ペレストロイカの骨の軋みはうるさくとも骨格の正しさを尊重したい

ベトナムに留学してました。ベトナムの珍スポットや博物館、風俗習慣、少数民族、古本屋政談、カルト宗教、ベトナム人予言者などマイナーなことばっかり書いています。万国のマイナー趣味者よ、団結せよ!

こんにちはペレストロイカです。前の土鍋の記事に引き続き、キエンザン省の記事です。

キエンザン省でも僕が去年の11月頃にいったフーコック島の外国人観光客はまあ行かないだろうなという伝説的な場所の紹介です。

ひとつめがザーロン帝の井戸

ザーロン帝というのはベトナムの阮朝の初代皇帝の名前です。ドイツ語で精液を意味するザーメンに聞こえなくもないですが、ザーロンです。

ちょっと前に書いたベトナム武術史(全7回)にもあるように、中部ビンディン省でタイソン王朝が興ったときにザーロン帝(とのちに名乗る人)は南の方に追いやられて逃げて逃げて最終的には妻子と軍隊を連れてフーコック島までやってきたのです。

ただ場所がMũi Ông Độiという微妙なところだったので水もなく魚もなくで困っていたところザーロン帝は「天よ、もし俺を王にしてくれるのなら、飲み水と食料を我々に与えてくれ」と言いました。

そうすると水が音を立てて湧き出てきて、海辺から突然魚が現れました。

このときの魚によって救われたのでCá Cơm(直訳:ごはん魚)と呼ばれています。

で、そのとき湧き出た水がある井戸には今も水があり、住民は聖なる井戸と呼んでいるのです。

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お腹壊しそうやけど...
ちなみに水位が下がっているときにしか飲むことが出来ません。大阪にある水無瀬神社の水はゴクゴク飲めるんですけど..

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あとベトナム的な派手な色のザーロン帝を祀るほこらがあります。東南アジア諸国の明るい彩色がめっちゃ好きなんですけど、水色が入っている国って他にもあるのかな?いつ見ても好きです。

行くとしたらフーコック島からボートで移動することになるのですが後述のグエン・チュン・チュックのほこらやフーコックの刑務所跡(別名ココナッツプリズン。ハノイのホアロー収容所の説明によると”地獄の中の地獄”

島の南のアントイ方面にあります。ボートターミナルもあります。めっちゃヌクマム臭がしますが笑

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ザーロン帝の足跡と伝えられている石があります。絶対ウソやん!!
なんや19世紀の当時はコンクリート固める工事の真っ最中やったんかい!!小藪千豊の顔面かもしれへんやん、新婚旅行ベトナムに行ってはったし!

岩系の伝説で言えばニャチャンの水浴び覗き巨人伝説のホンチョン岬なんかが有名です。


次の伝説的人物はグエン・チュン・チュック(Nguyễn Trung Trực)

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グエン・チュン・チュックは19世紀末にベトナム南部で抗仏運動を行ったなかでもリーダー格の人間です。

抵抗運動の記録がしっかりと残っていて1868年の6月16日にキエンザン省で5人のフランス人士官と67人の兵士を殺しました。そのあとティエンザン省・ミトーからフランス軍が鎮圧軍を送ったため、グエン・チュン・チュックはフーコック島に逃げたのです。

最終的には捉えられてフランス軍によって刑に処されてしまうのですが、そのときの遺品がフーコックの真珠資料館に展示されているそうですが...


そんなんあった??


真珠資料館も去年いったのですが、真珠でできたイス以外めちゃくちゃしょぼい資料館でした。タクシーの運転手も名前言っても分かってなかったですし、どっちかというと周辺ホテルに泊まった人向けのお土産屋さんっぽい感じでした。真実はいかに...
 
【参考】


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こんにちは、ペレストロイカです。

原付買ったのと、方々に借りてたお金返してたら金欠になってしまいまして、毎日鶏胸肉食べてます。もうお腹空きました。

今日紹介するのはキエンザン省ホンダット郡(huyện Hòn Đất, tỉnh Kiên Giang)にある土鍋作りで有名な村です。


ここらへん。ラックジャーから国道80号線沿いに30キロ程走れば着く距離です。

キエンザン省は、カーマウ省と並んでベトナムで一番西側にある省で省都のラックジャー(TP. Rạch Giá)や洞窟のあるハーティエン、リゾート地のフーコック島、法律が幾度となく変わって外国人の旅行が難しすぎる秘境?のナムユー島、そして島、島、島….とタイランド湾の島で有名な場所です。



メコンデルタの中でも東海(ベトナムの東側の海のこと。南シナ海。)ではなくタイランド湾に面しているのもあって、聞いた事ない魚のサラダ(các loại gỏi cá)が特産料理です。特にハーティエンのソイというおこわにドリアンが入ってたり、ブンケン(bún kèn)という名前さえ聞いた事ない麺や、バインカインといううどんみたいな料理に一般にカニを入れたりシーフード感ハンパないです。

さてさて

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こんな感じで土鍋を作りまくる村。もともとは生活用品を特産品として作っていたんですね。フライパンとか。

そのもっと前はオケオ文化が栄えた扶南という古代国家の栄えた街としても有名です。ホーチミン市の歴史博物館には珍しいことにオケオ文化の展示があったのですがなんも覚えていません笑 考古学にピンとくるアンテナ持ってないんですよね。

最終的に焼く工程では、そのチームの中で一番経験を積んだ人がやると決まっているのです。正直言って誰でもできるような簡単な作業ですが、なぜかそうなのだそうです。かつてはそれ専門の人もいたとか笑

めっちゃアホの権力者の息子がいて、「実は経験を多く積んでるこのアホが火をつける役をするから!!」と親がかばったりしたのでしょうか….

土鍋村はlàng nghề nắn nồiって言えば通じます! 

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こんにちは、ペレストロイカです。

まだ下宿先にインターネットが通ってないので昨日近所のマクドにいったらWi-Fiが使えませんでした。なんでやねん、と店員さんに聞くと「ずっと調子悪いんですよー!」と。いや直せよ!

今度からはコメダ珈琲かスタバに行きます。

さて今回紹介する産業村はメコンデルタで西の都(Tây Đô)とも言われてるカントー市のトムロム村です。

トムロム村の主たる産業は網です!漁業網!!


シーズン中に行けば町中が網で埋め尽くされてる訳です。
詳しい場所はカントー市トットノット区トムロム村でトムロム市場周辺になります。(làng Thơm Rơm, quận Thốt Nốt, thành phố Cần Thơ)国道91号線沿いにあるのでバイクで行こうと思ったら行けます。まあ行く人はいないと思いますが笑



実は網を作るのに特別な技術を求められる訳ではありません。賃金も高くはないので、アルバイトする学生もちらほらいるとか。

シーズンは陰暦の3月から11月。


この村の大きな特徴と言えば住民のほとんどがフエ出身なのです。もっといえばフエのフーヴァン県(huyện Phú Vàng)出身の人が何十年も住み続けているのです。産業自体が定着してから30年以上たってるので実際はもっと??

フエは中部ベトナムでもより北の方に位置する都市で、一方カントー市といえば南の中心地ホーチミン市から西に進んだ場所にあります。要するにめちゃくちゃ遠いところから出稼ぎで住み着いたのです。

だから今でもトムロム弁という非母語話者に取って聞き取りにくい、いやネイティブのベトナム人でさえも聞き取りにくいフエ方言とメコンデルタ方言が入り交じった方言が話されているのです!!まあ学習者に取っては大興奮の地域なんですが笑

もしかしたらカントー市で本場のフエ料理が食べられるのかも…という期待もアリ。

【補足情報】
網を作るときに一番重要な工程である鉛を取り除く作業。むかしは歯で噛んでちぎってたので従業員が鉛中毒になりまくったのでいまは歯でちぎってないそうです。そらそうだ。




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