2006年02月05日
音
| 美術の時間に作った立体作品。 余った木材を組み立てて作る。 木材では「ピアノ」を作った。 これは完璧なピアノではなく、ピアノに見えるもの。 片側から見ればピアノに見えるが、 もう片側からみれば木材が集まっただけの物体に見えるようにした。 |
というのも、表したかったのは音の方だからだ。 ピアノは音を発しているものにすぎない。 ピアノから出てくる音の広がりや音色を 毛糸と花や三角、四角の木材で表現した。 |
久しぶりに彫刻刀を使った。 鍵盤を表すのに彫刻刀を使ったのは成功だった。 彫刻刀に鉛筆、という組み合わせが ちょっとだけ緻密で柔らかいイメージを与えるのに 一役買ってくれた。 |
2006年01月31日
2005年12月14日
泥付き大根
葉を描くのが苦手だなぁ・・・。
苦手 苦手 苦手・・・
と思ってたらやっぱり手を抜いてしまった。
手を抜いたのか自分の限界なのかはいざ知らず、
葉を描く練習しなきゃ。
2005年10月25日
ピカソからのインスピレーション
2004年の秋から冬にかけて開催された「ピカソ展」(東京都現代美術館)
一番印象的だったのは圧倒的な線の強さだった。
迷いがない、力強い。
それだけで人を圧倒できるものなのだ、と知った。
また、
自分が描くものを信じているから描ける線である、とも。
作品を見て圧倒されている私を、
自信家のピカソが空の上から見て、
”にやっ”と笑っているのではないかと、そんな風に思った。
今回、美術の作品をピカソの模倣にしたのは
ただ単に画集が手元にあったからである。
できれば誰も知らない画家を模倣したかった。
なぜなら、誰にも模倣であるとばれないからである。
しかし、ピカソはキュビズムを代表する画家であり、
何より私が好きな画家であるということで模倣するに至った。
テーマは「電車の中を見るあたし」である。
ピカソは「正面から見た顔」と「横から見た顔」を
同じ顔の中に表そうとした。
私は「座っている時に見える座っている人間」と「立っている時に見える立っている人間」
を同じ画面の中に描いて見た。
真ん中に見ている私がいる。
普通なら目線の高さが違うので、こんな風には見えないはずだ。
線の力強さを意識しながら描いたのだが、
どうもひとつひとつの物体が細々(こまごま)してしまって迫力がない。
なお、明日は授業で着色する予定だが作品を提出しなければならないので、
完成したものをブログに載せることはできないかもしれない。
せめて作品は返していただきたいものだ。
まぁ、着色時間も30分程度だろうから、
着色メインというより鉛筆メインということを意識して描いた。
着色には期待していない。
一番印象的だったのは圧倒的な線の強さだった。
迷いがない、力強い。
それだけで人を圧倒できるものなのだ、と知った。
また、
自分が描くものを信じているから描ける線である、とも。
作品を見て圧倒されている私を、
自信家のピカソが空の上から見て、
”にやっ”と笑っているのではないかと、そんな風に思った。
今回、美術の作品をピカソの模倣にしたのは
ただ単に画集が手元にあったからである。
できれば誰も知らない画家を模倣したかった。
なぜなら、誰にも模倣であるとばれないからである。
しかし、ピカソはキュビズムを代表する画家であり、
何より私が好きな画家であるということで模倣するに至った。
テーマは「電車の中を見るあたし」である。
ピカソは「正面から見た顔」と「横から見た顔」を
同じ顔の中に表そうとした。
私は「座っている時に見える座っている人間」と「立っている時に見える立っている人間」
を同じ画面の中に描いて見た。
真ん中に見ている私がいる。
普通なら目線の高さが違うので、こんな風には見えないはずだ。
線の力強さを意識しながら描いたのだが、
どうもひとつひとつの物体が細々(こまごま)してしまって迫力がない。
なお、明日は授業で着色する予定だが作品を提出しなければならないので、
完成したものをブログに載せることはできないかもしれない。
せめて作品は返していただきたいものだ。
まぁ、着色時間も30分程度だろうから、
着色メインというより鉛筆メインということを意識して描いた。
着色には期待していない。
授業の作品
美術の授業を3回使って一つの作品を仕上げよう、
というコンセプトである。
一回目は自画像。
二回目は授業で学んだ現代美術の考えを取り入れる。
フォービズム、キュビズム、ダダイズム、シュルレアリスム、など。
三回目は着色である。
自画像は何回描いても自分に似てくれない。
しかし、明日が提出日なのでタイムリミットである。
やむを得なくこれで提出となる。
私としては、なんで今更フォービズムやら何やらを取り入れるんだよ!!
と反論をしたいくらいである。
今は第一次世界大戦の時期じゃないんだ。
むしろ好きにやらせてくれ!!
といった感じに。
しかし、流れに乗るということはむしろ簡単なことであり、
現代美術の波に乗るのも悪くはない。
むしろ楽である。
「すべての芸術は模倣から始まる」
といった言葉があるように、
この機会を利用して現代美術の考えを作品に取り入れてみようと思う。
描いてみることで学ぶことはたくさんあるはずだ。
というコンセプトである。
一回目は自画像。
二回目は授業で学んだ現代美術の考えを取り入れる。
フォービズム、キュビズム、ダダイズム、シュルレアリスム、など。
三回目は着色である。
自画像は何回描いても自分に似てくれない。
しかし、明日が提出日なのでタイムリミットである。
やむを得なくこれで提出となる。
私としては、なんで今更フォービズムやら何やらを取り入れるんだよ!!
と反論をしたいくらいである。
今は第一次世界大戦の時期じゃないんだ。
むしろ好きにやらせてくれ!!
といった感じに。
しかし、流れに乗るということはむしろ簡単なことであり、
現代美術の波に乗るのも悪くはない。
むしろ楽である。
「すべての芸術は模倣から始まる」
といった言葉があるように、
この機会を利用して現代美術の考えを作品に取り入れてみようと思う。
描いてみることで学ぶことはたくさんあるはずだ。
2005年10月17日
石膏デッサン
家に石膏像があったらいいのに・・・。
高校の美術室には大きな石膏像がたくさん置いてあって、
壁一面にそのデッサンが張ってあった。
何のために石膏デッサンをするのかは分からなかったが、
「石膏は(人間と違って)動かないから描きやすい」
ということは考えていた記憶がある。
実際、石膏像は研ぎすまされた美しい顔立ちであり、
光の当たり方によって表情を変える。
また、白一色であるから初心者には描きやすい、
などといった利点がある。
特に顔などの丸みを平らに削り取った「面取り像」は
光と影がはっきりと分かるため調子がつけやすい。
今回はアグリッパの面取り像を描いてみた。
アグリッパ像とは、
オリジナルが紀元前34世紀頃に制作されたものらしい。
大理石製でルーブル美術館蔵である。
モデルは実在の人物で、
古代ローマの武将アグリッパ(前63頃〜前12)である。
無骨そうな印象を受けるが、外交や建築の面でも
優れた能力を発揮した軍人であったと言われている。
紀元前27年頃に建てられたローマのパンテオンなどがそうである。
高校の美術室には大きな石膏像がたくさん置いてあって、
壁一面にそのデッサンが張ってあった。
何のために石膏デッサンをするのかは分からなかったが、
「石膏は(人間と違って)動かないから描きやすい」
ということは考えていた記憶がある。
実際、石膏像は研ぎすまされた美しい顔立ちであり、
光の当たり方によって表情を変える。
また、白一色であるから初心者には描きやすい、
などといった利点がある。
特に顔などの丸みを平らに削り取った「面取り像」は
光と影がはっきりと分かるため調子がつけやすい。
今回はアグリッパの面取り像を描いてみた。
アグリッパ像とは、
オリジナルが紀元前34世紀頃に制作されたものらしい。
大理石製でルーブル美術館蔵である。
モデルは実在の人物で、
古代ローマの武将アグリッパ(前63頃〜前12)である。
無骨そうな印象を受けるが、外交や建築の面でも
優れた能力を発揮した軍人であったと言われている。
紀元前27年頃に建てられたローマのパンテオンなどがそうである。




