2006年04月

2006年04月29日

EGYPT・ALEXANDRIA

どうもこんにちわ!

前回ベネチアからウィーンへと向かったところまで書きましたが、ウィーン到着後は少し大変な思いをしました。

なぜならウィーン行きの寝台列車に乗る少し前に、電車のウィーン到着予定時間が翌朝の八時半になっていることに気付いたからです。
これは問題です。
なんでかってエジプト行きの飛行機が十時半発だったからです。

つまり、空港二時間前到着が望ましいと言われている中、鉄道駅に着くのが二時間前ということになります。

手元の時刻表は六時半到着と書いていたので、一応車掌さんに確認しましたが、やはり八時半だということ。
いつもなら「じゃ諦めよ。」となりますが、今回そうはいかないのは、前に飛行機のキャンセル待ちで痛い目にあった為、このフライトの日程を決めてしまっていたからです。
『キャンセル待ちで痛い目にあい、痛い目にあったから日程を固定してさらにそれで痛い目にあう』これはもう日程を決めている航空会社のカウンターで既に予見していたことですが、まったくもって法則通りの展開です。

この状況でまず最初に調べなくてはいけないのは鉄道駅ー空港間の移動時間ですが、これは三十分間隔で空港へバスが出ていて、所要三十分とのこと。
すると、うまくいけば一時間前には着けます。

一般的には飛行機は二時間前のチェックインが理想と言われていますが、実際は一時間前にチェックインしても余裕です。
しかしながら、自分が離陸二十分前までキャンセルを待っていた時、三十分前に駆け込んできたおっちゃんが拒否られているのを見ているので(そいで俺が乗れる理屈もわからないけど)三十分前ではアウトです。

今回の場合は、鉄道駅から空港までかかっても一時間、僕の持ち時間は二時間でしたので、これは大丈夫だな、と安心したのも束の間、電車が三十分遅れて駅に到着するという事態が発生し、また焦りだします。

どうしよ、と思いつつ、とりあえず空港バスを待つけど早朝の通勤ラッシュの為か、バスが来る気配はありません。

9時15分、離陸一時間十五分前にバスを待っている自分に愛想を尽かし、タクシーに乗ることを決意。
料金はバスの6ユーロから30ユーロへと跳ね上がりましたが、近くのアメリカ人と10:20で分けることで合意し、タクシーで空港へひとっ走り。
結果、チェックインは45分前までなら大丈夫、ということを証明しました。
無事飛行機に乗れて、人生初アフリカ大陸へと足を踏み入れたのであります。

そのエジプトに到着して、まだ六日しか経っていませんが、もう明日エジプトを発たなければいけません。
明らかな計画ミス。ここにはもっと長く居たいです。

そう思う理由のひとつにはまず物価がしこたま安いことがあります。
こんな安いとは知りませんでしたが、南アメリカの比じゃない、飯はエジプト名物コシャリが40円前後、今アレクサンドリアからカイロへ向かっている電車の(片道二時間)一等席が520円という具合です。
コカ・コーラのペットボトル(500ml)に時として600円払わされたヨーロッパに比べると、ここはパラダイスです。
ちなみに宿代はシングルで上記のコカ・コーラと同じ値段です。

人は、イスラム圏内だけに独特のテンションでわかりづらいけど、こういうのは嫌いではないです。
イスラムの国はバングラディッシュに続いて二ヶ国目ですが、最初空港から外に出てバスを探している時、全員親切に教えてくれるけど何分経っても全員「五分後に来る」と言うところや、バスを待ってる目の前をめちゃ背筋をピーンとしてバイクに乗ってるおっちゃんが通り過ぎるのを見るにつけ「ああ、こういう国民全員天然の国って久しぶりだな。」と嬉しくなりました。

それだけに人との関わり合いを笑えるように書けば毎日ネタは尽きないですけど、書きだしたらきりがないのでやめます。

観光としては、都市としてローマに続いて『元世界の中心』として楽しみにしていたアレクサンドリアを昨日・一昨日観てきましたが、街並みは特にカイロと差があるわけでもないし、街に特に鮮烈な何かがあるわけではありませんでした。

ただひとつ嬉しかったのは、地球の歩き方の小さなコラムに『アレクサンドリアは歴史ある地中海都市として、エジプトでは珍しく街の美観を意識していて、数年前から街にクラシックな街灯を置いたり、街角にゴミ箱を設置している』と書いてあるのを発見したこと。

実際はマナーなんてそう簡単に教育できるものではないので、街は普通に汚いし街灯も電球が切れたのがそのまんまになったりしてるけど、しかしそういう意識が生まれるかどうか、他の都市では今後50年ほぼ不可能と思われるその意識が、ここアレクサンドリアにはある、という事実が僕を嬉しくさせました。

あとはカイロ人に比べると人がだいぶ優しく正直なのも良かったし、アレクサンドリアに来る日本人が少ない為か、映画スター並の握手攻めにあったりするのも気分が良かったです。

ただ、昨日遺跡を見学している時、柵の向こうで子供達がこっちこーいと叫んでいるので、草をかきわけそっちに行って子供達と談笑していたら、係員数名が怒って飛んできて「ここは立ち入り禁止、危ないから入っちゃいかん!!」と正面から叱られ、26歳にもなって大人にマジ怒られしてる自分に少しブルーはいりました。

本日は以上です。


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2006年04月25日

ITALY・VENEZIA

「雪だ。」
心の第一声がそう呟いた。

ミラノ発ベネチア行きの快速電車の中、読んでいた小説から目を上げると車窓の外には一面銀世界が拡がっていた。
しかし、よく目を凝らして見るとそれは雪ではなく銀色に輝く海の水面であった。

夕日が完全に海に溶け終わり、わずかに残った光を反射させる銀色と、かすかに残る水色。
その上を電車は滑るように進んでいる。

本当に水の上を走っているのではないか。
読んでいた本を閉じ窓際へ歩み寄り車窓の下を覗き込むと、しかし窓の下にはしっかりと線路が通り進行方向右側には道路があり車が高速で行き交っていた。

ふと電車の向かう先に目をやると、なんとその先の海には、都市が堂々と浮かんでいた。
アドリア海の女王、ベネチアだ。
ベネチアが『水の都』と呼ばれていることは知っていたが、まさかこんな形で存在しているとは。
目の前に拡がる幻想的な世界に目を見張った。

電車はゆっくりと減速し水上都市のホームへと吸い込まれていった。
ホームへ降り立つと潮の香りがした。
早る気持ちを落ち着けて、駅から出るその前に明日の夜ウィーンへと向かう寝台列車のチケットを手に入れなければならない。
これを逃すと明後日の朝ウィーンからエジプトへと向かう飛行機に乗れなくなるからだ。

チケット売り場の列に加わり、手元の時刻表で電車の出発時間を確認する。
ふと時刻表から駅の外へと目を逸らした時、私はその光景に愕然とした。
駅の目の前を大きな運河が流れ、その上を大きな船が移動しているではないか。

その夢のような光景を前に呆然と立ち尽くす私の頭に、あるフレーズがよぎった。
たしか地球の歩き方の一ページ目だと思い、バッグの中から地球の歩き方を取り出すと、確かにそこにそのフレーズはあった。

『幸福なるイタリアよ!そこでしか愛が何であるかわからない。
―スタンダール「ロッシーニの生涯」より』


ま、何が言いたいかと、沢木耕太郎の『深夜特急』を読み始めた、ということです。
いくら真似しても「地球の歩き方」とか言っちゃったら一気に興冷めですけどね。

とにかく、ベネチアの第一印象は衝撃的でした。
ウィーン行きのチケットを手に入れホテルにチェックインした後、夜のベネチアをビール片手に散歩した時は、あまりの美しさに一人で笑いました。

ここは何度でも訪れたいなと思ったけど、しかし次の日観光したら日曜日だった為、ものすごい量の観光客が街に溢れていて、その中にいたらどっと疲れて「もういいや」になっちゃったけど。

ただ、ひとつ気付いたのは俺はイタリアが超好きだということ。
今まで海外の国を多くまわっている人達にどこの国が一番良かったかと尋ねると、必ず皆一様に「その場所にはその場所に良さがあるから、その比較はできない。」と答え、なるほどそういうものか俺もそういう風に言ってみたいな、と思っていましたが、いや、俺はイタリアがすごい好き。

ローマ、ナポリ、フィレンツェ、ミラノ、ベネチア、どの都市も最高に僕を惹き付けました。
もし第三次世界大戦が起こったら、僕はまたイタリアと同盟を組みたいです。

ベネチアを一日観光した後、ホテルに預けていた荷物を受け取り、ホテルを去る時、フロントのお兄ちゃんに今まで一度も使っていなかったあの言葉をついに使ってやりました。

「アリーベデルチ」ってよぉ。

アリは1回だけでしたけどね。

そうして列車はウィーンへと走り出したのであります。

本日は以上です。


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2006年04月23日

FRANCE・PARIS

どうもこんにちわ!

昨日の夜パリに別れを告げ寝台列車でミラノへ出発し、今朝7時にミラノへ到着しました。

ミラノを一日観光した後電車でベネチアへ向かい夜一気にベネチアまで到達し、今はベネチアから書いています。

パリ。パリの感想ですけど、これは説明がかなり難しいです。
まず、初日の街に対する印象だけ言えば、「なんかなー」という感じです。
後日、パリの街を徐々に散策すれば、この街の魅力にも気付いてきますし、すごい都市なのはわかります。
ただ、気持ちが入っていきません。

街を観ながらずーっと頭の中に暗雲のように『この街は自分にはまだ早いのではないか』という考えが立ち込めます。
しかし、この感情をブログでどう説明したらいいんだろ…、と、ずっと考えていましたが、今日ミラノの街を歩いていてミラノっ子のファッションを見ている時に、鬼の説明が閃きました。

これは超わかりやすいと自負していますが、要はパリはモネの絵なんです。

モネの絵がすごいのはわかる(中学生ぐらいの時は良さが一切わからなかったけど)。
ただ、なんつーか、好みもあるけど、ああいう絵を今この歳で好きになることもないんじゃないかなー、ということです。

つまり、これ偏見ですけど、モネの絵とか好きなのは中年のおばさんとかでしょ。
ああいう絵をトイレの壁に貼ったり、やっぱりそういう風に今はまだなってはいけない。
若者なんだからもっとガツガツギラギラしたモノを求めるべきだ、というより、僕の心が無意識にそういうものを求めているんだと思います。

ちなみに、なぜミラノっ子のファッションからそう思ったのかというと、ミラノのファッションはメチャ鮮烈でまるでピカソの絵(せっかくだからイタリアの画家で例えろよな)を見ているようですが、意外だったのはパリジャンのファッションはけっこう保守的なんですね。
言い換えれば、なんも新鮮味がないんです。
たしかにおしゃれだけどもう見飽きた、というか。

ま、おしゃれのおの字も知らない俺に言われたくないだろうけど。

どうしてもパリについて書くと否定的な表現になってしまうけど、パリは本当にすごい都市で、感動もしましたよ。
良さはわかる、ただ合い入れない。それだけです。
68歳くらいになったらもう一度来て、意識のギャップに感動したいです。

パリ最終日、電車に乗る前に、メキシコに続いてパリで散髪に挑戦しました。
せっかくパリで切るのだからと、mod’s hairの看板を大きく掲げたおしゃれな美容院を選びました。
黒い装束を着せられコーヒーを飲みながらの散髪と優雅な時間だったし、彼の腕にも、これはすごい技術だ!と、感動もしましたが、結局の仕上がりはメキシコとあまり変わらず『スポーツマン刈り』みたいなダサダサの仕上がり。
しかも、彼のこだわりなのか襟足が微妙に蝶野みたいになってるし。

ま、要は髪の生え方がダサい奴は、どう切ろうがダサい。ということですね。

本日は以上です。


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2006年04月21日

伏兵BELGIUM・LIER

どうもこんにちわ!

前回の移動では、朝7時にローマを発ち、昼はフィレンツェを半日観光。
ボッティチェリの『春』と『ビーナス誕生』を見た後、ミラノへ移動、のはずが気分的にジェノバへ変更。
ピサを経由しジェノバへ向かったはいいものの、寝てたらジェノバ駅を乗り過ごし、深夜0時SAVONAとかいう超マイナー都市に到着。
ホームの待合室で朝五時の始発を待つも、室内はホームレスの家みたいになっていて酒と排泄物の臭いが充満していて、そんな中寝るわけにもいかず、本を読んで朝まで過ごす。
朝五時、トリノへ向かいトリノからパリへ。
6時間も移動するんだから寝りゃいいのに、なぜか頭が冴えて一、二時間しか寝れず。

午後五時ようやくパリへ到着しましたが、この日の目的地はパリではなくベルギーのリールという街です。
なぜそんな無名の街に行くのかというと、この街には現在ベルギーでダンスの勉強をしている、かよこちゃんというあり得ないくらい可愛い女の子が住んでいて、その子に会いに行くためです。

その為、休む間もなく一気にパリからリールへ向かったものの乗り換えがうまくいかず、しかもリールはかなりの田舎街で結局到着したのが深夜十時。
そうして、ようやく感動の再会を果たしたのでありました。
ただ、ひとつ再会を喜びきれなかったのは、この時期かよこちゃんの彼氏も偶然日本からベルギーへ遊びに来ていて、そんな時期にタイミング悪くぺろっと現れてしまう自分が申し訳なくて、ただただ二人に平謝りでした。

その後、僕に部屋を貸してくれる友人の家へ向かい、まずは乾杯。
この時、かよこちゃんの友人が「長旅で疲れてると思って。」とスープを作ってくれていて、実際かなり疲れていたし長いことご飯も食べていなかったので、ことさらこの優しさが心に染み、このスープを一口食べた時、本当に真剣に泣きそうになりました。

幸いかよこちゃんの彼氏が北京で死体を洗う仕事をした時の話をしてくれて大笑いしたのでマジ泣きは避けられましたが、ほんとある意味今回の旅で最高に感動した瞬間でした。

この感動でがっつり気持がリールに入ったこともあるでしょう、とにかくリールには心奪われて、ここでの滞在は本当に素晴らしい滞在となりました。

リールというよりベルギー自体、100%かよこちゃんとベルギーワッフルを食べるためだけに訪れた国だったので、ベルギーに対してはなーんにも期待なんてしていなかったのですが(実際素でこのフレーズを言い「そんなこと言われると住んでる方はちょっとショック」と言われ、はっとした)、いやなかなかどうして素晴らしい国でした。

首都のブリュッセルも地味だけど落ち着きがあって素敵な街でした。
最初かよこちゃんに「ベルギーって何あるの?」と聞いたら「小便小僧。」と答えられて、「それだけかよ!」と心の中でつっこみましたが、いやむしろそれぐらいだからいいんですね。
特にここしばらくはサンパウロ、ブエノスアイレス、マドリッド、ローマなど、ずっと騒々しい都市ばかり訪れていたので、こういう雰囲気の良さが新鮮に映りました。

あとは食に関して、僕は知らなかったのですがベルギーはチョコレートが有名らしく、日本では一箱一万円、ベルギーでは一箱二千円で買えるという『ピエールマルコリーニ』というチョコを山ほど食べましたが、なるほどおいしかったです。
あと白ワインで蒸した山盛りのムール貝も美味だったし、ビールも最高でした。
ただ生ガキだけは普通でしたが。

あまりにもまったり落ち着いた、そして飲んで笑った良い滞在だったので、ベルギーを去り一人パリへ戻ってきた時、この旅で初めて、一人旅の寂しさを知りました。

本日は以上です。


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2006年04月14日

ITALY・ローマ帝国

どうもこんにちわ。

キリストの復活祭を目前に控えたローマに別れを告げ、現在電車で北上しているところです。

復活祭は世界中から信者が集まりサンピエトロ広場はすごいことになるらしく、ちょっと見てみたい気もしましたが、そもそもキリスト教徒じゃないし、時間的な都合もあるので見ないことにしました。

ちなみに、ここで「時間がない」というフレーズを何度も書いていると思いますが、いったいなんで時間がないかというと、今年はGWに彼女とギリシャで会う約束をしていて、その為GWまでにギリシャに着かなくてはいけないからです。

てなわけで、彼女の到着までにフランス・ベルギーを見て電車で南下、オーストリアからエジプトへ、そこからオーストリア・ドイツを経由してアテネに着かなくてはなりません。

あの、今日4月13日なんですけど。
大丈夫?俺。

ローマの滞在も約四日間と短かったですが、四日間で一応のメイン観光ポイントを見て回ることはできました。
しかし、そこは世界の文化財の40%を持っている国の首都、ちゃんとした意味でローマをどれだけ見たかといえば、半分も見れてない感じはします。

ただ、それでも僕的にはローマには完璧に満たされました。
それは、観光的にではなく、今回の旅の目的として、です。

こうして旅をしていると「旅の目的はなんなの?」と聞かれることが時々ありますが、なんかそんな風に聞かれると、え…、となって答えられず、「世界一周するのが夢だったからしてるだけです。夢に目的なんてないでしょ。」とかなんとか適当なことを言ってはぐらかしてきましたが、実はひとつだけあります。

それは昔のニューヨーク旅行に話は遡るのですが、何度も言うようですが、僕にとってとにかくニューヨーク旅行は衝撃的でした。
その時代の中心となる街は街自体が生き物になる、という事実を知ったからです。

しかし、歴史を知れば、あのニューヨークですら栄枯盛衰の運命には逆らえず、衰退していくことがわかります。
現代を生きる者には想像し難いですが、それが500年後なのか1000年後なのかはわかりませんが、とにかく、いつの日かあのニューヨークが世界のローカル都市になるのです。

そんなことになったらいったいあのニューヨークはどういう状態になるのか、それは僕が生きている間には見ることが不可能なので、それを過去の世界の中心に求めた、つまり過去に世界の中心であった都市をまわってそれを見てみよう、というのが今回の旅の唯一の目的であります。

『世界の中心』というのは、例えばスペインやイギリスのように、軍事的な意味などで一時的に世界のトップに立った、という意味ではありません。
そうではなくて、今日のニューヨークのように数々の要素から、街に抗いようのない磁力が発生してしまって、人や才能が皆そこに自然と集まってしまった、そんな場所のことです。

そういう意味で、今回の旅の中で本当に興味があったのはエジプトのアレキサンドリア、イタリアのローマ、トルコのイスタンブール(旧コンスタンティノープル)、あとは少し意味は違いますが、世界が求めた中国の、場所は適当に現在の首都・北京、この四都市だけです。
次点で、そういう意味の中心ではないけれど、文化の中心という意味で、フランス・パリとギリシャが入るくらいです。

だから、旅の予定を決める時はこれらの都市以外に興味はなかったし、特に中南米アメリカなんかはただ世界一周になるように適当にくっつけただけみたいなもんだったんです。

しかし、旅が始まってみれば旅行欲は沸々と沸いてきまして“あれも見たいこれも見たい”になってきて、さらに、行けば行ったで南米では自然に魅せられ大幅に旅程を奪われ、現在のこの悲劇の日程を生んでるわけですが…。

すべては旅の始めにテンションがさほど高くなかったことに起因しますが、話を戻せば、そういう純粋な旅の目的という意味では、このローマが僕にとって初の『元世界の中心都市』だったわけです。

そして、行ってみてどうだったか、ということですが、ローマには僕の求めていた物が全てありました。
(想像できない物を求めていたわけで、それがあったから、「全てあった」と言うのは少し語弊があるけど)
圧倒的でした。

現存している遺跡などは、厳格な意味でローマが世界を制した時代の遺跡ではありません。
ただ、直接的な印象ではなく、街や建造物や遺跡から、あるいは人から感じる『空気』から求めていた物をすべて感じ取りました。

そういう先入観で見てるからそう思うんじゃ?と言われたら、たぶん否定できません。
ただ、個人的な感情としては「すっきりした。」今はそんな気持ちです。

超熱くなって打ってたら電車の移動時間があっと言う間に過ぎてました。

本日は以上です。


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2006年04月11日

ITALY・NAPOLI

どうもこんにちわ!

前回のメールの後はしっかりキャンセルは出て、予定通りローマへ到着致しました。

ただ、今回のフライトに関しては、ラッキー!なんてテンションではありません。
というのは、今回キャンセルが出て飛行機に乗れることが確定したのが離陸の20分前だったからです。

これだけ待たされれば精神的にもさすがに疲弊するし、直前すぎて機体に積む用の大きな荷物も自分で搭乗口まで運ばなければなりません。
さらにこの荷物に入れていたハサミ類が手荷物検査で引っ掛かかり、係員にこれは機内持ち込みじゃない、とタグを見せて説明しても通じないし、結局メキシコで買ったまだ一機能も使用してない多機能のビクトリノックスを含む全ての刃物を破棄させられる羽目に。

こっちは搭乗どころか離陸まであと十分しかないのに何度も検査をさせられ、苛立ちながら走って搭乗口へ向かうも、荷物検査の場所へ財布を置き忘れたことに気付き走って戻ったり、と、もう、とにかく散々でした。

こんなのはもう懲り懲りと思い、ローマの空港へ着いてから今後の何フライトかは予約しました。

まあそんなこんなでいろいろありましたが、無事イタリアへは到着しました。

まずローマですが、まだ観光途中なので明日すべて見終ってからまとめて書こうと思いますが、とりあえず凄いです。圧倒的です。
ローマについてはきっと長く書くことになるでしょう。

そのローマへと着いた二日目、ローマ観光を中断し、急遽ナポリへと日帰り観光に行って参りました。

なぜかって、僕ユーレイルパスという電車のチケットを持っているのですが、このチケット、使用日を手書きで書くシステムで、他の旅行者から手書きだけに1を4にしたりすれば二日使える、というアドバイスをもらったのです。

んで、僕がスペインで一日使った日付を見てみたら4月5日。
ん、この5は8にできないこともないな、と思い、右上と左下にチョイチョイと足してめちゃくちゃ不自然な8を作り、これを8日に使ってみることにしたのです。

怒られるかなとも思ったけど、特に何事もなく往復でき、無料ナポリ日帰りツアーができあがりました。

そうして片道二時間かけて訪れたナポリの街は、これは軽くびっくりでした。

イタリアは100年ちょっと前まで別々の国だったと、言葉では知っていましたが、実際見るのとでは全然違います。
実際に見れば、身をもってその事実を実感します。
ローマとナポリは全く別の国です。

まあ、あの歌にも歌われているサンタルチア港に沿って歩けば、映画グランブルーのエンゾとジャックマイヨールみたいに子供達が海で泳いでたりする(ちなみに気温は日本とほぼ同じですので推定18度前後。ほんと子供って謎)イメージ通りのイタリアですが、駅前や街の中心部はあまりに人間臭いパワーで溢れていて、まるで東南アジアのようです。

それだけにナポリの好き嫌いは大きく別れるようです。
僕はああいう街は好きです。

そういう街の雰囲気とは別に、強烈に僕の心を奪ったのが、ここナポリが発祥の地であるピッツァであります。

ピザは昔は宮廷で食べられていた高級品で、これは地球の歩き方からそのまま引用の豆知識なのですが、ピザ好きのマルゲリータ王女様がピッツァコンクールを催し、その時1等賞に選ばれ彼女の名前を付けたのがピッツァ・マルゲリータなんだそうです。

そのトマトとモッツァレラチーズのシンプルな1等賞ピザ、ピッツァ・マルゲリータがナポリでは定番らしく、これを食べたのですが、こーれはうまい!

まず何がうまいって、何にも乗ってないピザの縁がうまい。
なぜならピザを窯で焼いている為、焦げ目から窯の味が香ってくるのです。
この窯の味がたまらなくうまい。

そいでそこから酸味の強いトマトの部分へ侵入し、さらにその下で溶けたモッツァレラチーズがぴろーんと伸びれば…、ゴール!柳沢ゴール!です。

そりゃマルゲリータ王女様も机を叩いて「これが一番よ!」と叫ぶっつーの。
(そんなエピソードは地球の歩き方に載ってないけど)

バジリコの葉が一枚乗った部分が味の調和的には最高値なのですが、個人的にはもうあの窯の味の縁が最高です。

ピッツァ・マルゲリータと共に、握り拳大のコロッケみたいなのを食した為、おなかいっぱいになりましたが、しばらく歩いた後、やっぱりもう一枚食べたい、と思い、引き返してもう一枚食べました。

食べ始めたらやっぱやめとけばよかったと思いましたが、これを食べ終るとまた食べたくなるから不思議でした。
恐るべしナポリ。

あとは一日ナポリの街をめちゃくちゃに歩き回り、考古学博物館やスーパーマリオのゴールみたいな城等を見た後、19:30の電車に乗り、夜ローマへと到着しました。

そんなあわただしい4月8日でありました。

本日は以上です。


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2006年04月06日

ゲルニカを観た。 SPAIN・MADRID

どうもこんにちわ。

ブラジルからスペインに来る時に普通にキャンセルが出たことに味をしめて、今日イタリアに旅立つ予定なのですがなんの予約もなしに空港に来て、現在空港でキャンセル待ちをしているところです。

この方法は、事前になんの予約もしなくていいので楽ですが、反面、このキャンセルでなかったらどうしよう感はなんとも言えないものがあります。
もしキャンセルがでたら、今日の午後イタリア・ローマへと到着します。

スペインの10日間の滞在もあっと言う間に過ぎ去りました。

観光最終日となった昨日は、一昨日のバルセロナ発の寝台列車で朝方マドリッドに到着した後、そのまま電車を乗り継ぎスペイン南部の都市コルドバへ。

コルドバをめちゃくちゃに歩き回って半日観光した後、特急列車でマドリッドへと戻り、夜7時半マドリッド到着。
そこから夜9時までやっている美術館に滑り込み、ここでピカソのゲルニカを観て僕のスペインの旅が完結しました。

今日見た夢は、超でかい家の部屋を歩き回るとガウディの作品のような部屋があったり、ピカソの作品のような部屋があったりするという、僕のスペインの旅を象徴するいい夢でした。

ほんとちょうどこの夢を見ていたその時、ビチャビチャという音で目を覚ましたのですが、見たら隣のベッドのブラジル人が床にゲロ吐いてました。

起きて「おい、トイレで吐けよ。」と言いトイレへ行かせましたが、その後すごい部屋が酒臭くなりました。

僕は自分が酔っ払って助けられたことが多い分だけ酔っ払いに対する愛もまた多いので、このゲロ片付けてあげようかな、と思い、しかし眠いしめんどくせーな、とウダウダ考えていたら、ブラジル人がトイレから帰ってきて、自分でトイレットペーパーで掃除を始め、偉い、と思いました。

なんか他人の靴にゲロかけちゃったんじゃねーか、と心配したせいか、他人の靴を拾っては臭いをクンクン嗅いでいる様が犬みたいでかわいかったです。

それを1メートルもない距離で僕が笑って見てるのに、酔っ払って全然気が付かずに臭いを嗅いでいるので、まるで演劇を観ているようでした。

それでは、カウンターに戻ります。
キャンセル出ますように。

本日は以上です。


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2006年04月05日

SPAIN・BARCELONA

どうもこんにちわ!

日曜日にマリアと共にバレンシアを発ち深夜バルセロナへ到着。
そこから丸二日バルセロナを観光し、現在はバルセロナからマドリッドへと向かう寝台列車の中です。

今日、電車出発前にフラメンコを観てきて、その時赤ワインを結構飲んだので今は少し酔っています。

フラメンコは5ユーロで若手のショーを30分だけ観られるというものでしたが、これで十分楽しめました。
最初は長く観ても飽きるだけ、と思っていましたがあまりに良かったので、今はもうちょっと観たい欲が刺激されてもどかしい感じです。

今、宿を出てくる時に日本人が三人ロビーで話していたので、5ユーロでフラメンコを観れてすごい良かった、と紹介したのですが「5ユーロはちょっと高いから行かない。」とか言ってたけど、…どゆこと!?

なんかもうこれは経済力とかそういう問題じゃないと思う。
旅の、いやむしろ物事の考え方が全然違うんだろうな。

バルセロナの観光的にはガウディの建築やピカソ美術館など、二日で主要な所は全て観てきました。

ピカソは相変わらず最高で、一週間前マドリッドで観たベラスケスのラスメニナスをピカソ流にアレンジした作品は、相変わらず天才すぎて涙がにじみました。

ガウディは、まあなんつーかいいにはいいんだけどモデルニスモとかいう作風は僕の超好みってわけでもでもないし、そりゃ建築的には最高なんだろうし建築を勉強してる人にはたまらないんだろうけど、ああいう白い建築の模型なんかは、建築に興味がない僕にとっては競馬が好きじゃない人がダービーの馬柱を見てるようなもので、なんもないです。

そのガウディさんの作品であり、バルセロナの象徴でもあるサクラダファミリアも見ましたが、これはすごかったです。
しかし断っておかなくてはいけないのは、すごかったのは『完成図が』です。

いや、サクラダファミリアは完成まであと200年だ300年だといろいろ話は聞いていましたが、実際、全っ然できてない。
ほんと、今できあがっている箇所は30%くらいなんです。

サクラダファミリアに対してあれこれ感想を言えないことはないけど、こんなにできていないものに対して感想を言うこと自体馬鹿らしい感じです。
「思っていたよりも小さかった」とか言ってもも、いやまだ30%だから、って話になりますからね。

早く作れよ、としか言いようがないです。

ま、あれがもし完成したら間違いなく世界最高の建築物になるでしょう。

みんなが言う通りバルセロナの街並みには刺激も趣きもあったし、街は街でそれは良かったですが、それよりもやっぱり食が、スペインは食が最高です。

本日は以上です。


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2006年04月04日

ヨーロッパ大陸上陸 SPAIN・VALENCIA

どうもこんにちわ!

南米が予想以上に長引いた為、本来の予定から2週間遅れでヨーロッパへ上陸致しました。

こんな感じで予定がずれるであろうことは旅の前からだいたい予想できていたので、今回の旅の航空券は日程を指定しないオープンチケットにしてあります。

しかし、このオープンチケットのおかげで今回冷や汗をかかされました。

というのも、このように日程を決めない旅行である以上、そろそろ移動するか、と思った時に航空会社へ行き座席を確保するという作業を毎回しなければならないわけですが、今回サンパウロからマドリッドへと飛ぶと決めた日に、いつも通り航空会社へ行き、席があるか尋ねたところ「満席。」という悲劇の宣告。

まじかよ、と思いながらも、んじゃ明日は?と聞いたら、なんと4月9日まで完全に満席だという返答。

は?4月9日まで!?
と、素で大声が出て、まじで目の前が真っ暗になりました。

他に飛行機ないの?と聞いても日に1本しかないと言うし、少し機転を聞かせて同じ系列の会社がポルトガル行きを出しているので、それはどう?と聞いても、なんとこれまで満席だと言う。

ああこの旅最大の悲劇が来たんだなあ、と思いましたが、空港へ行ってキャンセル待ちをすることはできるというので、じゃあそうするということで、その夜、何の確約もないまま重い荷物を持って空港へ向かったのでありました。

こんな重たい荷物持って空港とダウンタウンを何回も往復したくないので、キャンセルが出るまで何日でも空港で寝泊まりする覚悟でした。

そんな不安定な精神状態の裏で、ま、いつもついてるし普通にキャンセル出るんじゃねーかな、と楽観してる自分もいましたが、まあ結果は後者で、結局今回もどうにかなりました。

今冷静に考えれば飛行機のキャンセルが出ること自体そんなに珍しいことではないし、これぐらいは強運の部類に入らないのでしょうが、このスペイン行きのチケットを手に入れた時は「モーセみてーだな。」とか思いました。

こうして、長らくお世話になった南米大陸へ別れを告げ、無事ヨーロッパ大陸第一の地マドリッドへと降り立ったのであります。

マドリッドは本来2、3日かけて観光する予定でしたが、バレンシアに住んでいる友達のマリアが、最近スチュワーデスへの就職が決まり、その研修が月曜日からあるので早めに来てほしいと言うので、マドリッドの観光そこそこに急遽バスに乗り込みバレンシアへと向かいました。

実際マリアが住んでいたのはバレンシアではなく、少し離れた田舎町でしたが、この時、バレンシア地方は軽い異常気象で気温が31度もあり、その為オレンジの花が既に咲き始めていて、その花から放たれる甘い匂いが(ハチミツの匂いみたいだった)町を包んでいて町中がいい匂いで、こんなことあるんだ、と驚きました。

当然そのバレンシアオレンジも食べましたが、こういうのって本場で食ったところで意外に大したことなかったというのがよくあることですが、バレンシアオレンジは普通にめちゃくちゃうまかったです。

本場と言えばパエリヤもバレンシアが本場らしく、マリアのお母さんが本場パエリヤを作ってくれましたが、これまた激うまでした。

その他、マリアの友達と飲みに行った時の店のつまみも一品一品美味しくて、バレンシアにてスペイン料理の地力を知ったのであります。

ちなみに僕は食からその国の文化を判断するところがありまして、カナダ・アメリカの食を通してイギリスの文化は大したことがない、と判断した為、今回の旅程にイギリスは入っていません。

反面、カナダにある元フランス領ケベック州では食の至るところから文化を感じた為、フランスは今回の旅で訪れるのを楽しみにしている国のひとつとなっています。

本日は以上です。

people_of_the_sun at 08:40|PermalinkComments(14)TrackBack(0) 世界1.5周旅行