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 久しぶりに読んだ小説は、元NHKのワシントン支局長・手嶋龍一氏の「ウルトラ・ダラー」。北朝鮮が偽造した本物と見分けがつかない精巧な偽100ドル紙幣、通称「ウルトラ・ダラー」にまつわる謀略をイギリスのBBC東京特派員(本当は英国情報部のエージェント)・スティーブンが解き明かしていく、という物語。今冬の発売時から新聞や雑誌の書評で取り上げられ、評判が高かったので読んでみた。まあ、この手のジャンルは嫌いじゃないし。

 ストーリーは、過去と現在が入り混じって展開される。とくに序盤は、偽ドルの発見と、過去に東京で起きた日本人印刷工の行方不明事件やアメリカのドル印刷工場での紙原料盗難、スイス製高性能印刷機の消失事件、グラビア印刷技師の行方不明事件、がスピーディに語られていく。そして、日本通のスティーブン(といっても映画「ライジング・サン」でショーン・コネリーが演じた「エセ日本通」とは違い、日本文化や風習に馴染んでいる)が、日本国内はもとよりロシアやパリにまで飛び、「ウルトラ・ダラー」の流れを追いかけていく。

 国際的な内容だけに登場人物は多く、さまざまな職種の人物たちが絡んでくる。そして、この作品は「ノンフィクションで書くとさまざまな問題が起こるので、小説というスタイルを取った」と言われている。私は小説に登場する人物のモデルとなる実在の人物はほとんど分からないが、日本の官房副長官や偽札判別機製造会社の社長、確かに「リアルにいそう」な雰囲気が漂っている。そして少しずつ偽ドルの流通ルートの解明や、なぜ北朝鮮が偽ドルの製造を行っているのか、が描かれていく。確かに、いくつかご都合的な展開(偽札判別機の社長と某女性の関係や、スティーブンが飛行機で重要人物の隣に座る)などはあるが、小説として見る分では問題ない範囲だと思う。また物語終盤でのパリの謀略戦は緊迫感とともに、映像化しても面白そうな
内容になっていた。

 と、全体としては概ね満足したものの、どうしても気になり、そして「まあいいや」と自分で納得させることができなかったことがある。正直、自称「ガンオタ」であるがゆえ気になることなので、普通の人は全く気にならないポイントだと思う。
間違いなくネタばれになるので、知りたい人はそれを覚悟で「続き」を読んでほしい。ただし、重箱の隅をつついてこの点を問題にしている訳ではない。
 この作品で気になる点はエピローグ。ネタばれになるので注意。


 スティーブンは行方が分からなくなった恋人(に限りなく近い女性)を助けるために、京都の山中に向かう。そして中国側のスナイパーと撃ちあい(といってもライフル同士なので狙撃戦)になるのだが、ここで今までの興奮が一気に興ざめ。その文をちょっと長いが紹介。

<ここから>

 スティーブンは、地べたを這ったまま助手席の側に回り込み、ドアを開けて鋼鉄のケースを引き出して北山杉の中に分け入った。ケースを開いて軍用ライフル「L96A」を取り出し、望遠スコープを装着した。

<途中省略>

 その瞬間、北山杉の斜面に一条の光が走った。狙撃手の望遠レンズに朝日が反射したのだ。
 スティーブンはライフルを構えてスコープを覗きこんだ。北山杉の木陰に男の影がわずかに動いた。アタマからぼろをまとったようなギリースーツに身を包み、ロシア製のセミオート・ライフル銃、ドラグノフを抱えている。
 その黒光りした金属の地肌が火を噴いた。すぐ脇の杉の幹がめくれ、落ち葉が舞い散った。正確な狙撃だった。続いて、二発、三発、四発と、狙い定めた銃弾が撃ちこまれてきた。敵は木陰で一発撃っては、つぎの木陰へと素早く動いて射撃してくる。
 スティーブンは、敵が北山杉から飛び出してくるつぎの瞬間をじっと待ち受けていた。
 ロイヤル・アーミーのライフル「L96A」のバイポットを地面に立てて照準を絞り込み、ぼろの男めがけて引き鉄を引いた。
 距離五百五十メートル。五十一ミリの金属弾が標的に吸い込まれていった。
 ドラグノフの男は沈黙し、あたりに静寂が戻ってきた。

<ここまで>

 最初から弁解じみますが、私は月刊Gunを15年以上愛読している「ガンオタ」です。ですが、映画や小説で銃関連の「揚げ足取り」は、ほとんどしないんです。何でスティーブンが職業的スナイパーも顔負けの狙撃テクニックを持っているのか、とかの疑念は、これでも「流した」んです。小説だし、と。
 だからこの部分がトンデモアクション漫画や映画だったら文句は言わないんです。でも、「ウルトラ・ダラー」は、ここを読むまで「フィクションであってもリアルに感じられる」から気になってしょうがなかった。
 「ケースを開いて軍用ライフル「L96A」を取り出し、望遠スコープを装着した」って、その場でライフルにスコープ装着して500m先の標的に1発で命中するワケないだろ!デビュー当時の「ゴルゴ13」じゃないんだから…。スコープを装着したライフルで長距離狙撃を行う場合、ライフル本体とスコープを分離した状態でケースに収納することは基本的(ほぼ100%)あり得ない(サイティングと着弾位置にズレが生じる)。
 さらに待ち構えているスナイパーはプロ(長距離狙撃に関する専門的な訓練を受けた人物。まあプロでもこの状況下では500mの狙撃なんかしないと思う)なのに、今時「スコープへの朝日の反射」で居場所が発覚する(500m以上先の北山杉の木陰に潜んでいるのに一瞬の反射でスティーブン狙撃手を発見)のは、神の啓示ですか?
 そしてトドメが、「五十一ミリの金属弾が標的に吸い込まれていった」の部分。「L96A」の使用弾薬は7.62mmx51mmですが、「五十一ミリ」は火薬が詰まっている薬莢部分です。当然標的に向けて飛ぶことはありません。標的に吸い込まれるのは口径7.62mmの弾丸部分です。

 この3連発でノックダウン。熱い思いが一気に冷めた…。なんかガックリきた。ここまでのシーンは緻密な調査と独自の想像で積み上げてきた筈なのに、なぜこんな単純なミスをしたのか…。確かに手嶋氏が銃関連(それも実際のアクションや狙撃に必要とされる状況)に詳しいとは思っていないが、それだけに他の部分同様、注意を払ってほしかった。

 あと個人的には、この部分を除いてもエピローグの大半が不要(というかやり過ぎ)と感じた。「この狙撃シーン先にありき」で「とってつけた」ような気がする。手嶋氏自身の「ペンの重み」が感じられず、無理やりに「END」シーンを追加したように思えた。


 ここまで書いといて何だけど、全体としては本当に面白い小説だった。スティーブンにはイマイチ感情移入しにくかったものの、日本人作家による国際諜報小説としては満足できる内容だと言える。文章は、「小説」的なパートよりも「ジャーナリスティック」なパート(最初の行方不明事件など)のほうが筆が滑らかだったと思う。

 次回は手嶋氏のノンフィクションを読んでみたいと思った。