【麻生太郎の挑戦】中東に自由と繁栄の弧を描け
いくつもの戦争と
1948年 第1次中東戦争
1956年 第2次中東戦争
1967年 第3次中東戦争
1973年 第4次中東戦争
1981年 レバノン戦争

いくつもの報復テロが
1987年 パレスチナ人の抵抗運動 インティファーダ
1995年 ラビン首相暗殺される
2000年 第二次インティファーダ

終わりのない家族の死と
貧困と絶望の連鎖を


~中東に繁栄の回廊を描け~
              日本外交の挑戦

物語は麻生太郎が外務大臣に就任した2005年に始まった。
日本はまず、イスラエルと直接交渉し「戦略対話のための覚書」に調印。
相互の利害関係を一致させた後、2007年3月14日、日本、イスラエル、パレスチナ、ヨルダン、による閣僚級4者会談が実現した。

「パレスチナさん、いつまでも義捐金だけでは国は成り立たんだろう。
パレスチナもイスラエルにならって、まずは農業国家として経済的自立を果たしてみる気はないかね?
ノウハウは日本が提供する。
約束してほしいことはたったひとつだけ。
日本人並みに働くこと。
どうだ、できるかい?」

パレスチナ「ハイ、信じてください。」

「イスラエルさん、そういうわけだ、ひとつあなたに約束してほしいことがある。
今後この地域に政治的・軍事的介入をいっさい行わないと。」

イスラエル「ああ、約束しよう」

「ところでヨルダンさん
飛行場までの道路整備を日本にやらせてもらえないかなあ。
後できみたちも自由に使っていい。
そのかわりここを、農産物の輸出販路として利用させてほしい。」

ヨルダン「問題ない」


シモン・ペレスイスラエル大統領
「不思議なものだな。私たちはこれまで3カ国で何百回となく和平交渉のテーブルについてきたのに、金儲けのために席に着いたのは、これが初めてだ・・・」

「ユダヤ人が金儲け以外で、なぜ、交渉事なんかするんだね(笑)」

麻生はそういうとケラケラと笑った。

後日、麻生からこの話を聞かされたアメリカは「驚愕に値する。実現すれば奇跡だ」と驚いた。

「イスラエル外相が、パレスチナを訪れた歴史的瞬間だ。」この日、地元メディアが湧いた。


2008年9月25日
国連総会演説
「議長、この例が示す通り。日本ならばこそできる外交と言うものがあることをわたくしは疑ったことがありません。」

2008年9月24日 麻生太郎 天皇陛下より代92代内閣総理大臣の任を賜る。
その3カ月後の12月26日、イスラエルによるパレスチナ空爆が開始された。

5日後、12月31日 麻生首相は個人事務所からイスラエルのオルメルト首相に電話した。

「空爆の即刻中止を要請する。」
オルメルト「和平交渉は継続していく意向だ」

「日本はこれからガザ地区への人道支援を行うがイスラエルの協力が必要だ。約束できるか」

「ああ、約束しよう」



3日後1月3日 麻生首相はパレスチナのアッバース議長に電話
「早期停戦を求める」
「そのつもりです」
「今から1000万ドルそちらに送金するから、人道目的の活動費用にあててほしい。」

「日本のみなさんに心から感謝いたします。」

「近いうちに日本に来なさい」
「はい、では、予定を調整させましょう」

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「大切なことはひとつなんだよ。一生懸命働くこと。資源のないこの国が経済大国として世界と渡り合えるのは、一生懸命働く姿を美徳とする、日本特有の宗教観にあったと私は確信している。

グローバル化の時代を迎えて、今後日本だけが平和を享受していくというわけにいかなくなるだろう。

中東和平の実現は
貧困と絶望からの脱出が突破口になると思う。
そのときに私たちがもっている、この当たり前の価値観が、
きっと彼らの役に立つと僕は確信している。

アイデアは彼らからもらい、日本の技術で実現させる。
これが日本らしい外交の在り方だと僕はそう思うけどな。

麻生太郎・伊勢原青年会議所設立30周年記念講演「これからの日本、そして地域に求められること・・・」2008年2月7日より

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この人を、マスコミは「漢字が読めない」とか「カップヌードルの値段も知らない」とそしって、そしってそしりまくって、その地位から突き落した・・・

もしも、あのまま麻生さんが首相のままだったら、日本経済は、こんな酷いことになっていない。トンネルの天井が落ちたりしなかったと思う。

でも、日本国民が、知ろうともしないで、マスコミと一緒になってそしったのだから、「イソップのカエルの王様」みたいなものだね。

「カエルだからって同じカエルの王様なんておもしろくない。もっと立派な王様がほしいよ~」
神様「じゃあ~銅像の王様をやろう」
カエルたち「こんな恰好だけの王様なんてつまらないやい」
神様「不満ばっかり言っているおまえたちになんかは、この王様がふさわしいんじゃ」
神様はコウノトリを王様として与えたので、池のカエルは王様にみんな食われてしまいましたとさ。

民主党にみんな食いものにされた。

でも、まさに奇跡!麻生閣下が帰ってきた。

今度こそ、マスコミを疑い、情報を自分で掴んでほしい。
今度こそ、同じ過ちを繰り返さないように。

麻生さんが帰って来た。
だから、神戸にもなんらかの影響がでる。
なにより維新・橋下の化けの皮がはがれたことと、結局、若造が老練な政治家にかなわなかったいきさつは、最高の教育効果があった。

あれが、なければ無条件で神戸市長選挙は「素人の樫野さん」で決まりだった。
あの選挙結果で・・・風向きが変わった・・・よ。

簡単に言うと、年寄りが自信を取り戻したってことかな・・・結局、選挙の票を動かしたのは、まぎれもなく”年寄り”だから。B層が、すごいことをやった。

麻生さんが”追放された理由”は、まさに”中東に平和をもたらしたから”
麻生さんがやったことは、ユダヤの世界戦略”中東から第三次世界大戦へ→世界支配”の第一歩を無効にさせることだった・・・支配者たちには絶対に許せない敵だったのでしょうね。でも、暗殺しなかったのは、吉田茂とは”身内”だからかな。
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