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6・2判決公判傍聴記




白を白にするために

法政大学文化連盟委員長 齋藤郁真

 

 許しがたい。大事なことなので二回言う。まったくもって許しがたい。迎賓館・横田裁判に有罪判決が出たのである。

 当日は、私も傍聴に向かい、有罪判決と、判決理由を聞いたが、裁判のタテマエすら守ろうとしない姿勢には改めてうんざりした。

 詳しい資料は手元になく、私の記憶の話なのだが、裁判長は有罪判決を下した後、その理由を述べるにあたって、最初に結論としてこういう趣旨のことをまず言った。いわく、「なべ爆弾と飛翔体の構造には共通点が多い。少なくとも被告人らは飛翔体を作成する技術を持っていた。ゆえに、被告人らは飛翔体を作成した。」・・・すでにおかしい。あるものを作成する技術を持っていたらそれを作るのか? 花火職人はその知識上、工夫すれば爆弾を作ることが可能である。しかし、それが理由で彼らは爆弾を作るのか? 論理構造がおかしい。そしてその後、そう判断したことの根拠を1時間近く述べるのだが、そこでは、やたらと「推認される」「推定される」が連発される。

 『無罪』を定期的に読んでいる読者なら知っているとおり、この裁判では直接証拠が存在しない。近代裁判のタテマエ的な原則である、「疑わしきは罰せず」の理念は、間接的な証拠はあくまでサブとして扱うことを要求する。明確な直接証拠、審議される罪が脱税の場合であれば帳簿がなければ、間接証拠はほとんど意味を持たないのである。要するに、裁判所は最初から結論を有罪に決めて理由を書いているのである。前提が無根拠だから、理由は「推認する」か「推定する」か、どちらにしろ「推測する」しかないのである。最初から最後まで「推測する」だけの裁判は裁判と呼べるのだろうか。 

 またしても、「裁判」というもの、ひいては「法律」というものの本質を私は見てしまった。モンテスキューは三権分立を説き、まるで裁判所というものが社会から独立して存在しているかのように説いた。しかし、当たり前だが、裁判をやっているのは人間であり、裁判所は社会の中に、そして社会的な関係のもとでのみ存在しているため、裁判は現実社会の中の力関係に左右される。権力者が裁判で裁かれることが難しいのはそのためであり、時の権力に逆らう人間に対して裁判所が苛烈な対処をとるのもそのためである。裁判所が扱う「法律」も、所詮は力関係の産物にすぎない。労働組合の弱体化は、たとえば労働者派遣法のような法律を準備した。そもそも力関係の産物である法律を扱う場所である裁判所はいわんや、なのである。

 裁判の内容だけを見れば、直接証拠をひとつも提出できない検察側の敗北は明らかである。しかし、現在の情勢は、白を黒にした。鳩山政権が瓦解し、この平成に入ってからの22年間で首相は15人がいなくなった。半数近い首相が二年務めていないほどの政治危機が起きているこの情勢で、権力の補完物である裁判所は単なる治安維持のために板垣さんら3人を有罪にした。判決文を読み上げる裁判長の異様な声の小ささは、彼自身自らの判決に自信を持っていないことの表れなのだろう。

 法律とその適用が社会的力関係の産物であるということは、客観的にみれば「権力と闘っても勝てない」かのような観念を生む。しかし、これは主体的にとらえるならば、運動を拡大し、社会的力関係を変えることができれば、白を白のままにすることができることを意味する。だから、私は今回の有罪判決で負けたとは思っていない。裁判後に弁護士会館で行われた総括の場での支援者たちの怒りに満ちた弾劾とそれに伴う戦闘性は、運動の拡大に向けて闘う気概を持っていることを立派に証明していたように思う。中心で支援運動を担っていた方の中には涙ぐんでいる方もおられたが、その涙は自らや被告人の3人がかわいそうだからではなく、怒りと一体の悔しさを含んだ、未来を見据えた涙だった。詳しくは書かないが、その場での裁判所および国家権力への怒りの弾劾はそのことを証明している。

 そして、客観情勢は我々のほうへと流れている。金融危機は政治危機へと発展転化し、多くの国で現代の社会体制に対する闘いが爆発する素地を創り出している。そして事実、ギリシャやキルギスがいい例だが、その闘いは大きなうねりを創り出している。日本においても、沖縄がそのいい例だろう。沈下した経済を立て直すため、新たな市場を確保したい国家は、他国を押さえつけるための軍拡競争を始める。第一次大戦の前も、第二次大戦の前もそうだったように。沖縄はその国家間闘争に巻き込まれ、負担を強いられている。国家と沖縄の民衆の間での大きな矛盾はここに起因する。その矛盾から生じる沖縄の怒りは、新聞を読んでいれば誰もが知っていることである。

 不屈に、不撓に。未来を見据え、勝利へ向かって前進していきましょう!