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十亀トシ子氏

 

十亀です。23年間ということで、やはりあらためて23年間ってすごい長かったなあと、そういうふうに思っています。

ちょうど1987年の10月…。86年に鍋爆弾の関係で逮捕されて東京拘置所に居た訳ですよね。それで私が、10月12日に面会に行ったら、「いや居ませんよ」と言われたんですよ。「えっ、何で居ないんですか?」と聞き返したら「いや、どっか行きました」と言うんで、それで、「えっ、一人ですか?」と言ったんです。「いや、3人です」と言われて、それでこれはおかしいということで藤沢先生に電話して、調べて頂いて、再逮捕だということが分かった。

その日だったんですよね。で、やっぱりその日から、あらためて23年間だったということですね。

 

さっきの話にも出ましたけれど、迎賓館・横田裁判の第1回公判の時に神垣裁判長が明確にね、検事に「共謀を立証する直接証拠はありますか?」と問いただしたら、検事は「ありません」と答えている。こういうふうに言ったら普通、これで裁判終わるのかなと思ったら、「ま、一応やりましょう」というふうな事でね、それでこう、ずっと23年間続いた。

あの時、神垣裁判長っていうのはすごくリベラルで人権派でと言われていた裁判長だった訳です。そしてこの直後に、東京地裁の所長代理に就任するという形だったんです。そういう、ある種権威みたいな人が、簡単に現実を踏みにじって行くっていうことをまざまざと見て、やっぱりこれはもう、本当に一切の幻想なく、闘っていくことしか、勝利を勝ち取れる道が無いということを、私は確信しました。

 

ただ23年間というのは、やっぱり、とても豊かな23年間だったというふうに言えます。弾圧を受けた事を逆にね、力に転化して、その時間、空間を徹底的に活用して、特に被告たちが獄中で培ったものというものは、ものすごく大きかったというふうに思います。

そして中でたくさんの友人を作ったということもね、今、大きな財産になっているというふうに思います。

私はずっと裁判を傍聴していて思ったんですけど、被告と弁護団の結束というか、やっぱり弁護団が被告の意志をね、まず優先させて、被告がやりたいようにこの裁判をやったというのも、すごく大きなことだったのではないかと思います。

やっぱり、デッチ上げ弾圧というのは、人を潰すことはできないという事だと思うんですね。人を押し潰すことはできないし、こういう被告団、弁護団そして救対全てがね、一つになって闘ってきたことによってこの23年間が非常に勝利的に語ることができる所に来てるって思います。

 

2004年の3月、(東京地裁の)あの法廷でね、「無罪」って聞いたあの時の何というか衝撃というかね、ああいう経験って1回しか無かったわけですよね。

で、それをもう一度経験したい。本当にあのどよめきとね、やっぱり感動という、ものすごい状況になった訳です。私たちの闘いというのはやっぱり、一つひとつこういう形でね、勝利を積み重ねているし、その中でものすごいドラマを、感動的なものも生みだしている。そいうものをもう一度6月2日に絶対に実現したいというふうに思います。

どうぞ皆さん6月2日に東京地裁の法廷に入りきれないほどね、傍聴人があふれて廊下を埋め尽くしたいというふうに思います。ぜひ宜しくお願いします。