福嶋さん面会記  2013.1

(その1)

内藤雄二

新年最初の手紙(抜粋)

11月から健康状態は落ち着いています。安定した状態で年末−年始を迎えることができました。ただ、居房が北側なので寒いです。午後3時ころから、カイロの封を切り、腰に当てます。

 8日、『前進』新年号などが入りました。革共同政治局の1・1アピールを一読しました。「外注化阻止・非正規職撤廃でプロレタリア革命の勝利開け」の大路線のもと国鉄・反原発決戦と星野全証拠開示運動の爆発で安倍超反動政権打倒への路線と時代認識が打ち出されています。星野同志の再審実現が明瞭になっています。この3連休に再読します。

9日現在、年賀状は154通になります。一通一通をしっかり読みました。ありがとうございます。内外ともに闘いましょう。

 

 

友人面会妨害をゆるさず、早期実現へ

 1月24日、今年最初の面会でした。

弟の明宏さんが仕事の都合で上京できなくなったので、私一人で府中刑務所に行って面会を申し込みました。

しかし、やはり面会はできませんでした。当局は「理由は従前どおり」と事務的に処理しようとしました。

こんな不当なことはありません。現在、福嶋さんは1ヵ月に2回の面会は出来るはずです。明宏さんが面会できなくなったので、代わりに私が面会し、事情を伝えたり、福嶋さんの支援者の状況を伝えたり、新年の挨拶も交わそうと、久しぶりの対面を楽しみにしていたのです。

私が面会の必要性を懸命に訴え、面会拒否の不当性を強く抗議すると、刑務所当局は「本人に伝えたいことがあれば、手紙を出して下さい」と言ってきました。

 これは到底許せない発言です。そもそも、福嶋さんは無実なのです。獄中に囚われていること自体到底許すことができません。面会はさせない、差し入れは妨害する、些細なことで懲罰を加えるなどふざけるな!ということです。

 面会と手紙では人間のコミュニケーションとしては雲泥の違いがあります。日本の刑務所の面会はアクリル板でさえぎられ、手を握ることもできませんが、それでもお互い顔を見て、会話することで人間としての心の交流が可能なのです。

人間は社会的存在であり、常に他者との諸関係の中で自己を維持・確認することで生命を全うすることができるのです。

獄中では、「労働」が強制されています。被収容者たちによる共同作業が行われていますが、お互いの会話は絶対禁止です。また当局の命令には絶対服従を強制されます。こうした作業が被収容者の「改善更正、社会復帰」の名のもとに行われているのです。これは、人間性を無視した奴隷労働そのものです。

人間としての生存は脅かされ続けているのです。だから、家族、友人、恋人などとの面会は拘禁されている人間として欠くことのできない交通形態なのです。


2006年5月に「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」が施行され、それまで100年も続いてきた「監獄法」が廃止されました。この新法によって、それまで面会は親族に限られていたのが、友人たちにも「開放」されました。

無実の罪で獄中に38年間も閉じ込められ続けている、星野文昭さんの救援運動では、94名にも及ぶ友人面会を実現させました。たたかいの大きな成果です。

しかしその後、逆流が始まり、どこの刑務所でも友人面会がほとんど実現できなくなりました。

 この逆流は、結論的に言えば新自由攻撃の一環であり、刑務所の一層の反動化としてあります。

つづく