2011年06月20日

AFRICA!!

ご無沙汰しています。

昨日ケニアのナイロビに着きまして、今はナイロビのホテルからこのブログを書かせてもらっています。

本当ならば出国前に日一日と迫る出国への思いを吐露する予定だったのですが、あまりの忙しさに何も書くことができず、気づいたら出国してケニアに着いてしまいました。
毎度のことながら、なんだか無念。

□■□■□■□

ただ、僕が行こうとしている南スーダンでは、4月の時点で死者が800人も出ています。
それってつまり、1月あたりで計算すると200人。30日で割ると1日7人も死んでるってことです。

何人いる中でそれだけ死んでるのかわからないけど、まあ1日7人ってのは多いですよね。
だから、もし出国前にブログを書く時間があったなら、きっと遺書っぽい文章になったんではないかなと推測されます。
実際そういうことを書こうと思っていましたし。

そう考えると、そんなしみったれたことを書く時間がなかった、書かなかった、というのは逆に良かったのかなと今は思います。

□■□■□■□

と言いつつも、これは出国前に嫁にも言いましたが、今回の渡航に関し例の如く通常では考えられない、あるいは確率論では説明できなような奇跡がいくつも起こりました。

そういった奇跡がいくつも重なって今こうしてナイロビにいて、南スーダンを目指しているわけで、こんな神がかった奇跡の末に死があったならば、これはもう神が死を望んだとしか思えない。
あんなにいろいろあった末に死ぬなら、もうこれは素直に諦めます。

逆に、出国前に起こったいろんな奇跡が神による僕の死への壮大な前振りだとしたら、えーうそーん、という話で、そんな暇は神にはないでしょうから大丈夫だと思っています。

□■□■□■□

アフリカに着いた以上毎日いろんなことが起こるだろうし、今後はそっちについて書いていきます。
ただ、「なんでスーダン行くの?」という単純な疑問に関しては、これだけは言明しておかなくてはいけないでしょう。

なんでスーダンに行こうとしているのか、それは一言で言えば、南スーダンの独立の瞬間が見たいからです。

□■□■□■□

僕はあまり小説は読みませんが、『燃えよ剣』で司馬遼太郎に出会ってからは、司馬遼太郎には完全に心酔しきっています。

それはこのブログの中で『坂の上の雲』について触れた箇所からもわかると思いますし、坂の上の雲の舞台を実際に見るために今年1月に愛媛・松山まで行ってしまったことからもわかると思います。

現在は『花神』を読みながら日々震えているわけですが、要は僕は明治前後の“国が興る瞬間”というものがとにかく好きなんだと思います。

読みながらその時代のパワーに圧倒され、「うらやましいな、こんな時代に生きてみたかったな」と、いくら夢想し憧れてみてもこんなドラマティックな時代が今の日本に興ることは1000年、とは言わないまでも、僕の生きている間にはまず無理です。

それならば諦めるしかないのか、というとそうではなくて、日本以外の国ではまだまだ激動している国が世界にあるわけです。
それがスーダンです。

□■□■□■□

原発の文章じゃないですけど、知っておいて損はない情報ですからスーダンの歴史について手短に説明します。

要は1983年から22年に渡って北スーダンと南スーダンでは内戦をしてきました。

ものすごくわかりやすく言えば、北スーダンがイスラム教で南スーダンがキリスト教で、この二つが対立して戦ってきました。
それが、ようやく2005年に和平するということで話がついたのです。

それで南スーダンが独立するから解決ね、ということになって、その確認に今年1月9日に独立か今まで通りかを選挙した結果、100%に近い支持率で独立、ということになり、じゃあ半年後ね、ということで7月9日に南スーダンが独立することになったわけです。

この22年の間に内戦で死んだとされる人数は200万人以上。
酷い例えをすれば、今回の震災60回分以上の方々が内戦で亡くなってきたわけです。

本当に信じられないような絶望を乗り越えて、今年7月9日、ついに南スーダンが独立を果たすのです。

□■□■□■□

そうです、僕はその7月9日の歓喜の瞬間、その瞬間って人ってどういう表情するんだろうというのを見てみたい、あるいは撮ってみたいのです。

こう説明すれば、前に「スーダンには趣味で行くのです」と書いた理由もわかると思います。
僕個人がその場にいてその空気を感じてみたいのです。ただそれだけです。司馬遼太郎が悪いんです。司馬遼太郎を僕に読ませた中川昭一が悪いんです。

□■□■□■□

基本的に上の感情が嘘偽りのない感情なのですが、ただ、今年からフリーのカメラマンとして働いて、さらに妻を養っていく以上、「趣味の旅行に行きます」だけでは現実的に暮らしていく為にはいくらなんでもな話です。

今後カメラマンでいくにあたって「これを撮れます」なんて口で言うだけじゃ誰も信頼してくれない。「これを撮りました」という営業材料がなければなりません。
ですので、これはカメラマンとして「南スーダンを撮ったという実績を作りに行く」というのもこれもまた嘘偽りのない話です。

□■□■□■□

ちょっと文章が長くなったので、続きはまた今度。

基本的には日が暮れたら外に出てはいけないので、文章書く時間はいっぱいあるんです。

ではではまた。

people_of_the_sun at 23:56│Comments(0)TrackBack(0) AFRICA | SUDAN

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔