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6・2判決公判傍聴記


差戻し審の有罪攻撃を徹底的に弾劾する

 

福嶋昌男

差戻し審への有罪判決に怒りを抑えることができない。徹底的に弾劾・糾弾する。許せない。

 私は、差戻し審−22回のすべてを傍聴してきた。被告・弁護団は検察側立証の3証拠を悉く粉砕しているのである。

警察が、橿原借家から押収したとするワープロメモの押収過程は実に不自然であった。検察は、ワープロメモ(甲105)はロケット弾の実験現場である、といっている。そして、このロケット弾の実験現場は岩手借家から押収した地図(静岡市・井川関之沢林道終端)の場所だというのである。しかし、被告・弁護団は、実験現場であるとする静岡市・井川関之沢林道終端に何度となく行って、ワープロメモの山の絵図と地図の場所は違うことを明らかにしてきた。元警視庁公安の青木幸雄は「ロケット弾の実験現場と被告人は関係ない」と証言したのである。

 検察は金沢借家で、1986年の2つの成田事件の信管が作られ、炸薬が装填されたとしていたが、金沢借家は、須賀さん自身の証言によって、須賀さんが病気療養していたところであることがはっきりしたのである。検察は金属屑鑑定書の取調べを撤回した。

 検察側の3証拠は完全に粉砕され、須賀さん、十亀さん、板垣さんの3人の無実は誰の目にも明らかであった。私は、一審の無罪は不動であり、差戻し審での無罪を確信して、判決に臨んだ。誰が見ても、無罪以外にない。

 

 私は5月28日の裁判所前でのビラ配布に続いて、当日も12時から裁判所前でビラを配布した。ビラの受け取りはいつものようによい。知り合いの方が傍聴に見える。

 傍聴券配布のところに行くと、傍聴人の方々が並んでいた。いつもは前の方になるのであるが、この日は真ん中より後ろになった。いつもより公安が多く見えた。傍聴券の配布が始まったが、傍聴券を受け取れない方々が大勢出た。ほんとうに残念であった。しかし、闘いの心はひとつだ。

 

 429号法廷のところには、裁判所の警備員がいつもより2倍くらいいた。

 法廷に入ると、裁判のたびに見る光景であるが、林正彦裁判長ら3裁判官だ。裁判官らを見たが、無罪!を信じた。

 林裁判長は、「被告人は前へ」と言って、すぐに「主文」と言った。か細い声で「須賀被告人に懲役11年・・・」と宣告したとき、法廷内は弾劾の声につつまれた。裁判長の制止の声はとどかず、警備は無視され、弾劾が続いた。

 林裁判長の判決文の読み上げる声は小さく、傍聴人は「声が小さい!」と怒りを叩きつけた。裁判長は顔を上げたが、正当な怒りになす術もなく、読み上げを続けた。「ナンセンス!」「作文か!」等々の弾劾の嵐がやまなかった。裁判長はか細い声で読み上げるだけである。

 

 林裁判長が判決したことは「被告人らは鍋爆弾を開発・製造した。鍋爆弾は危険な作業で高度の専門性を有し、チームワークを必要とする。だから本件にも関与している」という立場であった。この立場でメモを恣意的に解釈し、ストーリーを展開したのであった。この立場とストーリーは当初からの検察のストーリーである。つまり、林裁判長は証拠とは無縁に「鍋爆弾犯人は本件の犯人だ」という政治的判決を下したのである。絶対に許せない。この判決は、裁判所は国家権力だ、ということをあからさまにした。

 判決文を読み終わった後も、被告・傍聴人は、「こんな判決があるか!許せない!」と弾劾し続けた。裁判長は声を上げることもできない。傍聴人から、林裁判長に向けて、紙つぶてが飛んだ。裁判長はこのときばかりは反応して、「拘束」と言った。弾劾の声でよく聞き取れなかったが。

 法廷の外で待っていた支援の人々と合流してから、しばらくして須賀さんが現れ、続いて十亀さん、板垣さんが現れた。裁判長は被告人を拘束できなかったのだ。このことは裁判上の無罪を示して余りあることだ。

 

 弁護士会館のロビーで、弾劾集会が行われた。被告・弁護団、家族、傍聴人の怒りの集会となった。須賀さん、十亀さん、板垣さんは林裁判長を弾劾し、控訴審に向かっての決意をアピールした。そして、私も林裁判長を弾劾した。私は3人のこれからの控訴審闘争と福嶋上告審闘争の一体化を強く感じた。

裁判所の政治的判決・有罪に対しては、裁判所を多くの人々の力で包囲し、無罪を勝ち取ることの必要性を改めて感じた。

 くしくも判決日に、沖縄労働者民衆の闘いが小沢・鳩山を打倒していた。大きな闘いが起こっている。動労千葉の戦闘的労働運動は国鉄1047名の解雇撤回の成否をかけて、新たな労働運動の創生をめざして、6・13国鉄闘争全国運動の大集会と共にスタートする。

 迎賓館・横田爆取デッチあげ弾圧裁判の勝利は戦闘的な労働運動と結びついて、勝ち取られることを強く思い至っている。