コメントに即座にお返事できなかったのは、外出していたからです。


めずらしく京都に行きました。

京都まで、バスで30分、三宮から梅田まで30分、京都まで1時間・・・おお、わずか2時間で・・・駅までなら行ける。
行った先が地下鉄丸太町の駅の真上だったから、片道2時間


決して、遠くはないのだけど・・・やっぱ・・・京都は遠いわ。心理的に。


何があったかと言うとね。

「共同通信」てあるでしょ?

「共同」というだけあって、日本の48都道府県の代表的な地方紙が「共同している」
兵庫県なら神戸新聞。


そういう地方紙が、その年、報道した「地方再生につながる」事案の組織代表を「地方再生大賞」候補者として1団体ずつ、毎年あげるんだけど、


1年50団体(なんでかな?48都道府県なのに?)選んで、10年たったから500団体あるはず、てことで、京都新聞140周年記念行事に掘り込んで、京都で、シンポジウムをやった。


こういうものにつきものなのが、大学教授、地方再生の研究をしている・・・

京都放送のアナウンサーが司会。


そして、いくつかの団体の取り組みが紹介される。


トップが「京町屋の再生」に取り組んでいる和服の女性。

今時でもいるんだ・・・京都には「凛」という感じの人が。

近くで見ないとわからないような「灰色のサメ小紋」「上品を絵にかいたような」

「東京人から見ますと京都は難しいと言う感じですが」と、司会者に水を向けられて

「これが当たり前ですよって、何もむずかしいこと、あらしまぜん。

人として、当たり前のことをやっていたら、向こうも、わかってくれはります。」


それを聞いて・・・やっぱり、京都は難しいわ・・・と、思ったわ。

そのおぬしらに「当たり前のマナー」が、よそもんには、難物なんじゃ。


地方再生大賞のスターは、徳島県の漁村・・・350人の村。

小学校中学校併設校が消滅すると言う時に立ち上がったおっさん。

このおっさんの個人的魅力で、漁村を復活させ、都会からわかいもんを呼び込むことに成功した。

その馬力で、霞が関にも掛け合いに行く、で、助成金数百万をとってくる。

5年前の表彰式で同席してるから、どういう人か知っている。
ずいぶん垢抜けてたわ。
前は、背広が似合わなかったのに。

大學の先生の話は、今後の日本の人口推移のことで・・・2040年・・・いまから20年後には、全国の市町村数が半減していると言ったよ。

末広がりと言う言葉があるけど、末つぼまり・・・

東京以外の人口は減る一方で、その東京さえ、数年後には減少に転ずるのでしょう?


なんちゅうか・・・私らはいいけど。

通常、私が出入りする世界には「白髪の人」しかいない。

でも、こういう公的な場所に行くと、観客以外は黒髪だ。

あんたらの問題になるよ~と、思うよ。
私たちはまだいい。

このまま終わりそうだ。
年金も、まあ、なんとか崖っぷちからは落とされないのではないか?

でも、「人口の減少の線グラフ」それと「消費の減少」だったかな・・・暗い話だと思わない?

減少のはなしばっかり。

私は、自分の在所の町を思い浮かべる。
おっとっと・・・他人事じゃない。

うちだって、いつ小学校がなくなるか・・・

第一、神戸電鉄はいつまで無事だろう?

なんでも統計をとりはじめた起点の人口は8000万だった。
たぶん、私が生まれたころではなかろうか。

2040年になるとそれぐらいに戻るのだけど、以後、減り続ける。らしい。

あのころねえ・・・町は焼け跡だらけで、人口は少なかった。
100m歩いても、家が3軒ほどしかない道も珍しくなかった。神戸市の岡本でも。

しかも、数分歩けば田んぼだった。

しかしながら、村の数は、少なくなかった。
むしろ村には人口もあった。
食い扶持が作れる、食えるからね。

町では食えなくても・・・

そういえば、食糧自給率のことも話してたな。

これからは農業がチャンスだって。そうかもしれないけど、農業は、ほんとうは難しい。素人がいきなり成功するものじゃない。

10周年だの140周年だの言ったらめでたそうなものだけど・・・正直、希望の無い、先の暗い話ばっかり。


京都の町屋を残すことに、物凄い困難があるのはわかる。第一お金がかかる。

でもね、そもそも京都という財産の上に建っている。

それに比べて・・・昭和22年には山地だった、私の現在住む町には「将来性のかけらもない」

農村歌舞伎のことで、表彰されたのだけど・・・
しきりに頭をよぎるのは、自分の自治会のことだ。

駅前がシャッター街である現実。

まだ、人口が激減するところまではいっていない。
上手くすると数年後には数百人規模で増える。

けど、栄える土地と、廃る土地がある。

その原因ははっきりしている。
一致団結できているか、人の心がバラバラか・・・ということだ。

で、私の町は、失格だ。

お話にならない。

わずか240世帯の自治会がまとめきれない。
人と人をつなぐ最も効果的な方法は、集まって飲み食いすること・・・

わかっている。
でも、これが出来ない。

だいたい、男どもが酒を飲まない。

飲みすぎて崩れるのはダメだけど、飲めないのは、お話にならない。

副会長の男性と一緒に行ったんだけど、改めて聞くと54歳だって・・・親子ほど年齢が違うんだ。

「久しぶりに阪急京都線に乗ったわ」
京都に行くにはJR京都線と言うのも、京阪電車もあるからね。

「前に乗ったのは30年前やねん。」京都往復は30年前に行ったきり。

南座の招待券をもらって、一人で南座に行った。
「顔見世興行の12月1日」

3時ごろには電車に乗らないと塾をやるのに間に合わない。
後ろ髪引かれながら、阪急電車の特急に乗る・・・あのころ、その時間帯の大阪行特急は、ガラガラだった。
私が乗り込んだハコには、誰も乗っていなかった。
で、
中ほどの通路側に一人座った。

「忘れもしない、その時ね。
私以外の全席が空席なのに、30歳ぐらいか、大学生ぐらいかわからないけど、私より若い男が乗ってきてね。
わざわざ、私の横に座ったの。」

あんまり人に話さなかったし、普段は忘れているあの日のことを、ついつい思い出して。
人生で2回だけであった、最後の痴漢の話をしたよ。

(一回目は高校生の時、ぎゅうぎゅうづめの通学電車内だったけどさ。阪神電車ならともかく、阪急電車にはふつう痴漢はでなかった)

「私は40歳だったし、当時は40歳は、もうおばさんで、女性にはカウントされていないと自覚していたから」

隣に若い男が座っても、まさか…狙われたとは思わなかったのよ。

ところが、その男はね・・・私は、隣の副会長氏に実演して見せた。

こう、両ひざに手を置いてね、電車が揺れるごとに、じわじわ、隣の私のひざに手の甲をふれてきてね・・・大きく揺れた拍子に、私の膝にさわった。

おお?これって、痴漢???

もちろん、その箱には他に誰もいないから、助けの求めようもない。
車掌も歩いてこない。

立ち上がって移動するのも、なんかなあ・・・

「触らないでください!」何て言ったら

「ゆれてるうちに手が滑っただけです。
おまえみたいなおばはんに、さわるか!

うぬぼれんなよ!」と、言われたら恥だ!

フリーズしながら考える。

最初に、コートを膝にかけて、

それから、私も「揺れたはずみです」みたいに膝をずらして、

まあ、無事に電車を降りたんだけど。

で、限りなくクロに近いグレーだったけど、

私、痴漢にあってん!と、騒ぐと、自慢してるみたいでみっともないし・・・黙ってたよ、ずっと。

ところが、そのころ、阪急電車の京都線、京都から大阪行特急電車には、ほんものの痴漢が出て、本当の性犯罪被害が出るんだって、報道された。

ノンストップで誰もこないから、密室になってしまう。

その後、特急電車の車内構造が変わって、ドアの位置が変わって、座席が分断され、停車駅が増えて乗降客の出入りが生じ・・・京都線の痴漢は伝説になった。

暗い未来図のついでに、しょうもない痴漢事件を思い出した。

やっぱり、京都は苦手や。

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