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8 私の政治的意思
本件が政治的な冤罪事件だというとき、「政治的な」というのはすなわち「階級的な」ということです。
この法廷で対峙しているのは直接的には検察官と私たち3人です。しかし、その背後に階級と階級の対決があります。現在の国家権力を維持しようとする階級とそれを打ち倒そうとする階級です。すなわち資本家階級と労働者階級です。
それでは、そのどちらの階級に未来があるのか、ということをここで述べておきます。本件のような政治的事件において、弾圧する側と「被告」とされた側のどちらが正しいのかを、明らかにするということです。
私は共産主義者です。私は現場労働者(具体的には介護労働者)であり、マルクス・レーニン主義者です。「反帝国主義・反スターリン主義」を信条としています。
「新自由主義」に行き着いた資本主義体制は打ち倒さない限り、一層の貧困の拡大と、そしていずれ、世界的な戦争に至ると考えています。
資本主義体制を部分的に改良することは、一時的には可能でも、その「成果」はすぐに失われます。一昨年から昨年の恐慌を経験して、「経済成長より身近な幸せを」などという人々がいます。「コンクリートから人へ」などというスローガンもあります。しかし、社会を動かす根本の動機が資本の利潤追求である限り、それらは全て空疎な非現実的な主張にとどまります。
例えば6日前、3月18日の朝日新聞の6面に3つの記事が並んでいます。記事内容を要約しますが、1つは「この間の企業の業績回復は、リストラによるコスト削減の影響が大きく、また、労働者の賃金はこの10年間で急激に下がっている」という記事です。その隣には「国民健康保険に加入する世帯の約半分は年間所得100万円未満。医療費を払えずに、病気になってもただ我慢するしかない人がいる」という記事があります。「貧しい高齢者は早く死んでしまえ」ということです。さらにその下の記事は「政府の借金は専門家が『戦争末期と同じ水準』と指摘するほどまで、膨らんでいる」と書いています。国の債務については、3月6日に「日本は今のままでは10年ももたない」という半面大の記事も出ていました。「借金財政の解決策は大増税か破壊的なインフレしかなく、いずれにしても、人々に極限的な困苦を強いる」と伝えています。これが資本主義なのです。
恐慌をもたらした金融資本は反省など少しもしていませんし、「我が亡きあとに洪水よ来たれ」というその本質を変えることは出来ません。経営者たちは相変わらず異常な高給を取り続け、労働者は賃金を下げられ、簡単に首を切られさえする。就職さえ出来ない青年たちが多く、職に就いても3人に1人が非正規雇用を強いられる。不払い残業が常態化し、過労死が絶えない。 1日に100人近い人が自殺し、年収200万円以下の人が1千万人を越えている。介護は家族に押し付けられ、これから先暮らしが豊かになり、老後も安心だ、と思っている人など皆無に近い。「投機マネーの暴走」を反省したはずの社会の現状がこうでしかありません。
民主党政権は惨状を曝し、社会の改良どころか、労働組合のいわゆる「ダラ幹」たちを動員して、一層の格差と貧困、そして改憲と戦争の道を広げようとしている。
いわゆる「普天間問題」はどうですか。結局、沖縄にまた新しい基地を押し付けようとしています。沖縄の人たちにさらに続く痛みと苦しみを強制しようとしているだけです。しかし、もちろん県外あるいは海外への基地の移設は問題の解決にはなりません。基地そのもの、戦争そのものの廃絶にこそ向かうべきです。 しかし、資本主義国家は、自らの最後の言葉である軍事力と基地と戦争を、決して手放すことが出来ません。
利潤の増殖のみを追及し、人間と自然を商品として消費する資本主義体制を、全体として打ち倒し、労働者階級が権力を手にしなければ、基地と戦争、搾取と暴力、格差と貧困、を逃れる道はありません。労働者階級が資本の頸城から自らを解放し、社会の主体とならなければ、真に人間的な社会は実現しません。したがって、労働者階級の自己解放と権力の奪取、すなわち社会主義革命、それこそが私たちの目指すところです。
その革命は、労働者階級の団結を通して実現されます。階級的な労働運動の前進によって実現されます。
鍋爆弾事件の元被告でありながら言うのですが、鍋爆弾を100個作れば革命ができるわけではありません。
革命はたしかに暴力的です。しかし、革命的暴力の核心は、軍隊、日本でいえば自衛隊を獲得するということです。制服を着た労働者としての兵士は、革命に合流する力と意思を有しています。革命的暴力の源泉はそこにあります。
そして、革命そのものの源泉は、職場における労働者の団結です。その団結は鍋爆弾どころではない破壊力を有しています。団結が、とりわけ、青年労働者の団結が、職場の壁や、工場の塀や、さらに国境を突き破るとき、その団結は、全世界の資本主義体制を吹き飛ばします。
革命は別に夢物語ではありません。資本主義体制はすでにその発展の力を失っています。今のままの社会で、未来が明るいと感じられる人はほとんどいません。新自由主義の行き着いた先は、何度も述べたとおり、戦争と競争、失業と貧困、搾取と差別です。しかし、その新自由主義に代わる資本主義の次の基本政策はありません。資本主義体制に未来はありません。
現状の社会の中に、全く現実的に、革命の条件が整っています。そして、青年層を中心に、革命を組織する新しい主体が、急速に育ってきています。苦しめられた労働者が何時までも黙っていると思いますか。労働者の魂はそれほどヤワではありません。
『前進』という新聞は、こんな裁判で「証拠」にされるために発行されているのではありません。その3月22日号の一面は「3・20イラク反戦7周年全世界一斉デモ、ワーカーズ・アクションin渋谷」が「代々木公園に1880人の労働者・学生を結集して闘いぬかれた」と報道しています。そして、「動労千葉・動労水戸がストに突入」という記事があります。社会は激しく動いています。労働者はたたかっているのです。裁判所の建物に窓がないのはそういう労働者のたたかいを見たくないからですか。
私が所属する東京北部ユニオンのたたかう労働者は、徹底して明るく、そして、徹底して真剣です。私は法廷にいたくはありません。たたかう労働運動の現場にいたいのです。
そこにこそ労働者階級の未来があります。
論告は一つだけ正しいことを言っています。「被告人3名には改悛の情が微塵も見られず、その犯罪性向には根深いものがあり、改善更生は期待できない」。検察官から見た「犯罪性向」とはすなわち革命的な意思のことです。その点で私たちは、たしかに「改悛の情が微塵も見られず、改善更生は期待でき」ません。しかし、その私たちこそが人間の未来を手にしています。
逆に、公安警察や検察官が実行し、控訴審裁判所や最高裁が加担したデッチあげ弾圧によって支えられているのは、すでに人類史の過去の段階となりつつある惨憺たる資本主義体制でしかありません。私は裁判官に革命家になるよう求めるものではありませんが、少なくともそのことを知っておいて、無駄にはなりません。
私たちの力はまだまだ小さく、私たちの声はまだまだ狭い範囲にしか届いていません。私たちはそのことも十分に自覚しています。しかし、職場闘争を基軸にして団結してたたかう労働者の力に、限界はありません。全世界の労働者階級が労働者階級であることだけによって、一気に大きく団結する時代がきています。そう遠くない未来に、世界の労働者が、自らを人間の歴史を切り開く主体へと解放し、真に人間的な社会を創り始めることを、私は確信しています。
政治的冤罪とたたかう私たちの公判闘争も、根本的にはそのようなたたかいの一環です。


