2007年04月09日

記念式

子供のころからつまんない行事だと思っていた。
ありがたいと思ったことなど、一度もない。

他のキリスト教が、キリストの誕生日(クリスマス)を祝わうところを、あえて死んだ日を祝うことで、JWは自分たちの特異さを目立たせようとしているんだろうな、と子供心に思っていた。

ただなぜか、ハルマゲへの恐怖心は刷り込まれていて、年鑑でパンと葡萄酒を口にした人数を見ては「もうこんなに少ないの…」とおびえていた。

自分に資格があると思いこみ、パンと葡萄酒を記念式で口にしたあるJWが排斥された、なんて話があったが本当なのだろうか。





peppejp at 19:41|PermalinkComments(3)TrackBack(0)JWの出来事 

2007年04月06日

お久しぶりです。

体調は波がありつつも少しずつ良くなっています。


お休み中に出来事がひとつ。

姉が子宮ガンになり、手術をうけました。

恋愛もせず、結婚もせず、子供も生まず、姉の子宮はなくなりました。


二十代のいちばんいい時期を親のJW狂信にふりまわされ、その後は母親の介護に追われたことが、姉の体を少しずつ蝕んでいったのではないかと思っています。


peppejp at 09:00|PermalinkComments(3)TrackBack(0)日記 

2006年11月29日

クリスマス

昔、クリスマス時期のものみの塔だかを読んでたら。


「クリスマスにプレゼントをしなくてはいけないという義務感で世の人はストレスを感じています。

その点JWは、いつでも贈り物を交わすことができ幸せです。」


みたいなことが書いてあって。

あまりにもこじつけすぎるんじゃない?と思った。


記憶ちがいかな?

知ってる方がいたら教えください。

peppejp at 18:29|PermalinkComments(5)TrackBack(0)JWについて思うこと 

2006年11月15日

心の風邪

元々感情の起伏が激しい方なのだが、最近その振幅がひどくなっているような気がしていた。

常にイライラして仕事に集中できず、意味もなく泣きたくなってくる。
家事をやる気になれない。
平日朝起きるのがつらい。午前中は気分最悪。
夜中に目が覚めて、仕事の事が気になり寝付けなくなる。
etc・・・・

病院で抑うつ状態と診断され、薬を飲むことになった。
すぐに効くものではないらしく、つらい状態は続いているけれど。
自分が病気だと分かったことで少し気が楽になった。

今日の会議を乗り切ったら、明日は休みたいな・・・・。


peppejp at 08:54|PermalinkComments(2)TrackBack(0)日記 

2006年10月15日

Q兄弟(1)

 Q兄弟は、あたしの高専の同期で、今も現役JWである。

 Q兄弟と彼の奥さんは、高専のクラスメートで、高専時代から交際していた。
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peppejp at 12:54|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

高専でのJW的生活(3)

 うちの高専の先生方の中には高専生JWのすばらしい行状?(あぁ、なんてJW的用語・・・)に心を打たれ、研究していた人もいたらしい。

 これはあまりにも美談すぎるし、何せあのX兄弟がニュースソースなので、本当かどうか疑わしいが。

 でも、格闘技拒否があっさり受け入れられたことを含め、JWに対する批判というのは表だってはなかった。

 おそらく大半の先生方の気持ちは、ある専門教科の先生が、ある先輩JW2(男)を評していった、

「あいつは成績優秀だけど、あいつの人生の目標は、オレにはまったく理解できないよ・・・」

というものだったのはないだろうか。

 ちなみに、上記発言の先輩JW2は非常に成績優秀で、日本の最高学府の大学院を卒業した後、某大手メーカーに入社した。その後、同じ会社に勤めていたJW2女性と結婚し、今もJW街道まっしぐらとのこと。
(先輩JW2は男前の部類に入るが、嫁のJW2は非常にブスらしい・・・。この点に関する考察は各人におまかせする。)

 この先輩JW2以外もJW2高専生は、思い出すかぎり成績優秀で模範的JWな人が多かったような気がする。
 それは、あたしにとって最初はうれしく、途中は気が重く、JWを離れた後はどうでもよくなったことだったけど。


peppejp at 10:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)JW歴 

2006年10月14日

X兄弟

 X兄弟は、あたしの高専でのクラスメートだった。

 X兄弟は、県庁所在地に住んでおり、同じ県下とはいえ、ド田舎出身のあたしから見ると、いかにも「都会のJW2」という雰囲気を漂わせていた。

 X兄弟は、レクレーションを企画したりする会衆でも中心的な存在で、JW2であることに一点の疑問も抱いておらず、しかもこの世ともうまくやってる(と本人は思いこんでた)人だった。

 前の記事で書いた、食堂の2Fでの「日々の聖句」討議を言い出したのもこのX兄弟である。続きを読む

peppejp at 12:54|PermalinkComments(2)TrackBack(0)JW2たち | JW歴

2006年10月13日

高専でのJW的生活(2)

2年の時、体育で柔道の時間があった。
当然、JW2としては拒否しなくてはいけない。

クラスメートのJW2と、体育教師の所に行った。
何をどう話したか、全然覚えていない。
多分、クラスメートのJW2が主に証言したんだと思う。

JW2が多く通っており、毎年毎年同じようなことをいわれる(注:高専は先生の入れ替わりがほとんどない。その体育教師もかなりいい年のおじいちゃん先生だった)せいか、体育教師は「そうかそうか」というような感じであっさり柔道拒否を許可した。

 そんなわけで、柔道の時間は、クラスメートのJW2とグランドを何周か走り、その後道場で柔道の授業を見学することになった。

 グラこンドを黙々と走るのは疲れるばかりで、柔道の授業の方がはるかに楽しそうだった。

 他のクラスメートは、何も言わなかったし、何も聞かなかったけど、あたしは、やはりイヤだった。
 ただでさえ群れたくて孤立することを嫌う年頃なのに、他人と違うことをしなくてはいけないのは、あたしにとって苦痛だった。

 クラスメートのJW2は当時どう思っていたのだろう?
 未だ現役JWのコは、「JWとして当然」とか思っていたんだろうか。

 また、うちのクラスは女子が偶数名だったので、あたしが抜けることで、一人がかならず体育教師と組まなければならなくなったことも、あたしの悩みだった。
 微妙な?お年頃に、体育教師に寝技をかけられたりするのはあまり気持ちのいいことではないらしく、女子が、「あの先生と組まなきゃいけないの、やだな」とかいっているのを聞くたびに罪悪感を感じた。

 JW的論理でいえば、「他人と違うことを恐れるのは信仰が足りない」ということになるのかな?
 こういうのは。

 まぁ。確かに信仰はなかったな。
 (すでにこのころ、彼氏がいたし・・・)
 
 当時のあたしにあったのは、いろんな意味でのまわりへの恐れだけだったような気がする。

peppejp at 20:59|PermalinkComments(2)TrackBack(0)JW歴 

2006年10月11日

高専でのJW的生活

しばらく更新をさぼってました。すみません。

他の高専と同様、あたしが通っていた高専にもJWが多かった。
同じ県下とはいえ全く違う地域の会衆なのに、誰がJWなのかという情報はどこからともなく入ってきた。

入学したての頃は、クラスメートのJW2と一学年上のJW2(たしかクラスメートのJW2と同じ会衆だったのだと思う)の計6-7名で、日々の聖句の討議を食堂の2Fで朝行ったりしていた。

高専に入るまで、あたしには、会衆の中ですら仲の良いJW2がいなかった。
だから、そんな風にJW2で集まったりするのが何となくうれしかった。

でも、ほどなくしてJWから気持ちが離れてしまい、逆にJWという枠で縛られているのがだんだんと面倒くさくなった。

それに、JW2だからといって、人間的に友達になりたいか?というと、全くそんな訳じゃなかった。
むしろ、普通の人間よりも性格の悪い人もいたし.


ちなみに、あたしが日々の聖句の討議に参加した記憶は数回しかない。
イヤになって参加するのをやめたのか、企画自体が立ち消えになったのか、今となってはそれすら覚えていない。

高専のJW2については、また別の機会に書きたいと思う。


peppejp at 20:53|PermalinkComments(4)TrackBack(0)JW歴 

2006年09月22日

腐っても親?(続き)

前の記事で来た、姉のメールへのあたしの返事(の要約)

"将来の事を考えると転職はもう少し考えた方がいいのではないですか?
うちの親は、お姉ちゃんの頼りすぎのように思います。
昔からあの人たちはそういう考え方だよね?
そういう人間に、自分の将来を捨ててまで尽くす必要があるの?"



それに対する、姉からの返事(の要約)


"勤め先の病院に、夜勤なしにしてもらうよう依頼を出してみました。
でも、なかなか難しそう。

自分たちの生活を考えると、お母さんに施設に入ってもらうのが一番楽です。
でも、最終的に施設に入れざるを得なくなるとしても、その前に自分としてはできる限りのことをしてあげたいのです。

うちは貧乏だけど、その中で両親はできる限りのことをしてくれたと思います。
私がこれまで何とかやってこれたのも両親のおかげです。
実家にいることで楽をできてきた面もあるし、私は弱く不器用な人間だけどなんとかやってこれたのは両親の支えあってだと思います。
両親も、元気だったら私に頼るつもりなんてないと思うし。

仕事はすぐに転職することはないと思うし、看護婦という資格があるのであまり困ることはないと思っています。
自分の生活は自分で支えるつもりなので、安心してください。

母親の介護を通して、患者さんの苦しみや悲しさを実感することができ、看護婦の仕事にとってプラスになっていると感じています。
もし母親のことがなければ、患者さんを物のように扱う看護婦になっていたように思います。

まいちゃんの意見も心にとめて今後どうするか考えます。"


同じ兄弟でも、ここまで考えかたが違うとその差は埋められないように思い。
姉にとっては、「腐っても親」なんでしょう。たぶん。


peppejp at 08:00|PermalinkComments(3)TrackBack(0)