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刑法(刑事司法)の耐え難い状況―シュペー『刑事裁判官への警告』を読む(16)

宮本弘典・関東学院大学法学部教授

現前の暗黒裁判

 本稿が読者の目に触れるのは迎賓館・横田裁判の差戻し審判決が出された後のことになる。

 シュペーは魔女裁判を「ドイツの忌まわしい狂信の結果」であり、「万能の裁判官」による「違法」で「危険な」裁判だと批判したが、刑事裁判が暴力を裏打ちとする国家の統治意思の貫徹手段である限り、それは常にそのような魔女裁判の正嫡たらざるを得ない。国家による秩序への公然たる否定・抵抗としてのテロリズム、はたまた生存権の行使としての財産犯であれ、それを裁く刑事裁判は現存秩序とその創造者=造物主への反逆であると宣する荘厳の儀式であり、排除と包摂の危うくも巧妙な弁証法を実践する場にほかならない。ときに恩恵としての温情を示しつつ宥和を試みることはあれ、非寛容な国家の相貌は政治犯においては露わである.

 一九八八年に始まった迎賓館・横田事件は二〇年を経た現在もなお続いている。無実・無罪を主張する福嶋昌男を含めた四名の被告人と彼らを支える人びとの不屈の姿勢には驚嘆と賞賛と敬意を禁じえぬものの、この人びとが蒙るいわれなき苦悩と苦痛は国家/権力の罪である。「ただの一人でも自分に敵意を向ける者があれば、もはや安穏は望めない」とシュペーは嘆いたが、国家/権力の「敵」としての政治犯は当の国家/権力の「敵意」をその一身に引き受けねばならない。かくして彼らへの「裁き」は、ただただ「敵」を調伏するための執拗かつ陰惨な攻撃のための手続であり、シュペーが批判した魔女裁判と同じく、「申立て=抗弁と証明」によらざる不法の裁きと化す外ない。

 読者にはすでに周知のことなのだろうが、やはりこの裁判の経緯を振り返りつつその不条理を確認しておこう。もちろん以下の叙述はそのほんの一端でしかない。

 何よりもこの裁判は証拠によらざる裁判である。検察は有罪証拠もなく起訴し、裁判所もまた延々一三年にわたって検察側立証を認め、ようやくそれが終了したのは第一五五回公判においてであった。起訴の当否を検察官の裁量に委ねる起訴便宜主義による以上、検察は起訴段階において有罪証拠をすべて揃えているはずだが、証拠追加の請求を繰り返して裁判の長期化を招いた。第一回公判において、「証拠関係カードを見る限り、(直接証拠は)ないとしか理解できませんね。共謀を明らかにするものは、他にないのですね」との裁判官の質問に、検察官は「はい、ありません」と応えている。公訴権の濫用以外の何ものでもない。魔女裁判では被告人の自白が必須の証拠とされたが、迎賓館・横田事件では、証拠のないまま手続が進行したわけである。

 裁判所の姿勢も無慈悲で恥知らずな国家の罪を晒すことになった。裁判の長期化は被告人・弁護人の執拗な反対尋問が原因であるとして、無罪推定原則を易々と踏みにじって保釈を認めず、魔女裁判さながらの人質司法を実演して見せた。右陪席判事の中谷雄二郎は、ジュリスト九二〇号(一九八九年三月二五日)掲載の座談会「刑事裁判の現状と課題」において、「現在も爆発物取締罰則違反ということで三グループの公安事件を担当しています」と明言した上、「最近の難事件の中には、被告人の知的能力が比較的高く、犯行手段が非常に巧妙化し、また、あらかじめ捜査を予測し、証拠を極力残さずに、偽装工作を施し、証拠を隠滅するなど、犯行の密行性が非常に高くなっているものも増しているように思われます。そのために証拠収集が非常に困難で、証拠の薄いまま起訴されるというケースもないわけではありません」と述べている。迎賓館・横田事件の証拠調べ以前に有罪心証を吐露する現役・担当判事のこの驚くべき発言は、無罪推定あるいはシュペーの主張に端を発する「疑わしきは被告人の利益に」という「刑事裁判の鉄則」が、少なくとも政治犯には及ばないという「刑事裁判の実相」を明らかにする。証拠なき起訴とそれによる公判手続という魔女裁判の論理と心理は、否認・黙秘する被告人らの一六年に及ぶ未決勾留(福嶋昌男は一二年)という暗黒裁判として結実した。

 にもかかわらず二〇〇四年三月二五日、東京地裁刑事第一一部(裁判長・木口信之)は、須賀・十亀・板垣に無罪判決を言渡すほかなかった(福嶋昌男は二〇〇六年三月三日実刑一二年の不当判決)。手続の継続自体は違法・不当ではあれ、「証拠裁判主義」のみは辛うじて保たれたわけである。更に、検察控訴による控訴審第一回公判(二〇〇六年一月一六日)において、東京高裁は検察官請求の全証拠を却下して即日結審した。かくして検察側立証に基づく証拠調べを一切行うことなく、東京高裁刑事第三部(裁判長・中川武隆)は、しかし驚くべき判決を言渡した。破棄差戻しである。いかなる証拠調べもなさぬまま、一審は証拠調べを尽くしておらず、また証拠評価に誤りがあるというのである。控訴審は「証拠裁判主義」さえ放棄し、最高裁第一小法廷(裁判長・泉徳治)もまた、被告人による上告を棄却して(二〇〇七年一〇月一七日)、司法自らが「公正な裁判」の挽歌を声も高らかに歌い上げた。

 シュペーの『警告』から五〇〇年を経た二一世紀においてもなお、「燃盛るようなかかる狂信とともに手続=裁判が進められ」ている。刑事裁判が国家による敵への裁きの正統化のトライアルであるにせよ、シュペーの時代の魔女裁判さながらに、迎賓館・横田事件における検察主張が「ほとんど常に刑吏がでっち上げたペテンに過ぎないもの」と同様なのであれば、「思慮深き者そして蒙を啓きし者の多くが、もちろん既にこのことを悟り始めており、深い眠りから覚めるかのごとく、その眼を開いて怒りを鎮めかつ抑え始めている」頃だろうか。否、悲嘆に発する怒りが、無実を叫ぶ当事者らのそれと共振するとき、この「刑事司法の耐え難い状況」に一穴を穿つことができるのだろう。