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7 3つのことに対する私の怒り
本件裁判の全てを「被告」として経験させられた私は、大きく3つのことに対して、怒りを抑えることが出来ません。
第1は、いうまでもなく、警察と検察が私をデッチあげた、というそのことへの怒りです。
42歳の時に受けたこのデッチあげによって、私は、人生の後半において、労働者として現場で働き、身近な仲間と団結してたたかう、という道を奪われました。鍋爆弾事件による勾留と重なっている時期があるにしても、本件のデッチあげがなければ、私が手にし得た労働者としての人生は、今とは大きく違っていたと確信できます。私は、本件のデッチあげを作り出し、維持した連中を、絶対に許すことはありません。
デッチあげほど卑劣な犯罪はありません。なぜならば、加害者が罰せられることが無く、また、加害者自身罰せられないことを自覚して、意識的、組織的に犯罪を犯しているからです。被告の無罪が明白になった後で、その裁判に関わったことで罰せられた警察官や、検察官や、裁判官がどこかにいますか。逆に、そういう連中は組織内での地位を上昇させさえしています。
しかも、すでに述べたとおり、公安警察と検察官はそのようなデッチあげを常習犯として繰り返しています。デッチあげを政治弾圧の常套手段としています。デッチあげを積極的に「活用」し、無実の人間を獄中に叩き込んでいます。権力が形式的には合法性を整えて、繰り返してふるう故意に基づく暴力、それが政治的冤罪です。
横浜地裁が「横浜事件」について刑事補償を認める決定を出しました。その決定は次のように述べています。特高警察については「違法な手法で捜査を進めたことには、故意に匹敵する重大な過失があった」、検察については「拷問等の事実を見過ごして起訴したという点には、少なくとも過失があった」、裁判所については「総じて拙速、粗雑と言われてもやむを得ないような事件処理がなされた」。これは、それぞれの犯罪性を故意に過小評価した決定です。特高警察は拷問の当事者です。故意そのものじゃないですか。拷問するときに、過失によって拷問を始める人がどこにいますか。「重大な過失」などではありません。検察官は「拷問等の事実を見過ごした」のではありません。拷問を奨励し、後ろから支えていました。「少なくとも過失があった」などとよく言えたものです。裁判所は、単に「拙速、粗雑」であったわけではありません。拷問によって4名の死者が出たことを知らなかったとは言わせません。故意に拷問を容認していたのです。だからこそ、裁判記録を焼却して責めを逃れようとした。そして、いまだに「横浜事件」の「被告」とされた人々について明確な無罪判決を出さず、あいまいな「決定」だけでごまかそうとしている。第三次再審請求弁護団の森川文人弁護士は書いています。「横浜事件は過去の事件ではない。司法は反省などしていない」(横浜事件再審ネットニュース 第39号)。
警察と検察と裁判所が結託して行う犯罪、それがデッチあげであり、私は、本件で逮捕され起訴された時の激烈な怒りを消すことは出来ません。
第2は、15年2ヶ月の未決勾留への怒りです。
私たちは、15年2ヶ月の未決の独房生活を強いられた。未決勾留が15年を超えることの異様さと非道さを、認めない人はいないはずです。しかし、東京地裁は、その勾留について毎月、毎月、「勾留更新」を出し続けました。
私が「証拠」を隠滅する虞がどこにあったのですか。ない証拠を隠滅することは出来ないし、検察官が「証拠」と称して私の知り得ない場所に保管しているものを、私が、どうすれば隠滅できたのですか。私が逃亡する虞が具体的にあったのですか。無実の私がどうして逃亡するのですか。原則として保釈されなければならないと決められている被告が、根拠もないまま15年を越えて勾留される、そのような勾留更新を出し続けた裁判所を、私は、憎み、軽蔑します。
さらに、ただ逮捕され・起訴されたというだけで、このように、ほとんど無期禁固に近い勾留が強制されるとしたら、裁判や裁判所の価値はどこに残るのですか。無実を訴える被告は何時まででも勾留するというのであれば、それは年月をかけた拷問ではないですか。
しかも、デッチあげの対象者は無制限です。やってないのだから誰でもいいのです。デッチあげと未決拘留を組み合わせれば、国家の気に入らない者は、誰であろうと無期禁固を強制できるということじゃないですか。そのようなことに加担する裁判所をどうして許すことができますか。
私たち3人が、それぞれの人生から奪われた15年2ヶ月は取り返しがつきません。無罪が確定しても、86年の10月まで時間を戻すことは出来ません。
デッチあげによって私に15年2ヶ月の未決勾留を強いた検察官と、その勾留を延々と容認し続けた裁判官を、私は絶対に許すことが出来ません。
第3は、控訴審判決への怒りです。
04年の一審無罪判決は、全く普通に、論理と良識を通した判決です。別に、木口裁判長たちが中核派の趣旨に賛同したということではありません。裁判官の職責をまっとうに果たしたにすぎません。一審判決は、事件の政治性については特別に意識することなく、いわば純粋に司法的な判断を貫き、そして、そのことによって、無理なく無罪の結論に到達しています。
その無罪判決を、証拠調べ抜きに破棄して、それだけでなく実質的な事実認定にまで踏み込んだ控訴審の判決は、要するに「左翼なら誰でも有罪」という判決です。それは政治的な意図をもって、検察官立証の破綻を、それが破綻していると知りながらとりつくろい糊塗する判決です。
そこにあるのは中川武隆裁判長の行政権力や司法組織の上層部に対する迎合です。そして、そのために、すなわち自己の地位の安泰あるいは上昇志向のために、被告に犠牲を強いたということです。判決という形式をとって、利己心を満たそうとしたにすぎません。このような判決に接して、怒らない人がどこにいますか。
『情況証拠の観点から見た事実認定』(法曹会)という本があります。その本は、基本的に「裁判官は情況証拠に基づく認定に当たって出来る限り慎重で論理的でなければならない」という主張を通しています。そしてこの本の共著者の一人が中川武隆判事であり、また、一審判決の木口信之裁判長も同じくその共著者の一人です。すなわち、中川判事は、書くことと行うことが完全に乖離しても平気であり、木口判事は言行を一致させ、著書における自らの主張を実践においても真摯に貫いたということです。人としてどちらが真っ当ですか。
本件の控訴審判決について、中川判事には、いずれ確かな責任をとってもらわなければなりません。裁判官は壇上からただ言葉を発するだけです。私は、裁判官に限らず、現場の苦しみを共有しないまま、ただ口先だけによって、人の人生を左右する連中をけっして信用することができません。中川武隆はその典型であり、私は絶対に中川を許しません。中川の控訴審判決を絶対に許しません。
以上の私の怒りを明らかにした上で、次に私自身の政治的な意思について述べておきます。


