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2 本件は政治的な冤罪事件

 

 本件は政治的なデッチあげ事件です。

 冤罪は全て卑劣です。どのような冤罪事件も断じて許せません。

 デッチあげを進める警察官や検察官は、証拠が薄いあるいは存在しないことを十分に自覚しています。そう自覚しているからこそ足利事件のように無理な「自白」を強制するのです。デッチあげは過失による犯罪ではなく、常に、故意による犯罪です。

 とりわけ、政治的な冤罪事件は、特定の党派とその闘争への弾圧として、十分に準備され、意識的、組織的に、しかも繰り返して実行されます。

 

中核派によるいわゆる「ゲリラ事件」について、どれほど政治的なデッチあげが繰り返されたか、すでに弁護人の最終弁論が明らかにしています。公安警察と検察官は、「下手な鉄砲を数撃っている」のではありません。最初から違う的を狙っています。だから、的に当たることはなく、次々に無罪判決が出ています。

警察・検察が真に狙っているのは中核派そのものへの弾圧であり、被告ではありません。被告は中核派のメンバーでありさえすれば誰でもいいのです。「事件は中核派が起こした。3人は中核派だ。だから、3人を逮捕し、起訴する」、これが本件公訴提起の核心にある事実です。極めて単純です。そのような弾圧を普通は「治安弾圧」といいます。戦前・戦中と同じです。

警察・検察にとっては、端的に、判決などどうでもいいのです。逮捕し、起訴すること自体が目的です。逮捕し・起訴し、被告を獄中に勾留すれば、それで目的のほとんどは達成されています。本件では裁判所の協力を得て私たちを15年2カ月の間独房に監禁した。それが、警察・検察にとっては、すでに得られた成果なのです。

これは、犯罪ではないのですか。繰り返される犯罪、いわゆる「重犯」中の重犯ではないのですか。

これは暴力ではないのですか。裁判所はよく「暴力は民主主義の敵」などと口にする。15年2カ月の監禁に加担するのは暴力行使そのものでしょう。

国家は元々暴力的です。警察と軍隊と監獄、それらの暴力装置を抜きにして国家権力は維持できない。裁判所もまたその暴力によって維持されている。死刑は殺人です。戦争は大量殺人です。「合法的」であろうがどうであろうが、それらの実質が極度の暴力であることに変わりはありません。現状の「民主主義」を支えているのは暴力そのものです。自らが腰かけている裁判官席が暴力の上に据えられていることを忘れて、「暴力は民主主義の敵」などときれいごとを言ってはなりません。

無実を知りつつ逮捕し、起訴し、15年2カ月の監禁のための監禁を強制した、本件は治安弾圧としての政治的冤罪事件そのものです。