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民衆が裁く原発犯罪(二)

(その1)

前田 朗(東京造形大学教授



<原発をめぐる対抗>

  福島第一原発事故から一年数か月を経たが、原発をめぐる社会的亀裂と政治の混迷が続いている。

 第一に、福島第一原発事故原因の解明がいまだに不十分である。東電・事故報告書は事実解明の意思すらないことを明確に物語っている。国会・事故調査委員会報告書は一定の成果を上げ、津波以前に地震によって自己が始まった可能性が高いことを示し、東電による事故対応の稚拙さをも明らかにした。他方、政府・事故調査委員会報告書は、地震による故障について具体的な検証ができないために津波による事故発生を唱え、東電よりも政府自身の事故対応のまずさに焦点を当てた。いずれにせよ、事故現場に立ち入ることさえできないままに出された報告書であり、事故の真相解明からはほど遠い。

 第二に、相変わらず避難をめぐる亀裂が続いている。避難区域の杜撰な設定に始まり、避難地域指定以外からの避難に対する冷遇と、時には蔑視と非難までもが向けられている。避難の権利はほとんど認められていない。

 第三に、除染であるが、地域の除染がいかにあるべきかについての社会的コンセンサスがなく、コンセンサスをつくろうという努力さえなされていない。個別に研究者やボランティアが懸命の努力をしているものの、行政と除染ビジネス企業による不可解な作業が先行している。地域住民の安全ではなく、除染ビジネスの利益が優先されている始末である。

 第四に、北電・泊原発が停止したことによって稼働原発なき日々が実現したが、政府は関電・大飯原発再稼働を強引に進め、安全性をかなぐり捨てて原発再稼働を強行した。首相官邸前に集結した国民の声を「音」と呼び捨て、大飯原発前に集結した市民を排除しての大飯原発再稼働であった。続いて関電は美浜原発の再稼働を主張し始めた。その他の電力会社も次々となし崩しの再稼働を狙っている。

 第五に、原発規制庁の発足に向けても、再び「原子力ムラ」の論理が前面に出て、原発推進勢力がそのまま規制側に居座る気配である。福島第一原発事故の教訓は何ひとつ生かされていない。

 以上取り上げたのは、即座に思いつくテーマであって、原発をめぐる対抗のすべてではない。がれき処分問題にしても、安全な食をめぐる現場の闘いをとっても、社会のあちこちで、従来通りの原発推進と、目覚めた脱原発派の対抗が続いている。

 このようにまとめてしまうと、すべてを「原発推進対脱原発」に単純化してしまうことへの異論も登場することだろう。確かに、すべてをこのような対抗で語ることができるわけではない。例えば、経済産業省前のテント村の闘いは、原発推進対脱原発の闘いであると同時に、公安条例や道路交通法による規制と、市民の表現の自由や集会の自由との対抗でもある。首相官邸前でも、代々木公園や日比谷公園でも、同じ闘いがさまざまに形を変えて続けられている。中国電力の上関原発計画をめぐる闘いも、志賀原発の地下を走る活断層や、大飯原発配管の地下にあると考えられる活断層を調査するか否かの闘いも、推進対脱原発の闘いであり、科学をめぐる闘いでもある。二重三重に輻輳し、錯綜しながら、そしてしばしば戦線を変えながら、事態が進行している。

つづく