2005年11月

2005年11月11日

Iron toe boots blues

どうもこんにちわ!

脱カナダ・ニートを果たした石田です。

停滞の10月は前述の通り、どこのボランティア団体にも相手にされず、ただただ何もしないまま日々が過ぎていき、「もうカナダにいる残り3ヶ月、こんな風に何もしないで終わっていくのか…」と、毎日ブルーになって過ごしていました。

そうしているうちに、無給な上に求められてもいないボランティア団体の返事を待って気苦労するよりは、ニーズのある普通の仕事をした方がいいのでは…と考えはじめましたが、地元の人がビザの有効期限が3ヶ月切ってて、しかも英語も十分に話せない僕など雇ってくれる可能性はほとんどありません。

最後の方は、ここに「死んでもやりたくない」と書いた日本料理屋で働き始めるのもおもしろいかな…、と全然おもしろくもないのに、そんなことを考えたりしてました。

そうして10月31日、皆がハロウィーンの雰囲気に浮かれる中、一人、カナダの職安(?)みたいなところを何件かトボトボと回り、10月が終了しました。

しかし、悩みと停滞の10月から、たった1日、11月1日になっただけで、劇的に運気が逆転しました。

11月1日のお昼、ルームメイトの携帯に1本の電話がきたのです。

電話を変わると、前に申請したボランティア団体のうちの1件からの電話!
興奮を抑えて話してみると、2日後に面接をする機会を作ってくれるとのこと。

ついに、ついに暗闇に一筋の光が差し込み、この時面接がうまくいくかどうかはわかりませんでしたが、まず、そういう機会を初めて得られたことに興奮し、あまりの嬉しさに近くのメキシコ人に抱きついたら、「プト(オカマ)」と言われました。

しかし、ピンゾロパワーはまだこれで終わりではありません。

その2時間後、さらにもう一本の電話。

何かさっきの電話でまずいこと言ったかな?と、再度携帯を受け取ると、なんとさっきのボランティア団体ではなく、昨日回った職安(というより人材派遣会社か)の1件からの電話。

その電話の内容は、今夜から働かないか?とのこと。

いきなりカナダ生活が動き出しました。

あまりに突然のことで驚いたけど、この機会を逃すはずはなく、もちろん引き受けました。

仕事を始めるにあたって、つま先に鉄の入った“Iron toe boots”と“Working globe”が必要だと言われたので、電話の後、すぐにウォルマートに行って購入しました。

そうして11月1日、カナダ初就労。

この日の仕事は、深夜0時から朝の10時まで、コンテナを運んだりする仕事だったのですが、現場に着いて、最初に話しかけた男の人が、耳を指差しその後その指を左右に振り、つまり耳が聞こえない人で、ああ、そういうことか、この瞬間にいろんなことを理解しました。

その日のメンバーは他に、ヒッピー(本人はカウボーイと呼んでいいぜ、と言っていたけど)と、目線を合わせて話せない自閉症、あとは僕と同じくフランス語が主で英語が片言のムキムキのおじさんの5人で働きました。

その日の仕事が終わった朝、傷だらけの手でIron toe bootsを持って歩きながら、これが労働者ってやつだよなあ、と一人悦に入りました。

そしてさらに2日後の、ボランティア団体面接。

仕事がもらえるかどうかの不安の中で訪れましたが、その結果は予想以上で、そこで働かせてくれるどころか、僕の専攻であるフォトグラファーとして働いてくれないか、とのこと。

日本でもフォトグラファーとしての仕事は結婚式の写真を数回しか撮ったことのない自分ができるかどうか、不安もありましたが、その一方でこんなチャンスは滅多に得られるものじゃなく、ワクワクしながら引き受けました。

しかしまず、カナダへ連れてきたF3だけでは仕事にならないので、先日、日本から最強のパートナーNIKON F5を彼女に送ってもらい、昨日カナダへ到着しました。
その他にも奮発して、日本にいる友達に24−70mmのズームレンズを購入してもらい、それも送ってもらって今、レンズもハリファックスへと向かっているところです。

到着後、『写真家兼日雇い労働者』としての準備は万端となります。

僕は今、未だかつてないほどやる気十分です。

もう既に何度か働いた日雇い労働についての話も書きたいのですが、もう今日はだいぶ長く打ったので、後日書きたいと思います。

本日は以上です。

people_of_the_sun at 08:12|PermalinkComments(1)TrackBack(0) カナダ