迎賓館・横田デッチあげ弾圧裁判

差戻控訴審で無罪を!

福嶋再審で無罪を!

2.23 総決起集会

 

<迎賓館・横田爆取デッチあげ弾圧裁判とは〉

 1986年、当時の首相中曽根康弘は「戦後政治の総決算」を叫んで、戦争と改憲、規制緩和と民営化(新自由主義)の攻撃を行っていました。アメリカではレーガンが、イギリスではサッチヤーが同様の反動攻撃を労働者・民衆に加えていました。

 こうした時代状況の中で、東京サミットが開催されました。4月15日、米軍横田基地に向け、同年5月4日にサミット歓迎式典が聞かれていた東京都赤坂の迎賓館に向けて、飛翔弾が発射されました。両事件とも中核派によるゲリラ襄件でした。

 この2つの事件、とりわけ迎賓館事件に驚愕した国家権力はなにがなんでも「犯人」を捕まえよという号令を発し、1987年に須賀武敏・十亀弘史・板垣宏さんの3名を、1993年には福嶋昌男さんをデッチあげ逮捕・起訴しました。

 しかし、4名は両事件に一切関与していません。一貫して無実を訴え、デッチあげを弾劾して、不屈非妥協で裁判をたたかってきました。こうしたたたかいに対し、裁判所は拷問でも加えるかのように須賀武敏・十亀弘史・板垣宏さんの3名に16年間、福嶋さんに12年間にも及ぶ未決勾留を強制しました。

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 超長期にわたる裁判闘争によって2004年3月、須賀武敏・十亀弘史・板垣宏さんの3名が無罪判決(東京地裁刑事第11部・木口信之裁判長)をかちとりました。

しかし検察は不当にも控訴し、控訴審ではあろうことか、公判を1回開いただけ、事実審理をまったく行わないまま、「一審無罪判決破棄・差し戻し」というデタラメ極まる不当判決が行われました(東京高裁第3刑事部・中川武隆裁判長)。上告しましたが、最高裁で棄却されました

そして、差戻し一審では2010年6月2日、まったく許せないことに3名に対し逆転「有罪」判決を行いました(東京地裁刑事第20部・林正彦裁判長)。

直ちに控訴し、現在、差戻し控訴審をたたかいぬいています。


 一方、福嶋さんについては、2006年3月、東京地裁刑事第3部・服部悟裁判長が「ゲリラ事件には有罪を」という国家意志を露骨に体現し、懲役12年という断じて許せない政治的重刑判決を行いました。控訴審も一審を追認。最高裁は2012年3月5日上告棄却決定を行ないました。福嶋さんは下獄しましたが、再審請求を決断しています。

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 昨年11月4日、新自由主義とたたかう労働者民衆5800名が全国から日比谷野音に総結集して、集会とデモをかちとりました。続く11日には20万人の労働者民衆が霞ケ関一帯を占拠し、「原発即時廃炉」「野田やめろ」を叫んで、デモをかちとりました。この力が野田を打ち倒したのです。時代が激しく動き始めました。総選挙は自民党の「圧勝」となり、極反動安倍政権が登場しました。「強い日本をとり戻そう」と叫び、原発推進と大失業、改憲と戦争に突き進もうとしています。こうした反動と対決し杉並では俳優の山本太郎さんが立候補し、石原伸晃と対決し、7万票を獲得し大善戦しました。あらたな反原発闘争への大号砲となりました。私たちは今後も山本さんと共にたたかいぬきます。

 世界の労働者民衆の団結した力で、デッチあげ治安弾圧をうち砕き、ともに勝利しましょう。

『迎賓館・横田裁判の完全無罪膏かちとる会』のビラより

 


2月23日

午後1時 開場


初台区民館
渋谷区初台1丁目33−10

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