神戸農村歌舞伎保存会のブログ

神戸の農村歌舞伎のあゆみ

昨日、国営明石海峡公園の下見にいきました

そうね・・・さすがに平成23年の時と比べると、全然違いました。

全体に、公園らしいつくりになっていました。あちこちにため池があって、

かやぶき屋根の古民家も、まあ、まああれでいいのかな・
最初の長屋門などしかないころに比べると、
公園らしくなっていました。

舞台のかやぶきも、前より良くなっていたわ。前はぼしゃぼしゃだったのに。


驚いたのは、声の響きがよかったこと、
誰も計画しなかったのに、前面のトイレ棟が、みごとな反響板になって、声が反響して、よく聞こえました。

花道が立派なんですよね。そのくせ、花道のバックに幕が張れない。
全部が中途半端でした。

劇場として使う気なら、照明に、配慮がほしいと、照明・音響担当さんがぼやいていました。
電気量が、家庭用だから、明るくできないのだそうです。
それが東向きに立っているので、午後は、逆光で見にくい。
けど、出力が家庭用では、明るくしようがない。

回り舞台は、半径8mと聞いたから、日本一大きい農村舞台の回転舞台だけど、奈落は直立できないぐらい低くて、とてもじゃないけど、人力では回せない…重くて。

いっぱい改善の余地がある。

それでも、劇団員の皆さんは、広々とした舞台が気に入ったようでした。
これを生かすには、控室の並びに衣装蔵を建て、舞台の後ろに楽屋を設備して、奈落を控室にするなど、やるべきことがいっぱいあります。
回り舞台も機械で動かさないと。

冗談じゃない。
どう考えても、これを創った人は配慮が無さすぎ。
あきれたものです。

使わなければ、このまま死蔵になるから、まあ、みんなが元気なうちは、使いましょうか。


神戸農村歌舞伎保存会は北区の公演に参加していません

平成26年、第23回地芝居サミットin神戸が、曲がりなりにも無事に終わったあと、私の周りに、わけのわからない波風が立ち騒ぎ始めました。


前の年の後半から、すでに怪しい雲ゆきで、サミットを妨害しようとする空気がありました。


でも、私は、景山正隆先生の依頼を受けていたし、すでに全国に広報されているものを、ほうっておくわけにはいきませんでした。


x2286それはそれは、道なき道をかきわけて行き着いたわけで、「あなたにしかできない」と、周辺の人に言われたけど、はっきりその通りでした。

120名ほどの県外のお客さんでしたから、大きなイベントとは言い難かったけど、なんといっても、全国規模ですから、大きな話でした。

それをやり終えたので、私は、共同通信社さんから、
地域再生大賞をいただきました。

IMG_20150214_0001

そして、これが身の禍になりました。

おおかた、「お前一人でやったと思うな」そういう気持ちで睨まれていたのでしょう。

すべての人が、私から離反していきました。

サミットの実績から、北区役所さんは、これからも、北区の農村歌舞伎を担ってほしいと言ってくださったのですが「すずらん歌舞伎」の代表が「加藤さんと、やるのは嫌だ。」
言い切ったため、私は、困ってしまいました。

誰であれ、亡くなった市川箱登羅さんの弟子たちが一緒に力を合わせなければ今後の発展はありえません。

「私のどこが嫌なの?」
「・・・・」
「一緒にやってくださいよ」
「加藤さんとは、嫌です」

この出来事の後に続いたのは、子供歌舞伎の人々の離反でした。

「あなたとは、やりたくない」
「私のどこが悪いのですか」
「あなたが、嫌いだ」

こうして、この賞を受け取るころには、私は丸裸でした。

それでも、どこからでもやり直す気持ちはあったけど・・・北区の重要文化財の舞台を私が担当すると言ったら、そののちも、どれだけの嫌がらせを受けるかわからなかったので、

結局、私は、北区をあきらめました。

正直に言うと、私の信心する神仏に尋ねて決心したのです。体調も最悪だったし。(この写真むくんでいるでしょう?)

そして、西区民センターさんのご厚情をいただき、ことしで3年子供歌舞伎を育成し、大人の歌舞伎グループ(約20人)こどもの演技者も、同じぐらいの人数を得ることができました。

西区は、私を招いてくれたし、押部谷町木津は、向こうから、依頼してくださいます。そして、村の秋祭りを復活させるだけのパワーがある。

いくら重要文化財の舞台でも、村の支えのない貸会場では・・・やり甲斐が無いし。

ただ、「割れた」というだけの理由で、神戸の農村歌舞伎の寿命は半分になったと思う。

好き嫌いではなく事業の将来を考えるまともな「あたま」があれば、こんなことはしないだろうに。

ただし、私は、どんなことでも、最初からすんなり手がけることはなかった。

農村歌舞伎だって、私が出て行った平成4年は、平成2年にはじまった神戸の農村歌舞伎が、すでに行き詰った時だった。
そして、箱登羅師匠が借金苦で神戸を離れ。
次の師匠になって、大震災で、すべてがゼロになった。

そのあと、平成10年になって、初めて私は「主催者」として、名乗りを上げ、翌年、北区に歌舞伎講座を開催することを求め、かなえられたのがすずらん歌舞伎だ。
私は、講座の生みの親で、すずらん歌舞伎の結成の土台をつくった・・・その時、夫が、脳卒中で倒れ、私は仕事に出て、このグループを育てるまでには至らなかった。

そして、乗っ取られた。

全部乗っ取られた・・・のっとりが特異な連中にね。

こういう時は、私は長い冬眠に入る・・・春が来て、彼らが去るまで、待ち続ける。

すべてのことが、役に立つ。
そのおかげで、私は、一から、自分の理念通りのグループを育てる機会をえた。

ここへきて、ようやく、心から、彼らに語りかける

「私は、箱登羅先生がやったように、それを踏襲します。
先生は、礼儀なんかうるさく言わないで”子供は、のびのび遊ぶのがいい”と、いって、稽古の最中に走り回るのを許した。
芝居をすることの楽しさを多くの人に知らせようとした。
衣装もぬった、脚本も書いた。小道具も作った。

素人が、プロの芝居に憧れ一生懸命まねをした・・・そのスタンスを、まねする、それが地芝居だと思う。本格的なプロの仕事を形だけまねするのでなく、楽しさと熱意をまねしたい。心をまねたい。」

三代目市川箱登羅さん

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これは、師匠79歳、夏でした。平成21年です。
この数か月後に亡くなりました。
平成22年2月11日が、命日です。
墓所は、東大阪の野崎観音寺。

本名は山下姓 下の名前を忘れてしまった・・・

白水社の歌舞伎名鑑に記載があります。

もともとは、東京都中野の生まれだったと思う。
当時は、けっこう田舎だったみたい。

4男か、3男、末っ子でしょう。
大地主の息子さんで、日本大学芸術学部に在学中、アルバイトで、歌舞伎の端役をやるうち、結局、大学を出ながら歌舞伎役者に「学士歌舞伎」と呼ばれた4人のうちの一人となります。


最初大山山三郎(おおやま、さんさぶろう)と言う名前で、中村雁二郎の門下になります。
そこで、中村芦雁と言う名前をもらい、やがて、三代目市川箱登羅を襲名。

中村一座に市川の名前があるのは、世話物を得意とする上方歌舞伎が、荒事を習いたくて、市川(成駒屋さんから、助っ人を頼んだのが初代・箱登羅で、以来、上方歌舞伎の中に、市川が、混じる形に。

襲名披露にはお金がかかるうえに、名跡を継いでしまうと、馬の芦屋、通行人などは、できなくなる。ところが、襲名させて、大枚なお礼を受け取っておきながら、先代の先々代の雁二郎さんは、箱登羅さんに、心配りをしてくれなかったので、たちまち、苦境に。

借金はどんどんふくらんで、ついに、60歳前半で舞台を引退する羽目になりました。
周囲の人は、くやしがって「あの襲名があかんかった、雁二郎さんも、ひどい」と、嘆くのですが、師匠自身は一度も雁二郎さんへの恨み言を言ったことは無くて「雁二郎さんのおかげです」と、常に感謝していました。

けど、実際に、借金取りに追い回される暮らしのために、やむなく、離婚。
子どもたちが、高校生の頃だったので、とくに娘さんとの仲が険悪に。

大地主の本家の長兄が、子供たちの学費もだし、師匠の借金も返してくれて、ようやく、普通に生活できるようになりました。

役者バカだと言われていましたが、どこか、世事に疎いところがありました。

三度の飯よりアルコールが好きで、白米の代わりに日本酒でした。
チューハイも愛飲されてましたね。

平成6年胃を全摘して、体重が16キロも減少、まるで、亡霊のようでした。
そのまま、太ることはなかったけど、これ以後も、子ども歌舞伎の指導には精力的でした。本当に好きだったのでしょうね。

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これは、震災10年ですから、平成17年夏ですね。兵庫区、平野小学校の子どもたちに指導中。
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これは、平成13年9月、念願の中国公演 東邦文化芸術団とともに、天津、内モンゴルに行ったときです。
おしゃれで、メガネはLANVAN
でした。

子どもは大好きで、子供たちもよくなついたけど、年寄りは嫌いで、よく、老婆や老人を軽く扱って、怒らせていました。

人間だから、長所もあれば短所もあるのは仕方がない。

走り回って騒ぎまわる子どもを、親が叱ると、先生は、そのおやをしかりましたね「子供は、のびのびさせるのがいちばんいいんだ」と。


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