地震から1週間以上経ちました。
最初の3日間は時の流れがとても遅く感じられましたが、
4日目からは怒涛の日々。あっという間、が実感です。
先週末は、夫が災害対策で出勤し、
後始末もあって休めませんでした。
ここに来て、余震も回数が減り、やっと思う存分休めます。
3連休なのが助かります。
家族が顔を合わせ、一緒に食事を取る。
会社で同僚と一緒に会話をする。
こんな、当たり前のことが、なんとありがたいことか。
生きているだけで、儲けもの。
病気や災害に遭う度に、こう考えるのですが、
直ぐに忘れてしまいます。
今また、この、当たり前の幸せを噛みしめる毎日。
この、薄氷かもしれないながら穏やかな日常も、
今、福島の原発で、放射能と闘ってくれている人たちのお蔭。
宮城や岩手等で被災した人たちが、
寒さや不自由と闘っています。
その救護をしている人たち、
病気の人を治療、介護している人たち、本当に頭が下がります。
自分は何もできないというもどかしさはありますが、
その人たちを、私たちが、後ろから支えるのだ、という
気持ちを忘れず、何時でも、出来る範囲で協力できるよう、
心がけていたいと思っています。
この震災に当たって、日本人が冷静さを失わず、礼節を保ち、
黙々と事に当たっている、ということで、世界中から
日本人に対する賞賛が随分集まりました。
昔から天災に何度も苦しんできた国民の知恵と、
儒教的思想が生きているのでしょうか。
経済戦略で遅れを取ったり、領海侵犯を許したり、
お人よしで抜け目なさが足りないとされる日本人の良さが、
皮肉にも、こんなところで現れました。
阪神大震災の経験も生かされていて、ひょっとすると、
日本人には、長い自然とのかかわりの歴史の中で、
本能的に危機管理がビルトインされているのかもしれません。
目先のことだけを考えず、想像力を働かせるから
被災地で略奪などが起こらず、統制が取れた行動ができる。
政府や大企業のトップより、市井の人々のレベルの高さこそ
日本が誇れるものだ、ということを最近つくづく感じました。
誇り高く、自信をもちましょう。
この危機から、素早く立ち直れば、
日本の評価は上がるに違いありません。
どん底にあるときは、這い上がるためのチャンスでもあります。
そのためには、出来るところから、日常を取り戻すこと。
今週から、TVも通常の番組を始めるようになりました。
私も、あまりTVでニュースばかり聞かないで、
CDで音楽を聴くようになりました。
必要以上に物を買わずにいること。
このような折だから、と、物理的に不可能ではないのに、
イベントをキャンセルしたりしないこと。
これも大切だと思います。
会食でも、旅行でも、できるのであればやったほうがいい。
後ろ指を差されることを警戒して、自粛してしまうのは
これからの経済復興によいことありません。
プロ野球のナイターのように、莫大な電力を使ってしまうのは
問題ですけれどね。
感謝の気持ちと、危機管理意識と、節度を持って、
どんどんやりましょう。
スカイツリーも、予定通り、634mに達したそうです。
大地震が起きた時、真っ先に心配しましたが、
ちゃんとその後も計画通りに建設が進んでいて、
とても明るい話題なのに、小さい扱いで気の毒です。
風評に惑わされない。
今、放射能が怖いから、と、東京まで脱出しようとする
動きがあります。
政府の発表する放射能情報では信用できないから、と。
これは、福島にいる人のことを考えると、不遜な考えですね。
自分の命は、何よりも大切ですから、
屋上屋を重ねたがる気持ちはよく解ります。
でも、それでは、どこまで逃げれば安心できるのか。
他のところで、地震が誘発される心配の方が大きくないか。
少しでも、の危険を拾っていてはキリがありません。
どう見ても、心配する必要のないデータがある以上、
それを信頼して行動しましょ。
冷静で、公平で、客観的な目で、事実をみること。
しかし、半面、いつ何時、何があっても、直ぐに対処できる
準備はしておくこと。
これは、今まででもいわれてきたことですね。
防災リュックとか、ヘルメットとか、消火器。
転倒防止装置(我が家はこれで大助かり。)
その上で、当たり前にくらすこと。
少しずつ、少しずつ、元通り目指して、前進しましょう。
これは、毎年この季節に花を咲かせるアイフェイオン。
今年もちゃんと咲きはじめました。
【追記】
それにしても、大量のガソリン、どこに行っているのでしょう。
本当に、被災地救済のためにちゃんと使われているのかしら。
最初の3日間は時の流れがとても遅く感じられましたが、
4日目からは怒涛の日々。あっという間、が実感です。
先週末は、夫が災害対策で出勤し、
後始末もあって休めませんでした。
ここに来て、余震も回数が減り、やっと思う存分休めます。
3連休なのが助かります。
家族が顔を合わせ、一緒に食事を取る。
会社で同僚と一緒に会話をする。
こんな、当たり前のことが、なんとありがたいことか。
生きているだけで、儲けもの。
病気や災害に遭う度に、こう考えるのですが、
直ぐに忘れてしまいます。
今また、この、当たり前の幸せを噛みしめる毎日。
この、薄氷かもしれないながら穏やかな日常も、
今、福島の原発で、放射能と闘ってくれている人たちのお蔭。
宮城や岩手等で被災した人たちが、
寒さや不自由と闘っています。
その救護をしている人たち、
病気の人を治療、介護している人たち、本当に頭が下がります。
自分は何もできないというもどかしさはありますが、
その人たちを、私たちが、後ろから支えるのだ、という
気持ちを忘れず、何時でも、出来る範囲で協力できるよう、
心がけていたいと思っています。
この震災に当たって、日本人が冷静さを失わず、礼節を保ち、
黙々と事に当たっている、ということで、世界中から
日本人に対する賞賛が随分集まりました。
昔から天災に何度も苦しんできた国民の知恵と、
儒教的思想が生きているのでしょうか。
経済戦略で遅れを取ったり、領海侵犯を許したり、
お人よしで抜け目なさが足りないとされる日本人の良さが、
皮肉にも、こんなところで現れました。
阪神大震災の経験も生かされていて、ひょっとすると、
日本人には、長い自然とのかかわりの歴史の中で、
本能的に危機管理がビルトインされているのかもしれません。
目先のことだけを考えず、想像力を働かせるから
被災地で略奪などが起こらず、統制が取れた行動ができる。
政府や大企業のトップより、市井の人々のレベルの高さこそ
日本が誇れるものだ、ということを最近つくづく感じました。
誇り高く、自信をもちましょう。
この危機から、素早く立ち直れば、
日本の評価は上がるに違いありません。
どん底にあるときは、這い上がるためのチャンスでもあります。
そのためには、出来るところから、日常を取り戻すこと。
今週から、TVも通常の番組を始めるようになりました。
私も、あまりTVでニュースばかり聞かないで、
CDで音楽を聴くようになりました。
必要以上に物を買わずにいること。
このような折だから、と、物理的に不可能ではないのに、
イベントをキャンセルしたりしないこと。
これも大切だと思います。
会食でも、旅行でも、できるのであればやったほうがいい。
後ろ指を差されることを警戒して、自粛してしまうのは
これからの経済復興によいことありません。
プロ野球のナイターのように、莫大な電力を使ってしまうのは
問題ですけれどね。
感謝の気持ちと、危機管理意識と、節度を持って、
どんどんやりましょう。
スカイツリーも、予定通り、634mに達したそうです。
大地震が起きた時、真っ先に心配しましたが、
ちゃんとその後も計画通りに建設が進んでいて、
とても明るい話題なのに、小さい扱いで気の毒です。
風評に惑わされない。
今、放射能が怖いから、と、東京まで脱出しようとする
動きがあります。
政府の発表する放射能情報では信用できないから、と。
これは、福島にいる人のことを考えると、不遜な考えですね。
自分の命は、何よりも大切ですから、
屋上屋を重ねたがる気持ちはよく解ります。
でも、それでは、どこまで逃げれば安心できるのか。
他のところで、地震が誘発される心配の方が大きくないか。
少しでも、の危険を拾っていてはキリがありません。
どう見ても、心配する必要のないデータがある以上、
それを信頼して行動しましょ。
冷静で、公平で、客観的な目で、事実をみること。
しかし、半面、いつ何時、何があっても、直ぐに対処できる
準備はしておくこと。
これは、今まででもいわれてきたことですね。
防災リュックとか、ヘルメットとか、消火器。
転倒防止装置(我が家はこれで大助かり。)
その上で、当たり前にくらすこと。
少しずつ、少しずつ、元通り目指して、前進しましょう。
これは、毎年この季節に花を咲かせるアイフェイオン。
今年もちゃんと咲きはじめました。
【追記】
それにしても、大量のガソリン、どこに行っているのでしょう。
本当に、被災地救済のためにちゃんと使われているのかしら。