日のころには、早くも迷うことなく、まっすぐに離婚に向かって突き進むことができたのだ。
さらにそれから1ヵ月後、私は、カウンセラーからも離れ、夫と直接対峙して話し合うことを決意した。
夫の離婚承諾の意思を確認してから3週間ほど経った頃、夫に連絡をとった。
私たちが家を出てから、2ヶ月ほどが経過していた。

私はお盆休みに父の実家で冷静に状況を親戚たちに話しているうち、
今後の方向性が定まってきた。
向こうがもしまともで多少でも話ができれば、 カウンセラーがあてにならない現在、 直接話をするのが一番いい。
離婚にOKしたという現在、残る問題について 、私が考えている案は、夫にとっても不利なものではない。 お互いにとって、金銭的にもっともリスクの少ない方法を考えよう、ということなのだから。

うまくいけば、すんなり弁護士など使わずにすむかもしれない。

そう考えながら、2ヶ月ぶりに直接電話をしたら…。

夫は家にいた。

電話での夫は、彼も有り余る時間のなか、それなりに考えて、
思いのほか冷静なようだった。

夫は、やはり、カウンセラーを通して聞いていた私の言葉の印象から、

「子供には今もこの先も会わせない」

「自分(夫)とは近づくことも会うこともイヤだ」


と思っていると感じていたようで、私と直接会って、感情的にキーキー文句言われることを恐れていたようだった。 それが実際電話で私が冷静で、また、 離婚そのものをOKしてくれる、という前提ならば、 極力そちらにとっても悪いような案を考えているわけではない旨話すと、夫ははしゃいできて、まるでデートでも行くような気分で待ち合わせ先を決め、すぐに会うことになった。

実際会うと、ついこの間までの情緒不安定なオカシナ私ではなく、
昔どおりの私になっていて、本当に冷静に話をしていたので、
向こうも安心したようだった。
と同時に、私が元に戻ったきっかけが、
まさに「自分から離れたこと」であることも自覚したようだった。

この時点で、夫は本当に少しずつ、変わってきたのかもしれない。
自分から離れたことで、私が元気に、また昔のような活気に満ちた私に戻ったという現実を認め、それを受け入れたのだから。

もう…手遅れではあるのだけれども。


そのとき、とりあえず、私は伝えたいことは伝えた。
お互い自己破産などというような状況にしないためにも、慰謝料等は請求するつもりはないから、家の名義やローンはあのままで、できれば私と賃貸借契約を結んで私達母子に貸して欲しい、家賃はローン金額から養育費を引いたくらいの金額にして欲しい、子供の件は親権養育権はこちらにしてほしい、今は不安定だからもう少し待って欲しいがこの先、安定してきたら定期的に会わせる事は検討している…これらは私だけでなく、お互いにとって最も損のない形だと思う…云々。

夫は、私が強硬な姿勢で自分を拒んでいると思っていたらしく、
自己破産して、会社もやめ、私達のことも忘れ、 全てリセットして、知らない土地で生きていこう… くらいに考えていたらしかった。
それに関しては、自己破産は、マンションの連帯保証人である私にもかぶってくる問題であり、GUYの将来を思うなら、両親そろって自己破産するような状態は避けたいのでやめて欲しいことなどを強く伝えた。

初回の夫との話し合いは、円満に進めることができた。
カウンセラーを通してかいつまんで説明されるより、よほど誤解が少なく、スムーズだったと思う。はっきりと返事をもらえたわけではないが、前向きに検討したいということだった。

しかし、その時は半ばデート気分ではしゃいでいた夫。
そのとき、前向きだった方向は、1週間後には翻され、

「君がGUYと会わせないなら
 こっちも強硬な手段にでるかもしれない」


などと脅されたりもして、私自身ひるむこともあったが、
夫自身、まだ整理もつかず、不安でさびしくて仕方のないときに、
迷走しがちであることもわかってきたのと、
いつも相談していたM&Mさんの

「夫に自分が損をしていると思わせないほうがいい。」

というアドバイスもあり、夫がケガで3日ほど入院したときもお見舞いに行き、改めて穏やかな態度を示し、GUYも落ち着いてきた秋の運動会をきっかけに、GUY自身の意見を聞いてから、4ヶ月ぶりにGUYと引き合わせてみたりした。
実際、GUYも会えて非常に嬉しそうだった。
夫も、これ以上GUYに嫌われたくないという思いから、過剰に気を遣っていた。
GUYもまだ、多少身構える傾向にあり、時により会いたくないといい、ちょっとしたことでトラウマを呼び起こすのか、泣き出したりすることもあったりはしたのだが、少しずつ夫に心を許すようになったと思う。このようにして数回の面会を実行し、こちらに敵意はないし、今後も面会を拒むつもりはない旨、円満に離婚したい旨を態度で示した。

しかし、そんななかでも夫が別居中の婚姻費用を出し渋りだし、離婚後の養育費まで渋ろうとしだしたので、ちょっとモメそうになり、せっかくの円満離婚への道を、私が感情的になっておじゃんにしてはいけないと(実際電話ではキレたのだが)、本腰を入れて話を進めることにした。
ここからの展開は、あっという間だった。

私は、それから向こうをこれ以上刺激しないよう、お互いの経済状況と負債をフラットに書き出し、検討案を2つだした。
家については上述した夫と賃貸契約を結ぶという案に別途私の両親への借金返済案をあわせたもの、そして、もう1つはマンションの所有権をこちらに移すかわりに私の実家への借金返済をなしにするという案。2つめはむろん、財産分与として私がマンションを引き受け(もちろんローンもだが)、将来的に両親に借金を返済できないときでも両親のものとして扱えるようにこだわったものだ。私は、夫は目先のお金で返す形より権利を放棄する形を選ぶことは読んでいた。

夫も姑もケチだが、けっして強欲ではない。
手元にお金がない状態でも、働いて稼ぐことより、動かず食べず使わないことで残ったわずかな現金を守るタイプの姑の息子である。
目に見えない土地の所有権より、自分の給料が減っていくことのほうが、我慢ならないのだ。
案の定、夫は借金を現金で返済していくことより、所有権を放棄することを選んだ。

ここで、利害は一致した。

方向性が一致したら、もう争うことはない。腰の重い夫の尻を叩くだけだ。
しかし、忙しいことを理由に、なかなか動こうとしない夫。
私は、レジャーのように、GUYと2人で夫の離婚後の新居探しに同行したいと申し出て、概ねの目星をつけ、適当に連絡をいれ進捗を確認していたのだが、これがなかなか、動きがない。いったん照準を合わせたら、それに向かって一気に突き進むタイプの私にとって、その期間はもどかしいものだった。


そのとき、私はあることに気づいた。

もうすぐ訪れる12月19日…。
10年前のこの日、私たちは付き合いだした。
夫は22歳、私は26歳のときだった。

ずいぶんと長い年月夫と時間を共にしたのだなぁ…という感慨とともに、あることを思いつき、夫にメールをした。

「(前略)
私たち、12月19日で、付き合いだしてまる10年になるのを覚えていますか? 
当時は、つきあいが1ヶ月もつたびに、お祝いをしたものですが…。
できれば、その日に一緒に各種手続き&届出をして、そのあと最後の晩餐じゃないですが、ささやかながら食事でもしませんか?
お忙しいとは思いますが、その日1日でいいです。お願いいたします。
まるまる10年、こういう形にこそなりましたが、悪いことばかりでなく、楽しいこともたくさんありました。
あなたには、最後の離婚という私の最大のワガママをきいてくれたことを心より感謝しています。
後半は、かなりひどいことを言ってしまったり、あなたを苦しめたり、いろんなとこやことでお互い嫌な思いもしたと思うのですが、折りしもこの節目のときが近いことですし、GUYの父親であることには変わりはないのですから、今後親子のよいつきあいをのためにも、この日に爽やかに、私たちの歴史に幕を閉じられたらいいなと身勝手に思ってしまう今日この頃です。
少々感傷的になって、身勝手なことを書き連ねました。
よろしくご検討のうえ、お返事くださいませ。」

そう、アニバーサリーにひっかけて、期限をきったのだ。
あくまで、低姿勢でお願いする形で書いたのは、夫がそうすることでノッてくることを読んだ上での計算ではあるのだが、書いたことは嘘ではない。


ここまでくると、恨みつらみといった次元の思いはなくなっていた。

結局、夫はこの話をのみ、約束どおり、
12月19日、2人そろって離婚届を出しに行った。

最後になって態度を翻すことも、豹変することも、ごねる事もなかった。
不安定な状態の夫であれば、ない話ではなかったが、
夫も夫なりにこの半年あまりの間に、これまですることのなかった相談を上司や先輩にし、耳を傾け、過去を省みたり、今後の生活や仕事に目を向けたりとして、ようやく成長をしたのかもしれない。
最後は、非常にすんなりと滞りなく話をすすめることができた。

私は、最後の最後まで、明るく、昼食を一緒に食べたのだが、ここ数年は体調が悪く、食べることの大好きな私が食べることさえままならない状態だった私が、とても幸せそうに、おいしそうに食事をするさまをみて、

「良かったよ…本当に元気になったみたいで。」

としみじみ言っていた。
自分と離れたことによってめきめき元気になっていく私のさまをみて、さびしい気持ちもあるようだったが、この言葉に、もう嘘はないのだと思う。
かつての皮肉ではないと思う。

私は、ここにきてつくづく思うことは、姑と同居さえしなければ、私の結婚当初の思惑通り、ちょっと歪んでる気がするけれど、夫のその歪みは私には矯正できたかもしれない。乗り越えられたかもしれない。
しかし、3本の矢の喩えではないけれど、夫に加えて、それを育てあげた強力な姑と同居し、また近所にその申し子ともいうべき義妹に囲まれてしまったことによって、1本なら折れた矢も、3本集まることによって、私には太刀打ちできるものではなくなっていた。
そして、私はツブれた…。
私自身、自分の強さを過信していた。奢っていた。

夫は、根っからの悪人ではないとは思うし、姑だってそうだったと思う。
しかし、常に自分を中心に考えることしかできる人たちではなかった。
「人の立場にたって考える」とか「共感する」という感情に欠けている人々だった。
ただ、それだけの話だ。
この数年間で、自分の弱さ、もろさを思い知った。

けれども、私は夫と出会ってからの10年間も、5年にわたる結婚生活も、姑との3年間の暮らしも…すべて無駄であったとは思わない。
特に、ここに綴った『非オニ嫁』としての毎日や『非オニ嫁』を捨て、家出をしてからの2年ちかくの時間は私にとって非常に辛いことであったけれども、それによって得た「気づき」や「出会い」、そしてGUYというかけがえのない「たからもの」…。
私は、この経験によって、人間として少し大きくなれたに違いないと信じたいし、これからもまだ人間として、成長していきたいと心から願っている。


5年前の人前結婚式のとき、私はゴスペルシンガーを呼んで、『Amazing Grace(アメイジング・グレイス〜大いなる神の恵み)』で、会場に入場した。当時は意味もわからないし、この選曲になんの疑問も覚えなかったが、今思えば、この歌の歌詞は、ある意味懺悔の歌であり、多くは結婚式よりもお葬式なんかで使われることのほうが多い曲だ。
「これまでこんなひどい事してきた私に悔い改めさせるためのこの『試練』も大いなる恵み、そしてそれを『救い』たもうたのも大いなる恵み、私はそれによって正しい道を見つけることが出来た」
というような意味あいのものだった。

この歌詞の意味を知ったとき、もう既に家出をした後だったので、なんと皮肉な…と思ったものだが、アメイジング・グレイスで始まった結婚生活は、まさに大きな試練となり、結果として得たものも多く、実際GUYや友人には救われた。
これは、私だけではなく、夫にとっても同じだと思う。
私は、最後の最後まで涙を流さず、晴れやかに爽やかに夫と別れたが、私を送り届けたとき、ちょうど発熱して休んでいたGUYと会わせることができ、GUYもいつもどおりだったが、涙もろい母は、

「これまで本当にお世話になりました。ありがとうございました…」

と、涙を見せた。
夫は、この母の涙によって救われたと思う。
彼は実際、私の家族や親戚との人情に厚いつきあいに触れ、普段はそれを斜めにみて、バカにすることも多かったが、結婚当初はあまりの温かさに酔って涙を流したこともある。自分の両親や親戚とのあまりの違いに、彼自身も複雑な思いがあったのだろう…。そして、ことが大きくなりだしてからは特に私の家族からは嫌われている…と思っていたと思うので、母の最後の涙は、彼にとっては救いになったと思うのだ。これが、私やGUYだったら、ヘタに未練を誘うだろうし、涙を見せたのが母であったから良かったのだと思う。

そして、もし、私が最後に感じたように、夫は最後の最後で、これまで放棄していた「考える」ということを覚え、それにより、「人の立場にたって考える」というワンランク上の段階まで今たどりついたのだとしたら、まさに
“これまでひどいことをしてきた自分に『試練』と『救い』を与え、
 正しい道を教えてくれた大いなる恵み” 
であると思う。

私と夫は、10年前、1996年の12月19日からつきあいだし、
5年前の2001年7月14日に結婚式を挙げ、
同時にGUYの妊娠を知り、紆余曲折を経て、
2006年12月19日、その結婚生活に幕を閉じることになった。

まる10年…長いようでもあるし、あっという間というでもある。

しかし、人生80年…いやもっと長く生きるかもしれない昨今、
まだまだ30代…その折り返し地点にも立っていない、ヒヨッコである。
私も夫も。
その中のたった10年の間におきた、いいことも悪いことも、
今後数十年の人生にとっては、きっと、よい経験として生かされるに違いないと信じたい。


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この記事へのコメント

1. Posted by M&M   2006年12月21日 01:05
新しい出発、おめでとう。
最後は揉めずに本当に良かったです。

今後はGUYくんの両親として適度な距離をもったお付き合いがしていけたらいいですね。

途中、ああだこうだと勝手なことを言ってきて、正直どこまで言ってよいものなのか、後押ししていいものなのかと思うことは多かったです。

今すっきりと離婚が整ったのを見ると元夫さんのモラ度は低かったんだなと思う反面、ピーさんが別れると腹をくくったからこそ得ることができた友好関係だったことも、やはり間違いないところではないかと改めて思います。

ともあれ、離婚は大仕事なので、今は達成感(?)があるとしても、しばらくは身体に気をつけて、病気しないようにしてください。

いいクリスマスと新年を迎えてね。
2. Posted by いぐすけ   2006年12月21日 05:51
私の知ってるピーさんは、おおらかで温かなまっすぐな女性で・・。
元・旦那さんは、そんなピーさんに出会えて、本当によかったんだろうなぁ・・って。
今そんな事を思っていました。

これからのそれぞれの人生が、光り輝くものでありますよーに!!

あ、でもその場合、ダメンズ好きはやめた方がいいかな?とは、思いますが・・。笑
3. Posted by HAOMEI   2006年12月21日 10:05
再出発、おめでとうございます!
人と人との係わり合いって、暖かいだけではなくて時にはつらく苦しいものになってしまうことがありますよね。
でもピーさんはその苦しい時期をしっかりと乗り越え、可能な限り前向きな状況で一つの関係を終わらせることができたのだから、この数年間のご自分のあり方を誇っていいと思いますよ。
何よりもGUYちゃんにとって、人間としてお手本になる女性だと思います。

これから楽しいことばかりじゃないと思いますが、私はいつでもピーさんとGUYちゃんのこと、本当に本当に応援してます!
4. Posted by ☆   2006年12月21日 16:38
旅立ちの日ですね。あなたの選んだ道は間違ってないと思います。どんなときも前を向き、立ち止まって辺りを見回しながら進みましょう。GUY君ピーさんに幸あれ!!
5. Posted by ピー   2006年12月22日 12:24
>M&Mさま
ホンットにホンットにお世話になりました!かなり私のために悩ませてしまったり…。
>>元夫さんのモラ度は低かったんだなと思う反面…
↑そうなんですよね、今さらなんですが本当に今になって"初めてわかった"のかもしれません…今後記事してみようと思っていますが、もしモラは直らないとしたら、夫はやはり真性モラではなく、モラ傾向が強いだけの人間だったのかもしれません…母(姑)はモラだったと思うのですが、父親の影が薄く、早逝したというところで、男性モラの見本がいなかったのも良かったのか悪かったのかわかりませんが、何か関係しているのかもしれません…。
きっと、これで本当に理解して"変われた"としたら、この後彼にも幸せが訪れるかも知れませんしね!
ホントにありがとうございました!
今後ともヨロシクです!
6. Posted by ピー   2006年12月22日 12:30
>いぐさま
いつもいつも温かく見守っていただき、ありがとうございます。
M&Mさんへのレスにも書いたんですが、きっと元夫(きゃー、元って響きがうれしいー)にとって、これまでの人生を考えたら、正反対の生き方、考え方、生活背景を持つ私との出会いや結婚は、かなりのカルチャーショックだったと思うのですが、結果として、良い方向に変われたのならいいなあと、思っています(ホントのところはわからないですけどね)。
今度ゆっくり遊んでくださいね!
7. Posted by ピー   2006年12月22日 12:33
>HAOMEIさま
お久しぶりです!
いつもいつも節目節目に心に響くコメント、ホントにありがとうございます…(泣)
>>苦しい時期をしっかりと乗り越え、可能な限り前向きな状況で一つの関係を終わらせることができたのだから、この数年間のご自分のあり方を誇っていいと思いますよ。
↑本当にそう言っていただけると救われます。
本当にこれで、リアルタイムに追いつきました(後半駆け足でしたが)。この再出発をよりよいものにできるよう、GUYのお手本になれるよう、がんばっていきたいとおもいます!
8. Posted by ピー   2006年12月22日 12:46
>☆さま
コメントありがとうございます。

>>あなたの選んだ道は間違ってないと思います。
↑そう言っていただけると本当に救われます。ついにこのブログも現実に追いつきました。おっしゃるとおり、どんなときでも前向きに、GUYと2人人生を楽しみながら生きて行きたいと心から思います。
本当にありがとうございました!
9. Posted by しらゆき   2006年12月22日 14:06
ぴーさん
おめでとうございます。
新しい出発ですね。

私はまだまだ
ゴールは果てしなく、遠く、光も見えない状態です・・・。

気持ちの整理を付けられず、うずくまっていたときに、こちらのブログにたどり着き、きっかけをいただいたと思っています。
今は信頼できるカウンセラーに出会い、今日病院へ行ってきます。

今日の記事を読んで、ぴーさんがこれまで歩んでこられた、ぴーさんの自ら切り開く力を分けていただいて帰ります。

また遊びにきますねm(_ _"m)

10. Posted by ゆきのじょう   2006年12月23日 20:07
お疲れ様でした。
一区切りついてよかったですね。
これからはGUY君と
楽しい日々を過ごせますように。


11. Posted by ピー   2006年12月24日 02:19
>しらゆきさま
いつもありがとうございます。
>>気持ちの整理を付けられず、うずくまっていたときに、こちらのブログにたどり着き、きっかけをいただいたと思っています。
↑私自身ぐちゃぐちゃした気持ちを吐き出すため、整理つけるために、渦中で書いたつたない記事でも、きっかけになれたとおっしゃっていただけること、とても嬉しく思います。
ホント…オカシイオカシイ…と思いながらも本来の自分を見失って行く中で、モラハラという言葉と出会って、一瞬救われ、でもウチはそこまでじゃないんじゃ?と思い、いったんはそこから離れていた頃、始めたブログですが、結局は、その中で出会ったまだお顔もしらないモラハラ経験者の方々から、温かく力強いお言葉をいただいて、急速に我を取り戻し離婚に突き進んでいけました。
(つづく)
12. Posted by ピー   2006年12月24日 02:24
>しらゆきさま ↑つづきです。
でもそれまでは冒頭の家出から1年以上迷い悩んで、再同居なんてしてしまったわけですが、合計2年近くになってしまった中途半端な別居期間がなければ…たとえば最初の家出のときに離婚していたら、そのすばらしい出会いもなかったわけですし、辛いこともそれなりに多かったですが、全てムダではなかったと、今のこのタイミングでよかったんだ、と思っています。
きっと、しらゆきさんにもその必然のタイミングってきっと来ると思います。それが1日も早く訪れることを願ってやみません。
今後はリアルタイムで現況や過去の生活を考察しつつ、後に続く方々の勇気づけの一助になるようなことをお伝えできるような私でありたいと思う今日この頃です…。
ぜひぜひ遊びに来てくださいね!

13. Posted by ピー   2006年12月24日 02:33
>ゆきのじょうさま
更新があき、ご心配をおかけしました。。
実際、忙しいのもありましたが、ここにいたる『非オニ嫁日記』としての記事をリアルタイムでのご報告に追いつかせたいという思いと、そして、ジャスト10年、ジャスト100章めという、区切りのよさから(笑)かなり駆け足で詰め込んだ形になりました…。
コンテンツとしての『非オニ嫁日記』は、この記事で完結させていだたき(もうヨメじゃありませんし)、これからは、離婚後の新しい視点で別カテゴリで更新していきたいなぁと思っています。
どうぞ、これからもよろしくお願いします!
14. Posted by 通りすがりのものですが   2012年05月08日 03:49
たまたま拝見しましたが、あなたは一見冷静に判断しているように見せながら結局は自分は正しいと同情をかうようにしむけるのがとてもうまい人だということが分かります。カウンセラーの先生もその辺は感じ取ったのでしょう。別れた旦那さんがあなたとの結婚を続けたかったのはあなたと一緒にいたかったのではなく、子供と別れたく無かっただけでしょう。子供がいなければさっさと別れていたでしょう。離婚話を出してうきうきした感じ(デート気分でと書いてありました)で現れたのはその証拠です。あなたと一緒に居たがっていた感じで書くのは非常にイタイ感じがします。実はあなたと別れたがっていた旦那さんはあなたと別れることが出来て幸せだと思います。ただ子供に会えないのは本当にかわいそうだと思います。あなた自身が別れたいと思ったその責任を取って旦那に経済的な負担をかけずに別れようとしたことはかっこいいなと思います。

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■非オニ嫁日記□目次■
01.きっかけ
02.出会い
03.堅実な男
04.公衆便所
05.オニカレ・オニカノ
06.したかったのは結婚?
  それとも結婚式?
07.仲がいいのか
  悪いのか?
08.運命を動かした入籍と
  結婚式と××
09.運命の妊娠
10.めまぐるしい展開
11.なんでこうなるの?
12.家事の分担?
13.緊急入院!
14.エンドレス入院生活
15.緊急帝王切開!
16.それはマタニティ
  ブルーから始まった
17.夫と姑の関係
18.念願の退院、
  そして同居開始…
19.母になつく姑
20.育児ノイローゼ、
  姑ノイローゼ
21.プライバシーのない家
22.プチ家出と赤いバラ
23.驚きと諦めと
  ストレスの日々
24.何にも言えない
25.いもうと
26.GUYを預けるか…?
27.舅の実家と姑
28.姑に関する一考察
29.復職のとき
30.悪気はないはず…?!
31.誰がわるいのっ?!
  誰のせいなのっ?!
32.違和感
33.モラルハラスメント?
34.休日ストレス
35.笑いのツボと
  怒りのツボ
36.ズーラシアと
  花火大会
37.何かが終わったとき
38.戦闘開始
39.泣き叫ぶ姑
40.冷めていく愛情
41.仕事、子ども、夫
  …どれをとる?
42.義務のなかでの
  妊娠…そして流産
43.やりきれない孤独感
44.自己防衛
45.出社拒否
46.限界
47.初めての離婚宣告
48.愛をとったら
    情だけ残る
49.発掘!
  メールバトル詳細
50.大事な友達は会わせ
  ないほうがいい?
51.GUYと夫と自転車と
52.3歳児以下の男
53.兆し
54.検証
55.『きっかけ』
    にいたる事件
56.事件その後…
    そして夫は。
57.地の底まで落ちた日
58.すさんでいく夫
59.2人に宛てた手紙
60.抑鬱
61.家出から別居へ
62.ストーカー?
63.モラルハラスメントと
 いう言葉との出会い
64.あふれたコップの水
65.傷ついた
  インナーチャイルド?
66.共依存のなかの娘
67.親としての資質
68.ストーカー再び…
69.夫婦カウンセリング
  を前に
70.どうして離婚
  させてくれないの…
71.交錯する問題、
  複雑な思い
72.とけない氷はない?
73.目の前のニンジン
74.夢のマンションと
  悪魔の棲む家
75.どこまでも甘い私
76.東京を去るとき
77.姑の扶養の義務
78.落ちてゆく心
79.壊れていく
  自分への不安
80.入院を願う日々
81.そして、休職へ…
82.ストレスの元凶
83.何故続けるのか?
84.親友
85.それでも
    やり直すために
86.自分らしさを失う
  評価を求める自分
87.新生活への不安
88.見切りスタートの代償
89.みんな病んでいく
90.モラルハラスメント
  という言葉との再会
91.決意表明
92.自分を取り戻したい!
93.豹変した夫
94.罪悪感と迷いと
  新たな出会い
95.暴発
96.大爆発…そして。
97.迷わず、進め
98.私の復活と夫の迷走
99.5年目の決別
100.アメイジング・
      グレイス

注:クリックすると別ウインドウで開きます。読んだ後、右下の『次の記事』をクリックしてしまうと、他の日記等へいってしまう事があるので、続きは目次から入ってください。

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