モラルハザードはだれ?
知人が1組の夫婦と6人の男で乱交パーティーをした日、いの一番に言われたのが「歯を磨いてこないなんて、お前は頭がおかしいのか?」だったらしい。乱交しましょうと掲示板に書く夫婦が他人に向けるべき言葉ではないことしか分からない。
たしかに性行為前に歯を磨くのは紳士のたしなみだ。しかし、知人も全裸の男女に囲まれて全裸で怒られるとは思いもしなかったはずだ。それに乱交に興じる8人とは別に、いかにもな刺青をデカデカと入れた金剛力士像みたいな全裸の男が風呂場で仁王立ちしていたという。
吽形像の男は乱交に参加せず、ただ乱交を見ながら一心不乱に一人でしごいたらしい。ひたむきにシゴいているのはマヌケな姿だが、刺青がいかついので、ホテルの部屋には独特の緊張感が張りつめていたと聞いた。(どっかの部族のイニシエーションではない)
私がこれを聞いて感動した。なによりも乱交、つまり、一般的な社会通念から外れた行為であるからといって、その場や人もヌルヌルのベトベトの酒池肉林に支配されている訳ではないという摂理が新鮮だったからだ。
強いていうならば、無菌室。見知らぬ男たちが歯を磨き、秘部を舐め合い、9本もの男根が1つの穴に集中し、着々とコンドームにハードミルクを補填する。そこに一種の”清潔ではないけど清潔”という矛盾する状況が頭に浮かんでしまう。
強いていうならば、無菌室。見知らぬ男たちが歯を磨き、秘部を舐め合い、9本もの男根が1つの穴に集中し、着々とコンドームにハードミルクを補填する。そこに一種の”清潔ではないけど清潔”という矛盾する状況が頭に浮かんでしまう。
アンチ・風俗深イイ話
ここで一旦、去年行ったドーソンについての誤解を解かねばならない。
ドーソンとはベトナムのビーチリゾート、もとい本番アリの置き屋街だ。首都ハノイから車であれば4時間程度で行ける。値段はどの店もほとんど一律で1500円ほど。最後の楽園と言われるゆえんだ。ローソンで買い物するのと変わらない。首都でしっかりした店に行けば1万円はいくだろう。
たとえばソープランドの建前は自由恋愛である。しかしドーソンに自由恋愛はない。あるのは棒と穴だけ。キスはない。会話もほぼない。あった会話は「お前サムスンの社員か?」「違うで」「ほなええわ」だけだった。
穴ぼこに棒を突っ込んで射精したら解散。ただそれだけ。射精後のエアポケットタイムをやり過ごすにはベトナムの喧騒はうるさすぎた。
穴ぼこに棒を突っ込んで射精したら解散。ただそれだけ。射精後のエアポケットタイムをやり過ごすにはベトナムの喧騒はうるさすぎた。
無音無声で腰を振って射精するのは本当に悔しい。
そもそも、ここには意味不明な転倒と倒錯がある。金を払ってるのだから、気持ちよくなるサービスを享受するのが道理のはず。しかし日本を支配する性の豪傑伝説は金を払ってどれだけ相手をイかせたかを自慢する風潮が強く、なんとそれを行動指針にしてしまっている自分もいる。ガラパゴスはシモの話題も及ぶのだ。
当然ながら悔しい理由はそれだけではない。村上龍的に言えば、単純に”金払ってでしかおまんこできない”と自分で認めるのが悔しい。
ただし、文●科●省が主導で集めた企業協賛金が基になった奨学金を使って、射精という排泄に金を使ってしまっていることについては何の後ろめたさも感じなかった。
ただし、文●科●省が主導で集めた企業協賛金が基になった奨学金を使って、射精という排泄に金を使ってしまっていることについては何の後ろめたさも感じなかった。
もちろんドーソンだからこその良い点もある。ドーソンには「1500円の排泄」を「幸福な射精」などと誤認する男がいない。
安い置き屋のメリットは凡百の風俗深イイ話から決別できることに尽きる。人情もなく、潔癖に近い。本当に風俗で人生を変えたい人は雄琴のプルプルプレミアムに行くと相場は決まっている。
安い置き屋のメリットは凡百の風俗深イイ話から決別できることに尽きる。人情もなく、潔癖に近い。本当に風俗で人生を変えたい人は雄琴のプルプルプレミアムに行くと相場は決まっている。
もはやこの街でマトモな、というか人情味・人間味のある人間は手マンのジェスチャーをしただけで腹を抱えてゲラゲラ笑うポン引きくらいだ。並んだ娼婦を一方的に指差しで選ぶのは、いささか吉原遊郭っぽさもあるが、ドーソンで大炎上が起こったっとしても、火の手が迫り来るのも構わずに互いに貪り合う男女はいないだろう。ドーソンは五社英雄の世界観を夢見させることもしないロマンのない街だ。
(ドーソンのビーチになぜか裸婦胸像があった)
その日のうちに2軒目の置き屋へとハシゴした。この時点ではまだドーソンに懐疑的だった。さっきの店が悪かったのか、自分の振る舞いが悪かったのか。明らかにしたい。
次の店で相手をした娼婦は粥見井尻遺跡から出土された土偶草創期の女性像に似ていた。丸みを帯びているのに固くて、でかくて、凹凸が少なかった。胸囲は少なくとも着ぐるみのミニオンくらいあった。
ミニオンは私にサムスンの社員かどうかだけ聞き、股を広げて無言でベッドに寝ている。
棚畑遺跡の土偶ならまだしも、草創期の土偶は女性性があまりにも抽象的で、私はおさな勃起(造語です)すらままならなかった。ミニオンは勃起の対象になり得ない。
いやー、疲れてるんだ今日は2度目さ、なんてベトナム語で喋っても向こうはどこ吹く風。出身がソンラ省だとは教えてくれたが会話は続かず。ふにゃけてしまった棒は挿入した気にならない。腰を振り続けていると、土偶が電話を始めた。なんと相手は土偶の彼氏らしい。映画を観に行く話をしている。アンともウンとも言わないどころか、おれは認識されていないも同然だ。腹が立ってしまい、わずかな間、一生懸命に腰を振った。椎名林檎っぽくいえば、能動的大ピストン。Come back to life and be high. 太ってるのにブヒブヒとも啼かない。ミニオンは、えー?仕事終わったら行くやんか!ぽしゃけ飲みたい(拙訳)とか言ってる。癪である。ナンマンダナンマンダとボソボソ唱えてみる。安宿のベッドは硬くて、ぎしぎしきぃきぃとうるさい。臥薪嘗胆という言葉を思い出すためだけの装置として捉えてもいいくらい硬い。念仏攻撃が利かないので"Mẹ ơi! Mẹ ơi!(母さん!母さん!)"と叫んでみた。いやちゃうちゃう、なんか変なやつおるねん笑(拙訳)と電話し続けるミニオン。全く気持ちよくないからこっちだって、あっ...と漏らす声もない。ギシアンならぬギシキィ。こけおどしで腰振りの小休止がてらミニオンの脇毛を唇で挟んでちぎってやると鋭い目つきで睨まれる。背中がぶるっと震えて、日本にいる恋人のことを頭に浮かべてそそくさと射精した。I'm your redord. I keep spinning round. But now my groove is running down. Don't look back bother get it on...Up, up and away!
また金を払ってスペルマを排泄しただけ。彼氏との電話を邪魔するなと怒られたが、脇毛をちぎったのは怒られなかった。
(余談だが、村上龍の『テニスボーイの憂鬱』ではちぎった脇毛を口に含ませてジャラジャラした舌で乳首舐めるシーンがあった。もしかしたら脇毛ちぎりはセックス猫だましではポピュラーな部類かもしれない)
(余談だが、村上龍の『テニスボーイの憂鬱』ではちぎった脇毛を口に含ませてジャラジャラした舌で乳首舐めるシーンがあった。もしかしたら脇毛ちぎりはセックス猫だましではポピュラーな部類かもしれない)
私は彼女を娼婦失格などと言うつもりは毛頭もない。あくまでこれはドーソンの基準に則ったプロフェッショナル、だと考えている。
となれば、組織的な行為になるにつれて乱交”パーティー”はますますシステマティックにならざるを得ない。自然発生した3Pならまだしも、10人も関われば致し方ない。
友人の場合はそれを歯を磨くことで甘んじて受け入れた。乱交ならではの快楽に身を委ねられたが、思っていた愉楽とは違っていたように。
同様に私がドーソンで二人の娼婦としていたのがセックスと言えるのかどうか、かなり怪しい。恋人とのセックスとは当然違うし、いわゆる風俗店でのそれとも異なる。たとえるならば、学校教育を受けずにずっと同じ椅子工場の同じラインで働いている子供に「君は何を作っているの?」と聞いたときに、「僕は右からきたあれを左に流すものを作っています!」と答えられたような。「椅子じゃなくて?」「はい!僕は左から来たあれを右に流すものを作っています!」「セックスじゃなくて?」「はい!僕は男性器を女性器に入れるだけの行為をしてました!」...工場にいるようだ。おれは赤ちゃん工場で働いていたのだろうか...?灼熱のベトナムで飲むビールと空心菜のニンニク炒めは犯罪的にうまいのはこういう理由あってこそなのか。体に染み込んできやがる・・・
待ってほしい。1500円という手頃な代価を支払って働いている...ここはキッザニアか?まるで大人のキッザニアじゃないか。避妊はしているので赤ちゃん工場の1日体験といったところか。キッザニアでtoC以外の仕事が体験できるのは大人だけだ。たった1回の儚エッチなど単発労働に過ぎない。
キッザニアと言えど給料が園内通貨という形で発生する。が、これも旅行者と縄のれんで一杯やるときに束の間、会話に花を咲かせられるくらいでちょうど1500円くらいの価値しかない。1500円あったらミルボンのサロン専売シャンプーでも買って、髪の毛にコシとハリを与えた方がいい。3000円あったらアリミノメンのハードミルクも買うといい。ここ数年のメンズ整髪料最高傑作の一つだと思う。メンズスタイリング剤の容器として最も男性器近い。ノズル式で先端からピュルピュルと出るのもまた一興。
(壁)
しかし、そうは割り切っても、違和感が消えた訳ではない。部屋を出て、連れの後輩を待っている間にハノイビールを飲みながら呆然と壁を眺めていた。壁は天の川か男性器のどちらかに見えるロールシャッハテストのようだ。深層心理でもおれはちんこなのか。社会人になって分かるが、あれは労働した後の疲れとほとんど同質だった。エッチだってしたのにふざけんな!(指原莉乃)
大人のキッザニア
冒頭の知人の話に戻る。乱交パーティーの良さとはなんだろうか。個人がどう興奮するかに着目すれば背徳感があるからだろうが、俯瞰してみると乱交は経済的なのだ。効率を考えると妥当な考えだと思う。となれば、組織的な行為になるにつれて乱交”パーティー”はますますシステマティックにならざるを得ない。自然発生した3Pならまだしも、10人も関われば致し方ない。
友人の場合はそれを歯を磨くことで甘んじて受け入れた。乱交ならではの快楽に身を委ねられたが、思っていた愉楽とは違っていたように。
同様に私がドーソンで二人の娼婦としていたのがセックスと言えるのかどうか、かなり怪しい。恋人とのセックスとは当然違うし、いわゆる風俗店でのそれとも異なる。たとえるならば、学校教育を受けずにずっと同じ椅子工場の同じラインで働いている子供に「君は何を作っているの?」と聞いたときに、「僕は右からきたあれを左に流すものを作っています!」と答えられたような。「椅子じゃなくて?」「はい!僕は左から来たあれを右に流すものを作っています!」「セックスじゃなくて?」「はい!僕は男性器を女性器に入れるだけの行為をしてました!」...工場にいるようだ。おれは赤ちゃん工場で働いていたのだろうか...?灼熱のベトナムで飲むビールと空心菜のニンニク炒めは犯罪的にうまいのはこういう理由あってこそなのか。体に染み込んできやがる・・・
待ってほしい。1500円という手頃な代価を支払って働いている...ここはキッザニアか?まるで大人のキッザニアじゃないか。避妊はしているので赤ちゃん工場の1日体験といったところか。キッザニアでtoC以外の仕事が体験できるのは大人だけだ。たった1回の儚エッチなど単発労働に過ぎない。
キッザニアと言えど給料が園内通貨という形で発生する。が、これも旅行者と縄のれんで一杯やるときに束の間、会話に花を咲かせられるくらいでちょうど1500円くらいの価値しかない。1500円あったらミルボンのサロン専売シャンプーでも買って、髪の毛にコシとハリを与えた方がいい。3000円あったらアリミノメンのハードミルクも買うといい。ここ数年のメンズ整髪料最高傑作の一つだと思う。メンズスタイリング剤の容器として最も男性器近い。ノズル式で先端からピュルピュルと出るのもまた一興。