天皇・皇室

第二次大戦の歴史観を見直す(日本を守るのに右も左もない)

http://blog.nihon-syakai.net/blog/2017/08/7056.html

東京大空襲で皇居や財閥系企業の施設は被害を受けなかった。

・三菱重工広島造船所や長崎造船所は広島、長崎の原爆投下でも被害はなかった。

東京裁判では米国にとって最大の「敵」であったはずの人物は無罪とされた。

天皇の戦争責任を追及したアメリカ人ジャーナリストのバーガミニは、日本ではなく米国から妨害工作を受け、ジャーナリスト生命を断ち切られた。

・戦時中、財閥系企業は「天皇の軍隊」を利用して莫大な利益を上げた。

財閥解体なんて嘘八百であり、戦後も存続・拡大し続けている。

・昭和天皇はガーター騎士団の一員(エリザベスの臣下)であった。日本がイギリス相手に戦争を起こすということは、君主への反逆を表すことになる。

・石油も鉄くずも所有していない日本が、何故に4年も戦争を続けることが出来たのか。敵国であるはずの米国から、裏ルートで輸入されていたからだ。

白洲次郎やヨハンセン・グループは、空襲や原爆の情報を事前に教えられていた。

・満州国で実権を握っていたのは、岸信介をはじめとした田布施グループである。

満州国で岸信介は麻薬を取り仕切っていた。麻薬の製造方法や販売手段を日本は知らなかったはずである。それらの情報を教えたのは誰か。

田布施グループの一人である松岡洋右が国際連盟脱退のお膳立てをすることによって、日米開戦の原因を作った。

・ロンドン海軍軍縮条約を締結させて日本海軍の弱体化を謀った幣原 喜重郎は、フリーメーソンだった。

・幣原喜重郎の妻・雅子は三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の四女である。ここでフリーメーソンと三菱が繋がってくる。

・太平洋戦争開戦以前に、「日支闘争計画」が存在していた。これは、日本と中国を戦争させる計画である。

・開戦前の二.二六事件も、終戦の際の八.一五宮城事件も、ヤラセであった。ともに「あの戦争は軍部が独走して起こしたものであり、天皇は戦争に反対していた」という嘘を広めることが目的だった。

そして天皇が国際金融資本家らの思惑に沿って太平洋戦争へ邁進していった。こちらからの引用です。(赤字は引用者による)

天皇は皇統派を一掃し、統制派を参謀本部に配し、ついに自らの住む御文庫の中に彼らを入れて太平洋戦争に突入するべく机上演習を始める。誰ひとり天皇に逆らえる者ない、であった。この机上演習の中から、真珠湾攻撃とシンガポール攻撃が登場してくる。そのために一番役立ったのがヴェルサイユ会議で日本に与えられた、委任統治権であった。天皇は太平洋戦争の前から、闇の権力者たちが創作した、世界のグランド・デザインをどうやら知っていたらしい。近々日本が「非常に苦心せざるべからざる環境に置かれる」とは、戦争以外のなにものでもない。大戦後に、まさしくアメリカとソ連が世界を二分する大帝国となることも知っていたらしい。それにもまして「十年を覚悟し」さえすれば、「有終の美を挙ぐる」とは、敗戦後五年で、1950年に講和条約ができ、日本は再び独立国となる、ということであろう。そのために、一年後に戦争に入るべく努力をしているのだ、と天皇は語っているように思える。

さらには、原爆の広島投下を決定したのは、天皇だった。こちらからの引用です。(赤字は引用者による)

終戦直後の昭和天皇とマッカーサーとの会見は単なるセレモニーで、実は終戦の前に連合国側は天皇家の存続と昭和天皇の生命、財産の保全を決めていたのです。天皇制をうまく利用する方が日本統治上好都合と判断したからです。

それを事前に知らされていた昭和天皇は、だからこそポツダム宣言も安心して受諾したのです。

それはともかく。米国側からヨハンセングループを通して原爆投下地を決定するよう要請された昭和天皇は、「広島」と返答しました。

なぜ広島だったのか?それには理由があったのです。

その時点で終戦決定していた天皇にとって、一番の障害となることが予想されたのが陸軍の存在です。終戦と聞いてクーデターを起こしかねなかったからです

そして、無条件降伏と言いつつも、國体護持を唯一の条件として天皇はポツダム宣言を受託する。

國体護持のための終戦(1)

國体護持のための終戦(2)

玉音放送においては驚くべきことに、その詔書の中に天皇が国民に詫びる言葉はなく、天皇自身の責任についてさえ、何の言及もなかった。

戦後以降のアメリカ支配は、天皇家や田布施一族との深い繋がりのなかで継続されたきた。奴隷密売で外国へ売り飛ばされた者達、無益な戦争で亡くなった多くの兵士達の命は、一握りの者達の私益のために消えて行ったという事実を、受け止めなければならない。

我々日本人が本当に闘わなければいけない相手は誰なのか。それを見失ってはいけない。

(転載おわり)

量質転化という言葉が、弁証法哲学のなかにあるそうですが・・・
量をたくさんにすると、質が変わる・・・100匹目の猿がイモを洗うということです。

私は、ずっと、昭和天皇は、ただのお人好しで、利用されていただけだと、考えていました。
私は、どっちかというと天皇を好きなんですね。

だから、心に青雲さんが「ヒロヒトめ!」と、呼び捨てにするのを好まなかった。
彼と、対立したテーマの一つでした。

まして、あんなに天皇様を崇拝していた東大での伯父が広島の陸軍病院で被爆して死んでいます。
伯父の死は、何だったのか?と思いたくなくて、
昭和天皇を擁護していました。

でも、鬼塚情報、そして、次から次へと、同じような「天皇戦争犯罪」の情報を浴び続けると、ついに、どこかの局面で「やっぱり、そうなのか?」と、思いが傾く・・・これって、量質転化ですね。

今なら、都築さん、あなたの勝ちだわって、言えるのに・・・なんで、死んじゃったのよ。もう、謝れないじゃないの・・・


都築さん、あなたの勝ちだわ。

急に、なにもかもが、同じベクトルになった。

そうか・・・CIAと、結託していたのか・・・そして、その最大の理由は、彼らが日本人ではないこと。

幕末・明治維新の歴史観を見直すhttp://blog.nihon-syakai.net/blog/2018/03/7466.html

明治維新とは、日本国が、異人種に乗っ取られた事件だったんだ。
でなければ、朝鮮に、毎年1500万円もの、国富をつぎ込んだ理由が、わからない。

けど、ここがわかれば、全部わかる。
今の国会を誰が占拠しているのかも。
今の日本が、日本人のものではないことも。

だから・・・あの日本を返して!
あの日本は、どこに行ったの?
という気持ちになるんですね。

今の、これはほんものの日本ではない。

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信じたくなかったんだけど「天皇の蓄財」

天皇家の儲け方http://blog.nihon-syakai.net/blog/2015/05/5031.html


私はね、普通の日本人だから在日の朝鮮人みたいに「天皇だいすき」ではありません。
でもね・・・明治の子どもみたいに天皇を「聖人」だと、信じたい。

でなければ、日本の存在意義さえ危なくなると思っているのです。

でもね、ここへきて、どうも、これがねえ~だいぶん危うくなりました。

生前の青雲さんとの衝突の最大のポイントが「ヒロヒト」をめぐる衝突でした。
私は、どうしても昭和天皇を悪人とは思いたくなかったし、現実に嫌いではなかったです。

それに、大財閥なのに、なんで、それ以上儲けなくてはならないの?
お金なんかいらないじゃない・・・と、思っていました。

小学校の時、保健の先生が、皇居で勲章を受けることになりました。
へ~?皇居で、天皇陛下から勲章を?
子どもでも、凄いことだなあと思いました。

東京から戻った保健婦の先生は、興奮がなかなか冷めなくて、瞳を輝かせて、天皇陛下にお目にかかった話をしました。
「天皇様はね。凄く質素にされているのよ。ご自分のためにお金を使ったりなさらないの。古い背広を、着ていらっしゃった。」
もしかしたら「継が当たっていた」という話だったかもしれない。

民のことを思って、自分は粗末に暮らす聖帝の姿。

こういう話を聞くと、さらに、青雲さんが勢いづいて「ほらみろ!ヒロヒトは、そういうわざとらしい演技をする最低の人間だ」と、言うだろと思って、黙っていました。


それなのに・・・最近、浴びせるように情報が降ってきて・・・
考え方が変わりそうです。

考え方が変わってしまったのは・・・
♪高校生のブログ♪柏発信
https://blog.goo.ne.jp/j4goocast
ここの管理人さんは、名前をだして顔を出して、勝負を張っているのですが。こういう生き方をするのは団塊の世代だと思う。

悪いけど「三無主義世代」には出来ない。

青雲さんの世代だよ、この人は・・・と思いましたら・・・同じ立場に立っている。
青雲さんは2006年にユダヤの陰謀を書いたという点で先駆者だった。

けど、当時得られる情報では、あそこまでしか書けない。
こっちのブログ主は、それから10年後の登場だ、情報の量と質が飛躍的に増え、日本政府の国民への敵対ぶりが尋常ではない。

私が、おそるおそる、ちょこちょこっと読ませてもらった中に、私の心臓をつかんだことがあった。

私が嫌いで、青雲さんが好きだった鬼塚英昭に関する記述!



★明治天皇は大室寅之助ではなく「箕作奎吾」だった!?
http://1tamachan.blog31.fc2.com/blog-entry-14564.html

此処を読んで急に大室寅之助は、明治天皇じゃない「みつくり けいご」だと、考えるとすべてのつじつまが合うことに気付いた。

つまり鬼塚は、熊本…即、箕作が、熊本の産物らしい。

世間で「明治天皇は孝明天皇の子どもではないんじゃないの?」と言われだした。
そこで、彼は「明治天皇は大室寅之助です」と言い切って、本当の素性を隠す挙に出た。

おおかた、箕作の関係者なんでしょうね・・・あるいは、そっち方面からの依頼が来た。
あの人が、単純に竹細工職人で「町の歴史家」であったとしても、あの動きには不自然さを禁じ得ない。
あのユーチューブにしても、そういう市井のおっさんができる技術じゃない。
竹細工職人がいきなり膨大な著作をものにすることも不自然なら、それに唐突に出版社がつくのも不自然だ。
なぜなら、あれは天皇批判であり、いくら現代でも、躊躇してしかるべき内容だから。

あの情報拡散に使われた労力と財力と技術力は、そこらへんで竹を削っている人間に出来ることではない。
文章の運びは稚拙で妄想だらえではあるけど、あの量をものにするのは素人には不可能だ。

彼の意図はなんだろう。♪高校生のブログ♪柏発信
かれを操る背後の意図はなんだろう・・・ここが気持ちが悪かった。
それが、高校生のブログ柏発信で、全部きれいに輪になってしまった。


そう、クリシュナさん、日本人の「用途」=実験動物…こう考えたときに全部つながる。

熊本=水俣病=窒素水俣=雅子妃
熊本と言えば麻生もか・・・ここも、皇室と繋がっている。

そして、グラバーの子どもである佐藤英作、岸信介は、長州田布施朝鮮部落に背乗りした。

つまり、明治天皇の女親はハプスブルグ(私はロスチャイルドだと思うんだけど、同じことか)
家臣も、その一族。

その事実がばれないように「長州の田布施」を利用した。

つまり、箕作は長州田布施の大室寅之助に背乗り。

本当の素性を隠し通した。

これで、すっきりしたわ。
長い便秘がようやく解消したすっきり感だわ。

そのことを、隠し通すために大室寅之助明治天皇説を鬼塚に言わせる。
そして、ついでに昭和天皇までの天皇の蓄財をあばかせる。

ますます鬼塚氏の説は説得力を帯びる。
心に青雲さん、飛びつく。

私・・・そういう一般人がふつう知らない天皇の悪事を、なぜ、鬼塚さんが知っているわけ?おかしいでしょう?

心に青雲「そこが、鬼塚さんの素晴らしさだ」

おかしいって。普通の日本人、まして、伝統工芸にいそしむ普通の職人は、神棚を上げて、天皇様さえ、拝んでもおかしくないけど、

その裏側をあばいてやろうという「動機」が見当たらない。
売春婦が可哀想だったから、天皇め!と、思った?

私にはその説に説得力が見えない。
奥崎謙三さんが、生涯かけてあの戦争の「責任」を問い続けたのとは純粋さが違う。

第一、奥崎謙三は、とても不器用で、いくら左翼勢力に担がれても、そこまで天皇の悪辣さを暴けていない。むしろ感情論だ。

それに比べて、鬼塚氏のものには、髪の毛一筋にしても「ありえない方面からの情報が忍んでいる」

これは「工作だ」と、私は青雲さんに言ったの。
「これは、鬼塚さんの真心だ」と青雲さんが言いかえして、このことは、ものわかれのまま。

私は、あくまで工作だと思う。
つまり、彼の名前を借りたゴーストライターが存在する。
彼は顔を出して大室寅之助明治天皇説をしゃべっているが、熊本こそ、日本の明治以後の陰謀の巣窟であったことを隠す目的でやっている

そもそも薩長土肥が明治維新をやったのに、いつのまに肥後が消えたのよ!

そう考えると全部、わかるのよね、私には。

つまり、明治維新は英国の陰謀で、英国人の血統を注ぎ込んだ配役たちによって、日本は乗っ取られた。
天皇家こそ、その中心。
じつはね・・・

なにが、神官だ?
何が祭司だ?

ということだったのね。

麻薬、人身売買・・・略奪・・・これは、英国の海賊たちがとる、汚い金もうけの常とう手段だ。

ならば、日本においても手っ取り早い権力者の金儲けとして採用されても、当たり前。

何もおかしくない・・・

だから、滝山さんは2040年にはすべてが終わるよ・・・・そう言って立ち去ったんだ。

これは、終わらせなければいけないという思いで書いたと思う。
この仕組みの中で翻弄された自身の身の上を考えて。

うちにはね・・・明治神宮が発行したものすごい本があるのよ。
箱に入っていてね・・・明治天皇の絵巻物。

親の荷物を整理していて見つけた。
また、写真をアップするね。

ものすごい書物だったよ。

ものすごく高価だったと思うし、普通の人には買えなかったと思う。限られた人に頒布されている感じだ。

祖父は一度も「天皇陛下」の話をしなかったし、どうせ、立場上、買うしかなかったのでしょうね。
6人の息子それぞれに買っているはずはないから、遺産わけのときに、私の父がそれを所望したのでしょう。
父は、遺産の中でも、「かわいくて、きれい。光っている」けど、値打ちのない・・・ものばかり、選んで伯父たちは、ちゃんと値打ちのあるものを持って帰ったと、女中のお清さんが母に注意を促したものね。

あとは、ボンボワールが、二つほどあった・・真鍮製で、銀色に輝いていて、それを、記念品として社員さんに渡したなごり・・・
皇室が出される「ボンボン入れ」をまねたものです。

つまり、父は天皇家が好きだったのだと思う。

あーーーーーー
私は、まだ、頭の整理がつかないわ。

いや、青雲さんゴメン、天皇の蓄財については、あなたが正しかったわ・・・それだけ言っとく。ネ。

生きてるうちに、この話ができなくて、ゴメン。
でも、私は「わかるまで、わからない」。わかったふりはしないのよ。



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大正天皇に思う

これ、ヤフー知恵袋です。
ベストアンサーに選ばれた回答

2010/9/511:32:49

匿名やなりすましによる適当な意見もたくさんあるネット上ではなく、信頼の出来る研究書を紹介しておきます。
原武史「大正天皇」朝日新聞社
この本において、きちんと納得のいく検証がなされています。
結論を先に書きますと、「病弱で公務に就くのは困難であったが、知恵遅れや精神障害ではなく、むしろ英明であった」となります。
私見では
「大正天皇は「開かれた皇室」の祖ともいえるが、天皇を神聖不可侵な存在にしておきたい勢力が、「大正天皇は変だ」という話を流布させて牽制し、戦後、左派勢力がその話を元に「天皇家にも異常者がいる」と吹聴したので、そのような話が定着してしまった」
と考えています。


(転載おわり)

大正天皇で、検索したら「大正天皇障碍」というのが出てきたので、開いてみました。私は、歴代天皇の中では大正天皇に、一番思い入れがあります。
その理由は、大正天皇が戦争嫌いだったと、感じるからです。

しかも、大正デモクラシー時代の天皇ですから。非常に気さくで、開明的な人柄であった。それを、よく思わない勢力が、日本を大東亜戦争に引っ張って行った。
だから、大正天皇は、軍部にもそして世界支配者にとっても邪魔だった。
さっさと始末してしまいたい人物だった。

だから、47歳での崩御ですからね・・・

ウィキペディアより
>嘉仁親王は誕生の翌年、
皇室の風習により、中山忠能の屋敷に里子に出された。この間、明治天皇は養育にほとんど口出しをしなかった。1885年(明治18年)3月、嘉仁親王は青山御所に戻ったが、弟宮の全員と妹宮のほとんどが薨去しており、年の近い兄弟姉妹が少なかった。そのため、嘉仁親王は家族と接する機会があまりなかった。<

滝山さんによると、この時期、候補の子どもは複数いて、どれを後継にするかは、未定だった。
結局、この子供を8歳の時に、皇太子に決めている。
つまり、明治天皇の子どもだったのか、別の人の子どもだったのかわからない。
けれど、幼少期、親から離され、京都中山家で、育てられたらしい。
中山家とは、孝明天皇の皇后の実家ですね。

だから、私は、この時に、本来の皇室の血統の子どもとすりかえたと想像しているのです。
もしかすると本物の睦仁親王のこどもかも。

裏天皇も何も、大正天皇で血統を戻しているのではないのかと。
で、「大正=大いに正しい」と、号した。

ならば、これ以後の皇室の物語はすべてイルミナティによる作り話だと思う。

大正天皇によってまんまと皇統を京都御所にさらわれたと気付いてからは、何とか、亡き者にしようとするが。いかんせん、明治天皇には男子が生まれない。

そこで、たくさん作り話をこしらえる。
大正天皇は、大隈重信の子だとか、大正天皇には子種が無いから、大正天皇の血筋は絶えているだとか。

あれやこれやの謀略の末、大正天皇を病弱にさせ(ヒ素でももったか?)
次期廸宮殿下を洗脳して育てる・・・まあ、この時代も、里子に出して・・・という方策をとっていたみたいだからすり替え可能だろうけど。

自分たちに都合のいいように、大戦争世界大戦に持って行けるように、操った・・・そして、日本敗戦。破産。

しかし、宮内省の発表をそのまま信じるなら、大正天皇が「テロに遭う」ような、外出が可能だったとも思えない。寝たきりみたいだったのに。
しかも、テロの傷が治った後も、富山か福井で生き延びられるような体じゃないね。

その人は大正天皇ではなかったかもね。
まだ、乃木希典が、生き延びた話の方が信ぴょう性がある。
大正天皇ではない別の誰か・・・じゃないかな。
でなければ、病弱伝説そのものが作り事だったかも。

明治天皇に関しては、その人物像は、ほぼ伝えられていない。
写真ですら、はっきりしたものが無い。
存在していなかったぐらい奇妙だよ。

大正天皇は「お召列車」のデザインもしているし、日本中に旅行している。そして、漢詩を読んだという。ものすごい教養のある人。
大正時代がもっと続けば、日本は戦争に巻き込まれてはいないよ。

にも拘らず、大正天皇の不評判は公式に報道されている。
虚弱、奇行、脳病、その他の細かい病状。
宮内省の発表内容は悪意に満ち満ちている。

ロスチャイルドは、うまいこと、天皇をすりかえて日清日露の戦争に持って行ったのに。
大正天皇は、その路線に乗ろうとはしなかった。

そこで謀殺したか追放した。

そう考えると、明治以後の日本史の流れが納得できるのね、私には。

天皇なんて!
というけど、神さまなんかじゃないというけど、神さまなんかいないと言うけど・・・そうだろうか?

愛子内親王のお誕生の時、お守り刀を捧げ持つ職員が、取り落として、ふんづけたのは何故?
そんな、事故は、普通起こらないでしょ?

浩宮家には、天皇家を相続していく立場が無い。
私は、あのエピソードを思い出すたびに、やっぱり、天皇家に起こることは普通じゃないと思う。

過去の天皇の中にも、一時期天皇位をしめたが、消えて行った例は、たぶん多いと思う、
天武系の天皇は、奈良時代を形成したが、称徳天皇をもって果てている。

この国の悠久の歴史は、数百年脇へ流れても、やがて本流に戻って、とうとうと流れ続けるのではないかと思うのよね。

その時代の天皇が百済だったり、高句麗だったりするのだとすれば、当時の日本は、それらの地域を包含していたからでしょう。
朝鮮半島の悲劇の歴史は唐より後、北方からの占領を繰り返されるごとに奴隷化し、遺伝子まで狂って行ったけど、古代は、日本も朝鮮半島も同じ民族だった可能性があると思うよ。

まあ・・それにしても、原日本人の遺伝子が、近隣のどことも違うとしたら・・・ユダヤの支族でさえない「天孫降臨族」かね?

かもね。

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明治以後の天皇はガーター勲章を付された英国国王の臣下

ガーター勲章のことは、知っていましたよ。昭和天皇だって、英国王の臣下じゃないかという話。
あんまり聞かないけど、どうせ、今上天皇だって同じでしょう?

でなければ、英女王の在位60周年に、心臓手術後の高齢の身で、馳せ参ずるはずはない。(もっとも、影武者もいるのかもしれないけど)

明治維新の志士の活躍で、日本は植民地にならずにすんだ。
タイ国とふたつだけ。

そういわれている。

なんで、タイが?
どういうわけで?

日本は、確かに、軍隊も強かった。
けど、タイは?なぜ?

皇帝がいることしか共通点は無い。
いや、他の国だって、王様はいたはず。

昨夜、読者さんから「日本は天皇の国っていうけど、英国の騎士扱いじゃないですか?」というメールをもらいました。


もちろん、知っていました。

けど、従来の神話から語り起こした天皇の物語が、あまりにも、大きくしみついていたので、明治天皇が「すりかえ」という時点で、思考停止している。

ここを、思いが行ったり来たりしているから、その偽物が英国騎士だって、それがどうしたのか、先へ考えが進まない。

けど・・・昨日、滝山さんから、お別れのメールが来て、あれやこれやを考えながら寝たら、眠っているうちに気付いた。
本当に簡単なことに。

ようやく気付いた。

明治日本は、英国の植民地で、殖民地のトップが天皇で、天皇は、英国の騎士だった。
その後も代々、英国王室の臣下の地位にある。

だから、武力でたたきつぶして「植民地らしい植民地」にしなくても、傀儡政権があるから、十分植民地としての役割を果たしてきたのだ、と。

そして、おそらく、タイも、同じ立場だった。
だから、タイの王様がすり替えられても、世界中が知らんぷりをした。

つまり、日本国の行く道を決めていたのは、戦前は英国の国家権力であって、戦後は、アメリカのCIA、ディープステイト。

国民にこういう密約は知らされていないし、政府高官であっても、真実を知らない人ばかりでしょう。まして、国会議員レベルでは本当のことはわからない。

なぜ、滝山さんの祖父母か、高祖父母に英国人がいるのか。
意味不明だった。

ただし、日本の歴史を眺めて思うことは、今回は英国だったけど、日本の天皇が外国人とすり替えられたり、あるいは、外国人に乗っ取られるのは、別に珍しいことではないということ。

天智天武のあたりは、いかにも怪しい。

皇室は被差別階級とあいまって、外国勢力だった可能性はあると思う。

けれど、天皇ひとりが支配しているわけではなく「支配階級」という群れがあるでしょう。
これは、古代から秘儀も含めてひきついでいるから、「ガーター勲章」ごときでは、変性しないと思う。

うわべだけは服従しているように見せても。

このあたりの「国民が知らない」情報を滝山さんがせっかく、すこしずつ聞かせてくれようとしていたのに、追い払ってしまわれたのは、残念なことでした。

滝山さんには、危険を冒してまで啓蒙する責任も義務もない。
だから、彼は、もう、何もここでは語ってくれないと思います。

滝山さんの最後の情報は「2040年ごろには、今の支配体制が終わる」でした。
これが、天皇家が絶えることなのか、
世界的にロスチャイルドなどの陰謀家が、消滅するのか、わからない。

今の自民党政権の存在根拠にも皇室が深くかかわっているらしいので、まだ、あと、22年ぐらいは苦難の時代が続くみたいですね。

なぜ、彼にそれが予言できるかというと、そういう世界支配者の計画を知れる立場にあるからだと、私は、解釈しているけど・・・まあ、信じない人はたわごとだと思うでしょう。

残念だけど、私は、後22年も生きているとは思えないので、その日を見ないで去りそう。
でも、滝山さんは、それを確かめないと死ぬにも死ねないそうだから、私より若いね。

だいたいやね・・・12月の8日、真珠湾奇襲・・・あれ、どこで決定されたのか知ってる?御前会議?ちがうでしょ?
山本五十六が勝手に命令したのでしょ?

日本の真の国家権力が天皇には、そもそもなかった。
日本の歴史の中で、気持ちに引っかかることはたくさんあるけど、一番苦になるのは、真珠湾奇襲が、正式に会議で決定されていないこと。

でも、開戦の詔勅は、この日かな?

真珠湾奇襲は「彼らの作戦で」「彼らの指示通り」にやったのだと、私は思うわ。

ここのとこから、アメリカディープステイトの指示に変わっている。
そして、チャーチルに煮え湯を飲ませた。

英国を世界の覇王の座から叩き落とし、アメリカのディープステイトの支配となる。

それが、デビッド・ロックフェラーの死とともに、終わりをつげ、混乱しているのが現在の世界ね。

NWOの残骸が、欧州各地の移民群だの、シリアの戦争だのに残っている。

ロシアと中国は手ぐすね引いているけど・・・なかなかアメリカの「利権集団」から、地球を奪い取れない様子だね。

それも、あと20年もしたら、終わるよ・・・それが、滝山さんの最後の情報。

トランプひとりですべての掃除なんかできるはずがない。
だから、混乱はますます大きくなるだろう。
そのとばっちりで、日本も、あおりを食らう。
殖民地だから、大きく搾取される。

ただ・・・私が、思うのは、

たとえばね、阪神淡路大震災・・・都市部を襲った大被災。ほぼ都市が壊滅。
そういう国難に、国民一人一人が立ち向かい、短期間に乗り越える。

そういう時に、それが英国女王の臣下であっても、天皇がたしかに国民統合の象徴として機能したこと。これで、十分なのよ。

東北の津波は、もっとだった。

どうでもいいけど、浩宮殿下が今上天皇の実子でないなら、戦前譲位して、秋篠宮に確かに皇位が継がれる道がつくことを目の黒いうちに確かめたい思いは、わかる気がする。

それでも、天皇位には、天皇位の格というものがあって、会社でも課長になれば、ヒラより、貫録がつく。「位」には、その権威がある。

それに、乗れない人は落ちるだけだけど。

そして、日本の場合「天皇」という地位は、やっぱり、国家のトップだから、この人の持つオーラが列島を覆うことになる。

それは、いわば、社長が変われば会社が変わるのと同じ。
組織の長の気配は末端にまで及ぶ。

私は、うちの地域の連合自治会長に「ヤクザ崩れ」がなった時、駅前の自販機がバールでこじ開けられ、夜間の路上駐車の列に空気銃が乱射され、公園の溝に、シンナーの一斗缶が隠され・・・いきなり犯罪地域になった時に、あらためてうなったもの。

連合自治会長レベルでも、これだよ。

天皇となれば、もっとだ。
そっか・・・2040年まで、続くのか浩宮さんの時代が・・・ああ、そういうことか。

そりゃあ、日本国中大変なことになっておかしくないねえ・・・

備蓄しても仕方がない。

大事なことは、あれだよ。
日本民族らしい生き方を取り戻すこと。
助け合い、心を一つに睦みあう。

和をもって尊し。

17条憲法は、官吏向け、寺院向け、神社向け、庶民向け・・・と、全部で5本あったらしい。
そして、法隆寺を見れば、聖徳太子は日本の根幹に「仏教」だけでなく「神道」「儒教」の3つの教えをおいて、講堂、金堂、塔を、その象徴にしたそうな。

ここから、取り戻すことだね。
塔は、仏教を
金堂は神道を
講堂は儒教を教えた。

簡単なこと、日本人の美意識を取り戻す。
「これは好き」「これは嫌い」「これは綺麗」「これは汚い」あの感覚です。

そして、こういう感性は、英国国王が何万個ガーター勲章を投げてよこしても、日本人から奪えない。

真実、日本を臣下におくことは、結局できない。

自民党は、こういう支配世界権力と結びついている。
だから、大災害の時には、トップの座を降りているでしょ。

なにがくるのか、わかっているのよね。で、その責任をよそに押し付けている。
でも、私たちにできることは、日本人らしさを取り戻す努力。

これから、混乱が来るでしょう。
でも、オオマサガスの人は、着々と研究を続けているらしいし・・・エネルギーが解放されるのも、そう遠くないと思う。

悪いことばかりではないと思うよ。
でも、相当悪いことも起きると思う。

けど、これまでだって、酷かったものね。
大丈夫。なんとかなる。

私は、皇室がつぶれる前に英国王室が消えると思うなあ・・・

そうなったら、私たちは「わが君の権勢みたか!」と言わなくっちゃね。
「日本に手を出す国は滅亡する」


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万世一系???じゃないみたいだね。

20-1.大室寅之祐明治天皇)の出自と近代皇室について  (2002.5.7)
http://teikoku-denmo.jp/history/honbun/nanboku4-1.html

たぶんこの同じサイトだったと思うけど、黒い画面に字が白く抜かれていて・・・
2008年ごろ、暇に任せて検索しているうちに、出会いました。

2007年暮れに、阿修羅掲示板、ヤフーのランキングに出会って、ものすごく驚きました。
それまでの新聞テレビ、週刊誌、書籍からの情報とは、全く性質の異なる情報に面食らいました。

思えば、市立図書館がなぜあるかといえば、啓蒙のためなんかじゃない。
市民に、意に添わない情報を提供しない、お上のプロパガンダに利用するためでしょ。

ところが、インターネットは、なんでもありだから。
もちろん、偽情報があふれかえり、
意図的、作為的に誘導されているのは、どこも同じです。

「明治天皇は、なぜ、それまでの体制を変革できたのか?」これは、大きな疑問でした。
江戸時代の思想を大きく変えたのは、もちろんだけど、宮中と言う因習でがんじがらめのところから、どうして、ああいう人が出自したのだろう。
それまでの天皇像とはあまりにも違う」

ずっと、そのことが疑問だった私は、明治天皇を検索していて、ここを開いたのだと思う・・・

その時まで、私は、ごくごく普通の、いたいけない国民で、「やんごとなき方」を疑ったことなど一度もなかった。

だから、明治天皇がすり替え?
え?え?え?

・・・ま、・・・まさか・・・

見てはいけないものを見てしまったように、顔面蒼白。
これまで確かだと信じていた足元の日本像が。
崩れ出した、瞬間でした。

うそだ!嘘に違いない。
即座に、否定して、サイトを閉じました。

その日まで、確かだと信じてきた「すべて」が、此処を契機に崩れ出す・・・自分の存在さえ、

それぐらい「天皇」というものは、まったく、日本国民のシンボルであったのです。

けどね。

もろもろの系図は、ともかく。
(全部を信用することなんかできない)

万世一系万世一系と、うるさく言うのは、事実じゃないから。

万世一系を、なぜ喧伝するのか・・・このことも、気持ちに引っかかっていた・・・江戸時代、平田篤胤なんかが「シナは易姓革命で、皇帝の血筋が、変わるけど、日本は2000年以上、万世一系だ」と、シナ相手に日本の優越性を誇示したと聞いて・・・そのためか・・・と
一応は納得したのだけど・・・・

それにしても、耳障りな言葉だった。
やっぱりなあ~

さくらんぼ改め鉄太郎さんが、滝山さんを擁護されるのは、
明治すりかえまでは、わからなくても、
ご自身の終生の出来事を、証言することだけでも「皇室の闇」を伝えられるから。

結局は、日本人が健やかに国を保つためには、ここの闇を整理していかないと、
天皇ときけば、思考停止するんじゃ、
国民性として、あまりにも幼稚でしょ?

私は、鬼塚さんを嫌いです。
青雲さんは鬼塚さんを敬愛していたみたいだけど、
なんで、あの御面相に惚れられるの?!と、私はかみついてたわ。
「人間は顔だ」といつも主張している青雲さんが、あの御面相についていけるの?

いわば、極左って感じ。

そのせいで昭和天皇は西園寺八郎の子どもという説は受け入れがたい。

ただ、鬼塚さん一人が言っているのではなく、宮中あたりにも、そういううわさが定着していたのは、わかった。

タマゴさんは、滝山さんの妄想だと言う。
そういうなら、昭和天皇が八郎の息子説も、妄想。
浩宮殿下が、誰かの息子説も妄想。
全部、妄想だわ。

戸籍なんかに記されてるはずがない。

だからといって、権力者がつくりあげるそういう物語を、おめおめと信じて騙されたまま戦に駆り出され、死んでもいいのですか?

おのれ、庶民を馬鹿にするな?
おんどりゃ、誰のおかげで、米が食える?
百姓のおかげじゃろうが?
と、下から睨みあげる根性がなくて、なにが一人前ぞ!

本来なら竹のカーテンに守られていたはずの、滝山さんが、身の回りのことを証言してくださるなら、ありがたいことじゃないの。

もちろん、御本人とて、伝聞情報。
間違いがあってもおかしくない。
けど、貴重な証言であることには、間違いが無い。

滝山さんを失うと、証言者を失い、皇室の闇は、ますますうず高く降り積もり・・・やがては、滅びてしまうだろう。

私は、愛子様が橋本竜太郎の孫だとは、初めて聞きました。
愛子様は何人もいるのだろうとは思っていましたが。

1999年12月末に雅子さまご懐妊と、ニュース速報に出たの覚えておられますか?
わが家は、主人が脳卒中で倒れ、すべてが、暗転した時期だったから、久々に明るいニュースとして、はっきり覚えています。
けど、蓋をあければ、そもそもその兆候もなかった・・・と、されました。

あれね・・・橋本竜太郎の孫を浩宮さんの子どもにしようと画策した、なれのはてだったのですって。
雅子さんに断られたらしい。

それにしても、私の当時の友人のすごいこと!
愛子様が産まれた時「雅子さん。産んでないよ」と言ったものね!

私なんか、「そんなこと、かりそめにも口走っていいの?(特高警察の耳に入ったら!どうしょう)」ぐらいだったのにね。

愛子様は、ともかく、清子さまは、美智子様の実子ではないそうです。
これは、滝山さんも、そういわれるからね。
実子は、別のところにおられるんだって。よかったね、実の娘はいるにはいるんだって。

それにしても宮内庁!
こういう話を軽々しく口外する見たいだわ。

「宮内庁に務めている人の親戚からきいたけど。
紀宮さんは美智子さんが産んだ子じゃないのよ」って、関西人の友人がしゃべってたじゃない!

彼女は「秋篠宮も美智子さんが産んだ子じゃない」と言ってましたけど。

やれやれ、秋篠宮さまだけは、今上天皇と美智子皇后の子どもなんだって!

ある意味わかるよね。
浩宮夫妻の天皇への無愛想さ。

それにくらべて秋篠宮夫妻との、親密さ。
養蚕のことも、紀子さまにしかおしえていらっしゃらない。

秋篠宮の父は今上天皇。今上天皇の父は・・・だれだっけ?三笠さん?
三笠さんの父は、ナントカの宮?で、そこは北朝系なんだって。

浩宮さんの父親は徳川なんとか、その德川は、あとを辿れば大室家ともつながり、南朝系。

さあて、ここからなのよね。問題は。

この二つの流れに、それぞれ自民党の派閥がくっついている。

ところで、大室寅之助の母か祖母は西本願寺の出自らしい。

この「西本願寺」がくせもの。

私の実家は東本願寺派なんですけど。
なぜ、東西でこだわりがあるかといば、東本願寺は、そもそも「被差別部落」を檀家に入れなかった。

つまり、なむあみだぶつで、部落以外の家はお東さんについたってわけ。

私が皇室と部落のつながりを強く疑うのは、此処にもあるんです。
もっともやんごとなきあたりと、もっとも下に置かれた階層が、実は、裏でつながっている。

なぜなら、それが、国の支配には便利だからです。
下を管理しておかないと上も安閑としていられませんよね。

警察権力も、全やくざを統括した山口組幹部となあなあの時代には、恐いものはなかった、太陽の下も、月光の下も、どちらも手の内なら、鼠一匹逃げる場所が無い。

その完璧な日本社会を崩すべく「暴追放」を作らせ、闇を分断し、光と闇を切り分け、現在の混乱にいたらしめ、ごっそり日本を頂こうと言うのが、ディープステイトの目論見でしょう。

こういう、局面において、大衆が「神聖にして不可侵」であった皇室を「闇」と、とらえ、正しく見据えることは、とても、大切なんです、

思考停止の部分をなくす。

それができなければ支配される側になる。

籠池夫妻が、どのように戦っているか・・・闇の中で、祈り続けていると思う。何か月も。
だから、権力は籠池邸を、競売に付すと言う。
これは、彼らが権力に屈していない証拠だ。



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