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メンデルスゾーン、アンデルセンとその時代

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みなさま、こんばんは。
荒井千裕です。


本日はメンデルスゾーンの命日という事で、
この一冊をご紹介しましょう。

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芸術家たちの秘めた
メンデルスゾーン、アンデルセンとその時代
中野京子著

・芸術家たちの秘めた恋


裕福な家に生まれた作曲家メンデルスゾーンと
極貧の子供時代を過ごした作家アンデルセン、
そして歌姫ジェニー・リンド。

メンデルスゾーンは恵まれた家庭にいたけれど、
ユダヤ人ということでツラい想いもたくさん経験した。

簡単に言えば、アンデルセンが出会った歌姫、
ジェニー・リンドに恋をする。

アンデルセンはグリム兄弟の紹介で
メンデルスゾーンに出会う。

そして、ジェニーの素晴らしさをメンデルスゾーンに
熱く語り、メンデルスゾーンとジェニーは出会う。

メンデルスゾーンがジェニーの活動を後押ししているうちに、
ジェニーはメンデルスゾーンに恋をしてしまう。
メンデルスゾーンも?

というような内容。


この類いの話は、他の作曲家にも見られるが、
この本では、メンデルスゾーン、アンデルセン、
ジェニー・リンド三者の背景から、その当時の
状況などを知る事ができる。



・アンデルセンの背景


ハンス・クリスチャン・アンデルセンは、
1805年にデンマークのオーデンセという街で生まれた。

アンデルセンの母は、幼い頃から貧しく、
物乞いに出されたこともあったそう。

「マッチ売りの少女」のモデルは
アンデルセンの母だと言われている。


アンデルセンの両親は、貧しくても、
愛情だけはたっぷりとハンスに注いで育てた。

ハンスは非常に楽観主義だったそう。
しかし、不安症でもあり、具合が悪くて寝る時には

死んだように見えるかもしれませんが、
 生きています」


というメモを置いていたそうだ。


ある日、占い師に
「この子は偉い人になる。
 いつかオーデンセの町全体が、
 この子のためにイルミネーションで飾られる」
と言われた。

迷信深い母はこれに涙を流して喜び、
ハンスも多いに喜んで、希望以外は
何ももたず、たった一人で新しい世界へ
飛び出て行った。
(街を出て行った)

しかし、何もアテがあったわけではない。
このあたりが、楽天的だと感じる。

そうは思っても、
「自分は絶対大物になる!」
と強く信じ続け、実際に世界的に有名な
作家となったのだから、彼の信念はすごい。

(アンデルセンははじめから作家になりたかったわけではない。
 その上、文章は間違いだらけの綴りだったそう。)



・メンデルスゾーンの偉業


バッハが古すぎるというのは、間違いだと思う。
その間違いを正すためにも、できるだけ
原典に忠実に演奏したい。

時代の趣味に合うよう編曲するなど、もってのほかだ。

ただ、オーボエ・ダ・カッチャは使えないので
クラリネットに代えなければならないし、
テノールの高音すぎるところも
ちょっとキーを下げたりとか、
小さな変更は加えたけどもね。


こうして、慈善演奏会として、収益は
寄付するというかたちで、「マタイ受難曲」は
メンデルスゾーンの指揮により再演された。

1829年のことだ。

この演奏会の日は、あの人気ヴァイオリニストの
パガニーニのリサイタルとぶつかったにも関わらず、
超満員、劇場の外にも入りきれなかった客が
数百人もいたそうだ。

メンデルスゾーン、20歳の時の事だ。

メンデルスゾーンは、バッハ再評価の道をつけるという
音楽史に残る偉業を成し遂げたのだ。



・メンデルスゾーンとアンデルセンの出会い


アンデルセンは、ある日、メンデルスゾーン家の
内輪のパーティに招かれた。

その時、あの作曲家でピアニストのフランツ・リストも
現れた。

リストが現れると、それまでアンデルセンの元で
話を聞いてくれていた女性陣があっという間に
散ってしまった(リストの元へ駆け寄ってしまった)。

そうしてリストは華やかな超絶技巧の練習曲を
広間で演奏することとなった。

その後、リストと年の頃が同じくらいの男性が
ピアノに向かった。

その演奏姿、陶酔しきった様子などは、
まるでリストそのものだったそう。

しかし、それは、メンデルスゾーンが
「リストの真似」をしていたのだという。

リストの演奏の真似をした後、メンデルスゾーンは
本来の自分の姿のままに演奏をした。

リストが燃える真紅の薔薇なら、
メンデルスゾーンは白い百合のような清潔さが感じられる


とは、言い得て妙というか、すごい描写だと思う。


40〜50人の集まりだったというが、何とも羨ましい限りである。



・ジェニー・リンドという歌姫


1820年、スウェーデンのストックホルムで
ジェニー・リンドは生まれた。

彼女は、望まれて生まれてきた子ではなかったという。

彼女の母は、未婚の母で、ジェニーが1歳になるまえに
いとこにジェニーを預けてしまった。

そのいとこ夫婦は数年間は、ジェニーを
可愛がって育てたものの、後にまた実母のもとに
戻され、実母からの愛情を注がれず、貧しくもあり、
ジェニーは心を閉ざしてしまった。

しかし、また7歳になった頃には実母に見捨てられてしまった。

メンデルスゾーンもアンデルセンも、両親からの
愛情は惜しみなく与えられたのに対し、
ジェニーだけは親の愛を与えられずに貧困の中、
転々とさせられて育った。

ジェニーはその寂しさを、歌う事で紛らわせていた。

ある日、そんなジェニーの歌声を聴いた王立劇場の
関係者によって、運命は開かれていった。

王立劇場附属音楽校の入学資格は14歳だったのに、
まだ9歳のジェニーには、その門戸が開かれた。

そうして、わずか10歳で王立劇場でデビュー。

すると、自分を捨てた母がまた現れた。
お金欲しさに親権を主張したのだ。

我が子をむしゃぶりつくすとは、親の風上にもおけない。

そんなジェニーは、親に大きな家を贈ると、
親との縁を切るように飛び出したのだ。






これ以上 書いてしまうのは宜しくないと思うので、
興味のある方は、是非、手に取ってお読みくださいね。

文庫本で1コインで買えるものです。

私にはもの凄く興味深い面白い本でした。






お読みくださり、ありがとうございました。


                       荒井千裕

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