ムザイ

  迎 賓 館 ・ 横 田 裁 判 = 無 実 の 被 告 を 支 援 



 

ムザイ193号

無 罪! 193号

 本誌193号の目次
 ★獄中からの手紙
  (5月6日発信 山本志都弁護士宛手紙より)              須賀武敏
 ★真の反戦は「民衆」が「権力」を
         打ち倒すときにしか実現しない              
十亀弘史
 ★「上訴審による自由心証主義のコントロール」(5)           板垣 宏
 ★『地球が燃えている』を読んで考える(中)
         (ナオミ・クライン著 大月書店)  福嶋昌男

 ★韓国・朝鮮人虐殺の慰霊碑のことなど                  松岡 薫
 改悪入管法は、人が人に対して行うことではない             加茂征三郎
 6・13 東京拘置所包囲デモへ                      小泉義秀

星野文昭さん獄死2年全国集会
5月30日( 日) 午後1時開会
 星陵会館( 千代田区永田町2−16−2)
 集会後デモ

6・13 東京拘置所包囲デモ
6月13日(日)13時 小菅万葉公園
(東京拘置所西隣、葛飾区小菅1-35-35)
東武伊勢崎線(スカイツリーライン)
各駅停車小菅駅下車 徒歩3分
 東京拘置所正門横
   ★印は本ブログ掲載です。

  激 励 の 手 紙 を
 須賀武敏さん
  〒233-8501  横浜市港南区港南 4‐2‐2
 十亀弘史さん
 板垣宏さん
 福嶋昌男さん

  〒105-0004  港区新橋2−8−16石田ビル4F   完全無罪をかちとる会気付

 獄中からの手紙

4月10日発信 山本志都弁護士宛 抜粋

大腸ポリープは本当に悪性ではないのか、

  血便はなぜ生じるのか、はっきりさせたい! 

          横浜刑務所在監 須賀武敏

 山本先生
 コロナ禍の超多忙の中での北川弁護士との面会決定、本当にありがとうございます。そこで、4・8大腸内視鏡検査にかかわる医療問題で、まだ報告していない重要な問題がいくつかあります。

(1) 4・13の巡回医療日の医務職員の発言
 私が東拘で8回、娑婆で7回の検査経験に踏まえて、8日の検査の問題性を質したのに対して、「8日の検査方法(腸の動きを抑えるため私を昏睡状態にさせた検査方法)は、横浜刑務所でこれまで実施したもので、東拘や娑婆での検査方法とは違っても適切な検査である」と言明する。この発言は医務当局の公式的立場、意向に沿った見解であると思われます。
 この点を決定的に重視するようにしてください。この時、彼は「大腸内視鏡検査を実際に行った医師の診察は医師の都合で早くても、1カ月先になる」と発言。

(2) 4・20、巡回医療日の医務職員の発言
 「近々、血液検査をあらためて行い、また内視鏡検査についての説明を実施する。ただし、医師は検査医ではない。下肢のむくみ症状の件について、須賀さんはこれまでの検査で心不全と腎臓には異常がないので、それは血流がよくないことで生じている可能性があると思います。下肢静脈瘤の手術をしているのでその可能性が強い。今度の血液検査でその点もある程度はっきりすると思います。」 (3) 4・20、医務当局は検査医の診察についての書面による申請を初めて「認めない」
 との決定を伝えてきた。これまではすべて認めてきた。医師はその書面を見て診察での問診を行ってきた。やはり当局は、検査医に書面を見せたくない意向があるようです。この点も重視して下さい。

 次に、4・26内視鏡検査にかかわる診察
 40代の女性医師で、準常駐医的存在の医師と思われる。内視鏡検査と全く関係ない医師で、医務当局より事前に私の現在の症状・病歴などについて、レクチャーを受けていたと思われる。
 最初に、体重測定、66・8kg、血圧151/76
医師(最初に胸に聴診器を当てて、心音を診る。)異常は見られません。尿採取をお願いします。(トイレに行って尿を40婪亮茵
医師 (採尿容器に直接検査ペーパーを浸す。ペーパーの色の変色を示し、尿から「糖とタンパク質」は検出していないことを説明。)須賀氏は、最近、むくみと息切れの症状が顕著になっているとのことなので、今回の血液検査に狄管堊喚畩評の有無がわかる検査を加えることにしました。その検査結果を見ればはっきりすると思います。下肢のむくみ症状はどうですか。
須賀 最近むくみ症状が昂進する傾向が見られます。(左側の下肢のむくみ症状を示す。既に足の甲の部分がふっくらとしている。)
医師 (下肢を手で触り)須賀氏の下肢の筋力は通常より細く、弱いですね。血液は下肢の筋力の動きによって心臓に戻るのですが、それが弱くなるとむくみ症状になります。運動不足と筋力の弱さが影響しているかも知れませんね。むくみ以外に気になることがありますか。
須賀 検査後に、深夜に胸痛と動悸が生じるようになりました。薬を服用すれば一応治まりますが気になりますね。
医師 それは、脱水症状とも関係しているかもしれません。寝ている間は水分補給しないので、高齢者の場合、脱水症状になる傾向があります。日中に胸痛や動悸の症状がみられない場合、その点を注意する必要があります。その点も含めて今回の血液検査結果を見ればはっきりすると思います。薬を服用すれば治まるなら深夜の胸痛と動悸は心配するほどの症状でないので、大丈夫です。
須賀 検査後も血便が続いているので、内視鏡検査結果で、その点がはっきりしたのか、検査医の診察を要求します。
医師 その点は心配いりません。(前回の3枚の写真に加え、全体で12枚の大腸内の写真を示す。)この写真画像を見る限り、出血を生じる悪性の症状は見られません。ただ、直腸部に小さなポリープが見られますが、このポリープの症状を見る限り、全く問題ないですね。
須賀 (この医師は内科医で、内視鏡検査を実際に行った医師ではないので、その所見を額面通り信用するわけにはいかないので、質問は限定的とする)検査後に血便が継続しているのは、何が原因で生じているのでしょうか。
医師 大腸内の写真を見ると、その一部に青く見える部分がありますね。これが原因というのではないのですが、便との関係で、大腸内の粘膜の一部が擦り切れた場合、高齢者の場合、血管がもろくなって、静脈からの出血が生じることがあります。
須賀 これまで、15回検査を実施していますが、検査後に血便が生じたのは今回が初めてです。それに大腸内の写真を見る限り、直腸部が一番狭く、その粘膜も多数のみぞやしわがあり、それにポリープが存在しています。便との関係でいうと、ここの粘膜がポリープへの圧迫や摩擦などで出血して血便が生じることもあるのではないですか。その点も含めて、検査医に今回の検査結果についての診察が必要です。
医師 ポリープには問題がないので、血便の原因は大腸内での何らかの原因で粘膜の一部がすり切れたりして生じているのだと思います。それ自体は問題がないと思います。
 以上で診察は終了。
 その後、看護師より、血液を3本採血される。
 この間、何度も改善を指摘してきたが、今回も採血の容器には、私を特定する記載は何一つなかった。どうやら、これが医務当局の方針であることがはっきりした。この血液検査も、私の現状の症状と大きく乖離していた場合、全く信用できないと思っています。
 血便が生じる原因や、内視鏡検査で発見されたポリープは全く悪性ではないと100%いえるのか、ガン研の専門医で検証するようぜひともお願いします。
 では、今日はこれで。                      5月3日 記



             真の反戦は「民衆」が「権力」を

     打ち倒すときにしか実現しない

 
                    十亀 弘史
                                              そがめ    ひろふみ

 書店がどんどん無くなっています。出獄してからいちばん驚いたのは新宿駅南口の紀伊国屋書店が消えていたことです。出獄して1週間も経っていないときでしたから、新宿周辺の自分の土地勘が戻っていないのかと思い、つい、20分ほど探し回ってしまいました。後で、無くなったよ、と友人から聞かされたときは、ショックを受けました。
 私の住んでいる平井の街からも本屋さんが消えています。入獄前には、平井駅南口から延びる商店街に2軒の書店が開いていました。そのうち1軒の大きい方の書店(どこかのチエーン店だったのですが、名前を忘れました)が、下獄少し前の16年の春に店を閉じました。それで、しばらく、小さい方の書店を覗いたりしていました。その1軒は、いつも、高齢のしかし毅然とした感じの女性が座って店番をしている、かなりクラシックな雰囲気の店でした。
 ある日、もうすぐ獄に入るという6月になっていましたが、その店に入ってゆくと、いつもの婦人が傍らに息子と思われる青年を座らせて、接客の仕方やレジの操作を教えていました。青年はあんまりやる気がなさそうでしたが、高齢の女性は静かな、けれども力のこもった声で、わりとびしびしと青年をコーチしています。それが、一昔か二昔前のテレビドラマに出てきた光景のようで、文庫本を探すふりをしながら、しばらく見入ってしまいました。そしてそのときは、ああ、この青年が店を継ぐんだなと思って、がんばれよ、と言いたいような気持ちになりました。
 ところが、出獄してきたらその小さな書店も見事に消えていました。これで、平井から本屋がなくなったと寂しい思いになっていたら、なんと、駅の北口のすぐ傍に「平井の本棚」という看板を見つけました。看板は、駅のホームからもくっきりと見えて、「Books & Events space」などと添え書きされています。早速、訪ねてみました。新書店ではなく、神田に並んでいるような古書店でした。広い店ではありませんが、落ち着いた品揃えです。棚にはところどころに新刊本も混じって置かれています。何より「平井の本棚」という店名が、わが平井を大事にするんだ、という気概を感じさせて悪くありません。店の若い女性に声をかけてみました。すると「愛媛の出身です」とのこと、ますます気に入りました。
 ただ、その「本棚」もこのところずっとシャッターを閉ざしています。「緊急事態宣言」のせいだとは思いますが、全般的な書店の窮状を考えると、やや不安です。気になって近くに行くたびに確かめています。本は買うより図書館で借りる、という方針に切り替えつつあるのですが、しかし、頑張って欲しい。
 ついでにいいますと、葛飾区が図書館の「会計年度任用職員」(図書館業務全般・4週間で15日出勤・21年7月〜22年3月の勤務で再任用もあり・月給163,890円)を募集していましたので、応募してみました。書類審査をパスすれば月末に面接試験です。喜寿に加えて一般的な職歴がありませんので、採用の可能性はほぼゼロと思いますが、働ければはりきって労働するつもりです。
 書店でうれしく感じたこともなくはありません。1週間前に八重洲ブックセンターに行った時です。ここも、池袋のジュンク堂のように、レジが1階だけとなっていました(書店労働者を減らす合理化の結果と思います)。各階で本を選んだら、それを1階まで持っていって清算しなければなりません。まあそれはそれとして、4階の哲学書の一角に、「マルクス関連書」と表示された、書籍コーナーが置かれていたのです。おおっ、と思いました。書店でマルクスコーナーを目にしたのは半世紀程前以来のことと思います。いまはっきりと思い出せませんが、棚は1・8m×7段くらい。さすがに全集は置かれていませんが、マルクス、エンゲルス、レーニン関連書、トロツキーの著作、その他、現代の評論書などが並べられています。本の中身は玉石混交と思いますが、とにかく今、マルクスへの関心が一気に広がっているのを実感しました。背後には、新自由主義への不安や激しい怒りがあるはず。まさに、階級的労働運動が大きく甦る時代なのです。
 ところで、今朝の朝日新聞に正しい言葉が出ていました。戦場の凄惨を尋常でない迫力をもって描いた映画「野火」の塚本晋也監督の次の言葉です。「戦争って、国と国の戦いというよりは、その戦争をつかさどっている権力対民衆という構図だと思います」。そのとおりでしょう。だからこそ、真の反戦は、「民衆」が「権力」を打ち倒すときにしか実現しないのです。       (5月8日)

 自らの巨大さを耐え貨物船七日目にしてやっと離礁す
              十亀弘史(5月2日(日) 付朝日新聞「朝日歌壇」掲載)



 
上訴審による自由心証主義のコントロール(5)
最  終  回

 『刑事訴訟法における片面的構成―事実認定と上訴をめぐって―』(平田元著 熊本大学
 法学会叢書15 成文堂)「第一章 刑事訴訟における片面的構成 第一節 上訴審によ
 る自由心証主義のコントロール」についての学習ノート
           板垣  宏


 これまで、四回にわたって掲載してきた、平田先生の著作の学習ノートの最後に、その「第一章 第三節 控訴審における破棄・自判・有罪の問題、第四節 検察官の上訴は、なぜ許されるのか」にふれてこのシリーズを終わることとします。
 同書には、すでに十亀さんが本誌151号(2017年11月号)で紹介しているように、「第四章」の 「第三節 ある一審無罪・控訴審破棄差戻し事件の考察」として、迎賓館・横田裁判の控訴審判決に対する全面的な批判が載せられています。ぜひ、こちらの論文もお読みください。

1 第三節 控訴審における破棄・自判・有罪の問題
 (1) 控訴審における基本的視座  「第一審に口頭主義・直接主義を採用した刑事公判手続きのもとで、事実認定に関して『生き生きとした口頭主義・直接主義は、二度目に繰り返すことは、死んだものとなってしまう』といわれる。これは、控訴審での事実審理の繰り返しが単に不適当なだけではなく、不可能なことも示している。さらにこの言葉は、控訴審における第一審にまさる審理の繰り返しが単に不可能であるのみならず、差戻し後の審理も困難であること、この問題が控訴審での審理を論じるうえで基礎におかれねばならない。…この命題から導かれる帰結は、たとえ控訴審での審理が認められるとしても、口頭主義・直接主義は取らない審理で、破棄の場合、その裁判は原則として自判で終結することになろう。これがもっとも上記命題と整合性を持つ」(106〜107ページ)

 (2) 控訴審と第一審の審理の相違
 では、控訴審で認められる審理とはどのようなものか。「それは、第一審で有罪の理由となった事実認定に『合理的な疑いを超える証明』としてのいわゆる『客観的蓋然性』があるか否かの判断である」「主として書面を中心に行われる控訴審での審査は固有な意味での事実認定(心証形成)ではない。法が予定している事実認定とは、判断者の面前で行われる生き生きとした口頭主義・直接主義のもとにおける有罪方向での心証形成を意味し、これ以外にはない。この固有な意味での事実認定は口頭主義・直接主義を採用する第一審でのみ可能であり、しかも繰り返すことは決してできない」「これに対し、控訴審で行われる第一審認定事実の審査は、口頭主義・直接主義とはかかわりのない、書面に基づく、もっぱら客観的蓋然性についてのそれである。すなわち、第一審での事実認定、心証形成のための判断の資料は、たんに証拠能力のある証拠のみではなく、その証拠に関する取り調べの態度、被告人・証人の供述態度といった、口頭弁論の中で、すなわち、証拠調べ全体の中で初めてよりよく評価できる」(107ページ)

2 第四節 検察官の上訴なぜ許されるのか
 このような、「第一審と控訴審との判断資料、それに関係する評価方法の相違」は、「口頭主義・直接主義を採用した第一審において、供述態度なども考慮して最終的に有罪の確信を得ることができなかったにも関わらず、控訴審で主として書面から、これを覆すことは、よりよい事実認定のため第一審に口頭主義・直接主義を採用した趣旨に反する」(108ページ)したがって、「控訴は第一審での有罪判決にのみ可能で、(証明なし)無罪判決にはできない」(108ページ)との帰結をもたらす。
 検察官の上訴をめぐっては、主として「二重の危険論」をめぐって、激しい論議が起こりましたが、最高裁は1950年9月27日の大法廷判決(刑集四巻九号1805ページ)において「その危険とは、同一の事件においては、訴訟手続きの開始から終末に至るまでの一つの継続的状態と見るを相当とする」として、検察官上訴を合憲としました。
 しかし、これについて、平田先生は、第1に、裁判の長期化を招き、被告人側に2回以上の負担・危険を実際に課す。また、第一審に比重をおく公判中心主義にも反する。第二に、第一審で争いのあった微妙な事実認定について、この確信の存否を主として不十分な書面により審査することは、誤った事実認定(有罪認定)、「無辜の処罰」の危険増加を導く、ことなどから、「検察官上訴は憲法・刑訴法上のさまざまな原理・原則、そこから導かれる事実認定の性格に照らし,極めて疑わしい制度といえる」(120ページ)と述べられています。
 では、検察官上訴はなぜ許されているか。「犯人必罰、すなわちどんな手段を用いても犯人を見つけ出し処罰しよう、との実体的真実発見の手段」として上訴が考えられているからである(120ページ)が、それは「いたずらに負担を被る被告人の犠牲の上に成り立って」おり、「検察官上訴の禁止によってはじめてデユー・プロセスを貫徹し、上訴制度を無辜の不処罰、被告人救済の制度として構成する道が拓けよう」(121ページ)と批判されています。



 『地球が燃えている』
―気候崩壊から人類を救う グリーンニューディールの提言―(中)
(ナオミ・クライン著 大月書店 2020 年11 月刊) を読んで考える
                   福嶋 昌男


世界の平均気温グラフ01


  第2章から
 クラインは保守系のシンクタンク「ハートランド研究所」主催の気候変動国際会議に出席しました( 2011年11月)。
 「ハートランド研究所」は、気候変動否定の研究所でシカゴにあります。「自由市場による解決の促進」を標榜しています。同研究所は「気候変動」、「地球の温暖化」に反対する人々のオンライン記事、You Tube 等に妨害コメントを発しています。
 クラインは、会場での発言者は自由市場、企業にそったもので、「温暖化はない」論で、あっても「地球工学」で解決できる、という発言ばかりであることを批判します。
 クラインは、気候変動否定論者を批判し、具体的な施策を提起します。
 ・森林を守る
 ・再生可能のエネルギーを再生する
 ・公共交通システムの設計
 クラインは、ここでも、地域コミュニティの集まりその全体性を説き、
 ・再生可能エネルギー
 ・エコロジカルな農業
 ・責任ある交通システム
を提言します。その具体策は、
1 公共圏の再生 : 解決のためには集団的な行動、自然の限界を知り尊重、化石燃料から脱却し、共同のインフラへ
2 プランニングの仕方を思い出す : 「クリーブランド〔オハイオ州〕の労働者が運営するグリーン協同組合がモデルになりうる」
3 企業の手綱を引く : 炭素量に上限、石炭火力発電所の新設の禁止
4 生産を地域に戻す : 貨物船、ジェット機、大型トラックの量
 「この30年間ずっと続けていたトレンドを逆転すること」
5 買い物カルトの終了
6 金持ちに課税する
 クラインは、以上の具体策は「マルクスは資本主義の『修復不能な裂け目』について、『生命そのものの自然法則』を用いて論じており」に当たる、としていると思います。

第3章 地球工学―観測気球を上げる
・海へ大量の鉄粉末を投入し、藻類を繁殖させて、光合成を起こさせCO2を減らす
・火山に模して、大気圏上空に硫黄酸化物のエアゾルを散布し、太陽光を遮る
・雲を白色化して、太陽光を反射する
 「地球工学」とは、資本主義が引き起こした「地球の温暖化」―環境破壊に対して、自然循環を変えよう、とするものです。

第4章 「政治革命が頼みの綱」と科学が言うとき
 気候学者ハンセン、氷河学者ボックスらは「『地球と人間のシステム』が危険なまでになっている」また、英国の気候学者アンダーソンとボーズらの「科学に基づく排出量の達成」を引用して、地球の平均気温を今後30年間で「2℃」以内にしなければならない、と発しています。「政治的および経済的な覇権に対し、革命的な変化をおこすことだ」と。クラインは、「残された時間はあと10年」と。

第5章 気候の時間軸vs永遠の現在
 現在の私たちの生活・文化は、長い間・過去から続いてきています。ところが、本書は、資本主義は急速に地球を変えてきていること、巨大台風、大気汚染、海の汚染等を引き起こしている、と警鐘から具体策へ、です。
 トナカイが子を産んだとき、気候変動で辺りに「えさ」がない、鳥が孵化したとき、「えさ」の時期とずれてしまっているなどが起こっています。
 このような気候変動への意識は、1980年代からの新自由主義によって後景化されてきましたが、現在は、関心が高まっている、と言います。CO2の増大に対しては「減らすだけではダメで」、むしろ私たちは自らの消費を減らすことであると。企業に買わされてはならないのです。
 クラインは、私たちは氷床の後退、海面上昇、気温の上昇等「自然界で起こっている変化が通り過ぎていくのに気づかない」、地球でのここかしこの変化・事態は「どこか遠い場所でのこと」ではないのです。
【福島原発の爆発―放射性物質の私たちへの被曝、自然の汚染は、BP社の石油掘削大事故の海・生態系の汚染とつながっています】

第6章 自分だけで世界を救おうとしなくてもいい
 本章は、アメリカの「アトランティック大学」卒業式に招かれての講演(2015年6月)です。  気候変動、富の一部への集中があり、人種差別等が起こっています。クラインはこのような事態へのたたかいは「私たちの全体的な飛躍で、全体を見て!」 と言っています。「力とは、自分ひとりの行為の結果でなく、大規模に組織され、狙いを定めた運動の一部として、大勢の人が参加することで生まれるのです」、「最終的には、労働組合を組織する権利」です。また、気候変動には「この途方もない挑戦には、私たちが一緒になって、大規模で組織化された、グローバルな運動の一環としてこそ挑むことができるのです」と言います。
 「アトランティック大学」は、アメリカ化石燃料企業への投資から最初に撤退した大学、とのことです。
 国は、トリチウム汚染水を海に放出しようとしています。断固反対! どんなに薄めても、トリチウムの廃棄です。海は「無限」でなく、地球の海です。
 世界の資本主義諸国は、熱帯林の破壊で、ウイルスを拡散し、自らの限界を明らかにしています。労働者の共同の闘いによってしか、解決できません。
169-03
首相官邸前の抗議行動にたちあがる(4.13)


韓国・朝鮮人虐殺の慰霊碑のことなど

          松岡  薫

193追悼碑
  韓国・朝鮮人追悼碑(東京・墨田区)
関東大震災朝鮮人虐殺の慰霊碑のこと
 4月に十亀さんと待ち合わせ、荒川にかかる四ツ木橋たもとにある朝鮮人の慰霊碑を訪れました。東京だけでなく全国の規模でおびただしい数の朝鮮人が日本人によって虐殺されました。慰霊碑は中学の先生、西崎雅夫さんが自費で土地を買い取り石碑を建てたのでした。そばには「ほうせんか」の家があります。毎土曜日午後に有志の方がこられます。慰霊碑の周りの掃除や来訪者への説明などされているようです。慰霊碑裏にある署名は「関東大震災時に虐殺された朝鮮人の遺骨を発掘し追悼する会 グループほうせんか」です。
社団法人「ほうせんか」のHPより
 2009年9月、「関東大震災時 韓国・朝鮮人殉難者追悼之碑」が、多くの方々のご協力で完成しました。この碑は、1923(大正12)年関東大震災の時、東京の下町一帯で殺害された韓国・朝鮮人を追悼するため建てられました。
 追悼碑は東京都墨田区八広6−31−8の、荒川堤防下に建っています。この場所は、日本の民衆だけでなく出動してきた軍隊が機関銃で韓国・朝鮮人を殺害した場所の一つ、かつて「四ツ木橋」という木橋が架かっていたたもとの近くです。後略
 過去何度か発掘調査をされましたが、遺骨などの手がかりはつかめなかったようです。墨田区は朝鮮人慰霊に関わる事業には何も関わりを持とうとしていません。
 きたる2023年は関東大震災100年目です。目下の情勢は緊急事態宣言下、人より自分の安心を求めて他人を排除し、迫害に走る。民衆の間にある差別感情と緊張感と他への攻撃の高まりは昨今日々の報道で痛感します。現在四ツ木の荒川河川敷では護岸工事や堤防工事が進んでしまい、過去を想像することは困難ですが、現地を訪れることは大切だと思えます。


193柳美里さんのお店
    ブックカフェ「フルハウス」
作家 柳美里さんの書店・カフェ訪問
 2020年暮れに作家柳美里(ユ ウミリ)さんの著作「JR上野公園口」が全米図書賞(翻訳部門)を受賞しました。ニュースで大きく取り上げられました。
 昭和8年(1933)福島県南相馬で生まれた主人公は1946東京オリンピックの前年に出稼ぎで上京。昭和22年(1947)南相馬の原ノ町駅で巡幸の昭和天皇を奉迎したことが影となってつきまとう。上野公園のホームレスとなったが美術館、博物館や日本学士院などに天皇、皇族がくるときはその前から「山狩り」で公園から排除されることがくりかえされる。「帰る場所を失くしてしまったすべての人たち」(柳美里)のために書かれた小説です。
 柳美里さんは2011年東北大震災のあと南相馬市のFM放送で600人の地元の震災被害者の方と対談、自分の住まいを鎌倉から南相馬の常磐線小高駅ちかくに移して書店を開業。ブックカフェ「フルハウス」店長、作家として活躍されています。
 店では食事のできるテーブルで本棚にある本を手に取って過ごすこともできます。柳さんのサイン本、交流ある作家の本、柳さんがえらんだ本などが置いてあり1〜2時間に一本しかこない電車の時刻まで読んで買っていくのです。
 常磐線いわき駅〜仙台までの約150キロ、特急で2時間。その間にある駅周辺には本屋さんがないのです。電車通学する高校生の過ごす場所としても大切な所です。
 「JR上野公園口」の解説は文芸評論家ではなく原武史(政治思想史)さんです。代表作に「皇后考」という大作があります。昭和天皇の行幸、上野公園での「山狩り」など内容からして文芸評論家や作家では解説をひきうけるのをためらったのではと想像します。日本ではなく全米図書賞というアメリカでの高い評価がされるというのは大変象徴的なことのように思えます。最近の受賞歴は「今まで軽視されてきた女性やLGBTなど、マイノリティーの作家による作品が評価されるようになっている」と指摘する人もいます。
 今年の3月郡山での反原発集会に参加し翌12日には3人で福島駅から飯舘村、小高の「フルハウス」、を訪問し、浪江の牛飼い吉沢さんの牧場に行ってきました。線量計が昨年同じところで計測したよりも強く反応したことは十亀さんが書いたとおり。2月の地震の影響ありそうです。

現地を訪れる大切さ
 2016年と2017年の3月には戦後最大の謀略による冤罪事件、松川事件の現場を見に行きました。国労福島支部、東芝労組の幹部など20人が逮捕・起訴され、一審では全員が死刑を含む有罪判決を受けたが、事件から14年後、全員の無罪が確定。福島大学伊部正之先生(2016年訪問)は膨大な資料を丹念に収集、研究されておられます。列車転覆の現場は3度ほど行きました。すぐそばの田んぼは事件当時と変わっていません。


改悪入管法は、人が人に対して

行うことではない!


                阿佐ヶ谷市民講座 加茂 征三郎
0424-demo
在日ミャンマー民衆と互いに3本指を立ててエールの交歓 (4月24 日、霞が関 裁判所前交差点付近)

 霞門(日比谷公園)結集の闘争は、公園内集会に対する不当弾圧があります。集会場を借りて集会をしなさいと、嫌がらせをするのです。よって少し早めに公園に結集しました。その時には数人しかいなかった参加者が定刻近くになると見たことのない人も加わり、かなりの人数になりました。
 権力は、あれは誰だろうと、慌てた様子であちこち歩き回ります。
 そんな中、日本に来て10年以上になる、外国籍の方が、権力の動向を気にしながら、祖国で虐殺された人の写真を指差し「これは人間です。判別できますか。」人の腰回りが傷つけられ、元の姿が判明出来かねる写真でした。内戦状況下の国の様子を訴える姿を見て、胸が痛くなりました。言葉が出ませんでした。
 定刻、勢いよく出発したデモ隊が法務省正面に差し掛かると、道路反対側に三本の指を立て、我々にアピールしている集団が目に入りました。ニュースでよく見る姿でした。
 そして裁判所の前に差し掛かった時、突然我々のデモ隊の横の歩道に三本の指を高く掲げ、脇にプラカードを掲げた数人の人達が現れました。そして、我々デモ隊に向かって、「ありがとうございます。ありがとございます」とお辞儀をするのです。
 こみ上げるものを抑えることはできません。「お体を大事にしてください。頑張ります。頑張ります」と誓うだけです。
 2013年、安倍は総理としてミャンマーを公式訪問して、テイン・セイン大統領と会談して、経済協力と言う名のもと、日本企業の誘致を促進した。紐付きのインフラ工事。経済特区という名の好待遇、ASEANの中では賃金が安い。これは真に経済援助という名の収奪そのものです。
 ミャンマーの人民が軍隊に日々虐殺されている時、日本にいるミャンマーの人があらゆる処で、国軍に強いパイプを持つ日本政府に弾圧をやめるようデモをして訴えている時、丸山市郎駐ミャンマー大使は、国軍が外相として任命したワナ・マウン・ルウィン氏と会談した。
 ミャンマーの人達は皆「日本はミャンマー人の声を聞かずに、軍を認めるのですか」と怒っています。ミャンマー人が虐殺されている時に、経済が大事、金儲けが大事の政策をとる日帝を打倒しなければいけない。

改悪入管法は、人が人に対して行うことではない
 今年3月、名古屋の収容所でスリランカの女性が体調不良を訴えても医療が受けられず亡くなってしまいました。「避けられたはずの死」です。
 牛久収容所のインドの男性が将来に不安を抱き、心を病み自死してしまいました。何故死を 選択しなくてはならなかったのですか。
 長崎の大村収容所のナイジェリアの男性は長期の不当拘束に抗議して、ハンガーストライキをして、悔しい思いをして、餓死させられてしまいました。
 身の危険を感じ、日本に逃れてきた人を、保護し在留資格を与えるのではなく「不当滞在」扱いして祖国に強制送還するなぞ人間のすることではありません。
 罪を犯していない善良な外国の方を、長期不当収容し続ける。そして3回「送還忌避」する人には刑事罰を科し強制送還するというのは、国際法違反です。 ミャンマーで虐殺されている人達の事を想い、不当に長期収容されている人の事を想いデモ行進する我々の隊列に私自身感動し、解放感を感じた一日でした。
国際連帯でガンバロー!



6・13東京拘置所包囲デモへ!


         大坂正明さん救援会事務局長 小泉 義秀

50年前の闘争と、今日の沖縄の闘争は全く同質のもの
 1971年11月14日の「渋谷闘争」は沖縄返還協定の批准を阻止するための今日の沖縄の現実を予見するかのような闘いでした。
 大坂正明さんは昨年の「大坂正明さんを取り戻そう8・29大坂さん救援会結成集会」に「星野さんの確定判決を打ち破り今日の沖縄の闘いに応える裁判を闘う」「私たちが闘った50年前の闘争と、今日の沖縄の闘争は全く同質のものです。本土政府と米軍による差別・抑圧政策の下、沖縄に基 地を集中し、県民に平和への願いと生活を踏みにじる圧政に対する闘いは、50年前も今日も全く変わることはありません」というメッセージを発しています。
 大坂正明さんの命と健康を守れ! 東京拘置所は大坂さんの鼻の治療を行え! 無実の大坂さんの即時釈放を! 6・13東京拘置所包囲デモ 2021年6月13日(日曜日)午後1時 小管万葉公園に結集を!

46年間のでっちあげ指名手配攻撃と闘いぬく
 大坂正明さんは1949年9月29日、北海道生まれ。1968年3月に帯広柏葉高校を卒業して、千葉工業大学に入学しました。1971年11月14日、戦争に反対し、基地のない平和な未来を望む沖縄県民の思いに応え、星野文昭さんや奥深山幸男さんらと共に沖縄返還協定批准阻止の渋谷デモに参加し、闘いぬきました。この時、デモ隊と警官隊が衝突し、警察官1名が死亡しました。国家権力は激しい弾圧を行い、1972年2月21日、大坂さんは星野さんらと一緒に「殺人罪」でデッチ上げ指名手配されました。
 2017年5月18日に公務執行妨害で逮捕され、6月7日に「殺人罪」で再逮捕されるまで、実に46年もの間指名手配攻撃と闘いぬいてきました。2017年6月28日に「殺人罪」で起訴され、逮捕から4年、現在東京拘置所に収監され、いまだに接見禁止が継続しています。接見禁止というのは弁護人以外の誰とも面会も手紙のやり取りもできない拷問以外の何ものでもありません。本や差し入れ屋を介した食べ物は入ります。しかし家族・親族との手紙も禁止です。私たちが年賀状を書いても直接大坂さんには届きません。歯ブラシの1本も接見禁止解除の申立てを裁判所に行い、解除決定が出てからでないと入らないのです。
 大坂さんは持病の鼻炎に加え、鼻ポリープが大きくなり、鼻がつまっています。鼻ポリープの手術や治療は簡単なものですが、東京拘置所は「できない」と言っています。大坂さんは鼻の手術願いを提出し、大坂救援会も東京拘置所に申し入れ行動を行い、2021年3月23日までに「大坂正明さんの鼻のポリープ切除手術等、適切な治療を求める要望書」を計2044筆提出してきましたが東京拘置所は治療を行うことを拒否しています。

公判の不誠実な不行使と違法な起訴
 船山泰範(やすのり)先生は1946年生まれの日大法学部・法科大学院元教授であり、弁護士でもある刑法の専門家です。8・29の大坂さん救援会結成集会で「事件の公訴時効は完成している。大坂さんの起訴自体が違法だ」という趣旨の「記念講演」を行ってくれました。『判例時報』(2021年3月11・21日合併号)「特別寄稿」に掲載された「公判の不誠実な不行使と違法な起訴」はその内容を全面展開した画期的な論文です。大坂救援会は4月27日に3回目となる大坂さんの「免訴・時効問題」の学習会を行い、この論文の核心をつかむ努力をしてきました。というのは8・28の講演を聞いて、船山先生と山本志都弁護士を講師にした学習会を2回行いましたが、私自身がまだ未消化で自分の言葉で縦横無尽に「大坂さんの公訴時効は完成している。起訴自体が違法だ」と言い切れるまでになっていませんでした。しかしながら3回目の学習会はそのことを自分の言葉で言える段階に入ったかな? と思える確信をつかむ事ができました。6・13の集会とデモは船山論文を物質化し大坂さんの免訴を勝ち取り、奪還する重要な転換点となる闘いですし、そうしなければならないと思います。
tokomousiire
板垣さん( 手前中央)も参加して東拘申し入れ行動
(2021.5.11 葛飾区・小菅 東京拘置所面会所入り口 筆者、後列右から3人目)

ムザイ192号

無 罪! 192号

 本誌192号の目次
 ★獄中からの手紙
  (4月10日発信 山本志都弁護士宛手紙より)             須賀武敏
 ★散歩に出たときに…                          十亀弘史
 ★「上訴審による自由心証主義のコントロール」(4)           板垣 宏
 ★『地球が燃えている』を読んで考える(ナオミ・クライン著 大月書店)  福嶋昌男
 ★横浜刑務所は須賀さんを釈放せよ 感染症対策、受刑者の健康を守れ    吉川健明
  汚染水海洋放出決定強行にさらに怒りの声を上げよう           長沢 宏
 ★「獄死2年・国家犯罪追及!星野全国集会」に向けて           星野暁子
星野文昭さん獄死2年 全国集会
5月30日( 日) 午後1時開会
 星陵会館( 千代田区永田町2−16−2)
 集会後デモ
   ★印は本ブログ掲載です。

  激 励 の 手 紙 を
 須賀武敏さん
  〒233-8501  横浜市港南区港南 4‐2‐2
 十亀弘史さん
 板垣宏さん
 福嶋昌男さん

  〒105-0004  港区新橋2−8−16石田ビル4F   完全無罪をかちとる会気付

 獄中からの手紙

4月10日発信 山本志都弁護士宛 抜粋

本人の了解もなく、

麻酔で大腸内視鏡検査強行!

          横浜刑務所在監 須賀武敏

 大腸内視鏡検査が終了しました。先生に獄中医療の実情がどのようなものか、リアルに認識してもらうために、4月6日〜9日までの病院日誌を報告します。
 4月6日、午前中、上記の検査を担当する医師の診察(60歳代の温厚な、どこかの大学病院から来た専門医との印象、信頼の持てる医師)。
 医師から「明日午前中に検査を行います。検査をスムーズに行うためにも、今夜2リットルの下剤ドリンクを無理せず飲料して、腸内の洗浄をお願いします。吐き気などの症状が出たら中止してかまいません。その場合、浣腸で腸内の洗浄を行うことにします。」との指示があり、これで診察終了。  その後、病舎に転房。昼食と夕食は栄養ドリンク500ccのみ。昼食にそのドリンクを飲み、午後1〜3時までの安静時にベッドに横になる。半時経過すると吐き気。飲んだドリンクをスムーズに大腸に送り出すためには安静はだめで、室内を歩き回り、リラックスしないとだめなことがはっきりする。
 そこで、夕食時のドリンクの飲料は中止する。午後7時〜9時まで2時間かけて下剤ドリンクを無事に飲料するまで奮闘する。1・5リットル飲料した段階で、気分が悪くなり、吐き気の症状になり、中止する。しかし、排便は検査ができる水準の水溶性便になる。
 4月7日(水)、午前9時に検査室に行く。そこで、上着以外の下着をすべて脱いでベッドの端に腰掛ける。看護師が来たが通常は初めにビニール製の手術着を着衣させるが何もしない。看護師の指示で、体重測定、64・6kg、血圧141/89、体温36・2度、体調のほうはまあまあ良好だった。
 次に検査医の助手と思われる看護師が、「検査前に腸の動きを抑えるための注射をします」という。これまで15回前後、検査を行っていますが、そうした指示は、検査医が来て説明するが、検査医は姿を現していないので、不思議に思う。
 看護師は右側の腕の血管に大きな注射器で注射する。そして私をベッドに仰向けに寝かせ、手足や肩の力を抜くよう指示しながら、一気に全量注射する。そうすると、2、3分もしないうち意識が遠のき、眠りに落ちる。昏睡状態になる。この注射は、完全な麻酔薬注射だ。
 F先生に、本人の同意なしに看護師が腸の動きを抑える注射だと言って麻酔薬注射を打つことができるのか、確かめてください。私のこれまでの経験では、大学教授の専門医や癌研の医師も含めて、検査のために麻酔薬注射すると、患者の意識がなくなり、検査の器具が腸壁などを傷つけた場合、痛みを感じてストップさせる合図ができなくなり、医療事故の原因になるので、絶対にそうした施術はしてはいけないと警告しています。今回の看護師の行為は許されることなのか確かめるようにしてください。
 私は意識を失ったままだったので、実際のところ、だれが、どのように、大腸内視鏡検査を行ったのか、まったくわからない状態です。私が目を覚ました段階では、横浜刑務所の看護師か、職員しか、検査室にいなかったので、まったく皆目見当がつきません。それからすぐ、医務職員の指示で、病室に戻されました。
 昼食に天ぷらそばを食べて、薬を服用して寝る。目を覚ますと、紙おむつに真っ青で紫色の溶液がべっとりと付着し、全体が変色する。当直看守に言って、紙おむつを交換する。その後、医務職員が来て、真っ青な溶液は検査時に使った薬剤液であると説明。
 しかし、私のこれまでの検査経験から言って真っ青で紫色の溶液は、ポリープの切除手術時に使用する消毒などの薬剤液なので、出血はなかったのか、と職員にただす。出血はなかったと答え、検査時に使用した溶液が出たものであると再度説明。検査前の医務職員の話では、今回の検査は血をサラサラにする薬の服用を中止する必要のない検査との説明であったが、実際の検査は、それと食い違う検査の可能性がある。明日の検査医の診察でその点を確かめることにする。
 8日(木)午前中の大腸内視鏡検査結果にかかわる診察。4月6日の段階での医務職員の話では、検査結果については検査を実施した医師が写真を示して具体的症状について説明する、と告知していた。ところが、8日診察の医師は検査に全くタッチしていない常駐医(内科医)であった。
 診察医師は、写真数枚を示して「今回の検査結果で、異常な所見はまったくありませんでした。」というので、実際に検査した医師の診察を要求するが、「検査医から説明を受けているので、私が説明します」と取り合わない。実際どのような検査が行われたのか検証するためにも、パソコンのデスクトップに画像を示して説明してくださいと要求しても「それはできない」と拒絶。
 脇から医務職員が「先生ができないと説明している。これ以上同じ質問するのは許さない。指示に違反するなら、調査の対象となる」と恫喝してくる。当然の要請がどうして調査の対象になるのか説明してくださいと食い下がったが、「先生や私の指示に従わないで、無理な強要を重ねてする行為が違反行為に該当するのだ。」というので、私はやむなく質問の内容を変える。
 2枚の写真の画像を見ると大きな腫瘍みたいなのが見えるので、これは何ですかと聞くと「ポリープです」との答え。検査医は悪性のものではないと判断して切除はしなかったという。ポリープの大きさ、どの部位にあったのかを聞いたが、「それは聞いていない、電話で確かめましょう」ということで、この日の診察は終了した。        4月10日 記

〈後日情報〉  4月11日付けの2通目の手紙によれば、当局が検査医に問い合わせたところ、ポリープは7ミリ、「インゴ」という溶液を使いポリープが悪性か否かを調べ、悪性と判断しなかったので、切除はしなかったとのことでした。
 医師の話では、「インジゴカルミン(青い液) という染色液でポリープを染色して、悪性か良性かを判断することが行われているようです。それにしても、本人の了解も得ないで、麻酔注射を打つなど、許しがたい!



              散歩に出たときに…
 
                    十亀 弘史

 散歩に出たときに、いまの私に獄中後遺症はあるのかなあ、などと考えてみました。結局ほとんどないと言えそうです。あえて挙げれば、「シーラー労働」で繰り返した腕の上げ下げによる肩の痛みはまだ消え残っています。しかし、疲れやすいとか睡眠が短くなったとかいうのは、まさに高齢化のせいと思われます。頻尿や難聴や目のかすみやちょっとしたことでも翌日に出る筋肉の痛みなども歳のせいとしか考えられません。首が震えるのは入獄以前からあった「本態性振戦」というやつで、ネットで調べたら、「病気というより体質だからしょうがない」とありました。下肢静脈瘤や脚のしびれとも、入獄前から付き合っています(こんなもの別にたいしたことではないはずと、かつてもいまも放置したままです)。
 逆に、4年半の獄中生活によって改善したと思えることが二つあります。一つは飲酒について。要するに飲みたいと思わなくなったのです。水戸刑に入る以前は、ほぼ毎日、夕方になると飲みたいなあ、と思い、そして、大体その欲望に逆らわないようにしていました。しかし今は、日が沈もうと、テレビでビールのコマーシャルを目にしようと、全く平気で、なんとも感じません。とはいえ、これが危ういところなのですが、何かの機会にいったん一杯でも飲み始めると、いつまででも飲んでしまいたくなります。とりわけ、気持ちのいい人たちが傍にいると、酒がものすごく美味くグラスが進みます。しかし、やっぱり、次の日以降、飲みたいっ、という気持ちはほとんどおこりません。もちろんカネもないし、飲んでる場合じゃねえよ、ではあるのです(ただ、入獄前もカネなどなかったはずなのに、それなりにアルコールに接し得ていたのはなぜなのか、不思議です)。それにしても、とにかく酒類から遠くなったのは、心身ともにかなり気持ちのいいことであり、この際、獄中暮らしによる改善事態というべきです。
 もう一つは、出獄してからの東京のこの冬に、少しも寒さを感じなかったことです。部屋の中でも外でも、座っていても歩いていても、寒いと感じたことがほとんどありません。眠るときも、つれあいが驚くほど掛け布団の数が少なく、薄くてすみます。これは、たしかに水戸刑の寒さに慣れさせられたからにちがいありません。ただ、この耐寒体質は、この冬一度だけのことで、来年まではもたないだろうと感じています。そして、夏の暑さに対してはどうなんだろう。半年もすれば、獄中で鍛えられた体質など雲散霧消するにちがいありません。
 ところで、映画です。独房にいたとき、出たら必ず見ようと思っていた作品がかなりの数に上ります。水戸刑には、私の映画への欲望を煽るかのように、3週間に1度くらい、映画のチラシ10枚ほどを差し入れてくれていた人がいます。映画に詳しい畏友です。そのチラシの映画が、さすがに筋金入りの左翼によって選ばれたものでしたので、どれもいますぐ見たいと思わせられ、タイトルをノートに記録しておきました。


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  ところで、映画です。独房にいたとき、出たら必ず見ようと思っていた作品がかなりの数に上ります。水戸刑には、私の映画への欲望を煽るかのように、3週間に1度くらい、映画のチラシ10枚ほどを差し入れてくれていた人がいます。映画に詳しい畏友です。そのチラシの映画が、さすがに筋金入りの左翼によって選ばれたものでしたので、どれもいますぐ見たいと思わせられ、タイトルをノートに記録しておきました。
 それもあって、出たらさっそく映画を見ようと構えていました。とりわけ映画館に行きたいという思いが強くありました。広いスクリーンと上映ブザーが鳴るときのそれなりの期待感と高揚感が恋しかったのです。しかし、これまでに映画館に行ったのは2度だけ。そして、GEOからDVDを借りてきたのが2度です。見たのは大体が韓国映画。「パラサイト」「殺人の追憶」「タクシー運転手」などです。前の2作はポン・ジュノの作品。
 映画は流れてゆく画面に漲る緊迫感あるいはリズムこそが命なのだ、とあらためて感じさせられました。サスペンスもアクションもラブロマンスも、あるいはコメディだろうと同じです。だらだらした画面に人が引き込まれるということはありません。小説でいえば文体の緊張感です。論文でも多分同じだと思います。スクリーンやページそのものが、〈心を引き締めてこの作品に真向かえ〉と強く促すような生きた力を発していなければなりません。そうでなければ、少し見たり読んだりしただけで、すぐに気持ちがいい加減になり、目を離したくなります。つまり、表現においては、何を主張するかだけではなく、どのように伝えるかも決定的に重要だということです。
  「パラサイト」について映画評論家のイ・ドンジンはポン・ジュノとの対談で、登場する「各自の人間性の問題」にではなく「階級というものにより高度に焦点を当てた映画だ」と指摘しています。それに対してポン・ジュノは、「今おっしゃったことこそが、この映画の核心的な意図でした」と応じています(『文藝別冊 ポン・ジュノ』)。とはいえ「パラサイト」に出てくる人たちの心情と言葉と行動は、けっして図式的ではありません。そして画面の展開は緊張感と躍動的なリズムと速度に溢れています。もちろん、登場人物の最後の突発的な暴力行使が階級闘争に利するなどとは少しも思えませんが、身震いしたくなるような圧してくる力を感じました。「殺人の追憶」は、1986年に実際に起こった連続殺人事件を題材にしています。ポン監督はそこでは、まさに刑事たちによる「犯人」のでっち上げの過程をリアルに描き出しています。そして、民主化を求めるデモを機動隊が凄惨に鎮圧する場面をところどころに挿入し、デモの弾圧と卑劣で残虐なでっち上げとが直接的につながっていることを指し示しています。チャン・フン監督の「タクシー運転手」は蜂起した光州を舞台にして迫力があります。そしてラストは、悲痛な自己犠牲の場面も含みますが、痛快で解放的なカーチェイスへと上りつめて行きます。
 それにしても、以上の3本の主演はいずれもソン・ガンホです。どんなタイプの人物を演じても、その人物がいま何をどう考え、どのような感情を身にたぎらせているのかが、光の速さでぞくりと伝わってくる、凄みのある名優です。
 で、もう少し映画をみたいなあと思っていたら、〈仕事〉が入ってきました。『序局』用の板垣さんと私の「対談」(6月刊行予定の次号に載ります。お楽しみに!)のテープ起こしです。古くて半分死んでいるパソコンで音を出し、それを私が喋り直して新しい簡易パソコンに音声で入力するというややこしい手間のかかる〈苦役〉です。相当の日にちがかかりそうですが、完了したら、その際は、缶ビール片手にケン・ローチ作品など見るのもいいなあと思っています。   (4月9日)

 制服が私服の人を打ちのめすニュースが続く痛みと怒り
              十亀弘史(4月4日(日) 付朝日新聞「朝日歌壇」掲載)



 
上訴審による自由心証主義のコントロール(4)

 『刑事訴訟法における片面的構成―事実認定と上訴をめぐって―』(平田元著 熊本大学
 法学会叢書15 成文堂)「第一章 刑事訴訟における片面的構成 第一節 上訴審によ
 る自由心証主義のコントロール」についての学習ノート(第4回)
           板垣  宏

1 自由心証主義と上訴
 前回見たように、ドイツでは(陪審裁判ではなく)自由心証主義の下で、「口頭主義・公開主義が採用された刑事訴訟手続き」によって職業裁判官による裁判が行われるようになりました。この時期に、上訴(控訴)は「口頭主義・公開主義が採用された刑事訴訟手続き」とは「相容れない」という見解が台頭してきたのです。この論点は、控訴審を考える上で重要な問題を含んでいますので、やや詳しく紹介しておきます。
 この、「相容れない」という見解の内容は、「口頭主義・公開主義が採用された刑事訴訟手続きにおいて、第一審裁判官の置かれたと同一の状況に、上級裁判官が置かれることは決してあり得ない」というものでした。
 「すなわち、自由心証主義・口頭主義・公開原則・『疑わしきは被告人の利益に』の原則に基づく訴訟手続きにおいては、原審裁判官が事実問題についての判断の基礎に置いた立証手続きでの審理内容を決して完全に原審訴訟記録に表現することはできず、また事実認定理由にも、原審裁判官の確信を決定づけた彼の面前での生き生きとした全体的印象を記載することが不可能である、という事実である」
 「もし、この不十分な原審訴訟記録・事実認定といった書面によって控訴審が審理を行うならば、法廷証拠主義・書面主義に代わって自由心証主義・『疑わしきは被告人の利益に』の原則の採用の下、その事実認定(とりわけ主観的な心理獲得)をよりよく保障する制度として刑事訴訟に登場した、口頭主義・公開主義が控訴審に欠けることになる(書面審理が行なわれる限り、公開主義は意味を持たないであろう)。これは控訴審が原審よりも真実により近づきうるものでは決してないことを、意味する。原審において、『正しい判決言い渡しにとって必要不可欠な前提として、口頭主義の原則が承認されているにも関わらず、第二審を書面主義の原則にとって変えることは、明らかに矛盾する』」
 「また、原審と同一の口頭審理を全て繰り返すことは、2つの審理の間に生じるであろう証拠方法の喪失や証拠価値の自然的な減少などから不可能である。そうだとすると、『実際には第二審の事実認定は第2のそれではなく、明らかに(第一審とは相違する、しかも)不完全な証拠に基づく、第1の事実認定とみなされうる』ことになる。控訴審が第一審に比べ不完全な資料に基づくものでありながら、第一審より事実問題についてより良い判断が期待できるとするならば、それは控訴審に卓越した人員配置がなされ、あるいは新しい事実や証拠方法の付加による証拠資料が増加した場合であろう。しかし、前者については、まさに第一審の充実こそが司法改革の中心課題とされねばならず、また後者については、証人の死とか記憶の脆さといった、第一審で使用された証拠喪失の危険によって、新事実・証拠の価値は相殺されることになる。」
 このような、上訴否定論には「一定の正しいものが含まれている」ことを示しています。しかし、「自由心証主義が客観化され、事実認定に証拠の一定の蓋然性と主観的判断(確信)を必要とすることになった」ことを踏まえると、「ここに示された根拠は、とりわけ後者(主観的判断)にのみ関係するもので、それはただ次の結論を導くのみである」。
 「つまり、一度、口頭主義・公開主義・自由心証主義・「疑わしきは被告人の利益に」の原則により、主観的心証が形成されるならば、それに優る心証形成は事後的に不可能なことである」  「原審記録・事実認定理由に記載される客観的な内容は、事後的に主観的な心理形成を行う資料としては不十分である。(これ対して、有罪認定に一方で必要とされる蓋然性の判断にとってこの記載内容は欠けるところはない)。ここから、第一審裁判官の主観的心証(確信)を問題とする上訴は認められないことになる」。「したがって、この帰結は事実認定に必要な当該裁判官の個別具体的な主観的判断そのものを問題とする上訴のみをただ禁じるのみで、他方で事実認定に必要とされる客観的蓋然性の当否をめぐる上訴までも否定するものではない」

2 本件ではどうであったのか
 本件に引き付けて見ると、この指摘は、実に重要です。
 私たち、迎賓館・横田爆取デッチあげ裁判に引き寄せて述べると、一審においては、細かく見れば数千点にも上る検察官提出の「証拠」(それらは、本件両事件とは時間的にも空間的にもかけ離れていて到底「証拠」と呼べるようなものではなかったのですが)について、十数年にわたる審理を経て、一つひとつ慎重かつ詳細な審理を行い、そのうえで無罪判決が行われたのでした。まさに、この一審無罪判決こそ「それに優る判決はない」と言って良いものだったのです。これを、検察官が控訴することなど絶対に許されるものではなく、さらに、控訴審でただの一度も事実審理することなく、「破棄・差戻し」したことは二重に許されないことでした。
 実際、一審無罪判決に対する不当な検察官控訴は、特別新たな「証拠」が提出されたわけでもなく、ただ、一審には「審理不尽」(審理が充分尽くされていないこと)があるということと、「証拠評価・価値判断の誤りがある」という理由でしかなく、まさに、一審判決の客観化された蓋然性の当否をめぐる上訴ではなく、裁判官の「主観的心証」を問題とする上訴であったことは明白でした。十数年もかけて慎重審理をした裁判が「審理不尽」であるなら、日本の裁判のほとんど全部が「審理不尽」になってしまいますし、「証拠評価・価値判断の誤りがある」とは、まさに一審裁判官の「個別具体的な主観的心証」を問題にしたものに他ならないからです。はたして、控訴審判決は、検察官控訴理由をそのまま追認する形で、「審理不尽」と「証拠評価・価値判断の誤り」を理由として一審無罪判決の「破棄・差戻し」を行ったのです。さらに、これ以後の全裁判(差戻控訴審、上告審、差戻一審、同控訴審、同上告審)は、これを追認しました。断じて許されません。私たちは、この不正を許さず、再審無罪を勝ち取るまで闘い続けます。



 『地球が燃えている』
―気候崩壊から人類を救う グリーンニューディールの提言―
(ナオミ・クライン著 大月書店 2020 年11 月刊) を読んで考える
                   福嶋 昌男


169-01 爆発・炎上するディープウォーターホラ
イズン。沿岸警備隊の艦艇やヘリが消火
や救助のため集結している 2010.4.21


  序章について
 訳者解説は、本書を、ナオミ・クラインが、10年間の期間にわたって「彼女が考察を深めていった過程」である、と言います。また、本書の目次はクラインの、
・長編ルポルタージュ
・思索的論考
・一般講演原稿
等を年代順に配列したものです。
 訳者解説は、資本主義による気候変動との闘いは「抑圧されたすべての人々を結集させる運動」であり、その中心的役割を担うのは先住民、マイノリティそして女性である、と言います。
 地産・地消型の自然エネルギーに依拠することで、「みんなで一緒に現行システムに代わる未来を築く」ことである、と言います。
 クラインは、序章で、グレタ・トゥーンベリの気候変動との闘い・「学校スト」を高く評価しています。トゥーンベリの闘いは、資本主義・「金儲けの社会」を批判し、若者の決起を促しました。  クラインは序章で、気候変動による、
・アメリカ西の大規模な山火事
・オーストラリア州オーガスタ
は、2019年に、49・5度を記録
・グレート・バリア・リーフ(世界最大のサンゴ礁地帯)の半分が死滅
・海洋の温暖化
・北極・南極の氷の溶解
・ハリケーンの巨大化
等を挙げています。
 化石燃料企業等は、即ち資本主義は、地球の温暖化を引き起こしました。
 「化石燃料企業は、何十年にわたって地球温暖化の現実について偽情報を流布し、みんなを煙に巻き、真っ赤な嘘を広めるキャンペーンに資金を提供してきた」(序章22ページ)。
 「気候変動の後戻りできない転換点が目前に迫っている」(同22ページ)。なお、表紙の帯に、犹弔気譴浸間はあと10年瓩鳩拆發靴泙后
 私たちの「すべての気候政策は資本主義を解体するものでなければならない」(同44ページ)。
・森林を守る
・再生可能なエネルギーを生成する
・公共交通システムの設計
「それは、私たちはみんなが一緒になって、社会の基礎を構成しているというビジョンだ。あらゆる生命の未来が懸っているいま、私達に達成できないことなどないのだ」(343ページ)。
【気候変動との闘いの基礎・土台にまた中心に労働組合がすわることです。労働組合の闘いは、マルクス『資本論』を武器に、牴良ではなく全面的変革を瓩任覆韻譴个覆蠅泙擦鵝『資本論』の内容の体得は、労働者階級の団結した闘いです】

第1章 原油流出の大事故
 2010年4月20日、メキシコ湾(アメリカ南部、ニューオリンズから77キロ)で、BP社(ブリティッシュ・ペトロリアム)の海底油田掘削施設(ディープウォーター・ホライズン)が、爆発しました。11人の死者、17人の負傷者が出ています。原因は圧力計の故障で、天然ガスの逆流を測定できなくなり、爆発したようです。
 BP社は、新規の石油・ガス資源の探査に「130億ドル/年」を投資しているのに、安全対策には「2000万ドル/年」という、安全軽視です。
 3カ月後の7月15日に、原油の流出は止まります。この期間、流れ出た原油は400万バレル(原油1トン約7・4バレル、54万トン)です。
 原油の流出では、世界最大です。沿岸に原油が流れ着き、生態系に甚大な被害を及ぼしています。クロマグロは壊滅です。
 1991年の湾岸戦争では、推計600万バレルがペルシャ湾に流出しています。それに次ぐ規模です。
 共和党の政策は犢佑┐困坊,蠅泙れ瓠また、キングリッチ議員が表示したスローガンは爐海碍,譟△い涎,譟△發辰醗造瓩任后
 この石油採掘の考えは、ウラン採掘をはじめ全ての鉱業に言えることです。
 油膜、油の塊に、「異論の多い化学物質」の分散剤が投入されています。
 BP社は、「地球工学」などを掲げているが、この大災害に対する「有効に対処できるようなシステムはBP社に存在しなかった」のです。
 クラインは「地球工学」でなく、「その代わりに消費を減らして再生可能エネルギーにシフトすることを選択するだろう」と言います。そして、科学は、「予防原則」であるべきと。
 クラインは、原油の流失を母なる地球の出血と言っています。
 また「ほぼすべての先住民文化は、岩や氷河や森林など、自然の世界に住む神や聖霊についての神話をもっている」を引用します。
 クラインは、9年後にまた沿岸を訪れています。犧念の予想は正しかった瓠D察▲ロマグロ、カキ等の生物多様性の50%が減少しています。
【私たちは、東日本大震災と福島原発の大爆発による放射能汚染に直面しています】
 第1章から、強く感じることとして、1960年代の公害・環境破壊は、地域性といえますが、原油流失事故、原発の爆発は、核爆発もそうですが地球全体に及びます。
 日本の反対側の原油流失事故は、福島原発の放射能に重なります。
 トリチウムの海への放出は絶対に許されない。全世界の労働者民衆の怒りで、菅政権を打倒しましょう。
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首相官邸前の抗議行動にたちあがる(4.13)


 獄中への手紙

横浜刑務所は須賀さんを釈放せよ

感染症対策、受刑者の健康を守れ

          医師 吉川 健明
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 須賀さんお元気でしょうか? この間横浜刑務所でのコロナ大クラスター発生と刑務所側のひどい対応に全国全世界の怒りが集中しました。刑務所でのコロナの問題は、この間横浜だけでなく、全国で問題になっていて地方新聞での大きな話題です。ご存知の通り、昨年春には、イタリアやアメリカの刑務所で集団発生があり、コロンビアでの暴動も報じられています。
 刑事施設と感染症の問題は古くて新しい問題です。だいたい不衛生なところに多人数を押し込めるのですから感染症が流行るのも当たり前です。運動不足やストレスフルな環境、不十分な食事では治るものも治らず、星野さんのように癌もできるし発見も遅れます。対策は一言で言って受刑者全員を釈放すること。刑務所の存在そのものが要らないし、感染源になるなら無くしてしまう。それに尽きると思います。
須賀さんの手紙を読んで感じること
 さて、『無罪!』3月号に須賀さんの山本志都弁護士への手紙が載ってましたね。横浜刑務所のひどい対応がよくわかります。またPCR検査を全受刑者全職員に実施せよという主張は全く正当なものです。手紙によりますと抗原検査しか刑務所はやってないということです。これではアリバイと言われても仕方ないでしょう。しかしダメ出しで申し訳ないですがPCR検査だけでは不十分です。正確にいうと一回のPCR検査では安心できない。PCR検査はやらないよりやったほうがいいですが、それで陰性証明は出せないし求めることがよくないです。
 というのは検査の直後から感染するリスクはあるし(陰性だからといってその後コロナに感染しないことはありえない!)、実は感染しているのに検査を受ける時にはウイルス量が少なく陰性でもその後ウイルスが増えて陽性になるウインドウ期を排除できないからです。それを避けるには頻回に定期的に検査していくしかありません。
しかしそれでは金も時間も人手もかかりすぎます。抗原検査でお茶を濁しているのも予算がないためですから。本当に受刑者全員を釈放するのが一番です。

抗原検査、PCR検査について
 PCR検査はウイルスの遺伝子(コロナの場合RNA)を人工的に増幅させ定量する検査で、非常に正確だとされていますが、それでも偽陰性、偽陽性は避けられません。偽陰性とは、実際にはコロナウイルスに感染しているのに陰性と判定してしまうことで、ウイルス量が少ない場合や操作の技術的ミス(取り損ない!)などで生じます。条件にもよりますが70%ともいわれてます。思ったより多いです。
 偽陽性は実際には感染もしてないのに陽性と判定してしまう場合です。遺伝子の残骸を拾ってしまいすでに感染してない人へうつす危険もないのに陽性と判定される場合(昨年スポーツ選手でそうなったと疑われるケースも報じられてます)や他の検体が混入してしまう場合、さらにまだ未解明ですが一般の風邪ウイルスとの区別がつかなくなる場合などがあるそうです。
 抗原検査はPCRよりさらにウイルス量を必要とするため原理的にPCRより精度がだいぶ劣ります。しかし30分で検査結果がわかることと費用人員が少なくて済むという利点はありますが、とても陰性であるからといって安心などできません
 海外の話ですが昨年、船に乗る前、全員PCR検査を受け陰性だったのに、乗船後全員コロナにかかってしまったという実話があります。これはPCR検査の限界を示す話ですが、どんな検査でもそれだけに依存していてはいけないことを示すものです。そして検査を行う労働者の労働も考えねばならないでしょう。

今、刑務所で最も必要なこと
 今刑務所で最も必要なのは、受刑者の、医師または看護師による健康管理であり、味覚障害や嗅覚障害などコロナで先行する諸症状をすぐにキャッチしてPCR検査をしていくことと、疑わしい場合直ちに隔離療養することでしょう。これらのことは、今のコロナ感染症対策を真剣に考えるなら当たり前のことです。それができずアリバイ的な対策でお茶を濁しているのです。
 しかし最も重要なのはこのコロナ蔓延にほとんど対応もできないのなら刑務所の存在自身がダメだということです。全ての受刑者を釈放せよ! 世界中の人々の共通の叫びです。

   腰痛や不整脈など、ただでさえ受刑生活は大変で、医療センターなどでのリハビリが必要なのにその上このコロナで療養どころかハイリスクに晒されるなどもう許せません。横浜刑務所は須賀さんを直ちに釈放すべきです。そしてコロナはじめ感染症対策ができぬのなら受刑者全員を釈放し、刑務所そのものを閉鎖すべきでしょう。


「5・30 獄死2年・国家犯罪追及!

星野全国集会」に向けて


                   星野 暁子
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 「星野文昭さん逝去一周年の集い」で
   あいさつする星野曉子さん
 2020.5.30 東京・台東区入谷ホ−ル


 星野文昭が殺されてから、2年になろうとしている。「元気ですか?」と聞かれるたびに「なんとか元気にやっています」と答えることにしている。元気でいられるのは、文昭が前向きな生き方を残してくれたからだ。思い浮かぶのは、いつも笑顔で明るく優しかった姿ばかりなのだ。
 7カ月以上も精密検査を遅らせた徳島刑務所と術後適切な治療をしなかった東日本成人矯正医療センターを訴えた星野文昭の国賠訴訟は、決定的な段階に入っている。4月22日の口頭弁論で明らかになる原告第3準備書面では、ちゃんとした治療をしていれば文昭は生きることができたことを立証している。
 まず徳島刑務所だ。2018年8月、腹痛で倒れた文昭は、それ以降も体重減少と食欲不振を訴えていた。病舎には一日いただけだが、医師はすぐに便潜血検査を行い、胃カメラの予定を入れた。文昭の病状に危機感を持ったからだ。しかし、10月胃カメラの検査をし、異常がないことがわかった時、そこで検査をやめるのではなく、「急性腹痛」にこだわり、血液検査・腹部エコー検査をやっていれば、5カ月前に肝臓がんであることがわかったはずだ。そうすれば、もっと安全な形で手術をすることができたはずだ。
 手術後、医療センターに30分前に医師が駆けつけるオンコール体制があり、回復室専属の看護師がいれば、手術後の血圧低下、尿量が少ないというショック状態に対処することができ、文昭の命が救われた蓋然性は高い。オンコール体制があれば、再開腹の措置も執ることができたはずだ。文昭の命が助かった可能性は高い。むろんそれは、文昭がショック状態にあることを自覚できる医師と看護師であることが前提ではある。
 文昭の肝臓は、大きな腫瘍はあるものの、その他の部位や肝臓機能の状態はよかったため、手術のリスク・難易度としては肝細胞がんよりも、生体肝移植〜特にドナー側の成功率を参照にする必要がある。肝切除手術をする場合は、腹腔内出血が生じることを想定し、即時の再開腹にも対応できるだけの体制を整えておくことが必須であり、これが整えられていれば成功率は高い手術であった。
 医療センターでは、術後執刀医も主治医も帰ってしまい、オンコール体制もなかった。麻酔科医がショック状態とも気づかず、エフェドリンを注射しただけで、最後のチャンスであった23時台にも救命措置をとらず、午前1時から5時までは巡回もなく、朝にはもう手遅れ状態だった。無念極まりない。
 被告=国はこう主張する。「刑事収容施設における被収容者においては、拘禁の性質上、公権力により医療に関する患者の自己決定権がある程度制約されることはやむを得ないことを前提に、個々の被収容者の症状に対し、いかなる医療措置を講じるか等の判断については、刑事施設の医師等の補助を受けた刑事施設の長の専門的・技術的判断に基づく合理的裁量に委ねられている」
 要するに刑務所だから、受刑者だから、適切な医療を受けられなくてもしかたがないというのだ。しかし刑事収容法56条には「刑事施設においては……被収容者の健康及び刑事施設内の衛生を保持するため、社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置を講ずるものとする」とある。自由を奪われている受刑者ならなおさら医療の権利は守られなければならない。そこに星野国賠訴訟を闘う目的もある。
 菅政権は、福島を切り捨て、オリンピックを強行しようとしている。コロナ対策を見ても、犠牲はすべて労働者民衆に押しつけられている。汚染水の海洋放出。沖縄南西諸島では、ミサイル戦争のための自衛隊の軍事基地がすさまじい規模で造られつつある。沖縄本島でも自衛隊基地が増強されている。辺野古では沖縄戦の人骨がまじっている南部の土砂を投入し始めている。
 それらに対し、怒りの決起が始まっている。星野としての闘いも、この改憲・戦争阻止の一翼を担って立ち上がっている。
 文昭の命日である5月30日開かれる「獄死2年・国家犯罪追及星野全国集会」では、スペシャルトークとして、文昭と私をモデルにした「ブラインドタッチ」を制作し演出した坂手洋二さんに、「沖縄と星野」をテーマに話していただく。ぜひ参加してほしい。
 今年は、11・14沖返還協定批准阻止闘争から50周年を迎えている。この50年を振り返り、新たな沖縄闘争を据えていきたい。ともに沖縄闘争を闘った大坂正明さんとともに勝利していこう。

ムザイ191号

無 罪! 191号

 本誌191号の目次
 ★獄中からの手紙
  (3月5日発信 山本志都弁護士宛手紙より)              須賀武敏
 ★獄中者と連帯して法務省と刑務所当局を追及しよう!           菊池さよ子
 ★3・11翌日、浜通りで実感した核の絶対的な暴力性と理不尽さ      十亀弘史
 ★「上訴審による自由心証主義のコントロール」(3)           板垣 宏
 ★改めて、岸田『「石川指紋鑑定書」検証報告書』の意義          福嶋昌男
  没落基軸帝国主義アメリカを打倒する力はどこにあるか(下)       川武信夫
   ★印は本ブログ掲載です。

  激 励 の 手 紙 を
 須賀武敏さん
  〒233-8501  横浜市港南区港南 4‐2‐2
 十亀弘史さん
 板垣宏さん
 福嶋昌男さん

  〒105-0004  港区新橋2−8−16石田ビル4F   完全無罪をかちとる会気付

 獄中からの手紙

獄中発信(3月5日付山本志都弁護士宛 抜粋)

支給された布マスク(アベノマスク!?)を

洗濯して使い回していた!

          横浜刑務所在監 須賀武敏

山本先生
 横浜刑務所当局は、3月15日(月)以降から工場の全面再開に踏み切ろうとしています。現在、当局が推進している感染防止策と治療策のままで、工場が全面再開すれば、新たなクラスター発生と基礎疾患を抱えた高齢受刑者が感染、重症化し、死に至るリスクを今まで以上に決定的に促進する非常事態に直面することは避けられません。
 この点を次回の要望書で警鐘乱打し、社会問題化する闘いを開始するよう是非検討をお願いします。
 3月3日に、私の所属する工場の受刑者全員が参加するグランド運動がありました。この参加者の中には、一度あるいは二度感染して回復した若い受刑者もいました。私が所属する工場の受刑者に対する当局の感染防止策と治療策の全貌がどのようなものであったか、リアルにわかりました。
 この点は、受刑者全体の、私の命と健康に係る死活的人権問題です。この点についてぜひ弁護団の先生に相談したいので、早急に弁護士面会を入れるよう、ぜひ検討をお願いします。弁護士面会に当たっては、この間、先生が私宛に送ってくれた資料1〜8、事務局や先生から送ってくれた新聞報道記事、私の健康状態に先生方が精通するようお願いします。そうすると、短時間で、簡潔にポイントを整理して話すことができると思います。
 当局が工場全面再開の前に、全職員と受刑者全員に対するPCR検査を実施して、正確に感染者を最終的に確定し、感染者を隔離、治療する方策を実行することが絶対不可欠です。この間判明した事実からいうと、一度、抗原検査で陰性の受刑者が、その後に感染者であった事例が多々存在しています。だから、抗原検査ではなく、PCR検査の実施が必要なのです。そうしないと、工場全面再開で、一人の無症状の感染者(職員か、受刑者)が発生すれば、工場内の受刑者全員が濃厚接触者、エアロゾル・飛沫感染を受ける対象者になる可能性を否定できないからです。
 先生自身、受刑経験者に共同室の生活、工場内の受刑者の作業・接触・面談状況、工場への出入り、舎房への出入り時の身体検査の状況、点検状況を聞けば、上記の点を危機感を持って理解できると思います。
 これまで工場内での受刑者に対して支給されたマスクは、不織布マスクより極めて小さい布マスクです。その布マスクを毎日、工場内の全員の受刑者のものをまとめて洗濯し、次の日に使用する形式になっています。布マスクを一度でも洗濯したものは、エアロゾル感染を防止することは、ゼロに近いことが実施実験で証明されています。支給された2枚の布マスクを1カ月間も2カ月間も洗濯し、使いまわして使用していたのです。不織布マスクを一日一枚支給されるようになったのは、2月16日(火)になってからです。この時期は、横浜刑務所から一旦ほかの刑事施設に移送された受刑者が、帰還されてから実施されたのです。
 それというのも、抗原検査で「陰性」であると確認した受刑者が、移送先の刑事施設で、PCR検査の結果、「陽性」と判定され、再び横浜刑務所に移送され、一時的に一般舎房棟に隔離・治療の処遇を受け、病舎に転房されることになっていることです。この点を決定的に重視するようにしてください。
 私は娑婆で、結核発症者の濃厚接触者と保健所に認定され、検査を受けたことがあります。結核に感染しているかどうかを判定する検査結果は、陽性、陰性だけではなく、「中性」との判定も存在しています。「中性」になった場合、再度の検査で、その結果が判明するのに4週間前後かかります。この点を考えると、新型コロナに感染しているかどうかは、PCR検査を実施しないと正確に確定できないと思います。この点を改めて重視するようにしてください。

 3月3日、午前中の館内放送。「調理工場で消毒作業を行うことになったので、昼食の支給は1時間くらい遅れることになります」とのこと。一瞬不安がよぎった。1時間半後に、指定された昼食のメニューが支給される。夕食も同じ。しかし、副食は通常の半分に。この異変を考えると、これまでの経験上、油断できません。3月4日(木)の新聞報道で、狎觚性瓩2週間延長されるとのこと。15日が22日以降になるので、その間に対策ができます。私のほうも、再度「視察委員会」に対する「意見提案書」提出の闘いをやり抜くつもりです。コロナ禍で超多忙中の先生に、難題を持ち込み、面倒をかけ、本当に恐縮ですが、よろしくお願いします。この手紙を妻のほうにも知らせてくれませんか。よろしくお願いします。       3月4日 記

追伸  3月4日(木)の夜の館内放送で「電話による親族の面会を申請すれば許可します。ただし、プリペイドカードの購入ができた者に限ります」。プリペイドカードの差し入れが可能かどうか確かめます。電話番号を知らせるよう、妻に知らせてください。頼みます。





刑務所・入管で相次ぐクラスター発生

獄中者と連帯して法務省と

刑務所当局を追及しよう!



          救援連絡センター事務局  菊池 さよ子


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 須賀さんの家族をはじめ横浜刑務所に向かう参加者たち
         (2月4日 横浜港南区役所前)

 1月下旬に須賀武敏さんに面会された山本志都弁護士から救援連絡センターに連絡があり、須賀さんの手紙をメールで送ってもらいました。この手紙を読んだことから、センターとして直ちに行動を起こさなければと考え、法務省と横浜刑務所・千葉刑務所に抗議申入書を郵送しました。  横浜刑務所に直接申入れ行動をしようとかちとる会とも連絡をとり、緊急に共同で行動を起こすことにしました。命にかかわる事態であり、一刻を争う状況でした。  2月4日当日の行動は「無罪!」190号に詳しく報告されているので省略しますが、短期間の呼びかけにも関わらず、大勢の人が参加してくださったのは、「獄中者の命を守れ!」という共通の危機感が広がったからだと思います。

2・24千葉刑務所へ申入れ
 横浜刑務所143人感染に続き、千葉刑務所でも94人の感染者が出ました。
 横浜刑務所に対する抗議行動は大きく報道されるなど成果も上がったことから、千葉刑務所にも行きたいとかちとる会に伝えると一緒にやりましょうということになり、2月24日には救援連絡センターの呼びかけで千葉で闘う仲間や反弾圧運動関係者15人が参加して千葉刑務所への申入れ行動を実現できました。
 2月24日、千葉刑務所は入口に鉄柵を立てて私たちを敷地内に入れませんでした。申入れに来たと告げると中から庶務課長の姫田が出てきて鉄柵の外で申入書を受け取るという対応でした。
 センターの申入書を読み上げ、さらに参加者から、1か月半も実施されていない入浴を再開しろ、温かくて栄養バランスのとれた食事を出せ、戸外運動をさせろ、外部の医療機関で治療を受けられるようにしろと次々に要求が出されました。
 また外国ではクラスターが発生した場合、獄中者を解放している。クラスターを発生させた責任は当局にあるのだから、3密を避けるためにも解放できる人から解放しろと訴えました。
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 1時間の攻防で当局との力関係は逆転、敷地内で全面展開して写真撮影(2月24 日 千葉刑務所前)

   刑務官から受刑者に一気に感染が拡大する構造は横浜も千葉も全く同じです。
 PCR検査も受けさせず、マスクもたった1枚しか支給せず、医者も医療設備も薬も不十分でまともな医療は一切なく、入浴も戸外運動もなく、消毒も行われず、暖房もない房内に閉じ込めているのですから、感染拡大は必至であり、すべては法務省と刑務所当局の責任です。高齢者や持病を抱えている人も多く、人工呼吸器などの設備もなく、感染症専門の医師もいない刑務所では死者が出る危険性は高いと思います。
 獄中者が危機感を感じて切実な要求をしても当局はまったく取り合わない、獄中・獄外が連帯して闘うしかありません。私たちは獄中者からの声を刑務所当局に突きつけました。
 私たちが行動を起こしたことは当局にも圧力になり、全員に毎日1枚の不織布マスクが交付され、入浴の再開、温かい食事など様々な処遇改善がかちとられました。
 さらに大きな成果として横浜刑務所の獄中者の団結がかちとられつつあります。
 今、心配なのは重症者が出ていないかということです。センターからは時々横浜刑務所庶務課長補佐の佐藤と千葉刑務所庶務課長の姫田に電話して申入れした内容を実現するよう要求し、重症者はいないかを確認しています。今のところ重症者はいないとの回答ですが、もし嘘だったら徹底追及しますからと釘を刺しています。
 今、センターからは横浜と千葉の「救援」読者約100名にアンケートをお願いしていて、続々と回答が寄せられています。獄中者からの情報と要請を基に、これからも追及を続けていきたいと思います。

3・3東京入管へ申入れ
   東京入管で男性収容者105人中57人(なんと半数以上!)、職員6人、合わせて63人が感染したことがわかりました。入管も法務省が所管する施設で、常に3密状態であり、医療が劣悪なことは刑務所と同じです。
 3月3日、救援連絡センターは外登法・入管法と民族差別を撃つ全国実行委員会とともに、品川にある東京入管にコロナ感染拡大に対しての抗議申し入れを行い、18人が参加しました。
 入管局長・福山に面会を申入れましたが、局長の代わりに渉外担当調整官の家村義和が出てきました。センターと全国実からそれぞれの申入書を読みあげました。感染していない人はただちに解放し、感染者は医療機関で適切な治療を受けられるように、面会の再開を、自由に電話をかけられるように、温かく栄養のある食事を、消毒と衛生的環境を、暴力と監視をやめろ、など具体的な要求をあげて追及しましたが、家村はただ聞き置くという態度で、具体的な回答はしませんでした。
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写真左に東京入管の建物がある。マイクを握って アピールする菊池さん(3月3日 東京・品川)

   収容されている人たちからは熱が出てのどが痛いのに毎日同じ冷たくてまずい弁当が出されるだけ、症状を訴えても職員がただメモをとるだけで何もしてくれない、監視カメラ付きの部屋に閉じ込められているだけで医者は一切診察を受け付けない、このままでは殺されてしまうという悲痛な訴えが寄せられています。
 今のところ女性の感染者はいないとのことで、3日には女性全員が横浜入管に移送される予定でした。移送の理由も移送期間も何もわからないままの突然の移送にはみんな不安を抱えていました。入管局長には解放する権限もあるのだから移送ではなく解放せよと申入れましたが、家村は詳しいことは話せない、いつから面会できるのかも答えられないとくりかえすだけです。私たちは何度でも申入れに来るからと告げてこの日の要請行動を終えました。
 その後、入管の建物の外からスタンディングで収容されている人たちにアピール。横断幕を広げ、プラカードを掲げ、マイクで中の人たちに、入管の不当収容に抗議してともに生きようと呼びかけました。中からも「オーイ」と答える声が聞こえました。面会はできなくても外から中へ声を届けることはできました。その後、センターに届いた収容者からの手紙でもマイクの声が聞こえて励まされたと書いてありました。
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7階以上の収容施設から「ありがとう!」の声。
女性たちの声も聞こえた(3月3日)

 今、入管法改悪案が国会上程されています。難民申請を3回以上くりかえす外国人を強制送還できるようにしようとする改悪、送還拒否をも処罰の対象にしようとする攻撃が進行しています。そもそも国を逃れてきた人や日本に家族がいるなど事情があって帰国できない人を強制的に帰国させることに問題があります。難民認定率がたった0・4%しかない現実こそ問題なのです。入管法改悪を絶対に阻止しなければなりません。
 さらに3月6日には名古屋入管でスリランカ人の33歳の女性が「食べたいのに食べられない、点滴を受けさせてもらえない」という悲痛な訴えを発しながら見殺しにされたという許しがたい事件が起きました。入管法改悪は入管の外国人差別と排外主義の現実をさらに強めることにつながります。入管に収容されている仲間と連帯して入管法改悪を何としても阻止しましょう。




 3・11の翌日、
 浜通りで実感した核の絶対的な暴力性と理不尽さ

                    十亀 弘史



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 〈3・11反原発福島行動21〉に参加しました。「3・11では これまで経験したことのない暖かさ」と皆さん言っていましたが、野外でも苦にならない春の陽気。原発への怒りを胸に打ち込みながらですが、久しぶりの屋外集会とデモを、いわば堪能しました。
 ただ、ここでは、翌12日の〈福島ツアー〉について報告したいと思います。集会に漲っていた核への怒りが、強い実感を伴って身体に染みこんだ、という感じがしたからです。ツアーは、Mさんの車に乗せていただいて、もう一人のMさんと3人で、福島市から浜通りの方へ出て、その後主に6号線を南下して行くというものでした。
町の名前で言えば、川俣・飯舘・南相馬・小高・浪江・双葉・大熊・楢葉・そしていわきから東京へという行程です。あらためて福島の広さを感受しました。その広い福島が放射性物質にさらされ続けています。3・11は少しも終わっていません。
 小高の駅の近くで、柳美里氏が開いている書店兼カフェの「フルハウス」に寄りました。入口に近い本棚に、ハートとネグリが著した分厚い『帝国』が置かれているのを見つけました。同書は白井聡氏が『「物質」の蜂起をめざして ―レーニン、〈力〉の思想― 』で、度々、肯定的にも否定的にも引用しています。ただ、抽象的な議論は、この際無視します。
 現場の具体性こそが真にリアルであり、いつでも真にラジカルです。例えば、浪江町で「希望の牧場」の前に立ったときは、その〈凄惨な希望〉の現場のすさまじい迫力に圧倒されました。牧場は私が想像していたのよりずっと広く、また起伏にも富んでいて、中央がなだらかに凹んでいます。その広大な敷地のあちこちに黒い牛たちが数百頭ちらばっています。間近の餌場に、沖縄から送られてくるというパイナップルを食べている、屈強な感じの牛たちが群れています。その牧場全体を、荒廃でもあり聖性でもあるような、いいようのない重い凄みが覆っています。
 放射線は目に見えないといいます。ただ、3・11以前の、この目の前の牧場の生き生きした豊かさを想像することは、そこに立つとき、けっして困難ではありません。そして、その想像した牧場と眼前の〈死〉の光景との強烈な落差を叩きつけられれば、それはまさに、原発から吹き散らされた放射性物質を〈見た〉ということではないかと思わされました。生命に満ちた豊饒な現実を、底から一瞬で覆した核の絶対的な暴力性と理不尽さが、身を刺すように深く黒ぐろと実感されました。
 そして、牛たちを殺さないと決意され、希望の牧場を維持し続けている吉沢正巳さんの怒りの深さと不屈さが、あらためて激しく胸を打ちました。牧場を実見したことによって、吉沢さんの発言をどう受け止めるべきか、今までとはちがってくると感じています。
 3・11のあと、6号線を通ったのは(水戸刑があったひたちなか市以南は除きますが)今回が初めてです。したがって、これから述べることはみなさんがすでに知り尽くしていることと思いますが、私にとっては初体験でした。
 浜通りは、一方に廃墟と荒野が広がり、もう一方に新たな土地造成などの工事現場が連続しています。茶色の荒野と、建物の骨と皮をむき出しにした廃墟の群れは、津波と原発事故の二重の影に覆われています。工事現場に復興の喜びのようなものは感じられず、むしろ荒んだ虚無と陰鬱の気配が漂っています。3・11は形を変えながら、絶えることなく続いています。
 6号線から、一瞬ですが、福島第一原発の建屋の上部とクレーンなどを見ることができました。二人のMさんが携行されていた二つの放射線測定器は、原発近くの6号線上で、毎時0・23マイクロシーベルトの値を超えて、どちらもピーピーと警告音を発し続けます。二人共昨年同じ日に同じ場所を通過されていますが、「去年より警告音が鳴る区間が長くなっているのではないか」とのことでした。工事や自然の循環などによって汚染がむしろ広がっているということでしょうか。
 ツアーの最後にJビレッジに立ち寄りました。3・11時に、事故対策の拠点にされた所ですが、その痕跡は、館内に展示された写真パネルの一部にしか残っていません。あとはすっかり、きれいなサッカー施設です。そのエントランスホールのすぐ外側に、「天皇皇后両陛下行安敬記念 平成11年10月3日」と彫られた横長の石が置かれています。そして、その横には「公式」の放射線量測定器が設置されています。その測定器が示す数値は、「0・105」です。ところが、そこから20メートルほど離れた植え込みの土と枯れ葉の上に、Mさんが持参の測定器を置いて十数秒待つと、なんてことでしょう、数値は0・23を超え、警告音が鳴り始めたのです。これが汚染の現実であり、現実の汚染です。
 3・11の集会宣言は述べています。「福島原発事故の責任はだれもとっていない。初期被曝を隠蔽し、多発する小児甲状腺がんを『被曝の影響ではない』と居直り、今度は『トリチウムは安全』と言って海にたれ流そうとしている」「いまこそこの『無責任の体系』を断ち切るときだ。原発を必要とする『経済システム』そのものをやめさせなければ、もう人類どころか地球がもたない危機に直面している。次世代への責任が問われている」。本当にそうなのです。

 赤貧とコロナの中へ出獄す失うものを持たぬ青空
              十亀弘史(2月21日(日) 付朝日新聞「朝日歌壇」掲載)



 
上訴審による自由心証主義のコントロール(3)

 『刑事訴訟法における片面的構成―事実認定と上訴をめぐって―』(平田元著 熊本大学
 法学会叢書15 成文堂)「第一章 刑事訴訟における片面的構成 第一節 上訴審によ
 る自由心証主義のコントロール」についての学習ノート(第3回)
           板垣  宏

本誌186号、および188号において、平田元(はじめ)先生の論文「上訴審による自由心証主義のコントロール」について、フランス革命の影響を受けて、ドイツにおいてそれまでの糾問主義的な刑事訴訟制度から、自由心証主義への移行が行われることになったまでを紹介しました。今回はその続きで、この論文の主題である、自由心証主義と控訴(「控訴」は上告審(最高裁)を含むすべての上訴を指しています)について問題を考察します。〈なお、小見出しとその番号は板垣が付けたものです〉

1 事実認定理由の記・事実認定を不服とする上訴は近代自由心証主義と密接に関連する口頭主義・公開主義と果たして相容れるものか
 「自由心証主義は拷問の廃止後、事実認定における唯一の取りうる方法と考えられた。しかしこの自由心証主義の採用には職業裁判官に対する不信といった現実的な問題が付きまとった。ドイツにおける法廷証拠主義から自由心証主義への移行の経緯はまさにこの問題をいかにコントロールするかを模索したものであった」
 「そしてこのために事実認定・証拠評価の過程を客観化する方法が取られたといってよい。ただ自由心証主義は客観化されたとはいえ、被告人の有罪・無罪を裁判官の個人的判断に最終的には委ねざるを得ない。しかし、この個人的判断に決して恣意を許すものでないことは・・・・明らかである」「自由心証主義は公判廷に現れた証拠を論理則・経験則に従って判断すべきであると、裁判官に要請する。しかし、この要請は裁判官の良心に対するものであり、道徳的性格しか持たない」
 そのためドイツでは、自由心証主義の移行にあたり、「正しい事実認定を担保するため、事前の抑制手段」としての、「判決前の手続き保障(第一審充実)」の重要性とともに、「口頭主義・公開主義・(証拠能力に関する)証拠規則等を」要求したのでした。
 「さらに、この自由心証主義の客観化を契機とする事際・事後の控制手段としてミッターマイヤー、サヴィニーの主張した事実認定理由の記載・事実認定を不服とする上訴が考え」られました。  これに対し「事実認定理由の記載・事実認定を不服とする上訴は近代自由心証主義と密接に関連する口頭主義・公開主義と果たして相容れるものなのか、それは書面主義とむしろ親近性を持つものではないのか」という疑問が投げかけられたのです。

2 自由心証主義と上訴審
 ドイツでは、自由心証主義と陪審裁判所制度の導入は簡単にはいかず、各ラント(「邦」と訳される。当時のドイツの独立行政区画で連邦を構成)では自由心証主義を取り入れたところと陪審裁判所をとり入れたところとがありました。
 1848年にフランクフルト国民会議で陪審裁判所の導入が採択されると、陪審裁判所の精神が各ラントに浸透していき、これによって、職業裁判官の事実認定をコントロールするためのものと考えられた事実認定理由に記載・事実認定を不服とする上訴制度は余計なものとなりました。しかし、国民会議の解散、3月革命の失敗により陪審裁判所がすべてのラントに導入されたわけでもなく、また陪審裁判所を導入した各ラントにおいても、すべての刑事事件が陪審裁判所に委ねられたわけではありません。自由心証主義による裁判も行われていたため、控訴は廃止されませんでした。
 このような状況の中で、口頭主義・公開裁判に基づく、職業裁判官の事実認定を不服とする上訴(控訴)をめぐり、ラントでも控訴を採用したラントと、採用しなかったラント、またその中間に位置するものなどその対応は分かれていました。中間に位置する1855年ザクセンの開示訴訟法は、事実認定を不服とする控訴は被告人にのみ許され、検察官には認められませんでした。こうした中で、前述のような「事実認定理由の記載・事実認定を不服とする上訴は近代自由心証主義と密接に関連する口頭主義・公開主義と果たして相容れない」という見解が台頭してきたのです。 この理由は、「口頭主義・公開主義が採用された刑事訴訟手続きにおいて、第一審裁判官の置かれたと同一の状況に、上級裁判官が置かれることは決してあり得ない」ということでした。
 「すなわち、自由心証主義・口頭主義・公開原則・『疑わしきは被告人の利益に』の原則に基づく訴訟手続きにおいては、原審裁判官が事実問題についての判断の基礎に置いた立証手続きでの審理内容を決して完全に原審訴訟記録に表現することはできず、また事実認定理由にも、原審裁判官の確信を決定づけた彼の面前での生き生きとした全体的印象を記載することが不可能である、という事実である」
 「もし、この不十分な原審訴訟記録・事実認定といった書面によって控訴審が審理を行うならば、法廷証拠主義・書面主義に代わって自由心証主義・『疑わしきは被告人の利益に』の原則の採用の下、その事実認定(とりわけ主観的な心理獲得)をよりよく保障する制度として刑事訴訟に登場した、口頭主義・公開主義が控訴審に欠けることになる(書面審理が行なわれる限り、公開主義は意味を持たないであろう)。これは控訴審が原審よりも真実により近づきうるものでは決してないことを、意味する。原審において、『正しい判決言い渡しにとって必要不可欠な前提として、口頭主義の原則が承認されているにも関わらず、第二審を書面主義の原則にとって変えることは、明らかに矛盾する』。」と。
 この問題は、今日の私たちが上訴(控訴審)のあり方を考える上でも非常に重要な問題を含んでいますので、次回においてやや詳しく紹介したいと思います。



 改めて、岸田『「石川指紋鑑定書」

検証報告書』の意義

                  福嶋 昌男
 岸田『検証報告書』(再審請求書添付)は、検察側石川指紋鑑定書添付の現場指紋画像と押捺指紋画像のそれぞれに印されている12個の特徴点(朱印点)は、「ずれ」ていることを目に見える形で明らかにします。即ち、「ずれ」が大きいものは、2隆線幅も「ずれ」ています。
 
 この大きな「ずれ」に対し、再審裁判所・原審(東京地裁)の判断は、
1 両指紋の「重ね合わせ」検証に誤りがあった。
2 指は、軟らかい立体であるので、平面への押捺に際し、隆線はずれる。
この2つにあります。つまり、原審は、特徴点の「ずれ」を認めています。
 「手指は丸みを帯びた弾性の強いものであり、指紋が印象される際の圧力、時間、方向や印象される物体の材質・状態、さらに指紋への汗やニンヒドリンの付着の仕方等により、特徴点及び隆線の幅や形状が変化しうるため」(原審判決書 5頁)と。
 なお、検察官は、特徴点の「ずれ」は、検証時、「意図的に操作した」というとんでもない反論でした。

岸田検証は、「ずれ」を十分認識している
 岸田検証報告書は、「朱印点(特徴点)の判定」に際して、 「石川指紋鑑定書に添付されている指紋画像と、その元になっている指の指紋とには、隆線や特徴点の位置に誤差が生じていると考えられる。
 具体的には、以下の3点の誤差要因が想定される。
 〇慳罎押印される際、または指紋が付着する際の指にかけられる力の方向や強弱による隆線や特徴点の位置の誤差。
 現場指紋を採取する際に、証拠のメモ用紙に塗られたニンヒドリン液によって生じる隆線や特徴点の位置の誤差。押捺指紋が採取される際に、インクを付着させた指から指紋台紙に指紋が押印される際の位置誤差。
 8従貉慳罎箍‘荵慳罎写真撮影され、印画されることによって実際の指紋と写真撮影された指紋画像の大きさが相違することになる。そのことによって生じる隆線や特徴点の位置の誤差」を挙げています。
 岸田検証報告書は、原審の「特徴点及び隆線の幅や形状が変化しうるため」という観点をすでに十分に考察しています。しかし、石川鑑定書添付の現場指紋画像、押捺指紋画像のそれぞれの朱印点の位置が2隆線幅も「ずれ」ることはないのです。
 弁護団は、検証に際しての「動画」をもって、検証は適正におこなわれていることを明らかにします。
 高裁の判断は、原審での上記1の「検証の誤り」には、触れていません。これは検証に際しての「動画」の反論によります。しかし、上記の2を踏襲しています。高裁の判断は、2のみです。
 最高裁は、何の理由もなく、ただ棄却の通知のみです。ほんとうに許せません。
 『検証報告書』は、上記 ↓◆↓に示されるように、指紋が付着される際の力の方向、強弱等を考慮しています。
 したがって、新証拠として、上記2を実験・検証で明らかにすることになります。
 現在、指紋のパットを用いて、指紋を採取し、普通に押した場合と強く押した場合に指紋隆線はどうなるか、透明フィルム( OHpシート) に転写してそれぞれ重ね合わせ、見比べています。
 力の押し具合で、隆線に「ずれ」は、見られません。
 今後の課題として、重ね合わせのための透明フィルム上により鮮明な指紋を得ることにあります。

青木先生、岸田先生からの励ましに力を得て
 本誌新年号で、青木秀樹主任弁護人は、つぎのようにアピールしています。第一次再審の棄却決定を弾劾します。
 「検察官の主張を引用しただけでその評価をしない一審判決」
 「不合理な鑑定内容を鑑定人ではない裁判所が弁解して糊塗した二審判決」
 「三行半の最高裁判決」
 筆跡では、未決勾留時のノートの新規性を認めながら、「その作成過程にいいがかりをつけ」、指紋では「進化した指紋鑑定の新規性に見向きもせず、肝心な鑑定内容の検討に至らずに終了させた」のです。
 私は、ノートの膨大な文字を一字一字偽装などできません、していない。
 指紋検証報告書の新規性・明白性は明らかであります。 青木主任弁護人は、「この理不尽に構築された判決を覆させないままに済ますことはできない。福嶋さんと共に知恵を絞って再審の門戸を開こう」とアピールしています。
 振り返れば、1993年3月30日に不当に逮捕され、5月東京拘置所に移監して、青木主任弁護人が、面会に来てくれました。以来、荒木昭彦、西村正治、萱野一樹の各弁護人と共に、そして事務局とともに家族とともにみなさんとともに28年間の裁判闘争を闘い抜いています。様々な局面を経て、第2次再審に向かっています。
 岸田悟・鳥取大学特任教授は、控訴審・2006年3月以来、指紋検証を引き受け、『検証報告書』を作成していただいています。狄Δ鬚けての決断の過程瓩半気辰討い泙后
 本年新年号では、「指紋の採取時刻や場所に関する証明は全くなく、さらに指紋の石川指紋鑑定書が誤りであることは明らかであります。支援者、事務局や弁護団の皆様が一丸となって『福嶋事件の再審実現』に向けて頑張りましょう」との激励を受けました。
 第2次再審に前進します。     3月17日 記




訃報

訃   報

 
  再審法改正をめざす市民の会事務局からの訃報を以下、
  転載します。

 訃報
 みなさまに、大変悲しいお知らせをしなければなりません。

 本日(3月10日)、午前7時過ぎに客野美喜子さんが永眠されました。

 客野さんは、再審法改正をめざす市民の会・運営委員、なくせ冤罪!市民評
 議会・代表、無実のゴビンダさんを支える会・事務局長などを歴任し、冤罪
 犠牲者に誰よりも寄り添い、冤罪という司法の犯罪を厳しく断罪してきた。

 昨年初夏に体調をくずされ、検査の結果、膵臓に悪性腫瘍が発見されまし
 た。
 以来治療に専念してこられましたが、残念ながら私たちとの永別となりまし
 た。

 客野さんからの最後のメールは以下のようなものでした。
 「人生の最後に、素晴らしい指導者や仲間に出会えて幸せでした。このメン
 バーなら必ず再審法改正できると信じています。今までありがとうございま
 した」
 私たちは、この言葉に勇気づけられ、必ず再審法の改正、冤罪の根絶のため
 の活動を今以上に推進して行かなければならないと気持ちを新たにしていま
 す。

 なお、故人のご遺志により、告別式・葬儀等はすべて執り行わないとのこと
 です。また、故人の遺志により、ご香典、お花等もご遠慮くださいとご遺族
 より連絡がありました。
 以上、謹んでお知らせいたします。

 2021年3月10日 再審法改正をめざす市民の会 事務局

ムザイ190号

無 罪! 190号
 本誌190号の目次
 ★須賀さんと全受刑者のいのち守れ!
       2/4対横浜刑務所共同行動                 事 務 局
 ★獄中発信 2月9日付け山本志都弁護士宛手紙より            須賀武敏
 ★実はまだ、十分に自分が自分になっていない気もしています        十亀弘史
 ★また、ひとつ勝利を積み重ねることができました。            板垣 宏
 ★「人類とウイルスの戦い」なんかじゃない
       須賀さん・かちとる会とともに                福嶋昌男
 ★終わらせたぜ!「痛快爆笑ボロボロ五輪」                富田 剛
  没落基軸帝国主義アメリカを打倒する力はどこにあるか(上)       川武信夫
   ★印は本ブログ掲載です。

  激 励 の 手 紙 を
 須賀武敏さん
  〒233-8501  横浜市港南区港南 4‐2‐2
 十亀弘史さん
 板垣宏さん
 福嶋昌男さん

  〒105-0004  港区新橋2−8−16石田ビル4F   完全無罪をかちとる会気付



須賀さんと全受刑者のいのち守れ!


          2/4 対横浜刑務所共同行動   事務局


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 横浜刑務所敷地前に勢ぞろいした参加者たち(2月4日)


 2月4日、対横浜刑務所申し入れ・街宣が、緊急の呼びかけでしたが、救援連絡センターと完全無罪をかちとる会の共同行動として、大成功をかちとりました。
 〈コロナパンデミックと大恐慌〉情勢真っただ中で、横浜刑務所で、新型コロナ感染大クラスターが発生。まだ拡大情勢が続き、横浜刑務所は大混乱に陥っています。自由を奪われ、拘束されている受刑者の命と健康が、政府・法務省・横浜刑務所の無為・無策の故に今まさに危険にさらされています。この危機的情勢の実態を、須賀武敏さんが、獄中からの手紙で、リアルに告発してきました。それを契機に、獄中医療問題に長年取り組んできた救援連絡センターが深刻に受け止め、この共同行動が実現しました
 緊急行動の呼びかけは、このコロナパンデミック情勢下、一挙に拡散し、当日は、のべ50人の参加を得て、盛大な共同行動となりました。なにより、須賀さんの連れ合いである、須賀陽子さんを先頭に、地元神奈川の労働者をはじめ、各地の星野救援会、婦人民主クラブ全国協議会、さらに救援運動諸団体の活動家も党派を超えて参加しました。
 アメリカ在住のスティーブ・ゼルツアー氏(「行動週間 労働者党建設・統一戦線委員会」)からの共同行動に対する支持と連帯のメッセージも届けられました。コロナ感染と獄中処遇問題も全世界共通のたたかいだということを痛感させられました。マスコミの注目も大きく、東京新聞と神奈川新聞が、直後の7日に大きく報道しました。さらに、12日には、毎日新聞全国版にも報道されました。
 刑務所への申し入れは、「申入書」の読み上げと口頭での抗議を救援連絡センター事務局が行って口火を切り、さらに須賀陽子さんはじめ、その他幾人もの参加者から当局に対し、怒りの声が突き付けられました。とりわけ、,垢戮討亮刑者の即時釈放、∩換中者へのPCR検査の実施、■影1枚の不織布マスクの支給(受刑者にはマスクが、今年に入って1回だけ支給されただけで、それを自分で洗濯して繰り返し使っているとのこと。食事の改善(厨房関連での感染発生ということで、食事は粗末で量も少ない弁当が続き、栄養価の摂取が極端に不可となっている。また食事の際、温かい飲み物が全くない)。け親飴間の確保、健康維持のための処遇改善(工場への出役がないため、1日中舎房に閉じ込められていることになり、屋外運動も極端に制限されている。体力低下、体調不良、免疫力低下など)ゲ搬押⇒Э佑箸量眠饑限の撤廃、受刑者へのコロナ感染の実態情報の開示など強く要求しました。
 このあと、宣伝カーは刑務所裏手の坂の上から、須賀さんはじめ全受刑者たちへの激励と連帯のアピールを行いました。同時に、刑務所最寄りの港南中央駅近くの街頭で家族を中心にマイクを握って刑務所の現状を訴え、支援を呼びかけました。当日、横浜も春一番が吹き、紙で作った横断幕が破れそうになるのを、多くの仲間の協力で守り切り、40分近くではありましたが、街宣行動も成功裏にかちとることができました。法務大臣と横浜刑務所長宛要望書への署名活動も展開しました。道行く人々の反応は、とても好意的で、「横浜刑務所でのコロナクラスター爆発!」との衝撃的ビラにびっくりし、ビラの受け取りも上々でした。
 また、救援連絡センターに当日夕方、現場でビラを受け取り読んだという方から電話が入り、いろいろ話がなされたそうです。その方から最後に「政治犯の方は違いますね。自分のことだけでなく、受刑者全員の方のことを考えておられるんですね。何もできませんが、頑張ってください」と締めくくられたそうです。
 さらに後日、宣伝カーのアピールを聞いた受刑者から、「中の生活を外の方々が知っていると感じて、少し元気が出ました」と手紙が届けられたとのことです。あらためて当日の共同行動のかちとった大きな意義を感動をもって確認することができました。
 菅政権はあくまでも、「命より金儲け」の新自由主義攻撃にしゃにむに突き進んでいますが、そのもとで、全国各地の刑事施設で、横浜刑務所ほどではないにせよ、コロナ感染が発生拡大しています。法務省と刑務所当局は、すべて金勘定で、受刑者の命と健康など、ないがしろにしています。それは、獄内外、全社会同様です。
 この期に及んでも、菅政権と東京都知事・小池百合子は、東京オリンピック・パラリンピックを「人類がコロナに打ち勝った証に」などと叫んで、開催強行を図り、その実現のためと称して、労働者民衆による血税を湯水のように使っています。断じて許すことはできません。
 今後も、須賀さんの命と健康を守り、そもそも、東日本医療センター移監決定をかちとったのですから、その実現を速やかにかちとることも見据えながら、コロナ感染拡大を何としても防止し、全受刑者の命と健康をも守り抜くため、行動を継続していきましょう! ご支援よろしくお願いいたします。


 獄中からの手紙

獄中発信(2月9日付山本志都弁護士宛 抜粋)

          横浜刑務所在監 須賀武敏

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 街頭でマイクを握る須賀陽子さん(左端)
 朗報です。ついに、2月9日(火)から食事に従来のメニューが復活しました。このメニューが今後継続すれば、「かくれ脱水」や「かくれかっけ」のリスクが解消されることになると思います。元気が出る朗報です。
 一度、調理工場に係る職員と受刑者がコロナに感染し、工場閉鎖に追い込まれました。それ以降、やむなく「非常食」のメニューになった。「かちとる会」や弁護団の申入書提出闘争の前進が、当局を追い込み、調理工場再開に向けた感染防止の改革・改善に拍車がかかったのだと思います。
 調理工場の再開は、職員と受刑者が一体となった、日々の感染防止の厳格な実施の積み重ねによって保障されると思っています。ここが決定的なポイントです。そのためには、2月8日付速達で先生に報告、指摘した感染防止策を本当に100%当局が実施するかどうかにかかっていると思っています。
 テレビで報道されているように、国民一人一人が日々感染防止のために、実施している課題(マスク着用〈除菌された衛生的で飛沫防止になるマスクの着用〉、外出時、帰宅時の除菌のための消毒の徹底化、日常生活の中での密の防止、会話による飛沫防止、衣類の除菌と洗濯、室内の除菌と掃除の徹底化の実践)を、当局が本当に教訓化して、矯正施設内での日常生活の中で、100%実践し、日々検証し、改善する闘いをやり抜くことにかかっていると思います。感染防止のための実践、検証、改善のたたかいにとって、プラスになる点について、職員、受刑者全体の意見・指摘・工夫を取り入れる、当局の姿勢にかかっていると思っています。
 これまでの官僚的な、一方的な指示・命令の作風が改善されない限り、再開した調理工場の継続・維持はできないと思います。私自身も、気づいた点について、視察委員会へ「意見・提案書」で提示する闘いを徹底的にやり抜いていこうと思っています。受刑者のだれもが、調理工場が維持され、健康食のメニューが継続されることを望んでいると思います。
 9日のメニューは以下のとおりです。
 朝食 みそ汁(葉大根、ごぼう)/さば味付けフレーク缶/しそ味ヒジキ/麦米/やかん一杯のお茶
 昼食 若布スープ/炒り豆腐/バジルチーズパスタサラダ/麦米/やかん一杯のお茶
 夕食 ねぎ鶏肉スープ/豚肉の生姜焼き/小松菜の揚げ煮びたし/麦米/やかん一杯のお茶
 上記のような栄養のバランスが取れたメニューが限られた食費の枠内で、栄養士さんと調理のプロの受刑者全員の知恵と技量と愛情で調理されているのです。だから、横浜刑務所の食事のメニューは医療センターのように外注化された、営利を目的にした大量生産化したメニューより、優れていると思っています。
 1月25日(月)「かちとる会」の申入書が交付されました。簡潔でパンチのきいた内容でとてもよかった。ところが、弁護団の申入書はまだ交付されていません。今週中には交付されるかもしれません。
 朝日新聞報道で、厚労省は5日、昨年12月に行った新型コロナの感染歴を調べる抗体検査の結果、抗体を持った人の割合は、東京で0・91%、大阪で0・58%などで、PCR検査などで判明した累積感染者数の数倍にあたり、感染に気付かずに過ごす人が多数いる実情が浮き彫りになった。
 今回の抗体検査の結果を基に推計すると、感染者数は東京で約13万人、大阪で約5万人になる。東京では「8万人」以上、大阪では「3万人」近くの差があり、行政で把握できなかったケースがあったとみられる。
 この点は極めて重要です。もし、横浜刑務所が職員と受刑者全員に対して、抗体検査を行ったとしたら、実際に感染者数と抗体検査の結果を基に推計する感染者数との差が「どのくらいの人数」だったか、判明するはずです。この点について、当局は一切公表していない。やはり、職員と受刑者全員に対するPCR検査を実施して、実際に現時点で感染している人数をはっきり確定し、感染者の隔離・治療を実施する以外にクラスター発生下での感染拡大防止に終止符を打つことはできないと思います。この点を決定的に重視して下さい。
追伸
 2月8日、午後に、「ディスポマスク50枚」の特別購入許可願いに対する当局の回答が担当看守より、口頭でなされました。「当局としては取り扱わない」との回答でした。当局が感染拡大予防に不可欠な「除菌された衛生的マスク」着用のための特別購入の許可を従来通り「許可しない」という訳です。絶対に許すことはできません。この点を徹底的に社会問題化するためのキャンペーンを張って、クローズアップ化する闘いを開始するよう、ぜひお願いします。
 現在支給されているのは、布マスク1枚です。除菌し、衛生的に使用するためには毎日洗濯する必要があります。洗濯したマスクは一日では乾きません。濡れたままで使用するしかありません。そのため、私はもう一枚追加支給するよう要請していますが、拒否されたままです。洗濯も、顔石鹸でしかできません。洗濯石鹸は男性は購入できません。それ故、除菌し衛生的なマスクを使用できません。この点も問題化してください。
 残念ながら、宣伝カーの声は須賀さんには聞こえなかったようです。今は報道記事などを見て、高揚していることでしょう。(事務局)



  実はまだ、
  十分に自分が自分になっていない気もしています

                    十亀 弘史

十亀出獄01
 1月13日、ご多忙の中を朝早くから迎えに来ていただき、また、まだ独房気分が抜けないまま半分眠っているような私に対して温かい歓迎会を開いてくださって、ありがとうございました。うまい大吟醸と最高の鮟鱇鍋(あんこう鍋 絶品の鮟肝入り)も堪能させていただきました。深謝です。
 その夜は、海の見える温泉宿に一泊しました。宿に入る前に、ほろ酔い気分で眺めた太平洋の広さと青さが、目に沁みました。区切るもののない開放(解放)空間そのものを感じることができました。夕食後、「同志からの通信」ということで釈放時まで不交付とされていて、13日の朝にやっと手渡された葉書きや手紙の束に目を通して行きました。愉快な報告や励ましの言葉の数々に触れて、あらためて感謝の気持ちを深くしました。また、獄中よりずっと厳しかったはずの現場の闘いを、朗らかに不屈に続けて来られた皆さんに、敬意を新たにしました。それぞれに齢いは加えながら、少しも負けていないのです。しぶといなあと感嘆しました。
 次の日、東京へ。もちろんコロナは強く意識せざるを得ませんでしたが、そのことによる閉塞感や窮屈さは、やっぱり獄中よりははるかにましです。
 しかし、3日くらい後から、思わぬ塗炭の苦しみが始まりました。スマホに加えて、〈安い上に最新タイプ〉という売り言葉にとびついて買ったパソコンが、超のつく強敵だったのです。パソコンはレノボの「クロームブック」というやつで、他のスマホ関連の契約と抱き合わせでしたが、それ自体は1万数千円でした。
 スマホは2日間ほどで基本的な操作はできるようになりました。ただ、今でもときどき全く予想外の反応を示して、思わず、壁などに叩きつけたくなります。そして、もっと憎むべきはクロームブック。ウィンドウズでもマックでもない、かつて遭ったことのない基本ソフトなのです。ネットの検索などは驚くほど素早く進められます(「前進チャンネル」も0・5秒で開けます)が、文書の作成には戸惑うことばかり。大体マウスがつなげないのです。画面とタッチボードとキーボードに触れるだけのもどかしい操作。マウスで操っていた5年前のウインドウズとワードが強烈に恋しくなりました。
 しかも、使用説明書がほとんど何もありません。「ヘルプページ」を開こうにもその開き方自体がわかりません。やっと開いても私には意味不明の用語がズラリとならんでいます。デバイス・ブラウザ・フォーム・クラウドストレージ・スクロール・テンプレート・スマートリプレイ・・・ 一体何なんじゃー、です。ウィンドウズとマックについては沢山出ている解説書も、クロームブックについては書店におかれていません。
 WiFi環境を作るのに丸1日、無線でプリンターをつなぐのに丸1日、原稿をメールで送れるようになるのに丸1日、等々、1週間はクロームブックと格闘しました。目は痛くなるは、背中は凝るは、神経は逆立つはで、一瞬、水戸刑に帰りたくなりました。その上で結論は、〈これでは到底公判書類は作れない。夏頃にはもう1台文書作成用の中古のパソコンを買うしかない〉となるほかになかったのです。
 この際、私の知識や技術力の不足ではなく、無意味かつ悪辣に商品を進化させてゆく資本主義の本質をこそ激しく憎むことにします。
 とにかく、出獄後半月ほどは、住んで、パソコンで仕事ができるような状況を整えることにほぼ専念し、それが思わぬ重労働、疲労困憊しました。ただ、2月に入るとそれなりに回復し、4日には、これは欠かせないなと思って、横浜刑務所への申し入れ行動(その意義と詳細については別掲の記事をお読みください)に参加しました。しかし、交通ルートを間違えて、集合時刻に間に合いませんでした。この辺も獄中生活の後遺症なのかもしれません。
 今週は運転免許の更新手続きを進めています。9日に江東運転免許試験場で「認知機能検査」を受けました。子どもだましというか爺(じじい)だましというべきなのか、すこぶる簡単なテストでしたので、100点満点で90点を獲得。いちおう認知症にはまだ遠いようだと安心しました。12日には鮫洲試験場で運転実技を含む「高齢者講習」を受けました。ハンドルを握るのは5年ぶり。それは楽しかったのですが、その後、沢山の窓口を行ったり来たりさせられました。そしてついに、在監中に失効していた免許の効力を回復させることができました(ただし、残りの期限は2年)。まあ、この先実際に車を運転する機会などないかもしれません。しかし、受刑のせいで免許証を失うというのは業腹ですので、新しい免許証を手にしようと決めていたのです。
 そんなこんなの約1カ月。実はまだ、十分に自分が自分になっていない気もしています。いろんな事態に対して、主体的で能動的な対応がとれず、受動的になりがちだと感じています。そのこともあり、今いちばんなすべきことをないがしろにしています。すなわち、獄中生活を支え、励まして下さっていた方たちに、お礼状を出すことです。いずれにしても、短いものしか書けませんが、それさえ滞っています。直接お会いした方は別として、不義理を通していること、この場を借りてお詫び申し上げます。
 おいおいに本調子を取り戻せると思います。これからもよろしくお願い致します。

 出獄へ一月切れば酷寒が迫り来るのに軽くなる息
              十亀弘史(1月31日(日) 付朝日新聞「朝日歌壇」掲載)



 
また、ひとつ           
  勝利を積み重ねることができました。


  獄中闘争へのご支援に感謝します    板垣  宏

板垣宏さん20210103

 1月3日、4年7カ月の獄中闘争に勝利し出獄しました。当日は正月3が日で日曜日にもかかわらず、40名もの皆さんの温かい出迎えを受けました。ありがとうございました。
 また、受刑中は様々な形で多くの皆さんからのハガキ、手紙、カンパ、本の差し入れなどを通じて励まされてきました。ところが、前橋刑務所当局は、許しがたいことに約3分の2にもあたる大量のハガキ、手紙類を受信不可とし、「出所時交付」扱いとしたため、せっかくの皆さんの手紙類も獄中で読むことは出来ませんでした。
 結局、出獄時に600通を超える手紙類の大束を受け取りました。
出獄後に、じっくりと読ませていただきましたが、年賀ハガキ、暑中見舞いをはじめ、季節ごとに花の写真を送って下さった方、あるいは旅行時の絵ハガキや写真を送って下さった方、各種闘争の集会・デモの写真と報告もたくさんいただきました。さらには私の健康を気遣って「健康体操」などに関する雑誌や新聞のコピーなどを送って頂いた方も複数いました。
 これらの手紙類は、どれもリアルタイムで読めてこそ意味のある内容なのです。前橋刑務所はこれらの貴重な私と獄外の皆さんとの外部交通権を不当に奪ったのです。到底許されることではありません。

私はいかに多くの皆さんに支えられていたか!
 その一方で、出獄して皆さんからの通信を集中して読ませていただき、私の獄中闘争がいかに多くの皆さんに支えられていたのかということを改めて知り得たことは大きな収穫でした。そして、いかなる権力の妨害も獄中・獄外の連帯を断ち切ることはできないのだということを改めて確認することができました。本当にありがとうございました。
 本来なら、お一人おひとりにお礼のお手紙を差し上げるべきところなのですが、出獄して以来の諸事情によりそれができないことをお詫びし、この文書をもってお礼に代えさせていただくことをお許し願いたいと思います。

また、勝利を一つ積み重ねることができました!
 迎賓館・横田爆取デッチあげ弾圧との闘いは、1986年以来、実に35年を経過しました。この弾圧は、革命的労働運動に対する国鉄分割・民営化攻撃と時を同じくして仕掛けられた革命党に対する絶滅攻撃であり、その狙いは、労働組合と革命党を根絶せんとする国家権力の全体重をかけた攻撃でした。今回、私と十亀さんが出獄したことをもって、私たちは先の無罪判決に続き、この死闘戦にまた一つ大きな勝利を積み重ねたことになります。
 しかし、須賀さんはいまだ刑期の半分(4年)以上を残し、過酷な受刑生活の処遇により、持病の腰椎症の悪化に加えて、横浜刑務所における新型コロナウイルス感染クラスターの発生によって、命の危険をも感じさせる重大な局面の中での獄中闘争となっています。なんとしても、須賀さんの命と健康を守り、早期に私たちの手に須賀さんを取り戻さなければなりません。
 当面、私は長期の受刑生活で損なわれた健康の回復と超長期の裁判闘争の過程で失った社会生活の回復に努めながら、再審闘争にも全力で取り組んでいきたいと思っています。今後とも皆さんのご支援をお願いいたします。

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 朝7時半過ぎから、板垣さん出獄を待つ(前橋刑務所)



 「 人類とウイルスの戦い」なんかじゃない
― 須賀さん・かちとる会とともに ―
                     福嶋 昌男
 資本主義・帝国主義の世界市場をめぐる侵略戦争= 帝国主義間争闘戦がスターリン主義を巻き込み新型コロナウイルスの世界的感染と死者を引き起こしています。決して、「人類とウイルスとの戦い」ということでありません。
 2月13日現在、世界の感染者は1億800万人余、死者は238万人余に達しています。アメリカは感染者2740万人余、死者は47万5000人余です。日本は、すでに感染者41万人余、死者は6800人余です。
◇このウイルスの世界的な脅威は資本主義の利益(金)の追求とスターリン主義官僚の特権が引き起こしています。支配階級は報道で「人類対ウィルスの戦い」とし、自らの体制の崩壊を塗り隠しているのです。
 資本主義各国とスターリン主義(ロシア、中国)は、生産力増大のために自然環境を破壊し、地球の温暖化、熱帯雨林を破壊して、ウイルスを世界に拡散してきました。ウイルスは、資本主義、スターリン主義の体制の限界を暴いています。今の真の解決は、労働組合を拠点にした労働者階級の闘いによってしか、解決しません。
◇世界一の「強国」と言われる米帝が感染者―死者でずばぬけています。西欧の帝国主義国、日帝においても同じことが言えます。
 須賀さんは、資本主義の刑務所で感染者がでれば、受刑者はどうなるか。刑務所の対応と医療の実態を明らかにしました。獄内外一体の闘いがなければ、受刑者は重症化し、死の恐れに遭遇することをアピールします。
◇完全無罪をかちとる会と救援連絡センターは、牴I遊彩浬蠅任離ラスター発生瓩了態に、緊急の共同行動を呼びかけました。共同行動は、犲刑者の命を守れ瓩反修憩れし、宣伝カーで須賀さんをはじめ受刑者への激励そして港南中央駅近くの街頭で、街宣を行なっています。
 私は『無罪!』188号の須賀さんの手紙を読んで、牴I遊彩浬蠅離ラスター発生瓩鮹里蝓東京拘置所でも感染者が出ていたので、受刑者はたいへんと感じていました。拘置所も、刑務所そして警察による逮捕者も自分で動けません。一切、国・法務省・刑務所が受刑者の生殺与奪をにぎっています。
 私が在監していた府中刑務所で、風邪が流行したことがありました。〇〇工場が休んだ、〇〇共同室の人が風邪を引くと全員が病室です。担当官は、手洗い、うがいをするよう良く言います。確かに、手洗い、うがいは風邪の予防になります。受刑者はしなければならないのですが、今のコロナウイルス感染拡大下の手洗い、うがいそしてマスク、「三密回避」につながります。担当官は、薬はひかえるように、と言いますが、高齢者は、いろんな病状にあり、飲まざるをえないのです。要は、資本主義下の刑務所の医療体制そして受刑者の処遇にあります。
 「かちとる会」は、昨年12月9日、須賀さんを医療センターに移監するよう申し入れ行動をしています。そして今回2月4日には横浜刑務所への緊急行動を呼びかけました。
◇私は、2度とも欠席していて、心苦しいのですが、とにかく群馬の地で感染することなく、生活・活動にこころがけています。いつも、犂鏡したら瓩箸了廚い砲られます。感染すれば、2週間の隔離また自宅療養にしても事態は一変します。バイトに行けず、生活は厳しくなり、仕事もなくなると考えます。
 高齢者の感染は、お先をほんとうに暗くします。往年の体力はありませんので、感染、病気は一人暮らしの私にたいへんです。
◇資本主義、スターリン主義が私たち労働者人民にウイルスを拡散したのです。資本家は自分の資本主義の崩壊を食い止めるのに必死です。そのために「密をさけること」、「マスクをすること」、「不要不急の外出とりやめ」等を強制しています。ワクチンもそうです。
 私たちも感染を防ぐためには、毎日「マスク」等の「義務化」になります。 資本家・ファイザー社、イギリス製薬会社は、自らのワクチン治験を無視して、1億人以上の感染者、238万人余の死者の上に莫大な利益を得るのです。
 第一次大戦の死者は、900万人であり、インフルエンザの死者は7000万人と言われます。資本家どもの戦争が、その軍事産業、医療会社等が現在の米帝、英帝、日帝です。
 このウイルス情勢下でも、しっかりした生活を基盤に活動―第2次再審に向かって前進します。  十亀さん、板垣さん養生して、体調の回復、徐々にシャバに慣れて下さい。感染に、ご留意ください。須賀さんの闘いに連帯し、ともに前進します。


終わらせたぜ!「痛快 爆笑 ボロボロ五輪」
福島にフタするな!東京五輪返上を求める会(たみとや副店長)
                    富田  剛
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              さよなら五輪サイレントスタンディング
  フクシマに
  フタはさせずに
  五輪(ご臨)終
  女の怒り 世界にひびけ

   (2月13日たみとや店長作・店頭掲示)

終わらせた!
 2018年初夏、五輪返上運動は、たみとや店頭など「もう決まったんだから反対しても・・・」という多くの声のなかで始めた。
 しかし、今、五輪は、ボロボロになって「終わっている」。
 そして、一番、「終わらせた」と思うのは、今、みんなが、「反対していいんだ」と店頭で大きな声で話すようになったことだ。
 以前は「私は反対なんだけど」と声を潜めて話をしていた女性が、もう一人の女性に「ほんと、爛▲鵐澄璽灰鵐肇蹇璽覘疊言から、ずっとおかしい!」
 店頭で、店長にもかまわず話し続けて止まらない。
 「2兆、3兆なんて金使って、豆腐一丁、二丁じゃないってんだ」男性が言い放つ。
 辞退の続くボランティアの理由でも「五輪の意義が信じられない」。

「痛快ボロボロ五輪」
 返上運動の「追い風」も次々と吹く中で、その対応が、まさに「痛快爆笑」物だった。
 まず、2018年夏、五輪返上署名を開始した直後に「五輪に最適な季節」の猛暑。
 東京都知事小池がやったことは、編み笠とミストと、かえって気温が上がってしまったアスファルト舗装。
 2019年初、最初の署名を組織委に出した後、「後で参加者が放射能汚染被害を訴えたらどうする?」と問うと、「その時には組織委は解散してます」?
 それから、「福島聖火リレーコース出発点は、爛侫イチ収束作業基地瓩世辰殖淵咼譽奪犬世、放射線量は計測したのか?」と聞くと、「それは国と県がやることだから」?
 そしたら、JOC会長竹田の賄賂。会長を辞任しても、竹田はIOC委員に居座っているのに、仏当局に捕まるのが怖くて「海外出張はしない」?
 2020年初、どんどん暑くなる夏を越えて、一層増えた第二回署名を組織委に出して、会長の森に面会を求めたら「私たちも滅多に会えません」??
 そして、コロナ禍。
 「アンダーコントロール」のアベが辞任し、カス政権のPCR検査もしない無策・無責任のなかで、「聖火リレーは無選手で」???
 その末に、女性をはじめとした日本と世界の声に追い詰められて、新国立競技場の利権が欲しくてずっとやってきた森のドタバタ辞任三文劇。
 有力水泳選手の20代男性も「正直、この件についてアスリートが発信していくのは酷だなという発言が山下JOC会長からあったとは思いますが、少し今回はお話したい。そういう発言をする思考回路にいきつくところが信じられない」。
 我々の運動も、署名に加えて、「面白く」ビジュアルにやった。
 「動くモニタリング作戦」と銘打って、2019年は、防護服を着て、東京の五輪競技会場や観光客の集まる繁華街の線量を測定した。国際許容基準を上回る線量のところが続出し、東京の線量全体が、福島事故前に比べて倍増していた。
 その間、当会も取材を受けたアメリカの労働運動ジャーナリストS・ゼルツアーさん作成のYouTube 英語版ビデオ「Fukushima 2020 OlympicsNightmare: Is PM Abe Criminally Insane?」は、世界で6万4千回再生された。
 昨年3月、3・11反原発福島行動の日には、福島の聖火リレーコースを測定した。
 郡山市の聖火リレーコース沿道の「普通」の歩道が、レントゲン室の許容線量の倍以上の線量だった。同じ頃、聖火リレー出発点Jビレッジの異様な高線量も判明。
 店頭に掲示し続けた「五輪競技会場・東京繁華街線量マップ」や「福島聖火リレーコース線量マップ」は大反響。
 11月、全国労働者集会の日には、有楽町駅前で「さようなら五輪」のサイレント・スタンディング。 オフコースの「さよなら」を流しながら、みんなのドレスコードは黒。Twitter にも載せたら、これも受けた。
 直後に参加した「中止だ!中止!!オリンピック!!新宿デモ」では、主催者に「あの爐葬式瓩諒々ですね!?」と声をかけられた。
 最近、NBCに五輪批判論文が掲載され、森辞任のダメ押しになったスポーツ学のアメリカ人教授にも写真を撮られた。
 facebook の当会ページの参加者数は、それまでの5倍に増えている。

ボロボロ五輪が見せた「怒りの出口」
 やはり、今の店頭の声。
 「全く! 女いなきゃもうこの国、回らないわ!! 失言にだけでなく、政府に対する怒りが出口見つけたっていう感じ!」彼女は、さらっと、言ってのけた。
 そして、10年目のフクシマを前に、福島沖でマグニチュード7・3の地震。
 五輪に「フクシマにフタ」はさせなかった。
 しかし、
 「・・・避難者の声。『(10周年闘争という言い方に)違和感がある。事故から10年じゃなく、事故が10年続いている』。胸を突かれた。」(NAZEN 通信第94号2021年2月「3・11反原発福島行動21―今こそ原発と核のない社会へ」椎名千恵子さん)
 ボロボロ五輪が見せたのは、この国のひどいあり方そのものだ。
 「怒りの出口」は「飯と人が中心の世の中」の入り口だ!   2月17日 記
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