はじめてのひとごろし

 結論。
 俺はナベリウスと契約をした。
 内容は簡単なもの。
 『1、ナベリウスは俺をこの世界の創造主にする。
2、1ができたらナベリウスは邪神となる。
3、2の時点での俺がナベリウスよりも力を持っていること。
4、この契約の期限は今日から一年間。
5、期限が守られなかったらこの契約は破棄される。』
 3は俺が頼んだ条件だ。
 それを聞いたナベリウスは、
 「なぜです? 創造主となるだけでは足りませんか?」
 「ほら、お前って悪魔なんだろ? この契約関係が終わった時に俺、お前に何されるかわかんねーじゃん。お前を信用してないってわけじゃないけどさ」
 ましてすべてが終わった時にはお前は邪神だ。
 「そうですね。疑うのは悪いことではないですよ、片町」
 「まあ、この条件はお前にそれができればの話だけど」
 「この条件をのみましょう。ただこれを実行するのは私ではなく別の方になるのですが、それでもよろしければ」
 「別の方?」
 「はい。邪神の方です。私から見れば、先輩ですね」
 「こういう契約にほかの邪神とかが関わってもいいものなの?」
 「邪神……腐っても神ですから、別次元から干渉なんてお茶の子さいさいです。邪道ですけどまあ大丈夫でしょう」
 ナベリウスは結構ひどいこと、わけのわからないことを言う。
 「その邪神の方、今度紹介しますから」
 3の条件はナベリウスでなく他の邪神によって成立するということになった。
 というかこんな契約に意味なんてあるのか?
 目の前にいるこの悪魔もその邪神の奴も本当は信用なんてできないのだろう。
 信用してはいけないのだろう。
 「では、契約を。目を閉じて下さい、片町」
 ん? 言われるがままに閉じたが、何をするんだ?
 「なあナベリウス、契約ってーー」
 ちゅっ。
 キスされた。
 その時のことはよく覚えていない。
 ただ柔らかい感触だけはわかった。
 「ああすみませんはじめてでした? 契約完了です」
 契約とは、悪魔からのキスだった。 

 「聞きたいんですか? 人殺しの話を」
 「うん。聞かせてくれよ」
 「ご主人ーー失礼、片町。片町、目を見せていただけませんか?」
 「うん? うん」
 俺はナベリウスと目を合わせた。
 じっと見つめられ、目をそらしそうになったが我慢した。
 えらいぞ俺。
 俺は人の目を見るのも、自分の目を見られるのも、苦手なんだ。
 ナベリウスは同じ背たけ。黒髪、金色の目。
 そしてなんといっても、頭にかぶったあざやかなだいだい色のなべが特徴的だ。
 「ナベリウスの目、きれいだな。金のきらきらで、きれいな……夕焼けの色みたいだ」
 俺がそう言うと、ナベリウスは苦笑いしながらも、少し照れたようで。
 「片町はまるで詩人のようですね。これはーーこの目は。私自身としてはあまり好んではいないのですけれど……片町がほめてくださるのなら、嫌いにはなれませんね」
 「嫌いなの?」
 「嫌い、と主張するほどではないですけれど。私は、これじゃなくて、赤を求めているんです」
 「赤色の目?」
 「そう。赤の目」
 赤ーー真っ先にイメージされたのは血の赤。俺の考え方がネガティブなだけかもしれないが。
 ナベリウスはこうも続ける。
 「悪魔を超えた存在、邪神と呼ばれる神。堕ちた神の赤」
 ナベリウスは、悪魔。
 赤を求めているってさっきこいつは言った……ナベリウスは、邪神になりたいのだろうか?
 悪魔が邪神になるための方法……?
 そんなのがあるのか? あるんだろうなあ……。
 でも。
 何かを叶えるなら、対価が必要。
 「片町」
 力強い声が聞こえ、思考の海から呼び起される。
 ナベリウスは強い。
 お前は強い、ナベリウス。
 「はっ、はい!」
 真剣な声で呼ばれたので、思わず「はい」と答えてしまった。
 これじゃあ、こんなんじゃあ、まるで立場が逆だ。
 「片町。私の力をあなたに捧げます。私のすべてをあなたに捧げます。この新世界をあなたの望むがままに」
 再構築された世界。この悪魔が新たに創った世界。
 神は七日間……いや六日間(?)で天地を創造したというが、じゃあ一日たらずで
この世界を創ったこいつはもう神じゃねえか?
 創られたのは、まだこの学校とその周辺だけだっけ?
 「あなたがこの世界の真の創造主となった時、私は邪神となる。」
 あ……。
 「赤の目を手に入れる」
 俺を新世界の創造主にするとは言っていたが、そうか……。
 こいつの目的は、真のねらいは自分が邪神になること。
 いや、邪神になって赤い目を手に入れること……?
 んん? さっきから赤い目と言っているが、それは目そのものなのか、それとも邪神のものすごいパワーとかそういう抽象的なことなのか?
 「あなたがその気になれば、私以上の力を持つことだってできる……」
 力。神のような力。
 いやそんなもの……そんなものは……俺が本当に欲しいのは……。
 俺が欲しいものは……。
 ナベリウスの金の瞳がらんらんと輝き、それはまるで暗闇のようだった。
 あんなに輝いているのに。
 それはまるで吸い込まれそうな暗闇のようだった。
 あんなに輝いているというのに。
 まだ求めるというのか。
 輝いている……それをこいつは、『いらない』、なんて風に思っている。
 妬ましい。 
 

 人の多いところは苦手だ。
 開校式のために体育館に集められた生徒たちの、波を渦をできるだけ避けるように、俺は逃げだそうとしていた。
 どこへ。ひとりになれるところ。
 今しがた、教師やらお偉いさん方の話が終わり、子供達はせきを切ったように一斉にしゃべりはじめた。
 やっぱり、苦手だ。
 学校という空間は嫌いではない。中にいる人の大群が駄目なんだ。俺は。
 他の奴らがどう思っているかなんて知らないが。
 俺は人が怖い。
 だから、人がいないところを目指す。
 早足で。
 人々が完全に見えなくなったところで、足をとめ、壁に背中を預ける。
 息が荒い。体力がない。
 四年か五年ほど、引きこもっていたからだ。
 昨日まで。
 俺は引きこもりだった。
 「かったまっちくーーん!」
 遠くから聞こえてきた声に思考を遮断され、少しいらいらした。
 人の顔も目も見たくないから、見ない。
 だから、俺は声で誰かを判断する。
 あれは、俺を引きこもりから世界の創造主にしてしまった、悪魔の声だ。
 あいつは、人を一人殺して悪魔になったらしい。
 そんなことでなれるものなのか、とも思うが。
 「片町くーーん!」
 うわああ、そんな大きい声をだすなよ。
 俺は声を出すのは苦手なのだが、答えなければならない。
 両手でメガホンを作って、せーのっ。
 「ナベリウス! こっち来いよ!」
 ああ気持ち悪い俺の声。
 「え? 聞こえなーーい! 片町くんがこっちに来てよ!」
 俺はがっくりした。俺の声が聞こえない?
 まあ、仕方のないことだろう、俺は昨日まで引きこもりだったのだから。
 でも落ち込む。
 「こっちに来て! 何をするにしても体が資本なんですから! ほら、ぐだぐだせずに! 体力作りだと思って!」
 俺は小走りでナベリウスのもとへ行った。
 歩いてもよかったのだが、俺の歩く姿は不格好だと、自分で思う。
 人から見ると、変なのではないかと思う。
 下を向いて歩くので、たぶん猫背だ。
 俺は歩き方がわからない。
 ナベリウスの立っていた場所は渡り廊下のちょうど真ん中ぐらいで、走っている途中から、日の光がまぶしかった。
 さっき俺がいたところは、影のあるうす暗い場所。
 暗いところとか夜は、落ち着く。
 俺とこいつは違うモノなんだなあと、思わされたような気がしてならなかった。
 こいつは悪魔。
 ビビッドオレンジのかたそうな鍋を頭にかぶった、少女。
 ポトフ・ナベリウス・ペールギュント。
 「片町くん」
 「敬語はどうした敬語は」
 「あなたと同学年って設定なの。敬語使ってたら、おかしいでしょ。今、私は一学園二年B組のポトフ・ナベリウス・ペールギュント!」
 一と書いて、ニノマエと読む。ニノマエ学園。
 一という文字を使ったのは俺がこの世界で、一番最初に作ったものだからだ。
 正確に言うと、ナベリウスの力で創ったもの。
 ナベリウスが創造ったもの。
 この世界の何もかもが。
 「あのなあ。お前がどんな口調でしゃべろうがお前の勝手だけど、俺は一応お前の主ってやつなんだろ? うーーん、なんか……」
 「変なところで礼儀を重んじるんだね、片町くんは。私のことはお前って言うくせに」
 棘のある言い方をするナベリウス。
 怒ってんのかなあ、これ。でもなんだか俺をもてあそんで楽しんでいるようにも見える顔をしてやがる。
 「そ、それは悪魔の名前を、ナベリウスっていうお前の名前をむやみに呼んだら駄目かなと思ってだな……」
 「なんだ、そんなこと気にしてたの? ナベリウスでいいんだよ。ポトフでもいいし」
 正直、ナベリウスという名前はかっこいいと俺は思う。
 とても。すごく。かっこいい。
 名前負けしていないだけの気迫をこいつは持っている。
 俺と違って。
 「それに初めて会ったとき、お前は俺に敬語だったじゃん」
 「ご主人様がそうおっしゃるのなら、こういった言葉遣いにさせていただきます」
 そう言い、にやりと笑ったところをみると、やはりこいつはやはり俺をからかっていたのだろう。
 冗談でも、それが少し悲しかった。
 こんな些細なことで気が滅入る自分が情けない。
 さっきのは怒ったふり。本当に怒っているよりは、はるかにいいじゃないか。
 心の中で、そう自分に言い聞かせているうちに。
 「ごめんなさい。ごめんなさい、ご主人様」
 ナベリウスが俺の心中を察したのか、頭をさげて謝ってきた。
 悪いのは俺なのに。
 つらい顔をナベリウスにさせたくない。
 「謝らなくていいよ。あのさ、これからは、ナベリウスのこと、ナベリウスって呼ぶから。お前って呼ぶときもあるけど」
 「はい。あの、本当に、申し訳ございません」
 「もうそれはいいから!」
 あ、怒鳴ってしまった。
 怒鳴ってしまった、と思ったときには遅かった。
 渡り廊下に響くほど大きな声になってしまった。
 声のボリューム調節の苦手な自分を恨むしかない。
 ナベリウスも俺みたいにうつむいちゃったし。
 うわあ、気まずい沈黙。
 十秒二十秒、いや三十秒ほど凍りついた空気の後、ナベリウスが顔を上げ、口を開く。
 「あの、ご主人様のことは何とお呼びすればいいですか?」
 あれ?
 意外と今のことを気にしていない。
 というか、まるでなかったことのようにしている?
 いいやもう、俺も今のことは忘れよう。
 きっとこれはナベリウスの優しさだ。心の中で感謝しよう。
 「うーーん、同学年なら……片町って呼べよ」
 小学生の頃、クラスの連中からそう呼ばれていたし。
 「呼び捨てでよろしいんですか?」
 「うん。でも敬語はそのままで……喋り方はそのままでいてくれると嬉しいな」
 きれいな言葉を遣っている、ナベリウスが好きなんだ。
 「承知しました。それから、ご主人様のクラスはA組、私はB組ということにしてありますが、よろしいでしょうか?」
 「うん」
 ナベリウスと同じクラスというのは、まるで監視されているみたいなので嫌だから、と事前に言っておいたのだ。
 「あ、そうだ。ナベリウス。お前に聞きたいことがあったんだけど」
 「はい。何でしょうか?」
 「お前がはじめて、人殺しをしたときの、話」
 

 

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