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<連帯の挨拶> 

救援連絡センター事務局長 山中幸男氏

 

 若干私個人のことに触れさせてもらって恐縮なんですが、僕も去年還暦を迎えて、たまたま、先日送られてきたニュースを見ながら、20年、30年というたたかいの中で、改めて今の状況について思うことがありました。

 

 僕が救援連絡センターに関わったのは、今 『救援』縮刷版というのを作っていまして、それが、第1集は売り切れていまして、今その復刻版が刷り上っています。その予約受付をしておりますので、ご協力をお願いしたいと思います。

『救援』縮刷版の第3集の年表なんかを整理していましたら、ちょうど1988年の末までなんですね。1984年から5年で1冊というようにペースを考えていますので、1988年末までが収まるんですが、この事件は86年の事件でしたので、逮捕が後ろの方の記事に、ドンドンドンと入ってきているんです。今事務局にいる宇賀神君なんかが、やはり、無期求刑を食らって、判決が18年だったんですが、ちょうどそのころ宇賀神君の(彼は東アジア反日武装戦線の事件ですが)求刑とかそういうことが真っ盛りの時代でした。今日はどこそこで何時で、というのを手帳を見ながら書き出していると、どうもタイムスリップを毎日している感じで、充実しているといえば充実しているんです。

 

先日救援連絡センターの総会を無事に終えました。その中でも、あの足利事件の菅家さんですとか、皆さんあまりご存じなかったかもしれませんが、富山・氷見事件の柳原君という、彼はタクシーのドライバーだった人ですが、デッチあげられている事件があります。結局こうした冤罪と共に、本件のように政治的フレームアップ弾圧とのたたかいというのは、今後救援連絡センターみたいなところが、もし全体的に貢献出来るならば、していかなければならない。しかし、戦前、戦中、戦後の中で、日本はどちらかというと階級的救援運動、反弾圧運動というのは、比較的一部では定着している社会ではあると思うんですが、いかんせん、社会全体から見ると、孤立主義ではないのですが、圧倒的に孤立している現実は踏まえざるを得ないと思っています。

 

ただ、私も救援連絡センターに1973年頃から関わってきており、今日に至っております。今後いろんな紆余曲折はあると思いますが、本日の被弾圧者のようにたたかいの先端を切り開く裁判闘争の地平を切り開いている、その支援者の方々と共にその一翼を端のほうでよければ、担わせていただいて、共にたたかっていきたいと思っています。

 

 大変雑駁で申し訳ないんですが、今東京拘置所始め、全国の刑務所では、過剰収容とされている人々がたくさんいます。その中の一つひとつを、皆さんご存知のような裁判員制度・司法改悪の中で呻吟を余儀なくされている人たちと共に歩むというのは私たちの義務だと考えています。司法改悪、裁判員制度を粉砕し、そして獄中にある人々と共に最後までたたかい抜いていく、そういう地平を切り開いていけたらなと願望も込めて思っております。

 

 『救援』縮刷版の宣伝もかねて、この40年の歴史も踏まえ、今後たたかう反弾圧救援運動の一翼を担っていくことを決表明して、連帯の挨拶に代えたいと思います。