この世界には「意志」があってね・・・そのことを仏教では「如来」というの。

キリスト教ではヤーハウェ  ありてあるもの


意味は一緒でしょ?如来=来るがごとし。
ヤハウェ=あるがごとし


要するに「あるといったら、あるねん!」と言ってる。


それを表現するのに、どういう言葉がふさわしいか・・・レ・ミゼラブルのミカエル司教は、感動に震えながら言葉を探すのよ。

「全智全能」「すべてのよきもの」「永遠」「清浄」「完全」「法則」・・・賛美してもしきれない尊い存在が、宇宙の中心にある。

この世のすべてを、それが潤す。


天を振り仰いで「神様!」と言うとき、人間は、なにかそういう「完全なもの」にすがるでしょう。


この世界は宇宙から降り注ぐ「天意の下」動いている。

だから、道に外れる行いをしてはならない。


この思想は日本的なものだと思っていたのだけど、もちろん、キリスト教にも仏教にもあるけど、儒教にも道教にもあるのね?


ここんとこ、中国ドラマを観ていると「私は、道にはずれた行いをした!」と自責の念で自殺する中国人が出てくるのよ。


本当にびっくりしたわ。

中国人ぐらいええ加減な、銭儲けだけの人間はないと思っていたからね。明ぐらいまでは、ともかく。清の後半なんか、ぐだぐだ。
アヘンにやられて、国もめちゃくちゃだと思っていた。
そして、文化大革命で、他人を売って、嘘の告発をして、己は生き延びるような地獄をつくったのだから、中国が復活できる日は無いと思ってた。

ところが、昨今の中国ドラマは、さりげなく人の道を説き、勧善懲悪。みていて痛快。
もう、日本のものなんかあほくさくて、見られない「思想性の高さ」が全然ない。

もっと、だらだらしたドラマでも、盛んに「漢詩」「故事」を口ずさむ・・・日本のもので「和歌」を口誦するもの、ある?

結局、人間は「真」に戻るしかない。

この世界の中心には太陽が輝くように「如来智」があって、その法則通りに世界は回る。

いくら悪が栄えても、最後に勝つのは善だと信じて、そちらに味方することです。

いくら、コロナ肺炎が燃え盛っても、いずれ終息する。
最後に勝つのは善です。

これをまいたのが、日本なら、裁かれるでしょう。
なんとなくだけど・・・最初から私は、そんな気がしてる。

中国が、国家をあげて「道」を取り戻そうとしている時代に、日本は「政府が先導して、道に外れる行いに邁進している」

勝つのが、どちらかは、天が決めます。

個人も同じ、おたおたしないで、するべきことをするのよ。
この世界に必要な人を天は見捨てません。

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